よふかしのあじ   作:フェイクライター

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第三十一夜「餌の務め」

 予感は的中した、と言うべきだろう。

 体育館前から市民公園に設けられた駐車場までの暗い道のりの間に沙原とあの女性はいなかった。

 駐車場へ辿り着く前にエンジンを蒸す音が聞こえ、車道を照らすヘッドライトが俺の後ろ側に走り去っていたことがあった。恐らくそれが沙原を乗せた車だったのだろう。

 しかし、気になるのはあの女性。

 間に合わなかったとしても、駐車場には居ると思ったのだが見当たらない。どこへ消えてしまったのだろうか。

 

「仕方ない」

 

 踵を返し、俺はハツカとの待ち合わせ場所に向かったのだった。

 

 そこから暫く経ち、俺は居酒屋【二日酔】の前まで来ていた。

 店内の喧騒が外まで届いてくる。

 戸に手をかけた時少し隙間があるのを認める。恐らくここから声が漏れ出していたのだろう。

 

「こんばんはー」

「いらっしゃいませー! ……て吼月じゃん」

「おお、戸郷じゃないか。ここでバイト?」

「そうだぜ!」

「そっか。それでなんだけどさ––––」

 

 入店して店員に話しかけると偶々知り合いだったためスムーズに話を進められ、ハツカたちの座席番号の場所へ案内された。

 

「じゃあ頼むな」

「ごゆっくりーー!」

 

 店員と別れて俺は案内された座席に目を向ける。

 そこにいるのは数杯のジョッキを乾したハツカと長身の綺麗というよりカッコいい女性が向かうようにしてテーブルを囲んでいる。

 

「よっ」

「やあ。……嫌なことでもあった?」

「別になかったけど。それより、俺って変な匂いする?」

「いいや、しないけど」

「そっかなら良かった」

 

 小さく手を振り合って、俺はハツカの隣に座る。

 確認するように俺は目の前の女性に尋ねる。

 

「貴女がハツカのお知り合いのコウモリさん? 俺は吼月ショウ、小森第二中で生徒やってる」

「平田ニコだ。よろしく……小森工業高校で教師をしている」

 

 長身でスーツ姿の女性は俺の感性から言えばカッコいいになる。

 美人で動くと確定で画になる。回し蹴りしたときに前髪に隠れた瞳を映すカットとかあったら見入っちゃうかも。

 ぜひ、坂◯監督に撮っていただきたい。

 

「教師。ああ、生徒好きの」

 

 そして、恐らく沙原が通っている学校の教師。

 吸血鬼だろうから、顔見知りかどうかは怪しいけれど。

 

「私が好きなのは教師ならではのシチュだよ」

 

 平田と名乗る女性はどこかピリッとした口調で返事をする。そこで俺は気づいたがこの場の雰囲気自体がひりついているようだ。

 コウモリという用語が気に食わなかっただろうか。直接的な単語を使わずに彼ら彼女らを表すにはピッタリだと思うのだが。

 

「俺との勝負のこと話した?」

「話したらこうなったの」

 

 あのやり取りのあと平田に現状の説明をしたそうなのだが、その時の彼女はかなり苛立っており、ここが店でなければテーブルを叩き割っていたとのこと。

 片手でテーブルがバキンと真っ二つになるイメージが湧いてくる。

 しかし、先に説明してくれて助かった。また変に驚かれるのは面倒だ。

 

「ハツカにも言ったが、吸血鬼の存在を広めかねないキミは殺した方がいいと思っている。夜守くんと違ってキミはハツカへの恋愛感情もなければ、吸血鬼になるつもりもないのだから」

「知ってるよ。それがアンタらのルールらしいからな」

 

 そう答えはするが、平田からは殺気を感じない。

 あくまで雰囲気が固まっているだけ。

 ハツカの時みたいに少し煽るべきだろうか、と思いながら平田を見つめていると彼女はスッと肩から力を抜く。

 俺は首を傾げる。

 

「しかし、もうひとつ夜守くんと状況が違う。それは相手がハツカだということだ」

「……」

「だから落ちそうになった時はとくと恋バナを聴かせてもらうよ」

 

 理性的な彼女はただ俺だけを見つめる。

 問題ないと言いたげなサッパリとした彼女の顔を見て、俺は心から嬉しくなった。

 

「なんで笑ってるの?」

「さあな。口だけじゃなかったと嬉しくなっただけさ」

「……?」

 

 きっと平田からのハツカへの信頼が、俺が背を見る相手として間違いないと認められているようなものだったから。

 その事実がこの上なく嬉しい。

 

「案外大丈夫そうだな」

「?」

「注文の生大と烏龍茶、鉄板焼きです!」

 

 平田が不意に呟いた言葉を聞き取ることができず気になるが、店員の声に遮られて聞き直すタイミングを失ってしまう。

 しかし、終わった話を蒸し返すのも悪いのでそこまでの話は遮って雑談を始めた。

 

「コウと俺の状況が違うって言ったけど、吸血鬼に関わってるのは同じだろ? ナズナさんのことは信頼してないのか?」

 

 相手がコウだから。そう言った理由ならば俺もわざとらしく肯首するとこほではあったが、吸血鬼であるナズナさんならハツカと性格が違えど恋に落とせる信頼はあるだろう。

 その答えを平田はすぐに提示してくれる。

 

「ナズナは今まで眷属を作るどころかマトモに人間を落とそうとしたことがないからな。ハツカと比べたら当然不安はある」

「一緒に飲んでた時に夜守くんが初恋だって知った時、顔真っ赤にしてたでしょ? 七草さんって恋愛初心者だから恋バナになるとああなっちゃうの」

「……あれってそう言うことだったのか。てっきりハツカと同じでストレートな物言いに照れる初心なのかと」

「ハツカ?」

「いきなり僕に飛び火してくるじゃん」

「だって俺が可愛いって言ったら噴き出してたし」

「そんな台詞言わなさそうなキミが言ったから驚いただけって言ったでしょ!」

「それが照れてるって言ってんだろ!?」

 

 本気で言ってたのかと仰け反る。

 今まで照れ隠しだと思ってたぞ。

 

「へえ〜〜吼月くん。そのへんの話をもうちょい詳しく」

 

 注文をしながら、すこし前の話を交えつつ会話していく。

 

「吼月くんは血自体は吸われてるんだよな」

「そりゃまあ。じゃなかったら勝負が成り立たないし」

 

 左の首筋を撫でると、平田は俺の指先が触れる肌をじっくり見つめてくる。

 知的な吸血鬼(ヒト)ではあるのだろうが、血への欲求は本能的なもののようで卑しい視線を向けてくるのも変わらないようだ。

 

「ふぅ〜ん。興味あるな、キミの血の味。ハツカ、どうだった?」

「……美味しいよ」

 

 ハツカは答えたくなかったのか、少し間を置いてから俺の血の味を認めた。

 それを聞いて、また俺は安心していた。

 

「なら、吼月くん。飲ませてもらっていいかな」

「構わないが……イテェっ!?」

 

 服の襟に手をかけようとした時、パチンッと乾いた音が鳴った。同時に手の甲に痛みが走る。

 結構いたぃ……。

 

「なにぃ?」

 

 手を叩いた本人であるハツカに俺は目を移す。

 ハツカは語らないが、言わんとすることは察しがついた。『勝手に僕のものを他の人に渡そうとしてるの』と言いたげな横顔でジャガイモとベーコンの鉄板焼きに箸を伸ばす。チーズがトロリと糸を引く。

 腹が減って生命活動的にしないといけないから飲ませてくれってことじゃないのか?

 ……しかし、ハツカのこの表情。

 通路には誰もおらず店員も通らない。喧騒の中なら少し騒いでも紛れるだけ。

 よし、ちょっと遊んでみるか。

 

「良いぞ平田。こっちに来い、飲ませてやる。いや、やっぱり俺から行くわ」

「は?」

 

 俺の行動に驚くハツカ。

 血を飲みたがっていた平田も少し驚いている。そんな彼女を俺はただ一点、瞳にだけ笑みを湛えさせた表情で見つめる。

 平田が一瞬、ハツカに目をやった。

 

「いいのか?」

 

 それはハツカに向けたものだったろう。しかし、ハツカが答える前に俺が口を出す。

 

「ああ、俺の血は誰ものでもないからな」

 

 ハツカの隣を離れて平田のそばに近寄ると、彼女の左手と右肩に俺の掌を重ねる。彼女の顔へ首を近づける。

 

「なにも言わないご主人様より、飲みたいと言ってくれる方に差し上げるのが人間()の務めだからな。それとも生徒に襲われるシチュエーションは嫌いですか? 先生?」

「……悪くない」

 

 俺はわざと平田に生徒–––俺ではなく担当している相手たち–––を空想させる。空想の仕方は大事だ。よりイメージできる状況であればあるほど、その空想は強い力と価値を持つ。

 しっかり空想できた平田は頬を朱に染める。

 吸血鬼よ、やはり耐性弱いのでは?

 

「いい趣味をなされてますね。じゃあ俺に付き合ってくれ」

「なるほどな」

 

 こちらの意思を汲み取ってくれたのか、平田は意味ありげに楽しそうに笑う。

 以前、ハツカに吸血鬼は顔がいいと言われた覚えがあるが、確かにと思った。ハツカと平田、ナズナさんも総じて容姿がいい。方向性はそれぞれ違うが、だからこそ多種多様な人を眷属にして種を増やせるのだろう。

 

「先生」

「……なんだ」

「血を吸ったら俺の悩み、聞いてくれますか?」

「え? あ、あぁ……ハツカじゃダメなのか」

「ええ、ハツカじゃダメなことです」

 

 彼女はどう答えてくれるだろうか。

 俺はちらりと横目でハツカを視界に入れた。

 

「ねえーー」

「俺、雰囲気読むの下手くそだからな〜」

「……っ、っ」

 

 俺はハツカの言葉足らずな制止を無視する。ハツカの眉がピクリ、ピクリと動いたのがわかった。

 やべえ、楽しい。

 

 しかし、飲まれるのなら美味しい血を平田にも口にしてほしい。

 俺の感情の昂りが味の良さに作用するんだったな。いっそのこと平田の事を押し倒してやろうか。いや、それだと店にも迷惑がかかるし、なにより今の状態で吸血鬼を押し倒せるとは思えない。

 だから、今まで通り俺は服を引っ張り肩まで露出させる。

 

「ハツカおすすめの俺の血。どうぞご堪能あれ」

 

 右側の首筋を差し出すと、平田も口を開いて犬歯を見せてくる。焦らすようにゆっくりと、これでもかとスローモーションで牙を近づけてくる。

 

「……」

 

 そして遂に平田が俺の首筋に牙を立て。

 

「いただきます」

 

 

 

「ストップ!!」

 

 

 

「おや」

「おっと……」

 

 血を飲む直前でハツカが割って入ってきた。

 

 

 

 

 気がつけば僕は吼月くんとニコちゃんの間に身体を滑り込ませていた。

 思わず透過を使ってしまった。

 僕は吼月くんと向き合う。首筋に傷はなく、ギリギリ飲まれずに済んだようだ。

 

「何考えてるの」

「なにって?」

 

 分かってるくせに、と僕は目を細める。

 

「なに怒ってるの? 言えよ。言ってくれなきゃ分からないぞ。……俺は吸血鬼ほど人の機微には疎いからな」

 

 欺くように語る吼月くんに憤りを覚える。

 

「ハツカは誰の、なにが、自分のものであって欲しいの?」

「……」

「王は民につくされ、尽くされた分を望みとして返すんだろう? だったどう尽くして欲しいのかくらい言ってよ。言えないなんて女王様失格だよ」

「むぅ……」

「ほら、誰の血がハツカのものであって欲しいの? なあハツカ様?」

 

 微笑む吼月くんはあどけなくそれでいて妖しい美しさがあった。僕の独占欲を利用するケラケラとした笑い。最近は子供らしさしか僕だけの前では見せなかったから、敵対関係である事を失念していた。

 自分の口から言いたくはなかった。ニコちゃんが断ることを望んだが、なんか思いの外楽しんでいるので期待できなかった。

 僕は諦めて––––

 

「……ショウくんの血は僕だけのものだ」

「にひひ、分かった。照れて可愛いハツカに免じて、これからはハツカ以外に飲ませないね」

「吹ッッッ飛ばすよ」

「ねえ平田。ハツカ、照れてるよね」

 

 振り向いてニコちゃんを見ると、静かに頷いていた。

 吼月くんは満足げに元の席へと戻った。

 それに続いて僕も元の席に座った。

 

 

 

 

 心が満たされるのを感じる。

 昨日はたっぷり弄ばれたので、今度は俺がハツカを弄んでみたかった。相当恥ずかしかったのか身体がプルプルしてる。クールだったり王様ムーブのハツカからは考えられない顔の赤さ。

 王様してるときのハツカの感情を少し学べた気がする。

 大きな収穫だ。次はより上手く立ち回って学ばなければ。

 それよりも、ハツカだけの血か。

 

「なんかいいな……」

 

 この声はハツカには届いていなかったようだ。

 そうだ、と俺は思い出して隣に座り直したハツカを見る。

 

「ねえ、ハツカ」

「なに?」

 

 不機嫌そうに顔を逸らすハツカ。

 

「それだと取れないぞ」

「なにが」

「唇にチーズがついてる」

「え、ほんと」

 

 向き合った時から気になっていたこと。

 ハツカの下唇にチーズがくっついていた。恐らくピザ風鉄板焼きのチーズが残っていたのだろう。慌てて拭こうとハツカもテーブルナプキンへと手を伸ばす。

 俺はそれに待ったをかける。

 それだけの為に使うなんて紙の無駄だしな。

 

「取ってやるよ」

「別にいいって」

「取らせてよ」

「あっ」

 

 顔がこっち向いた瞬間、手を伸ばして指でチーズを掬い取る。そのまま指についたそれを自らへと口に運んだ。

 

「うん、美味し。ハツカ味のチーズだね。……あっ、うっう!……だな」

 

 クリーミーなチーズに少し半透明な液体が混じった代物を俺は飲み込んだ。

 

「ほぇ……」

「おぉ」

「?」

 

 チーズをパクりと平らげると、ふたりがなんとも言えない表情で俺を見つめる。体感だが数十秒は続いただろう。

 

「ちょいちょい。2人とも、少し良いかな」

「なに?」

「どうかしたの?」

 

 気を取りなおすように平田が話を始めた。

 

「まずハツカ」

「……」

「頑張ってこのキツネを狩れ。協力するから」

「うん」

「?」

 

 俺は激励としてしか受け取れなかったが、平田の声はどこか含みのある言い方をしていた。

 

「次に吼月くん」

「なんだ」

「人を出汁にして遊ぶのはやめなさい」

「ハツカはわやわやしてるのを見たかったのも確かだが、平田を出汁にはしてないぞ」

「いつも血を吸われてる首筋とは逆の方を出しておいてなにを言ってる。元々アタシに飲ませる気なんてなかったのだろう」

「まさかまさか。それは位置の関係もあるし、飲ませる気はありましたよ」

 

 飲まれたら飲まれたで、生徒を傷物にした教師がどんな反応をするか楽しみではあったけど。

 平田も結構乗り気だったし。

 

「それに悩みくらいいつでも聞いてあげるから。わざわざ血を払う必要なんてないよ」

「……? なんでですか?」

「これでも教師だからね。子供の悩みと向き合うことに対価を求めるつもりはないからね」

「……」

 

 へえ、と俺は思わず心の中で呟いた。

 そうして俺はスマホを取り出して、ラインアプリを起動する。

 

「だったら、これ。登録して貰っていいですか」

 

 平田にスマホのQRコードが表示された画面を見せる。

 特に嫌がる素振りを見せずに平田はそれを読み込み、俺のアカウントを登録してくれる。平田のアカウントが友達登録される。

 ハツカに止められるかなと考えたが、そこまで制限するつもりはないようだった。

 

「ありがとう。では、今日は俺が奢ろう」

「いや、子供に払わせるわけには」

「そう気負うな、さっき化かしたお返しだよふたりとも。ここのメニューは見た限り酒もツマミも安価だしな。酒ばかりなら俺でも払える」

「……キミ、結構裕福なの?」

「浪費家じゃないだけさ。ハツカも飲んでくれ、俺の血を飲むのに相応しい機になるまでな」

 

 それに多分、金だけならまた来るだろうし。

 

「なら、飲まれすぎて味を落とさないでくれよ」

「問題ない。払いたい相手に注ぎ込むのに気を落とすわけ無いだろ?」

 

 カズミンならそうするだろうし。

 そうして、俺たちは飲み明かした。




 この後、ショウはたっぷりお仕置きされたんだと思います。もしかしたら、ニコちゃん先生も加わったかもしれませんね。
 需要があったらその手のやつも書いてみたいな……。女王ハツカ様とニコちゃん様。相手はコウくんとナズナちゃんかな。
 せっかくならナズナちゃんにはカブラさんも加えて。

 次回の日曜日ですが、よふかしのあじを投稿できるか分かりません。
 その事だけ、よろしくお願いします。
 
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