よふかしのあじ   作:フェイクライター

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お久しぶりです。
カブラさんとハルさんの関係いいなあ……GLではないんだけど、大切にしあってるし大切に思ってるんだけど、明確に好意の形に差異があるのいいなあ……

因みにゴジュウガヴも行ってきました!
テガソードオリジンが尊すぎる……!
ガヴは戦闘シーン全てが見所すぎる!


第百二十陸夜「大見得」

 ゴソゴソと掛け布団から抜け出して、微かに冷える床に素足をつける。反射的に浮かせた片足の裏をもう片方の足の脹脛に擦り付けてあたためる。暖かいのか寒いのか、微妙な空気が室内に蔓延していた。たぶん普通に寒い日なんだろう。身体が暖かいのは二人分の体温で温められた布団の中にいたからだ。

 

「やっぱり可愛い寄りの顔つきだよな。コウって」

 

 僕のベッドで寝入っている闖入者は夜守コウ。

 昨日は多くの出来事に見舞われたからか、ナズナさんの独白を聞くと紅潮した顔をベッドに沈めると眠りについてしまったのだ。気持ちよさそうに寝ているからコウの家に運ぶのも憚られた。

 寝顔は間違いなく1日に満足したものだった。

 

「ふぅう。そのまま寝てればいいからな」

 

 寝返りを打ったのか、見えるようになった寝顔を見つめながらその頭を撫でる。

 翔と暮らしてたら、こんな風に頭を撫でたりしてたのかな。

 開け放たれたカーテンの影がコウの顔にかかっている。差し込む光は西からで、すでに陽は傾いているようだった。

 

「おおよそ四時間か。十分だな」

 

 狭いとはいえベッドで寝直したおかげで身体が安らいだのが分かる。

 着ていたメイド服を脱ぎ捨てて、自宅に残しておいたグレーのフード付きパーカーを羽織る。私服に着替えた僕は音を殺して玄関へと向かう。使い古されたドアの軋む開閉音を最小限に留めて外に出ると、瞳に向かって強い光が襲いかかってくる。

 瞼を閉じ、眉間をつねる。

 徐々に光に目を慣らさせながら集合住宅の階段を降りていく。

 

「蒼からの返信はないな」

 

 ラインに送ったメッセージはすべて既読になっているのだが、反応が返って来ていない。怒っているんだろう。自分の言葉だけが並んだ画面を見ていると虚しい想いで首が締められる。

 けれど、この苦しさはハツカや理世に抱いたものとは別種のものだと、漠然と感じている自分がいた。団地の中を歩く足取りも重苦しくない。なんて薄情な奴なのか。

 けれど、別にいいと思っていた。

 少なくとも今は蒼と会うことではなく、大きなたん瘤を切り離すことが先決だ。

 

「気づいてくれたこと、嬉しかったんだけどな––––あ、」

 

 歩いていると掲示板が視界に入ってきた。小森団地にある掲示板に僕は依頼をしていた。朝は確認する気力すらなかったが、落ち着いた今は意識するより先に掲示板へ駆け出していた。

 これだ。掲示板の右下隅に『AtoZ CS』と書かれている。最後の二文字はなんだ……僕のイニシャルか?

 しかし、その返答らしきものは書かれていない。掲示板全体を見ても見当たらず、もしかすると今日の夜に書かれるのかも、と肩を落とす。

 

「これか?」

 

 消沈して俯くと、一眼から隠れるように掲示板の縁に紙片が貼り付けられていた。紙を取ると、そこには住所が記されていた。すぐさまスマホで検索をかけると数時間前まで居た家屋のそばになっていた。

 もしかして、あの一帯がカオリのテリトリーなのだろうか?

 首を小さく傾げながら『AtoZ』の文字を指で擦り消した。

 

 

 考え通りなら––––いける。

 

 

 深く息を吸い込んで、気持ちを整えてから俺は再び歩き出す。歩みを進め、電車に揺られて向かうのは、東京都内にある大未栄(おおみえ)弁護士事務所。最寄りの駅を降りて進むたびに、鳩尾がズキズキと軋み出す。近づくほどに体調が悪くなっている気がするのは、不安で仕方ないからだろうか。

 

「でも、帰るわけにはいかないよな」

 

 冬に近づいたというのに汗を流すサラリーマンやツアーガイドに蟻の如く続く団体様の観光客など、視界に映っては消えていく。鬱陶しいほど多種多様な他人の目が、意識無意識関係なく俺の体を貫いていく。

 気味が悪い視線の中で、一際強い視線を感じて俺はすぐに視線を返した。

 弁護士事務所前のガラス張りの壁に背中を預けているコートを羽織ったスーツ姿の清潔感のある男性がひとりいた。神崎和法。吸血鬼殺しで、俺のほぼ保護者の男。眠りが浅いのか薄らと目の下にくまができて、シルエットが持つ清潔感を蹴り飛ばすほどに威圧的な見た目になっている。

 

 こんにちは。

 夜ぶり、だね。

 

 まるで街にいるのが俺と神崎だけになったみたいに合わせた目の動きまで鮮明に見える。動きが音のしない言葉みたいに身体に染み渡る。咎める視線を受けながらも、俺は内心の不快感を押し殺して向かい合う。

 

 ええ、夜ぶりですね。

 残念ながら岡村先生の居場所を教えるつもりはありませんよ。

 

 神崎は肩をすくめながらため息をついた。呆れて果てた姿でこちらに手招きするので、不快感をわざと滲ませながら歩み寄る。

 

「車、用意してあるけどどこか行くかい?」

「車には乗らないよ。どこに連れて行かれるか分からん」

 

 小声でも聞き慣れているから、目覚めた人々の喧騒の中にも埋もれず聞き取れる。嫌味を含んだ笑みを浮かべながら神崎は軽口を叩く。

 

「信用ないな……仮にも私は君の」

「知り合いがアンタに撃たれたんだ。信用なんてあるわけないだろ」

「いいじゃないか。別に大した知り合いでもないじゃないか、ましてや吸血鬼なんだ」

「おい」

「君は言ったね。『いきなり撃つ奴があるかよ』って––––あるんだよ」

 

 神崎に睨みを聞かせた瞬間、左の横腹になにか添えられる。眼だけを動かしてみてみると、コートのポケットの内側にある何かを突きつけられていた。

 

「この街中でぶっ放すつもりか?」

「そうさせて欲しくないから頼んでるんだよ。車に乗って」

「俺が言うことを聞くと思ってるのか」

「うん。キミのことだから弾が突き抜けた先にいる誰かさんのことも考えてくれるだろ?」

 

 半吸血鬼になって銃を奪うだけならできる。けど、発動するまでに誰かを撃たれたら終わりだ。最近の無意識下での発動さえできるようになれば、状況は変わるのだが。

 

「チッ……」

「やっぱりキミは優しい子だ。僕だってね、人間は傷つけるつもりはないんだよ。それに今の手札を捨てたくないしね」

 

 舌打ちを鳴らしながら神崎に従い、事務所のそばにある駐車場に入る。用意されていたのは軽自動車–––社用の車でもなく神崎個人の車でもない–––で、そのハンドルを握っているのは大未栄弥恵(やえ)だった。

 

「彼女とも一悶着あったんだけど、事情を説明したら分かってくれたね。ほら、乗って」

 

 面倒だな。

 促されるまま後部座席に座り込む。少しでも退避できる間を作るように中央に寄りに腰を下ろした。神崎は俺の真隣に着いた。そこはコートの中の銃を上に傾ければちょうど大未栄の頭部に弾丸が当たる射線だった。

 

––––見殺しでもいいだろ。碌に知りもしないで殺す決断ができてしまう奴なんだから。お前の憧れだって別に聖人君子ではない。誰も殺さないわけじゃない。

 

「大未栄さん」

「なにかしら」

 

 呼びかけに応じながら大未栄は車を発進させる。車がブルンと震えてエンジンを起き上がらせると、徐々に速度をあげ始めた。

 大未栄の背中を刺すように見つめて言う。

 

「ひとまず吸血鬼が気に入らない理由を教えてもらってもいいですか」

「理由なんて単純だよ。キミだって聞いたでしょ。人間の血を吸って今まで過ごしていた生活を送れなくする化け物なんていないに越したことないもの」

「別に吸われたら吸血鬼になるわけでは」

「恋したら吸血鬼になる、だっけ。自分の感情を完璧にコントロールできる人なんて居ないわよ。気づいたら吸血鬼になってることは……神崎さんの妹のこと一緒に聞いた吼月くんなら分かるでしょ」

「でも神崎さんの目的は吸血鬼の根絶やし。悪人がいるから全員殺しますは違うだろ。仮にもアンタら弁護士だろ」

 

––––やっていいなら、俺は人間を殺していいってこと?

 

 首を振って邪念をふるい落とす。人間も、吸血鬼も、大して化け物度合いは変わらない。化け物なら手を出していいなんてことは決してない。

 

「吸血鬼なんて害虫はいなくならなくちゃいけないんだよ。キミが好きなヒーローものだってそうだろ?」

「ふざけるな! あの人達は致命的に価値観が合わず迫ってくる敵だからこそ戦うしかないだけだッ! 気に入らないから倒すなんてことはない!!」

「子供の番組でよくそこまで熱くなるわね……」

 

–––そっちこそ大人だろ。なんで子供でも分かってしまうことを理解できないんだよ。それともなんだ。大人になるってことは衝動に呑まれるってことなのか?

 

 逸る気持ちを抑えるようにふたりから視線を外す。横目で外の景色を眺める。徐々に景色が溶けて無味の線に溶けていく。なにも考えないにはちょうどよかった。

 

「吼月くん、落ち着いて聞いてほしい。キミがどれだけ吸血鬼を元人間として見ていても、奴らは人間だった頃の記憶を失い吸血鬼という化物に生まれ変わる。人間としての記憶がなくなれば、人間としての最低限守るべき意識も消えて吸血鬼としての在り方に身を任せ始める。

 キミはまだ知らないかもしれないが……いや知っているかもしれないが……星見キクという吸血鬼がいる。ソイツは手当たり次第人間を吸血鬼にして、不幸を振り撒く化け物だ」

「星見キクみたいな奴は全体の何割いるんだよ」

「殆どだ」

「ぼかすな」

 

 否定できない奴をひとりふたり出したとして、少数の悪人のために全て捨てていいとかセイバーのバハトかなにかか。なんだ。家族を奪われた人は軒並み危険思想に傾倒するのか?

 いいや、危険な考えなのは別にいい。初めから分かっていたことだ。

 気になるのは、どれだけいるか把握できていない吸血鬼を皆殺しにする判断を否定することなく【やるしかない】で受け入れている大未栄のほうだ。

 

「大未栄さんも吸血鬼を全て殺す判断なんですか」

「ええ。そうよ」

「……多種族を滅ぼすなんてできると本当に思っているですか?」

「できるとも」

 

 大未栄の背中に向けていた訝しむ視線を、厳粛に深く頷く神崎に投げつける。その声色にハッタリの気配は微塵も覗かせていない。バカなのか。それとも大馬鹿なのか。

 

「どんな手段で?」

「別に私たち少数でやる必要なんてないだろう。全人類で殺せばいいんだから」

「…………大見得をきりますね」

 

 やはり大馬鹿だった。

 しかし、全人類が吸血鬼に敵意を持ったならどう足掻いても生き残れないだろう。敵意なんて硬度なものでなくていい。全人類にゴキブリレベルの嫌悪感を共有さえできれば、生存に人間が不可欠な吸血鬼はおしまいだろう。

 

––––いやだ。ハツカが殺されるなんて嫌だ!

 

 ……神崎のことだ、輸血パックを吸血鬼用にいくつか保管していることも掴んでいるだろう。

 

「確かにいまは関東一帯の吸血鬼を掃除するのも一苦労で、優先順位をつけながらやっている始末だ。けれど、いずれは人間が誰しも吸血鬼の存在を知り危険だと排除する時が来る」

「……息苦しい時代ですね。逢魔時みたい」

 

 でももし全ての吸血鬼を殺すとして、家族も含むことは分かっているのだろうか。

 

「妹さんも殺すんですか」

 

 神崎の眉がピクリと微かに跳ねた。

 

「あの子が殺されるわけがない。あの子はもうとっくに死んでいるのだから」

「……本当に?」

「ふっ。……本当だとも」

 

 鼻で笑いながら車が目指すどこか遠いところを見つめている。その寂しそうな姿は先ほどの確信めいた顔色や声とはかけ離れていて、後悔とも違う揺れが瞳を動かしていた。

 

「そうですか。なら、ひとつ約束してください。貴方の目的は私怨ですか。それとも優しさからですか」

「無論、優しさだとも」

「ならば証明してください」

 

 俺はそっと神崎に掌を差し出した。

 

「妹さんの思い出の品を渡してください」

「……誰から聞いた」

「岡村先生の様子から判断しました」

「キミは本当に聡い子だね」

 

 皮肉混じりの口調でスーツの胸ポケットに手を入れると、取り出したのは革製のペンケースだった。その中に入っていたのは古ぼけた筆。よくみると水彩筆で、持ち手のところはところどころ色剥げしている。

 筆を見せたあと、ペンケースごと俺の手に乗せた。

 

「大切にしてくれよ。妹の形見なんだ」

「人の物を無碍に扱うほど大人気(おとなげ)はありませんよ」

「使い方違くない?」

「いいえ。あってますよ」

 

 あんた達みたいな大人としての気配がない、恥晒しみたいな人達には。

 

「私の大事な物を渡したんだ。キミもこちらに協力してくれるよね」

「するわけないでしょ。第一、俺はまだ釈然としてないんですよ。悪人がいるだけで全部殺さなきゃいけないなんて」

 

 すると、神崎はため息を溢した。

 てっきりいつものように暴力を振るって従わせてくるとばかり思っていたから–––その時は半吸血鬼化でスリ抜けるが–––驚いたが、少し動いた神崎の眼が大未栄に向いていて、なるほど、わざわざ心象を悪くするつもりはないか。

 

「吸血鬼の一番の問題はなんだと思う?」

 

 問われた俺は考え込もうとして、思いの外すぐに答えが見つかった。

 

「自浄作用がないこと……」

「その通り。

 奴らは好き勝手生きている無法者ども。上下関係は親と眷属ぐらいで、規律というものがまるでない。一応他者の眷属候補には手を出さないなど一定のマナーはあるが、小繁縷(こはこべ)ミドリや鳴りを潜めているが本田カブラという吸血鬼のように飛び越えてくる奴らが多い。それに対して自警団を名乗る奴らもいるが、全くもって役に立たない。

 葛樹の息子のキミなら分かるだろ。あの手の機関は他人に規律を守らせるための説得力が必要だと。警察の場合は刑法だし、我々弁護士、検事も同じく憲法や法律だ。しかし、奴らには共有され拘束力になる法がない。強いていえば力ぐらいだ。

 そんな奴らの一部が好き勝手暴れてみろ。

 誰も止めず、離れていくだけで自体は深刻化する。

 その結果が、」

「星見キク、ですか」

「そうだ」

 

 全くもって否定できない。

 俺も常々危険視していたところではある。

 目の付け所が似ているのを見て、本当に俺はこの人を見て育ったんだと思わされる。例えそれが少ない期間でも実感として湧いてくる。

 けれど、もしそれが吸血鬼を殺す理由だと言うならば、

 

 

 

 

「だったら、俺がルールになればいいの?」

 

 

「は?」

 

 なんとも言えない、脳髄を引っこ抜かれたかのような顔をした神崎の顔が痛快だった。

 でも、ハッタリじゃない。

 

 もし、俺の血があらゆる吸血鬼にとって魅力的で––––

 もし、一口飲むだけであらゆる吸血鬼を虜にできるなら––––

 もし、ハツカの予想どおり、いつまでも続く美味しさだとしたら––––

 

 

 俺の考えは幻じゃない。

 ハツカも、久利原も時葉も宇津木も、士季や萩凛さんや粟坂さんも、ニコさんもミドリさんもセリさんやアッくんさんも……全て、全て、

 

 

 ハツカを。

 

 

 行ける気がする。




 
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