第百十陸夜「親愛の」
「ええっ!? 付き合った!?」
朝日はとっくの昔に登って青空の天辺に鎮座している頃、私とショウは眠たい体に鞭を打ちながら手を繋いで登校した。そんな日の昼休みに
揃いも揃って驚くのも無理はないのだが、びっくり仰天の様相をこれでもかと見せつけられるとイラッとくるのは何故なのだろうか。答えは分かってる。自分の醜さがこれでもなく比較されてしまっているからに違いなかった。
私の視点からではおかしな事はない。
きっと彼女らからしても変わったことではないのだ。
ただひとつ、情報の差というモノを除いては。
「…………」
いつもの面子とは言ったが、もう一人だけ珍客がいる。私が一番言ってやりたかった相手である倉賀野理世である。
「理世ちゃ……ん、大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ」
取り出した水筒の中身はなんだろうか。気にする必要はないか。悠然と口をつけて一呼吸置こうとしているが、いつも綺麗な金髪が今はまるで水をやりすぎて腐った花のように萎びてしまって品がない。口の端からお茶らしきものが垂れている。
それを見るだけで私は今日最高の一日だと確信した。
なんせショウ自ら【安心できる相手】と称した親愛なる少女が、露骨に取り乱しているのだ。それは同時にショウと理世の関係をぐらつかせる行為でもあって、純粋なショウが築いたものを穢す行為でもあった。
大丈夫、あなたの代わりに私がキチンとカノジョしてあげるから。
☆
昼飯を食べ終えた
その中には応野もいた。
お前ら人の恋路に関心ありすぎるだろ、とツッコンでやりたかったが、それだけ言う気力すら沸かない。
現実逃避をするために、時葉はなんでラインの返信をしてくれないんだろうか、と朝散々悩んだことで頭で満たす。
「吼月、本当に蒼と付き合ったのかよ? 倉賀野じゃなくて」
「まぁ、そうだな。アイツのカレシになった」
「キスしたの? 一緒に寝たりは?」
「キスはしてない」
「恋人なのに?」
話半分な返答を返す。
ことの発端は意外なことでもなんでもない、蒼のストーカーからたんを発する偽装恋愛の承諾だった。
『ねえ彼氏になってよ』と朝食をふたりでとってるときにさらりと言われて、聞けば、ストーカーは擬似的に自分を恋愛対象として見ているかもしれないから諦めさせるために付き合ってほしいとのこと。俺に注意を惹きつけて蒼の安全が守られるなら良いと思って、俺は名目上のカレシになった。
誤算だったのは、名ばかりの付き合いじゃなくて大手を振ってカップルになったと学校中に広まったことだ。登校中に家の方角が違うふたりが手を繋いでやってきたらそうもなろう。
手を繋いだのは校門を通る直前だけなのだが。
ストーカーには良い宣伝だっただろう。
バンッ、と誰かが俺のテーブルを両手で叩きつけた。そちらに目を向ければ教室全体が揺れて、黒々とした熱風が一斉にこちらに向かって襲いかかってきたかのような圧迫感があった。
その代弁者としてクラスメイトのひとりが言った。
「おまえ……顔さえ良ければそれでいいのかよ! 会長がそんな破廉恥だなんて思いたくない!」
「顔がいいのも、は、破廉恥なのも否定しないけど……なんというか、これを機に普通の恋愛ってやつを見てみようかな、と」
お怒りの熱風に煽られて顔を逸らしながら言うと、クラスの奴らは怪訝な表情に変わっていく。まるで俺の心が冷たく調和がとれたように平静に得る。
相手を散らす謳い文句ではなく、俺の本心である。なぜ蒼が俺のことを好きなのか知りたいし、なにより俺自身が普通のカップルがやることを望んでいるのか確認したい。
「そんな他人事みたいに」
「こりゃ、温度差ですぐに別れそうだな」
「どうだろうな。理世みたいに長く一緒にいたわけじゃないから、これからじゃないか? もしかしたら……ってのも、あると自分は思ってる」
「揺れ動いても理世は戻って来ないぞー」
痛いところを突かないでほしい。
「なんでお前らは俺と理世をくっつけたがるんだ」
「二人セットだからいいんじゃん。他の奴が入るのは無粋だよ」
「そうそう。先生たちが話してたの聞いたけど、この間ふたりでひったくりやっつけたんでしょ? そういうの知っちゃうと会長と理世ちゃんだからって感じなよね」
一応自他共にベストマッチな関係だってことになってるのを忘れていた。仲がいいことは大きく首を振って認めるが、二人だけの関係を周りがそこまでもてはやす理由はなんだろうか。
「なのに! 理世ちゃんをフッて、蒼とくっつくなんて!」
「うるさいなぁ、蒼だって可愛いだろ。それに理世はこう……別枠なんだよ。フッた理由とは違うけど、恋人みたいに正面に立たれるより横にいて欲しいというか。別の大切なんだよ」
「……思ったよりガッツリ惚気るね」
「こりゃ、いつまで続くか見物だな」
「でも吼月くんってボーイッシュな子が好きな可能性あるよ。女装男子と仲良いみたいだし」
「なにその情報」
「つまり会長で擬似的な男同士の絡みが」
「人の関係を娯楽にすんな。こっちもちゃんと真剣なんだからな。ほら、チレチレ!」
俺が号令をかけるとある者は面白がって笑いながら、ある者は両腕を組んで満足げに頷きながら、ある者は不服そうに不快感をあらわにしながら三々五々と散っていく。
ため息を悟られない程度に周囲に吐きつけて肩の力を抜く。始業式みたいに会長として他の生徒の前で話すより重いしんどさが斬新にまとわりついている。
しかし、そのため息を聞いていたのがいた。
「どうした応野」
「俺らのせいか?」
俺が蒼の気持ちを知ってしまった
「いや、別件だ」
「…………」
俺としてはふたりが漏らしてくれたおかげで慎重さを保つ心構えができた。怪我の功名とはまさにこの事である。だからと言って他人がひた隠しにしていた気持ちをバラしていいわけではないが、俺が言えることでもないだろう。
応野がこちらの答えを咀嚼する時間を与えると、ものの数秒で何か悟ったような呆れた顔をする。
「まぁ、その、なんだ。人助けなら気負わずやれよ。それと外堀を埋められるなよ」
––––なんで伝わるんだ。
内心で俺が驚いていたは、俺と理世の関係が広く知れ渡っているようにキチンと俺の性質から考えられる相手が理世以外にもいるようだったからだ。割と応野もそばで俺が頼まれごとで動いているのを見てるのだから、理世に劣るにしろ俺の一面を知っているのだろう。
「気にしてたのか?」
「二度目だしな。それに……ヨヨに怒られた」
「ダッ、レッ」
「
「あだ名で呼ぶぐらい仲良いのか……」
「縁があってな。お前ら経由というか」
「吼月」
応野が照れくさそうにしていると、次なる来客がやってきた。
「アキラか、どうした?」
来客よりは伝言者が正確のようだった。
いつもと変わらない三白眼の薄い目の光をこちらに向ける朝井アキラは、仕草だけで教室の外を見るように促してきた。指し示す場所へ視線を向けると、廊下側の窓の桟に膝をつきながら俺に微笑みかける理世がいた。
その笑みは、笑顔の起源が威嚇という雑学を思い起こさせるには充分なオーラを放っていた。
「……」
「きっちりシメられてこい」
「救いは?」
「ないでしょ」
「おぅふ……」
示し合わせたかと疑うほどにピッタリと頷きあう応野とアキラは、俺の首襟を持ち上げて理世に突き出した。廊下に立つ理世を見て、俺も笑いかけるがぎごちない表情でやましい事がある様相にしか自分でも思えなかった。
「昨日の今日で随分と手が早いみたいね、ショウ」
「……」
「ちょっと別の場所で話しましょ。いいわよね」
「……ひい」
笑ったままの理世が歩き出すのを見て、俺は周囲に蒼がいないことを確認してから歩き始めた。
俊敏に動き回る目の動きを感じ取った理世が言う。
「蒼なら小野ちゃん達が引き留めてるわよ」
「左様でございますか」
俺たちで話すとしたら生徒会室しかないだろう。昼休みだから移動をしても充分な時間があった。
どうぞ、と理世に有無を言わさず招き入れられると、背後でガチャと鍵がかかった音がした。昔折檻された時の記憶が蘇りかけて背筋が凍る。理世に問いただされるのは想定内とはいえ、積乱雲のように黒いものが広がっていく。
「聞いてたわよ。普通の恋愛がしたいんだって?」
ちょうど手を伸ばしても届かない距離で理世は言う。
「一番関係がフラットだからな。理世やハツカほど近すぎず、普通の人として好感が持てるぐらいの相手」
「フラットねぇ……」
胸の中になにかを飲み込んだ返答が気になり、『なにか変な事言ったか?』と尋ねてみるが、『近くにはいないわね』とぼかした反応しか返さない。
「私じゃ普通の恋愛は無理なんだ」
「昨日みたいに貪りあってたらこっちが堕落しそうで嫌なんだよ」
「ハマったんだ、私もよ」
「好きではあるけど沼にハマってはない」
肯定せず否定さず、日和見な態度になってしまう。
どこまで行っても理世は嫌われたくないのだと痛感する。
「で、何が目的なわけ?」
「……話せることはない。約束もあるからな」
「そう」
理由はこの意思疎通なのだ。理世は何かしら俺の意図を見破ろうとしてくれる。何か思いついたニヤリとした笑みを見せる彼女が、俺の眼前にまで顔を近づけてくる。
「キス、してくれたら信じてあげる」
「え」
「昨日は自分からしてくれなかったでしょ? だから、して」
「いや、だからそれは……」
「仮にも蒼と恋人になったのにキスもしてあげられないんだ」
そして思いついた意地の悪い言葉を理世は告げる。
「でも、ハツカは私の唇奪ったわよ」
「は?」
「いい顔。捨てられた子犬みたい」
頭が働かない。まるで全神経が身体から抜き取られたように全身の感覚が空っぽになる。
「なんで?」
「ショウが出てったあ!って不貞腐れてたからヨシヨシってしたら、唇奪われちゃった」
「…………」
「そんな傷つくことじゃないでしょ。私と貴方だってキスしたんだし、ハツカだってファーストキスだったわけでもないしね。親愛のキスってやつよ。写真もあるけど見る勇気はあるかしら」
代わりに視線だけは役割を果たし、理世の唇を凝視し続けていた。
なんだよ簡単に諦めちまうのかよ。簡単に乗り換えられる程度だったんだ。いや別れる話に応じた俺が悪いのであって、誰を好きにしようとハツカの勝手だ。でも、だからってなんで理世なんだよ。嫌がらせかよ。ムカつく。そうかだから時葉は返信しなかったんだ。嫌だよな。自分の親吸血鬼がどこの馬の骨ともしれぬ女に唇を犯されてたら。
理世も理世だ。簡単に奪われるなよ。
「おい」
気がついた時にはお互いの唇の間に涎の橋がかかって、見えない
「満足か?」
「……」
「おい」
ポカンとした顔は現実を受け止められていないと宣言しているものだむた。浮ついた口調で理世は言う。
「ねえ、今のは誰にしたの?」
「なにいってる? 理世以外にいないだろ」
「……嘘つき」
煽ったくせに全身を赤らめている理世は声を潜ませながら顔を逸らす。ハツカは何回キスしたのだろうか。俺は理世の顎下に指をやって顔を向けさせると、もう何度か唇を突き合わせた。略奪するみたいな口付けだった。
だってふたりが何回やったかわからないんだもん。
嫌だなと曇り空の心持ちが、焦る理世の顔を見て晴れやかになっていく。
何度目か数え忘れたころ理世が膝から崩れ落ちて、顔を伏せながらこちらに手を伸ばした。追撃をかけようとするのを察していたのだろう。
「信じるから、信じるから……!」
「もっとやって欲しい?」
「……」
「どうなんだよ」
「い、言ったら負けみたいじゃない!」
「もう負けてるんだよ。でも、俺は蒼のカレシだからもうお終いかな」
本音では口惜しそうにしている理世の隣を通り過ぎる。
「まっ、待って」
「そうだ。最後に一つだけハツカに伝えておいて」
理世の口を先んじて封じ、俺は堂々と言う。
「事が片付いたら、ハツカの唇も俺がもらう」
鍵をあけて歩き始める。廊下の窓が開いていて、昨日より冷たいけど爽やかな風が身に染みる。吹っ切れた気分になっていて、身体の重荷がなくなっていた。
☆
人目が多い時間帯はとうに過ぎ去り、短い夕陽を見届けながら俺は体操服姿の蒼に目をやった。声援やアドバイスといった声が飛び交うグラウンドに描かれた
あと目測100メートル。
ラストスパートに入ったところで手に持ったスマホを見つめる。表示された時間は3分51秒
指を構えて蒼がゴールを切る瞬間を見届ける。
数瞬後、ピーッとブザーが鳴り響いた。蒼がゴールしたのを見た顧問が終了の合図をしたのだ。同時に見ていた他の陸上部員たちから歓声があがったが、それは驚いた調子で顧問が走破タイムを発表したからだ。
「4分9秒……はや」
スマホのタイマーが刻んだ記録を見下ろして感嘆の息を漏らす。以前蒼と部室のチェックをした時に聞かされたが、中学女子の1500メートルの最高記録が4分20秒だと。蒼の最高記録も22秒と自分で言っていた。それを大幅に超えてきたのだから皆がどよめくのも無理ない話だった。
当の本人は歓声を受け止める気力も絞り切って走ったから、トラックの外に出て倒れ込む。その周りで車座を作って顧問や部員が集まっている。
何やら話し込んでいるようだった。ワイワイと楽しげな明るい声がグラウンドと校庭の通路を分ける階段に座り込む俺のところまで聞こえてくる。
内容は分からないが蒼の頑張りが認められているのは伝わる。
「……ん?」
すると、顧問がコチラを向いたかと思うと他の部員も俺に視線を投げてくる。離れているから表情は読み取れないが、満ち足りた笑顔を浮かべている様子だった。
首をもたげるほど傾げて考えたが、俺を見て何か嬉しいことでもあるのだろうか。
答えはわからないまま部活動が終わる時刻になって、その頃にはすっかり沢山の星たちも群青色の空に顔を出していた。俺は場所を変えて、女子陸上部の更衣室から少し離れた、でも出たところからすぐに見える並木の下に立つ。
「かいちょーじゃあね!」
「吼月さん、さようなら」
「ああ、気をつけて帰れよ」
必然的に蒼より先に出てくる女子部員たちも俺を見つけることになり、誰一人欠かすことなく声をかけてくる。おおよそ部活終わりにしては元気がよく、少し詮索するような顔つきで別れを告げてくる。
中には分かりやすい奴らもいて、
「カノジョ待ちですか、会長!」
「浜井ッ、やめろ。ラリアットするな!」
と視界に入ってきた途端接近戦を仕掛けてくる女子もいた。
ただ陸上部に限ったことではなく、蒼が着替えていることを察している他の部活動の男子たちからも同様の扱いを受けた。歩きながらやりやすいのか、ラリアットや飛び込みの数は多かった。無論すべて受け止めた。
蒼よ、いい加減疲れてきたのでそろそろ出てきてくれ。
「出てきた」
疲れが滲む吐息に反応したかのように制服姿の蒼が姿を表し、こちらに駆け寄ってきた。
「おまたせ!」
「いいよ。そっちこそお疲れ様、はい飲み物」
「ありがとう」
「それじゃ帰ろっか」
「うん!」
手渡したスポーツ飲料に口をつける蒼と歩き始める。
多くの生徒は帰ったとはいえ、残りの部員もいるので視線はある。気にしていても仕方がなかったが、校門をくぐり抜けると、団地とは違う方角だからか視線がどっさりと減って安心した。
人に見られることほど疲れることはない。
「ストーカーの存在も分かりにくくなるしな」
「……なにか感じる?」
「今のところは別に。そっちは岡村先生から返信あったか?」
「まだなし」
お互いに知りたいことは掴まず落胆するが、脅威がない今は楽しい会話をしておこう。普通のカップルというのは身に迫る危機なんてないのだから。
「にしても今日は早かったな。自己ベスト更新じゃないか」
「へへへっ、ショウが見てたから気合い入っちゃったんだよ」
はにかみながらも胸を張って言うもんだから、そんな些細なことで嬉しくなるものだろうか。
「俺が見てるだけでいいのか。だったら言ってくれれば」
「そう言うことじゃないの!」
「え、あ、ごめん」
意図が理解できていなくて、想像以上の迫力で怒られてしまう。仰け反りながら詫びると、蒼は大きく鼻息を出しながら腕を組む。
「ショウって鈍いよね。誰かに見てもらうとやる気とか勇気が出るとかないの?」
「……基本的に見られるような派手な動きはしないしな。理世とも目的は同じでも別行動で都度連絡取って行事とか進めるし」
「まぁ確かに。ショウは応援しなくても順当に勝ちそうだもんね。そう聞くと応援しがいがないな」
かなり酷いことを言われてるのは分かるが実感が湧かない。自分に経験がないから、で片付けていいのだろうか。映画とかでは見たことあるけど。
「そんな俺がカレシで良かったのか?」
横目で蒼を見ると頬を引き攣らせながらカクカクと処理落ちしたパソコンのような遅さでこちらに視線を投げかけた。
「なんだよ」
「そっちこそ、なんで自信なさげなの。私に好かれるのは変なこと?」
「……人に好かれたいで動いてきてなかったからな。イマイチその方面のアンテナの感度が悪いんだ」
「鈍感だもんね」
「二回目だぞ」
「気にしてるんだ」
ふふふ、と王子様面が微笑みを見せる。
「私はショウが良かったから頼んだんだよ」
「そうか。……因みになんで俺が良かったんだ」
「それは告白の理由、というわけかな?」
「まだ告白はされてないだろ」
「そうだね。あくまで偽造だし」
足踏みしていても始まらない。
俺が好きだと言ってくれる理由が知りたい。もし、知ることができたらなぜハツカが俺にあそこまで深入りしようとしたのか、俺の行動に傷ついたのか理解できるかもしれない。
冷め始めた風が二度三度吹いてから蒼は口を開いた。
「綺麗だからかな」
あまりにも抽象的な言い草に首を傾げて訊ねる。
「……顔か?」
「自分でそれ言いますか」
「最近よく褒められるのが顔だからな。蒼だって女装させようとしてきたじゃないか」
「だって似合うし」
断言されて、ナンパされた時のことを思い出す。自分では分かっていなかったがどうやら俺は相当童顔らしい。
けど、肝心なのはそこではないと蒼は首を左右に振った。
「見た目もそうだけどさ、中身が綺麗だって思うよ」
「……中身?」
「だってこのご時世に人助けが当然で動ける子ってあまり見ないよ? しかもお節介じゃなくてちゃんと嬉しい結末ばっかり」
「俺は蒼になにかした記憶はないが」
「してくれたよ! 顔引っ叩いてでもオーバーワークやめさせてくれたし、その代わりにファームの研究とか一緒にやってくれたじゃん。アレのおかげで私すっごく早くなったの覚えてるでしょ?」
「5分前半に落ち込んでたのが1分ぐらい早まったもんな。あのときの蒼も凄かった」
ちょうど1年ほど前のことだ。顧問の話も耳に入らないぐらい焦燥していると話を聞いて、実際に見に行ったとき『これはまずい』と直感した。顔つきに見覚えがあった。死にかけたオバさんと似た顔だ。危機迫る勢いで部活に囚われているのを見たら誰だって止めに入る。
有効打が俺だけだったにすぎない。
「その時の研究の仕方とかのおかげで、部内でもアドバイスしあう下地ができたし。だからお礼言いたかったのに、いつのまにか別の女子のところにいるし」
「ん? んー……なんだっけ」
「吹奏楽部にいた先輩。そのあとは柔道部でしょ」
「なんで知ってるんだよ……」
ちょっと怖いよ。
俺の周りの女は神出鬼没か情報お化けしかいないのか。
「その時はお礼ぐらいは言いたかったって思ってたけど、見てるとみんなが笑ってるだけで満足そうにしてるのが分かってきて、それだけで充分な白い人って存在するんだなあ……って気づいた時にはときめいてたよ」
白い人、なんだそれ。
言い回しに疑問はあるが、想像してたよりも俺の考えが明け透けにされていて引いてしまいたくなるぐらいには蒼は俺のことを見ていたのだ。
蒼の想いや印象で頭がパンクしてしまいそうだが、大切なことは間違いなく伝わってきた。
「
「……それが蒼が好きでいてくれる理由か」
他人から見た外面の俺。
行動が感謝されることはあっても、その礼が俺の望むものでなかったり、考えが一致することはそうそうない。でも、知ってくれようとしてくれる人は間違いなくいるんだ。
理世や蒼のように知っている人がいる。
ハツカはどうかな。
知って欲しいな。
「蒼、こっち向いて」
「なに?」
ハツカの幻影を頭の隅に追いやって、俺は立ち止まったカノジョに想いを伝える。ハツカならどうやって伝えるのかな。一番ストレートな伝え方ってなんだろう。
「えっ、え?」
頬に唇が触れると、途端に蒼の中の赤が暴れ出す。
狙い通りの反応で思わずニヤッとしてしまう。
「頑張ったご褒美。仮とはいえカレシだしね」
昼間にキスした理世と同じかそれ以上に朱で頬を染め上げた蒼の顔は可愛いと一言では収まらない。以前、ハツカが『好き好きーってなった子は可愛いものだ』と言ってた覚えがあって、これのことか、と独りで納得していると蒼が上目遣いで訊いてくる。
「でもいいの?」
知ってるよ。
ズレてるよね。
恋人でもない人にキスするなんて、たとえ相手が喜ぶと分かっていても失礼だよね。でも、欲しいと思った相手が増えるのは悪いことじゃない。自分がどれだけ抱えられるか分からないけど、別に否定されることではない。
だって、そうじゃなかったら
「この世の中は良いなと思ったらキスする人は多いみたいだよ。理世とかもするみたいだし。俺は蒼みたいに人の声援をうけて器を大きくできる人は凄いと思う。だから蒼にキスする」
「……」
「恋人のキスというより親愛のキスになってるけど」
「いいの……いいの、嬉しい……!」
「良かった」
俺はキミのことを知らない。
だから、キミの頑張りが好き以上のなにかを得られたらいいな。
「これから一週間、よろしく」
拝啓、阿藤さん。
偽りではありますがカノジョが出来ました。
今後は本物のカレシでありカノジョを作るつもりです。