よふかしのあじ   作:フェイクライター

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お久しぶりです。
再び対戦よろしくお願いします


第百三十弐夜「約束だから」

 ひゅるりと、冷えた鉄を身体に差し込まれた感覚に身の毛がよだつ。無機質な色合いの壁紙、床だけだった踊り場を抜けた先には、空に広がる青を見るにはほどよく高い学校の屋上がある。

 頭の中の雑念を吹き飛ばす北風が見上げる青空をより鮮明にしてくれる。既に頂点を過ぎた太陽の陽光が思考を加速させる。ここは昼食を食べ終えたあと特有の眠気も退けてくれるから、考えるのに持ってこいだ。

 

「睡眠薬ね……」

 

 倉賀野理世()は床に腰を下ろしながら、懐から取り出した袋を揺らす。指につまんだまま袋の中身を見る。内側に付着している粉の一番高いと残量を比較すると既に半分以下になっていて、何度も使われていたのだと察しがついた。

 睡眠薬の持ち主、岡村蒼を想う。

 使い方なんて単純だ。ショウを眠らせていいようにしたい。見え透いた浅知恵だろう。岡村老夫婦の件や蘿蔔ハツカのこともあって付き合ったがいいものの、あまり良い扱いをされていないのは想像がつく。

 しかし、問題は眠らせている相手がショウだということだ。

 

「ショウの体質を知っていた上で薬の効能を維持し続ける。普通の中学生じゃ無理なことね」

 

 少なくとも市販されている睡眠導入剤や処方される睡眠薬ではショウは眠りにつかない。それは私が一年の時に何度が試しているから、間違いない。甘凪(かんな)に頼んで人間用のやつを貰い仕込んでみたが、普通に起きて生徒会の仕事をしていた。

 

「こんなもの、どこで手に入れたのやら」

 

 本人に問い詰めても口を噤むだけだろうから無駄な労力になってしまう。いっそのこと落としにかかってもよいのだけれど……

 

「ショウになあ……惚れてるのがね……」

 

 でなければ蒼の心を踏み躙ってでも操ることができるのだけれど、と私は肩を落としながらため息をつく。

 ショウは今日来るのだろうか。

 また犯されかけても無頓着で表層ではとくに気にしていないショウだが、律儀に–––いや、利もあるから–––教師からの言いつけを守って来ないだろう。

 仕方ない。帰ったらハツカにでも飲ませて、試してみるか。

 一度立ち上がってグラウンドを見下ろす。

 その時、ふたりの生徒がグラウンドの端を歩いて校舎に向かってきているのが見えた。

 理世スコープで見つめると、その二つの人影はショウと蒼だった。生物として吸血鬼より上位である私の目ならば、屋上からでもグラウンドを歩く生徒の表情まで見分けることができるのだ。彼らは楽しそうに登校している。

 いや、蒼の方が顔を赤ながら余所余所しく歩いている。

 

「よし」

 

 すぐさまスマホを取り出して、軽く操作した後耳に当てる。

 

「あ、(より)ちゃん先生? ごめんね昼休憩中に。校内放送でさ、業後吼月ショウに生徒会室に残るよう言ってくれる? ……え、うん今登校してきてる。だからあと10分後ぐらい。……なら、よろしくー」

 

 さて……もう授業開始するわね。

 急いで戻らなきゃ。

 

 

 

 

「おー、なんで昨日来なかったんだよ」

「学校都合」

「学校から来るなって言われるなんてなにやったんだよ」

 

 席を立つ支度をしていると、気軽な口調で応野が話しかけてきた。体育授業からそのまま体操服を着ており、このまま部活動に行こうとしているのが分かる。

 五限目ギリギリに登校し、六限目も体育だったからか凄く時間の進みが早い。午前中サボったのが大きな原因だが。

 

「帰りのホームルームで先生も驚いてたし」

「まっ、普通は起きないことがあったからな」

 

 俺はちょうどいいと思い、他の生徒がいなくなるのを待ってから–––俺が喋るまで応野も口を噤んでいた–––カバンを開けてノートを取り出した。

 

「そうそう……ほい」

「なんだよこれ」

「応野用に作った今度のテスト対策」

「え、マジ!?」

「手書きだから消えやすいぞ」

 

 応野は驚いた様子でノートをペラペラとためつすがめつしている。

 

「……すげぇな、全部俺が苦手なところだ」

「ちゃんと解説やヒントも書いてるから、俺に連絡を取らなくても進められるぞ」

「助かるけど、なんでわざわざ」

「この間勉強会するって約束しただろ。でも俺時間取れないからさ、その代わりだ」

「お、おう。ありがとう」

「じゃ、生徒会室行ってくるわ」

 

 俺が立ち上がって教室の出入り口に向かおうとすると、応野が戸惑いながら尋ねてくる。

 

「なあ、蒼とはうまくやってるのか?」

 

 チラリと教室を見渡して他に誰もいないのを再度たしかめた。

 

「どうだろうな。俺は俺なりに蒼を愛してるよ。付き合ってる恋人だし。あっちは欲求不満っぽいけど」

「そ、そうか……やったのか?」

「は?」

「ほ、ほら。中学生とはいえ付き合ったら色々やるだろ」

「……助兵衛め」

「な! 思春期なら当然だろ!」

 

 いや、肉体関係を持っていいのは16歳からだろ。

 ……俺もアウトじゃねえか! 今更か。初めて小学生だし。

 

「その。なんだ。求められたら許容できる分まではするよ。キスとかもな。でも……俺のことを壊していいのは、壊して欲しいのはひとりだけだからさ」

「……蘿蔔さんか?」

「おっ、分かってるじゃん」

「前から思ってたけど、吼月と蘿蔔さんってどんな関係なんだよ」

 

 改めて考えてみると、なにが正しいのだろうか。

 親子とは言いたくないし、明確な主従関係でもない。ハツカは俺の血肉を求めていて、俺は壊されるのも望んでいる。けれど、それだけじゃなくて俺はアイツを自分の手で壊したくもある。

 他の奴らよりも俺を一番深く刻みつけたい。

 

「どんな関係かって言われると困るけど……身体の関係ってやつが一番近いんじゃない?」

「なっ、な……! お前らそういう関係だったのか!?」

「そんでもってアイツは俺が一番欲しいものだ」

「身体から堕落していってる……」

 

 時葉たちに言わせたら、もう心まで落ちてるらしいがな。

 しかし自分から負けを認めるつもりはない。一番大切な相手ではあるが、奴の尻に敷かれるだけは我慢ならない。敷かれてもいいけど、こっちも敷いてやりたいのだ。

 自分勝手な誓いをあらたにしながら、俺は問いかける。

 

「変か?」

 

 それは同性への愛情という形への疑問でもあった。

 それは多分、普遍的な愛とやらの始まりとは相違があったから。

 

「まあ、好きになっただけなら普通のことなんじゃねえの。蘿蔔さん、可愛いし」

 

 ただ……と、応野は少し間をおいた。

 

「だったら、なんで蒼と付き合ってるんだよ」

「蒼のことも大切だからだよ。もちろん、理世も応野もな」

 

 無論、差はあるけれど。

 そこに言い訳もしないし、無視するつもりはない。

 

「埋められない差がある上で、俺はあらゆる人も物も愛してみせよう。そう誓った。そう願った。だから––––」

 

 ゆっくりと応野に近づく。距離がないといって差し支えないほどの近さ。応野は戸惑いからか、退くこともなかった。そのまま、身動きできない彼の頬に唇を寄せて、

 

「応野、お前も落としてやるよ」

 

 チュ。

 音を鳴らす。

 軽く足音を鳴らし、ステップを刻みながら離れると、炎に見間違えるほど赤くなった頬に手を添えた応野がいた。

 

「なんだ。当ててもない音だけのチークキスだぞ? なのに照れちゃったのか。可愛い奴だな」

「そ、そういうのはな……」

「そういうのは? なんだ」

 

 顔は俯き、焼かれて残った炭のような掠れた声を絞り出すようにして言う。

 

「女装してからやってくれ」

 

 へえ、女の格好をしたら大手を振ってされたいんだ。

 ニヤニヤと内心ほくそ笑む。

 

「望むならこの前の格好でキスしてやるぜ」

 

 抑えられず、小さな笑みが溢れてしまう。

 ああ、可愛い。

 

「じゃ、また今度な」

 

 

 

 

「……あ」

 

 ひとり残されて、俺は頭を抱えながら膝を折る。

 この間遊んだ時の可愛くて、美人な少女の姿となった吼月の姿を思い出していた。

 

「ヤバいって……」

 

 ああ、いけない。

 萬たちには見せちゃダメなやつだ。

 男の俺が欲情してしまっているのだから。

 

 同級生の、男の、友達に、気持ちが熱り立つのがここまで罪悪感のあるものだとは思わなかった。

 

 

 

 生徒会室にまでやってきて扉を開けると、そこにいたのは理世だった。湯呑みにお湯を注いでいた。

 生徒会の顧問である依英(よりえ)先生という人からの呼び出しだったが、まだ来ていないようだ。

 

「依英先生、まだ来てないのか」

「いつものことじゃない」

「言ってやるなよ……あの人がこの半年で生徒会に顔出したの片手で足りるんだぞ」

「アンタが甘やかすからでしょ」

「甘やかしてないんだが」

「依ちゃんからラインで情報仕入れて、参加する理由なくしてるのはどこの誰よ」

「俺たちだな」

「……私まで同罪にしないでくれる?」

「フランクに電話かけるやつがなに言ってんだよ」

 

 軽口を叩きあいながら長机からパイプ椅子を引き出すと、その横に鞄を置いた。

 

「理世も呼ばれてたんだな」

「ええ。職員室に行ったとき言われたわ」

「ふーん。なに茶?」

「ほうじ茶」

「みそ煎餅があったな。出すよ」

「なら食べながら待ちましょうか」

 

 手頃な皿に丸い煎餅を数枚乗せて、理世が取りやすい位置に置いた。理世も茶の準備を整えると俺たちはパイプ椅子に腰を落ち着けた。

 煎餅を一枚取って、真横にいる理世の口元に寄せる。

 はい、と咥えさせると、パリッと噛み砕いた。崩れた破片が理世のスカートに降りかかる。汚れたと気にする様子もなく、理世は煎餅を俺から譲り受ける。

 

「ありがと。……ネギの風味もあって美味しいわねこれ。しょうも食べなさいよ」

 

 その煎餅をこちらに向けてくる。割られた白い断面が理世の歯型に倣った三日月をしている。

 食べてみると確かに味噌のほのかな甘味とネギの風味が口の中に広がっていく。とてもお茶が進む菓子だ。一枚を食べ終えると、理世が不服そうな顔つきでこちらをみている。

 

「……」

「なんだよ」

「いや別に」

 

 不満げなまま理世を眺めながらお茶に口をつける。彼女はなにを思ったのか、自分の指を咥えはじめた。幼児退行でもしたのか。おしゃぶりが必要みたいだが、生徒会にそんなものはない。

 自分の唾液に塗れた指を見ながら理世はスカートに目を下ろす。

 そして、崩れた煎餅の破片を指に纏わり付かせる。

 

「ほら、食べなさいよ」

 

 なにを思ったのか、煎餅と涎まみれの指を俺の口元に突きつけてきた。俺は茶色い指を咥えて舐める。微かに屈む体勢になったから理世の顔を見るには見上げることになった。

 理世の顔は紅い。

 なんとなく、俺はこの顔が好きなんだと思った。

 口を離した時には煎餅の破片と理世の唾液は全て俺の胃の中に収まり、消化され始めていた。

 

「あっ、あなた! 蒼と付き合ってるって自覚持ちなさいよ!」

 

 吠える理世だが、

 

「自分でやったくせに恥ずかしくなったのか。可愛いな」

「……ッ! 腹立つぅ……!」

 

 もっと可愛い仕草とかしてあげれば良かったかな。

 俺の指を舐めてた時のハツカってどうしていたっけ。

 

「蒼にも似たことやってるの」

「アイツはキス魔だからなあ……理世とするみたいなアブノーマルなやり方はしないな。眠ってる間にはなんかしてくるけど」

「私が変態みたいな言い方やめてくれる!?」

「いや、自分の食べかすと唾液をつけた指を相手に舐めさせるやつは十分変だぞ……? まあ、理世の唾液美味しかったから俺は良かったけど」

「変態!」

「……美味しいっていうのは違うのか」

 

 褒めるのって難しいな。

 次はもっと上手くやらなくちゃ、と次への生かし方を考えながらお茶に口をつける。あくびを噛み殺しながらお茶を啜っていると、理世が訊ねてくる。

 

「眠たい?」

「……うん」

「先生が来たら起こしてあげようか?」

 

 一言交わすだけで、次第に意識が船を漕ぎ始める。

 

「…………」

 

 おかしいな、と思うと同時に俺は意識を手放した。

 

 

 

 

「マジか……」

 

 目の前で机に突っ伏すショウを見ながら頭を抱える。

 

「これはかなり面倒な問題かもね」

 

 ショウが飲んでほぼ数分で寝つく。

 吸血鬼由来の薬への耐性も加味した上で作られていると考えた方がいいだろう。そんなものが作れるとしたらよほどショウのことを知っていて、かつ吸血鬼の生態も熟知しているものに限られる。

 

「少なくとも自警団で把握している吸血鬼の中にはいない。となると、手がかりは蒼だけか」

 

 起きた後、ショウから聞ければいいのだが。

 

「…………」

 

 無防備に寝てるのを見ると、イタズラしたくなってしまう。

 気づかれないのだから少しくらい……。

 

「失礼するわよ」

 

 ショウの口の中に指を入れて、内頬に二本の指の腹を這わせる。ショウは息苦しいのか咳き込む。でもやめてあげない。舌を指で挟んだり、歯肉を触ったりしながら自分の指にたっぷりとショウの体液をつける。

 そのうち指が重たくなり、頃合いを見て引き抜くと夕陽に照らされた指が艶めかしく煌めいていた。

 おいしく彩られた指を自分の口の中に含む。

 

「……甘い」

 

 味噌とか、食品由来じゃないショウの甘さ。

 蒼も、ハツカも、ずるいなぁ。

 

「間接キス、気づいてなかったなあ……」

 

 

 

 

「……理世?」

 

 身体を起こすと、ひらりと一枚の紙が宙を舞った。

 掴み取ると、『依ちゃん先生とも話をしておいたからもう帰っていいよ』と書かれていた。きっと僕が起きなくてわざわざ書き置きを残してくれたのだろう。

 寝ぼけた目を擦る。

 目の前には煎餅が一枚だけ残った皿がある。

 

「間接キスってやつだったな……」

 

 理世への想いがわからない。

 恋してるのはハツカだ。

 キスをしている蒼には感じなに何かが胸にある。

 

「なんなんだろうな……」

 

 紙をポケットにいれて、代わりにスマホを取り出した。

 そこには、理世でも蒼でもない、別の人物からのメッセージがあった。

 

 

『今日、遊びに行くわ』

 

 

 カオリからのメッセージだった。

 蒼と同じものしか感じない。

 必要なこと。

 愛してやろう。

 ただ、それだけだ。




よふかし二期終わっちゃった……どうか、三期を……
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