よふかしのあじ   作:フェイクライター

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第百二十壱夜「思うように」

「そろそろマヒルくんのお母さんを壊そうと思うの」

「鳩尾蹴られるの癖になったのか?」

 

 来店一番、開口一番にそう宣言された俺は頭を抱えるより先に罵倒が躊躇いなく口から飛び出した。『キミと違って被虐気質はないわよ』なんて言いながらゴロッと大きな氷ひとつと度数が高そうな酒が入ったグラスをあおるのは星見キクだ。

 星見からの呼び出しを受けて、待ち合わせ場所に行った途端言われて頭が痛くなるのは無理がないだろう。たいして、程よい夕陽色の照明の光りを半身に浴びながら人目につかない位置のカウンターに座る星見は、馬鹿にするように唇をニッと歪ませた。

 相変わらず腹立つやつだな。

 顔をムスッとさせながら星見の隣に座る。カウンターの奥にいる定員にパイナップルジュースを頼んでから星見を睨みつける。

 

「キミと違っててなんだよ」

「だって私の足、嬉しそうに舐めてたじゃない」

「鏡でも見てたのか」

 

 喜んでたのは舐めさせてた貴様だろうが。

 

「吼月くん久しぶりだね」

「お久しぶりです。龍一さん」

「……名前教えたっけ」

「……弟さんに教えていただきました」

「虎にも会ったのか!? 良くないなあ。マスターって呼ばれるの結構好きなんだけど」

「でしたらマスターで」

 

 待ち合わせの場所に選んだのは、酒場(バー)《CLEAR》だ。以前ハツカと一緒に行った酒場。快活な雰囲気は変わらず、花が飾られていた場所にはジャックオランタンや幽霊といったハロウィン仕様に模様替えされている。

 ここのマスター。東根(あずまね)龍一さんは注文したパイナップルジュースを俺の前に出しながら言う。

 

「星見ちゃんと友達だったんだ」

「違います」

「あ」

 

 スッと小指を立てるマスターに、俺と星見は声を合わせて『違います』とより強く断じた。『仲良いねえ』と言いながらマスターは別の客の対応に移った。

 女と来ると恋仲にしたがる癖、やめた方がいいと思う。

 俺は白黒のフォーマルな後ろ姿から目線を外して、星見に尋ねる。

 

「で、要件はそれだけか? 俺はやることがたくさんあるんだ」

「あら、何かしら」

「クラスメイトの世話したり、ストーカーを炙り出す方法考えたり、クラスメイトの祖父探したり、吸血鬼殺しへの対策考えたり、お前を殴るためにマスターに許可取ったり」

「最後のは絶対にいらなかったわよね!?」

 

 肩を落とす星見がため息混じりに口を開こうとして、俺が堰き止める。

 

「まて、まず先に確認したいことがある」

 

 出鼻を挫かれた星見がジトついた目をしながら『なに?』と言ったので、俺は一枚の写真を彼女の前に差し出した。岡村先生夫妻の写真。俺は岡村先生を指差しながら、見覚えがないか問おうとした。

 けれど先に星見が、

 

「だれ」

「知らないなら良い。これで余計な疑いを持たずに済む」

 

 本当に見覚えがないようだったから、俺は後腐れなく引き下がることにした。星見も『祖父ってそのひと?』と理解して、『当てが外れたわね。別の子の眷属にでもなったんじゃない?』と嫌味を言い残してから続ける。

 

「まあ、釘を刺しておきたかったのよ。私の知らないところで動かれると面倒だから」

「邪魔するなって?」

「人の話に口を挟むなって親に習わなかったのかしら。それに敬語も。マスターには使う癖に」

 

 悪いな。常識を教えてくれる親なんていなかったからな。

 今度は俺が肩を落とすが、理由なんて分かりきっていたから、わざとらしく両拳を顎に当てながらウインクする。

 

「どうせアレだろ。いつもの、親より私を選んで!ってやつだろ」

「あってるけど、その仕草腹立つわね……」

「あれだけ愛されてるのにまだ捨てろって望む方がどうかしてる。心が貧弱すぎる。ましてや、マヒルと親は仲悪いんだろ。結果は明らかだろ」

「吼月も親との話きいてたの?」

「ああ、本人からな」

「その割には動く気なさそうだけど」

「マヒルはアンタが居れば満足みたいだからな」

 

 いささか不満気に彼女は言う。

 

「その思いやりを私の秘密を暴露する時にも発揮してほしかったわ」

「馬鹿いえ。テメぇの黒い腹の中に溜め込んで、ほぼ定石通りマヒルを騙し討ちしようとしてたくせに」

「好きになろうとしてる人に嫌なところを見せたくないでしょ」

「星見の場合、嘘を重ね続けて、結局自分が嫌いになるってオチにしか思えないな」

「そっちこそどうなのよ」

「ハツカに言ってないことなんてもうないよ。吸血される時点でバレる覚悟はしてたし……直接見られるとは思ってなかったけど」

「ふっ。その悟った感じ、腹立つわ」

「知ってるんだよ」

 

 もう汚れ切ったところは全部伝えた。昨日のことだってハツカは二人の様子からどうせ勘づく。なんだったらもうバラしているだろう。俺は憂鬱な話題を切り替える。

 

「それでちゃんと触れ合ってるのか? 映画が好きなんだろ」

「……見てるわよ。恋愛もの」

「ローマの休日みたいな?」

「ラブロマンスもいいけど、私は」

 

 一度口を止めて、言っていいのか迷う間が生まれた。牽制に等しい沈黙で口を閉ざしながら、文句を言うな、と示していた。

 頷いてみせると、星見は言った。

 

 本来なら出会うはずのない二人が惹かれあい、いくつものトラブルを乗り越え、結ばれ………最後には、どちらかが死ぬ。

 

 羨望のこもった声は美しくもあり、肌が粟立つような拒否感も覚えさせるものだった。その趣味を語る星見は、虚構の中だけで終わらせないような迫力すらあった。本人は全く意図していない圧だった。

 

「……そのあと生き残った方が他の人と結ばれる展開はありか?」

「できれば死ぬまで心の中を掌握していてほしい」

「バッ……バッドエンド厨め……!」

「片方死んだらバッドエンドって決めつける方がおかしいと思うけど」

 

 未練たらたらで過去にしがみついてたらバッドエンドみたいなもんだろ。

 ふざけてる場合じゃない。

 死ぬのはどっちだ? 星見キクなのか、マヒルなのか。どちらかが死ぬ想像を掻き立てる声色で、取るべき行動をかなり考えさせられた。

 

「なによ」

「……主人公奮起物が好きなんだなと」

「主人公が死ぬものもあるのよ」

 

 どっちが死ぬか分からんなー!

 俺の妄想で終わってくれたらいいんだが。

 

「マヒルくんが好きそうな趣味、知ってる?」

「知らないな。どうして」

「映画好きそうじゃないのよね。映画、というより映画を見てる私を眺めてるみたいで」

「いいじゃん。綺麗に描かれるフィクションよりずっと美しいものだってことだろうし」

「私は好きなものを共有できた方が嬉しいの」

「なんでそういうところは一般的な感性なんだよお前……」

 

 グラスに口をつける星見は甚だ不服そうに言うので、俺はハツカを人質にとった時とのギャップに風邪をひいてしまいそうだった。

 

「ねえ、何かない? 男の子が好きそうなもので、私の趣向にも合うもの」

「えー……」

 

 前者だけならともかく、星見の趣味に合わせるとなると挙げれる作品がかなり限られてくる。でも、星見なりにマヒルに合わせようと努力してるんだから無碍にはできない。俺は頭の中にあるブルーレイボックスを漁りながら合致するものを探す。

 

「あー……いや……えぅー……」

「やっぱり見つかんないんだ」

「ひとつ確認。生き返りはあり?」

「なしに決まってるでしょ。感動が台無しじゃない」

「おっけー……絞れた」

「へえ。たとえば?」

 

 ひょんなことから出会った二人が、仲良くなり最後には死別してでも最後まで主人公が生き抜く物語。その上で男の子が好きになりそうな話といえば、

 

「ネ、ネクサスとアマゾンズ……」

 

 星見はさっそくスマホを片手に調べ始め、数秒後には俺を見て一言。

 

「これ子供向けじゃない」

「テメェが男の子が好きそうなやつって注文つけたんだろうがッ!」

「だからって流石にストレートすぎるわよ!」

「だったらせめて男でも楽しめる映画だけを条件にしてくれよ! そしたらバー○バリとか言えたのにさ!」

 

 生き返りがありならビルドが言えたのにさあ!

 

「………。……いや、え、私の趣味に合うのこれ?」

「お前が望む展開が物語上最大の起爆剤として盤面を弄ぶから楽しんでくれ」

「にしても長いわよ。アマゾンズは13話。ネクサスの方は40話近くあるし」

「ゾンズの方はシーズン2まで見ないといけないからその倍あるぞ」

「新規に優しくないわね」

「でもその恋人とのシーンはちゃんと癒しとしても機能してるから……」

「なんか引っかかる言い方するわね」

 

 匂わせておいた方が興味出るかなという浅知恵だった。

 

「まあいいわ。ちょうど拠点(いえ)で見れるものだし、試してみるわ」

「見るのか……?」

「あなたバカだし、真面目にこれだって考え抜いたんでしょ」

「ストレートに馬鹿とか言うな。もう少し言い方あるだろ」

「たとえば」

「……プロテインの貴公子とか」

「筋肉バカを無理やりカッコつけた感じ嫌いじゃないわよ」

 

 凄い、筋肉バカとプロテインを繋げられるなんて!

 

「分かってたつもりだけど、星見ってかなり独特な趣味だよな」

「同情趣味の貴方に言われたくないわよ」

 

 星見は鼻で笑いながら続ける。

 

「マヒルくんから聞いたわよ。いま三股してるらしいじゃない」

「三股まではしてない…!」

 

 ニタニタと人を小馬鹿にした笑みを浮かべながら星見は言うもので、俺は図星を突かれた痛みを感じつつ首を横にふる。

 

「あれー、でも蘿蔔さんの眷属になるかもしれないのに、恋人レベルで仲のいい子がいて、更に別の子と付き合い出したって」

「……」

「私でも三人同時に手を出したことはないかなあ」

 

 左右にブレる視界の中で星見の頭にピョコッと小さな悪魔の翼が見えた。

 

「私より吸血鬼してるんじゃないの」

「……」

「何か言い返しなさいよ。しらけるじゃない」

「いや、反論はできないし」

「……はあ」

 

 吸血鬼の力が最近暴発しているのは時葉たちに指摘された通りで、現に彼女らが無意識に感じる『押せば落とせる』という直感に負けているのは明白だった。

 

「いいわよ。今度はこっちが相談に乗ってあげる」

「どういう風の吹き回しだ」

「貴方に恩を売っておくのも悪くないしね。吼月のことだから、断って傷つけるのも嫌だからキープしてるってことでしょ」

「問題ねえよ。その問題は解決してる」

「本当に?」

 

 けど、その直感を受け止めた俺に死角はない。

 

「全員を支配する。ハツカも他のふたりも満足するだけ愛でるんだ。三人の欲求を手中におさめながら飽きるまでたっぷりと。そうすれば誰も悲しまない」

 

 星見に聞くことなどなにもない。

 全員を支配するやり方を説かせても返ってくるのは、相手に個を捨てさせる方法だろうから意味がない。そうなればハツカがハツカである意味も無くなってしまう。

 

「吸血鬼の力に溺れてるだけね」

 

 星見から発せられたのは断絶の一言。

 

「今はまだ吸血鬼の力に振り回されているが、キチンと衝動に負けないように他の吸血鬼から学んで」

「違う」

 

 星見キクは力強く切り捨てる。

 

「傷つけたくない傷つきたくないって簡単な方法に流れて、相手が恋心を忘れたらいなくなる前提の話じゃない」

「全員の心に報いるには全て大切にするしかない。吸血鬼だったら歪んでても実現できる」

 

 支配という形であったとしても、誰もが幸せになれる。お互いに愛し愛され、ハツカと眷属たちみたいに。どうせ恨まれて刺されそうになっても俺は死なないわけだし。

 第一、自分への愛情以外全て捨てさせたあとにその相手を見捨てるお前にだけは言われたくない。

 

「度し難いわね。わざわざ辛い事に突き進む理由が分からないわ。断っちゃえばいいのよ。そしてら、相手も勝手に離れて、別の恋っぽいものを見つけるわよ」

「見つけられなかったら?」

「人間なら何かしら代わりを見つけられるでしょ。吸血鬼(私たち)みたいに怠惰ではいられないんだから」

「見つけられなかったらって聞いてるんだよ」

 

 愛情が簡単に鞍替えできるなんてオジサンを知ってれば分かるんだよ。でもだからってオバさんみたいに見捨てられて壊れちゃったらどうするんだよ。誰も彼もがお前やオジサンみたいに図太くないんだよ。

 理世をフッたときもだ。

 今はなんとか、まだ恋人になれる可能性がある、状態だから今の関係を保ててるんだろうし。それが壊れたらどうなるか分からない。

 

「なあ、答えろ––––」

 

 項垂れていた視線を上げ星見を捉えようとして、その顔が真横にまで迫っていることに驚いた。訝しむような、気遣うような表情(カオ)をしながら星見は俺の首筋に噛み跡をつけた。

 えぐる鋭い痛みと痺れるような甘さが全身に広がった。

 俺は周りの目を気にすることもできずに、微かな痙攣を繰り返しながら星見が満足するまで……認めたくないが堪能していた。痛みが増したり、安らぐ瞬間が訪れたりまちまちなひと時。

 

「ふぅ……」

 

 吸い終えた星見が顔をあげる。

 その顔はいつも俺の血を吸った吸血鬼とは違う渋いものだった。

 

「え、不味かった……?」

「とびきり美味しかったけど……」

「けど……?」

 

 血が美味しかったことに安心しつつ、次を促す。

 

「なんかその……大変だったのね、キミ……」

「え、まって!? 過去見たの!?」

「見たわよ。そっちは知ってるのにこっちは何も知らないのは不公平でしょ」

「お前が不平を言うな」

 

 唇を汚した血を指で拭い、舌で上品な仕草で舐めとる。

 その姿が言い表せない屈辱感があった。以前萩凛さんにハツカの目の前で吸血されたが、今はハツカがいないのにも関わらずすごいもどかしさがあった。

 手が吸われた痕を隠そうとする。

 不思議なことに痕が残っている様子がなくて、慌てて自分の脈が通っていることを確かめた。

 

「ひとまず……何見たの?」

「病院だったり、ゴミ部屋だったり……映画だったり」

 

 なんかごめんなさい……色んな意味で。

 

「辛かったら口を離せば良かったのに」

「相談乗るって自分で言ったしね」

「律儀だなお前も」

 

 マヒルには今みたいに思いやりのある面ばかり見せているのだろうか。出力のしかたって大事だなと改めた思う。

 

「色々見たうえで私から言えることは、まず……死なないから問題ないマインドは改めなさい」

「実際治るし問題ないだろ……?」

「あるわよ。少なくとも根っからの悪人以外は」

 

 星見はジトついた目をしながら俺に文字通り同情の思いをのせていた。

 

「善人が善人であるには、同情心を持たなきゃいけない。同情できる人は自分と相手との壁を取り払うことができる」

「だから善人とされる人からは、俺の行動自体が痛みになるからやめろってことか? なんか似た事言ってた故人がいたな……ショーペンハウアーだっけ」

「そんな名前の子だったわね」

 

 凄いな。さすが数百年を生きる存在。

 

「加えてキミは壁の撤廃を無制限にやってる。それはキミの嫌いな個の喪失に直結する」

「苦しんでる人がいたら助けたいだけだ」

「それがいけないのよ。さっきのフるフらないの話だって、何もかも自分ごとで考えて、相手が乗り越えるべきだった試練を自分を殺すことで無くしてるんだから」

「ふたりとも欲しいと思ってるんだからいいだろ」

「でも恋人としてではないでしょ?」

 

 まるで鳩尾を鉄球で抉られたかのような鈍い痛みがへその奥まで響き渡る。痛みは自覚している証拠で、否定することができない。

 

「支配したいっていうのは詭弁よ。その欲はあったとしても、今の貴方は自分の意思と在り方のギャップを納得させるためにその言葉を使ってるに過ぎないわ」

「納得できるならいいだろ」

「確かに言葉は処方箋よ。言い方一つで満足感が違う。でも、それと自分の本心を誤魔化すのは違う。ましてや恋なんて一生の中で一番大事にしなきゃいけないものなんだから、妥協しちゃダメよ。一人で満足したいものを、複数人に与えるなんて欺瞞だわ。

 ましてや、他人を信じられるようになるために恋をしたいと願ったのなら、なおさら」

 

 同情はより真剣な光を帯びて、俺を貫く。夕陽色の光が彼女の目元に影を作り出し、より濃い光を露わにする。まじりっけのない純真な想いが込められた言葉と瞳で、星見がこんな顔ができたことに驚きながら同時に凄く納得ができた。

 

「……恋の話になると真剣だよな」

「恋をするためにこの永遠を捧げてるんだから当然でしょ」

 

 恋愛映画を見てるのだって勉強みたいなものだしと星見は胸を張って答える。

 ああ、知ってるよ。

 じゃなかったら何年も、何十年も、恋をしようと願い続けるなんてできるはずがないのだから。星見も瞬間瞬間を必死に生きている存在だ。

 でも、俺にはまだ経験が足りない。

 

「答えはすぐに出ない。考えさせてくれ」

「答えなんて目の前にあるじゃない」

「はい?」

 

 首を傾げると、星見はグラスに残った酒を一息仰いでから言う。

 

「私になれば良いのよ。特別にキク先生って呼ばせてあげる」

「お前酔ってるだろ!」

 

 仄かに赤くなった顔で彼女は言った。

 俺は噴き出しながら突っ込んだ。

 

 

 

「そういえば仮彼女はどうしてるの?」

「まだ家にいるじゃないか。ここに来る前に飯も一緒に食べたし……やべ、時間だ」

 

 腕時計を見下ろした吼月が慌てて立ち上がった。マスター、お会計!とだけ言って財布から軽々と万札を一枚取り出して払う。そして、私の耳元に口元を寄せて彼は言う。

 

「また今度別の形でお礼はするから、今日はこれで気が済むまま飲んでくれ」

「あら、気がきくじゃない」

 

 目の前のカウンターには空になったグラスがひとつ。

 でも、まだ足りないわね。

 そう目だけで訴えれば察しのいい彼のことだ、すぐに理解して少しばかり嫌そうにしながらよそよそしく言った。

 

「……まあ頑張れよ、キク先生」

「そっちこそ」

 

 おべっかだとしても及第点ってところかしら。

 走り去っていく吼月を見送ると、マスターに新しく高めのウイスキーをロックで頼んだ。

 

「蘿蔔さんがあそこまで心配する理由も分かったわ」

 

 酔いの間隙に耐えきれずひとりごちる。

 私自身長く生きてるから魔女狩りだとか迫害だとか遭遇したことが多々あるけれど、あの子の年齢であの苦痛の量は異常だった。強い酒を飲まなければやっていられない。

 精神的な強さだけでねじ伏せて、ある程度普通に擬態できてるだけ凄いものだと関心する。

 いや、酔っているのだ。

 血の中に秘められた過去を、もう一度思い出す。背もたれにガランと身体を力なく預けながら目を閉じた。

 

「…………」

 

 暗闇の中に広がるのは巨大なスクリーンで、そこが映画館であることは考えるよりも先に察した。そのスクリーンには、彼がオススメしたものと同じく子供向け作品の映画が流れていた。

 内容は奇怪でありながら筋の通った物語を見せつけられていた。

 平成を消滅させた地球を昭和元旦の地球とすり替えて新しい平成を始めようとする集団にやられかけた主人公が、平成を消滅させる穴に投げ捨てられそうになった時に自分との邂逅を経て覚醒。

 戦場へ舞い戻る。

 

『他の人や平成ライダーなんか関係ない! 俺が王になりたかったのは世界をよくするためだッ!』

『我が魔王は信長に思うように生きろと言いました。私も……思う通りに生きさせて頂こう!』

 

 そして平成の看板と共に崩れ去る敵の首領。

 戦いが終わりカレーライスを食べようとする主人公が仲間達から『自分たちはなぜ消えなかったのか』と問われる。

 

『これだけは分かるよ。未来は誰にも分からない。瞬間瞬間生きていくしかないんだ』

 

 彼が初めて見た物語。

 私が恋愛映画に恋する秘訣を得ようとするように、彼はこの物語から生き方を学んだ。在り方を。大切にするものを。彼の世界に光を示したものに酔いしれているのだ。

 ただその酔いを覚まして、リアルに則した形に導いてあげる人がいなかっただけ。

 なまじ本人が常人より動けてしまうのも問題ではある。

 

「私とか蘿蔔さんより、平田さんあたりが親をやった方が良さげなタイプよね。あの子」

 

 でも、蘿蔔さんが欲しいと願ってしまったのなら仕方ない。

 吸血鬼としても女?としても、他の子とくっつく前提で眷属になろうとするなんて腹立たしいしね。フォローしてあげたわよ、蘿蔔さん。

 

「はい、キクちゃん」

「ありがとうマスター」

 

 新しく出されたグラスに口をつけると、マスターは微笑みながら尋ねてくる。

 

「やっぱりキミたち、仲良いでしょ」

「そうね……気は合うかもね……」

 

 でも、ひとつだけ思ったことを口にする。

 

「平成の看板ってなによ」

「平成……? 今は令和だよ?」

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