よふかしのあじ   作:フェイクライター

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第二十四夜「色目」

 応野から連絡を受けた翌日、僕たちは小森の市民公園へとやってきていた。

 俺の少し前を歩くハツカのコーデは、エレガントなマーメイドスカートと、ラフなスウェットを合わせた落ち着きのある大人らしいものだ。ゆったりとしたラフな服装であるのも、自由のあるハツカらしいさが垣間見える。

 

「夜に来ると市民公園(ここ)ってこんな感じなんだな〜……こんなこといつもいってる気がする!」

「目新しいってことだしいいんじゃない?」

 

 公園といってもあるのは大きな体育館とグラウンドだけで遊具といったものはない。けれども広場などがあり、昼間はスポーツ大会や子供連れの家族が遊びに来れる場所だ。

 傍にはフットサルコートやテスニコートもありスポーツをするには最適な環境だ。

 

「なにより花が綺麗!」

 

「うん。職員さんたちが大切に育てているのが分かるね」

 

 道端に設けられた花壇にはコスモスや撫子(なでしこ)竜胆(リンドウ)といった色とりどりの植物たちが、夜風に当てられ頭を左右に振っている。

 そんな花たちを慈しむようにハツカは屈んで、コスモスの花びらを撫でる。

 

「花、好きなの?」

「好きだよ。なにしろ植物は大人しいし、逃げないし、暴れないからね。心を込めて育てるには最適だよ」

「……左様でございますか」

 

 絵面を見れば完璧なのだが、優しい声音で言っていることが怖い。いや、口にしている内容は理解できるのだが、眷属たちに女王様然とした態度を取るハツカが語ると少々圧を感じるのだ。

 ハツカの家にも観葉植物があったことを思い出す。種類は分からないけど、アレも立派だったからな。

 

「春に来た時は夜桜も綺麗だったよ」

「そうなのか……夜桜ね……」

 

 立ち上がり、スポーツウェアを入れた袋を揺らしながら、ハツカは昔を懐かしむようにしみじみと溢す。

 

–––夜桜か、いつか観に来れたらいいな。

 

 そう思いながら、体育館へと歩いていくと人影が見えた。

 傾斜の緩い階段の先にいるのは、今宵。俺を呼び出した応野であった。

 毎日学校で見ているモノも、夜だと輪郭の大きさが変わるというか、はっきりするというか、静かさ()の中に立つと存在感が変わる。

 

「よっ吼月、来てくれたか。……?」

 

 俺たちを見つけた応野が愕然とする。

 針で刺すような視線で見つめるのはやはりハツカだった。応野から見てもやはりハツカの姿は魅力的に映るのか、愕然とした顔から見惚れたように口角が緩む。

 ややあって正気を取り戻した第一声で俺を非難した。

 

「いや吼月最低だぞ–––!?」

「開幕早々罵声をかけられる俺の身にもなってほしい」

「いや、だって! お前この間フッたばかりだろっ!? なのに」

「綺麗なヒトを連れ歩いてるって?」

「ああ……ああ!!」

 

 慌てふためく応野だが、ハツカを綺麗だと褒めた点については良しとしよう。

 

「なにちょっと笑ってんだよ」

 

 コウと応野も、ハツカの容姿が良いというのだ。

 これなら誰が見ても魅力的だろう。そんなことは『CLEAR(クリア)』を訪れた時から証明されているのだが。

 

「ハツカ、紹介するよ。俺のクラスメイトの応野(おうの) 秀明(ひであき)。中学ではバスケ部に所属してる」

「よろしく応野くん」

「どうも……」

 

 応野は一歩引いた態度でハツカを見つめる。

 

「で、応野。彼は蘿蔔(すずしろ) ハツカ。俺の友達だ。夜の、な」

 

 変な紹介はしたくなかったが、俺の夜の象徴であるハツカに対してはそう言いたかった。

 ひとまず双方の挨拶は済んだが、このままでは理世の話を持ち出されかねない。応野のやつ、俺たち付き合ってないって一番知ってる立場の人間だろうに。

 すると、応野が俺に近づき小声で呟く。

 

「この人とどういう関係なんだよ……しかも夜だけって」

「なんもないよ。普通ふつう」

 

 ただ人間と吸血鬼ってだけだし。ただ美味しく飲まれてるだけだし。

 肉体関係はあるけど、普通だ。人間と吸血鬼なら。

 

「あんま変なことやってると倉賀野が悲しむぞ」

「変なことはしてないから悲しまないぞ」

 

 成長のためにハツカといるんだから。

 さて、仮にも俺を落とそうとしてる吸血鬼(ヒト)が、他の女の話を聞いて居心地良いわけがない。話題を変えようと俺が『ところで』と口にすると、その声が重なった。

 

「二人で仲良く喋ってるのはいいけど、着替えてこなくていいの?」

 

 発言主はハツカだった。

 

「僕、先に行っちゃうよ」

「あ、ああ。え? 僕?」

 

 突然割って入られた応野は、ハツカが僕と自身を呼称したことに戸惑う。

 ちょうど良いこのまま話を切り替えさせてもらおう。

 

「ここの体育館使ったことないな。更衣室どこなんだ?」

「この先の突き当たりを右に曲がっていくと更衣室があるけど」

「ならもう着替えながら話そうか。そっちの方が早く済む」

 

 話を一度切ってから俺と応野は、ハツカの後を追うようにして清潔に磨かれたクリーム色のタイルの通路を歩いていく。困惑が続く応野は、俺とハツカを交互に見ながら、何を言うべきか悩んでいるようだった。

 

「今日は呼んでくれてありがとな」

「いや、俺の方がありがとだわ。急だったのによく来れたな」

「俺、暇人だしな」

 

 実際、ハツカと過ごすぐらいしか予定がなかったけど、具体的なやることができて俺も嬉しかった。ハツカってバスケ上手いのかな。

 歩いているとボールが弾む音が大きく反響して耳朶を打つ。音がする方には両開きの大きな扉があり、その中を覗くと、そこがアリーナなようで既にバスケを始めている者たちもいる。

 

「開始って何分だっけ」

「30分。好きが高じてやりに来てる人たちだし、集合時間はあくまで目安になってるけどな」

 

 なるほど。好きがあるのはいいことだ。

 

「てか、今日先輩たちに二人来るぞって言ってあんだけど」

「問題ないぞ」

「いや問題大有りだろ! 俺たちがやってるのは男子バスケで」

「すぐに分かる」

 

 言いかけたところで視界の上側に更衣室と書かれたプレートが現れる。プレートの下にある扉を開けて、俺たちの前を歩くハツカが男子更衣室の中に入っていく。

 

「え?」

 

 臆することなく男性更衣室の中に入っていくハツカを見て応野は困惑して、すぐに駆け寄った。

 

「待て待て!? アンタ、おんな……」

 

 またしても応野が硬直する。

 そこには既にコインロッカーに百円を投入してカバンを収めたハツカが、豪快に上着を脱ぎ去っていた。

 露出するヘソの部分が異様に目が入ってしまう。同じ男性であるはずなのに刺激的なモノを見てしまった気になる。

 

「なあ吼月」

「なにかな」

 

 応野がギコギコと擬音がつきそうな動作で俺を見る。

 

「男なのこの人!? この容姿で!?」

「性別不詳でも通る容姿してるからな」

「いやどこからどう見ても女じゃん!?」

「てか、彼って紹介しただろ」

「吼月にしては珍しい語弊かなって……」

 

 俺もここまで中性的かつカッコいいと綺麗を合わせてる存在なんて見たことないしな。

 初めて見る応野が驚くのも無理はない。

 俺は応野の背を押しながら歩き出し、ハツカの隣のコインロッカーに百円を投入する。応野はその俺の隣のロッカーに持ってきていた袋を入れる。

 

「ハツカは大胆に脱ぐんだな」

「ショウくんは僕に恥じらいながら脱いで欲しかったの?」

 

 ハツカは襟で口許を隠しながら、わざとらしく頬を赤らめて俺を上目遣いで見つめる。見た目相応のあどけなさ全開の恥じらう表情は端的ではあるが、とても可愛らしかった。

 その姿を隣で見ている応野も『可愛い……』と思わず溢してしまうが、俺はあまり好かない。

 

「可愛いが、一気に脱いだ方が俺の知ってるハツカらしいし、清々しくて良い」

「そっか。ならもう脱いじゃうね」

 

 ハツカは仕草を解くと、一思いに上の服を脱いで、それをロッカーの中へと投げ入れる。ロッカーの中に手を入れて、スポーツ用のTシャツを取り出す。

 そのTシャツを着ると次はスカートに手をかける。俺は思わず手を背ける。

 

「なに、目を背けちゃって」

「なんでもねえよ」

 

 反射的に意識してしまったのを悟られ、ハツカは唇を弓なりにする。

 楽しむようなそれとは違う視線が背後から刺さる。

 

「お前、男の()趣味だったの?」

「違うけど……」

 

 男、女、男の娘なんて関係ない。

 ハツカは《ハツカ》って枠組みだろ。

 

「というかふたりって同い年?」

「……いや歳上」

 

 不老不死の吸血鬼であるハツカの年齢をどう返すか言い淀み、ひとまず当たり障りのない答えを提示する。

 

「完全に先輩じゃないですか……なんで吼月はタメで喋ってんだよ」

 

 何年生きてるか分からない相手に年功序列とかクソほど役に立たないし、なんて言えるわけもなく笑って誤魔化そうとした時。

 

「僕がタメでいいよって言ったんだ。ショウくんとは今後とも仲良くしたいしね」

「そうだったんですね」

 

 今後とも、ね。俺がハツカの眷属になったら西園寺たちみたいに仲良く遊ぶことになるのかね。

 ふたりがそんな話をしている間に俺は辺りを見渡す。ロッカーに遮られて奥の方までは見えないが俺たちよりも歳上の人たちしか使っている様子しかない。

 

「なあ、今日って中学の集まりなのか?」

「いいや高校生」

 

 さらっと答えた応野に俺は『中学バスケじゃないのか?』と問い直す。

 

「ほら、ここの近くって小森工校あるだろ。兄貴がそこの卒業生なんだけどそのツテで入れさせてもらった。俺にはちょうど良かったし」

「応野はバスケの推薦で高校目指してるんだっけ」

「ああ。だから腕試しにはちょうどいいし」

「応野はバスケ上手いからな」

 

 しかし、それなら高校生を誘うのが通りじゃないだろうか。高校生主体でやっているもので人も足りないなら、中学生である俺を誘うよりも実りがあると思うが。

 

「勧誘も兼ねてだよ。今日は自主練だけど、普段はクラブで使ってるからさ。あそこに貼ってあるだろ」

 

 応野が流した視線を追うように顔を動かすと、出入り口の横にバスケクラブへの勧誘ポスターが貼られている。

 

「先輩と話してたら『お前の同級生誘ってこいよ』って言われてな」

「先言っとくけど入らんぞ」

「無理に入って欲しくはないぞ。今日は人数合わせだし。ほら、行こうぜ」

 

 話している内に着替え終えた俺たちは、靴だけ履き替えて更衣室を後にする。

 

 

 

 

「にしても、ハツカはよくバスケジュースなんて持ってたな」

「僕の友達に以前『スラムダンク読み直したからバスケやりたくなった!』って突然呼ばれたことがあってね」

 

 ハツカの友達だから吸血鬼なんだろうけど、行動力凄いな。

 自由気ままなのはどこの吸血鬼も同じなのかな。

 

「黒バスじゃないんだ」

「今の子はそっちなんだ……」

「どっちもかなり前じゃん」

 

 3人で雑談しながらアリーナまでやってくる。

 アリーナに入ると先ほどよりも大勢の人間がバスケを行っていた。アリーナの中央を両断するように垂れる緑の大きなネットに分たれてコートが二分割されている。右手側では俺たちが目的としている男子バスケの人たちがチーム戦を始めている。一方左手側には、普段お目にかかれないことをやっていた。

 

「車椅子バスケか」

 

 車椅子に乗った10人の選手がコートを駆け回る。

 普段のバスケと比較してみると、選手の立ち回り激しく、ボールの行き来も速い。ついさっきまで手前のリングの下にいたのに、すでに奥の3ポイントラインの内側まで攻め込んでいる。

「珍しいだろ。お役所としては障がいを持った人でも積極的にスポーツに取り組んでほしいってことで推してるクラブなんだ」

「あっちはクラブなんだね」

「人数的に1コートで足りるから、話して使わせてもらってるんです。それじゃあ吼月。先輩に話してくるから」

「行ってら」

 

 応野を送り出してから俺は再び車椅子バスケをやっているコートへ目を向ける。

 にしても凄いな。ボールを操るだけでも苦手な人は沢山いるのに、車椅子という拡張装置を用してあそこまで動き回れるなんて。

 というか、ダブドリしてる人混じってない?

 車椅子バスケのルールには明るくないからなんとも言えないが。

 

「すげえ」

「素が出てるよ」

「おっとと」

 

 本来の目的を忘れて目移りしてしまった。

 応野が先輩と話しているのを遠くから暫く眺めていると、その人が応野と一緒に歩いてきた。近づくに連れて身体の仕上がり具合が分かる。肩幅もあり頑丈な体つきは、彼が力強いことをこれでもかと示していた。

 その人は俺とハツカの前に立つと人の良い笑顔を浮かべる。

 

「君たちが応野の友達だね。初めまして、東代(とうだい) 優治(ゆうじ)だ。今日はよろしく頼むよ」

 

 そんな爽やかな笑顔が徐々に変化する。俺たちを一瞥した視線がハツカに釘付けになったのだ。穴が開くような視線をハツカは嫌がることなく、むしろ凛々しさそのまま優しく微笑んだ。

 返された笑顔にまるで惚れ込んだかのようにハツカを熱く見つめるが、応野が横から小突くと頭が冴えたのか、ひとつ咳払いをする。

 

「応野、ここ女子バスケじゃ」

「そのネタはもうやったんすよ先輩」

 

 東代へハツカの説明をする俺と応野。事情を聞く東代は先ほどの応野と同じく驚きに満ち満ちたものになる。

 

「男の娘だとッ!? ……それはそれで」

「おい」

 

 無駄話はここまでにして、と東代は思考を切り替えてコートの方へ向き直る。応野も東代の側に立ち、俺たちに背を向けた。

 その間に俺はそっとハツカに耳打ちする。

 

「アイツ、お前にほの字じゃないのか? どうする、眷属()にでもするか」

 

 俺が尋ねる。

 しかし、間も無くハツカはそれを否定する。

 

「彼は良いかな。ガチムチ系は好みじゃないし」

「だったらなんで色目なんて使ったんだよ」

「なに。嫌だったの?」

「な訳あるか」

 

 ハツカが誰に色目を使おうと俺の知ったことではない。

 単純に気がないのにその気にさせるような振る舞い–––いや、アレで惚れるのか?––––をしたのかが気になるだけだ。

 

吸血鬼(僕ら)はそういう生き物なのさ」

「はい? ……今度詳しく聞かせろよ」

 

 代名詞を使い、そう告げるハツカ。

 答えになっているような、なっていないようなあやふやな返してくる。

 わざわざ代名詞を使うあたり、ここで吸血鬼の話題を出すのは小声でもやめておいた方が良さそうだ。

 話し終えると東代の周りには人だかりが出来ており、そこにいる人たち皆、先ほどまでコート内で駆け回っていた人たちだった。

 

「はい、今日は新しい参加者が来ているので初めに自己紹介。それでは、吼月くんから。お願いね」

 

 東代に呼ばれて、一歩前に踏み出す。

 胸を張って笑顔を湛えながら、彼らを見渡して口にする。

 

「この度、友人である応野くんからの誘いでお邪魔させていただくことになりました、吼月ショウです」

 

 淀みなく、ハキハキと喋りながら言葉を繋ぐ。

 

「応野くんと同じく中学2年生で本来であれば立てる舞台ではありませんが、皆様から沢山学びたいと思っております! 今日はよろしくお願いします!!」

 

 言い終えてから一礼すると、パチパチと拍手が送られた。

 学校での挨拶だと先生が言ってるからやるイメージが強い拍手だが、ところ変われば自分でやりだす辺り体育会系らしいと思える。

 クラブの人たちの視線がハツカに向く。

 俺よりも強い眼差しが向き、主役を見ているといっていいほどのものだ。

 

「初めまして、皆様のご厚意に預かりこのバスケットボールクラブに参加させていただきます、蘿蔔ハツカと言います。こうしたクラブに加わることはなかったので、皆様との時間を楽しみにしていました。

 本日はよろしくお願い致します」

 

 ひとりひとりに声が届くよう配慮して、最後には丁寧に頭を下げた。その上品な声音がクラブの人たちの脳を刺し、自信を伴った整った美しい所作が目を刺激する。

 こうした少しの動きからでもハツカの身体の使い方のうまさが分かる。人に媚びるとは違う自然な動き。吸血鬼は人を魅了するのか得意なんだと実感する。

 

「チームを分けて早速試合するぞ!」

 

 東代の指示により、チーム分けが為され早速試合が始まった。




 久しぶりにツイッター覗いたら、よふかしのうた、小学館の漫画賞を受賞していたんですね。
 今更ですが、おめでとうございます!!
 あと15巻の書影も来てましたね。
 よふかしのうたって単行本になるペース早い気がする(比較対象が遅いだけかもしれないけど)。
 楽しみ!!
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