よふかしのあじ   作:フェイクライター

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第百伍夜「ジューショーね」

「ッ近づくな!」

 

 上擦りながら狂ったように連呼するのは、ビルの屋上の縁に立って今にも飛び降りようとする人影だった。声は男のものだった。若さから一歩遠のいた歳頃。

 月が雲に隠れて、辺りはより一層制止するように伸ばされた腕であろうそれも影でしかなく、まるで細長い槍のようだった。

 矛先にいるのは暗闇の中でも存在感を放つ金髪。

 荒れた風が髪を靡かせると彼女の––––倉賀野理世の優しさに満ちた横顔が見える。

 人影同様、闇に隠されているはずの表情が読み取れるのは、ピリリと痺れるような空気の中を流れてくる色香の仕業か。

 貯水槽の裏に隠れながら、蘿蔔ハツカ()は様子を伺っていた。

 

 倉賀野ちゃんが自殺志願者に声をかけているのはいい。どうせショウくんと同じ理由なのだろう。

 僕が気になっているのは彼女が名乗った苗字だ。僕の耳が聞き間違いを起こすなどあり得ない。彼女はあの口で【葛樹】と言い放った。イントネーションがおかしかっただけかもしれない。片想いしているとはいえ、今のショウくんは【吼月ショウ】だ。葛樹じゃない。

 もし、敢えて言っているとしたら。

 懸念を抱いた時、倉賀野さんが顔つきに相応しい抱きしめるような声で夜を震わす。

 

「近づかないわよ」

 

 今度ばかりは疑うべきかもしれない。

 普通の人であれば。それこそ、ビルの下にまだいるであろうカップルのように思い留まるように声をかけるはずだ。条件反射の言葉には本能的に嫌なものを拒絶する意思が乗っている。誰も自分の目の前で死体など見たくないのだ。

 

「貴方にはそれしかなかったんでしょ?」

「……」

 

 あたりを刺激する静電気のような気配がなくなった。決心を揺らがせる異物がいなくなったことで安堵したかのようだった。

 けど––––と彼女は続ける。

 

「でも今日はやめておきなさい。遺書まで用意していてもらって悪いけどね」

「……月?」

 

 月の光が困惑する男の顔を露わにしていた。雲の大きな切れ間から淡い光が屋上に差し込み、ふたりの周囲を照らす。疲れ果てている男の顔が月を仰いでいたのは、光を浴びたからではなく倉賀野さんが空を指していたからだ。

 照らす月光が靡く金髪を天女の羽衣のような美しさにまで昇華させ男も、僕も見惚れさせる。声も魂を摘み取る死神のようにまた蠱惑的なものだった。

 

「そう、月。死ぬなら満月の夜しかないわ。一番近いのはハロウィンの日ね」

「なんで」

「私、沖縄あたりから引っ越してきたんだけどね」

「観光名所からどうも……」

「そこではこんな言い伝えがあったの。『月が欠けているのは人魂を食べ足りていないからだ。腹を空かせた時に死ねば、魂を月に奪われて人間は成仏できなくなる』って」

「そんな眉唾あるわけが」

「でも、こうして私が現れた」

 

 唾を飲み込む音が聞こえてきた。

 肉体の中で完結するはずの駆動音が響くほどの静寂の中で、男が吠え叫ぶ。

 

「だからどうしたって言うんだよ! キミが来た程度で止まるわけないだろ!」

「いいえ、止まるわ。だって貴方、私を人殺しにするつもりがないでしょ」

 

 男は怒りが掴み取られたかのように勢力を失って唾を飲み込んだ。

 

「止まるわけがないならもう飛び降りているはずだし、私を人殺しにして構わないなら貴方は白昼堂々と死ねたはずよ。胸を張って死ぬほど成仏ができるもの」

「勝手に死ぬだけですよ。なんでお前が俺を殺したみたいになる」

「見殺しって言葉知らないの? 貴方を目にした時点で、私には殺すか助かるかの二択しかない」

「だから死ぬなって?」

「別にいいわよ、死んで。でも、優しい貴方は成仏出来ないでしょうね。言い伝えどおりに。あっ、よく月にはウサギが住んでて愉しそうに餅をついてるって言うけど、あの餅は人の魂が素らしいわよ」

 

 自殺を選ぶ時点で悩むことは終わっている人が大体だ。周りの迷惑も家族の思いを含め考えた末に、死ぬしかないとその道を選ぶ。往々にして楽になりたいからだ。

 なのに、死んでも楽になりないと言われた男には大きな動揺が走る。

 目に見えて狼狽える男に倉賀野さんは追撃をかける。

 今度は心を揺さぶるような言霊ではなく、真逆の彼の願いを後押しするように掴み取る言霊だった。

 

「ただし、ひとつだけ成仏する方法があるわ」

「……どうすればいいんだよ」

「簡単よ、身の上を語りなさい」

「俺の話……?」

「月は狂気を司る星。ならば、身を白くして月が興味を持たないようにするしかない」

 

 言い切った倉賀野さんは、一度静寂を取り戻させて、彼の意識が自分に釘付けになっていることを確認してから言い放つ。

 

「だから、語りなさい。貴方が楽になりたいのなら」

「……分かった」

 

 すると、男は血反吐を吐くような苦々しい顔つきを隠さず話し始めた。

 年齢は三十歳で、サラリーマン。名前は彼女が言わせなかった。大学を出たばかりの若手で奨学金を返しながら、なんとかやりくりして生活していたらしい。ある時から変な紙が家に入っていたが身に覚えがなく、無視をしていると『泥棒』や『詐欺師の子供』など張り紙がされ近所からも白い目を向けられ始めた。

 その原因は、母親が詐欺に引っかかったこと。いわゆるマルチ商法の類らしかった。会社ぐるみの犯罪という。

 詐欺会社の名前は、

 

「瀬戸見道楽部、ねえ」

「……はい。またあの人は……いつまでもいつまでも……」

「下ばっかり見てないで、ほら、行くわよ」

 

 倉賀野さんはキュッと音を鳴らして踵を返す。その所作がいちいち綺麗で、男は彼女の言葉を認めるのに数秒要した。沸いた疑問が口をついた。

 

「え? 行くってどこに」

「その道楽部に決まってるじゃない」

 

 こともなげに言う彼女はこちらに顔を向けたまま続ける。

 

「死ぬのはそこを壊してからでも遅くないわ」

 

 彼女の顔には白と赤で彩られた狐のお面が飾られていた。

 男の足が一歩、ビルの縁から遠のいた。そのまま誘われた男は一緒に屋内へと戻っていき、階段をゆったりと下っていく。僕も気づかれないように距離を取り、足音を殺しながら後を追い始める。

 まるで今の僕らは蛾のようだった。

 そして彼女は誘蛾灯。彼女が輝く場所へ従うだけの虫だ。虫になったというのは強ち間違いではないかもしれない。響くのは羽音代わりの男の足音だけで、会話はあの後なにもなかった。

 

「まるで吸血鬼(僕ら)みたいだ……もしかしたら……」

 

 説明もなくビルを出て、近くの駅まで行くと終電の電車に躊躇うことなく乗り込んだ。ふたりして追随して電車に足を踏み入れた。僕は二人が乗ったものの隣の車両の長座椅子に腰を下ろして、窓越しに彼女らを見つめた。

 男は隣に座る少女へ絶え間なく視線を送っている。怪訝が表れることなく顔を赤らめて熱っぽいものだった。

 倉賀野さんは特に気にした様子もなく黙々と俯いている。寝てるのではないかと勘ぐりたくなるほど、相槌を打っている。それでも足を組んで時が過ぎるのを待つだけでも絵になって見てる側は飽きなかった。

 なぜ吸血鬼である僕がこんな事を思っているのだろう。

 それよりも気になるのはあのお面だ。耳周りまで覆った大きな仮面だ。

 倉賀野さんは時どき耳元を触りながら頷いている。

 

「狐がショウくんと倉賀野さんの間ではトレンドなのかなぁ。……なに言ってるんだ」

 

 このぼやきは嫉妬なのだ、と理解してしまって嫌だった。

 もし。もしも彼女がショウくん側ではなく、僕の同じような立場だったら。ショウくんはすんなりと僕の心を捉えてくれたのだろうか。一年かけて、彼の危うさを是正してくれていれば。

 

「……情けない」

 

 吸血鬼が惚れさせられない理由を他人に押し付けるだなんて。

 悶々とした気持ちを抱えたまま時間は経ち、ふたつほど街を移動したあたりで彼女らが電車から降りた。僕も追って下車する。

 駅を出ると広がっているのは長閑な風景だった。畑や田んぼが広がる一面の地平線に沿った先には夜空に届かない光がまばらにチラついているのが分かった。また時間をかけて歩けば、そこが商店街やビルが建ってはいる場所だと分かった。

 商店街は殆どシャッターが降りていて、ケバケバしいネオンの光か目に優しい赤提灯の光だけが街を照らしていた。

 倉賀野さんは『捕まると面倒だ』と言って、商店街の脇道を使った。近づいてくるのはいかつくもなく、柔らかくもない極々ありふれた光を灯すビルだった。

 

「きちんと六階ね。私がこの会社に押し入るから貴方は離れて見てなさい」

 

 その入り口に行って、何かを改めた彼女はそのままフロントに入った。

 僕は彼女たちの気配がなくなったのを確認してから、倉賀野さんが見ていたものに近づいた。そこにはどの階層にどんなテナントが入っているかの表札があった。そして、十階まである内、六階だけが空きになっていた。

 

 本当に瀬戸見道楽部なる会社があるのだろうか?

 あったとして、なぜ彼女は知っているのだろうか?

 

「……行くしかない」

 

 迷いながらも彼女らの足取りを追っていく。

 

 

 

 

「私が殴ってくるからそこで待ってなさい」

「え、はい……」

 

 屋上で会った時から変わらず戸惑っている男性は、ひっそりと通路の陰と同化する。指示した場所にピッタリと収まったのは、男性が倉賀野理世……いえ、この私、葛樹理世の言うことを聞く状態だからだ。

 説明は不要。

 それでも知りたいなら、惚れている、とでも思っておけばいい。好きな相手のことは信じたいし、その言葉は実現したいと思うでしょ? そういうことよ。

 

「さて、と」

 

 閉ざされた扉のノブを握る。左右を見渡して、通路にあるのはこの扉だけだ。他はベニヤ板で封をしてある。

 もう一度ドアを見る。スチール製のドアは薄っぺらく見えて、閉ざされている割には威圧感がまるでなかった。唯一の扉としての威厳もなかった。この奥にいる子達も、これから消されると分かっていたなら、豪華な鉄扉でもつけていたかもしれない。

 左耳を触り、仮面を保持するためのイヤホンを押し込んだ。

 男性に聞き取れない声で訊ねる。

 

「ここにいるので間違いないわね?」

 

 すると、イヤホンから落ち着いた声が聞こえてきた。

 

『はい。瀬戸見道楽部の社長、副社長と秘書。そして直属の部下が五体。合わせて八体。社長たちはブラックリストに載っている顔ぶれですし、情報屋からの話しとの齟齬もありません』

「数だけでいいわ。いつも通り正しいか正しくないかは私が聞く」

『すみません、理世様』

「よろしく頼むわよ」

『はい!』

 

 嬉々とした女性のものだ。私の可愛いペットの声。

 

「それで? やっぱりいたの?」

『はい。一体だけ』

「分かったわ」

 

 にしても八体か。

 とりあえずドアを開けて中に入った。

 

「あ?」

「は」

 

 道楽部たちが構えているオフィスは東西に伸びる形の部屋だった。照明で照らされているはずなのに、暗闇に沈んでいるかのような陰鬱さがある。床には黒のカーペットが敷かれていて、近くを視線で舐めるだけで赤黒い何かで上塗りしたかのようなシミが点在している。

 陰鬱さの正体はこの非道さからか。

 視線を彼らに向ける。彼らは呆けていた。

 

「……綺麗」

 

 スーツ姿の女が言った。あら、小綺麗。眼鏡をかけて、先生というワードが似合う知的な印象だった。女性は男達から酒を注がれていた。

 教師が使うような無骨なデスクが六個集まり、八つのグループを作っていた。二つずつ横並びになっている。一番西側にあるふたつのデスクにスーツ姿の男女と、ラフな格好をしたイカつい連中が五人いた。全員グラスを片手に立っている。ゴロツキらしき者たちの何人かは、浅倉(たけし)ぐらいしか似合わないであろうパイソン()柄のジャケットを着ている。

 

 許せんな……不似合いな奴が着るのは……イライラするんだよ。

 

 モチベは決まった。

 ため息を吐くと、さらに奥から愚鈍な声がした。酒を片手に騒いでいた部下達が一斉にそちらに振り返る。

 

「ふひぃっ。なんだい、お嬢ちゃんが今日の接待の子かい? 若いねぇ……今日はいい日だ。さっきも、いい酒が送られてきたばっかりだ。宅配の子も別嬪だったが、お嬢ちゃんは格別だなぁ!」

 

 西側の壁を背にした、白いスーツがこれまた似合わない声と同じく愚鈍な肉体をした中年の男だった。見てくれを気にしてそうな割には、オフィスには姿見の一つもなく自己満足的だと透けて見える。

 中年が手招きするので、従って歩き始める。七人の視線が集まっているのが分かる。

 けど、視線は返さない。

 あくまで見るのは社長らしき男。

 

「……」

 

 近寄る途中、ゴロツキの横を通りかかろうとすると、背後から手が伸びてきた。尻でも触ろうとしているのだろう。だが、不埒な真似は許さない。

 

「しっ」

「イギィ!?」

 

 触られる寸前で手首を鷲掴みにする。反撃されるとは思っていなかったのか、そのゴロツキは手首を抑えて蹲った。

 悶絶のも無理はない。折ってやったんだから。

 

 私の体を汚していいのはショウだけ。

 

 立ち止まってゴロツキに『ダメですよ。まずは社長が遊ぶものなんですから』と言ってやれば、中年は満足げに下卑た笑みを浮かべた。その流れで、10メートルほど離れた場所で中年と向かい合った。

 

「瀬戸見道楽部の社長様ですね」

「いかにも。ほれ、早く来てそばに正座しろ」

「今日は特に景気が良さそうですね。お馬鹿な老人から巻き上げれたんですか?」

「なんだぁあ、お嬢ちゃんも弾んでほしいのか? ひぃいだろう! 今日はセミ、ナーでまぁたぁ鴨が手に入ったし、追い込ま、せたやつの保険金もこっちに振り込ませた!」

「保険金?」

「そうだとも! 事故に見せかけて殺してやったのさ! 馬鹿な奴だなぁ、闇金だって知らずに俺たちが進めた金貸しに頼ってよ。老人だけじゃない、若者も馬鹿ばっかりだ!」

「ええ、全くですね。特にバカな若者なんて、コイツを狙って轢き殺せと言ったのに、まったく別の婆を殺したんですから。私の手で即墓場入りにせざるを得ませんでしたよ」

 

 副社長らしき男が頷くと、ゴロツキや秘書も頷いた。もちろん私も頷いてみせた。

 

「それに奴のガキに借金もぉ引き継がせたし、保険金もかけておいたから、また絞れる!」

 

 酩酊しているおかげで口が回る廻る。飲ませられた酒だとも知らずに馬鹿な子達だ。

 口車に乗る流れで、革椅子に腰掛ける中年の開かれた股座の下に正座する。

 

「なあ、稲城(いなぎ)

「は、はい。社長」

「お前が講師をし始めてからは本当に順調だ! 数年前にお前が来てくれたのが本当に良かった!」

「へぇ、貴方が立役者なんですね」

 

 稲城と呼ばれたのは先ほどの女だった。秘書だろうか。

 恐らくこの子だ。でも、もう少しこっちに来てもらおうかしら。

 

「社長」

「なんだい、お嬢ちゃん」

「もしよろしければ、稲城さんと一緒に接待をさせてくれませんか?」

 

 その言葉に稲城の身体が震えた。突然のことだったのもあるだろうが、まるで青痣に触れたかのような震えは、間違いなく恐怖の二文字が微笑む挙動だった。

 けれど、この大虎には関係ない。

 

「いいだろう! 稲城ぃ、お前もこの嬢ちゃんを手伝ってくれたら、またたんまりと弾んでやろう!」

「い、いえ……アタシは……」

「稲城さん。一緒にやりましょ?」

 

 稲城は一歩退いたが、私の問いかけが襟元を掴んで離さない。苦渋の末、彼女は私の右隣に来て、同じく正座した。

 

「よろしくね」

「は、はい……」

 

 思ったよりも見かけは若い子だった。外見は大学生ぐらいだ。顔は怯えに染まっているが、視線を投げ返すと恨み節は乗っておらず、またゴロツキ達と同様に我を忘れていた。

 

––––講師かぁ……根深く関わってるなぁ……残念だなぁ……

 

 酷く残念だった。悲しみで胸が張り裂けそうだよぉ!

 

「お嬢ちゃん、そろそろ頼むよぉ」

「はい」

「さっさと仮面と手袋を取れ」

「分かりました。胸と仮面、一緒に取りますか?」

「ほぉ、今日の子はやけにサービス精神が満載だなぁ。別嬪ふたりにやってもらえるたぁなぁ!」

「すみません、稲城さん。先、お願いします」

「……はい」

 

 嫌々ながらに私の言うことに従う稲城。ああ、もうこの知的な風貌の顔立ちが鬱屈に歪むのがたまらないわぁ! レンズの奥の瞳が潤んでいるわ! ゾクゾクする!! 恐る恐る中年に手を伸ばす彼女の顔を眺めるために、横目で見れるように画面外す。右手は胸の中へ。

 

「失礼します、社長」

 

 そして、標的が露出する。

 そのとき、悪魔招来の呼び声を思わせる叫びがオフィスを揺るがした。

 

「ひぃ」

 

 声が先に追いついた。

 本能だったのだろう。私の代わりに返り血を被った稲城が触っていたそれだけが革椅子に串刺しにされていて、持ち主の中年は股間を両手で抑えて私と稲城の間で倒れ伏している。

 

「ナ、ナイフ……?」

「そう。刃渡り十センチあるアウトドアナイフ」

 

 呆然とした稲城から溢れた問いに、胸の谷間から鞘を放り出しながら答える。中年の血脈を伝えるはずだったそれを切り裂いたものの正体。胸の中に隠しておいたナイフ。

 私は立ち上がって、ゴロツキたちを見据えた。

 

「今宵は貴方たちを終わらせに来ました」

「て、テメェ……!」

 

 一番最初に動いたのは、驚いたことに副社長だった。

 抜き出したのは私のとは違って近代的な兵器。鈍く黒光する拳銃だった。抜き出した銃ですぐさま発砲。申し訳ないが、私はミリタリー好きではないので拳銃や弾丸の種類については割愛させてもらう。弾はすごく大きい。

 やっぱり◯口監督とかメカ◯ジラとかをさらに読み込むために、ミリタリーにも手を出した方がいいかしら。そういえばゼロワンの映画に出ていたお方が、動画サイトでモデルガン等の解説動画をあげていたわね。帰ったら見ようかしら。

 現実では聞きなれない炸裂音が耳朶を打つ。ゴロツキ達も遅れて発砲した。だが、解き放たれた弾丸は遅かった。これだけ私が思考できているのがその証拠。

 どちらかと言うと遅く見える––––というのが正解だ。

 

 理由?

 私、だから。

 

 弾丸が進むと空気が裂かれて波が出来る。前方を囲うように向かって来る弾丸を、自分の間合いに入ったところで掴み取った。六つの弾を見せつければ愕然として顎が垂れる。

 そのまま拳銃以上の速度を持たせて投げ返す。空気上に見える弾道に沿って弾丸達は拳銃の下に帰っていった。六つの呻き声が重なった。カタン、カタンと拳銃が音を立てて床に落ちた。

 

「さて、見せしめもこれぐらいでいいでしょ」

「なんだと、このぉ……っ!」

 

 全員が恨めしそうな顔でこちらを見た。自分から終わりに来るなんて本当にバカな子達だ。おバカで簡単に利用されちゃっている男たちを睥睨する。

 

 なぜ下に見ているかって?

 

「オメェら……なんでこんなガキに傅いてる……ッ!」

 

 この子達が自分で膝を折って床に座り込んでいるからだ。

 

「無理ですよ……弾を素手で掴むような姐さんには勝てねぇ……」

「美しい……」

「このためにここにいたんですよ、俺たちは……」

「なら、貴方たちがやってきた悪事の証拠全部警察に提出して。そして、儲けた金も全て持ち主に返しなさい。全てを返金し終えて、最後に自殺すること。怪人は死ななきゃ、ね」

「分かりました」

「あ、お前らぁ! 何やって!?」

 

 副社長もゴロツキも頬を赤く染めて蕩けた目で、ノロノロとパソコンや棚に置かれた資料を出し始める。最近も見た顔だ。セリちゃんやあっくんさんを思い出す。彼女たちもまた同じ顔で、私の言うことに素直に従った。

 そうだ。明日はセリちゃんを食べよう。

 あっくんさんは私に落ちてから食べたいし、やっぱり親から腹に入れるべきよね。親子丼だって卵より先にカツを食べるし。でもなぁ、親子丼と違って、子供に親を捧げさせるのが1番美味しいんだよなぁ。

 今日の晩飯のことを考えながら、どちらにメッセージを送るか考えていると、足元から声がした。痛みで酔いが覚めたのか明瞭な言葉遣いだ。

 

「お前、どこの回しもんだ!」

「貴方たちと同じよ」

「なにぃ」

「悪意滅亡道楽部。つまり、エンジョイ勢」

「エンジョイ勢……? はぁ? お前の楽しみのために俺らが潰されるのか? 俺が築いてきたすべてが?」

 

 中年の顔は青く染まった。

 自分で作り上げたと最後まで思い上がっているのも虚しさを通り越して、愉悦に昇華できそうだった。しかし、こんなつまらん奴で愉しむ気などさらさらない。

 もっといい奴が目の前にいるのだから。

 

「ねぇ、稲城さん」

 

 胸元を掴み持ち上げると、彼女は状況が呑み込めていない可愛らしいバカな表情で間抜けな返事をした。稲城の首元に鼻を添えて、クンクンと体臭を嗅ぐ。

 

「うっぐっ……!」

「すり抜けできなくて驚いてる?」

「!?」

 

 稲城は抜け出そうと必死に踠くが、まったく歯が立たず、更には私と目線があっただけで顔を赤くして力を抜いてしまう。

 やはり話し通りで、私は耳打ちでそれを告げる。

 

「貴方、吸血鬼でしょ」

「なんでキミそんなことを知って」

「今どきネズミで稼ごうとするなら、吸血鬼レベルの口のうまさが必要だからねぇ」

 

 稲城はいきなり正体を言い破られて当惑した。

 

「それよりも、貴方がしてきたこと全部教えて? 人間だった頃も含めて、私に聞こえるだけの小さな声で。恨んでたんでしょ、馬鹿なクソ老害どもを」

「はっ、はわ……私は、わたし介護施設で働いていました」

 

 私がお願いすれば彼女はツラツラと自分の生い立ちを話し始めた。

 

「吸血鬼になった理由は、介護施設での毎日が耐えられなかったからです。最初はみんなのために頑張ろうと思ってたけど、セクハラとか暴力とか耐えられなくて、でも転職のための時間どころか辞める時間なくて。……やさぐれかけてた時、教えてもらったんです。吸血鬼になれば束縛を受けずに自由にできるって。

 その存在に一目惚れしましたから、すぐ吸血鬼になって私は人を騙すことを教わりました。生きるためだそうです。最初は勤めていた介護施設でした。嫌いな老人たちを唆して私がいない時に喧嘩させて、死なせました。嬉しかったです。いなくなって欲しい人たちが、私の口車に乗せられて死んだと聞いた時は快感でした。

 吸血鬼になれて本当に良かった。

 次に私が選んだのが瀬戸見道楽部でした。

 六年前にこっちに来た時にここを見つけて、わたしが老人たちを騙すことを提案しました。これが最高でしたボケた老人達が私の口だけで破滅していく様も、若くて未来のある子達が借金に苦しむ様も。全てが私を狂わせました」

 

 聞くに耐えなかった。もはやため息も出なかったが、最後にひとつだけ尋ねることにした。これは聞かなければいけなかった。

 

「岡村寧々、という女性に心当たりは?」

「あぁ、借金狂いがヘマして殺したおばさんですか。あの人馬鹿ですよね。結局殺される他人を助けて、車に轢かれたんですから」

「…………そう。違って欲しかったわ」

「ッ」

「なら、ここをどうするつもりだったの。大きな声で言ってやりなさい」

 

 手を離し、顔を離した。身体を宙に押さえつけていた力が無くなり、蹈鞴を踏みながら彼女は自分の足で立つと、堂々と胸を張った。どうせろくでもないなのは分かりきっていたので、革椅子から物がついたままのナイフを抜いて弄りながら、中年の目の前に座り込んだ。

 恨めしそうな、それでいて見惚れているような矛盾を孕んだ視線が私を指す。結構いい目をするじゃない。ナイフの手持ちを彼に向けて差し出した。

 その時、稲城が叫んだ。

 

「私は! ここを利用つくしたら、金だけかかえて逃げ去るつもりでした! もちろん顔がバレているので殺した方がいいと思っていました!! 馬鹿な男達を手玉に取るのも気分がいいです!!」

「だって、信頼ないね。しゃちょーさん?」

「うっ、ううっ……ぁぁぁああああ!!」

 

 中年は叫び声をあげながら、ナイフを掴み取った。掴むと同時に横薙ぎに私に斬りかかるが、それはすり抜けて虚空にくっさい痕をつけた。錯乱していた中年は、不可解な現象など気に留めず稲城へと突進して––––『ふっ』と彼女は笑って、胸に刺し傷がつくのを了承した。

 つくはずがないのだから。

 

「なんで」

 

 力強く張っていた脚が震えた。

 中年の勢いに押されたまま彼女は仰向けになってカーペットの上に倒れた。萎びた物を咥えたままのナイフが胸に突き立てられていて、まるで特殊な秘め事にすら見える。

 瞳のハイライトが消えるとなお事案めいて、心がポッキリ折れた音がした。

 中年は稲城を刺した後、また股間を抑えて丸まった。

 

「社長さん、ご褒美よ。直してあげる。見せなさい」

 

 傍にかがみ込んだ私は右人差し指を見た。その指の第一関節まで手袋が縦に裂けていて、ぷっくりと血の球が出てきていた。それを露出した股間の断面に血の球を指で弾いて投げ込んだ。

 すると、中年は何事もなかったかのように立ち上がって飛び跳ねた。

 

「傷が癒てる!?」

「ものは直してないけどね。ほら、貴方も他の子達と一緒に証拠を出しなさい。あと、貴方達が苦しめた人たちの借金を全て会社で肩代わりする契約書も」

 

 中年は痛みが消えた嬉しさのあまり楽々と命令通りに動き回り始める。その様を横目に捉えながら死に絶えていく女を睥睨した。見開かれた瞳孔は、無理やりあり得ない現実を直視させられているかのようだった。

 やっぱり吸血鬼な分【映える】わね。

 

「ほら稲城、ダブルピースで舌を出しながら白目を剥きなさい」

 

 死に行く身体をなんとか動かして私の命令を実行する。

 やっぱり凄いわ。やっぱり危険だわ。恋の力って!

 人を騙して生きてきた者の最後が、美しすぎる私に一目惚れしてオモチャにされるんだから。悪人の最後として標本にするべきね! その様を写真に収めると、彼女の腕が床に落ちた。

 

「安心しなさい。貴方が次に生まれ変わった時、私のペットという極上の生が待っているのだから」

 

 私は興味がなくなった女から目線を外して、男達を見た。既に証拠らしきものは全てデスクの上に揃えられていた。全て確認した。標的の顔写真まで載っている資料があり、これは返却の際便利だからちゃんと保管するように言いつけた。

 私が求めた紙もきちんと中年の直筆でサインがされている。

 

「よろしい、私のことは忘れて自首しなさい」

「はい!」

 

 私が号令にまるで兵隊を想起させる整った返事が返ってきた。

 自首の連絡が終わったのを見届けてから外に出ると、自殺志願者だった男性が困惑した様子で扉のそばで立っていた。戦々恐々とした顔つきで、私を化け物かのように見てくる。正解である。

 

「あ、あの……まさか人を殺して」

「馬鹿ね。男のやつを裂いたのは本物でも、女を刺したのはマジックナイフよ」

「そ、そうですよね……!!」

「そうよ。早くここを出るわよ」

 

 男性は納得した様子で–––そう思い込みたいのだ–––激しく首を縦に振ったあと、ビルの外に出る私の後をついてきた。

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 終わったー、と伸びをしてビルの屋上から地上を見つめる。警察が駆けつけていた。そこは先ほど一悶着起こしたばかりのビルだが、私のそばには男性はいない。

 私のことを忘れさせて家に返したからだ。

 辛いことは忘れるに限る。

 明日からは借金のことも何もなくなって、ちゃんと暮らすことができるようになるだろう。親が騙されて借金したというマイナスイメージは付き纏うだろうが、それくらいは自分で跳ね除けてもらわないと困る。

 左のイヤホンから通知オンが鳴り、押し込んで通話を始める。

 

『お疲れ様でした、理世様』

「気持ち悪いの見ちゃったからゲーゲーだわ。そっちの方は?」

『闇金の方も肩がつきました。厄介な団体の一部でしたが、長を落として解体宣言させました』

「そう。なら後は、私たちがその後釜として、オイタをする奴らが入り込む隙を潰すだけね」

『それと目的の品の回収は既に済んでいますので、あとでいつものを–––」

 

 ペットが言い終える前に通信を切る。

 

「やっ、蘿蔔さん」

 

 振り返ると、そこには吸血鬼が立っていた。夜空を切り取って髪にしたかのような綺麗な黒髪をボブカットで流す少年であり少女。蘿蔔ハツカだ。どこか怯えた表情をしていて、けれど私を見て怖がっているようには見えない。

 

「キミらは……」

 

 ああ、なるほど。

 私を通してショウを見ているのだ。

 

「どうしたの? ショウに捨てられたの?」

「人殺し、め」

「ありゃりゃ、何も聞いてないわ。ジューショーね」

 

 近づけば、顔が赤いのが分かる。揺れ動いている証拠だ。怒りで夜空が真っ赤に燃えそうだ。

 

「本当にキミらはお似合いだよ! 口八丁まで得意で、化かしたつもりかい! ナイフまでさ!」

「あら、私は小森出身だって言い切った覚えはないんだけど。よく分かったわね? ショウに騙され慣れてきたかしら」

「うるさい!」

 

 柄にもなく叫んじゃって。不似合いなことをするじゃない。あらあら、思ったよりもショウに傾いてるんだ。あらあら、イライラするわ。あまり好ましくないなぁ。

 

 自分の足で立つことすらできず情念を誰かに捧げて依存することで、自分の存在を誰かに支えてもらっている。愚かだと思った。自分の意思を注ぐべき盃は自分の世界だ。

 きっと蘿蔔ハツカはこう思ってるんだ。

 自分はあんな奴等とは違うんだと。

 大切にしていてあの子を導けるのだと、自尊心をショウに注いでグラスを揺らすかのごとき無意味さ。

 洗脳して、相手の意思を自分好みに整形するスタイルの蘿蔔が崩れてしまうとは。これでは救世主にはなり得ない。

 

 正面に立ち、蘿蔔ハツカを見据える。

 

「……僕も殺すか?」

「いただきます」

「ッ……!?」

 

 恐怖と羨望、呆気と惚気に乗っ取られた彼の唇を奪うのは容易かった。仮面で口に意識が向けられてなかったのもあっただろう。簡単だった割には、とても美味しい口だった。ショウのことがどれだけ大切か伝わってくる。

 

 

 

 水音を鳴らしながら味わう一時。

 疲れた後の一杯に最ッ高だった。

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