「よく僕がいるって分かったね」
「いやあ。これだけ視線を集めていれば分かっちゃいますよ」
辺りを窺えば、周りの客が男女問わず僕を見ている。
吸血鬼は顔も振る舞いも良く、その場にいるだけで注目を集めてしまうのだ。耳を傾ければ、彼ら彼女らは僕のことを話題にあげている。
『すっごい本から飛び出したみたい』
『現実にあんな子が実在するんだな』
『一緒にいた子が妬ましい……!』
驚きと敬意に満ちた思いで溢れていた。
この視線は吸血鬼にとっては日常的なものだから忘れていた。改めて羨望に晒されるのは悪い気はしないと自覚する。
「お花屋さんのお手伝い?」
それを彼は肯定してから、言葉を紡ぐ。
「ええ。マスターさんに同級生が来てるよって言われたので中を見てみたら、会長とハツカさんが居て気になって」
「夕くんは偉いね」
ゲーム開始したあたりからマスターの姿が見えなくなっていたのは、夕くんと話していたからのようだ。
「ハツカさんにウチのこと話しましたか?」
「してないね。さっきちょうどマスターと夕くんの話になって、その流れで知ったんだ」
湧いた疑問に納得した夕くんだが、困惑の理由はそれではないようで視線が動いている。
その目が指ししめすのは化粧室。
彼が見ていたのは吼月くんのようだ。
これは吸血鬼の話になりそうだ。彼も
「どちらの話かな?」
僕はそう言って犬歯を僅かに見せるようにして、ソレを指先で叩くような仕草をする。
その意図を理解した夕くんも同じ仕草を返してくる。
「ちょっと外で話そうか。時間大丈夫?」
「え? はい」
スマホの時間を見て、問題ないと判断した彼を連れて席を立つ。できれば、吼月くんが戻ってくるまでに終わらせないと。
支払いを済ませて、吼月くんだけは残っていることを店員に伝えて僕は夕くんと共に店を出る。
そして、店の傍にこじんまりとある裏路地に入っていく。射し込む光は、通りに並ぶ街灯の心許ないモノだけ。
「ううっ、さむ。ハツカさんは寒くないんですか?」
「吸血鬼は気温の変化に強いからね」
「思えばキクさんも結構薄着だったな」
そんな路地に人気があるはずもなく、吹き抜ける気味の悪い風が夕くんの背筋を震わせた。
少ない光がより静かさと冷たさを引き立てる。
「一応確認なんですけど……さっきまで一緒にいた相手の名前って“吼月ショウ”だったりしますか?」
「苗字が吼える月なら同じ子だね。会長って?」
「吼月さんはウチの学校の生徒会長なのでそう呼んでるですよ」
吼月くんが生徒会長ね。
驚いたというよりは、彼の性格からすれば教師に頼まれたりでもしたのだろうかと勘繰ってしまう。
「本当に会長なんだ」
納得していない。
それよりも、今まで見ていたものが嘘だったのかと言わんばかりに当惑しているように見える。
「彼がここにいることがそんな驚き?」
「脳が坂を勢いよく転げ落ちるぐらいですよ」
「そこまでなの?」
「多分、コウが見ても同じこと言いますよ。学校での会長のイメージとあまりにかけ離れてたら」
彼の声色からして本当に違うようだが、そこまで変化するものなのだろうか。
「それより! ーーーっ」
身体を僕へと突き出して顔が寄せた彼に微笑みかけると、頬を赤らめてすぐに引き戻す。子供らしい可愛い照れ顔が距離を取る。
「照れた? キクちゃんが知ったら嫉妬に狂っちゃうよ〜」
「や、やめてくださいよ! 俺はキクさん以外には靡かないんですから!!」
「だったらもっと毅然としてなよ!」
「–––、ほっっとに!」
心を落ち着かせるように目を閉じてから、夕くんは話し始める。
「会長は吸血鬼のこと知ってるんですか?」
「知ってるよ」
「コウの事もそうだけど、俺たちの周りには吸血鬼が多すぎる気がする」
「ここまで吸血鬼と絡んでる友人関係は滅多にないけどね」
人間《夜守コウ》は吸血鬼《七草ナズナ》と。
人間《夕マヒル》は吸血鬼《星見キク》と。
友人同士が同時期に吸血鬼になろうとしていることはそう見られることではない。しかも、七草ナズナも星見キクも
方や他の吸血鬼と関わりを持たず、眷属を作ることがなかった七草ナズナ。
方やより多くの眷属を作りながらも、その行動と不透明な考え方から吸血鬼の輪を乱していた星見キク。
このふたりの眷属が、同タイミングで生まれようとしている。何か奇妙な縁が働いているかのようだ。
そして、僕にも不思議な結びが繋がった男がひとり。
「……」
「会長も吸血鬼になってるんですよね」
「なるよ。してみせるよ」
吸血鬼になる気がないとしても、彼にはそれ以外の道はない。
「あれ?」
「ハツカさん?」
「え?」
少し顔が強張ってしまった。こちらを心配するような瞳で夕くんが僕の顔を覗き込んでいた。
夕くんは吼月くんが吸血鬼になってるって言ったのか?
「……ああ、ごめんね。そうだ、夕くん」
「なんですか?」
「ショウくんを吸血鬼にしてあげたいと僕は思っているんだけど、どうしても彼のことを知らなさすぎてね。少しでも良いんだ。君が知ってるショウくんのことを僕に教えて欲しい」
吼月くんと夕くんは関わりは薄いという言質はある。しかし、ないよりはあった方が今後の役に立つ。
「良いですよ」
夕くんは考え込んだあとに『俺が知っているだけでよければ。その後でいいので俺の相談にも乗ってほしいです』と言った。
そうして、彼は語り出した。
☆
「ふぅ、なんとか目処は立ちそうだな。ん?」
首を傾げながら戻ると、カウンターに座っているはずのハツカの姿はなかった。彼が座っていた場所からグラスも片付けられている。
「はぁ?」
瞬きを繰り返し、現実であることを理解する。
ハツカのフリーダムさは数日で体験しまくっているわけだが、流石にこれは。
「これはないだろ」
いきなり消えていなくなるなんて。
ラインを交換してないからといって、せめて書き置きぐらいしてほしい。
てか、なんで居なくなっているんだ。
「ハッまさか––––っ!? 女性トイレに…っ!」
「坊や。蘿蔔ちゃんなら少し前に出て行っちゃったよ」
バッ!と背後を見た俺に、厨房から出てきたマスターがキッパリと否定した。
「……よかった」
「よかったの?」
「あっいえ。こちらの話です」
ジェンダーフリーを言い訳に、女性トイレに突っ込んでいるなら流石に警察に突き出すところだった。そこまで突飛な奴ではないよな。癖はぶっ飛んでいるけど。
席に座り直すと、マスターが俺の目の前にチキンステーキと白米を置いた。
「おお……!」
鉄板の上で蒸気を立ち昇らせながら、タレと油の弾ける音が食欲を唆る。皮目のパリッと焼かれた鶏肉の香ばしい色も目を楽しませてくれる。なにより、副菜として乗っているコーン、ブロッコリー、ニンジンがより皿を鮮やかにしてくれる。
早速、肉から口へ頬張る。音を立てて皮が破ける。
「肉汁うまっ噛みごたえめちゃ良い」
「君みたいに美味しく食べてくれるのは嬉しいよ」
「ほんと美味いです。凄いな……」
口角を歪めながら食べ進めていく俺をマスターは心底嬉しそうに見ているような素振りをする。なに考えてるんだこの人。
「他の接客は大丈夫ですか?」
「暫くしたら予約で来る客でちょっと面倒になるけど、新しい客もいないし今は落ち着いているから」
ふむ。店内にいる人の数はそう多くはない。
夜の店は人は少ないがひとりが頼む量が多いか、質が良い分多く取ってるから利益として回っているのだろうか。
「これだけ美味しいのに千円いかないの安いですよね」
「そう! ウチはリーズナブルも売りなのよ!」
見合った価値をつけるべきだと思うが、札を使うか使わないかだとやはり手を出せる難易度は変わってくるもんな。
これが商売の悲しい性か。
そうして食べている内にどんどんと他の客が減っていく。
「ここって閉店何時でしたっけ」
「午前1時だね。ちょうどこの時間帯は第二ウェーブ終了で、人が少なくなるんだ」
そういうことか。
人が減るに伴って周りからの視線も薄まり料理も食べやすくなる。
「なぁ坊や」
「あ、マスター。それだと分かりづらいので、吼月でお願いします」
「気軽に教えてくれるね」
「こんな美味しい物を出してくれるんですから、金額に上乗せということで」
これなら相手も喋りやすいだろう。
「吼月くんは、蘿蔔ちゃんとはどういう関係なんだい?」
「いきなり聞きますね」
「ははっ、気になっちゃったからね」
「仕方ないやつですね」
答えるがどう言うのが正解だろうか。
こうして関係を聞いてくるあたり、ハツカが吸血鬼なのは知らない可能性が高い。知っていれば『ああ、新しい眷属か』となるぐらいだ。ハツカと宇津木が車内での話を聞く限り、七草と名乗る吸血鬼が俺と同じぐらいの子供を眷属か眷属候補にしているようだから、歳として俺が特例という訳ではないだろう。
それに知っていれば、吸血鬼側だということを小声ででも伝えてくるだろう。
なら、吸血鬼のことは触れずに一番偽りのない答えを出さなければならない。
「ハツカと俺は、恩人以上友達未満ですね」
「恋人じゃないんだ」
「なぜそう思ったのか俺は大変気になります」
「ハハハッ、遊んでた時とか普通にカップルみたいに仲が良かったから」
「……? え? カップルってアレですよね。恋してる者同士のアレですよね?」
「それしかないよ」
そんな風に見られてたのか?
カップルみたいに思われていたということは、そう見せるほどに充実していたということか?
「それに吼月くんみたいな子供が、こんな時間に家族でもない歳上の女性と一緒にいる。そんな理由は恋してるからとしか考えられなくて」
––––嘘くせぇ。
恐らく今日一番俺が俺を信じれた感情だ。不信感が一番信じられるとはなんとも情けない話だが。
だが、この不信感はなんだ?
拒絶感はある。いつものアレだよな。マスターの言動が信じられないだけだ。
いや、もしかしたら本当に恋をしていて負けを認めたくなくてわざとこんな反応をしているのか?
「どうしたんだい?」
「い、いえ。お構いなく、はしゃぎすぎた俺が悪いんです」
眉間を摘み、考えを整える。
あんなカッコつけて堕ちない宣言して、数日で恋しましたとか洒落にならないぞ。
気分を変えるために肉を口へと入れる。
美味しい。
うん、そこまで気は落ちていないぞ。
「ご馳走様でした」
「お粗末様。そっかあ、恋人じゃないのか」
否定されたマスターはどこか納得した表情で、それでも腑に落ちない感情を宿した目をしている。
「吼月くんさ。なんで蘿蔔ちゃんのこと追わないの?」
予想外だった。
「戻ってきたらいきなり姿を消して、店を出て行ったなんて言われたら普通怒るよね。恋人だとしても、友達だとしても。恩人だったとしても」
「なんです? 感情相談?」
なぜわざわざその事をマスターが気にするのかは理解できないが、側から見てもハツカの行動が非常識なのはそうだ。
恋人のように見えていたとなれば、それこそ相手を置いてどこかへ消えた非情な彼女に映る。しかし、マスターは目の前の出来事を、そのまま受け止めているのだろうか。
「キョトンとしているね? てっきり傷ついてるかと思ったけど」
「なんでです?」
「いや、ええぇ?」
『そっちこそ何故気付かないんだ』と言いたげな顔のまま、眼があたりに右往左往する。
––––そういうことね。
戻ってきてからの異様な視線は哀れみか。
それならマスターみたいに声をかけたりしてくれた方が、余程意味があるだろうに。
「ハツカが俺をここに連れてきたのは、あくまでご褒美です」
「ご、ご褒美ィ?」
「ええ。手伝いをちゃんとできたご褒美、とでも思ってください。そこで俺は『美味しい飯屋を教えてくれ』と頼み、ハツカはここまで連れてきてくれた。そして実際に美味しかった。
ならこれ以上、こちらがアイツを縛れる道理はないですよ」
「子供なのにサッパリとした考え方だね」
「まぁでも、最初見た時は『うわぁ〜マジか〜』って思いましたけどね。伝言ぐらい欲しかったなって。まぁ、店員に伝えてくれてたので問題ないですし。
アイツにやりたいことが出来たんですよ」
「……それがもし他の男と遊ぶためでも?」
「他の人と遊びに行ったんですか」
「あっ、いやぁ……」
なるほど。尚更納得だ。
「ハツカってここでもモテてます?」
「え…? まぁ、そりゃ可愛いし愛想もいいし」
「恋に堕ちてるレベルで?」
「それは……そうだね」
「もしかしてマスターも堕ちてたり?」
「………」
口を止めて他の作業を始めるマスター。
図星なのかな?
「ハツカが連れ出した相手は?」
「どうだろ。彼は一目惚れって感じではなかったけど。知り合いというか」
「なら大丈夫ですよ」
居なくなっていた訳が分かった。普通の世間話なら俺とは逆側の席に相手を座らせればいい。
そうしなかったのは常連蘿蔔ハツカではなく、吸血鬼蘿蔔ハツカとして話があったからだ。
吸血鬼同士で俺を堕とす相談をしているのか、ただ人の血を吸いにいったのかは分からないが、それだけのことだ。
––––他の人の血を吸うとなると、今日は吸ってもらえないか。
そして、ハツカはここに戻ってくるか外で待っているかのどちらかになるだろう。そしてハツカは不意なことがない限りは義理で動いてくれる。ならば、彼のとる行動は前者になる。
ならばどっしりと構えておこう。
俺はハツカを吸血鬼と知っている理解者だからな。
「本当に?」
「…………えぇ。俺はそんな関係じゃないので」
ハッキリ返せ、俺。
これではハツカは変に疑われたままだぞ。
「吼月くんはさ。蘿蔔ちゃんとどういう関係でいたいの? なりたいの?」
ほら、俺が未練あるように思われてしまった。
「なんですか藪から棒に」
「ごめんね。個人的に聞きたいんだ。別に蘿蔔ちゃんがどうこうじゃなくて君の率直な心を聞きたいんだ」
なりたい関係?
そんなもの決まっている。
「ダチです」
そう断言する。
「つまり、それは友達?」
「ダチはダチです。心で通わせた揺らぎのない信頼。それがダチです」
「素直に友達じゃダメなの?」
「誤解を恐れずいえば
友達なんて事ものはいくらでも生み出せる。やり方を変えれば友達と定義する事だってできる。
しかし、ダチは違う。
この定義から外れることはない。
「俺はハツカを信頼しきりたい。そしてアイツにも俺を信頼しきってほしい。そのためだったらなんだってします」
その為に待つ必要があるなら、やって当たり前のことだ。
俺とハツカには縛りがある。それがある限りアイツは逃げやしない。
「あ、すみません。初対面の人から、いきなりこんなこと言われても意味わかんないですよね」
「……いや熱意は伝わったよ」
戸惑いながらも、俺の意思を呑み込もうとするマスターには、誠実さを感じられる。
「なら次はこちらですね」
「え?」
「交互に問答してるんですから、こちらにはまだ一回質問権がありますよね」
「そういうことだったっけ……?」
「その方が区切りがつけやすいですから。最後の一回」
マスターは観念して俺を見る。
「マスターとハツカはそれなりに付き合いがあるんですよね
「ああ、そうだな。数年ぐらいは」
「そんな貴方は、ハツカが本当に俺を置いていったと考えてますか?」
「思わないから聞いたんだよ」
そうか、なら答えられるか?
「それは信頼ですか? 信用ではなく」
「うん」
マスターが俺の瞳をじっと見つめる。止まった時計の針のように動かない。
「でしたら、教えてください。マスターの信頼のあり方を」
先人の知恵は何より俺を満たすものになる。
「親切な人生の先輩に教えてもらいたい。俺を助けて」
頼られるのが嬉しかったのか、マスターは頬を指でぽりぽりとかきながら、『分かった』と口にした。
さあ、語れ。お前の信頼を。
☆
「ありがとう、
「いえいえ。俺のほうが相談に乗ってもらってましたし」
「仕方ないよ。君のことは、僕も気にかけてるからいつでも話においで」
「ハツカさんは男ですもんね。外見で忘れかけちゃうけど……」
「だから君とも他の
夕くんとの話で、少しは吼月くんについて知ることができた。
しかし、対価として時間がかなりかかってしまった。
「それで、さっきの言葉を言えば吼月くんは喜ぶんだよね?」
「た、多分」
「よく意味がわからない……いや、分かるけど、これで喜ぶ意味がわからない。それに、んんーーー」
なんか嫌だ。
なぜ吼月くんがフッた相手との言葉を使わないといけないんだ。
「会長、本当に理世さんと付き合ってなかったんですね……」
「ショウくんとその……倉賀野理世? は仲がいいの?」
「周りが告白を諦めるぐらいには。理世さんはいつも会長と一緒にいますし、会長は会長で気を許してますし。あと、あの二人だけだと独特の雰囲気が」
僕といるのにその子のことを考えるぐらいだから、周りから恋してるのではと思われても不思議ではないか。
「ハツカさんはこれから会長の血を吸うんですよね」
「まぁね。彼の血は絶品だから」
「いいなぁ」
夕くんは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「まだ吸ってもらえないんだ」
「……はい」
「キクちゃんも変わってるからなぁ」
苛立ちを隠せないのだ。
吸血鬼である星見キクのことが好きなのに、一度も血を吸ってもらえないことに焦燥感を抱いているから。
「そう焦っちゃいけないよ」
「分かってます」
「いいや、君は分かってない」
僕はそう強く言うと、彼がビクリと跳ねる。
「教えておくけど、キクちゃんは今まで吸血鬼である事を明かした相手は君以外にいない。伝えたうえで君のそばにいるということは、キクちゃんにとって夕くんが《特別な存在》であることの証拠なんだ」
「特別……」
瞳が正気の籠ったものに変わる。
「俺はキクさんにとっての特別–––!」
「じっくりと構えておけばいいよ。君は夜守くんたちと違って、無期限でキクちゃんの眷属になれるようなものなんだから」
「はい!」
名の通り、真昼の太陽のように晴れやかな笑顔で彼は礼をする。
「また何か分かったら連絡しますね!」
「お願いね」
自転車に乗って去っていった。通りには誰もおらず、好きな人と会う為に夕くんは勢いよく走る。
僕は彼の背を見送ったあと、『CLEAR』店内へ戻ろうとノブに手をかける。
時間をかけすぎた。
他の男を連れてこれだけ席を空けたのだ。彼はどんな風に思っているだろうか。
連れ出した男へ嫉妬を向けるのか。
それとも自分に対する無力さを感じるのか。
僕に対する感情を無くしてしまうのか。
何があったとしても、彼が僕から逃げることはしない。
鈴が鳴り、店内に踏み込む。
「おっ」
鈴の音に遅れて声が耳に通る。
目の前で支払いを済ませようとしている吼月くんがこちらを見た。
「どこいってたんだよ」
「ちょっと裏路地にね」
微笑むと、彼もなにも気にする事なく笑みを返した。
特に驚いた様子もなく。
そうなるだろうなと分かっていたような顔で。
「マスター、また今度」
「頑張れよ!」
吼月くんはマスターに手を振ると、僕と一緒に店を出る。
「なんか仲良くなってる?」
「さぁ? 好悪されることすらないでしょ」
二言三言、口を交わすと、扉の前で向かい合う。
沈黙が場を支配する。
「なにも聞かないの?」
それを破るのは僕だ。
「普通、自分と一緒に来た相手が別の男と店を出て行ったら思うことがあるでしょ?」
「そうらしいな」
彼は『でも、俺はハツカが吸血鬼だって知ってるから』と僕が人を連れ出した事を否定しない。普通の人間だったら怒るか、メンヘラな態度になるのに。
「現にこうして迎えに戻ってきた。俺から言えることはないよ」
憂鬱な瞳が揺れ動く。
彼の手が首筋を撫でている。
「そこの裏路地で食事は済ませたのか?」
吼月くんが、はにかみながら僕の食欲を尋ねる。
僕は不敵に笑いながら彼へと歩み寄る。
「ふふっ、もちろん––––」
–––––まだだよ。
「っ」
耳元での呟きが脳を震わせたのか、ゾクッ身体が脈打つのが分かる。
掴んだ彼の身体から熱が伝わる。
そのまま彼を裏路地に引き摺り込む。
心臓が大きく跳ねた。
☆
薄暗い裏路地に追い立てられ、店の外壁に背中を預ける。
「そっか」
ほっと胸を撫で下ろす。
ハツカの咥内でチラつく牙が光を返す。その牙の存在に胸が高鳴る。
「他の血を飲んでたとしても、必ず飲むさ」
首筋を舐め上げて、鋭利な牙を剥く。
そして、彼が意外な言葉を口にする––––
「だって、君は僕にとっての
偶々、彼の頭に浮かんだモノだったのか。
実際に一番身体に馴染むから称したのかはわからない。
理由はわからないけど。
「あああんんんんんッッ」
もし、それが俺を見ようとしてくれた結果なら、嬉しい。
☆
困惑、驚き、焦り。様々な感情が身体の中で渦を巻く。彼の血の味はやはり絶品で、なにより幸せの感情は僕の脳を蕩した。
彼の幸福が伝わると、夕くんから聞いてよかったと思った。
口から溢れ、滴る血も舌で舐める。
ああ、美味しい。
この僕だけが味わう快感に酔いしれる。