私––––
とても辛い出来事だった。
無遠慮に踏み込んだばっかりに、大切な人を––––
もしかしたら私自身も傷ついたかもしれない。
コレはもうどうしようもない現実で、変えられない過去。
「だからもう……仕方がない」
脳内のギアを切り替えて、そのことを見ないようにフルスロットルで駆け抜けよう。
しかし、こういったことがあると面倒なことがある。
女子特有のことかも知れない。いや、私の周り限定かもしれないが、関係の輪を乱すとそれがこちらに返ってくるのだ。
告白に失敗した私を遠巻きに見つめる
とある者は心配そうに、とある者はしてやったりといった顔、とある者は安堵の表情を。
様々な波が遠くから押し寄せる。
こちらが見返すと、波が引くように顔を背ける。
やましいと思うようなら、わざわざ見ない方がいいのに。
朝から続けられて気は滅入るが、それも今週はこれで終わり。もう、どうでも良いことだ。
「けど、いま体育なのよね……」
『ジャンッ……サー!!』
今日の学校もつつがなく進行して昼の過ぎ。授業が六限目までしかない金曜日の中で、最後の授業となった時間帯。
週末の始まりに学校のストレスを発散ができる体育が来るのはとても嬉しい。
だが、この度の授業は【バレー】である。
「こんなんじゃチームプレイなんてできそうにないのだわ……」
ただでさえ連携が必要な競技の時にコレとは運がない。
まあ、所詮授業のバレーだからネット際にボールが浮いてこれば叩き込むことはできるけど。
ため息をつきながら、体育館の舞台に座り込む。
「………」
夜は涼しいが昼間まだ普通に暖かいこの時期に、締め切った体育館で激しく動くと熱が篭って余計に暑い。
水筒の中に入れたスポーツドリンクをあおる。
『いったよー!』
『おら喰らえー!』
ふたつのバレーコートを男女がそれぞれ使って駆け回っている。バレーをやりこんでいる人、運動ができる人が多く走り、苦手な人はそれを端から見るという体育ではよく目にする構図だ。
けど、その人数が普段と違う。
ブザーが鳴り響いた。
「あっ……ショウ……」
試合時間が終わり、次のチームに変わっていく。
その中にはショウの姿もあった。並んでコートに入っていくような人は居ないが、チームを組んでいる相手になにかを告げているようなのが、口の動きから分かる。
フラれたというのに自然と目で追ってしまうなんて我ながら女々しいなと思う。
今は顔を合わしたくはないのだが、眺める程度なら。
「……こんな時に限って、岡さん休みになるなんてね」
いつもならレシーブ練習などから始まるのだが、今日は男子体育担当の岡村先生が休みのため急遽女子と同じ内容となった。
教師ひとりで2クラス分見ることはできないということで、準備体操以外試合形式の授業で時間が進む。
それもあってか男子にしろ女子にしろいつもより気合が入っている気がする。
「アホらし……」
フラれた自分が言うと負け惜しみに聞こえて情けないが、実際いつも通りやらなきゃ空回りするだけだろうに……と思う。
私がぶう垂れていると、舞台袖から私を呼ぶ声がした。
「理世ちゃん!」
声がやってきた方に視線を向ける。
「さくらちゃんじゃない、こんにちわ」
舞台袖にいたのは、浅倉さくら––––ある意味私と同じ人。夜守コウという人物に1ヶ月くらい前にフラれた子である。
愛らしい顔つきが笑みを浮かべると、とてもキラキラしていて見てるこっちもつられて笑ってしまった。
「こんにちわ! 隣、座っていい?」
「良いけど」
「わーい!」
弾ける笑顔のまま私の隣に腰を下ろす。
––––このタイミングで態々話しかけてくるということは、なんだ……?フラれた者としての同情か?
しかし、そんな雰囲気は一切見せない彼女は体育館の中を見渡す。
「まさか岡村先生が休みになるなんてね〜」
「そうね。あの人いつも元気そうなのに」
「風邪ひかないコレぞ体育会系! ってかんじだよね」
「歳には勝てないってことですわ」
ハハとふたりで笑い合う。
ひとしきり笑い、少しの世間話を交わすとさくらちゃんがスッと落ち着いた顔になる。
そこで分かった。
私の告白とは違う別の話題であり、さくらちゃんからの話であると。
「ねぇ、理世ちゃん」
「どうしたの?」
「いや、あの……この間の件ってどうなってるかな?」
「この間の––––あぁ、夜守コウ君の?」
さくらちゃんがコクリと頷く。
夜守コウ––––
中学2年の14歳。誕生日は8月28日。母は確認されているが、父親は不明。
成績優秀で、スポーツもやり方を知ればそこそこ優秀。気さくで明るく、学校間ではかなり好かれている人物で通っている。
噂ではスニーカーと
そして絶賛、
「ごめんね、生徒会は動けてないの」
夜守コウが不登校になった外的要因は単純。
浅倉さくらの告白を断った夜守コウに、
多分、そのふたりとしては友達の想いが無碍にされたことに憤りを感じていたのだろう。
愚かなことだ。
以前からさくらちゃんからは夜守コウが復学できるように働きかけてくれないかと相談されていたが、私たちは動いていない。
理由はショウが認めないからだ––––。
「そっか……ごめんね! 無理言って––––」
でも、と言いたがな彼女の顔はどこか親近感を覚える。
「夜守くんに謝りたくて」
「––––……」
浅倉さくらの言いたいことは分かる。
「辿れば自分が原因、だから?」
「……うん」
自分をキッカケに好きな人が傷ついて、そのまま目の前からいなくなってしまったのだから。
根が純粋で優しいさくらちゃんなら、より堪えるのは想像しやすい。
でも、そんなことはない。
「そんなこと思う必要ないわよ」
ハッキリ言える。
彼女が悩んでいるのなら背を押す。それが
「告白したのは貴女の決断で、告白をフッたのも夜守コウの決断。そこに善し悪しなんてものはないの、だからさくらちゃんが思い悩む必要なんてないわ」
「理世ちゃん……」
それに、さっちゃんやみっちゃんに関しては
もう下手な問題は起きないだろう。
「……ありがとう、慰めてくれて」
「慰めるほどワタシは優しくないわよ……? まあ、前を向く区切りとして夜守コウ君と口を交わすというのはいいと思うけどね」
「––––うん!」
呑み込めきるないだろうけど、どこか腑に落ちたように納得したさくらちゃんは頷く。
そんな顔はとても輝いていて綺麗だ。
こっちも見ていて気持ちが良い。
「…………」
「え、なに? どうしたの?」
「いやぁ〜〜……ワタシ、夜守コウ君のことあまり知らないからあれだけど、さくらちゃんをフッた理由が分からない––––ワタシが嫁に欲しいくらいなのだわ」
「ええっ!?」
夜という名が着くから、浅倉さんのような昼間属性には相入れなかったのかしら?
そんなことないか。
「嘘嘘、ジョークよ。けど待つのも大事よ、相手も整理するための時間は必要だろうし」
「そうだね。フフッ、また夜守くんに会いたいな〜」
フラれても『会いたい』と言えるのは彼女が思いの外図太いのか。いや、純粋に夜守コウの方が好きなのだろう。
そんな恋心は応援したい。
友達としても生徒会としても。
「けどそっか……生徒会、動かないんだ。なんというか、驚き?」
「どうして?」
「だって、人助けが趣味って云われるあの会長だよ」
さくらちゃんの視線が動き、それに追従する。彼女が見つめていたのは、バレーコートで落ちかけるボールを丹念に払い続けるショウの姿だ。
なるほど。
ショウなら動くだろうという考えだったのか。
「––––いや、別にショウも生徒会も、何でも屋じゃないのよ?」
「でもこの間、演劇部の服の改造を頼まれてたの見たよ? 写真部にヘンテコなカメラ渡してたのも見たし……それに街のおばあちゃんの自転車も直してた」
「アイツ……」
人助けが趣味––––どこかで聞いたことがあるような設定だが、まあ側から見ればそう映るのと理解はできる。
ただ、それは正確ではない。
「ショウはあくまで良いことだからやってるだけで、人助けって認識はないと思うわよ」
「え、そうなの?」
「そそ」
必要以上に断らないのはショウの悪いところではあると思うけど、そこがショウの人の良さでもある。
「まぁ、あとはそうね……要するにいまと同じよ」
さくらちゃんが首を傾げる。私はその首を手前で男子が使っているコートに向けるように促した。
『やった当たっ……ぁ……』
どうやら打ち込まれたボールを、ショウのチームがブロックで止めようとしたようだが、当たった箇所が悪かった。本来の軌道から弾かれたボールは大きく弧を描きながら天井付近まで飛んでいく。
コート外に落ちるのは誰の目にも明らかだ。
バレーの用語なら……確かブロックアウトと言うのだったかしら。
『これは仕方ないわー……』
『よっしゃ、ラッキー!』
『やっと……落ちた……」
敵は点が決まったのを嬉しがったり、ラリーが途切れることを喜ぶ。味方は後一歩というところだったのを残念そうにする。
ショウのチームメイトは自分達を飛び越していくボールを眺める。
しかし、まだ決まってない。
『………ッ!』
飛翔するボールが体育館のキャットウォークに乗りかけようとしたその時、行手を何かが阻む。
手だ。
手の陰がボールを覆い隠す。
『ほいっ』
伸びていたのはショウの手だった。
体育館の壁を使って2段ジャンプのような形でボールの高度に追いついたのだ。
ショウの腕に当たったボールは、軽快な音を立て進行方向を変えて、味方コートの真ん中に飛んでいく。
『ええ……』
誰かが困惑を声に出した。
『持ってこーい!!』
掛け声が困惑を掻き消す。
着地したショウはその足で方向転換すると、一気にコートへ駆ける。
対角線上、コート右側に走り込んだショウは横跳びでスパイクの体勢へ移り–––––味方の数人以外、完全にショウに目がいっている––––トスを待つ。
トスを上げるセッターがボールに手を伸ばす。
ショウの他にもうひとり跳んでいる。
『オラっ!』
それでもセッターはショウを選択。
セッターが彼に追いつくようにボールを急発射。ボールがショウに追い縋るようにコートを横切っていく。
『……ッ』
しかし、何故かショウが顔を顰めた––––気がした。
それは一瞬。
おそらく他の人……隣にいるさくらちゃんやチームの人達すらそのことを認識していない。
「あっこれは……」
足りない、距離が。
横に流れていくショウの打点に合わせるには力及ばず、ボールは彼の左肩の側で失速、落ちていく。
これではもう打てない。
右打ちの体勢で構えているショウには触れることはない。
『ちっ……!』
それでも––––まだ、ボールはネットより高い。
ならば、ショウが取る手はひとつ。
『セイィヤッ!』
体勢を急反転。無理やりに左打ちの姿勢に持っていき、そのままショウはボールを相手のコートに力強く叩き込んだ。
打ち込まれたボールは、鋭く相手のコートに突き刺さった。
破裂音にも似た振動が鼓膜を揺らす。
『ふぃ〜……』
そのまま床を滑るようにして着地––––良かった怪我してない……
綺麗な流れに、教師も含めて喝采があがった。
チーム内でもショウがハイタッチを求められる。
『いや……よく打ち切ったな…………ショウに釣られた俺がいうのもアレだが』
『問題ない、君のトスは一品級! あのタイミングであそこまで合わせられたのも君だからだ––––ただ、次は囮として、ちゃんと使ってくれよ? 君なら可能なのだから』
『ああ……っ! しっかり使ってやるよ!』
パンと乾いた音が体育館に響く。
ハイタッチを求めた男子はショウに褒められて嬉しそうに、そして期待に応えようと微笑んでいた。
「おお……」
さくらちゃんが思わず声を漏らす。
「単純にアイツは負けず嫌いなのよ」
【最高最善のために勝ちきる】がショウのモットーなのだ。
そんな彼は今日もカッコいい。
「実は夜守くんのことは学年主任からも指示されてるんだけど、ショウがそれを許さないのよ。きっと……無理やり連れ戻すのは、彼の傷を広げるだけと思ってるんでしょうね」
そのことの擦り合わせはショウと私で済んでいる。
居たくもないところに来させるのは、教師の傲慢であると。
「だからショウが言いくるめて、教師が夜守コウ君に干渉しないようにしてるの」
「……なるほど。う? えっ、それ大丈夫なの?」
「問題ないわよ。ショウだもの」
普通の生徒が聴く分には驚く……というよりは引くような話かもしれないが。
まぁ、ずっと連れ戻さないというのは問題でもあるのだから。
「安心して、必要なら連れ戻しにいくわ」
「そっか、理世ちゃんが言うなら間違いないね」
どうして私が言うから確信できるのかは分からないが、彼女の中で腑に落ちたならヨシとしよう。
「夜守くんが戻ってきたら仲直りするぞー!」
笑顔でそう宣言する彼女の意思は、再び盛り上がるコートの喝采に呑み込まれた。
「………」
–––––そうだ、彼女は前を向いている。
聞いてみても、良いかもしれない。
「ねえ、さくらちゃん」
「どうしたの?」
「……もし、夜守くんが帰ってきたとして、
そう訊ねると、彼女は少し考え始める。
しかし、返答までそう時間を必要としなかった。
元から腹は決まっていたのだろう。
「それはね……できれば
その彼女の言葉を聞いて私も腹を決めれた。
私も元の関係に戻ってみせる。
「–––––れたらなとも……けど、その前に仲直りを……って聞いてる?」
「うん、聴いてる。ありがとう、私も決心できたわ」
彼女が再び首を傾げる。
––––ああ、この子は別に私とショウの関係を知ってる訳じゃないんだ
声をかけられた時に狐疑の眼を向けてしまったことが恥ずかしい。
羞恥心に駆られた時にブザーが鳴る。
「あっ次、私たちの番だよ! 理世ちゃん!」
「そうね、サクッと大事に一気に決めますか」
「慎重に行くのか大胆に行くのかどっちなの?」
「そういうツッコミは良いの」
私は舞台を飛び降りて、さくらちゃんと一緒にコートに走っていった。
さくらちゃんってあんま描写ないから分かんないけど、多分コウくんのこと諦めないような気がする。それはそれとしてコウくんとナズナちゃんのことを知ったら、泣きながら応援はしてくれそう。