よふかしのあじ   作:フェイクライター

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第三十夜「元気」

「ご注文の品、お持ちしましたぁ」

 

 蘿蔔ハツカ()の目の前に大型のジョッキが置かれる。溢れんばかりに注がれたビールの泡が置かれた衝撃で左右に揺れた。

 いま訪れているのは行きつけの居酒屋【二日酔】だ。

 ビールやウィスキー、日本酒、焼酎など数多くの酒を提供してくれる店であり、そのツマミとなる料理も豊富に取り揃えられている。

 

「飲むのはいいけど随分急だね」

 

 テーブルを挟んで向かい合う相手を見て僕は言った。

 生大ジョッキに手を伸ばしてグピっと一気にあおる女性の名は平田ニコ。

 僕は彼女の誘いで【二日酔】に飲みに来ていた。

 顔をあげた拍子に動いた前髪に隠れていた左眼がこちらを覗き、今呑み込むからと手のひらをこちらに向ける。

 

「ふぅ……おいしい……急に暇ができたからさ」

「なるほどね。道理で僕ひとりなわけだ」

 

 テーブルを囲んでいるのは僕とニコちゃんのみ。突然の誘いに乗ることが出来たのは僕だけのようだ。

 

「カブラさんたちは?」

「カブラは仕事でミドリはオフ会?ってやつ、セリは秋山くんと一緒に弱点探し」

「みんな大変だね〜」

「だなぁ」

「あと、ベランダから来るのやめない? そういうところが七草さんと似てるんだよ」

「ハツカも思ってたのか!?」

 

 目を見開いて驚くニコちゃん。驚く時は素直に反応することも七草さんと似ている。

 

「ハツカは誘ったら来てくれるからな」

「まるで僕が暇人みたいな言い方するじゃん」

「だったらなにしてるのさ」

「ペットの躾したり、この間は七草さんや夜守くんと飲んだよ」

「またお前だけ飲んだのか。ナズナのやつ……」

「僕の弱点消しの手伝いついでだったし。そうだ。ニコちゃんの方はどうなの?」

「アタシの方も眷属に頼んで粗方消したよ。それでな––––」

 

 情報共有を兼ねて近況を話していく。

 僕からは弱点の抹消、夜守くんと七草さんの進展、あとは朝井アキラという女子の話など。ニコちゃんからは同じく弱点の始末についてと、僕たちの仲間である本田カブラについてだ。

 どうやらカブラさんが勤めている小森第三病院に、吸血鬼殺しの探偵–––鶯アンコがやってきたらしい。

 狙いはその病院の中にある、かつてカブラさんが使用していた一室に保管されていた人間だった頃の私物。

 夜守くん達が事前に弱点のことをカブラさんに伝えていたため、眷属を使って破棄しており事なきを得た。それでも、かなりギリギリであったようだ。

 

「…………」

「どうかしたのか?」

「いや、そっちに行ったんだな。と」

「その探偵、ハツカも襲うぞみたいな口にしてたんだったか」

「うん。あの時は秋山くんに専念してたからだと思ったけど……」

 

 にしては、日が経ち過ぎている。

 あの時鶯アンコは「今回、蘿蔔ハツカ()には用はない」と言っていた。

 だから、どこかのタイミングで僕を襲ってくるかとも思っていたが音沙汰なし。吼月くんが居たからとも考えられたが、秋山(あっ)くんが襲われた時は僕と夜守くん、そして夕くんも居たためその考えは捨てるべきだろう。

 わざわざ警戒させるだけさせて何故カブラさんのところへ向かった?

 殆どの弱点を消されたから襲うのをやめた? 

 

「探偵が人間の味方を気取っているとしたらカブラを狙うのもわからなくないけどな」

「カブラさんの悪い癖はね」

 

 カブラさんは人の物を欲しがる癖––––寝取り好きである。相手がたとえ妻のいる夫であっても、他の誰かの眷属候補であっても。

 だから標的として狙われる理由は分かる。

 

「納得いってなさそうだな」

「ちょっと引っかかってね」

 

 僕は箸を置いてあの日のことを思い出す。

 秋山くんが襲われた後、僕とセリちゃんで探偵さんを撤退させた。確かその時、鶯アンコは––––

 

「ねえ、七草さんって眷属いないんだよね」

「居たら大きな噂になってるだろ」

「だよねえ。いたらニコちゃんが逃すわけないし」

 

 鶯アンコの去り際の言葉を思い出す。

 

––––夜守くん。七草ナズナは元気か?

––––それと夕マヒルくん。星見キクは……

 

 僕は何故か出会った日に吼月くんが言っていた事も思い出ししていた。

 

––––アンタら……その探偵の大切な奴を目の前で消したんじゃないだろうな。

 

 目の前で殺すことはなくても吸血鬼化を発端に何かしらの問題が発生した可能性は十分にある。特にキクちゃんは様々な問題を抱えている。優秀な吸血鬼であるキクちゃんだが、その後の処理に問題があり、彼女への対応は吸血鬼でも困っている。

 僕の主観が多く含まれているがキクちゃんに言及する探偵さんの声はどこか震えていた。

 身を焦そうとする怒りのようでもあり、得体の知らないものに触れるようなものでもあった。

 

「元気、か」

 

 それ以上に僕が気になるのは七草さんへの言葉。

 キクちゃんについて言及する声とは真逆のもの。

 

「ニコちゃんは七草さんと付き合いは長い方だよね」

「そうだな。一番はカブラだとは思うが……ナズナはそれを認めないしな……」

「だったら夜守くん以外の友達って知ってる?」

 

 そう訊ねると、ニコちゃんが一瞬強張った。

 いつものスッキリとした涼しい表情に戻った後も、深く考え込むように瞳を閉じる。

 少ししてニコちゃんの口が開く。

 

「すまない。アタシからはなんとも言えない」

「そう」

 

 何か手掛かりになりそうなことは知っているようだった。

 僕はそれ以上何も訊かなかった。

 下手に問い詰めなくてもニコちゃんならば正しい判断をしてくれる。それが分かっているから僕はここで話を区切った。

 

「せっかくお酒飲んでるのにいやぁ〜な話ばっかりしてちゃ不味くなっちゃうからね」

「飲むべのむべ」

 

 空気を入れ替えるように僕たちはまた生大ジョッキを注文する。

 

「そういえばハツカ」

「どうしたの」

「お前、ツマミ食う派だったっけ?」

 

 ニコちゃんが目を向わせたのは僕の前に置かれた皿。

 炙りエイヒレが青葉と一緒に盛り付けられているものだが、料理が置かれていること自体が彼女からしたら珍しく映ったのだろう。

 吸血鬼は血しかエネルギーにならない。ならなくはないが、得られる栄養は微々たるもので、血液以外の食事を摂る吸血鬼は少ない。

 僕は思わず苦笑してしまう。

 

「ははは、最近は食事にうるさい子が出来てね。つい頼んじゃったんだ。食べる?」

「食べる」

 

 皿をテーブルの中央に移動させて、ふたりでエイヒレを食べていく。

 食事を進めながらニコちゃんが、僕の言った食事にうるさい子(吼月くん)について訊いてくる。

 

「なになに新しい眷属(子供)? どんなヤツ?」

 

 吸血鬼が人と接触する時は基本眷属にするか血を吸うかだ。今回はパターンは前者であり、恋愛が絡む内容。

 恋バナ好きのニコちゃんはさっきと打って変わって楽しそうな顔だ。

 にしても、どんなヤツ、か。

 どう説明したものか。

 

「……狐?」

「妖怪を相手にでもしてんの?」

「当たってるような……はずれてるような……」

 

 彼の代わりようは妖怪といえるだろう。

 

「写真とかあるの?」

「写真……あぁ、たしか以前に撮ったものが……」

 

 僕はスマホの写真アプリを開いて画像を探す。

 写真はすぐに見つかった。

 吼月くんをマネキンにした時に試着室で撮ったものだ。黒と青色を基調にした退廃的なデザインのゴスロリ姿をしている。

 堂々と胸を張ってフリルスカートと淡い葡萄色の髪–––このウィッグを使うことはかなり序盤で決めた–––を靡かせてはいるが、目線がカメラに向いておらず頬も微かに朱に染まっている。

 この写真を見たニコちゃんは目を丸くして驚く。

 

「おおぉ……人間にしてはかなり綺麗だな……雰囲気も本人に合ってるし。でも、女の子? ハツカってこんな趣味あったか?」

「夜守くんのこともあったし、偶にはこんな子もいいかなって。あと男だよ」

「え!? これで!?」

「ふっふん! 凄いでしょ」

 

 素材の良さを活かし切る僕の手腕があってこその美しさだ。街を歩かせても十分通じるだろう。

 

「普段からこんな格好してるのか?」

「さすがにそれはないよ」

「そ、そうか……やっぱり違うか」

 

 ニコちゃんは「リラちゃんの友達になれるかと思ったけど……」と少し肩を落とす。反応を見る限りリラという子もロリータ系のファッションをする人なのだろうか。

 

「もしかして邪魔したか?」

「ん? なんで」

「だってほら」

 

 写真のある一点をニコちゃんは指を差す。

 それは試着室の奥にある鏡だった。

 

「鏡に映ってるということはまだ候補なんだろ。今日も一緒にいるつもりだったんじゃないのか?」

「いいよ。この後会うし」

 

 別に焦ったところで何も変わらないし、時間はあるのだからたっぷりと使って彼を僕に染めるべきだ。

 しかし、ニコちゃんの懸念はそこではなく、

 

「もう夜遅いけど大丈夫なのか? 親にバレたら不味いんじゃないか?」

「夜守くんだってそうじゃん」

「彼は例外だろう」

 

 改めて考えてみると確かにそうだ。

 夜守くんや夕くんのこともあって夜に来れて当たり前と考えていたが、普通は違うよね。

 

「夜守くんと同い年なの?」

「うん。同級生。この間は楽しそうにどつかれてた」

「どういう状況?」

 

 けれど初めて僕の家に来た時、気絶するまで飲んで結果、一晩泊まることになっても特に怒ることもなかったので割と緩い家庭なのかもしれない。

 

「でもそうか〜……ナズナの次はハツカがか……セリも眷属作ったし、アタシもそろそろ六人目作ろうかな」

「目ぼしい生徒さんはいるの?」

「去年の卒業式に告白しに来てくれた子とか良いかな〜〜って。でもあの子は熟してからの方が……」

「相変わらず教師にしては歪んだ想いを」

「いいだろ。これが教師の本懐なんだよ。立派になった生徒が会いに来てくれてもう一度アタシに想いを伝えてくれる。ほんと、感動するんだよなぁ……」

「そこでパクッと行っちゃうと」

「いいや。もう少し様子を見る。生徒と教師だったシチュからアタシの厳正なる審査()を通ってはじめて眷属になれる」

「ほんと教師の立場を満喫してるねニコちゃん」

 

 楽しそうに笑うニコちゃんにツッコんでいると、店員が新しいジョッキを持ってやって来た。

 

「飲み物お待ちしましたあ」

「ありがとう」

 

 ふたりで受け取り、酒をつまみながら吸血鬼トーク(恋バナ)を再開していると、

 

 ポコリン。

 

 ニットワンピースのポケットから聞こえてきた電子音。僕のスマホへの着信だった。

 

「おっ。件の男の()ちゃんから?」

「そうみたい」

 

 見てみると、メッセージが入ってきていた。

『思ったより早く終わった。いまどこにいる?』と呟いている。

『二日酔って居酒屋』と返信すると、すぐに既読がついた。

 

『居酒屋か……お仲間も一緒?』

『そうだよ。よく分かったね』

『だって出ていく理由がなかったらハツカって基本引きニート気味だし』

『よし。分かった。とくとお仕置きしてあげる』

『事実じゃん……』

 

 冗談まじりに会話を続ける。

 僕には素直なままで良いとは言ったけど、もう少しオブラートに包むことを覚えるべきだ。

 今日はそのことをじっくり教えてあげよう。

 

「ふふっ。ヒキニート……」

「なに?」

「まあお前、サッカーの祭りの時も出てこなかったしな」

「……」

 

 いつのまにか僕の隣にまで移動してスマホの画面を覗き込むニコちゃん。口は抑えているが、目の微笑みは隠せていない。

 え? もしかしてニコちゃんにもそう思われてるの?

 

「なんか友達みたいなやりとりだな」

「まあ、まだ友達だしね」

「へえ……」

 

 もう一度、画面に視線を落とす。

 

『でも居酒屋でしょ? 子供も入れるのところ?』

『入れるよ』

『分かった。じゃあそっちに行くから他の吸血鬼にもよろしくね』

 

 店のリンクと座席の番号だけ送り、スマホをしまう。

 

「え、待って。吸血鬼だってことバレてるの……?」

「うん。僕とショウくんの現状(いま)を話しておくけど……」

 

 

 

 

 俺は送られてきたリンクから二日酔のホームページまで飛ぶ。

 最近わかってきたことなのだが、俺は口下手なのだろう。応野や飯井垣、斎藤といった面子には意識しなくても上手く会話できるのに、ハツカや理世に対してとなるとなぜか本音のまま話してしまうことが多い。

 気を許しているのかと言われればハッキリとは答えられない。

 ただ、血を吸われれば考えていることがバレるハツカはともかく、理世にもそのまま喋ってしまうは不味いだろう。

 

「お仕置き……」

 

 なにをされるんだろうか。

 また血を吸われるだけなんだろうなと考えてしまい、それほど脅威に感じられない。

 だとしても、その仕置きで俺の欠点が直るのであれば万々歳だ。

 

「ま。ひとまず第一関門はクリアしたし、今日は仕置きされに行きますか」

 

 そういえば、と辺りを見渡す。

 

「今日はあの変な男、居なかったな」

 

 昨日、観客席から沙原を見ていた謎の青年。

 車椅子バスケの団体からのスカウト……なんて夢ある話ならいいのだが、なにか引っかかる。既視感のようなものを覚えているのだ。

 青年という個人としてではなく何か漠然と覚えがあるような。

 俺はもう一度首を振って視界を広げる。

 周りには誰もいない。

 

「ん?」

 

 そう思えたがひとつ、街路樹に隠れるようにしながらも確かな気配を感じた。同時に聴き馴染みのある電子音が聞こえた。

 

 ピコリン。

 

 電子音が聞こえた場所に目を向けると、俺は八雲が口にしていた「今日もひとりか……」という言葉を思い出す。

 少し立ち位置を変えるとハッキリとシルエットがキチンと分かる。

 

「……思いの外、尻尾を出すのが早いな」

 

 かなり若い女性だった。

 街灯に照らされた姿は、恐らく沙原と同い年ぐらいで制服を着ている。女子高生だろうか。見た目はかなり派手で、一番最初に目につく髪色は根本は金髪だが、毛先にかけて紫色へ変わるグラデーションがかかっている。

 それを見て俺はあんな髪色する人実在するんだな、なんて思っていた。

 

 ピコリン。

 

 また音が鳴る。

 けれども彼女は気にしていないのか、はたまた気づいていないのかスマホを手に取らない。

 

「……」

 

 けれども、派手な見た目とは裏腹にどうにも思い詰めたような顔をしている。それはどこか沙原が見せる貌と似ていた。

 こちらには気づいておらず、背を向けて去っていく沙原だけを見ている。

 

「たくっ……」

 

 自然と俺の足はその女性の下に向かっていた。

 背後を容易く取れるほど、彼女の意識は沙原に囚われていた。

 

「ねえ」

「ひいっ……!?」

 

 突然後ろから声をかけられた女性は、悪寒が全身を駆け巡ったかのように体を震わせる。ゆっくりと俺の方へと向き直る。

 この場合、端から見たらどちらが不審者なのだろうか。

 

「き、キミは……」

 

 震えた声のまま尋ねてくる。

 

「沙原とさっきまでバスケをやっていた男だ」

 

 名乗る必要もない。

 相手もこれ以上は求めてないだろう。

 

「アンタが沙原といつも一緒にいる人だろ。ここでなにをやっているんだ」

「なにやってるって……」

 

 念を押すように最低限の確認をする。

 わざわざ俺が出張る意味なんてない。あのままでは尻込みしたまま動けなくなってしまいそうで、ここを逃せば発破をかけることすらできなくなるかもしれない。

 俺の問いかけに、一瞬彼女の目線だけが沙原に戻った。

 それが答えだろう。

 

「沙原、寂しがってたよ。早く連絡するなりして足止めしないと帰っちまうぞ」

 

 嘘だ––––沙原からはなにも聞いていない。俺が沙原から感じる意思を、そしてこの女から感じる衝動をそのまま出力しているだけだ。

 そんな俺の戯言を彼女は、

 

「うん。ありがとう」

「っ!?」

 

 肯定し、躊躇わず俺の手を取った。

 

「キミの言葉でほんの少し、勇気が出たよ!」

「……」

 

 一般的に可愛げのある仕草とはにかんだ笑顔で感謝を述べる。平々凡々な人間なら落ちてしまいかねない微笑み。

 こんな自然な笑顔があるのかと思わせるほどのもの。

 

「ありがとね!」

「おい、まだ話は終わってない」

「じゃあーねー!!」

 

 俺の制止には聞く耳を持たず手を振って、もう見えなくなった沙原の後を追いかけていった。

 

「……しくじったか」

 

 けれどもそれ以上に、

 

「なんだろう、凄いデジャビュを感じる……」

 

 まさか、そんなことは––––と考えるものの確証はなかった。

 俺がいま言えることはただひとつ。

 

「空回ってるねぇ〜……」

 

 不安が的中しないことを願いながら、ただ暗い夜道を歩いていく。




 
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