今年も宜しくお願いします!
新年一発目なので慣らし運転です。
暗闇から意識が顔を出す。
「ふあぁ……ごほっごほっ」
開いた口から否応なく沢山の酸素が入ってくる。許容値を超えた量の空気に思わずむせて、咳き込んでしまう。
上下の瞼がゆっくりと動き、目が開く。相変わらず寝の起きの目はしょぼしょぼと視界を歪めていて、手でこすると多少はマトモなものになる。
「……どぉこぉ……ここぉ」
知らない天井を見上げている。久しぶりの出来事だが、何度も繰り返していれば、子供心に訴えるドキドキも無くなる。
にしても、本当にどこだろうか––––ふと考えた後に、思い出す。
「そういえばぁ……ハツカのベッドで気絶するまで食べられたんだっけ……」
ベッドから身体を出して起き上がる。凝り固まった関節をほぐすようにストレッチを行う。
ハツカはおいたをした僕に––––強く揉んだこと以外、悪いことではないはずだが––––お仕置きとして、今までより多くの血を飲んだ。
気絶するほど飲まれるって今更ながら大変なことである。けれども、そんなことでやられる訳がない、といえる頑丈な身体を持っているのが僕である。
まっ、それで倒れたまま朝を過ごしたわけだ……
「……いま何時なの」
腕時計を見る。
表示された時刻を見て分かったのは、すでに外は夜の帷を下ろしているということだ。
それはつまり、
「ニチアサ見過ごした。まぁ……録画あるしなんとかなるか」
焦る必要はない。
でも、今回犬塚回だったんだよなぁ……見たかったなぁ。
「……ハツカ、いない」
シーツを畳むも、そこに吸血鬼の姿はない。
「暖かい」
僕が寝転がっていた場所の隣を手で触れる。ほんのりと体温が残っていた。少し前までハツカがここで寝ていたのだろうか。
起こしてくれればいいのに。
「熱でいたか確認するの変態だよね」
その事実に耐えられなくなり、手を離して服で拭う。
思考を切り替えよう。
さて、どうしようかな。そう思って寝室のドアを見る。
「あっ」
ドアノブが独り手に傾いた。
「やあショウくん。起きたんだ」
寝室のドアが音もなく開くと、そこには昨日と同じくタオルを頭に被ったハツカが立っていた。
まだ少し濡れているのか、照明の光で黒髪が艶やかに輝いている。
「風呂はいってたのか?」
「そうそう、気持ちいいよ〜。なんだったら一緒に入る?」
「は!? なんでだよ!」
改めてその姿を認識すると、なんとなくいけないものを見てるように感じてしまう。昨日はあの眷属3人がいて、相変わらず綺麗だな、ぐらいにしか思っていなかったが風呂上がりという要素を自覚すると、なんかエロく思えてくる。
いつもより大きめの服だからか、窮屈感のないゆったりとしたシルエットなのに露出している量が全身で見ると変わらない。脚ばかり出ていた昨日と違い、手脚が共にバランスよく露出していて、余計に風呂上がりであるとその熱った身体が、脳に示してくる。
なにより紺色を主体に赤いストライプの寝巻きが似合っている。
やばい、他のことを考えよう。
「……拭こうか?」
なんで、他のことを考えた結果がこうなるんだ。いや、やりたかったのは事実なのだが。
心の中でため息をつく。
「ハマった?」
「当たらずも遠からず。ただ、従者ごっこが好きになったわけではないぞ」
ニヤリと口端を上げるハツカの言葉を否定する。
そう、決して服従関係が良いなと思ったわけではない。
そう、決して綺麗な髪を間近で見てみたいなどという事ではない。
「純粋にやってみたいなって」
「やっぱり好きになってるじゃん」
「好奇心と言って欲しいな」
親の髪を拭いたりするなどの事はやったこともない。
だから、興味があったのだ。
「ほら」
「あっ、とと……」
ホイっとタオルを投げ渡してくる。ふわりと宙を舞ってやってくるソレを抱くようにして受け止める。
そのタオルは濡れていて、数秒黙ってしまう。
「……良いのか?」
「良くなかったら渡さないでしょ」
「てっきり髪は命だから触らせないのかと」
「下手には、ね。僕の命令通りに動いてもらうよ」
「分かりましたよ、我が女王」
寝室の片隅に置かれていたスタンドミラーの前にあるチェアにハツカが座る。その後ろにタオルを持った俺が立つ。
「じゃあ、始めるよ」
「ああ」
俺はハツカの指示に従いながら髪の毛を乾かしていく。
「濡れてない面で僕の頭全体を包んで––––」
「……こんな感じか?」
「そうそう、いいよ。そのまま頭皮と髪の根本を押さえるようにして、優しく……優しくだよ」
「分かってる、分かってるよ。2回も言うな」
「そっちも2回言ってるよ」
両手で軽くタオルを押し込む。
濡れてる髪が一番弱い状態だから、下手に触るなとは理世に言われたことがある。アイツわざわざドライヤーを生徒会室に持ってきて髪を乾かしてたんだよな……。
「なんでこんなに念入りにやってるのさ?」
「モテるから」
「すっごい恋愛生物らしい理由」
「髪の毛って顔全体で見ても割合が多いでしょ。そこが整ってると印象良いんだよ。人の目も引けるしね、『綺麗な髪だね』って。君だって不衛生な人よりも綺麗な人といたいだろ?」
「確かに」
まずもって、不衛生なのは人としてあり得ないと思うが。
民族間での風習であったり、金銭面などの環境要因以外で身なりを整えないのは人と接触する上で無礼な事だ。
人と向かい合うならばやるべきではない。
「あとはそうだね。楽になるから、かな」
「というと?」
「寝起きに寝癖がつかなくなるし、元が整ってるとスタイリングする時の時間が短くなるんだ」
「へえ〜〜……それもあの大人女子に載ってたのかい?」
「あれも読んだの?」
キッとした目がコチラに向いた気がした。
現在俺からでは、ハツカの顔は
「うん。そ––––」
「皆まで言わなくて良いよ。女性はいつまでも心に子供がいるのさ」
「そうじゃないよ……」
いや、実際にそれも気になっていたけど。
「ショウ君はやったりしないの? 髪の毛、結構綺麗だけど」
「うんん……しないな。しなくても綺麗だし」
「自慢?」
「そっちから聞いておいてそれは酷い。まぁ、必要分はしてるよ。女性みたい……というか、気を遣ってる人ほど念入りではないけど」
にしても、ほんとこういったところはマメにやるんだな。
「ふふっ」
「なに?」
「いや、なんか良いな〜〜って」
「–––?」
ハツカの顔は見えないが、雰囲気で疑問符を頭に浮かべているのが分かる。
「吸血鬼だからそんなことしなくて良いって風に、胡座をかかずにしっかり積み上げてるのは好感持てるなって」
「吸血鬼だって努力はするさ」
「知ってる」
あの本棚を見れば分かるよ、とは言わずにいた。
––––まっ、そんな胡座をかくやつなら俺は落とせないからな。
元より俺はそんな奴は眼中に入れない。
得手不得手を自覚するのは大事だが、持っているポテンシャルの伸び代を突き詰めずに諦めで頭打ちにしているやつらは本当にイケナイ。なぜ、そんなことをしているのか分からない。
嫌いだからといって投げ出す人も愚かだ。
それを克服するための練習で、授業で、積み重ねなのに自分を磨くこともしないで、楽しくないからやらないは阿呆の極みだ。
出来なくて楽しくないのは当たり前だろうに。
「で……さっきの話に戻るけど」
「髪の話?」
「そうじゃない」
「僕が綺麗って話?」
「違う。その話はしてない」
ハツカの指示を再現しながら顔を上げる。
見つめるのは、目の前に置かれた姿見だ。
「…………」
そこに映る様子に思わず顔をしかめる。
「ああやっぱり気持ち悪い!」
「なにが?」
そこには俺だけが立っている。姿見にハツカの姿はないのだ。
「吸血鬼は鏡に映らないって本当なんだな……」
居るのに映らないという現象が、脳を混乱させている。
「ああ。確かにね〜、ほんといらない設定だよ」
「設定として書かれてるならクソみたいな仕様だな」
ハツカが姿見を足で指した。
映るのは浮いているタオルとそれを弄る俺だけで––––事情を知らない人が見れば怪現象に他ならない。
というか実在しているのに鏡に映らないのはどういう理屈なんだ?
そういうもの!ってことなのか?
「顔洗うときや化粧する時に顔を見れないの不便なんだよね」
「ああ〜……」
想像すると確かに不便だと感じ、同意し頷く。
「いつか始祖にでも問い詰めてみたいものだよ」
「始祖とかいるんだ?」
「いるんじゃない? って程度の話。この手の話題には付き物だよ」
「ホモ・ヴァンパイアの始まりか……あ、もしかしたら人間から枝分かれした突然変異種とかもありそう。どちらにしろ普通のホモ・サピエンスではないけど」
この手の想像はいつも心を沸き立てる。
子供心から純粋に、そして未知という事柄で面白い。
「て! 映らないの分かっててここに座ったの?」
「もちろん」
「……なんで?」
「僕が座りたいから以外にないでしょ。あ、次から指示は感覚でするから頑張ってね」
「……うぃ」
少々呆れながらタオルを構える。
根元を押さえた場所から、両手でタオルを持ちタオルで髪を挟んで水分を吸収していく。挟んだままタオルを動かすと傷つけてしまうとのことで、髪を挟んで水分吸収、緩めて移動、また髪を挟むの順で乾かしていく。
自分の身なりにしっかりと気を遣っているのを見て体験させてもらえると、かなり参考になるので助かる。
それに豆知識も教えてくれるのが個人的にはとても嬉しい。
例えば『髪の毛は死滅細胞で自己再生しないから、トリートメントで外から栄養を与える必要がある』などだ。
話し方が上手いからか、聞いているこっちが今度からやってみようかなと思うほどである。
髪に合う合わないで選んでいた所があるので、これからは気をつけて買ってみよう。
そうして、なるべく髪とタオルが擦り合わないように動かすが、それでも当たってしまうもので、ハツカの綺麗な黒髪が揺れる。
揺れるのに従ってふんわりと柔らかい優しい香りが鼻腔をくすぐる。
「っ……」
心地の良い香りに思わず頬を赤らめそうになるが、努めて平常心を保つ。同時にこういった事に対して感情が揺さぶられている事に驚く。
昨日の羞恥心とは違う、ある種興奮に近い感情が湧いてくる。
––––いかんいかん。
首を振って邪念をはらう。
「どうかしたの?」
「なんでもないさ」
これはハツカの努力によるもの。自分の邪な感情を発露させて穢すことはあってはならない。
「……」
しかし、やはり気にはなってしまうので。
「髪、綺麗だな」
タオルを置いて、櫛でといた髪がまた香りを広げる。
でも感情は落ち着いている。
「ふふっ、そうでしょ」
それと同じぐらい柔らかい口調でハツカはそう告げる。
まぁ、これを言うぐらいなら問題ないだろう。
気持ちを切り替えて、髪をほぐしていった––––
「うん、上出来」
「良かったぁ」
–––そうして、乾かした髪を撫でるように眺めたハツカは、ご満足の様子であった。
その言葉にホッと肩の力を抜く。
また粗相をしたって言われて血を吸われて気絶するのはまずい。金曜日や土曜日なら良いが、明日は学校、今日みたいに寝過ごすと大変だ。
「それじゃあ、ご褒美をあげないとね」
「は?」
「は? じゃないよ。ほら、何がしたい? なんでもしてあげるよ?」
「……」
えっと––––と口から困惑が漏れそうになる。
そういえば昨日『言いつけを守ったらご褒美を、破ったらお仕置きを』みたいなことを言っていた。
つまり、これはそういう––––
「これは俗に言う……あの、なんでも良いぞ案件?」
「さぁ? どうだろうね」
ニヤニヤと微笑むハツカ。
「そう……」
気をつけて素っ気なく返して、俺はハツカを眺める。
もしその通りなら、ハツカにマッサージさせるということも出来るわけである。女王様然とした態度の相手を雌伏させるのは、快感になる。それもこんな綺麗な相手で、しかも人外、上位種。
「……ゴク」
思わず生唾を呑み込む。
「なにして遊ぶ?」
ギロリと俺の顔を見てくる。それは面白そうで、愉悦に浸っているような顔。
「なら……」
しかし、ここで選択を間違えると相手の距離感がおかしな事になる。
本来、俺はハツカを信頼させ、信頼する関係にならなければいけないわけで、それを自分の欲望で遠のかせる訳にはいかない。
「まっ……」
堂々巡りの中で、俺が出した答えは–––––
「–––––美味しい飯屋を教えてくれ」
理性が勝った。
よくやったぞ俺自身よ。
なにより、ここまでなにも口にしなかった俺に感謝したい。
自覚すると空腹感が一気に襲ってくる。
うう、お腹すいた。
「……そっ、分かった」
ハツカは面白くなさそうに頷いて、立ち上がる。まるで水族館で目当ての魚が見れなかったような表情だ。
「やっぱりお前、俺の反応を見て楽しむつもりだっただろ」
「バレた?」
「やめてくれよ……ホント」
心臓に悪いんだから。
想像だけでも危険物だ。
「気を取り直して。今日も夜遊びを始めよう」
「おう」
そう言ってふたりで外へ出る準備をする。
ハツカ様に似合う服ってどんなのがあるだろう……
ファッション知識クソ雑魚なので、アイディアがある方は教えてくださると助かります。