士季たちがたっぷり身体を味わったあと、
数分後、店から出てきた蒼が『おまたせっ』と元気良さげに俺の隣についた。
日も跨ぎそうな時間帯になると吐き出した息が白く濁り始めた。キョウコさんが吐き出す紫煙のように夜にクッキリと浮かぶそれに顔を着けるようにして歩き始めた。
「もうそろそろ冬だねえ」
「今年も雪降るのかな」
「降られるとめんどくさいんだよね。朝のグラウンドの整備とかもろもろ手間が増えるし」
「雪って降ってる時だけは綺麗だけど積もったら土と変わらないよな。寒いだけだし」
「遊べるぐらい積もったらまた別なんだけどね」
「……雪で遊ぶってなにやるの」
「それはまあ……雪合戦とか、雪だるま作ったりとか。やったことない?」
「やったことないな」
去年は家から学校、学校から団地の中にある市で食材やらを買って帰るルーティンばかりだったし、第一友達と遊ぶなんてここ最近からやり始めたことだ。
あと、冬は如何に凍死しないかを考えることが頭の中で先行してしまう。身体から漏れ出す白が足先手先にこびりついて軽く叩いたらヒビが入るような時期。まるで俺の中の霊体が身体という殻を破ってここから抜け出したいかのようだった。
それが冬だ。
冬はいい時期だ。俺でも死ねるじゃないかと淡い期待を抱かせてくれる時期。
「だったら修学旅行は北海道だし、雪が降ったら抜け出して遊ぼう」
「俺は生徒会長だから無理だなぁ」
「いいじゃんか修学旅行ぐらい」
「仕事があるんだよ」
夜の点呼とか明確に仕事が割り振られている。仕事があるのは俺だけじゃなく理世も、応野もだ。
それ以前に修学旅行まで人間としての生活を続けられるか甚だ疑問がある。もしかしたら俺は神崎や朝霧を殺しているかもしれない。二人を殺したら俺はハツカに殺してもらう必要がある。
その道を通らないようにしなければいけないのだと頭では理解しているが、
––––萩凛さん達を傷つけた吸血鬼たちが死んでホッとしただろ? 嫌な奴存在しちゃいけない奴を排除して安堵するのは生き物なら何者でも感じる生理だ。
頭の中でカッコつけて喚くなにか。
「……どうしたの」
「生徒会長って大変だなと」
「自分で言うのそれ。大変なのは生徒会長じゃなくてショウでしょ」
「ハハハ……おっしゃる通りで」
もし今隣にいるのが理世だったら、俺は吐露できただろうか。
ハツカはきっと理解してくれない。キョウコさんやコウ、マヒル、蒼に言うのは怖い。まだ好意についても口にできていないのに、ズレた価値観を共有するのは純粋な恐怖が湧いて来る。
怖いと思っている時点で、ズレた化物の思考なんだなと自分に刻まれる。理世に言われた【支配欲】という言葉が全身に隙間なく書き込まれるような感覚。
自分の安心のために何かを支配するのはいけないことだ。依存させることはいけないことだ。
こな考えは、きっと昔も今も変わらない。
でも本能が求めてしまっているのかもしれない。
最悪以外の何者でもない。
頭の中でぐるぐると自己嫌悪がメロスのように走り続けているが、次第に足の回転を緩めて徒歩になり、ついには足を止めた。目の前に目的地であり、今日から一週間、我が家になる蒼家の自宅の玄関に立ったからだ。
ただいまー、と蒼の後について中に入る。
「一緒に寝る?」
「流石に男女が一緒に寝るのはダメだと思う」
「むー」
顔だけ後ろを見る蒼の顔は焼かれた菓子パンのように膨れ上がっている。
「理世とは寝るくせに」
「寝ねえよ」
「でも理世だったら一緒に寝よって言われたらするでしょ」
なんで理世ばっかり話題に出すんだ、と言いたかったが、蒼からしたら理世は恋敵なんだ。俺からすると相対するべきはハツカだと思うのだ。ハツカとは一緒に寝たし、身体だって全身洗ったことあるし、偶然とはいえキスもした。
けど今日、理世とキス遊びしてたのもあって否定できない。
「まぁ、理世は今まで女として見てなかったのもあるしなあ」
「さらっと酷いこと言ったね!? あんなに胸大きいのに! 今まで触らなかったの……?」
「分からん。気にしたことがなかった」
「もったいなーい。あんなに柔らかいのに」
「……? ん? 蒼は触ったことあるのかよ」
「あるよ」
「あるの!?」
「体育で一緒に着替えるしね」
リビングに入った途端告げられた事実に咽せるように驚いてしまう。すると、蒼はトロンと色っぽい目をしながら眉を垂らしながら言う。
「はっはあ〜ん。やっぱり気になるんだ」
上体を倒して上目遣いになりながら、ニヤリと笑う。
「気になるのはセクハラしてる蒼のことだよ……」
「そんなに変? 女子でも大きいものには目がないからねえ」
下心が透けて見える笑いを浮かべる汚らしいジジイを思わせるが、元がイケメン女子なおかげでいい面に見えてしまう。なんかハツカと同じだな。善し悪しはさて置いて、特徴的なものは人の注意を惹く。
肉体的なものなら尚更、と蒼は言う。
彼女の細長くでも鍛えられた指先が触れたのは襟だ。襟を引っ張りながら更に口元を歪める。
「因みに私も大きい」
「……」
「あ、目を逸らした。言われて気づいたでしょ」
言い訳はしなかった。
心臓が一瞬萎縮したかのような痛いを伴って動悸を起こす。慌てて顔を背けてしまったのはその反動だった。
「ショウってそう言うところ鈍いよね。まあ、私はその鈍さが好きだけどさ」
これは蒼の気持ちに気づかなかった俺への嫌味だろうか。
「なぁ、蒼」
「気になってたんだけどさ、理世となんで仲良くなったの?」
「え、なに唐突に」
「仲良い割に男女の進展なかったなんでだろうなって。出会ったころに『女に見れねえわコイツ』みたいなことでもあったのかなって」
「いや、特には……」
なんで仲良くなったかと言われると、趣味が合ったからが大きいんだろうけど、キッカケと言われるとすぐには思い出せない。数少ないまだマトモな一年半の記憶を遡りながら唸る。
学校で困ってる奴に声をかけたのを見たからだったのはず。
そいつの悩み事は覚えていないけど、俺より先に理世が手を伸ばしにいったことだけは覚えてる。あと、それを見て『ちゃんとこういう人もいるんだな』って安心した記憶もある。
「仲良くなったのは……うん、安心できるから、かなあ」
「安心できるから」
ひとりごちるように呟いた。
蒼はまるで児玉する山のように同じ言葉を繰り返した。跳ね返ってきた声が耳元で囁くかのようだったのは、事実俺の腕に絡みついて蒼が身体を寄せているからだった。
「だったら、私も安心させて。一緒に寝て」
俺は慣れてしまって分からないが、普通の子は家に自分以外誰もいない家で寝るのは寂しいものなのだろうか。
「同じ部屋で寝る、までならいいぞ」
「やった! ありがとう!」
決めてからの動きは迅速だった。小野さんたちがお泊まりすることがあるそうで、すぐに取り出せる予備の布団一式を蒼のベッドの隣に敷いた。蒼は言わずもがな部活動で疲れているし、俺は神崎と萩凛さんたちの一件で精神的にかなりダウンしている。
元々、女医吸血鬼である夏月甘凪にしっかり休養を取れと言われている身だ。
布団に入ればすぐに寝てしまうだろう。
「それじゃ、明日もよろしく」
「ああ。おやすみ、蒼」
「うん」
電気が消して、ふたりで布団に潜り込む。
明日の朝も早い。朝食の準備をして、ゴミ出しもして、晩飯の仕込みもしておきたい。鶏肉があったし、タレに漬け込んで美味しい唐揚げでも作ろうかな。
やることのイメージトレーニングをしながら目を閉じる。
「……」
寝れん。
いや、寝れるはずだ。考え事でもしていたらいつのまにか落ちるはずだ。
考えたいこと、考えなくちゃいけないこと……。
(カオリのやつ……どうしてるかな……)
翔を経由して俺に情報を漏らしたのはカオリだ。俺の周囲を嗅ぎ回る存在がいるとしたらキョウコさんかカオリのふたり。萩凛さんたちは俺に任せてくれるとはいえ、キョウコさんがわざわざ吸血鬼の利になる情報を俺に漏らすとは考えられない。
吸血鬼の味方なのか敵なのか分からないカオリが一番可能性が高い。
もし考えている通りなら、なんで吸血鬼と関わりがなかった翔と接触してるんだと問いただしたい。そして、俺が考えている通りならカオリの素性についても、確認したいことがある。
事実かどうかは、翔と遊んだ時葉に聞くのがいいだろう。
ハツカと別れた以上、立場としても心情としても連絡が取りにくいのだが、ハツカがどうしてるかも知りたいしメッセージだけ入れておこう。出来れば、寂しがってくれてたら嬉しいな。
(ハツカかぁ……ハツカだったらなぁ……)
支配欲をどう思うだろうか。
久利原たちの頭の中を【好き】で満たして、自分の言動で一喜一憂させているハツカからしたら気にすることでもないのだろうか。
もし、俺がハツカを自分のモノにしたいって聞いたらどう思うだろうか。他人の誰一人として意思を介在させないままハツカを自分のモノにしたい。
嫌な顔をされるだろうか。
十中八九嫌悪を見せるだろう。ハツカはあくまで王様で、上に立っておきたいタイプだ。
でも、椅子にしたときだったり尻に触れた時だったり、玉座から引き摺り下ろされた時のハツカの顔を見てゾクゾクしたのは疑いようがない。
(けど、それだけが俺が望んだものじゃない)
当然だ。時々見せる意外な顔だけがハツカの魅力ではない。無論、女王然としながら久利原の上に座っている姿も好みだし、時葉や宇津木を侍らせてる姿も好みだ。俺がいる時に侍らせてらしくはないけれど。
俺が望むハツカとの関係。
(ハツカが聞いたら気持ち悪がられるかなあ)
まず支配欲っていいのか? 悪いのか?
なんとも言えない。『なんか悪そう』というのが本音だ。
ハツカだって俺のこと支配したいのに、なんとなく悪いで否定していけないのでは。なぜ支配したいか、だよな。
––––なぜ? それはお前、同じことは繰り返したくないだろ。
(……誰にだってオバさんみたいにはなってほしくないよな)
ちゃんとした親子になれるかな。
俺は目をこすりながらスマホを取り出す。部屋の暗闇に負けず劣らずの暗い画面を見ながらラインメッセージを送り出した。
『時葉さん、お久しぶりです。ハツカの様子はどうでしょうか? 元気でしょか? ひとつお聞きしたいことがあるのですが、翔の家に行った際、般若の仮面を被った吸血鬼と出会わなかったでしょうか?』
俺は少し気が楽になったのか、ゆっくりと瞼が下がっていった。
……息がつっかえるように寝苦しい。
身体の中に何かが落ちていく。
最後に誰かの寝息が聞こえた。
☆
吼月くんはどうしてるかしら。
脊髄が鉛に造り替えられたみたいに全身が重いが、脚に力をいれて無理やり連れていく。翔くんの家から岡村家までは吸血鬼でも全速力でなければ一時間以上はかかる。
『気になるなら行ってみればいいじゃん。お礼したいんでしょ?』
背中を押されて出掛けてみたはいいものの、あの人から粟坂たちを助けられたのかすら分からない。間に合わなかったかもしれない。だとしたら、吼月くんの性格上岡村家に戻るとは思えない。吸血鬼と一緒にいることもないだろうから見つけられない。
精神的なことを考えて、戻っていたら当面の問題は解決してると見ていいだろう。
「……吸血鬼に気をつけろって言ったくせにね」
自分の考えがわからなくなってくる。
いい意味でも悪い意味でも、進む道が一貫してる吼月くんのようになれたらいいのに。
私はなんなんだろうか。
まとまった答えを見つけられないまま、時間を過ごしていると赤い屋根の一軒家に辿り着いた。岡村家だった。見上げると、カーテンの向こうで部屋を照らしている欠伸のようなか細い灯りがちょうどプツンと途切れた。
間取りからして、娘さんの蒼の部屋だ。
数分待ってから灯りがともっていた窓のそばの屋根に飛び移る。
(流石に女の子の部屋で寝るってことはないでしょうけど)
しらみ潰し感覚で部屋を覗く。カーテンは軽く閉められているだけで、覗き込むには十分な隙間があった。月明かりが私の影を部屋の中へと引き延ばす。
そのせいだろうか、よく、見えなかった。
私は頬を擦り付けながら室内を観察する。
間違いじゃ、ない。
(……なに、してるの?)
部屋の中央には敷布団が敷かれていて、吼月くんが無防備な状態で横になっている。問題はその上だ。腹の上に跨るように黒髪女子が吼月くんを見下ろして……何か光る物を放ると、抵抗することのない首元に両手をかけている。
両手に力を込め始めたようで、彼の顔が空気を渇望するように強張り、胸が激しく上下する。どんどん力は強さを増して、窓越しにも吼月くんが苦しんでいるのが分かるが、彼女は緩めることなく恍惚とした表情すら浮かべている。
私の頭は現状に答えを出そうと躍起になっていた。けれど、答えなんて出るはずもなかった。
岡村蒼は吼月くんのことが好きだ。
部活帰りの女子たちに混ざりながら得た情報だったり、吸血鬼としての感性が好きであると訴えかけてくることからの確信でもあった。けれど、その確信から見たものはもっと純粋なものだったはずだ。
思考が動くことを否定し始めた。
こちらをみた
彼女の目がこちらに動いて、呟いてみせた。
あなたのかわりはわたしがやる
不気味に動いた唇が、
☆
「……これ、どう思う?」
「浮気、ね」
「許されないなあ……死んでもらうしか、ないんじゃないかな」
深刻げに声が重々しく響き、地を這い回る。呪詛のように声を垂れ流すのは
ハツカ様眷属三人衆は、あの方が帰ってきた時に不自由がないよう身の回りの整理整頓をしていた。そんな最中、私のスマホが震えたので見てみると吼月くんから連絡があったのだ。
メッセージだけだったし、主題は以前頼まれた弟さんの家に他の吸血鬼がいなかったかの確認だったが、それよりもハツカ様の様子が知りたい気持ちが一目でわかるほどだった。
それだけ知りたいなら自分から謝りに行きなさいっての、と愚痴りたくなっていると、久利原さんや宇津木が私のスマホを覗き込み始めた。やめなよ、人のプライベートを覗き込むのは。
まあ、特に見られて困ることじゃないけれど。
集まったからには三人で話し合って、ハツカ様のアシストをすることにした。ここ最近ハツカ様を独り占めしていた彼をイジるのは簡単だが、それよりもハツカ様からの褒美のための投資を優先したのだ。
私たち偉い。
私たち優秀。
鼻を高々と伸ばしながら考え込んでいると、追加のメッセージが来た。それが私たちの目下の悩みを生んだ。なぜラインではなく普通のメッセージアプリからの送信だったのかはすぐに分かったが、誰かは分からないものだった。
「吼月くん、ではないよね。これ」
「自称してるからね。獲物だっていうんだからなあ」
「許されないなあ」
宇津木は許さないロボットになっているが、おおむねは私たちの気持ちも同じだった。
全員が射殺す目つきでスマホを見ている。いつか割れてしまうのではないかと思うほどの眼力だったが、鶴の一声で別の緊張へと姿を変えた。
「ただいまー」
「おかえりなさいませ、ハツカ様!」
愛する人の声が聞こえた途端、私たちは夢へと還った。そう、大切な相手との蜜月こそが私たちにとって大切なもの。
だからこそ、吼月くんは私の獲物だと自称する【彼女】などという障壁は排除するべきだろう。
私達はアイコンタクトだけで意思を通じ合わせて、この事は内密にその吸血鬼を探ることに決めたのだ。
☆
辺りを見渡せば、ポットやテレビ、コップや小型の冷蔵庫が散らばっている。
なぜ散乱したのか、眼前にある手についたカケラ達を見れば明らかだった。しかし、脳が事実を受け入れるのを拒むように激しく傷んだ。同時に喉が渇いた。
口を開けた冷蔵庫から備えてあったペットボトルが転がる。
反射的に手に取ったそれの蓋を開けようとした瞬間、ブチッ、と不快な破断音と共に水が溢れた。縁から透明な繊維が裂かれた葉のように飛び出している。蓋だけを握っているはずの手にはペットボトルの首の付け根から丸ごと捥いでいた。
これを私がしたのか?
だが、疑問よりも強い渇きが襲って、ささくれ立ったペットボトルに口をつけた。唇が痛むが気にできない。
喉が渇く。
助けてくれ
蒼…………
コンコン。
扉を叩く音がしたのは、きっと騒動を聞きつけたホテルのキャストたちだろう。
「岡村先生、ですね」
違う。
誰だ。
知らない、男の声だった。
「あなたの力をお借りしたい。貴方をそんな風にした化け物を殺すために」
荒い息遣いだ。
疲れ果てた様子の壮年の声が耳を劈いた。
それも、違う。
声を荒げたのは、私だ。
私はいま、今までの私とは大きくズレている。
第8話、ここで終了となります。
二期が終了するあたりでハロウィン編まで終わらせる予定です。……対探偵さん編完結までアニメやるんかな?
吠と常夏の関係いいよね……