よふかしのあじ   作:フェイクライター

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第二十一夜「焦がれてる」

 蘿蔔ハツカ()は女王である。

 正確には()王ではない。しかし、その性別を覆い隠すほどの美しさから他者は女王と称する。

 僕自身、どう呼ばれようと構わない。王様であろうが、女王様であろうが。そんなことはもう瑣末ごとだ。

 

「ハツカさま」

「あ〜ん」

 

 僕の眷属である久利原の上に座り、宇津木と時葉から差し出されたリンゴを口に含んで咀嚼する。今もこうして3人の吸血鬼を侍らせて夜を楽しんでいるのだ。

 

『俺はどうしようもねえバカでクズだけど……そんなことは絶対にしねえ。どうして……どうして誰も信じちゃくんねえんだよ!!』

 

 テレビの中で草臥れた白いシャツを着た青年が泣き崩れた。青年はやるせない怒りを握った拳で地面に叩きつける。

 

「…………」

 

 僕には最近悩みがあった。

 ひとつは自分の正体を知った少年、現眷属候補の吼月ショウについて。

 人が吸血鬼になるためには《人は吸血鬼に恋をしなければならない》。暗黙の了解であるものの掟として《吸血鬼の存在を知る人間は吸血鬼になるか、殺すかの二択》というものが存在する。

 僕は未だ自身の欠点の克服の糸口を見つけられていない少年から、恋心を引き出せないでいた。

 その事実は僕の感情を非常に揺さぶっていた。

 

––––殺すのは億劫なんだよね……

 

 両手に目線を落とす。

 

「はあ……」

 

 そして、もうひとつ。

 

「それじゃあ行ってくるね」

 

 自身の過去に繋がることに接触することになるのが辛かった。

 テレビの再生を一時止めてからソファから立ち上がり、3人の眷属に手を振って家から出る。

 

 

 夜空が後ろに過ぎ去っていく。

 変わり映えのしない星々が線となって流れていく。

 

「よっと」

 

 小森の街にはそれなりの高さがある丘がある。以前、僕が吼月ショウと訪れた高台もその丘を利用したものである。

 丘へと続く道に着地してからは、俯いたり空を見上げたりしながら歩いていく。

 

「あ」

「おっ……」

「ハツカさん」

 

 鬱蒼と翳りをみせる感情と戦いながら歩いていた僕は、目の前からやってきた人たちを見てささめく。

 相手もこちらを見つけてリアクションを起こす。

 

「あれ? 七草さんに夜守くんじゃない。どうしたのこんなところで」

 

 変わり者の吸血鬼《七草 ナズナ》のストレートに長い銀色の髪を結った三つ編みがゆさゆさと揺れる。その横に眷属候補である《夜守 コウ》がいつもの黒いジャージを着て歩いている。

 

「そっくりそのまま返してやる」

 

 と七草さんが言った。

 

「久しぶりにコテージにでも行こうと思ってね」

「ハツカさんのコテージも持ってたんですね」

「オイオイ、そんなことしてていいのかよ。弱点探しとかさ」

「そのついでだよ」

 

 僕ら吸血鬼は不老不死である。

 そんな存在でもひとつだけ《人間だったころの思い入れの強い私物》という弱点が存在する。

 弱点を突かれてしまえば不死である吸血鬼でも殺されてしまうのだ。

 吸血鬼を憎み、皆殺しにしようとする探偵 (ウグイス) 餡子(アンコ)よりも先にそれらを見つけ出して破壊するべく吸血鬼たちは行動していた。

 

「弱点に向き合うとなると疲れるし、終わったら静かな夜の中でお酒でも飲もうと思ってね」

 

 せっかくあるコテージだから有効活用してみようということで吼月くんと話して諸々の準備をお願いしている。嫌がることもなくやってくれるのだから、ホント良い子なんだなと思う。

 

「だったら俺たちも手伝う?」

「いいな! 酒があるならビールもありそうだし!」

「ナズナちゃん。目的はそっちじゃないよ」

「いいじゃん別にー」

 

「あの眷属()たちが来ると言っても?」

 

 ふたりが思わず『あ……』と気まづそうに顔を強張らせる。

 七草さんも夜守くんも僕の眷属とは顔を合わせたことがある。その時の印象が強く残っているのだろう。

 

「冗談だよ。今日あの子たちはお留守番だから」

「じゃあ誰とやるつもりだったんだよ」

「そうだよ。2人以上じゃなきゃ危ないよ」

「心配しなくても、僕の遣いはあの子たちだけじゃないから」

 

 せっかくだ。

 今のうちに紹介しておくのもいいかもしれない。

 

「僕の新しい眷属候補だよ。でも……そうだね、手伝ってくれるならビールくらいは飲んで行っていいよ」

 

 手招きをして再びコテージまでの道を歩き出す。ふたりは僕に少し遅れて動き始める。

 

「このタイミングで新しい眷属作ってんのかよ」

「返答が難しいんだよね……そのへん」

「あ?」

「吸血に失敗したの」

 

 今思うと『最悪だ』の一言だ。

 

「吸血する時に寝かせ損なってバレちゃったんだ」

「ナズナちゃんみたいなことしてる」

「コウくんうっさい」

「あははっ、ふたりはそんな感じで始まったんだ」

「それでどんな人なんですか。またおじさん? それともお姉さん?」

 

 と夜守くんが尋ねる。

 彼の中ではあの子たちのイメージが強く、僕のタイプがあの辺りなのだと思っているのだろう。

 そういえば、吼月くんは(セキ)くんと同い年だから、夜守くんとも同級生なんだよね。

 

「君と同い年だよ」

「え?」

「キミと同級生で夕くんの友達だ」

「……」

「うわっすっごい。コウくんが絶句してる」

 

 額から汗を垂れ流し口を抑えて、夜守くんが苦悶の表情を浮かべる。

 

「待って。そんな奴がいるのか……? いやマヒルくんの友達ってだけだと多すぎて誰か分からない。でも、アイツらの誰かか? ……ブツブツ」

 

 夜守くんが思考に没頭して独りごちる。

 

「ひとりの世界に入っちゃった」

「今なら吸血してもバレなさそう。……嘘だよ」

「よろしい」

 

 七草さんは独占欲から眉間に皺を寄せ、口も曲げて威嚇してくる。

 わざわざヒトの獲物を横取りしなくても、僕には吼月くんがいるから僕からしたら他人の怒りを買うデメリットしかない。

 それに七草さんと夜守くんの恋路を僕は心から応援してる。

 邪魔をする気なんてまったくない。

 

「コウくんの同級生って朝井ちゃんじゃないよな」

「あっナズナちゃん!?」

「……はっ!? ごめんコウくん!」

「君たちね………」

 

 僕の知らない名前で、彼らが慌てるってことは吸血鬼のことを知る人間なのだろう。七草さんたちのコンプラの欠如はもう仕方ない。

 必要なら––––今はいいか。

 

「で、誰なんだよ?」

「それはね」

 

 彼の名前を告げると。

 

「そっか」

 

 どこか納得したような顔をしていた。

 

 

 

 

「七草さんとはその後どうなの?」

 

 ビールを楽しみにしているナズナちゃんから距離を置いて、ハツカさんが俺に尋ねてきた。

 

「まあ……ボチボチかな」

「進展なしなの?」

「進展がないっていうか」

 

 ハツカさんが不思議そうにこちらを見つめてくる。俺はナズナちゃんと東京を訪れた時に感じた悩みを打ち明けた。

 

 

––––ナズナちゃんが嬉しいと、俺も嬉しい。

––––きっと生まれて初めて自分以外の誰かを大切だと思った。

––––いつも一緒にいるのにまたすぐに会いたくなる。

 

 

 そんな感情を抱いているのに。こんな初めての想いを向けているのに、俺は吸血鬼(ナズナちゃん)に恋をしていない。

 

「焦がれてるね–––!」

「なんで楽しそうなんですか」

「ごめんね。微笑ましくて」

 

 貶すような意図のない微笑みは、どこか添い寝してくれる時のナズナちゃんに似ていた。

 

「それに探偵さんに言われたことがあるんです。『恋愛感情そのものが欠落してるんじゃないか?』って」

 

 今はより重く深く胸の中に突き刺さって、どうしようもなく不安になる。

 もし、そうなら俺はナズナちゃんに恋できない。

 恋できなかったら、ナズナちゃんともう一緒に居られなくなるのかな?

 

「大丈夫だよ」

「え?」

 

 俺は思わず聞き返す。

 確信に満ちた背を押す声はとても勇気をくれる。笑顔と同じく安心感を与える声だが、今の俺には悩みを深めるものでもあった。

 けれどもハツカさんが不確かなことを言うとも思えない。突破なことを言うハツカさんだけど、そこには確かな知性がある。

 例えば俺が本当に吸血鬼になりたいのか悩んだ時。それがキッカケでナズナちゃんが俺の代わりに処罰されそうになった時、ハツカさんは『僕の眷属になればナズナちゃんを助けられる』と提案した。この人の眷属の作り方はまあまあ……いやかなり歪だと思うけど、それでも俺とナズナちゃんを思って提案してくれたことなのは確かだ。

 

 すると、ハツカさんが夜空を指さした。

 

「夜守くん。キミは夜空に声をかけてことがあるかな?」

「ないですけど」

「アハハ。夜守くんってちょっと暗いからね」

 

 いきなりディスられた理由は分からないけど、ちょっとというか自分でも暗い奴なのは自覚してる。

 でも、今の話がこのモヤモヤにどう繋がってくるのだろうか。

 ハツカさんは『僕から言えるのはここまで』と話を打ち切った。

 どういうことなのか分からず問いかけようとすると、ナズナちゃんが何かを見つけたようで俺たちを呼ぶ。

 

「おっ。あれじゃないか?」

 

 歩き続けると暗闇の中に炎が燃え上がり、パチパチと弾けながら火の粉が宙を踊る場所を見つけた。どうやら、大きめのドラム缶の中に火を起こしているようだ。

 そばにはコテージがあり、目的地に着いたのだとすぐに分かった。

 

「……」

 

 思わず俺は辺りを見渡す。ハツカさんの話が本当ならここに吼月くんがいるはずなんだけど。

 コテージに近づくと夜に感化されたような綺麗な声が聞こえた。

 

「運命の瞬間をスタンバイ、それぞれが抱くドラマ……Trust(トラスト)Last(ラスト)

 

 綴る言葉で歌を歌っているのだとわかった。

 耳に入る歌声がやってくるのはコテージの屋根からで、そこにいたのは学校で話したことのある知り合い–––吼月ショウだった。

 白と朱色のトレンチコートを羽織った黒髪の少年だ。

 

「……」

 

 俺は本当にいた事にも驚いたけど、それよりも吼月くんはとても子供ぽかったことに驚いた。

 

「む」

「?」

 

 隣を歩くハツカさんが愉快に歌う吼月くんを恨めしそうに見つめていたのが気になった。

 

「今日はえらく上機嫌だね。ショウくん」

 

 彼にいちばん最初に声をかけたのはハツカさん。

 そこでようやく俺たちの存在に気づいた吼月くんは、固まりながらガチガチと音が聞こえそうな動きでこちらに振り向く。

 

「…………いつからそこにいた?」

「運命のって口ずさんでたあたりから」

「……」

 

 口答えできないほど吼月くんは恥ずかしそうに顔を赤らめる。

 でも分かるな。夜だと誰もいないって感じておっきい声で歌ったりして、気づいたら近くに人がいて恥ずかしいやつ。

 

「?」

 

 見下ろす視線がこちらを捉えた。何度か瞼を動かして、俺たちの存在を確かなものだと認識する。

 

「ひ、久しぶりだね。吼月くん」

「〜〜〜っっ」

 

 それはもう耳まで真っ赤になって立派な茹でダコ状態になってから。

 

「帰っていいですか?」

 

 泣きそうな声で縋った。

 

 

 そこから吼月くんは屋根から降りてきて地べたに座り込む。

 

「見られた……しかも学校の知り合いに……」

「まあまあ。俺は学校行ってないし」

 

 湯冷めしたように顔色が落ち着いたのだが、それでも先ほどのことは堪えたようで両手で顔を覆っていた。

 

「油断してたショウくんが悪いでしょ」

「うるせえ!! 着くなら連絡ぐらい入れろや! 夜守コウたちも来るなら尚更いれろ!? 飲み物足りないかもしれないだろ!」

「途中で会っちゃったんだから仕方ないよ」

「ライブ感の塊かよ!」

 

 夜闇に叫ぶ吼月くんの声に怯えて、鳥たちが羽ばたき飛び立つ。いけないと思ったのか、反射的に口を抑えた。

 

「アイツがハツカの眷属ね……イメージしてたのとだいぶ違うな」

「どんな想像してたの」

「なんか『ハツカ様万歳!』な、忠犬?」

 

 あの3人のせいだよ、と俺は言った。

 ナズナちゃんも頬を引き攣らせながら同意した。

 吼月くんはハツカさんの眷属たちと違って、自立してるしハツカさんの飼い犬や眷属ではなく–––––

 

「友達みたいだな」

「俺たちが言えたことじゃないけどね」

 

 でも、なんだろう。

 

「人手は多い方がいいでしょ」

「だからってさ!」

 

 そんな彼を見ていると、なんとなく安心した。

 

「仕方ない」

 

 両頬を叩いて気持ちを切り替えた吼月は立ち上がってハツカさんに向き直る。

 

「久利原たちの分は処分し終わったぞ」

「そっか。後は僕の分だけか」

「ああ。でもいいのか? アイツらのと一緒に燃やしておいて良かったんじゃ」

「それだと本当に僕の弱点か分からないじゃないか」

 

 ハツカさんを気遣ったのだろうが、それは却下されてしまう。

 

「アイツらが集めたハツカの分はそこのテーブルに置いておいたぞ」

「ありがとう」

 

 彼の視線をなぞって歩いていくとそこには木目の大きめなテーブルがあり、その上に綺麗に広げられた状態で何着もの服などが置かれていた。

 俺とナズナちゃんはその服を見て同じことを思ったのだった。

 

「ハツカさんらしい、というか」

「女物ばっかだな」

「うん」

「結構残ってたな」

 

 どれも女性物の服装で、今のハツカさんよりサイズの小さい物もあるし、逆に大人用の服もある。それに制服もセーラー服だったのには驚いた。

 けどその殆どが異様に古いものばかりだった。吸血鬼だし、何年も前のものだろうから当然なんだろうけど。

 

「悪かったね。ハァ……ッ」

「お、おい大丈夫かよ。……?」

「ハツカさん大丈夫?」

「想像してたより堪えるね……はぁーー……ハァッッ……!!」

 

 一気に多量の弱点に近づいたことによる影響なのか、額や首筋に大粒の汗が流れて息が荒くなる。弱点は触れてこそ発揮するものだけど、ここまで多いと見てるだけで気分が悪くなるのかもしれない。

 ハツカさんも予想外だったらしく立ち眩みを起こす。ふらつくハツカさんを後ろから慌てた様子の吼月くんが抱き支える。

 

「やっぱり俺が焼いとくから奥で休んでおけ。な?」

「うっさい。キミが血を吸わせてくれたら大丈夫だから。せっかく七草さんたちも来てくれたし」

「……たく。わかった。けど、俺がダメだと思ったらすぐに連れてくからな」

 

 ハツカさんはそれに頷く。

 

「いや、そこまで辛いなら素直にやめときなよ」

「やるって言ったらハツカはやるの知ってるだろ。諦めろ夜守コウ。……よっと。ハツカが気を失う前に終わらせるぞ」

 

 弱るハツカさんは吼月くんにおんぶされる体勢になると、顔を彼の後ろから出すとカプリとその首筋に噛みついた。

 冷や汗は未だに出ているけど、さっきよりは格段と体調が良くなっている。

 

「すまんが夜守コウ、七草。手伝ってくれ」

「うん。分かった」

「ハツカ、本物だと感じたらサムズアップ、違うと思ったらサムズダウンだ。いいか」

 

 返事をするようにハツカさんが弱々しく親指を立てる。

 

「まずはこれからだな。いくぞハツカ」

 

 それを見たナズナちゃんがテーブルのいちばん上に置かれていた服を手に取って突き出した。

 

「カーディガンもマル。ベレー帽もマルっと」

 

 ハツカさんの昔の私物を確認して、服などの燃やせるものは炎の中に突っ込んでいく。燃やせなかったり、燃やしたら有害なものを出す私物は別途処分する。

 

「こっちは……–––ッ!?」

「コウくんのエッチぃ」

「不可抗力!!」

「夜守くん……」

「お前らちゃんとやれ?」

 

 女物の下着なども混じっているので、下手に触っていると頭が真っ白になって判断力が低下してしまう。

 だってここにあるのはハツカさんが昔使っていたものってことだし、好きになるつもりはなくても意識はしてしまう。

 その様には吼月くんも苦言を呈する。

 処理を続けていると、吼月くんがこちらをみた。

 

「どうかしたの?」

「いや、やっぱり雰囲気変わったな。夜守コウ」

「そうかな」

 

 自覚はしてないけどそうなのか?

 まあ色々あったからなあ。ナズナちゃんと出会って、吸血鬼のみんなから学んだり、大人の知らない一面を見たりした。

 かなり濃密な時間だ。

 そんなこと思っている間もハツカさんがテキパキと答えを示してくれるので、確認は着実に進んでいった。

 

「最後はこのセーラー服だな」

 

 複数枚で使い回していたのだろう。最後はセーラー服で、ナズナちゃんがハツカさんに見せようとする。

 学生時代のものなら、良くも悪くも思い入れがあるだろうから最後に回したのだ。

 

「っっ、もっとゆっくり吸ってくれ」

 

 構えるように血を吸う。血行?がよくなるハツカさんの代わりに吼月くんが艶めきのある呻き声をあげる。

 ふたりの吸血を見てると以前、俺の友達であるアキラに吸血されるところ見られた時を思い出す。今は立場は逆だけど、見る側もかなり恥ずかしい。

 最後ということもあり、今までより多く吸っている。

 よくそこまで飲まれて平気だな吼月くん。

 

「こい」

「よし」

 

 準備万端のハツカさんにナズナちゃんはセーラー服を突き出した。

 

「……」

「どうしたんだハツカ」

 

 先ほどまではすぐに反応を返していたのにここにきてそれが鈍い。

 もしかして偽物か、と考えが浮かぶがしばらくしてハツカさんが僕らに向けてサムズアップを返す。

 

「気持ち悪い……」

「……なんだビビらせるなよ」

 

 こうして、特に問題もなくハツカさんの弱点の処理は終わった。

 

 

 

 

 ビール缶のプルタブが開くとカシュと軽快な音が鳴る。

 

「あ"ーー……ひと仕事終わった後のビールは格別だな!」

「いちばん働いたのはハツカさんだけどね」

「良いだろ。手伝ったのは事実なんだから」

 

 吼月くんが持ってきたビール缶を勢いよく呷り喉奥へと流し込んでいくナズナちゃん。

 俺たちはさっきまでハツカさんの弱点が置かれていたテーブルを囲んで座っていた。

 

「今日はなにか作ったりしないの?」

「ふたりも追加で来るなんて聞いてないから作れるものはない。ハツカはいいのか、体調とか悪くなってるんだろ?」

「過去と向き合うのは嫌だったけど、もう終わったし大丈夫」

 

 処理も終わり憂鬱な気分も終わってハツカさんもビールを口に含む。

 

「それじゃあ俺も。夜守コウも飲むか?」

「え? うん」

 

 吼月くんがまた別の酒缶を2本取り出す。

 ひとつを僕の前に滑らせて渡し、もうひとつを開けようとプルタブに手をかける。当然のように開けようとする彼に呆気に取られる。

 

「いや待って待って!? 吼月くんなに普通に飲もうとしてるのッ!? 俺たち学生だよ!?」

「いいじゃん誰も見てないんだし。夜でも優等生やってんのか?」

「そーだそーだ。コウくんも飲んじゃえよ」

「無礼講だし、たまには羽目を外したら?」

「ダメだよ!? 未成年の飲酒は禁止なんだから!! ほら吼月くんその缶置いて!」

「ちぇー」

「ちぇー」

 

 俺に促された吼月くんは肩をすくめながらその酒をハツカさんへ渡す。俺もナズナちゃんにその酒を手渡した。

 吸血鬼2人組のほうが残念がっているのはなぜだ!

 

「それで、お前は……くづき、ショウでいいだよな?」

 

 とナズナちゃんが吼月くんに尋ねた。

 

「そうだ。ハツカの眷属候補。そんなキミは七草……で、下がナズナなんだな」

「……」

 

 ナズナちゃんが頷いた。

 なんだろう。確認のために下の名前を呼んだだけなのに、どうにも気に食わない。

 

「貴女が夜守コウの親吸血鬼にして、初恋……をしようとしてる相手でもある。だろ?」

「……!? ちょっと! なんで俺が初恋だって知ってるのさ!」

「俺に知らないことはない」

「コウくんそうだったの!?」

「言ってなかったっけ!?」

 

 ナズナちゃんが顔を赤ながら俺を見る。

 話を振った本人は、常識を語るような態度でジュースを取り出してこちらに手渡してくる。気にされることもなく流されて『ありがとう』と言ってジュースを受け取るしかなかった。

 

「それで話を戻して悪いんだが」

 

 彼の瞳が今もなおパチパチと燃える炎を映す。

 

「なんでアレが弱点になるんだ」

「私物のことか?」

「ああ。あんなもの毒でもなんでもない。どういう理屈なんだよ」

「……そういえばなんでだろ」

 

 以前、学校で俺とアキラ、マハルくんを襲った吸血鬼が探偵さんに殺されたときも、銭湯で秋山昭人(あっくんさん)ことメンヘラさんが探偵さんに殺されかけた時も、その弱点を用いて襲撃された。

 実際に殺してたし、効果も出てたからそういうものだと思い込んでいたけど、そう聞かれると答えられないな。

 

「ひとつだけ、あるよ」

 

 その問いに解を出したのは、やはりハツカさんだった。

 俺たち3人はハツカさんの話に耳を傾ける。

 

「さっき弱点を見て感じたことを含めても憶測の域を出ないけど、恐らくは……」

 

 そこで一呼吸おいて、続ける。

 

「人間への逆行」

「逆行……?」

「この間七草さんの家に集まった時に話したこと覚えてるかな」

「えっと……《人間の頃の話が共通認識でタブー》《人間だった頃の記憶を少しずつ思い出せなくなる》《吸血鬼になるっていうのは生まれ変わるに近い》って話、であってる?」

「あってるよ。それでさっき自分の弱点を見ていたとき、人間だった頃の記憶が蘇ってきたんだ」

 

 ハツカさんが語る記憶の復活はまるで走馬灯のようだったそうだ。思い入れによってその復活の量は様々。

 

「その記憶が蘇るにつれて身体が衰弱するのが分かった」

 

 その話を聞いて俺も探偵さんが口にしていたことを思い出す。

 

「初めて俺たちの前で探偵さんが吸血鬼を殺した時も『人間として死なせてあげる』『思い出せ人間だった自分を』って言ってた。『あなたは人のまま死ぬ』とも」

 

 その最中、吸血鬼はもがき苦しんで……最後には灰になった。

 

「それが比喩かどうかは分からないけど、もし人間だった頃の私物に触れることが引き金になって記憶が蘇り、それに合わせて吸血鬼の肉体が人間へ戻るとしたら……あっくんの著しい回復能力の低下や、本来不死のはずの吸血鬼を殺せるのも一応納得はできる」

「吸血鬼になる代償が人間だった頃の記憶を失うこととも言えるから、間違ってはない、かも」

「弱点を見た時、触れた時の不快感は、その逆行を防ごうとする吸血鬼としての防衛意識の表れ。そして吸血鬼の体が灰になったのは、肉体が人間に戻ろうとする力と吸血鬼のままであろうとする力が反発した結果の自己崩壊かもしれない」

 

 俺とナズナちゃんはハツカさんの話に息を呑む。

 人間への逆行……もし、それが本当だとしたら確かに吸血鬼を殺せることに頷くことができる。

 

「あくまで想像だし冗談と受け取ってくれてもいいよ」

 

 しかし、探偵さんは吸血鬼の弱点にどうやって気づいたのだろうか。

 

「灰……」

 

 俺たちと一緒に話を聞いていた吼月くんはどこか茫然として焦点がいっさい定まっていない眼をしていた。

 

「吼月くん?」

「ん、ああ……っ! 悪い悪い! にしてもやっぱり死ぬ時は灰なんだな。てっきりこれも伝承と違うのかと思ってたわ」

 

 意識が戻ったように俺たちと目線を合わせた吼月くんはあっけらかんと笑う。

 

「全然知らないから話に着いていけなくてな……」

「そっか。そうだよね」

「にしても良かったな! 弱点は消したし、これでハツカたちが灰になるなんてことはないわけだ!」

 

 取り繕ってる訳でもなく、ただ本当にハツカさんの心配ごとが消えたことを喜んでいる。

 そうだよね。

 好きになろうとしてる相手が灰になるなんて考えたくもない。俺が好きになろうとしてるナズナちゃんは《生まれながらの吸血鬼》だから、弱点は存在しない。

 けど、もしナズナちゃんが灰になってしまったら。

 その瞬間が脳裏によぎり背筋が震える。

 

「安心しろコウくん」

 

 気づけばナズナちゃんが俺の手を握ってくれていた。

 

「アタシはここにいるから」

「……うん」

 

 震えた手と手は互いの温かさを伝え合うと落ち着いた。

 俺たちを見て吼月くんは微笑んだ。

 

「吸血鬼になったらコウくんのも処分しないとな」

「このトランシーバーともバイバイしないといけないか。それはちょっと嫌だな」

「また新しいの買って遊ぼうぜ」

 

 俺は『そうだね』と答える。

 悲しいけど、別れないといけないものだから。

 

「だったらその時は吼月のも一緒に捨てるか! 同級生なんだし。コウくんの友達の……誰だっけ」

「マヒルくん?」

「そう! 夕マヒルも呼んで一緒に焼くか! な。ハツカ」

「……ああ、さっきは言ってなかったね」

「ん?」

 

 ハツカさんはめんどくさそうに椅子に座り直すと、吼月くんになにかを言うように顎で促す。

 彼は応えるように胸を張って、俺たちを見る。

 なんだろう?

 

「俺こと、吼月ショウ。蘿蔔ハツカの眷属候補ですが––––––俺は吸血鬼になるつもりはありません!」

「…………へえ」

 

 俺たちはそれぞれ飲み物を口に含んだ。

 なるほど、吸血鬼になるつもりはない。

 そうか、そうなんだ。

 

––––––は?

 

「「はあああああああああああ!?!?」」

 

 再び夜空に鳥たちが月へと飛び立った。




 弱点に関する解釈は完全にオリジナルです。
 実際はこうではないでしょうし、かなりご都合が入っている解釈ですが、ひとまずこの考えを念頭に置いて進めます。
 原作でその辺りの内容が描かれたらそれらに合わせていきたいと思います。もし、こうではないか?という意見がありましたら教えてくださると嬉しいです。

 因みにコウくんの「コテージも持っていた」と口にしたのは、公式のミニアニメの内容で、他にもハツカ様が所有している家があることを知っているからです。
https://twitter.com/yofukashi_pr/status/1542160975381417984?s=46&t=d4zyBlJXrrdYZbcY__tiDg
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