よふかしのあじ   作:フェイクライター

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第二十五夜「負けてないが!?」

 俺は応野(おうの)秀明(ひであき)

 同じ生徒会長である吼月ショウと副会長の倉賀野理世が、告白をきっかけに疎遠になっているように他の生徒会役員には見えたため、いま、吼月をバスケを理由に呼び出している。

 バスケをしているのは偶々俺がクラブの先輩から、いつものメンバーで来れない人がいるので、せっかくなら俺の知り合いを呼んでくれと頼まれていた。それを吼月を呼び出す口実に利用させてもらったのだ。

 この間にタイミングを見計らって、倉賀野との関係は本当に元に戻ったのか、強がっているだけで本当は離れ離れになっているのではないかと訊くつもりだったのだが––––

 

「楽しそうだな……アイツ……」

 

 蹈鞴を踏むように話しかけられないのは、タイミングの神様の悪戯と罪悪感からの戸惑いと笑いながらバスケを楽しむ吼月への躊躇からだろう。

 思い通りにならず不服な想いを乗せた視線で、俺はコートの外から試合を見ている。他にも数人のメンバーがコートの外に立っている。

 

 眺めている試合で目立っているのは、クラブのメンバーではなく吼月や蘿蔔さんだ。ボールを持つ回数や時間が多いので目立っている。2人とも辺りがきちんと見えているのだろう。相手のディフェンスがマークするために動いた時に生まれたスペースに上手く入り込み、ボールを繋いでいく。

 

「こっちだ!」

「吼月くん!」

 

 しかし、チャンスがあればしっかりと二人とも攻め込む。

 例えば今、吼月はボールを持つと目の前の敵であるカステラ先輩––––根本だけ茶色になった髪と伸びた金髪がカステラに見えるのだ––––に対して、速度を上げて右斜に走り込んで、攻める。自身にしっかり着いて来たカステラ先輩を見て、踏み込んだ足で急ブレーキ。ボールをバックチェンジで右手から左手に入れ替える。

 

「いい位置」

 

 突然の変化にカステラ先輩は体勢を崩す。ディフェンスが振られ、目の前に壁がない吼月にとっては絶好のシュートチャンス。

 その体勢に入る。

 しかし、カステラ先輩が必死に吼月に喰らいつく。

 

「撃たせん!」

 

 その動きに俺は見覚えがあった。いつか動画で新しい技を探してた時に見つけたストップ・バック・ショットヘッジ。一瞬、シュートを撃つかのように見せかけたがそれはフェイク。隙間が出来た右側をドライブで駆け抜け、カステラ先輩を突破した。

 

「間の置き方完璧だし。アイツ、ほんとクソゲーだな」

 

 ゴール下まで切り込んだ吼月は、飛び上がってレイアップシュートを決めようとする。これは確実に決まってしまったか。

 しかし––––速い。ひとつの影が視界に入った時、そう思った。

 

「!?」

「ふっ」

 

 バンッ!とバックボードが音を立てた。リングへと向かっていたはずのボールが、いつの間にかコートの中央へ飛んでいっていた。吼月の手から離れあともう少しでゴールするところだったボールが、リングに向かう途中で行く道を強制的に変えられたのだ。

 

「ハツカァ!!」

「甘いねショウくん!!」

 

 ボールを弾き飛ばしたのは、蘿蔔さんだった。

 きっちりとボールが最高到達点に達する前に弾いているのでゴールテンディングにはならない。

 

「うそぉ……」

 

 今の弾けるのかよ。

 シュートを止められたというのに、吼月が出した声がどこか嬉しそうな悲鳴に聞こえるのは気のせいだろうか。

 着地した蘿蔔さんは未だ浮いているボールを掴むと、そのまま攻め込んでいく。それを吼月が嬉々とした表情で追いかける。

 人の合間を縫ってパスが繋がりどんどん前へと駆けていく。そしてボールが蘿蔔さんへと再び渡る。阻むように吼月が立ち塞がる。

 

「止められないよ」

「やってみろ!」

 

 蘿蔔さんに並んだ吼月。

 しかし、それを急停止することで–––––これは。

 

「さっきの吼月のより速い……」

 

 数段速いストップ・バック・ショットヘッジで、吼月を抜き去った蘿蔔さんはそのままダンクでボールをリングの中へと叩き込んだ。激しく叩きつけられたボールが凄まじい音を出し、蘿蔔さんが掴んだリングが軋む。

 マジでダンクしやがった……。

 驚きで開いた口が塞がらない。

 

「だあーーー! くっそめ!」

「僕を相手に決めたいなら最後まで油断しちゃダメでしょ」

「だったら次は決めてやる!」

 

 吠えるように宣言する吼月は、伸び伸びとしているように思える。

 アリーナに設けられた壁掛け時計を見る。時間は20時を過ぎており、既に始まってから1時間以上たっている。

 試合の間ずっと吼月を見ていて分かったのは、蘿蔔さんとぶつかりに行くことが多い。蘿蔔さんと対峙するのが好きなのかと言いたくなるほどに。

 その時に限って吼月はニタりと笑う。

 倉賀野を除けば1番吼月と関わっているのは俺だろう。そんな俺が知らない吼月がいる。倉賀野といる時とも違う吼月だ。

 わざわざ誘ってきたのだから、蘿蔔さんとバスケをやりたかったのかもしれない。

 あの人といるのが吼月は楽しいのかな。

 

「……マジで惚れてないだろうな」

 

 杞憂だろうけど、吼月が倉賀野をフッたのが、蘿蔔さんのことを好きだっただとしたら、どうすればいいんだ。

 男が男を好きになるのはおかしいだろ……。可愛いのは認める。しかし女装好きとはいえ、相手は歴とした男なんだから。

 

 というか、蘿蔔さんも大概だ。更衣室で着替えてたとき、なんで吼月に色目を使ったんだ。

 

 ブザーが鳴る。交代の合図だ。

 小休憩でみんながコートの外に出て水分を補給する。

 

「はいショウくん」

「……ありがとう」

 

 少し遅れて出てきた吼月に蘿蔔さんが寄り添う。

 笑みを湛えた蘿蔔さんの顔は美しく、何人かのクラブメンバーが遠巻きでうっとりと眺めている。そんな微笑を浮かべたままの蘿蔔さんに差し出されたペットボトルを、吼月は小さく会釈しながら受け取った。

 倉賀野といる時みたいな雰囲気とは違うけど、どこかいい関係に見えるのは気のせいであってほしい。

 

「勝つ」

「ははっ、頑張ってねショウくん」

 

 うまく表現出来ないが、友達という距離感であると同時に、節々で見せる2人の仕草はまるで小さい吼月(子供)を世話する蘿蔔さん(大人)みたいにも見えた。

 

「……」

 

 よし、と俺は背を預けていた壁から体を起こす。

 こちらから出向かう必要はなかった。吼月が蘿蔔さんから逃げ出すように俺の下にやってきた。

 

「さっきは惜しかったな吼月。お前が負けたの初めて見たわ」

「負けてないが!?」

「負けた奴はみんなそう言うんだよ」

「まだ1ゲームあるから! 結果はその後だ……でもアレは入るだろぉ?」

「想定外を考えておかないから……」

「逆に想定内ではあるんだよなあ」

 

 蘿蔔さんから受け取ったペットボトルの中身の半分を一気に飲み干していく。

 

「逆にってなんでだよ」

 

 元々知っていたような口ぶりをする吼月に問いかける。

 すると吼月は微笑みながら、首を回して視線を俺から外す。

 

「ハツカは色々と強いから。身体能力もそうだし、今だってほら」

 

 見るとそこにはチームを組んでいるメンバーに囲まれている蘿蔔さんがいた。

 

「さっきはナイスブロックアンドシュート!」

「あのシュートは君のパスがあってこそだよ。ありがとう」

「〜〜っ、おう! 次も頼むよ蘿蔔さん!」

「ドリブルやポジショニングとか上手いけど、なにかスポーツでもやってたの?」

「知り合いの影響でバスケよ他にハンドボールやサッカーを齧ったことがあってね。体を動かすこと自体は慣れてるんだ」

「てか蘿蔔ちゃんめっちゃ高く跳んでなかった?」

「ジャンプは得意中の得意なんですよ」

 

 小休憩ごとに大勢に詰め寄られるのを見ると、大変だなと思うと同時にそれに臆せず気軽に話返せていることに感心する。会って2時間も経っていないのに、あそこまでチームに溶け込めているなんて恐ろしい。

 

「コミュ力たっか」

「あんなすぐに輪に入れるの凄いよな」

 

 俺はそれ以上に吼月が蘿蔔さんに敬慕の瞳を向けているのにも驚く。

 

「……もう一度聞くけど蘿蔔さんって男なんだよな?」

「さっきも男だって言ったし更衣室も一緒だったろ」

「いやあ……俄かに信じられない……女が男ですって偽ってる方が信じられるというか」

 

 実際ちゃん付けしている人がいるように、男と説明した東代先輩以外のメンバー–––いやあの人は男の娘として見てる節があるが–––は女と見ている。

 

「そんなまどろっこしいことをハツカはしないと思う」

「……お前は蘿蔔さんのこと好きだったりしないよな」

「マヒルと似たこと言うな。ハツカに恋はしてないよ」

 

 恋といった感情が含まれていないと分からせる素っ気ない答えに、俺は安心してしまう。てか、マハルって呼び捨てにした?

 

「尊敬してるだけだよ」

「なにを?」

「う〜〜ん……」

 

 吼月は憧れを言語化しようと唸り、整理できた頭の中から言葉を出してくる。

 

「自信満々だったり、自分を持ってるとか。自分がありすぎてマイペースなところがあるけど」

「それはお前もだと思う」

「いいや違うね。ハツカのは事実と実力で裏打ちされたものだから、余計にかっこよく見えるんだよ」

 

 吼月は蘿蔔ハツカという人物を理解しているように語る。

 俺はコイツがここまで褒める相手が今まで居ただろうかと蘿蔔さんと今の吼月に珍しさを覚えていた。

 

「なにより信頼できてる」

「……?」

 

 吼月の顔が俺の視界に映らなくなり、どんな表情をしているかは分からなかった。けど、どことなく語尾が弱くなっていた。そんな気がする。その理由はわからない。

 

「それでさ、吼月––––」

「吼月くん」

 

 ある程度会話が進んだところで、俺は本題を切り出そうとする。

 しかし、その声に被るようにして東代先輩が吼月に話しかけて来た。仕方なく、俺は口を閉じて東代先輩に会話の主導権を渡す。

 

「どうしましたか?」

「このまま出続ける形でいいか。疲れてるなら交代でいいけど」

「疲れてないので出れますよ」

「なら頼むぞ」

 

 東代先輩が、吼月の背を押してコートに入っていく。

 ……間が悪いな、ほんと。いいや、俺が追っかけて話しかければいいだけだ。でも、と動けず俯いてしまう。

 そんな俺の頭上から声がかかる。

 

「応野は出ないのか?」

「え?」

 

 吼月が東代先輩から逃れたのか、戻って俺を見下ろしていた。

 

「さっき何か言いかけてたよな。試合しながらでも話さないか?」

「……」

 

 ちゃんと聞こえてたのか。それでわざわざ戻って来たと。

 

「律儀な奴だな」

「なにがだ」

 

 そうだな。一緒に出れば、合間を縫って話ができるかもしれない。

 その誘いに乗ろうと言葉を返そう。

 

「いいよ。ここで話すことじゃないし、もう少し休憩するから」

 

 一歩立ち止まり、何故か断ってしまう。試合に一緒に参加した所で話せる時間があるのか分からないし。でもあと30分もすれば今日の練習は終わりなんだよなと、断ってしまったことに後悔が生まれる。このままだとズルズルと話す機会を掴めず終わってしまうかもしれないのに。

 しかし吐いた唾は戻らないように、訂正することも出来ずにいた。

 吼月は一度辺りに視線を配ったあと、俺を見たままいつも通り微笑んで「そう」と呟いた。

 

「俺は応野ともやりたいんだが」

「蘿蔔さんとやりたいんじゃないのか」

 

 俺とバスケをして楽しいのか?

 そう言いかけるより先に、

 

「楽しいよ」

 

 ドアを開けるようにピシャリと言い切る吼月。

 

「ハツカといるのは良いものだ。しかし、この場においては応野も強い。俺は強い奴と戦いたい。ま、応野が出るか出ないかは勝手だがな」

 

 一部惚気に聞こえる所もあったがそこは置いておいて……ハッキリとそう口にする言葉に嘘はない。俺はお前のお眼鏡にかなっているのか?

 

「お前、勝負事好きだな」

「ルールがある勝負事(ゲーム)は1番信頼できるからな。互いが課せられた法を遵守させるように務めさせられ、最後には確固たる結果だけが提示される」

「守らない奴もごちゃまんといると思うが……」

「その為の審判だろ。それに何か一つでも崩れれば俺の尊いとする勝負事(ゲーム)ではなくなる。仮に下法を使う奴が俺の道に立ち塞がれるわけがない。勝手に潰れるだけだ」

「凄いこと言うな……」

 

 確かに約束事を守らなきゃとならないとゲーム自体が成り立たないからな。吼月の言う通りゲームはではない。

 

「さて、それじゃあ後試合まで少しある。ひとつゲームをしようか」

「は? なんでいきなり」

「お前が勝てばそのまま休憩。負ければ交代。どうだ?」

「どうだ? じゃないぞ?」

「なんだ運試しでも俺に勝てる気がしないのか? なら、アイコでも応野の勝ち、俺は最初にこれを出す。これなら文句ないだろ?」

 

 吼月はそう言って握り拳(グー)を突き出してくる。

 

「確かに勝率は上がるけど……なんで急に」

 

 突然振られた勝負に俺が怖じ怖じすると、チラリと吼月の瞳が一瞬だけ蘿蔔さんへ向けられた気がした。そして少しニヤリと笑って俺を見る。

 

「俺が戦いたいだけだけど……?」

「……なんだお前ぇ」

 

 プライベートだとこんな感じなのか?

 ホント知らない吼月だわ。

 

「それじゃあ始めよう」

 

 そうして「最初は–––」と掛け声を始める。

 俺が出すのはグーだ。宣言通り出してくれれば俺の勝ちだし、仮に別の手を出すとしてもパーを警戒してチョキにする可能性の方が高いだろう。

 2人同時に手を振り下ろす。

 

「……」

「俺の勝ちだな」

 

 吼月が出したのはパーだった。

 負けれたことにどこか安心した俺がいた。そんな俺を見て吼月はいつも通りに微笑みかけてくる。

 そもそもこの場に吼月を呼んだのは俺だ。話をするのにウジウジとしていたら、楽しんでもらえず悪い気分にさせてしまう。

 それだけはダメだ。

「なら交代だな」と言って、吼月が後ろを向く。

 

「東代先輩、応野が変わってくれるそうです」

「そうか。悪いが頼むぞ応野」

「え? 東代先輩と交代するの?」

「ちょっと休みたいんだって」

「……」

「せっかく友達を誘ったんだ、チームとして組んで楽しめ」

 

 ほんとコイツはいっつもこうだな……。

 まんまと乗せられて笑い声を漏らしながら、俺はコートの中に入って行った。

 

「そっすね」

 

 ブザーが再び鳴り、試合が再開される。

 さて、話せる機会があれば良いけど。

 

「……」

 

 

 

 試合が再開してから暫く経った。

 ボールがコートラインを割って試合の流れが止まる。ボールが勢いよく転がりアリーナの外に出ていってしまったので、ボールを休憩してる人が取りに行ってる。

 

「ふう……やっと時間が出来たな」

 

 吼月ショウ()の横で応野が肩で息を吐く。

 

「また囲まれてるよ。大変だな」

 

 ハツカは、と視線を走らせるとまた他のメンバーに声をかけられている。

 ……まあいい。やっと出来た時間だ。さっさと終わらせよう。

 俺は応野に『さっき何を言いかけようとしたのさ』と声をかける。応野は息を整えてから俺に向き直る。

 

「最近、倉賀野とはどうなんだよ」

「良い関係だぞ。なんなら更に良くなっている」

「良くなってはないだろ」

 

 予想通りの問いにありのままの現状を話すが、応野は俺の答えに納得していないらしい。

 

「前は校門までは一緒に帰ってるって言ってたのに」

「そこを気にしてたの?」

「そりゃそうだろ」

 

 毒付くような尖った声色を応野が出す。

 いきなり今までと違う状態になったら、事情を知らない立場である応野たちからすれば心配することなのだろう。

 

「さっきのジャンケンもそうだけど、物事を見た通りに受け止められるのは応野たちの良い所だ。そこから見えない所をイメージできるようになれば更に良くなるぞ」

 

 俺が言えることではないけどな。

 それを聞いた応野は、首を捻りながら自身の金髪の髪をわしゃわしゃと弄る。いまいちピンと来ていないようだった。

 

「どういうことだよ」

「物事は目の前だけで起こってるわけではないということさ。信じるかどうかは応野次第だけどな」

「……隠れて何かやってるんだな」

 

 そこから先は教えたとしてもなんの意味もない。やっているという事実さえあれば良いのだから。

 

「まあ、お前らの雰囲気は前からよく分からないし、吼月が面と向かってそう言うなら信じるけどさ」

 

 応野が欲しかったのは直接の言質だ。なら、それを与えてやればもう踏み込んではこないだろう。

 今日の課題をクリアした所で伸びをしようとして、俺の身体は固まった。

 

『ッ––––!』

「綺麗……」

 

 アリーナを横切る大きなネットの奥。車椅子バスケをしているコートの中でひとりの男性が、片手で持ち上げたボールをリングへと放った。そのボールはまるで線路でも敷かれているような的確な放物線を描いてリングの中へと誘われる。

 ネットに掠れた音すらせず、ボールはコートに着地する。

 

「おお……片手で3ポイントとかすげえ」

 

 綺麗なシュートに見惚れた俺は思わずそう呟いた。

 

沙原(さはら)さんか。あの人めっちゃ上手いんだよな」

「知ってる人?」

「……まあね」

「応野がよく知ってる人なのか」

「そうじゃないけど」

 

 言いにくそうにしているが、よく知っている訳ではないと答える辺り人伝でなにかしらの情報を耳にした形か。

 人柄が悪そうには見えないが、綺麗に得点を決めた割には喜びもしていないし、かと言って作業をこなすだけのような無機質さもない。

 ただ身振りに影のようなものを感じる。

 気怠そうに車椅子を漕ぐ沙原の顔は上がっている。その先に向けて俺も天井を仰ぐ。

 アリーナの2階には観客席がある。

 別に公式戦などではないため人はほとんどいない。観客席に2人ほどおり、観客席の後ろにあるランニングコースを走っている人が数人いる程度だった。

 

––––どこを見てるんだあの人。

 

 沙原の視線は観客席にいる人に向けられてはいなかった。

 人を待ち続けるように虚しく空いている青い座席へと彼の瞳は試合が再開するまで向けられたままだった。

 

 誰か待っているのか……?

 

 彷徨った視線が地上に戻る。

 ピッ、と笛が鳴ると沙原は意識を変えたように、苦しさを僅かに見せた顔つきから選手の顔へ変貌しバスケに集中し始めた。

 

「………?」

 

 俺が気になった点はもう一つ。

 沙原を見つめていた者が俺以外にもう1人いた。それも観客席から。

 視線が交わることはないが確かに沙原を見つめている男性がひとり。遠目のため断定は出来ないが、外見だけであればこの場にいる高校生たちやハツカと近い年齢に見える青年だった。それもかなり整ったシルエットをしている。

 

「………」

 

 そんな青年と俺の視線がかち合う。気づかれるほど見ていたのかと思って「やべっ、見過ぎた」と心の中で呟くとすぐに顔を逸らした。

 顔の向きを戻した時にはボールが戻ってきていた。

 

「勝つぞ応野!」

「分かってるよ!」

 

 俺は応野の背を叩いて、戦闘態勢に入る。

 

「蘿蔔さん!」

 

 ボールがコートへ投げ込まれ、ハツカへとパスが繋がっていく。

 

「次こそ勝つ!」

 

 意気込んでハツカへと向かっていく。

 その時にはもう––––青年から微笑みかけられていたことは頭から消えていた。




【報告】
 次の投稿ですが、過密スケジュールで執筆が困難な状況にあるため一週間先延ばしにさせてください。
 申し訳ございません。
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