よふかしのあじ   作:フェイクライター

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第二十二夜「独り占め」

 鳥の羽ばたきが俺たち4人の中に流れる静寂をより濃くする。

 吸血鬼にはならない、そう宣言する吼月くんに夜守コウ()とナズナちゃんは驚きを隠せなかった。

 

「えっと……吼月は吸血鬼にはなるつもりないの?」

「絶対になりたいって感じもしないし」

「なりたいなりたくないじゃないだろ!?」

 

 俺とナズナちゃんが同時にハツカさんを見た。

 以前ハツカさんは『この先どうなろうと眷属になるしかないんだから』と俺に言った。つまり、吸血鬼の存在を知った者は誰かの眷属として吸血鬼にならなければいけない。

 

「僕もこの子にひと通り説明したんだけどね」

「しかし、聞いてほしい七草さん。元を辿れば俺が起きてるかちゃんと確認せずに血を吸ってバレたのが原因だぞ。なのに『吸血鬼知ったからこれからは夜だけで生きてね』って言われて納得できるか?」

 

 ナズナちゃんがなんとも言えない顔で頷きながら俺を見た。

 悪かったね。普通じゃなくて。

 

「納得しないで。それに僕はちゃんと確認したからね! 起きてる?って」

「見知らぬ人の車の中で寝るほど俺は肝座ってないし、あの状況で『おきてるー』なんていうわけねえだろ」

「車の中で吸ったの? ……それってカーセッ」

「七草さん」

「ごめんって。だけど眷属候補ではあるんだろ?」

 

 そこが気になった。吼月くん自身は吸血鬼になる気はないけど、ふたりとも眷属候補としても接しているのは何故なのか。

 

「今回の論点は『吼月くんが吸血鬼の存在を他の人間に露見させる可能性がある』ということ。僕はそれを防ぐためにショウくんを吸血鬼にする。逆にショウくんは吸血鬼になりたくないから、この一年間僕に惚れず吸血鬼にとって脅威じゃないと僕たちを信頼させる。

 そういった契約で眷属候補ということにしてるんだ」

「勝負が成り立ってるの?」

「難しい方が面白い」

 

 吼月くんって無茶苦茶な生き方してるな。

 恋愛経験のないナズナちゃんみたいな吸血鬼ならともかくハツカさん相手だと勝負になるようには思えない。

 

「だから、夜守コウやマヒルたちと一緒に私物を燃やせる日が来るかはわからない」

「そ、そうか。頑張れよ」

 

 ハツカさんを労るような目線がナズナちゃんから送られる。

 

「あっビール無くなっちゃった。吼月〜おかわり」

「……もうないわ」

「ええ! なんで!?」

「俺たち来ること自体考えてなかったから仕方ないって」

「……確か冷蔵庫の中に何本か残ってた気がする。僕も飲み足りないし、一緒に取りに行こっか七草さん」

「オッケー!!」

 

 そうしてふたりは立ち上がり、コテージの中へと姿を消していく。

 残ったのは俺と吼月くんだけ。

 お互いに相手の様子を伺っている。

 仲良くない訳ではないけど、共通の友達がいなくなって話が弾まないような状況。アキラやマヒルくん以外の相手だと、どうしても優等生モードに引っ張られて相手のことを気にしてしちゃうな。

 

「七草さんといるのは楽しいか?」

「楽しいよ、すっごく。学校みたいに気を張らなくてよくなったし」

「自分でいられるのは楽だよな〜」

 

 吼月くんも思い当たる節があるのか何度も頷く。

 

「吼月くんはどうなの? ハツカさんと一緒にいるの楽しい?」

「楽しくなかったらいないだろ」

「それもそうだね」

 

 交わす言葉はあまりないけれど、そこから俺たちは少し口を開くようにした。多分あまり口を交わさないのは、俺と吼月くんってマトモに話したことはなかったからな気がする。

 

「てか、優等生モードやめなよ」

「そう? なら遠慮なく」

 

 軽く世間話をしたあと吼月くんが『驚いたろ? 俺が吸血鬼と一緒にいるなんて』と聞いてきた。

 けど、俺は納得したんだよな。その返答に吼月くんが疑問符を浮かべる。

 

「いつだったかな……一年生の冬だったかな」

 

 その頃は俺も学校で頑張っていた。委員会の作業を終わらせた後、運動場で凍える冷気に身体を震わせながら急いで校舎に入った時だ。

 下駄箱で靴から上履きに替えて、委員会に使っている教室に戻ろうと歩いていると視界の端に人が映った。

 

『吼月くんだ』

 

 通りかかった教室の扉の窓から中にふたりきりでいる生徒たちがいた。

 その片方がキミだ。

 面識の少ない俺でも顔と名前は知っていた。

 マヒルくんのような人気者という訳ではないけど、吼月くんの性質(さが)ともいえる人助けと何やらせてもひと通りできる実力から、遠巻きで見つめる人は学年問わず多かった。

 俺もそんなクラスメイトから吼月くんのことは聞いていた。

 

 その日もきっと人助けをしていたのだろう。

 俺や吼月くんよりも背の高い男子生徒––––見たことないから上級生だろうか––––が頭を下げてから教室を後にした。吼月くんはニコニコとした顔で小さく手を振って送り出した。

 

『よくやるよな』

 

 俺から思わず溢れたのはそんな一言だった。

 そう思った。

 

『…………?』

 

 ニコニコした顔が一転して、雲がかかったような暗い顔になる。自嘲するように鼻で笑うキミの顔は、俺が吐いた言葉を呟いているようだった。

 なんというか、その時の顔はとても印象的だった。

 そんなとても疲れた顔は一瞬で消えた。

 

『やっば』

 

 踵を返して教室を出ようとし始めたのを認めて、俺は焦り始めた。

 けど、立ち去るには遅くて気づいた時には俺の目の前の扉が開いていた。

 

『? 夜守コウか』

『やあ、吼月くん』

 

 扉の前で固まっていた俺をキョトンとした眼が捉えた。

 見てたのバレたか?と慌てる内心を必死に抑えて、明朗快活な自分で話す。吼月くんは俺が扉の前に居たことには特に気に留めておらず、それよりも俺の汚れた手を見ていた。

 

『委員会か?』

『え、うん』

『そっか、まあ何かあったら頼れ。応援してるぜ』

 

 脈略のない声援をかけて、肩をポンと叩いてからキミは立ち去ったんだ。

 

「………………マジで?」

「マジ」

 

 昔話をすると吼月くんの顔があり得ない事実を耳にしたように喫驚する。

 

「うそうそ。そんな、いつだ」

 

 両腕に顔を埋めて、必死に思い出す。

 ホントに気づいてなかったんだ。

 

「上級生? この間もあったし……でも夜守コウと話した冬の時期だと……ああ……そっかあ……」

「思い出した?」

「呑み込みたくないけど」

 

 眉間を摘みながら、吼月くんは受け入れたくない事実を咀嚼して取り込む。そんな態度とは正反対に、声には俺に知られていたことへの不快感はなかった。

 

「だから、俺と同じで学校が疲れちゃったんだろうなって」

「……まあ疲れはするよな。お互いに」

「ははっ、間違いないね。くそつまないし、めんどうだもん学校とか」

「ぷっ、はははっ。実際メンドくさいよな」

 

 あの日に『応援してる』と言われた意味は分からなかったけど、いま思い出してみて分かった。澤先生みたいに吼月くんも俺が優等生を演じていたのを知っていたのだろう。

 見ている人は本当に見てるんだな。

 

「めんどくさいのに学校に行き続けるの?」

「学校は俺にとっては昼の象徴だ。せめてハツカに負けるまでは通うさ」

「吸血鬼になったら強制リタイアだよ」

 

 俺には吼月くんがわざわざ辛いことを続ける理由は分からないし、はぐらかそうとするならそれでいいと思う。

 

「けど、辛くなったら吸血鬼(こっち)に来ちゃえばいいよ」

 

 辛いならやめて放り出していいんだから。

 つまらないことを続ける必要なんてないし。

 

「……お前、俺にそんな気をかける奴だったか?」

「う〜〜ん。確かに」

 

 学校の連中は《優等生 夜守コウ》を友達と言ってくれる人たちであって、今の俺を友達と言ってくれる訳じゃない。それに吼月くんとは優等生状態でも友達と言える関係でもないし。

 

「友達じゃない相手とこうして話のも初めてかもしれない」

「殆どの奴らを人間って括りでしか見てなさそうだもんな。マヒルと朝井ぐらいだろ」

「倉賀野さんしかいない吼月くんに言われたくない」

「俺は学校の奴ら全員友達だぞ」

「絶対意味が違うよね」

 

 また俺たちの小さな笑い声が響く。優等生じゃない俺でも普通に学校の人と話せるんだなと思いながら、ジュースに口をつける。

 

「気にかけてもらったついでにお話でもしようか」

 

 吼月くんがニヤリと口元を歪めた。

 

 

 

 

「大変なことになったな」

「まったくだよ」

 

 コテージの廊下で蘿蔔ハツカ()は肩をすくめる。

 

「ハツカは吼月みたいなのもタイプだったの? アタシみたいに手頃な相手から吸ってるってわけじゃないだろ」

「同性だし顔も良かったから、最初は出来心でね」

「……そんなもんか」

 

 軽く頷く七草さんが思わぬことを僕に進言した。

 

「なにかあったら協力するぞ」

「––––ッ!? え? 七草さんが!?」

 

 彼女の顔を二度見してしまう。

 

「そこまで驚かんでも」

 

 いや、でもだって今まで吸血鬼の仲間とも集まらなかった七草さんが、この間僕を飲みに誘っただけでも驚きだったのに、まさか気をかけてくれるなんて。

 

「七草さんが変わり始めてて本当に嬉しいよ」

「誰目線なんだお前は」

 

 そんなことを言う七草さんだが、何かを思い出すように頬を指でかく。

 

「まあ……お前のおかげでコウくんに『いつも可愛い』っていってもらえたから」

 

 顔を背ける七草さんだが、湯気が立つような雰囲気から顔を真っ赤にして照れているのはすぐに分かった。

 ホントに変わったなあ。

 

「それは七草さんが可愛いからで僕のおかげじゃないよ。僕が作ったのは口にするきっかけだけなんだから」

「ありがとう。でも、礼はきっちり返したいんだ」

「……七草さんがそういうなら甘えてみようかな」

 

 相談するかどうか悩んだが、吼月くんが他人にバレるのを嫌がってるのは《僕》という性格なんだ。

 なら、こっちは話しても問題はない。

 

「人間不信?」

「そ。どうしたらいいか分からないんだよね。はい、ビール」

 

 冷蔵庫から漏れる光が暗いダイニングの一角を照らす。開けた冷蔵庫から取り出した数本のビールを袋に詰めて立ち上がる。

 

「サンキュ。……ハツカと吼月が出会ったのっていつ」

 

 ビールのプルタブを開けながら七草さんが聞いてくる。

 

「半月も経ってないぐらい」

「そりゃ不審がられるだろ」

「普通の人ならね」

 

 信頼関係はお互いが協力してレンガを積み上げていくようなものだ。僕が置いて、吼月くんがその上に置いていく。その繰り返しでより良い信頼関係が生まれていく。

 心理学だと信頼関係の構築をラポール(懸け橋)形成という。

 一般的にラポールが形成されるのは三ヶ月前後と言われていて、カウンセリングなどではその辺りを目安に、患者の深い悩みを聞けるようになると非常に良いとされている。

 本来であれば、全然焦るタイミングではない。

 

「問題は相手がショウくんってことなんだよね」

「? なんだよ、アイツになんかあるのか」

「僕のこと信頼してるのって訊いたら吐かれかけた」

 

 あの時のことを思い出して、頭が痛くなる。わざとやったとはいえ、目の前で吐かれかけると流石の僕でも傷つく。

 

「はあ? どういうこと」

 

 七草さんが耳を疑うように僕に聞き返す。

 

「本人曰く《原因不明の不信感》らしい」

「なんだそりゃ。普通理由があって信じられなくなるだろ」

「話を聞いた時は精神障害かと思ったんだけどね」

 

 人目を集めることや恥をかくことを極度に嫌う社交不安障害や、相手が自身を意図的に欺いたり陥れようとしていると考えてしまう猜疑性パーソナリティ障害など、様々な精神障害がある。

 しかし、前者であれば人の眼を集める生徒会長なんて役柄はやらないし、後者であれば簡単に僕についてきた説明がつかない。

 他の障害も合致する部分が少なくて、本当に人間不信なだけなんだろうなとしか思えなくなった。

 

「血を吸ってもか?」

「さっきの話のすぐ後に吸ってみたけど、なんにも分かんなかった」

 

 不信感を呼び起こしてから飲んだことはなかったから、試しにやってみたものの収穫はゼロ。いつもならぼんやりと分かる相手の感情も霧がかかったように分からず、ただ味が濃くなって美味しくなっただけだった。

 

「本人も憶えていない、感情にも出てこない。なんなんだろうな」

「変わった子……だけで終わらせるには些か疑問が多すぎる。けど手がかりすらないんだよね」

 

 このままでは吼月くんがフッた女の子同様、積み上げてきたレンガを大事なところで崩されかねない。

 それは彼の想いから考えても絶対にダメだ。

 

「コウくんも変わった奴だけど吼月も別方面で変わってるんだな。それを解決しないと吸血鬼にもできないってことだろ? どうするんだよ、一年後にも解決してなかったら」

「その時は吼月くんは死んでくれる」

「ええ……命に無頓着すぎるだろ」

 

 七草さんは少し躊躇ったようにも見える顔で冷静にドン引きしてくる。

 でも、きっとこれは事実になる。

 もし一年後、彼の問題が解決しなかったらあの子は本当に身を投げかねない。僕と出会った最初の夜のように。

 

「僕はショウくんを吸血鬼にしたい……」

 

 そう呟いた僕の顔を七草さんが覗き込んできた。

 

「どうしたの?」

「いや、しなきゃいけない、じゃないんだなって」

 

 指摘されて自分でもなんでだろう、と思ってしまった。

 

「僕は探偵さんみたいに好き好んで人を殺しにいく訳じゃない。それもあんな年端もいかない男の子が身を投げる姿なんて見ていたくないよ」

「……」

「七草さん?」

「あ、あぁ……悪い。考え事してた」

 

 呆けたように思考を放棄していた七草さんの顔を手をかざして声をかけると少しして意識がこちらに戻ってくる。

 

「だったらニコにでも訊いたらどうだ? アイツ教師だろ。最悪、カブラって手もあるけど」

「あ〜〜……ニコちゃんは物事が自分中心で回ってるって考えてる節があるしな」

「カブラにも触れてやれ」

「だってカブラさんが知ったら寝取りにくるに決まってるじゃん」

「間違いないな。コウくんにもちょっかいかけてたし」

 

 しかし、ニコちゃんに相談か。ダメ元で一度してみるのも手かな。

 

「まずニコにはこの事言ってあんの?」

「お互いに弱点探しで忙しくて言えてない。言うなら直接言わなきゃだし……そういえば七草さんの弱点は」

「アタシは大丈夫」

「もう片付け終えたの?」

「いや、アタシ生まれながらの吸血鬼みたいでさ」

「は?」

「話せば長くなるんだが……かくかくしかじか」

 

 と話し始める七草さん。

 その内容はあまりにも衝撃的なものだった。

 

 

 

 

 俺と吼月とはしばらく、取るにならない話をした。

 たとえば吸血されたときの痛みと快感、そしてそのメリットについて。たとえば吸血鬼に出会ってからどんなことがあったのか。

 知らない人が聞いたら奇々怪々な話だけど、俺たちのとっての本当について話し合った。

 

「吼月は男が好きだったの?」

「コウがそんなこと気にするなんてな、意外だわ。まあ俺はハツカの顔とか好みだし」

「一般的な話じゃん。でも分かる。顔は可愛いよね」

「顔は可愛いより綺麗だと思う」

「変わんないじゃん」

「てか、七草さんがいるのにハツカの話していいのかよ」

「ナズナちゃんの方が可愛いし問題ない」

 

 ふたりで吸血鬼話をしていると吼月が訊いてきた。

 

「それでコウは吸血鬼になれそうなのか?」

「行き詰まりかな。ほんと恋心って分かんないよ」

「あぁ……その話は俺も不得手だからアドバイスできないけど。ハツカには訊いたのか?」

「ここに来る途中で聞いてみたけど、曖昧なことしか言ってくれなくて」

 

 ハツカさんには大丈夫だと言われたけど、その理由も分からないし『夜空に声をかけたことがあるか』の意味も不明で釈然としない。

 

「アイツ、精神面の話になると詩的になるからなぁ」

「吼月も言われたことあるの?」

「信頼させたいなら自分を相手の心に住まわせろって言われた」

「なにそれ……」

「よく分からん。けど、自分たちで気づいて欲しいんだろ」

 

 口で説明されても実感湧かないだろうし、それしかないんだろうけど。

 恋に悩める俺たちは唸りながら考え込む。

 暫くしてから、吼月くんが。

 

「ナズナはいい女だな。アイツの眷属になるのも悪くないかもな」

 

 ケラケラと笑うように吼月くんがナズナちゃんを呼び捨てにした。

 その瞬間、俺の内心でブワッと何かが噴き出そうになるのを感じてしまう。

 

「やっぱり、それじゃねえの」

「え」

「だ、か、ら。七草さんへの独占欲だよ」

 

 バレてる。

 

「俺ってそんなに分かりやすい?」

「優等生モードよりずっとな」

 

 ナズナちゃんと出会ってから、何度も感じてきた想い。

 ナイトプールでナズナちゃんをナンパしてきた相手にも、ナズナちゃんが俺以外に血を吸ったことがあることを話した時もいい思いはしなかった。最近だってナズナちゃんが恋をして吸血鬼になったわけではない事実に、束縛感を微かに刺激されて安心した。

 

「カッコ悪いし……ナズナちゃんもキモいって言ってたし」

 

 もし、独占欲が行きすぎて一時期のメンヘラさんみたいになってナズナちゃんの負担になるのは避けたいし。

 

「別にいいじゃん」

「だめでしょ」

「恋焦がれる相手に自分だけを見ていて欲しいなんて当たり前だし、キモいわけないだろ。限度はあるだろうけど、コウはそれを表に出さなすぎるんだよ」

「そうかな……?」

「『ナズナちゃんは俺の吸血鬼だから、俺以外が名前で呼ぶな!』ぐらいの方がコウは釣り合い取れてると思うぞ」

「俺、一番その人種が苦手なんだけど」

 

 誰かに恋していないと寂しい恋愛脳。恋愛感情を燃料にして冷たくされるとすぐに燃え尽きるような恋愛脳。

 俺は恋愛こそが人生の本質みたいな奴が苦手だ。

 

「毎日七草さんのことを考えてる奴が恋愛脳じゃないとは驚いたな」

 

 おかしなものを見た時の笑みを浮かべる吼月に、俺は思わず眉をピクリと動かす。

 

「それとこれは違うだろ!? いやまあナズナちゃんと一緒に居たい気持ちは大きいけどさ! 恋とは」

「お前がそういうならそうかもな。でも、焦がれてるだけじゃ吸血鬼にならないなら、心火を燃やすしかないだろ。少なくとも自制できないほどの感情があればなれるんだから」

 

 確かにセリさんの眷属であるメンヘラさんも人間の頃は過激な好意を寄せてストーカーみたいになってたし、血を吸われさえすれば吸血鬼になれるマヒルくんだって衝動的な行動が多かった。

 そうでもしないと吸血鬼になれないのは理解してる。

 

「一度やってみようぜ」

 

 吼月は立ち上がってそばに寄ってくる。

 

「来たぞ」

「ん?」

 

 気づいた時には、ビール缶に口をつけながらナズナちゃんとハツカさんが帰ってきたいた。吼月くんはナズナちゃんに目線を合わせてから、友達を呼ぶような軽い口調で声をかける。

 

「やあナズナさん」

 

 突然呼びかけられたナズナちゃんは困惑しながら返事をする。

 

「ん? え急になに」

「ひとつ頼みがある。俺と友だちになってくれるかな?」

 

 瞬間、パンッと乾いた音が響いた。

 音が止んだ後には、何が起こってるのか分からず目を丸くしてるナズナちゃんとハツカさん。そして俺の目線の下には頭を両手で押さえて丸まっている吼月がいた。

 頭をさすりながら後ろ目で俺を見てくる彼に、俺は思わず『あっ』と声を漏らした。

 

「どうだった?」

「そのぉ……スッキリした」

「そうかそうか。だが、次はもおぉうちょい優しく叩けッ!」

「ごめんって!!」

 

 でも、こういうのも偶には悪くないかも。

 

「え? ……なに? コウくん頭打ったの?」

 

 なにがなんなのかわからないナズナちゃんは俺と吼月を交互に見つめる。

 ハツカさんは何かを察したようにナズナちゃんに声をかけていた。

 

「七草さんと同じでしょ」

「は?」

「独り占めしたいのは七草さんだけじゃないってこと」

 

 吼月に絡まれてなにを伝えたのかは分からなかった。

 そのままハツカさんは笑いながら片手に持っていたビニール袋を掲げて近寄ってきた。

 

「ほらふたりともジュースも持った方から飲もよ」

「サンキュー」

「ハツカさんありがとう」

 

 俺たちは再び燃える炎に照らされながらテーブルを囲った。

 

 

 

 

「じゃあね吼月」

「またな、コウ。今度は礼をさせてくれ」

「……俺、何かしたっけ」

 

 ジュースと酒を飲み終えたところで俺たちは解散となった。

 コウは吼月ショウ()に、ナズナさんはハツカに軽く別れを告げる。そして、夜空へ消えていった。

 俺は星々が煌めく中へ跳び立つふたりに手を振って見送った。

 

「はあ〜……ねみぃ」

 

 大きな欠伸をしながら、腕を天に伸ばす。今日は心地よく寝れるだろうという確信がある。

 

「なんだか嬉しそうだね」

「まあな。コウが笑ってたから安心したよ。ナズナさんもいい吸血鬼(ヒト)だって分かったし」

「……なんで『さん』づけなのさ」

「コウを変えた人だぜ? 尊敬するさ」

「なにそれ」

 

 納得がいかない不機嫌な顔で俺を見つめてくるハツカは、言語化できないけどどこか可愛らしい。

 そんな彼には僕は『バーカ』と子供っぽく否定した。

 

「僕がこの世で一番尊敬してるのはハツカだよ」

 

 じゃなかったら信頼を学ぶ相手に選べやしないんだから。

 突然素を出したからか、ポカンと戸惑いながらハツカが一歩足を引いてくる。

 

「また化かすつもりじゃないだろうね」

「前科があるとはいえ、ハツカが言ったことなのに……」

 

 辺りを見渡すハツカに心配する必要はないとなんとか説得する。

 

「ハツカがこっちが好きなら僕もこっちでいるよ」

 

 だってハツカなら僕を受け入れてくれるもんね、とは口にはしなかったけど彼の雰囲気はそのことを肯定しているようだった。

 

「それじゃあ行こうか」

「うんハツカ」

 

 なんとなくだけど。

 人の心に住むっていうのはコウやナズナさんみたいなことを言うんだろうなって–––––ハツカとそうなれるかな。

 

「素のことふたりにもバレちゃったけどいいの?」

「テンション上がっただけって通したから問題なーし!」

 

 僕たちも夜空に溶けていく。




来週日曜日
暴太郎戦隊ドンブラザーズ
ドン最終話『えんができたな』が放送する……すごく悲しい……
皆様、視聴ましょう
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