よふかしのあじ   作:フェイクライター

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お久しぶりです!
もう夏ですね……アニメが、よふかしのアニメが始まってる!


第百二十肆夜「月みたいな」

 まず初めに耳鳴りがした。

 次に白がやってきた。

 瞼の間に差し込む光が痛くてたまらず顔を背けながら目を開けた。見渡してみると見覚えのある和室で、そばには布団で眠りについている岡村先生がいた。

 神崎に襲われたあとに逃げ込んだ事を思い出した。

 

「寝落ちか……」

 

 壁に背を預けたまま眠りに落ちたからか、身体が錆びついたようか怠さが残っている。

 普通に寝たいな。

 まあいいや。今日も学校は休みなんだ。僕限定の休み。自分の内側を見ず知らずの誰かに汚されたから、療養するための休み。なんてくだらないんだろうか。

 過去は変わらない。

 汚された事実は消えないし、元より穢らしい自分が身を清めたところで落ちない汚ればかりだ。素直に言おう。鬱陶しいにも程がある。過去は救えないのだから、学校に通うのも通わないのも自分で決めさせてくれ。

 

「……自由じゃないなあ」

 

 今更何を言っているのか。

 自分のしたい事をしておいて高望みがすぎる。

 岡村先生とのラインに起きたらなにをするべきかメッセージを残す。ニコ先生と神楽さんに連絡を取るようにしておこう。

 

「ごめんね、先生」

 

 巻き込んだことへの謝意なのか。

 置き去りにすることへのお詫びなのか。

 自分でも心の整理がつかないまま立ち上がり、安らかに眠っている岡村先生を見る。廃ビルであった時よりも血色の良い顔になっていることを慰めと自己弁護に使って、僕は茹ったような身体を動かして仮初の宿から外に出た。

 目が痛い。

 前が見えなくて、俯いて歩いていく。

 

「ハツカの家にでも–––」

 

 邪念を振り払うように足を早める。

 足跡は着実にやるべきことに向かう。

 

「やるべきこと……やるべきこと……」

 

 吸血鬼に自分から関わりに行っていたのを知られた以上、もう逃げてはいられない。進まなきゃ。今日のうちに情報を揃えて、神崎と話し合わないと。

 でも、なんでやらなきゃいけないんだっけ。

 

「ショウ、大丈夫か……?」

「え、だれ」

 

 不意に背中へ声がかけられて、慌てて顔を上げると辺りはすでに見知った景色になっていた。小森団地。学徒や勤労者たちの足音は抜けて、空虚に思えるほど人がいない。そんな道の中でひとり––––夜守コウの醒めた目が僕を貫いていた。

 

「ふらふら歩いてるけど、寝不足?」

「そんなところ……じゃあ、ふにゅ……」

「ああ!? 目の前で倒れるな!」

 

 コウに背を向けて歩き出した一歩目で、ガクンと膝が崩れる。関節が痛んだフィギュアみたいに身体を支えられてないな、なんて自分でも分かってコンクリートに側頭部からダイブする直前、コウが脇に腕を入れて受け止めてくれた。

 

「全然大丈夫じゃないじゃん! 歩ける?」

「肩を貸してくれれば」

「なら、行くよ」

 

 ふたりで人の目がない道を歩いていく。

 まるで夜みたいだった。誰にも認識されず、咎められることもなく団地を渡る。きっとタイミングも良かったのだろう。時折目にする古臭いシャッターが降りてるのをみて、マヒルの両親のように団地で仕事をしている人たちもまだ支度中らしかった。

 階段をあがり、鍵を開けて中に入る。

 脱いだ靴を整えることもせず、僕はもうベッドの上で転がっていた。

 

「はあ……驚いたよ。いきなり倒れるんだもん」

 

 首だけを動かしてコウを見てみると、僕の勉強机に備えられている椅子に腰を下ろしていた。

 

「悪いね。迷惑をかけました」

「なら、ちょっとここに居させてよ」

「僕の家に?」

「ほら、もう朝じゃん。もしかしたら母さんが起きてるかもしれないからさ」

「そういえば、コウのお母さんって夜のお仕事だっけ」

「そうだけど……なんで知ってるの?」

「ふふふ。僕らに知らないことはないんだよ」

「やめてくれよ。怖いなぁ……」

 

 軽い恐怖を織り交ぜた視線が飛んでくるのを無視しながら、『だったら』と上体を起こす。

 

「朝飯ぐらい作らないとね。何かあったかな……パック飯とかベーコンとかはあった気がするけど……」

「待て待て。病人なんだから寝てなよ」

「むー……でも腹減っただろ」

「それはそうだけど。一食ぐらい抜いても問題ないでしょ」

「僕みたいになるけどいいのかー」

「ショウのは過労でしょ」

 

 グサッと自分の胸の中から刃が突き出してきたかのような感覚がして、内なる衝撃のままベッドに倒れ伏す。ついでに掛け布団に手を伸ばしてくるりと、身体を包み込んだ。

 コウの呆れた目線が近づいてくる。その首筋には噛み跡がなかった。

 

「今日は血、飲んでもらってないんだ」

「それどころじゃなかったかなさ」

「ふーん……」

 

 良かった。

 

「……」

「どうした」

「別に」

 

 なにが良かったんだろう。

 自分の感覚が分からなくなって、寝転がりながら首を傾げた僕にため息を吐きながらコウは言う。

 

「今度はなにしてるの?」

「いつも通り」

「中身を聞いてるんだけど。この前言ってた探偵さんとは別の吸血鬼殺しの件?」

「合ってるようで外れてると言うか。コウ……岡村先生って覚えてる?」

「岡村先生。……」

 

 コウは処理落ちしたパソコンみたいにダンマリになって、バツが悪そうに目線を泳がせた。

 

「忘れた?」

「いや! 待った! 思い出すからッ!」

「いいよ。体育の先生。ほら、岡村蒼のおじいちゃんの」

「えっと……クラスメイトにいたな、へぇ……あそこ血が繋がってたんだ」

「コウってほんと他人に興味ないよなあ……」

「なくても困らないし」

 

 で? とコウはベッドの縁に腰を下ろして問いかける。

 

「岡村先生が星見って吸血鬼に血を吸われて眷属にされてた」

「……!? 星見キク?」

 

 コウは目の色と鋭さを変えて見下ろしてくる。

 首を横に振って僕は答えると、彼は少々胸を安堵で膨らませた。

 

「キクも先生もお互いのことは知らなかった。だからアイツの仕業じゃない」

「変装してた、とかは?」

「アレは自己顕示欲と自己愛の塊だぞ。懐に入るために態度は変えても、見目形まで変えはしない」

 

 第一、吸血鬼自体が大体自己主張そのものだ。

 例外があるとすれば恋愛ネタが苦手なナズナさんくらいか。

 

「……そっか。なら良かった」

「親友が厄介な人を好きになると困るなあ」

「厄介というか。なんかあの人怖いんだよな」

「たとえば?」

「自分の要求が通らないと無理やり従わせてくる感じとか––––」

 

 聞けば、コウが初めて星見キクと会った時に正体を明かすようお願いすると、自分のやりたいようにするために力づくでコウを黙らせようとしたのだとか。『人の恋路を邪魔するやつは……鬼に噛まれて』と物騒な発言までしたんだとか。

 かなり危うい言動だが––––ハツカにしたことよりはマシだな!と思ってしまう僕がいる。

 

「アイツは……相当クズだよ。極悪人ではないけどさ」

 

 唾を吐きつけるように言ってやるとコウは不思議そうに呟いた。

 

「なんか親しいね?」

「いいや、仲は良くないけど……昨日一緒に飲んだりはしたよ」

「……なんで?」

「牽制されたというか。お互い嫌ってるから……うん。仲良くはないな」

「けど、会うんだ」

「嫌い嫌いも好きな内ってな。取り返しはつかないが、まだどうにかできる相手だと思ってるよ」

「そうなんだ。…………」

 

 話が途切れて、沈黙の気配が滲み出すとコウの顔つきが微かに険しくなっているのが分かった。

 

「なにかあったのか?」

 

 尋ねた後、数秒沈黙を続けてじっとコウの健康的な色の唇が動くのを待った。

 

「ナズナちゃんから探偵さんの過去を聞いた」

「そうか」

「……驚かないんだね」

「言っただろ。知らないことはないって」

「怖いね……」

 

 僕が誰から聞いたのか。どこで知ったのかを尋ねるつもりはないようだった。今後に繋がらない過程(過去)を知ったところで意味がないことだとコウは分かっている。

 

「探偵さんとは会ったのか?」

「昨日……というか数時間前にあったばかりだよ。あの人は確実に何かを起こすつもりだ」

「そうか」

「……慌てないんだね」

「慌ててもいい。けど、それじゃどうにもならないだろ」

 

 キョウコさんが口にした通り同じ穴の狢だからか、ボンヤリと彼女が考えている未来は想像できる。

 

「コウはどう考えてるんだ?」

「どうって言われても……」

「何かを起こすつもりなんだろ。そう考える理由があるんじゃないのか?」

「そんな気がするってだけで……ほら、もうすぐハロウィンだろ。その日とは探偵さんの家族が壊された日だし」

「弔い合戦をするにはモチベーションが上がるタイミングなわけか」

 

 自分で口にしておきながら馬鹿馬鹿しくて笑えてくる。復讐にやる気が必要? 愚かしくて腹を抱えたいほどだ。復讐なんて虚無感を見て見ぬふりするためのものだ。なにより虚無感を精算するためにもやるしかないのだ。

 

「もしさ、ショウが吸血鬼を全員殺すとしたらどうする?」

 

 神妙な面持ちで尋ねてくるコウの瞳には、探偵さん……目代キョウコさんへの恐怖の色が伺えた。怖くて当然だろう。自分の大切な友達を殺そうとしている相手だ。

 キョウコさんがやろうとすることも考えて、可能性を口にする。

 

「全人類で吸血鬼狩りを始める」

「そんなことできるの?」

「五分五分だな」

「半分もあるの……」

「理性が働けば問題ないよ。でも、嘘をそのまま信じて悪人になっちゃう人も中にはいる。そして悪人になった人たちを止めようと動ける人達も中々いないから……殺してもいいって暗黙の了解(グレーゾーン)が出来てしまえば、思いの外簡単に進むんじゃないかな」

 

 全方位から目の敵にされたらいくら不老の吸血鬼でも疲弊するからな。

 

「怖いこと考えるな……」

「今日はコウに怖がられてばっかりで悲しいなぁ」

 

 コウの恐怖の目線が自分に据えられる。

 しかし、コウの僕への想いなんてどうでもいい、俺の考えを耳に入れることも心底どうでもよいことだ。

 

「それで探偵さんが何かを起こすとして、コウはどうしたいんだ?」

 

 本題は次の一手だ。

 何のための一手を打つのか。

 

「探偵さんが吸血鬼の被害者なのは変わらない。けど、その事実と同じぐらいに僕はナズナちゃんを失うつもりはない。そこだけはハッキリしてる」

「ならどうする。探偵さんを倒すか」

「倒す……倒して、どうするの」

「どうしたいかは自分で見つけることだよ。どちらにしろ倒さなきゃいけない。願いを叶えられるのは最後まで()を通した奴だからな」

 

 誰かに咎められたり貶されたりすることはあっても、満足は全てに勝るものだから、星見キクみたいに自分本位で動くものも多い。なにより自分を何より大切にすることが間違っていないのだから、こちらも似たスタンスでやるしかない。

 

「倒す気にはならないよ」

「なんで」

「……探偵さんは、ナズナちゃんの友達だから」

 

 けれど、あくまで似たやり方。

 自分の中に相手を含むやり方だってある。

 コウの中にあるまっすぐなその願いは間違いでは決してない!

 

「だったらノーコンティニューで救うしかないな! ナズナさんも、探偵さんも」

 

 自然と僕は身体を起こして、コウの両肩を叩いた。驚きの表情でコウは目を瞬かせている。

 

「ノーコンティニューって……ゲームじゃないんだよ?」

「ゲームだよ。人の出会いは一期一会、その瞬間の縁がないと救えないものがある。その一瞬を逃せばゲームオーバーだ」

 

 自分の残機は無限でも他人は違う。

 なら、この命は–––––償う機会だ。

 ベッドから足を放り投げる勢いで立ち上がると、コウが俺を見上げながら心配そうに言う。

 

「寝てなよ。また倒れるよ」

「寝るよ。その前に腹ごしらえだ。じゃなきゃ始まらない! 食は人が良くあるために欠かせないからな」

「……なんか元気になった?」

「コウのおかげだ」

「なにもしてないけど」

「気づかなくていい。気づかないまま大切にしてくれ」

 

 気づかず、誇ることなく、ただその想いが普通であってくれ。

 

「さて! なにが食いたい!」

「待って、僕も食うの?」

「当たり前だろ。せっかくいるんだから」

「じゃあ……温かいものを」

「アバウトだなあ、せめて和食とか中華とかジャンルを指定して欲しいんだけど」

「なら洋食で」

「わざと外してきやがったな……ドリアでも作るか」

 

 悩みながら朝飯を––––いや、晩飯を考えてキッチンに向かおうとする。

 その時、

 

 コツン。

 

 まるで足音を思わせる響きが耳朶を打った。

 しかし音がした先を見れば窓の外。青空に包まれた晴天だけが広がっていて、人が、ましてや吸血鬼がたち入れる場所ではなかった。

 

「ん?」

「どうしたの」

「いいや。雀が壁にでもぶつかったんだろ」

 

 それから音がすることもなく、空耳だったのだろうと頭の隅に追いやった。

 

「で、最近探偵さん以外で何かあったか?」

「んー……まぁ、えっとね……付き合った」

「ついにナズナさんと!」

「違う。越後(えちご)リラさんっていう夜間学校の人」

 

 ゴリラ……?

 不破さん?

 

「って、夜間学校……ニコ先生のところ? おめでとーじゃん。で、合ってる?」

「おめでとうじゃないかな……相手の一目惚れだからいきなり好きって言われてもこっちは相手のこと摩訶不思議な珍獣にしか思えないし、授業中でも構わずイチャついてくるしでかなり……めちゃくちゃ鬱陶しい」

「ボロクソいなあ……」

「あれだから恋愛脳は苦手なんだ。好きってアピールしてないと死ぬの? すぐに冷めるからいいじゃんってニコさんもさあ」

「あははっ、苦悩してるね」

「笑い事じゃないんだけど」

 

 でも、死ぬんじゃないかな。

 きっとその人は分からないけど、誰も自分を見てくれなくて虚無感が纏わりつくような本性だとしたら、誤魔化すには自分の道を貫くか、無理にでも相手に自分を認識させるほかない。

 安心したいんじゃないかな。

 

「きっと他人への関心が希薄なコウには分からない人種だよ」

「うっ、いきなり毒吐くじゃん」

「あれ。口に出してた? ごめん。無意識だわ」

「その方がよっぽど最低だよ!」

「ごめんごめん」

 

 でも、なんか違うなってなって別れそうだな。

 

「つきあ……やっば」

「なに?」

「蒼に連絡するの忘れてた!」

「蒼って、さっきの岡村蒼?」

「そうそう。いま付き合ってるんだけどさ、アイツの朝飯作ってない!」

「つきあっ、え!?」

「理由はアイツがストーカーに遭ってるから。大丈夫かな? しまったな……体調管理しっかりしとくべきだったな。蒼の家に行ってから気づいたら寝てること多くなったし……僕のミスだ」

 

 髪の毛に手を突っ込んでぐしゃぐしゃ掻き回しながらスマホの中身を見てみる。特にメッセージはなくて、気にしていないのかもしれない。あるいは呆れられてしまったのか。

 お詫びしないとな。

 メッセージを考えていると、コウは不思議なものを見るかのように声をかけてきた。

 

「ショウってさ、なんか性格変わった……?」

「……あ」

 

 言われて気がついた。

 気力がなくてそのまま素のまま喋っていたことに今更気がついてしまった。

 ハツカとの約束破っちゃった。

 

「うん。そうだよ、これが僕だよ」

 

 でもいいや。

 バレたらお仕置きしてくれるよね?

 もっと深く僕にハツカを刻みつけてくれるよね?

 

 

 

 

 倉賀野理世()は団地一帯を睥睨しつつ、小さく息を吐いた。白く染まった息が太陽に焼かれて消え去った。

 空を見上げると薄らとした気配だけが残る淡い月が見える。

 

「ふーん……」

 

 窓を囲う手すりの上に立ちながら、ショウと夜守くんの会話を反芻する。蒼の家に行ってから気づいたら寝てること多くなった……その変化は肥大化した不調の表れだろうか。

 

「蒼の家に何かありそうね」

 

 眩しい朝日に目を灼かれ、その輝きを億劫に感じるとグラッと背後に倒れ込む。壁になるはずの窓も壁面も体は通り抜けて、目を開けると自分の部屋のベッドに寝転がっていた。

 

「にしても、相変わらず月みたいな男ね」

 

 月のように無理をして輝く姿こそ、あの子の良さだ。

 もっと無理をさせよう。

 ショウが望むまで。




ナズナちゃんてぇてぇ……
コウくんてぇてぇ……
ハツカ様てぇてぇ……
テガソード様てぇてぇ……

……次のライダー腰にベルト巻かないの!?
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