よふかしのあじ   作:フェイクライター

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第十九夜 メイカー

 現在進行形で、園田 仁湖()は夜空を翔る星になっていた。

 

「なんなのおおおおおおおおお!?!?」

 

 夜空を舞う私の声が轟いた。

 きっと街中に響いたに違いない。それぐらいの大声を出した。

 え?

 なに? なにが起こったの?

 鬼さんと夜景を見に来たら……投げ捨てられた?

 

「死ぬッ!?」

「死なない」

 

 ふわりと、身体が浮力を得た。

 伸ばした手に再び暖かさが伝わってくる。

 

「大丈夫。この世は不思議だらけだ」

 

 私と鬼さんは空に浮いていた。何秒、何分か分からないがそれだけの長い時間、わたしたちは空を飛ぶ。

 

 人の常識から外れたこの状況に私の脳は追いつかない。

 

 大人を片腕で投げ飛ばす腕力ってなに?

 つまり鬼さんは本当に鬼なの?

 

 溢れる疑問を知らずに、その主である鬼さんは両手で私を抱えて夜空を見上げ叫んだ。

 

「見たまえ! この星空を!!」

 

 眼が有無を言わさずその光景を映す。

 それを見上げて、息を呑む。瞬間、胸の中から死への恐怖が吹き飛んだ。圧倒的な星空が広がっていた。

 空に遍く星々の光は余りにも真っ直ぐで、澄み切っていて、途方もなく美しくて、たちまち私はなにも言えなくなった。

 知らない世界が目の前にあるようだ。気圧されて、頭がくらくらする。澱んだ空なんて存在しなかった。

 

「凄い」

 

 思考が鈍るほどの絶景にそう漏らすしか私には無かった。

 ゆっくりと私たちは地上へ落ちて行く。

 

「ふぃ〜」

「……」

 

 着地したとき衝撃はなかった。

 しかし、あまりの出来事に鬼さんの顔を見て呆然としてしまう。

 

「どうだった?」

 

 死ぬと思った。

 けど、それ以上に綺麗だった。

 

「手荒だけど、これが一番貴女に見て欲しかった光景だから」

 

 鬼さんは後悔はしていないといった感じに笑う。

 

「もうちょっと心配してよ!? 腰抜けたよ……」

「あはは、ごめんごめん」

 

 しかし、私は彼が魅せてくれた景色には満足した。

 迷わない。それだけは間違いないから。

 

「でもこんなに夜空が綺麗に見えたのは初めて」

「そっか。良かったあ」

 

 鬼さんはホッと胸を撫で下ろす。

 

「僕もあの景色は大好きなので」

 

 彼の視線は月へ向かっている。

 そっか。本当に好きな物なんだ。

 

「もう一回。お願いできる?」

 

 私の望みに彼は笑って頷いた。

 

「もう一度だけですよ」

 

 高台まで勢いよく跳ねて戻って行く。

 明日からどうしようとか、もう仕事無くなっちゃうのかなとか。そんな気持ちなんて消し去るほど、私は夜を楽しみたい。

 でも、不安は片隅に残っていた。私を絡め取ろうとする恐怖はまだある。

 

「夢から覚めても、また逢えるかな」

 

 瞼を閉じて次の瞬間、ベンチで寝ていたりしたら、悪夢は続いたままなんだから。

 そんな私の心を読み取ったのか、彼は私の手を取って握る。

 

「君が望めば、僕はそこにいる」

 

 変わらぬ微笑で私を見つめて。

 

「僕は君の心の中にいるのだから」

 

 再び、高台から飛び立った。

 高く、高く。もっと高く、空へ舞い上がる。

 今日の最後の景色は満天の星空。

 私の中から不安は消えた。

 視界は暗転し続ける。彼が見せてくれた景色は、過去一番良い眠り心地を与えてくれた。

 

「夜で逢いましょう」

 

 

 

–––––そして、しばらく時間が経ち。

 

 

 

 

 目を開けると、そこにあったのはコテージの天井だった。

 私は白いふかふかのベッドの上で寝ていたのだ。シーツを払いのけて起き上がり、辺りを見渡す。

 

「夢じゃない」

 

 その事実に私は頬を緩ませる。

 今日もあの鬼さんに会えるかもしれないと思うと、とてつもなく嬉しかった。

 しかし、コテージの中を歩いてみても誰もいない。

 代わりに作り置きされた手料理と、綺麗に畳まれた服。

 そして、一枚の手紙。

『お嬢さん。昨日の夢はいかがだったでしょうか––––』と始まる内容。

 

「……」

 

 私はその手紙を鞄の中にしまうと、着替え出す。

 急いで、コテージの外に出る。

 

「いい天気」

 

 降り注ぐ太陽の光を手庇を作って防ぐ。

 見るとコテージのすぐそばに、一台のタクシーが停まっていた。そのタクシーに乗り込んで、行き先を伝える。

 するとタクシーは迷わず発進する。

 数十分後、目的地である私の会社に到着した。

 

「っ……」

 

 昨日のことがある手前入りづらかったが、心配ないと力強くドアノブを捻った。

 直後、物凄い視線を感じた。

 ウザい上司、人を駒のように使う同僚、多分昨日私がいかなかったせいで割を喰らったであろう後輩。

 たじろぎそうになるが、深く呼吸をしていつもの席へ。

 心配することなんてない。

 

「園田ァ–––––!!」

 

 私の行手をクソ上司が塞ぐ。

 青筋を立てて、ギチギチと歯を鳴らす。

 

「よくも私のことをコケにしたな! お前はクビだ!!」

 

 威勢良く息巻く上司が腕を振り上げた。

 

「ッ」

 

『もし僕を信頼し切ることができたら、会社に行ってみてください』と手紙には書かれていた。

 だから私は安心してここに来た。

 不安なんて無かった。だって《鬼さん》はいるのだから、信頼できる。

 振り上げた掌を、上司が振り下ろす。

 その瞬間、ガシッと音がした。私と上司の間に伸びてくる腕。

 

「誰だ!!」

 

 上司の腕を掴んだのは。

 

「…………誰?」

 

 誰も知らない黒いスーツの男だった。

 その男は淡々と自身の立場を告げた。

 

「労働基準監督署です」

「労基ッ––––!?」

 

 

 なんで?

 

 

 

 

仁湖(にこ)様。これからの御成長、期待しております」

 

 軽快な金属音が手元で鳴った。

 頭上を越えてコインが舞い、夜の街に銀色の硬貨が煌めいた。速力を失って、目の前に落下してくる。

 硬貨を掴み取って、最後の文を紡ぐ。

 

「月の狐より」

 

 ズボンのポケットに入れていたスマホが震える。僕はスマホを取りだして、画面を見てみるとそこには《春樹(はるき)さん》の文字。

 俺は、春樹さんがかけてくるんだと思いながら電話に出る。

 

「吼月です」

『お久しぶり吼月くん』

 

 電話の奥から聴き慣れた男性の声が聞こえた。声からは疲弊しているのが伺える。恐らくはここ最近、仕事に忙殺されていたのだろう。

 

「お久しぶりです春樹さん。えっと……以前にお会いしたのは俺が名古屋で顔を見せに行った時でしたっけ?」

『そうそう、あの時のお土産美味しかったよ。それでごめんね。夜遅くに電話して』

「いいですよ。ちょうど起きてたので」

『夜更かし? いつも21時には寝る健康体質だったのに。夜遊びでもしているのかい?』

「夜遊び……そうですね」

『へえ––––吼月君が。良いことがあったんだね』

 

 冗談まじりに聞いてくる春樹さん。

 俺がそれを認めると、春樹さんは夜遊びを否定することなく、ほどほどにねと釘を刺してくれた。

 一呼吸置いて、春樹さんが話題を変える。

 

『今回の件。うまくいったよ。君が持ってきてくれた音声が決め手になった』

「当然でしょうね」

 

 音声。仁湖さんとその上司の電話のことだ。

 

『話によると朝も暴力振るおうとしたらしいよ』

 

「仁湖さんにですか?」と尋ねた。

 春樹さんは確認するように呟いた。

 

『園田仁湖。そうだね。見計らうように現場入りした労基署の人に止められたそうだけど』

「良かった」

 

 仁湖さんに危害が及ばなくてホッとする。

 

『そのまま神崎さんたちも会社に来て、上の人たちのキチンとお話しして今日だけで大方の事は決まったそうだ』

 

 春樹さんの言う《神崎》というのは弁護士だ。

 労基署の立ち会いもあったことで、他の違反について浮き彫りになるだろうとのこと。その際は、他の労働者とも話をして、会社へ訴えを起こしていくつもりだと神崎は口にしていたそうだ。

 

「ひとまず区切りはついたんですね。……なら、神崎先生が直接連絡してこればいいのに」

 

 俺はてっきり神崎から電話が来るものだと思っていた。以前、バーにいた時に電話をかけてきたのも神崎だった。

 

『神崎さんは君に会いたがってたよ。今度顔見せに行ったら?』

「時間があったら行きますね」

 

 こっちからしたら会う必要なんて全くないのだが。仕事に専念して、今回の件を完全に片付けてほしい。

 

「USBは名古屋の方の事務所に送ればいいですか?」

「いや東京の方でいいよ。塁も来週まではそっちにいるから」

「そうでしたか。では、数日の内に届けますね」

 

 それでは、と俺たちは通信を終えた。

 夜空を見上げる。今日は一段と星々が輝いて見える。大きく明るい月は、俺の心の充足感に等しかった。

 当然だ。俺は信頼の印となるモノを目撃したのだから。

 俺の想いを正しく表す月に影が差し込む。

 

「調子はどうだい」

「ああ、心地いいよ」

 

 俺の後ろにハツカがスタっと降り立つ。

 

「成功したの?」

 

 俺は頷いて、結果を示す。

 仁湖さん、キミのおかげで俺は見つけたよ。

 ハツカを眺めて、高台での会話を思い出す。

 

 

 

 

「俺をマネキンにしたいって言ったよな。いいぞ。ハツカのマネキンして欲しい」

「さっきは嫌がってたのに突然どうしたの?」

 

 ハツカは訝しみ、冷ややかな眼で俺を捉える。格闘–––もといじゃれあい–––をしながら拒否したことを『やってほしい』と告げているのだから。

 

「頼まれごとがあってな。だから服を選んで欲しい」

「う〜……ん。なんで?」

「だってハツカに頼めば俺に似合う服選んでくれそうだし」

「そこはいい。僕が聞いてるのは、どんな頼み事でそうなってるのかってこと」

 

 俺は腑に落ちて数回首を振った。

 てっきり欲求のままに、手をつけてくれると思っていた。『僕がしたいから良いよ』ってぐらいには軽く手伝ってくれると。

 

「都雉って生徒が学校でどんよりしていてな。声をかけたら、親が会社のことで困ってるそうで、原因は働いてる会社がめちゃブラック企業で心が潰れかけてるからでした」

「君に背負えることじゃないよね?」

「そこで知り合いの弁護士を紹介した。相談だけなら無料だったし。そしたら、会社を訴える方向で話が進んで……結果、その証拠集めのために協力することになった」

「厄介ごとってそういう」

 

 冷ややかな目に合わさって口元が歪む。ハツカが俺を見て冷笑する。よくやるよホントって感じで呆れているのか、また別なのか。

 

「厄介ごとは別だよ。で、タイムカードや業務内容については親が抑えたそうなんだけど、もう一押し欲しいとのこと。

 そこで都雉の同僚である《園田仁湖》と接触する必要が出てきたんだ。上司が色目を使っていて、セクハラパワハラを受けているのがその人らしい」

「……? だったら直接その人に言って協力して貰えば」

「問題がそこだ。園田仁湖は人当たりはいいのだが、気質的にイエスマンで反論できないタイプ。都雉からすれば、相談したらこの話が広まっていくのでは?という懸念の方が勝ったらしい」

 

 考えすぎな気もするが、クライアントの意向なら仕方ない。

 なんともくだらない話だ。今回の件では救う対象にもなる園田は、逆にその被害を受けている状況故に信用されないとは。

 

「そこで園田仁湖に伝えず、上司と電話してもらいその命令を断ってもらう」

 

 懐から俺は緑と黒でデザインされたUSBメモリを取り出して、彼に見せる。

 

「この中には特製のアプリがあってね。挿せば自動的にアプリがインストールされ、双方の会話を録音できるんだ。これを使ってデータを抜き取る」

「それがあっても電話が来た時にアプリを起動できなかったら意味がない」

「そう! そうだよ! そこが今回の難所なんだ。弁護士たちも無理だろって言ってたよ。話もせずにそんな怪しげなアプリを使ってもらうなんて」

 

 ハツカはこの作戦の不可点を突いて、バッサリと切り捨てる。

 いくら信じられないとはいえ、相談してしまった方が簡単だ。利害だって一致するのだから。

 

「でも俺は知っている」

 

 ハツカに向かって指をさす。

 

「ハツカのように相手に入り込み、堕とすことができればそれも可能だと」

「僕のやり方なら園田仁湖の思考やスマホの権限ぐらい掌握できる。けど、君の意図も目指すところも違うだろ?」

「そりゃそうだけど。自分の意思で遂げてもらう、それがゴールだ」

 

 もし上司のことが外部の影響で片がついたとしても、それではきっと負った傷は治らない。傷もそれだけではないはずだ。

 自分の意思で進み、自分の行いと時間で癒していく必要がある。

 

「園田仁湖にできると思うのかい? 話を聞く限りでは無理に思えるけど」

「出来るさ」

 

 ハツカの忠告を俺は否定する。

 今回限りは確証はある。

 

「ハツカのおかげで俺は出来たからな!!」

 

 ハツカがまるで鳩が豆鉄砲を撃った場面を見たかのように目を丸くする。

 俺はハツカに出会い、悩みを打ち明けた。そしてハツカのおかげで覚悟を決めて、自身の弱さを乗り越えようと挑んでいる。

 今の俺がいるのは間違いなくハツカのお陰だと告げる。

 

「俺がその人にとってのハツカのようになる事ができれば可能なはずだ!」

「……ふ〜〜ん」

 

 ハツカは髪を弄りながら、睨みつけてくる。

 

「それに俺にとっても大切な実験なんだ」

 

 俺はハツカに悩みを打ち明けた。すなわち己の秘め事を相手と共有するということ。

 もし、俺がハツカになりきることが出来たら、園田は俺に対してどんな信頼をするだろうか。俺は園田に対して信頼し切っていくことが出来るのだろうか。

 

「俺は知りたい。だから、俺の手でやる! 秘密というモノが信頼しきる印のひとつかを試してみる」

「困ってる人を利用するなんて君って結構わがままだよね。酷いやつって言われない?」

「なんで? 俺は信頼を試すだけだぞ」

 

 あと、ハツカにだけはわがままって言われたくない!

 

「けど、服だけでいいの? せっかくならプランも練ってあげるのに」

「ありがたいけど、今回は俺のイメージでやらせてもらうよ。あの日のハツカの行動を参考にさせてもらう」

 

 ハツカに出会った日にしてもらったことを振り返る。

 まず第一に分かっているのは、俺はハツカが好みだ。いや、見た目と雰囲気の話だぞ? 多分あの日、のこのこ着いて行ったのはそこが大きいと思う。

 だから、身なりについて聞きたかった。

 残りはこれから考えていく。

 

「ハツカが何を考えて俺と……僕と一緒に居たのか知りたいから」

「ここで答えを教えてあげようか」

「俺は宿題は解答を見ずにキチンと解く派なんだ」

 

 今度試してそれで分からなかった時に答えを聞くとしよう。

 

「なら、ひとつだけヒントを出そう」

 

 ハツカは人差し指を立てた。

 俺を試すような微笑みで、自論を口にする。

 

「園田仁湖を堕としたいのなら、ショウくんをその人の心の中に住まわせろ」

「心の中に?」

「ああ、それが堕とすための第一歩。信頼させる為に必要なことだよ」

 

 どういう意味だろうか。

 精神的な比重を他のものではなく、俺に傾かせろってことか?

 そういえば、悩みを打ち明けた時も俺とハツカだけだったな。俺と園田だけの密室の空間を作った上でことを進めろと。

 

「なるほど、分かった!」

「……まあ応援してるよ」

 

 月を見上げるハツカはまるで俺を嘲笑うかのようだった。けれども、とても面白そうで、俺がどうなるのか楽しみにしているように見えた。

 

「じゃあこのまま店に行こうか、マネキンくん!」

「程々にお願いしますね」

 

 るんるんと鼻歌を歌って俺を着せ替え続けるハツカのマネキンとして夜を過ごしていた。

 

 

 

 

「そうだ。コテージ貸してくれてありがとう」

「いいよ。使ってなかったし。それで実験は上手く行ったのかい?」

「ああ! 成功だ」

 

 俺はこの考え方に納得した。

 

「仁湖さんは俺と秘密を共有し、夜空を見てから満足げに眠りについた。誰とも知らない怪しい奴と秘密を共有して、しかも幸せそうに眠るなんて普通は出来ない。自ら秘密を明かし、そして相手の想いも胸に秘めること。それこそが信頼の印になる––––!!」

 

 間違いない。

 俺は今日、知った。秘密こそ、信頼の印になり得ることを!!

 

「これなら俺は克服できる。俺は俺を超えれるぞ!!」

「本当にそうかな?」

 

 うかれている俺にハツカは待ったをかける。

 

「……なんだよ」

 

 水を刺された俺はちょっと不機嫌に顔を歪めてしまう。

 

「秘密を相手に打ち明ける。それは相手を認めたからだね」

 

 その事についてはハツカも同意した。

 

「それなら僕たちは? シュウくんは別に僕を信頼はしてる?」

「……してる」

「だったらなんで僕の前で素直な君でいてくれないの?」

「ッ–––」

 

 俺はそれに返すことができなかった。

 時折顔を出すことはあるが、二人きりでいてたとしてもずっとは見せていない。

 

「だって、アレは……ほら、お前に嫌な気持ちに」

「僕の頬をつねっておいて何を今更。変に顔色窺われる方がずっと嫌だよ」

「それもそうだよ、な」

「仮に秘密を打ち明けることが信頼だとして、ショウくんはなんで僕に話したの?」

「……それは」

 

 なんで俺はハツカに弱音を話したんだ?

 元気にしてもらったからか。いや、関係ない。その場凌ぎをしただけだ。ふたりきりだったからか。違う、そんなこと2人きりだからと言って話すわけでもない。だったらなんで仁湖さんは俺に秘密がバレても文句を言わなかったんだ。

 どうして無邪気な僕も見せたんだ?

 元々僕の方を見られてたから。言われたままにやったから。無知だったから。

 別に信頼はしていないよな。

 

「ショウくんさ。逆に、僕が君を《信頼した。もう殺さない》って言ったら、信じきれるかい?」

 

 実際どうなのだろうかと思い、『ああ』と色良い返事を口にする。

 

「っおええ」

 

 と同時に、強烈な眩暈と胃の中が逆流しそうなほどの吐き気を催した。

 

「ぅぅえ……」

「やっぱり」

 

 ハツカは予想できていたように肩をすくめる。

 完全な勘違いなんだ。じゃあまた別のを考えないと。

 

「正解だけどね」

「––––ッ」

 

 風が騒がしく渦を巻き音を立て、カラスたちが慄くように羽ばたいて離れていく。不意に水を浴びたかのように心が震える。

 ハツカが俺を見つめている。いつものように俺を見られているだけのはずなのに、身体の隅々まで血の気が引いたように青白く、冷たくなる。

 あの時と同じ、美しいと言えるほど狂気的な瞳に俺は吸い込まれる。

 

「君と契約が成り立っているのは、君が僕の眷属候補で、僕が面白がっているからだ」

「それで?」

 

 俺はそれ以外なにも言えない。だって、本当にそれだけの関係だ。

 負けないようにハツカへ微笑み返す。

 

「僕が君から興味がなくなったら殺す。僕は吸血鬼(僕ら)の為なら君を殺すつもりだよ」

 

 だったら––––と、思うだけ。

 ハツカは優しげに笑い、縛られるような雰囲気を解いた。

 

「安心しなよ。相手がこの僕なんだ。君は吸血鬼になる、ただそれだけだ。死ぬことはない」

「相変わらずの自信だな」

 

 そんな自身に満ちたハツカは輝いてみえた。

 

「さて、優しい優しいこのハツカ先生が迷える狐に、ちょっとだけ答えを教えてあげよう」

 

 ハツカがゆっくりと近づいてくる。

 殺すのか、殺さないのか。どちらなのか俺には判断できない。

 ハツカの余裕からかんがえると殺さないかもしれない。でも、吸血鬼としては今後害になる可能性がある俺を殺すかもしれない。

 結局、信じられていない。

 

「僕が出したヒントは覚えているよね」

 

 俺は小さく頷いた。

 覚えている。だから実践してきたよ? 間違っていたの?

 

「園田仁湖が君を信頼した。そこは間違ってない」

 

 だったらなんだんだよ。

 

「けどそれは秘密を明かしたからじゃない」

 

 ハツカが俺を締め付けるように抱きついた。

 

「キミが園田仁湖にとって他人じゃなくなったってことさ」

 

 首に痛みが走る。快感ともに全身を駆け巡り、熱を浴びる。

 園田仁湖はどうやって俺を信じきったんだよ。

 

 

 

 

 

 殺されるかもしれないというのに、俺は心地よかった。

 

 

 

 

「今回は失敗だったね。でも、また創ってみればいいじゃない。それが実験の醍醐味でしょ? 焦らず行こうよ友達」

 

 もし出来たなら僕に見せてね、と俺の背を押した。その激励は同時に、証なんて存在しない、と俺に予感させた。




 こんなブラック企業ほんとにあるんですかね……?
 ハツカ様については理性的だし感情に走らないタイプだけど、躾のためなら殺気を普通に飛ばすイメージが自分の中にある(主に3眷属達への対応からだけど)。

 さて、ここで一区切り。
 次から三話に入ろうと思います。
 バトル要素出したいな!夜守くん出したいな!タグ回収頑張ります!!
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