よふかしのあじ   作:フェイクライター

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第百十肆夜「合いそう」

 ポツポツとした明かりが現れては消えていく。夜中の車道には殆ど車がなくスムーズに進み、事務所を離れるに従って建物や街灯の明かりは数を減らし、自動車は背後にも対向車線にもいなくなっていった。

 いつもならとっくにベッドに入っている時間だが、今日ばかりは仕方ないだろう。

 隣でハンドルを握る朝霧さんに声をかける。

 

「吼月くん、戻ってこなかったですね」

「そうね」

 

 返ってきたのは短く、それでいて身を案ずるような心配する声だった。

 

「……仲、いいんですね」

「弟とは元々仲悪くはないのよ。下手に関わると義母が暴力に走るから近づかないだけ。父親も吼月くんが戻ってくることを望んでないし」

「嫌うことぐらい、して良いと思うんです」

「嫌うことができてたらとっくにしてるわよ」

 

 不器用な生き方だ。なぜ苦しい方へと進んでしまうのだろう。子供だからマトモな判断がつかないのとは違う。無知だとか幼さとか、何かに縛られているのとは違う。

 あの子だからこその理由。

 

「あの吼月くんってその」

「その、なに」

「吸血鬼……なんですか」

「どうして?」

「いえ……あまりにも簡単に吸血鬼がいる事実を受け止めてましたし……それに、こういうのは憚れるかもしれないんですけど、父親が『アイツは化け物』だと」

 

 手首を切って『人間になったよ』と声をかけてくる少年の姿を想像すると、どうしても切実な願いの声でしか頭で響かない。

 

「弥恵さんは吼月くんを見てどう思った? 見た目とか印象とか」

 

 サイドミラーに映る悩み耽る私に朝霧さんが問いかける。

 見たままの、感じたままを口にする。

 

「……子供っぽくはないですよね。すごく芯がある雰囲気で、見ただけでしっかりしてるんだろうな、と。見た目はその……」

「惚れそうになった?」

「そこまでは……でも、美がつくのってああいう子達なんだろうなとは」

「父親には水商売で食ってけるだろって言われるぐらいなのよ。それはどの吸血鬼も同じだけど」

「ならやっぱり」

「でも、ハッキリとは言えないのよ」

 

 私は吸血鬼の確信を得て頷こうとするが、朝霧さんは肩をすくめて断言を避けた。なぜか、と尋ねてみれば彼女は言う。

 

「あの子はどちらでもあるから」

「どちらでも……?」

 

 首を傾げながら疑問を膨らませる私に時間をくれる。

 

「人間と吸血鬼を行き来できる?」

「そう。いつもは人間、でもキッカケがあると吸血鬼になったりする。理由は誰にも分からない。本人だって吸血鬼になれることで苦しんだけど、なんでなれるのかは知らない。唯一知っていたはずの母親はもういない……あるいは」

 

 気になるところで話を区切ると、朝霧さんはシフトレバーをテキパキと動かしながらブレーキを踏み停車した。ボンヤリとしか外は見ていなかったし、最後辺りは話していたせいで自分がどこにいるのか分からない。

 どこかの住宅街とビル街の狭間あたりのようだが……スッと朝霧さんの指が伸びる。そこには塀と木々に囲まれたこぢんまりとした小さな事で建物があった。

 自分たちの車は影に身を隠すように、出入りする人の姿だけ捉えられる位置にある。

 

「あそこは?」

「吸血鬼がいる場所。最近、女子中学生があそこの喫茶店で吸血鬼と会ってるみたいなの」

「あ、会うんですか?」

「いや。どこの誰なのかも分かってないから手出しはしない。……ただ吸血鬼かどうかぐらいは確信したいわね」

 

 吸血鬼には確かな判断基準があると事務所で概ね聞いた。

 

「一番分かりやすいのは脈があるかどうかでしたよね」

「そうよ。でも、見た目は人間と同じだから気をつけてね」

「……」

 

 吸血鬼が本当にいる。疑っているのは1割にも満たない懐疑心だし、今までの話を聞いていると凝った作り話でも無さそうだ。なにより、その真偽を確かめる状況にあるのは間違いない。

 少しした店からひとりの男の子が出てきた。中学生くらいの男の子。誰かを見つけたらしくそのまま走り去り、視界からはみ出し消えた。

 こんな時間に子供をふらつかせて親は何をやっているんだ。

 

「……女子って言ってませんでしたか?」

「岡村蒼。あの子、男装癖なのよ」

「変わってますね。……知ってる子ですか?」

理由(ワケ)アリの子」

 

 そのワケを教えて欲しいのだが、聞くより先に入れ替わるようにして人影が再び店から出てくる。今度も男の子。高校生なのか、あの子と同じくらいなのか。遠目では分からないが、異様に人目を惹く。歩き方だろうか。まるでランウェイを歩くモデルを見る観客のように視線が彼の足跡を辿る。

 

「弥恵さんッ」

「え、あっ……」

 

 ぼうっと眺めている私を咎める声で醒める感覚が脳を揺さぶる。自分でも分かるぐらいには見惚れてしまっていた。

 

「若いわね。でも気をつけなさい。吸血鬼はアレがデフォルトなんだから」

「朝霧さんは追いたくならないんですか?」

「慣れたわよ」

「慣れるんだ……」

「見た目だけなら良いやつは多いから。男でも、女でも」

 

 ため息を吐きながら朝霧さんはドアを開ける。きっとあの男を追うのだろう。私もドアを開いて冷ややかな外気に脚を入れる。

 鞄を肩にかけて運転席側のドアを閉めようとする朝霧さんが眉を下げる。

 

「貴方はここで待っててもいいのよ」

「いえ、吸血鬼がいるのを見ないと来た意味ないですから」

「……まあいいけど、男の顔はあまり見ないようにね」

 

 外に出て二人で男の後を追う。弁護士がなぜ破廉恥な探偵の真似事をしなければいけないのか言ってやりたいが、状況が状況なので呑み込むしかない。……素直に苦手だ。

 店から数分離れると男は路駐していた車の中に声をかける。

 どうやら知り合いらしく少しの間、車の中に頭を入れながら楽しそうに会話している。

 

「……やっぱり吸血鬼か」

「え、今ので分かるんですか」

「分かるワケないわ」

「どっちなんですか!」

「静かに。車種とナンバーよ。アレは岡止士季の眷属のね」

「……凄いですね。そこまで知ってるんですか」

「優先順位があるとはいえ結局殺すもの」

 

 吸血鬼は殺す。

 短絡的な考えに思えた。仮にも法に寄り添う人間として仕事に勤める者としてその行動は正しいのだろうか。人間ではないから法に意味はないのかもしれない。

 吼月くんの父親が言っていた。

 あくまで法の効力の維持のための警察。

 もしその効力がなくなれば、罪を犯したものを死から守る者は何もなくなるのではないか。

 考え込んでいるとヘッドライトが横切った。

 

「行くわよ」

 

 声をかけられて初めて男性の話が終わっていることに気がついた。

 朝霧さんが鞄から帯状の何かを取り出した。夜光文字のタスキで、これがあればはたから見れば夜間のパトロールをしているようにしか見えない。

 ふたりしてタスキを肩にかけた。朝霧さんは更に懐中電灯を取り出すと、明かりを男性に浴びせる。

 

「すみません。少しよろしいでしょうか」

 

 唐突な光に驚き、振り返りながら目を細める男性に私たちは声をかける。『どうしたんですか?』男は眩しそうに手庇を作ってから返事を返す。

 声の響きも良い。

 

「最近中学生が夜に外出しているという話が自治体にあがってきまして、パトロールをしていたところ中学生が貴方と一緒に出てくるところを見ました。お話を聞かせていただいてもよろしいでしょうか」

「お茶してただけですよ」

 

 男性はこちらに背を向けようと、一歩足を下げる。

 

「ここでお願いします」

 

 走る素振りがないことから逃げ出す様子はなく、近くの街灯の下に行きたいらしかった。それすら警戒するのは吸血鬼だからだろう。いや、それよりも私がいるからだろう。

 吸血鬼は人間を恋に落として眷属を作る、らしい。なぜそんな不便な生殖の仕方になっているのかは隅に置くとして、会話しなければ始まらないわけで割って入ることにした。

 

「ま、まぁ、明るい場所にしましょうよ。その方がお互い落ち着いて話せますし」

「…………いいわ」

 

 三人で灯りの中に入ると彼はこちらに懐中電灯を下げるように促し、朝霧さんはしたがってカバンの中に仕舞った。

 視線が––––紫色の瞳が私を捕らえた。

 宝石の中に私は居る。

 唇が––––艶やかに膨らんだ丹花が私を捕える。

 花に私は喰まれる。

 

 彼の手が何かを掴んでいる。

 

 捕まった感覚はあるのに、全く敵愾心は湧かなかった。

 

 ……気があるみたいだ。

 

 

 

 まぁ、ざっとこんなもので。

 

「とりあえず材料は揃ったかな」

 

 地べたに這いつくばって僕の椅子になる女二人のことをどう使うか考える。

 

「ねぇ、蘿蔔ハツカの弱点って持ってる?」

「……はい、持っております」

「そっか」

 

 うまくやってみるか。

 

 

 

 

 暗がりの中で顔が浮かぶ。右頬をベッドに擦り付けながら笑う彼女に蘿蔔ハツカ()は訊ねる。

 

「結局、魅了って本当にあるの?」

「昨日小蝿みたいにホイホイついてきたじゃない」

「一々虫で喩えるのなんなの」

 

 ベッドで横になりながら向かい合うのは倉賀野理世。ショウ自身を除けば現状もっとも僕の邪魔をするものと認定していいだろう。

 なんせ彼女もまた()吸血鬼なのだ。

 そして僕よりも吸血鬼について詳しい……らしい。

 口から飛び出る言葉は山の中でムカデが顔に張り付いた時のようで、僕は思わず鼻下のシワが寄った。理世は僕の顔が面白いのか、鼻で笑うから、遠慮なく彼女の左肩を押し飛ばして僕は上に跨る。有無を言わさず唇を奪って数秒口の中を遊びながら体を撫でてやると、とろっとした赤い顔の出来上がり。

 暗くても興奮が伝わってくる。

 肩を上下させて浅い呼吸を繰り返す。

 いい気味だ。

 

「すぅ……ふぅー……ッ」

「ッ!」

 

 ほくそ笑んでいると、次の瞬間には景色が逆転する。

 白いベッドの上で赤くなっていた理世は、いつの間にか黒の天井を背にして紅潮した頬のまま嘲笑う。熱った吐息を漏らしていたのは僕だった。なったりとした液体が唇を濡らしている。

 そうだ、キスし返されたんだ。

 柔らかかった。

 仕返しにもう一度立場を反転させて唇を奪う。

 ショウの大切な相手を奪う。穢しあっている事実が、腹の奥で激しさを増すナニカは頭へ突き抜ける。ショウは僕らを見たらどんな顔をするだろうか。

 僕も、理世も、考えていることはきっと同じ。

 目の前の相手ではなく、遠い相手のことだけを思ってる。

 

「実力はぁ……はぁ……互角みたいね」

 

 一区切りついたところで理世が疲れを滲ませながら言う。

 

「いいや、舌の使い方は僕の勝ちだ」

「なら唇の触れ方は私の方が良かったわよ!」

「だったら興奮のさせ方は僕の方が上手だ」

「だったら–––」

 

 負けを認めることない僕らは、それでも相手が勝鬨を挙げたことは否定できないまま自分の良さを誇るように延々と言い合った。最後には疲れ果ててまたベッドに倒れ込んだ。

 ここまでを何度もループしたことだろう。

 

「良さは互角か」

 

 ホントは僕の方が上だけど。

 理世が一度大きく息を吐くと同時に脚に何かが触れる。

 

「まぁ、私は貴方みたいに欲は強くないけどね」

「……ンン。やめなよ、はしたない」

「触っていいのはショウだけって? 造花の百合をやるにはやっぱり欲がありすぎよ」

 

 太ももから這い上がってくる手のひらを叩き落として僕は言う。

 

「結局あの子はこれまでにたくさん汚されてるんだろ。だったら僕が全部上塗りしてあげないとダメじゃないか」

「認めやがったよ」

 

 尻叩かれて終わりだろ、と理世が呟いた。

 なんで僕がショウに尻を叩かれたこと知ってるんだよ。口にされるとあの子に調教された時のことを嫌でも思い出して、尻を慰めるように撫でてしまう自分がいる。

 そんな自分を払拭するためにも、僕がショウにとっての絶対者でなければいけない。

 

「で、魅了ってあるの?」

「さっき話し合ったじゃない」

 

 僕は首を傾げると理世は厳粛な態度で答える。

 

「良さ、よ」

「よさ?」

「そう。雰囲気が似てるものに催眠があるけど別物。催眠はあくまでよく分からない施術?で脳を誤魔化して、取るべきではない選択を無理矢理とらせるもの。

 対して魅了は普段の仕草から私達に惚れて『この子に任せておきたい、この子の為になんでもしてやりたい』て気分に自分から変わっていくもの。いわゆる」

「メンヘラ製造能力」

「言い方はアレだけどあってるわ。恋愛で種を繁栄させる吸血鬼の行き着く果てね。まぁ、心を不安定にさせるって意味合いなら同じだろうし、やれることも似てるけど」

「つまり、強弱はあれど普段からみんな魅了を使ってるってこと?」

「さっきのキスを取っても、私なら唇の触れさせ方、貴方なら舌のエロさ」

「エロさっていうなよ、破廉恥だな」

「さっきまで破廉恥なことやってたのに……」

「でもお陰で分かったよ」

 

 吸血鬼たちが持つチャームポイント(長所)こそが魅了そのもの。

 それは決して悪いものではない。

 自分をよく見せる技術や努力の延長でしかない。

 

「全身魅了機器なら、それこそ星見キクでしょうね。欲しかったなぁ」

「年の功って吸血鬼にも当てはまるんだね……」

 

 悪女好きを公言する理世に呆れながら考えていると、どうしても僕は否定したい疑問が湧いてくる。

 

「そうなるとさ、僕たち……ショウくんにとって魅力がないってことなの?」

「ゥッ」

「あ死んだ」

 

 顔を伏せて咽ぶ理世を冷たい目で見てしまう。女の子にキスしまくってるのに……ショウには純愛で突き進んでるんだなこの子。他の子に手出してる時点で純愛か?純粋に好きだし純愛か。

 

「ショ、ショウは……」

「復活した」

「……人の好意を理解の外に置いてるだけだから。貴方も体感したばかりでしょ」

「理解の外ね」

 

 人の考えや想いを外に置いているのは知っている。これで行けると思ったら相談せずに突き進むタチの悪い性格だ。

 

「それならそれで構わない。僕も同じ土俵に乗るだけだから」

「本当にやる気?」

「止めたいなら力づくでどうぞ」

 

 僕のしたい事。

 僕を見つめさせる方法。

 それを知っている理世はため息を吐くけれど肩を下げるだけで咎めることはしない。彼女のことだ。何かしら考えがあるのだろう。自分にとって有益な理由が。

 その時、ワンピースのポケットの中にあるスマホが震えた。上体を起こしてスマホを抜き取る。見てみれば写真付きのメッセージが送られてきていて、僕は添付された資料に目を通す。

 

「さっき連絡してたけど、なに見てるのよ」

 

 声と共に周囲がパッと白色の光に塗り替えられた。乱れた服装の理世が照明のリモコンを片手に肩から僕のスマホを覗き込むので、僕は見せつけながらニタリと唇を歪める。

 

「ショウはライダーが好きなんだろ? だったら必要じゃないか、足枷が」

 

 堂々と言ってみせると理世はキョトンとしながら、

 

「必要なのは全身ね。腕輪もあるわよ」

「……キミとはつくづく趣味は合いそうだよ」

 

 嫌いな相手は思ったより、同じ趣味を持っているようだ。

 

「僕に利用されてよね、理世」

「……分かってるわよ。ところで貴方、気づいてるの?」

 

 彼女が真っ直ぐ僕の瞳を見つめる。まるで抜き取ろうとしているかのような強い眼光に晒される。

 

「なにが」

「いいえ。気づいてないならいいのよ。……ただ、今回の件は貴方がショウにどう思われてるかにかかってるのよ」

「大丈夫だよ」

 

 彼女の問いに笑いしか込み上げてこないのは、僕の自信過剰だろうか。

 

「だってあの子は、僕の眷属()として生きる土台があるんから」

 

 いや僕があの子を知っているからだ。

 確信を持って宣言できた。

 

「利用できるものは全て利用させてもらうよ……ショウ」

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