よふかしのあじ   作:フェイクライター

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よふかしのうた楽園編見てて思うこと、

理世が徹底的に利用してきそうな組織出てきたな……


第百二十漆夜「出来た」

 腕の内側から冷やされるような痛みを覚えながら目を閉じて、安寧に想いを馳せる。形も見えない声も知らない誰かを抱きしめる感情を熱を失う左腕に集約させる。

 血に想い()を乗せるのはどうすればいいのだろうか。

 祈るだけで足りるのだろうか、と不安になる。

 どれだけ祈れば満足するだろうか。

 でも確信があった。大丈夫という無垢な安心が身体を包む。

 

「……気持ち悪くないかい?」

「問題ないよ」

「そういえばキミは以前から貧血になりにくい体質だったね」

「いくら血を取り戻せるとはいえ……あれだけばかすか殴られて物置部屋を血まみれにし続けたら身体も血をたくさん作るようになる。あの期間で得た数少ない利のひとつだな」

 

 俺の血を吸っていた注射針が抜かれて腕の中で広がった寒気が薄れていく。注射筒(シリンジ)の中にたっぷり詰まった鮮血が陽の光を浴びて鮮やかに輝く。我ながら吸血鬼が見たら惚れてしまいそうな健康的な血だ。

 体調も万全ではないが、思い込めたという自惚が混じっているからか自信があった。

 

「よく注射器なんて持ってるな」

「吸血鬼をスカウトするのに血は欠かせないからね」

「殺すのに血をあげるのか」

「殺さない奴を殺せるようにするには同質の力を利用する方がいいからね。悪い大人の悪事を突き止めるために同じ悪人を手駒にするのと同じことだよ」

「利用した悪人は裏で検事に突き出してるくせに」

「悪人と分かっている以上裁かないわけにはいかないからね。無論、協力者としての約束通り、私がバラしているわけではないが」

 

 神崎は採血した血を丁寧にアタッシュケースの中に仕舞う。先ほどの注射筒を加えて8本ある。体感ではハツカに気絶するまで吸われた時よりずっと少なく感じる。

 8本でも800ml程度だ。

 ……具体的に言うと結構多いなと自覚する。

 ハツカにどれだけ飲まれてきたんだろうか。

 

「にしても、どこに向かってるんだ」

「病院」

「は!?」

「うそうそ。冗談だよ。本当は事件のこともあって入院して欲しいぐらいだけど、キミはイヤだろ。病院」

「……分かってるんだったら定期検診も打ち止めにしてくれ」

「それはダメだ。潰れかけの車を車検を通さず使うのと同じく、何事も確認は必要だからな」

 

 壊れかけなのは心なのか、身体なのか、どっちなのかな。

 

「吼月くん。いまキミは岡村蒼と付き合っているんだろ。彼女の家だよ」

「は!? なんで知ってる!!」

「学校の先生にチョロっと話しかければキミの話は漏れてくるからね……良くも悪くも注目の的だよ。吼月くんは」

 

 アタッシュケースを閉じて座席の下に滑り込ませた神崎は、コートのポケットの中で拳銃の存在を主張しているとは思えない和やかな笑みを顔に貼り付ける。

 

「良くも悪くもってなんだよ」

「キミは自分のために時間を使わないからね。子供なんだから他人の心配事なんか気にせずに自分のしたいことをやれば良いんだよ。だから時間の空費……いや人生を破滅させる吸血鬼にも関わってほしくないし、できれば事務所に依頼人を案内しないで欲しい」

「無理だな。この俺自体がやるべきことだからな」

「番組の影響でしょ。いくらフィクションを信じても……」

「嘘だって分かってるから、大事に抱きしめられるものだってあるよ」

 

 笑い続ける仮面から顔を逸らす。黒のトラムアッパーに肘をつきながら、また車外を見つめる。

 嘘だと分かってる。

 いつから自覚したか。

 我が魔王の『世界を全部良くしたい』『みんなに笑顔でいて欲しい』と願って、その願いが肯定されつづけるのを見届けた。だからこそ化け物でしかなかった俺がその場所に行きたいと願った。僕の行きたい陽だまりはないのか。

 僕が安全に暮らせる場所はない。

 俺が、勝手に、戦っている限り。

 

「憧れるより現実見たい方がいいんじゃないかな」

「願いがなくなったら俺の体重ってどれだけ落ちると思いますか」

「別に減らないでしょ」

 

 どうだろう。

 21グラムは減るかもしれない。

 

「黙って瞑想してるのもいいけど、そろそろ着くわよ」

「……あ、はい」

 

 ボンヤリと外を眺めた方からか、言われて初めて見覚えのある風景が流れていることに気がついた。

 

「わざわざ送り返すなら駅でよかったのに」

「ここの隣町でラジオの収録があるんだよ」

「テレビの次はラジオかよ」

「今度の生放送の宣伝も兼ねてね。実績と仮面だけは一人前だからさ」

「……分かってんのかよ」

「ハハ、できればひとつ二つ付け足して欲しかったな。でもまぁ……」

 

 一瞬背の高い家のそばを通り、車内に影がさす。黒で塗りつぶされたドアガラスに背を向けている神崎の姿が映り込む。何歳も向けて見える猫のように丸められた背中を見て、皺枯れた老人を眺めているかのように労しい気分になる。

 

「妹を守れなかった時点でそのくらいしか作れないからね」

 

 呟いた言葉に僕ば黙り込む。

 

「妹の形見、大切に使ってくれよ」

「貰ってるだけだよ」

 

 使う気なんてない、と平然と嘘をついてから彼の背中を見てハッキリと口にする。

 

「……事情がどうであれ、吸血鬼だから殺すなんてことは認めない。やめるべきだ。それに俺は岡村先生は殺させないし、知らないヒトも見捨てない」

「見捨てたら自分も捨てられると思ってるの?」

 

 すると、運転にかかりきりだった大未栄(おおみえ)が割り込んできた。俺は頭を振って否定する。同時に外で流れていた景色がパタリと足を止めたのでおもむろにドアを開けた。

 冷たいとか暖かいのか曖昧な風が髪を揺らす。

 

「うまく俺の血を使ってくれよ。効果があれば仕組み作って、吸血鬼を支配しようよ」

「……キミは本気で言ってるのか、吸血鬼全部を手中おさめるなんて」

「マジ。趣味的にもいい物だと思ってるよ」

「良くない趣味だと思うけどな」

「そうかな。神崎さんの話だと、ほとんどのビジュアルが小繁縷ミドリや蘿蔔ハツカぐらいはあるんでしょ? 可愛いのもかっこいいのも完備なんて最高じゃん。美醜があっても全部欲しいし。俺、あの家じゃなければ今でもペットとか玩具とか揃えたいし口だし」

「愛するのはひとりだけのほうがいいよ」

 

 神崎の言葉に思わずキョトンと頬を落とす。

 

「……これも愛なの?」

 

 尋ねてみれば神崎は頷いた。

 

「愛だし、恋だと思うよ」

「なら、吸血鬼になっちゃうね」

「いいや。ならないよ。大きすぎる愛では」

「そ。なら、いっか」

 

 再びエンジンが唸りを上げて走り去っていく。その姿形が消え失せるまでその影を見つめた俺はのっそりと神のような足取りで進む。

 頭の中でハツカの声が振り子のように何度も響く。

 

––––また創ってみればいいじゃない。それが実験の醍醐味でしょ。焦らず行こうよ………

 

 最後の言葉は繰り返される激励にかき消される。

 そう……ハツカは友達だって言っていた。

 

「首を噛んで血を吸う友達だなんて、随分とまあ……エッチな友達なこと」

 

 空を見上げるとうっすりと存在を主張する月の残滓が目についた。

 僕は頭を抱えながらうずくまる。

 

「……ああ。ああぁ、……ああっ、うん出来た気がする」

 

 ぐるりと転がって背中をコンクリートに打ち付ける。腹の奥底が熱くてたまらない。まるで何かを産み落とそうとしているかのような身体の動悸。それはあまりにも個人的で嫌悪したくなるほど醜くて、きっとあの星見キクすら唾棄する欲望。でもこれでいいのだ。

 分かった。

 やるべきこと。

 したいこと。

 その両立。

 ハツカはどっちが好みかな。

 どちらでもいい染め上げてやる。

 

「吸血鬼も人間も全部ぜんぶ愛してる。嫌い嫌いも好きなうち」

 

 あらゆるものが幸福でいて欲しい。

 他者と絡まりながらその愛を全力で俺に向けて欲しい。俺は等しく願っているぞ。愛しているぞ。お前たちの幸せを。君たちの笑顔を。

 でもちょっぴり嘘だ。

 僕が恋しているのは蘿蔔ハツカだ。

 誰にも見られないところで彼だけは特別扱いする。

 自分が自分であるためにしなきゃいけないことこそ、目に映る全てを幸福に染め上げること。いや、その外すらもだ! 俺の目が届かない誰かの目に映る者すらも俺色を宿してやる。

 でもそれじゃ疲れてしまう。

 癒しが欲しい。

 ハツカ。ハツカ……!!

 ハツカにだけは本当の意味で恋をする。

 その愛を憚ることなどない。この愛の上で全てを愛する。化かしてやる化かさせてやる。ハツカを一番愛した上で、優しい嘘で本当はお前が一番だと信じさせる。

 都合の悪いことを見ず、自分が好きな事実だけを取り入れるならばその傲慢ささえも愛してやろう!

 

––––今ですら手一杯のお前に何ができる?

 

 そんなことはない。

 恋心が眷属を生むなら僕にだって作れる。

 

「出来た。僕の覇道」

 

 全身からの歓喜を吐き出し切ってから首を動かす。小石や微かなゴミが服に引っ付くが、気にも止まらなかった。不快ですらなく、むしろこれが自然のように感じられた。

 穢れきった身体を自分の手で拭ったところで清められるだろうか。

 否。できるとしたら、僕のことを本気で恋してくれるヒトの手だけ。

 

「あの……大丈夫?」

 

 自分の世界に浸っていた俺に声をかけたのは通りすがりの青年だった。がっしりとした体つきをした彼は半袖のスポーツウェアを着ており、露出する二の腕も脹脛もパンパンに膨れ上がっている良い仕上がり具合だった。汗をかいていて服がはりついて肩や胸筋のシルエットすら分かるほど。いや、きっと汗がなくても輪郭なんて浮かんでくる。

 そんな快活全開な姿見形をする青年の精悍な顔立ちがドロドロとした驚きに染まっている。困惑の色が指先まで伸びた手をこちらに差し出した。

 迷わず、けど弱々しく手を掴んだ。

 

「いやあ、ちょっと個人的に面白いことがありまして……心配してくれてありがとうございます」

「い、いえ。……」

「ありがとう」

 

 立ち上がった俺は彼の困惑を溶かすように両手で包み込む。すると、溶かされた戸惑いはどろっとした色の濃い血となって鼻からこぼれ落ちた。血が弾ける音がやけにハッキリと耳に刺さる。

 

「鼻血、出てますよ」

「け!? すみません!」

 

 慌てて拭おうとする青年に俺は、よかったらこれを、とティッシュを差し出した。薄っぺらいちり紙で血を拭き取ると青年はみっともないからと言わんばかりに顔を背けながら走り出す体勢になる。

 

「お兄さん、お名前は」

「池谷純」

「純、トレーニング頑張ってね」

「は、はい……!」

 

 青年が走り出そうとして、同時に俺は背中合わせで歩き出す。

 背後から声が飛んでくる。

 

 

「キミもその紫の瞳、素敵だよ!!」

 

 

 ……そう。

 なるほど。人間は吸血鬼に恋をして血を吸われることで初めて眷属になれる。ならば俺は何に恋をしていたから吸血鬼になれたのか。

 

「……オバさん」

 

 居場所(ヒト)に恋をしていたのだ。

 そして今は更に鮮烈にそこが見えている。

 

「ゴールは変わらないや」

 

 

 ………ハツカを、堕とす。

 

 

 あの星空を背にした澄まし顔を僕のものに。

 

 

 

 

「神崎さん、収録がお疲れ様でした」

「ああ。キッチリと宣伝してきたよ」

 

 ラジオの収録が終わり、大未栄さんが運転する車の中でゆっくりと疲れを癒すように背もたれに身体を預けた。太腿の上には吼月くんからもらった血が入ったアタッシュケースが乗っている。

 

「本当に信じるんですか。あんな世迷言」

「まあね。あの子が、行ける気がするって口にした時はかなりの確率でそうなるし」

「……ずいぶん買ってますね、あの子のこと」

「当然。親友の息子だからね。タフだし、優しいし、頭も回る」

 

 同年代で見ても、大人で見ても、大立ち回りができる上で拳銃を持った相手に啖呵をきれる度胸を持つのはなかなか居ない。

 

「それにあの子は生まれた時から吸血鬼になれる子だ。思惑通りに行かなくても、あの子の血は吸血鬼化の適性を発揮し続けて安定的に吸血鬼を誘い出す良質な餌にもできる」

「関わらせたくないんじゃなかったんですか」

「あの子の性格として、ある程度関わっているという実感がないと距離とってくれないだろ」

 

 人の想いは自分に向けられたものでないと邪魔になる。

 もしこの血が私に向けられた優しさになるか、怒りになるのかは試してみないと結論は出せない。

 

「どちらにしろ無理だと思いますけどね。やめておいた方がいいですよ、吸血鬼にあの子の血を与えるなんて」

「……そうかもね」

 

 頷くと車が減速を始めた。あたりは出荷した機械などを一時保管しておく倉庫ばかりで、眺めているとある種の集合住宅のように見えた。その隅にある色褪せた誰も使わない倉庫の前で車を停めてもらう。

 降りる直前、彼女の語りかける。

 

「今日は人質になってくれてありがとね」

「いえ。あの子が大人しくなってくれたほうがやりやすいでしょうし」

 

 そして、一瞬だけ首筋に触れて人間の温かみを確かめる。

 じゃあ、またあとで。それだけ伝えると彼女は走り去っていった。書類上、この古ぼけた倉庫は誰とも契約していないのだ。そんな倉庫の前で車を止め続けていると無駄な関心を惹きかねない。

 しかし、私は別のことに疑惑が向いていた。

 

「あの温もり、人間ではある。……でも違和感がある」

 

 あまりにも肝が座りすぎている。

 たかが所長の娘にすぎない彼女が、囮とはいえ一度は自分を殴り飛ばしてきた相手が銃を向けていることに焦りを覚えないはずがない。にも関わらず、触れた首筋には汗ひとつなく脈拍も一定だった。

 ……それになぜ【あの子の血】と限定した?

 いや言葉の綾か。

 しかし、まるであの子の血を飲ませることが危険だと知っているかなような、雰囲気が口の端から端に出ていた。

 私はスマホを取り出すと、スピーカーを耳の側に持ってくる。

 

「神崎です。依頼がありまして……ええ、同じ事務所の朝霧と大未栄嬢の見張りを……はい。お願いします」

 

 電話をしながら倉庫の扉の鍵を開けて中へと入っていく。大部分が赤茶けた屋根やシャッターが陽を遮る倉庫の照明をつけて、掠れたオレンジ色の光で中を満たす。

 一番奥の小部屋。まるで牢屋のように密閉された部屋の扉を開け放つと、一気に身体を吹き飛ばしてしまうかと錯覚するほどの絶叫と悲鳴が打ちつけてくる。

 

「うるさ」

 

 中には何匹かの吸血鬼が鎖に繋がれていた。抜け出せないのは弱点を胸に打ち付けられているからだ。コンテナ同様、さまざまな場所に点在する吸血鬼処理場のひとつ。見れば2セットほど拘束具が宙を彷徨っているのをみて、二匹死んだのだと自覚した。

 どんな奴だったかは覚えていないが、鎖がある真下に灰の山ができていたから居たのだろうと思った。塵取りで二匹分の灰を回収して部屋の中央に置いたゴミ箱にいれる。残りが五匹。こいつらと入れ替わりで、小繁縷ミドリ、蘿蔔ハツカ、七草ナズナ、本田カブラ、平田ニコ、桔梗セリ、秋山昭人……あの七人を入れることになるが、ギリギリそいつらの分も入るだろうか。

 

 アタッシュケースから注射筒を一本取り出す。一匹一本などあり得ない。一滴でも与えれば十分だろう。

 

「喜べ、血だぞ。……ハウスッ!」

 

 獰猛に暴れる吸血鬼どもの顎を掴んで、無理やり口を開かせてから血を垂らす。確かに舌の上で弾けたことを見てから次に移り、同じように飲ませていった。

 部屋は次第に喧騒から静寂へと移り変わっていく。

 

「…………っ」

 

 気味が悪かった。

 嫌だった。

 一雫飲ませただけで大人しくなっていく吸血鬼どもが。

 そうして、床で雫が一つ、またひとつと弾けた。

 

「……ああ」

 

 まるで祈り、抱きしめるような優しく小さな声が節々に囁かれ、静謐な空間に彩りを付け加えていった。

 まるで人間のように。

 

 …………マジかよ。




先週は物乞いみたいな取り乱し方をしてしまい申し訳ありません……

次回から10話に行きます。
アニメ2期が終わるまでにハロウィン終了まで行くぞ……!
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