よふかしのあじ   作:フェイクライター

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ついに明日14巻の発売ですね!ワクワク


第八夜「堕としてみせろ」

 喉が満ちるときは、心が満ちる時だ。

 

「ぱぁ〜〜––––」

 

 吸血鬼が僕の首筋から口を離す。

 あまりの美味しさからか、その口許は緩んでしまっている。僕の血が美味しいのだろうと考えるのは、おそらく立ちくらみのせいだろう。

 見える彼女の唇には血がついていて、とてもイケナイ事をした気分になる。

 吸血鬼に食された後の僕は言葉に出来ない面映い感情を抱いたように、首を撫でながら顔を赤らめる。

 

「…………やらし」

「キミの首が刺激的で、血が美味しいのが悪い」

「喜んでいいのかわからない褒められ方だ……」

 

 でも、嬉しい。

 

「……?」

 

 うん、嬉しい。

 

「クンクン」

 

 脳に奔ったなにかは、吸血鬼の鼻を鳴らす音で離れていく。

 見れば僕の顔の横で吸血鬼が僕の臭いを嗅いでいる。

 

「……なにしてるの?」

「吸血鬼にはね、吸血鬼特有の匂いがあるんだ。だから、眷属になったらすぐ分かるんだけど–––––しないね」

「簡単に恋するなら悩まないよ」

「それもそうだね」

 

 にしても、吸血鬼になると体臭も変化するのか。

 変化すると言っても吸血鬼同士だからこそ気づける程度のことならば、人間社会に溶け込む分には問題はないだろう。

 

「クンクン……分からん」

 

 僕も試しに嗅いでみるがやっぱり分からない。

 

「はぁ……でも、良かったよ」

 

 吸血鬼は安心したようで、胸を撫で下ろすようにホッと息をする。

 この『でも』は、僕が吸血鬼になることを決めたことに対する安堵–––––しかし、

 

「そうだね。良かったよ……本当に良かった。こうも簡単に飲んでくれて。フフ……っ」

 

 安心した吸血鬼を見て、僕からナニかが生まれる。

 それは喜びから出てくるものだ。

 漏らす声は褒められて嬉しい感情と、都合の良い奇跡を手にした時のような感情の二つだろう。

 

 笑みを内に仕舞った僕は月明かりの舞台から降りていく。

 木々の中に入っていき暗闇に囚われた途端、僕の存在がぼやけたかような感覚に陥る。足持たぬ幽霊になったような不安がやってくるが、直ぐに目的の場所に辿り着いたことが分かると地に足がつく。

 見上げた場所にキラリとナニカが光った。

 ニヤッと口が歪むのが分かった。

 木の枝から下へ伸びるように固定されていたソレを回収して、吸血鬼の下に戻っていく。

 沢山血を吸われた後とは思えない程に軽やかな足取りは、まるで唄を口ずさんでいるのだと実感する。

 

「さて、どうかな……?」

 

 その手に握ったのはスマートフォン。録画状態になったカメラをオフに切り替える。

 ここまで言えば分かるだろう?

 僕はソレを再生する。

 眩い月光で照らされた光景。

 

「おっ、ちゃんと撮れてる」

 

 吸血鬼に近づくとそれはもう凄い顔だった。眼がいいから僕が何を持っていたのか分かったのだろう。

 嘘であって欲しい。酷く嫌な予感がした。心臓が喉にまで迫り上がってくる。

 意識しなくても吸血鬼の想いは手に取れるようだ。

 

「……なにを…………撮ったの?」

 

 吸血鬼は恐る恐る尋ねてくる。

 

「もちろん、貴女の吸血シーン」

 

 小さな画面に映されているのは、吸血鬼が僕の首筋に噛みつき血を吸う姿。それを丁寧に動画を再生してみせる。

 自分で撮っておいてなんだが、気恥ずかしいな。

 

「なんで!!?!?」

 

 数秒呆けていた吸血鬼の心から飛び出てきた文句はそれだった。

 当然であろう。

 吸血鬼が一番他人に見られてはいけないもの。

 自分達の存在を証明してしまう決定的な物。

 それを僕は手にした。

 なにより–––––

 

「さっきお礼がしたいって言ってたじゃない!」

「うん」

「僕を謀ったの!?」

「それはそれ、これはこれ。必要なことだ––––化かされてくれて助かったよ」

 

 ニヤリと嗤って、手で狐を作り『コンコン』と鳴かせてみせる。

 意識が俺状態の自分に戻っている。

 目の前にいる存在と正面切って話すなら、この状態が最適だ。

 

「まずもって考えてみろ。昨日、寝込みを襲って血を飲んできた相手になんの対策も講じないってバカの極みだぞ? いくら子供でも対策ぐらいするさ」

 

 ドッキリを仕掛けたのも––––半分は初めてやってみたかった想いもあるが––––吸血鬼がこの月光舞台に眼を奪われて、俺を認識できていないか確認する為だった。

 驚いたこの吸血鬼()の顔が見れてお得だったが。

 

「まっ……まあそうかもだけど……」

 

 吸血鬼は絶句している。

 

「だが、礼がしたかったのは本当だ。

 貴女のおかげで進むべき道が見えて、なすべきことが分かったんですから。その事については全くもって不純物となる意思は存在しない」

「……確かに」

 

 てっきりこの段階で飛びかかられるかと思っていたので、拍子抜けするら俺だが気になるのは吸血鬼の納得。

 

「信じるんだ」

「吸血鬼、だからね」

 

 妙に理解しているというか、知っているような。血を吸うと相手の意思が分かったりするのだろうか。

 それなら……ちょっと羨ましい。

 

「でも、解らないな。どうしてこんなことを?」

 

 吸血鬼が構える。

 それを見て反射的に俺はスマホを持った手を身体で庇うようにして背後に回す。

 

「キミは僕に殺されても仕方ない事をした。そして、ここで僕が君を殺せば全て帳消しになるんだよ。分かってるの?」

「勿論。でもね、それはオススメしないよ」

 

 不敵に嗤ってみせる。

 

「もうパソコンの方に転送し終えたし、数日間ログインしなかったら自動的にネットにばら撒かれる」

「……なっ」

「最近は便利だよね。時刻さえ設定すれば勝手に投稿してくれるんだもの」

 

 ハッタリではない。

 

「それに……これは保険だよ」

「保険––––?」

 

 この吸血している様子だけでは、動画のためのビックリ映像程度に思われて終わりだろう。それでも吸血鬼側からすれば、油断ならないはずだ。

 俺はその危機意識を利用する。

 

「そう、貴女を逃さないために」

「僕が逃げる……?」

 

 『ああ』と俺は頷く。

 

「昨日、俺は言ったよな。『俺は俺が決めた理屈で行動する』って––––吸血鬼になるのはいい、けどその理由が貴女によって示された……ただ生きたいか死ぬかで決めるのは嫌だ」

「それはわかっている」

 

 だろうな。

 だからこそ、この吸血鬼は他人との関係による束縛なんてない夜の世界に行くという理由を与えたのだ。

 自分自身が気づくような形で仕向けてきた。

 その事に気づいたのは胸を押された夜へと飛ばされる直前。

 けど、それでは駄目なのだ。

 

「そして、さっき貴女に言われて……考えて、気づいたんだ」

 

 俺は清々しい面で天を見上げる。

 

「この胸に宿る疑念を捨て去る糧を手にする事が出来れば、俺はもっと大きくなれる! 過去を超えた明日を手にする事ができる!

 そして!! その糧となる証明は俺の目の前にある!!」

 

 強い意志が宿った瞳をもって、吸血鬼に対峙する。

 

「人が吸血鬼になる方法は、人が吸血鬼に信頼()した時。

 ああ!! ならばしてみせよう! やってのけよう!!

 それが君を信じきった証ならば、俺は君と偽りなく歩みきってみせよう!! 信頼しきってやろう!! 本当に、それしかないのならば––––––」

 

 月に吼え、己の誓いを嘯いた。

 昂り、乱れ混ざり合う思念をそのままにスッと息を吐く。

 

「けれども、俺の未来は吸血鬼だけではないはずだ」

 

 俺の抱えている物からすれば、今を捨てて容易に吸血鬼になる選択を取った方がいい。

 害を知らないだけかもしれないが、それでも利の方が多いだろう。

 何より目に見えた結果が現れるのは魅力的だ。

 そう考えていた刻、

 

 信頼の証明はそれだけだろうか?

 

 ふと生まれた疑問。

 それを見出す為に、俺はまだ捨ててない。

 捨てる選択肢を持っていない。

 

 吸血鬼は問う。

 

「キミ、人として生きることも諦めてないね?」

 

「当然。俺の目的はあくまでこの気を許せない邪念を払い、信頼し切ること! それは恋慕ではなく、友情かその延長線かもしれない。でもそれでいい。俺からすれば、信頼しきることさえ達成できればもう問題ないんだ。

 俺が貴女を『ダチ』と呼べたなら」

 

 目的は信頼しきること–––––恋して吸血鬼化するというのはあくまでその目標(しるし)にすぎないのだ。

 成れたら得、その程度。

 俺が信頼出来たと、満足してしまえば吸血鬼になる必要がない。

 

「俺にはやるべきことがある」

 

 俺は()の眼の下、親友(理世)の眼を受け止めなければいけないのだから。

 それがいま、俺が果たすべき使命。

 

「それだけじゃない……俺は生きやすい夜を知った。その世界の住民である吸血鬼になることに利は多い。

 しかし、陽を手放す意味はない! 生きるならば宵も、陽も、味わい尽くす! それが出来るのは、人間だ」

 

 吸血鬼になってしまえば、陽を浴びれば死ぬかもしれない。生きれたとしても、昼間に身体を動かすのも億劫になり愉しむなんて出来やしないだろう。

 そんな無くす必要のないものを無くすのは愚の骨頂!!

 辛くても捨てたくない昼も、自由な夜もどちらも手にする!

 

「……吸血鬼にならずに、君が人を信じられるようになると思うかい? それに中途半端は身を滅ぼすよ」

 

 吸血鬼は更に問う。

 

「さあな。でもひとつ、貴女のお陰で思い出したことがある」

 

 どんなに辛いことがあっても、困難が待ち受けていたとしても。

 進むならば––––

 

「俺は、()()()()()()()()()()

 

 それが自分が成長する上でもっとも大切な事。

 人を信じようとするなら、まずここからだ。

 

「そう––––でもね」

 

 この吸血鬼が言うとしていることは––––

 

「だめ、なんだろう?」

「そうだ、吸血鬼にそれは許されない。僕らを知ってしまった人間(キミ)にも」

「だろうな。でなければ、わざわざ俺を殺すと脅しにこない」

 

 人間は人間と。

 吸血鬼は吸血鬼と。

 それがコイツらの世界だ。

 

「なら」

 

 だからこそ、こんな言葉があるんだろう––––

 

「そんな世界は忘れるに限る」

 

 そうだ、そんなつまらないルールがあるならば。

 

「俺が変えてやろう。そんな常識(ルール)

「無理さ、吸血鬼にとって人は餌か眷属。一時期は友達であったとしても、いずれはその二択を迫られる」

「いまは、だろ?」

 

 訝しむように吸血鬼は睨みつける。

 そんな鬼の手を、俺は取った。

 途端、吸血鬼が理解に苦しむような表情へと変わる。

 

「………?」

「今は吸血鬼と人間は友達では居続けられないならば、俺がその垣根を超えてみせよう」

 

 そう。理世に対する行動が陽の世界でやるべき事ならば、

 

「俺が吸血鬼(貴方)信頼()させてみせる」

 

 これが宵闇の中で俺が切り拓くべき道。

 

 その為にはまず大事なもの。

 制約が必要で。

 

「–––––ああ。そうか」

 

 吸血鬼がハッとした。

 この映像は、俺が吸血鬼に殺されないためのものではない。

 とても簡単なこと。

 俺と吸血鬼が向き合う上での大前提。

 

「僕が殺すという手段を取らないようにするための」

「そうだ」

 

 踏み出した一歩で、その呟きを俺は肯定する。

 

「これは俺からの挑戦状だ。これは俺から示す契約だ––––––吸血鬼」

 

 月明かりがより強くなった気がする。

 それは俺の気持ちの変化によるものだろうか。

 

「貴方は俺の命を握っている。俺は貴方の存在を握っている。これで対等だ」

「僕はいま君を殺さないし、君は今後僕から完全に逃げられなくなった」

「俺が貴方に堕ちず、貴方が俺に堕ちなかった時」

「それが君の死の刻」

 

 俺が目的を果たし人間として有り続けても、吸血鬼から信頼を得られなければこの証拠と共に死ぬ。

 この勝負を成り立たせる為には、人間で有り続ける意思を認めさせた上で殺されず、吸血鬼に俺を堕としに来させる必要があった。

 その為の保険。時間稼ぎ。

 

「フフ……ふふふっ………ハハハッ!! 自分の死をベットして将来投資!? なんて馬鹿げてるんだ君は!! フハハハァッ!」

 

 吸血鬼の腹から笑いが込み上げてくる。

 

「しかもその勝負が、まさか吸血鬼に恋勝負!? 

 そんなの–––––––

 

 

 

 

 

 

 

 僕が勝つに決まっている」

 

 俺が示す挑戦に、吸血鬼は獰猛な犬歯を見せて相対する。

 

【俺を夜の虜にし、夜だけに住まわせる】

 

 それが蠱惑的な吸血鬼の勝利条件。

 

 あまりにも無謀な戦いだ。

 人間には不利な戦いだ。

 だからこそ、湧いてくる。

 

「どうかな、俺も案外負けず嫌いでね。恋にやられっぱなしなのは気に食わない」

 

 負けるつもりも簡単に堕ちるつもりもない。

 

「最後に勝つのは、俺だ」

 

 これが俺の生きる道なのだ。

 そして、俺が初めて出来ないと考えたモノに、越えて行けるという願い(イメージ)が付与された最初の行動。

 

「いいよ。それが君が決めた覚悟なら。その契約、乗ってあげる–––––名前は?」

「吼月……吼月ショウ、人間だ」

「僕は蘿蔔ハツカ、吸血鬼」

 

 ここで初めて、俺たちは名乗りあった。

 

「さあハツカ様––––– 俺を夜に……貴方に堕としてみせろ」

 

 きっと、俺に信頼を魅せてくれたこの吸血鬼(ヒト)なら。




ひとまず、ナイトダイブ終了です。
次の日曜日ですが、お休みさせていただきます。

ここまでご清覧ありがとうございます!
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