よふかしのあじ   作:フェイクライター

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第三十二夜「スカウト」

「よっしゃ今日も終わり!!」

 

 クラスの誰かが授業で溜まった疲れを吐き出した。

 委員長が発した号令のあと、教室の中が騒がしくなるのに反して俺は静かに席に着く。騒がないのにも理由はいくつかあるが、最近はこのタイミングになると猛烈な眠気が襲ってくるからだ。

 

「ふぁ……」

「今日も眠たそうだな」

 

 たまらず漏らしたあくびが近づいてきた応野の耳に入った。

 

「ゆっちゃん先生も心配してたぞ」

 

 ゆっちゃん先生というのはウチのクラスの担任である|由実梨先生だ。以前授業中に『夜更かしなんてのは、大人になったら嫌でもするんだから』と忠告していた先生。俺はそれに逆らってガッツリ夜更かししてるのだけど。

 

「授業中に寝てないんだから別にいいだろ。ふぁ、はっは……眠み」

「流石優等生。ムカつくほど真面目だね」

 

 近寄ってきた応野は、そのまま既に持ち主が帰った俺の前の席に座る。

 顔だけ応野に向けながら荷物をカバンの中にしまっていく。

 

「にしても珍しいな。応野が教室で話しかけて来るなんて」

「いつも話すのは生徒会の時だしな」

「そうそう。槍でも降るのか?」

「俺はお前の不吉かなにかか」

 

 目を細める応野に「まさかまさか」と手をひらひらと動かして誤解だと表明する。

 しかし、珍しいのは本当だ。

 応野が教室で話しかけてきたのはこれが初めてなのだから。

 驚きはするものの、俺はそれよりも眠い。

 目尻にうっすらと涙を浮かべ、間延びした声を上げた。気の抜けるイビキが教室の喧騒に消えていく。

 そこから少し応野と雑談を始めた。

 

「今日も倉賀野と遊ぶのか?」

「いや、理世はクラスの奴らと喫茶店巡りだってさ。俺はマヒルと遊ぶ」

「……そうか。それで次のテストだけどさ、また教えてくれ!!」

「他の奴らも言ってくるだろうし、一緒にやるか。応野が今回の範囲で苦手なのは古文かな」

「頼む」

 

 俺たちは口を交わしていく。今度ある定期テストへの勉強をどうするか。応野の買った新しいゲームの話。土曜日のバスケのことといったなんの含みも持たない世間話だ。

 数分話した辺りで応野が話題を変える。

 

「お前は……また蘿蔔さんと遊んでたのか?」

「遊んだのは別の人。ハツカとは飲みに行ってた」

 

 そう答えると、応野のはどこに行ったのかと食いついて来る。

 

「居酒屋。ええっと、二日酔って店。知ってる?」

「駅の近くにあるとこか?」

「ああ」

「不良じゃん」

「酒は飲んでないぞ」

「そこまで行ったらもう飲めよ。親父に連れられて行ったことあるけど、あそこのコーラハイ?だっけ? 隠れて飲ませてもらったけど、美味しかったぞ」

「バレたら店が死ぬんだよなぁ。ま、機会があったら試してみるわ」

 

 聞いていると子供でも親に連れられて居酒屋に行くことは往々にしてあるようだった。そうした一幕を想像してみると中々微笑ましいものがある。

 

「蘿蔔さんって酒飲むんだ」

「めっちゃ飲むぞ。昨日なんて五、六杯飲み干したからな」

「へえ、意外。肌あんなに綺麗なのに。親父なんて酒のせいで肌荒れ酷いのに」

「そこら辺は上手くやってるからな」

 

 というよりは、吸血鬼の肉体が持つポテンシャルなんだろうけど。

 肌の手入れにも気を遣って生きてはいるけど、あくまで吸血鬼なのを加味しての活動だ。

 果物なども摂るが、ハツカが食べるものはクッキーやチョコレートなどかなり糖分が多いものばかり。吸血鬼だから良いものを、人間の肉体なら面倒を見るべきだった。

 西園寺たちの私生活も覗けたら吸血鬼にも健康不健康があるかの参考になるのだが。

 栄養士の本、家庭科の先生持ってたかな。

 俺が首を捻っていると、応野が少し前の言葉について突っついてきた。

 

「てか、別の人? 誰と遊んだんだよ?」

「沙原」

「……え? なんで?」

「車椅子バスケ教えてもらってた」

 

 俺の返しに、とても微妙な反応を示す。呆れた訳ではないが、理解できていない様子だった。

 

「吼月も大概変わってるよな、倉賀野ほどじゃないけど。わざわざなんで車椅子? 借りるのにも一応結金かかるじゃん」

「でも、楽しかったぞ」

 

 沙原のフォームは見ていて気持ちいいぐらい整っていて参考になる。アイツと車椅子バスケをするのは俺の成長にとって重要な要素だ。

 その為の出費なら惜しむつもりはないのだが。

「あっ」と声を漏らしながら沙原の話で思い出す。

 

「気になってたんだけど、沙原の奴っていつも練習してるのか? オーバーワークな気がするけど」

 

 俺はそう尋ねた。

 応野は首を横に振って否定した。

 

「……前はそんなことなかったぞ」

「そっか、ありがとう。教えてくれて」

 

 八雲の話も合わせて考えれば、原因はやはりあの女の可能性が高いか。

 

「どうしたものかな」

「なんか言ったか?」

「土曜日にさ。観客席から沙原を見てた人がいたんだけど、誰か分かる?」

「女子高生?」

「男。遠目だったから確証はないけど」

「うーん……あれかな。スカウトの人かな」

 

 少し考え込んだ応野がそう答えた。

 

「スカウト? ホント? 凄いな」

「去年は沙原さん目当てでそれなりに来てたぞ。元々上手い人で、新聞にも載ったことあったって兄貴には聞いたけど」

「へえ……」

 

 となると、この間の人物は特に問題ないと考えてもいいか?

 

「サンキュ」

 

 片付けを終えた俺は席を立つ。

 教室から去ろうと歩き出す。

 

「そういえば」

 

 応野の姿が視界から消えたところで、俺は振り返る。視線が戻って来るとは思わなかったのか、応野の身体がピクリと震えたのが分かった。

 

「また、気分が乗ったら遊びに誘ってくれよ」

「……」

「じゃあな」

 

 こんなことを言われるとは思っていなかったのか、ぽかんとした顔で応野は俺を見送った。

 その戸惑いに気をかけることなく俺は教室の外からかけられたマヒルの声に応じて、遊びに出かけた。

 

 

 

 

 俺はマヒルとゲームセンターで程よい時間まで過ごした後、互いに目的の人物に会うため別れたのだった。

 ハツカと連絡して所定の時間まで自由行動となり、いまは市民公園の体育館で車椅子バスケをしている。

 因みにハツカは散歩しているそうだ。

 獲物でも物色してるのかな?

 

「セイッ」

 

 3ポイントラインからバスケットボールを放つ。

 綺麗な放物線を描いたボールはそのままリングに吸い込まれていった。シュッとボールとネットが擦れた音が耳朶を打つ。

 

「ちっ」

 

 気に食わないな。

 もっとボールの最高到達点を高くして、リングの真上から垂直に落ちるようにするのがベストだな。

 そのためには––––、と考えながら車椅子を転がしていく。

 バスケットボールが弾む音も、車椅子のタイヤの回転音もよく響く。静かなサブアリーナのコートを使っているのは俺だけだった。

 腕時計が示すデジタル調の時間を見る。

 

「もう、20時だぞ」

 

 約束した訳ではない。けれど、昨日のことがある。

 可能性として良い場合と悪い場合を考えるとしたら、

 良い場合は、よりを戻した2人が息抜きに遊びに出掛けていて、今日は練習しに来ない。

 悪い場合は、関係が完全に拗れてバスケをやる気力すら起きない。

 今後関わるとして、俺が解決するためにできることはあるのか? まず昨日はどうだったのか知らないといけないのでは?

 考えるけれども、俺が耽ったところでなんも変わらない。

 バスケットボールを拾うと一度気分を戻すためにコートの外に出る。用意していた水筒に口をつけて喉を鳴らしながらお茶を飲み込んでいく。

 

 アイツらがなんで疎遠になったのか分からないと対策のしようもないんだよな……。

 

 そう心の中で呟いたとき、カラカラとタイヤが回る音が鳴る。

 俺が鳴らしたものではない。サブアリーナの外を見る。

 そこにはバツの悪そうな顔をした沙原がいた。

 

「よ、よぉ……ホントにやってるんだな……」

 

 戸惑った声は、俺が既にやっていることも含まれているのだろう。けれどもそれだけではない。少し震えているようにも思えるその声は、バスケをするために来たとは思えなかった。

 

「やりたいからな。で、お前は?」

「は?」

「バスケ、やりに来たのか」

 

 視線が俺から外れる。

 

「顔色、悪いぞ」

「そうか?」

「ああ、すっごく。目元真っ黒だぞ」

 

 元々悪い人相が、目元にくっきりと残った大きなクマによっていつにも増して酷くなっている。顔色も青白くなっているように見える。

 睡眠がしっかりと取れていない証拠だった。

 

「あからさまに体調悪いですって顔をされたらバスケはできないな」

「……」

「俺は疲れたし外に行くつもりだが、ついてくるか?」

 

 車椅子から立ち上がった俺に目を合わせた沙原はこくりと頷いた。

 

 自販機でメロンパンを買った俺はそれを手に、沙原の車椅子を押して体育館の外に出た。

 体育館の北側にある池にかかった橋を渡りながら、見つけた木製のベンチの前で足を止める。車椅子をその脇に停めて、俺はベンチに腰を下ろした。

 

「ほら、メロンパン」

「悪いな」

 

 手に持っていたふたつのメロンパンのうちひとつを沙原に渡してから口にする。

 

「あっっま」

 

 皮に砂糖が満遍なく振り掛けられており、中にはメロンクリームがぎっしり詰まっていた。噛んだ瞬間クリームが口の中に流れ込んでくる。甘さたっぷりのパンに口の中が占領される。

 

「この甘さがいいんだよ。うま」

「いやこれ太るぞ?」

「男なのにそんなこと気にしてんの?」

「男女関係ねえだろ……」

 

 数日ぶりに食べたであろう沙原も満足しているようだった。

 美味しいって言えるなら病んでるまでは行っていないのだろう。ちょびっとだけ安心した。

 

「てか、吼月さ」

「ん?」

「敬語使うのか使わないのかどっちなんだよ」

 

 そう沙原が尋ねてきた。

 

「バスケ以外で沙原のこと尊敬してないし」

「バッサリ言うなお前……歳上には敬語使うべきだぞ。学校とかどうしてんだよ」

「プライベートと仕事は切り替えてる。人間関係なんてそんなもんだろ」

「上っ面だけのいい子ちゃんかよテメェ」

「いい子に見られたいなら今も使ってるよ」

 

 なんで私的な時にまで敬う意味もない奴らに気を遣わなけりゃならんのだ。ただでさえ全てがフラットになる自由な時間()なのに。

「そこまで来るとこっちも清々しいわ」と沙原は苦笑いを浮かべた。

 

「はは……アハハッハッ」

 

 苦笑いは徐々に変化し、大きな笑い声になる。

 

「そう簡単に切り替えられたら楽なんだろうな……」

 

 笑い声は収縮し、迷いが溢れる。

 反応を見るからに昨日は失敗に終わったらしい。なにを持って失敗とみなすべきかは定かではないが、少なくとも目の前の男は辛そうだ。

 

「女か?」

「……え」

「詳しく言うと髪の毛が紫がかったギャルっぽい」

「エマのこと知ってるのか!!」

 

 俺が女の存在を示すと、沙原はガタッと車椅子が音を立てる勢いでこちらに振り向く。まるで飛びかかろうとでもしているかのような体勢だ。

 

「知らん。昨日お前をストーカーしてるみたいに木の影に隠れてた」

「それで?」

「声をかけて、沙原の後を追わせた」

 

 俺がエマという女と知り合いだと勘違いしていたようで、萎えたように肩を落とした。そこまで感情が上下するほどエマについて考えているのかと驚いてしまう。

 しかし、目にクマが出来てしまうのも納得の態度だった。

 

「なぁ……」

「ん?」

「いや、なんでもない」

「なんだよ」

「え、あ、えっと……」

 

 沙原はモゴモゴと口を動かしている。

 どうにも言い難いことがあるようだった。

 

「言いたいことあるんだったら言って欲しい。俺は勝手に口を出したんだ。文句を言う権利がアンタにはある」

「吼月に不満とかは、ない、けど……」

「あるようにしか見えん」

「ううっ。いや! お前は悪くない!」

 

 顔を寄せながら問い詰める。

 なぜ、不満や嫌なことがあるのに言うのを躊躇うのだろうか。目の前に言うべき相手がいるのだから吐き出せばいいものを。

 ジリジリと沙原との精神的な間が狭まる。

 こちらを伺う視線は不安を滲ませていて、深く息を吸ってから沙原は口を開いた。

 

「なあ、吸血鬼がいるって言ったら信じるか?」

 

 恐る恐る発した声色。

 しかし、沙原はすぐ訂正するようにまた笑い始めた。

 

「嘘ウソ。本気にすんなって」

「信じるよ」

「は?」

 

 沙原の顔が色が消えた。

 

「この状況で嘘をつけるなら大したものだしな」

「……本気で言ってる? 吸血鬼なんて馬鹿げた話だぞ?」

「意味のない嘘をつくのが嫌いでね。本気だし真面目だよ」

「……」

 

 本来であれば到底信じられない話だ。

 吸血鬼が存在する、そんな使い古された怪談話など。

 しかし、話したのが俺だったから真に受けることができた。それに予想はしていた。

 なんとなくこうなるだろうと云うのも。

 

「彼女さんが吸血鬼だったのか?」と俺は尋ねた。

 沙原は首を振ることもなく、ただ「分からない」と俯きながら呟いた。

 

「実際に吸われた訳じゃない。ただ、そうしようとしか思えなかった」

 

 吸血鬼が血を吸う場所の定番である首には傷跡は一つも見当たらない。反対側も車椅子を押していた時に確認したためそちらに噛まれたわけでもない。

 もちろん、首筋じゃないといけない理由はないだろうが吸われていないというのは事実だろう。

 

「昨日、エマと逢ったんだ。どこから現れたんだって感じに、ふらっと突然に。なんか、空から降りてきて……目を錯覚だと思った。

 それで最初は軽い挨拶をするつもりだったけど、いつぶりだってくらい逢ってなかったから駆け寄って……何をしてたのか聞いたりしたら急にエマに抱きつかれて……」

「噛まれそうになったと」

 

 沙原は力強く頷いた。

 

「一瞬牙が見えて、殺意のようなものを当てられた気がして背筋がぞくってしたよ。でも、直ぐに離れて……どっかに行った」

「……」

「もう何がなんだか分からなくて……やっと会えたのに……」

「そのことをずっと考えてたら」

「朝になってました」

 

 頭を抱えながら、沙原は昨日起きた出来事を整理していく。それを聴きながら俺も身の回りの吸血鬼から得た情報を元に話をまとめていく。

 エマという女が吸血鬼なのは本当なのだろう。

 元々俺が吸血鬼じゃないかと疑ったのは身振り手振りを含めた雰囲気だけで確証はなかった。けれど、沙原の話が事実と仮定すれば間違いないだろう。ハツカが俺から別の吸血鬼の臭いを判別できなかったのは接触が少しだったからと考えればいい。

 昨日、俺が駐車場に着く前に別れることができたのも、彼女が吸血鬼の力で道中を素早く移動したからだろう。

 考えながら俺には幾つか新しい疑問が生まれる。

 まず最初に確かめるべきなのは。

 

「お前ってそのエマのこと好きなの?」

「は?」

「エマに恋してるかって聞いてんの」

「あ、はえい、……」

 

 俺の質問に戸惑いながら唸り始める。顔を右往左往しせながらどんどん赤くなっていく頬は照れの証なのだろうか。

 暫く葛藤していた沙原はついに認めた。

 

「はい……好きです」

「へえ。付き合えるなら?」

「付き合いたいです……」

「甘い、このメロンパンみたいに甘いよ」

 

 最後の一欠片のメロンパンを頬張って俺は言う。

 

「待て! これ関係あんのか!? 俺の反応みて楽しんでんじゃねえのか!?」

「ある」

「あるのか……」

 

 俺も最初はそう思ったので沙原の考えも理解できる。

 しかし、そうなると吸血しなかった理由はエマ個人の拒否によるものになる。

 吸血鬼の存在を知らない沙原にならエマが血を吸ってしまえば直ぐに眷属にできる。抵抗されたとしても純人間と吸血鬼なら、エマが力が強く押し切ることができるだろう。

 

「八雲が言っていたのもその子か?」

「あ、ああ……時折トレーニングの手伝いもしてくれて……その時に見られたんだろ」

「昨日と同じなら昼間だよな?」

「夜遅くまでやってないからなあのジム。今にして思うと夏にも長袖でいたのはそういう……」

 

 吸血鬼は日光に弱いと思っていたが、服装さえ気をつければ死ぬことはないようだ。

 だが、どんな理由でわざわざ苦手なものを浴びることを選ぶのかな。

 気になるな。

 やはり昨日、一緒についていくべきだったか。終わってしまったものは仕方がない。どうにかしてふたりを会わせないと……

 

 これからどうするか思案していると沙原が俺を覗き込んで訊ねる。

「なあ、吼月さ。なんか吸血鬼?に関して妙に詳しいけど、なんなの?」と当然抱くであろう疑問を投げかけてきた。

 

「個人的な境遇で吸血鬼について調べてる」

 

 自分の知的好奇心を満たすためと、カオリという吸血鬼が言った『吸血鬼は危険な存在』という言葉が真実であるかどうか確かめるために。

 沙原は首を捻ってから。

 

「ヴァンパイアハンター……みたいな?」

「俺は違うがこの街にいるらしいぞ」

「いるのか、ヴァンパイアハンター……会ってみたいな」

「遭ったらエマが殺されるかもしれないな」

「それは嫌だ!」

「だったら関わらないことだ」

 

 首を縦に振りながらも否定する。

 俺も一度事務所に押しかけてみたかったから。

 

「さて、俺はゴミを捨ててくる。その間にお前はどうしたいか決めておけ」

「なんで上から目線なんだよ」

「上だからな」

 

 立ち上がった俺は、ちょうど沙原もメロンパンを食い終えたところだったので空になった袋を受け取る。

 そして、折りたたんだ一枚の紙を渡した。

 沙原がその紙を見る。

 

「俺のラインのIDだから、登録しといてくれ。あと、ブラックコーヒーでも買ってくるか?」

「いや、今日はゆっくり寝たいから飲まん」

「そっか。じゃあ待っててくれ」

 

 そうしてゴミ箱がある場所へと歩き始める。

 方針だけ決めて具体的な話は明日にした方がいいだろう。長い間会ってなかったことを考えると連絡手段もほぼないと見て良いだろう。こちらから連絡したとしてもエマが取らないのだろうから。

 

「ハツカに相談……するわけには行かないよな……」

 

 ハツカ–––というよりは吸血鬼全体–––の考え方として、人間は眷属か餌というのが前提にあるのは確かだ。

 なんらかの理由で眷属にしたくない吸血鬼と事情が分からない人間に、ルールを守らせようとするハツカを会わせたりするのは少々危険だ。

 だとしたら、利用すべきはカオリか。

 

「必要な情報をうまく聞き出すしかないよな」

 

 やるしかない。

 会えるかどうか分からないが、(アレ)を餌にすればやってくるかもしれない。

 

 

 

 

「……なんなんだろうな、アイツ」

 

 ぼやきながら沙原奏斗()は受け取ったIDを登録しながら吼月について考える。

 

「境遇で吸血鬼について調べてる、か」

 

 吸血鬼となにかあったのだろうか。

 しかし、ヴァンパイアハンターに会うのはやめておけと忠告してくれるあたり、吸血鬼?に恨みとかがあるわけではない。

 逆に親しげな雰囲気すらあった。

 俺の馬鹿げた話も茶化すことなく聞いてくれた。無礼な奴ではあるけれど、間違いなく良いやつだ。

 そこは信じていいだろう。

 

「俺はどうしたいか」

 

 どうしたい?

 

 本当に吸血鬼なの?

 それとも違う理由があるか?

 なんで何も言わずに居なくなったんだ?

 

 どんどん溢れる疑問は間違いなく俺がエマと逢いたい証拠だった。

 

「会って話さないと」

 

 思い立ったが吉日。

 昨日だって会えたんだ。

 だったらまた会えるという安心感が大きくなる。

 

 吼月と作戦を練ろう!

 

 そう思った時、草木が揺れる。

 

「ん?」

 

 乾いた無色の風が頬を撫でると共に誰かがいた。人気のないこの空間に確かな気配を伴って、その青年は俺の前に姿を現した。

 暗い夜だというのにシルエットも、顔立ちもはハッキリとしている。

 

「やあ」

 

 その人物に見覚えがあった。

 以前から、よく俺の練習を観客席から覗いている青年だった。

 

「沙原……奏斗くん。だね」

「ええ」

 

 面の良い笑顔を浮かべたままコチラに近寄ってくる。

 そして、美青年はこう言った。

 

「俺の名前は岡止(おかとめ)士季(しき)–––––エマの親友だ」

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