街灯が人工的な夕陽色を下校途中の自分に浴びせている。その灯りは心配ごとすらかき消すぐらいには暖かいものなのは、隣にいる蒼を見れば明らかだった。蒼も横目でこちらを見ていた。目が合うことはなかった。少し下、唇あたりを見ていた。
暖かいはずなのだが、俺自身は薄寒いものを感じていた。自分の行いに対しての疑問でもあった。キスをした、という事実に対しての内省的な感情がふつふつと湧き上がってきている。罪悪感も確かにあった。道中に屹立する木々の枯葉が落ちてくる。その影が風で流れて、地面に伸びる自分の首を斬るように通り過ぎていく。
蒼からすれば最低とレッテルを貼ってもおかしくない。
告白的な話を聞いて、キスしたのに、カノジョではないぞ。
納得がいくだろうか。
まず欲しいと思うのは、もはや俺は蒼のことが好きなのではないだろうか。つまり俺は告白を受けるべき? いやでもそういうのではない気がする。
イメージとしてはハツカにとっての眷属。つまりは召使いというか所有物。
––––うーむ……支配欲だなぁ……
なぜ眷属で想像してしまうのか。
まだ吸血鬼ではないから蒼を眷属にはできない。眷属にするためにはハツカに恋する必要がある。蒼と付き合いながら理世とも関係を保って、ハツカに惚れる。
さ、三股になってる……。
あまりにも許容量を超えすぎている。ひとりで限界なのに三倍になっている。独り立ちできている理世を引いたとしても、ハツカと蒼でふたり残るんだよな。
我が魔王ならなあー!
我が魔王なら敵味方男女関係なくたらし込んで自分の主張に惹きつける上で個々を立たせるのになー!
「さっきの話なんだけど」
「はいっ!」
後悔の海に流されているとき、いきなり声が地平線の彼方から飛来してきて背筋を震わせた。訊ねてきた張本人は『そんなに驚く……?』と怪訝な顔をしながら、まあいいか、とポニーテールをふさふさと揺らす。
「告白の件だけどさ、キチンと答えは出してもらう」
「分かってる。答えは必ず出すから」
「そっか。でも、期限は設けないよ」
「自分で一週間って言ったのに……?」
「だって別に一週間でストーカーが消えるか分からないし、キスしてくれるぐらいには付き合ってもいいんでしょ?」
楽しそうに笑っている蒼を見て不思議な感覚で迷っている自分がいる。
彼女の言葉への返答に悩んでいなかった。
どうしたら蒼をもっと信頼させれるだろうか。
どう……押してやろうか。
「キスしてくれるじゃなくて、キスし合える仲でしょ」
目を丸くした蒼から視線を逸らして前を見ると、すでに蒼の家が姿を現した。呆然とする蒼の手を引いて、庭前の門戸を押し開きふたりで玄関の前に立つ。
「ストーカーがいるかもしれないし、せっかくなら見せつけようよ」
「……い、いいの?」
「カノジョなんだししてもいいでしょ? 普通のカップルってそういうものでしょ?」
訊ね返せば蒼は再び顔を赤々とさせながら俺の両頬に手をやって、こちらの唇に吸い付いてきた。感覚に差異があった。自分は頬に。蒼は唇に。クラスメイトから『熱量が違うから別れそう』と言われたが、この根本が自分には分からない。
されることに不快感はない。
ハツカだって可愛いと思ったものにはキスをしている。
だから、自分からしてもいいはずなのに。
悩みが増えている。
唇が離れて行く。口惜しさをひけらかすように舌が届くギリギリまでその愛らしい膨らみをなぞっていた。
蒼はまた顔を夕陽色に負けない赤に染め、口元を手で押さえながら家の中に入って行く。俺もそれに続くと、彼女はバラバラに靴を脱ぎ捨て、学生鞄、体操袋を宙に放りながら『シャワー浴びてくる!!』と走り去る。
俺は飛び交う靴やら鞄やらを全てキャッチして『バスタオルは引き出しに入れてあるぞー』とだけ返して送り出した。
「嫌、だったかな」
こうした方が良さそう、と頭に浮かんで行動してしまった。もしかしなくても俺は理性がないのかもしれない。
三和土で脱いだ靴を揃えてからリビングでテキストが詰まってどっしりとした鞄類を下ろす。テーブルに置かれたリモコンでテレビに電源を入れてニュース番組を垂れ流させると、俺はキッチンに入ってエプロン掛けから可愛らしいウサギの刺繍がされた桃色エプロンを取って身につける。丈がピッタリなエプロンは蒼の母親のものらしい。かなり女子女子してる一品である。
『続いてのニュースは、△△市内のビジネスホテルで–––––』
「……」
流れる事件に耳を傾けながら朝からタレに漬けていた鶏肉を冷蔵庫から取り出して、片栗粉をつけてノンフライヤーに入れる。白米を炊くのも忘れず、サラダも作っていく。
あー……鶏皮余ってるしそれでスープつくるか。
「ハサミどこにやったかなー」
ニュースと料理で脳内を満たす。
満たしていないと自己嫌悪に陥ってしまいそうだ。
そうしてある程度きりがついて、二度揚げ中の唐揚げと米が炊けるのを待つだけになった頃、蒼が部屋着用の黒いジャージ姿で現れた。風呂に入ったばかりだからいつもはまとめている黒髪をそのまま流している。片手には本を持っている。
「ショウもシャワー浴びる?」
「そうしようかな」
「なにかやっておこうか」
「なら、唐揚げと米ができたら用意してある皿についでおいて」
「りょーかい。女物の服はショウ用の女の服は引き出しの二段目だからね」
「せめてジャージにしてくれ」
エプロンを元に戻してリビング奥の通路を歩いて行く。
ドアを引いて閉めると一人きりになって、考えることもなくなってしまうからまたなんで蒼を手中に収めようとしたのか、と頭が回り始めてしまう。
いや、俺の行動パターンを知ろうとしてくれたからなのは間違い。
そして否定しなかったのが嬉しかったのだろう。
喜びの実感はない。理世や蒼が好意的だと、だったらハツカはどうだろうかと考えに移ってしまって喜ぶ暇がないのだ。なぜハツカのことが頭に浮かぶのだろうか。
彼が唯一僕の親になってくれる相手だからだろうか。
真似たところでハツカの一部になれるわけでもないのに。いや、ハツカに
「きもちわりー……」
もくもくと黒い煙が胸の中に立ち込める。煙よりも泥だ。泥のようにたまり、へばりつき、悪臭を放ち続ける。早くシャワーを浴びて冷水で綺麗さっぱり洗い流してしまおう。
ため息を吐きながら脱衣室に入る。
目の前には洗面台があって、こちらを待ち構えるように飾られた化粧鏡には何も映っていない。
そう、何も。
誰一人としてそこに存在しない。
空っぽな部屋がポツリとあった。
「……?」
体調が悪いのだろうか。眉間を摘みながら目を閉じて数秒待ち、もう一度鏡と相対する。
そこにはキチンと自分の姿があった。
見間違いだろうか。
「……見間違いだろ」
俺は左手首につけた腕時計を外して洗面台に置く。
再三鏡を見るがそこには俺の姿が正しい輪郭を持ってこちらを見つめていた。目と目が合う。大丈夫だ。
俺はまだ自分を失っていない。
☆
三人は軽く座れるドデカいソファに腰を下ろしながら顔を両手で覆う。
キスされた。
キスしてしまった。
帰り道のこと。家の前でのこと。それぞれを思い出して
病に侵されたみたいに熱くなりっぱなしの唇に指をやる。
好きが暴発しそうだった。
「……もはや何してもいいって言われてるのと同義では?」
なんだ。
良かったー……昨日は少しムカついてショウの首を絞めながらキスしてたけど、一日中キスしてても文句言われないんだ。あくまで私から強請ればの話だけど、大きな進歩でもあった。
それはノーマルな話であって、私の望む一部分でしかない。
星環さんも言っていた。
壊してしまえ、と。
壊してやりたい。でも、壊してしまっては私が好きな綺麗なショウはもう二度と見れないかもしれない。澱んだ恋慕なのは重々承知している。だからこそ、ショウの隣に立って一緒に動ける理世には負けた気でいたんだ。
私がショウと付き合うなんて、と謗りも認めはする。
認めるが、仕方ないじゃないか。
ショウの良さを大事にしたいことも。
ショウを自分好みに色付けすることも。
全てが愛なのだから。
「……この漫画みたいに行かないかな」
部屋からとってきた漫画の栞代わりの写真を挟んであるページを開く。服の趣味と同じく男物のバトル漫画であるそれは、俗に言う異世界物の、ハーレムものでもあった。異世界ものだと男女の比率が片脚をなくした椅子みたいに傾いている。因みにこの漫画はスピンオフであり、原作漫画は完結していないので真なるハーレムものかは分からない。
ハーレム物ならば出てくるヒロイン全員娶るべきである。
暴論だが私はそう思っている。
ただ今読んでいる漫画は最近出たばかりのヒロインが、他のヒロインを嘲笑いながら主人公を掻っ攫って行く話である。原作でも主人公たちのサポーターとして大事な役割を果たしてくれるキャラではあるが、私みたいな邪な人間ぐらいじゃなきゃ買わないだろう。
「ポッと出ヒロインに負けるって一番最悪だよねえ」
クスクスと笑いが漏れる。
メインも新ヒロインも全部取り込むハーレムエンドも好きだけど、掻っ攫うエンドも好きである。負けてるヒロインを理世に重ねると見ると、至極の悦だからだ。
理世はショウの次に白いやつ。
さっきまでは限りなく白いに近かったがいまは少し黄ばんでいる。だって、ショウのことが好きなくせに他のやつともキスしたことがあるそうじゃないか。
自ら汚れていったのは悲しい。
けどどの道、二人とも汚す予定だから問題ない。
勿論このままショウの付き合えるのがベストだが、別れることになってもふたりがくっついた時に私の黒が移るようにしてやればいい。
ソファから立ち上がって、ドアのそばに置かれた体操袋に近寄る。開けてみれば、悶々と汗の臭気が広がった。袋から引っ張り出したのは昨日から使い続けている汗を吸って重くなった体操服。
いつか私の汗だくの服を着せたふたりを巨大な鞄にいれて、靴下やタオルを詰めこみストーブの前に置いて蒸してやりたい。私の匂いで満たされた袋から顔を出した時、彼らはどんな表情をしてくれるだろうか。
「……まずは今日も躾けてあげないとね。あっ」
ニヤついていると、炊飯器が保温に切り変わった電子音がした。
私はショウと理世が映った写真を下着と素肌の間に挟んでキッチンに向かった。
無論、スープの中に入れる薬は忘れていない。
☆
「さくらんぼのヘタを舌で結べるとキスが上手いとよく言うよね」
「そうした話はよく聞きますね。実際どうなのかはあまり知りませんが」
「仮説なら立てられるよ。僕はキスが上手いから、結べれば他の人もできるっていう理屈…………ほら」
舌に乗せられたさくらんぼを食べるついでにヘタを結んで二人に見せる。
「さすがハツカさま……お上手ですね」
どちらが先だったか分からないが、とにかくうまく結べたらしい。久利原も見たがったが、椅子が動くわけないので禁止した。代わりにヘタを指で摘んで久利原の目の前でちらつかせたあと、お弾きをする要領で宇津木の口の中に放り込んだ。
椅子が震える。ヘタを味わえなかったことが残念らしく悶えていたが、頭を撫でることで幸福へ転換する。
「美味しいぃ〜」
僕の唾液付きのヘタを飲み込んだ宇津木はほっぺたが落ちそうになりながらそれを飲み込んだ。唾液だけで残飯すら一級品の料理になる。そうだ。今度宇津木がやらかしたらバナナの皮とかに涎を垂らしたやつを食べさせよう。この子の
「あのぉ〜ハツカ様、私にも」
「ダメ。まだお仕置き期間なの忘れた? 置物扱いしないだけ温情なの分かってるよね」
「うぅ……」
残りひとり、時葉だけは悔しそうに呻きながら、より一層強い執着心が乗った眼を投げかけてくる。目だけの反撃には意味がない。実力を伴って反抗しない限り、僕を楽しませるだけの手中に収まった反応でしかない。
それが分かっているからこそ心地いい。
心の中で笑っていると何か思いついた顔をして時葉は言う。
「そういえばハツカ様、吼月くんとは進展ありましたか」
「いいや。でも根回しはしていこうと思うよ」
「でしたら、私が近況を確認してきましょうか?」
「……だったらお願いしようかな」
ショウの監視していたらしい士季くんも今は神崎の影響で弱点の再回収を行っていて、今日からは見ていないという。なら僕から派遣しておくのがいい。彼の情報を全て知って、その上で手のひらで転がしてあげよう。
なにより見つかっても眷属同士で接点ができるのも悪くない。
頼むよ、と微笑みかければ得意げな顔で時葉は床を揺らしながら外へ駆け出した。次いで宇津木も駆け出して行った。
宇津木は認めてないんだけどな。
お仕置きかな。
僕は座っている久利原の背を二度、軽く叩く。
「ねえ久利原、何か隠してるでしょ」
「い、いえ滅相もない……!」
隠してる反応なんだよ。
僕は威圧と優しさで満たした声色で久利原に問いかける。
「正直に言ってごらん」
「……」
「言ってごらん」
「えっとその……非常に申し上げにくいのですが……吼月くんに彼女が出来たらしく。ふたりとも躍起になって懲罰しに」
「…………ふーん」
「ひっ」
僕の問いかけに屈するしかない久利原は、恐らく三人で内密にしていた話を溢した。その内容に思わず鼻を鳴らし、眼を細めてしまった。
そうかそうか。
ショウが僕以外の彼女を作ったのか。
視界に映る全てが頭上に駆け上がって溶け出した。異物たちが身体をスリ抜けていく感覚を味わって、ドスッ!と鈍い音を鳴らしながら僕は久利原じゃない別のものに着地した。
「のぁっ!?」
「さも当然のように僕の部屋にいるよね」
久利原や床から落ちてやってきたのは一階下にある僕の寝室のベッドだ。縁に飛び乗ったのもあって、ベッドの前足が跳ね上がってガタンガタンと傾いた。それが落ち着くと僕は床に転がっている少女に目をやった。
ショウの彼女筆頭、倉賀野理世は抱きかかえた枕を涙で濡らしながら僕を見上げていた。
「おのれ……ポっと出ヒロイン……!」
「酷い言い草だな。僕はこの世にとってずっとヒロインでありヒーローだけど」
「くそぉ……惚気野郎……」
「なんか当たり強くない?」
膨れっ面の理世を見ているのは中々気分のいいものではあるが、協力関係になった昨日の今日で敵愾心を見せつけられることには驚くしかない。
「だってえ! アンタの話をするとショウはすんなりキスしてくれるのよ! めちゃくちゃ腹が立つのよ!」
「は? キスしたの?」
「したわよ。いいでしょ」
僕は納得したように頷きながら言う。
「僕が理世にキスしたって話をしたんでしょ」
「そうよ。そしたら怒ったみたいに何度もキスしてくれて……」
「良かったじゃん」
「良くないわよ。私からしてって言ってもしないのに、貴方の話題を出すとされる敗北感が分かる!?」
「分からないなぁ。だって僕、モテるもの」
「私の唇がアンタに奪われたからって発想すらないの腹立つなー」
「そっか。それもあるか」
本当に考え付かなかった。
「で、実際どうなの?」
「どっちもよ。私が奪った貴方のキスも、貴方が奪った私のキスも取り返すつもりみたい」
「へえー、ショウがそんなことを?」
「ハツカの唇も俺がもらう、って言ってたわ」
めっちゃ火の玉ストレートで告白するじゃん。
あれ、コレ好きだって自覚させれば眷属にできるじゃ。思わず頬が落ちそうになってしまうほど嬉しかったのは、ジェットコースターのような上げ下げがあったからだろうか。
なんだ。付き合い始めたって言うのはデマか。
後で三人にはお仕置きしておかなくちゃ。
「めっちゃニヤニヤしてて腹立つなー」
「さっきからずっと腹立ってるじゃん」
「だって、貴方はともかくショウが蒼とキスしてるだって思うと」
は? 誰だよそれ。
「誰」
「めっちゃ怖い顔してる……」
「せっかく虜にした獲物を奪われることほど気に入らないことはない。それくらいキミなら知ってるだろ」
「それを言うべきだった相手が身近にいると思うですけどね」
理世は呆れながら枕をベッドに投げると、身体を起こして僕を見下ろす。
「クラスメイトの岡村蒼。スポーツ子って顔を見れば王子様系。内面はかなりドロドロで良い子よ」
「ああ、殺された被害者がその子の祖母なの」
「そうよ。詐欺グループ追ってる間に岡村先生はどっか旅行に行っちゃうし、蒼はストーカーから彼女にランクあげるし」
「ショウくんもセンスないね」
「ホントね。私たちが選べるのにわざわざ蒼を選ぶだなんて。偽の関係でもムカつくわ」
「家事を手伝ってあげてる相手だっけ……え、ストーカー?」
さらりと混ざっていた違和感の塊を指摘すると理世は頷いた。
「そうよ。あの子、学校内だと男女年齢問わずわりと盗撮されてるし」
「……なんで?」
「見かけがいいのは貴方公認じゃない。因みに貴方が着せた女装姿のショウも出回りかけたわよ。無論、全て私のスマホに収めさせたけど」
「ええ……マサガキどもめ……僕の子になんてことを」
「ショウは全く気づいてないけどね」
相変わらずの朴念仁ぷりに僕は呆れて笑えなかった。
「なるほど。久利原たちが言ってた彼女はその子か……」
ストーカー相手なら慌てるのも無理ないかもしれない。
いくら吸血鬼とはいえ他人のストーカーの相手に慣れているわけではない。
「ちょーっと問い詰めたくなっちゃうなあ」
「なら、ショウの行き先教えてあげようか?」
「蒼って子の家、教えてくれるの」
「そっちもある。けど、今晩はもう一つ」
理世は知ったような顔をしながらスマホを取り出して、いくつか操作すると画面をこちらに見せてきた。
☆
目を開けると、眼前に暗闇に溶け込んだ蒼の瞳があった。
なぜこんなそばに蒼があるのか疑問に思ったが、辺りを見渡せばここが彼女の自室であり、更には自分が横になっているのが彼女のベッドだと気づく。驚いたことに俺と蒼はキスをしながら寝ていた。
いつの間に眠ってしまったのだろうか。
まるで思い出せない。
身動きを取ろうと体をくねらせるがベッドから抜け出せない。蒼が俺を抱き枕にしたまま無意識の闇に自我を手放してしまっていたからだった。
更に少し不快なことがあった。
すごく肌着が身体に張り付くのだ。まだ微かに呆けている頭でも分かるくらいには全身に服がまとわりついている。顔を汗なのか湿っていて、気持ち悪くなってきていた。
脱ぐにしてもまずは抜け出さないと–––そう思って、つけたままになっていた腕時計のスイッチを蒼の腰に当てて半吸血鬼化。すぐにスリ抜けでベッドから出た。俺を抱いていた腕には代わりに使っていた枕をあげた。
暗闇の中だが自分を見れば、着ているのがジャージなのはわかった。
このジャージは風呂に出た後に着た。ここは覚えている。
なんだろう。蒼の家に来ると何故か寝落ちすることが多い気がする。
「お邪魔しました……」
ジャージのポケットにスマホやサイフと言った貴重品が入っていることを確かめたあと、再び脱衣室に向かう。階段はよく響く。なるべく音を立てないように一段一段慎重に降りて一階に向かう。
上から物音がしないことを数秒待って認めてから脱衣室に入ると、女物の服を引き出しから取り出した。スマホのライトで照らしていると、それは白いフリルや十字架のアクセサリーのついたゴスロリチックなシャツとワンピーススカートだった。モノトーンで統一された服装で、スカートには黒薔薇の柄が描かれていた。
「ハツカも蒼も好きだな……ゴスロリ……」
ジャージや汗まるけの肌着を脱ぐ。どっぷりと太ったような肌着はシャツにしては分厚かったが、言うほど悪い匂いではなかった。タオルで汗を拭って服を着る。
スマホをイヤホンに繋げて、ポケットに放り込む。
情報の波が耳元へ駆け上り、濁流となって外耳管を襲う。
『△△市内のビジネスホテルで起こった失踪事件の現場です。奇怪なことに防犯カメラにもキャストも宿泊者が外に出た姿を目撃していないといいます。残ったのは散乱した部屋のみ。警察は––––』
行くか。