よふかしのあじ   作:フェイクライター

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第三十三夜「望み薄かな」

「エマの親友……?」

「親友で幼馴染みたいなもの、かな? 昔から親絡みで関わりがあって仲が良かったんだ」

「……彼氏とかではなく、ですか?」

 

 俺の前の現れた青年–––岡止(おかとめ) 士季(しき)は、俺の問いに小さく笑みを浮かべながら首を横に振る。携えている軽くパーマがかかった白い髪が左右に揺れて、赤いメッシュが見え隠れする。

 

「恋人とかそんなんじゃないよ」

 

 その返答を聞いて、俺は胸を撫で下ろしてしまった。

 岡止さんはゆっくりとこちらに近づきながらエマについて口を開く。少し痛んだ橋の床から音が鳴る。それでも岡止さんの声は異音をモノともせず、鋭い矢のようにこちらに飛んでくる。

 

「ここ最近エマの様子がおかしくてね。少しキミに尋ねたいことがあったんだが–––」

「俺に答えられることなんてないですよ。親友さん」

 

 岡止さんとの会話を拒否するように、強い口調で俺は言う。エマの事を知っているということはただの観客ではないといわけだ。

 

「なんだったら俺のほうが知りたいんだ。エマが何を考えているのか」

 

 岡止さんから目を移すことなく、俺はいつでも移動できるように車椅子の向きを変える。

 近づいてくるたびタイヤを後ろに回す。親友だと言うなら普通に話してもいいはずなのに、逃げ腰になっている俺がいる。理由は明白、怖いのだ。

 相手の足が長いため、間隔を保持するのに苦労する。5メートルほどの距離を保ちながら硬直した時間が過ぎていく。

 そう思っていた。

 

「は、え?」

 

 いつのまにか岡止さんが目の前にいた。

 なぜそこにいる? どうやってこの距離を一瞬で詰めた? といった疑問は湧かなかった。

 エマは吸血鬼かもしれない。

 だとしたら、この男も同じく吸血鬼かもしれないんだ。

 吸血鬼とはなんなのか全く分からない俺からしたら不思議ではあるが、不自然ではなかった。

 

「エマのやつ元気がないんだ。自分でも何をしたいのか分からないって感じで、やらなきゃいけないことにも手がついてない。ずっと、頭を抱えるように生きてるんだ」

「……」

 

 俺は息を呑みながらその話を聞く。

 既にタイヤを動かす手は止まっていて、代わりに俺の手は動かない脚を撫でていた。岡止さんは少し汗の滲んだ自らの手でその手を握り、慈愛に満ちた声音で言った。

 

「アイツには元気で居てほしい。だから、キミが必要なんだ」

「俺が……?」

「ああ、頼む」

 

 岡止さんは俺の目線と同じ高さに合わせるため屈んでから、頭を下げた。

 エマの事を案じているとしか思えない態度。心の隅にあったであろう恐怖は霧散し、俺はしっかり首を縦に振った。

 

「分かった……」

 

 俺が。今度(・・)は俺がエマの助けになりたい。

 

「俺もエマには笑顔でいて欲しいから。岡止さんに力を貸します」

 

 そう口にした時、ぎゅっとした温もりと「ありがとう」という呟きが全身に伝わった。

 

「流石はエマが見込んだ眷属()だ」

「……?」

 

 彼の瞳を見ていると、思考がゆっくりになる。視界も朧げになり、徐々に輪郭も曖昧で、形がどんどん崩れていく。

 まるで脳が動くことをやめたような感覚。身体から精神が抜け落ちたような錯覚。

 眠る一瞬前に近い状況だった。

 意識が消えかける。

 と同時に––––

 

 

––––パーン!!

 

 

 乾いた裂帛音が響いた。

 

「は?」

「え?」

 

 聞き間違えようのない銃声に身を震わせた。

 意識が強制的に覚醒させられる。

 俺もそうだが、それ以上に岡止さんが驚愕の表情で後ろを振り返った。腕の力を緩めたため、俺は急いで離脱した。

 そして、岡止さんのさらに奥に立つ人物に目があった。

 

「吼月……」

 

 そこに居たのは吼月だった。

 

「目を離した隙にこうなるとは。さっきの音で誰か来てくれたら嬉しいが……望み薄かな。この静けさだと」

 

 スマホを片手にこちらへやってくる。

 先ほどの銃声は恐らくスマホで開いた動画サイトから取り出したものなのだろう。

 

「お前は……蘿蔔さんと一緒にいた」

「へえ、ハツカのことも知ってるのか。なら、吸血鬼側確定かな」

「ちっ」

「……本当に吸血鬼なのか……?」

 

 静かに吼月を睨みつけているのが彼の背中越しでも分かった。感じたことのない鋭利な視線。これは殺気だろうか。

 それが吼月に突き刺さるが、なにも感じていないのか話を続ける。

 

「アンタ、なにやってんの?」

「俺たちの用事を済ませにきた」

「血でも吸いにきたのか?」

「最初はそのつもりだったが……必要なくなった。で、なんで邪魔したんだよ? お前だって蘿蔔さんの眷属候補なんだから分かってるはずだろ」

 

 俺は目を丸くしながら、その言葉の意味を考える。

 眷属というのはこの場合、人間が吸血鬼に血を吸われた結果、吸血鬼になった者のことを指すのだろう。

 つまり、吼月も吸血鬼になろうとしていることになる。

 そりゃ吸血鬼について詳しそうな訳だ。

 

「分からないな。人間に吸血鬼だと悟られるようなやり方をすること自体」

 

 吼月は怪訝な眼差しを岡止さんに向ける。

 

「問題ねえだろ」

 

 それに対して岡止さんは口端をあげながら、殺気と共に吐き捨てた。

 

「沙原くんには今のまま居られると困るんだから」

 

––––は?

 

 頭の中でその理由を探そうとするが、呆然とした今の俺には考えることすらできなかった。「どういうことか分からないようだね?」と岡止が俺に答えを提示する。

 

「あのガキの言う通り、俺たち吸血鬼は人間にバレることを良しとしない。眷属にするつもりもない人間に悟られる事をするなんて以ての外……だというのに、エマは吸血しにいくだけ行って、眷属にするわけでもなく殺すわけでもなく逃げ去った。情けない……愚か者だよ」

「……吸血鬼にとって人は餌か眷属ってやつか?」

「そうだよ」

 

 餌……つまり、血を吸われるためだけの存在ということ。

 岡止は凄ませていた眼を伏せる。

 

「だから、俺が来た」

 

 エマは吸血鬼としてのルールを破って、俺に正体を悟られてしまった。

 だからこの男は俺の前に現れたんだ。

 

「……」

 

 俺はまたタイヤを後ろに漕いだ。

 直後、風が身体の中をすり抜けたような感覚に襲われる。

 

「逃げんな。キミは男だろ?」

「な、なんで……?」

「動くなよ。俺はただ話したいことがあるだけだからさ」

 

 後ろから声がして、喉元にちくりとした痛みが走る。目だけを動かして首元を見ると、異様に伸びた爪先が俺の首に当たっていた。

 

「話しだって?」

 

 俺はなるべく体を動かさないようにしながら尋ねた。

 

「最初に言ったろ。尋ねたいことがあるって」

「血を吸うのが目的じゃないのか?」

「必要なことではあったからな」

 

 もう逃げようがなくこれから殺されるのか、と俺は喉奥を掴まれるような恐怖に襲われた。

 そこに「エマは望んでない」と吼月が待ったをかけるように言った。

 

「望む望まないじゃないんだよ。ここまで来たら、彼には––––」

「やらせると思うかよ」

 

 吼月が床を強く蹴り抜くと、キィとより大きな甲高い音が鳴る。

 

「バカかお前。人間のくせに無闇に突っかかってくるとか」

 

 当たり前だが岡止は余裕の態度を崩さない。

 吸血鬼と人間。大人と子供。

 それだけで明確な差が生まれるのだから。

 

「それに俺ひとりで来てるなんて言ってないだろ」

 

 その呟きが俺の耳に入った瞬間、吼月の後ろにシルエットが浮かび上がった。

 

「吼月ッ!」

「!!」

 

 俺が叫んだと同時に吼月は前足で急ブレーキをかけると、その脚で飛び上がる。子供の跳躍力とは思えないジャンプで跳ぶと身体を捻り、シルエットの頭部目掛けて、右回し蹴りを振り抜く。

 

「足癖の悪い坊やね」

「ッ!?」

 

 しかし、風を切る音を立てる蹴りは後方に現れた存在の頭へ命中することは無かった。まるでそこには居ない幽霊に攻撃したかのように、脚が通り抜けたのだ。

 

「すり抜けか–––ッ」

「ふっ」

 

 岡止はこうなると分かっていたように鼻を鳴らす。

 悠然と立つ女性はしなやかな腕を伸ばして、宙を漂う脚を掴み取る。そのまま回し蹴りの勢いで背を見せる吼月の襟首を握りと、その背を自身に密着させるようにして捕縛する。

 

「捕まえたわ」

 

 抱きしめられている吼月はなんとか抜け出そうと踠くが、まるで微動だにしていない。

 

「ダメよ、動いちゃ。怪我しちゃうわよ」

「良くやった、午鳥(ごとり)

 

 物腰の柔らかい穏やかな声とは裏腹に冷たく落ち着いた黒い瞳は薄寒さを感じさせる。彼女の物言いはどこか軽薄で、本当にそう思っているのか、いないのか俺には分からない。

 

「邪魔が入らないうちにその子を連れてったら?」

「そうするとしよう」

 

 後ろで見えないが、岡止が俺の車椅子を掴んだことが振動として伝わってくる。

 俺は震えながらどうにかならないものかと吼月を見つめてしまう。歳下である中学生に助けを求めてしまっている現状が酷く情けない。

 

「……」

「思ったより落ち着いてるわね……そっちの方が楽でありがたいけど」

 

 吼月は俺とは違い冷静に辺りの状況を観察しているようだ。

 

「坊やがハーちゃんのお気に入りの子よね」

「ハーちゃん……? ハツカのことか?」

「そう、ハツカだからハーちゃん」

 

 午鳥はおっとりとした優しい顔で吼月に話しかけた。

 

「気になるのよねぇ〜……ハーちゃんを虜にするキミの血。ねえ、一口飲ませてくれないかしら」

「は?」

「ねえ、シっくん。いいわよね」

「好きにしろ」

 

 岡止と午鳥の会話に嫌悪感のようなものを顔に滲ませながら吼月は苛立ちを露わにする。

 

「断る」

「あら、つれないわね。でも私、美味しそうな人間()には目がないのよね」

 

 抵抗できない吼月の左の首筋に午鳥の口が迫る。その光景を見て俺は、これから吸血されるのだと肌レベルで理解する。

 吸血鬼と人間の交わり。

 

「この!!」

 

 血を吸われそうになり初めて吼月が声を荒げた。

 

「いいわよ、もっと懋がいても。嫌々してるのを血を吸われる快感で蕩けさせるのも味になるから」

「だったら–––!」

「いいわ〜……」

 

 嫌がる吼月を見ながら、恍惚とした笑みを浮かべて––––

 

 俺はその時、何故か腕時計に手を伸ばしている吼月を視認した

 

「いただきます」

 

–––– 午鳥は口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「––––!?」

 

 齧り付いたかと思った次の瞬間、午鳥の腕の中から吼月の姿が消え、何かが宙を舞っていた。

 少ししてボタッ、と橋の上に落ちた。

 浮いていたのはなんだったのかと見てみると、それは午鳥の右腕だった。その事実に上ずる悲鳴を漏らした。

 そして、岡止が苦々しく口を溢す。

 

「蘿蔔さん……!!」

 

 新たに現れた第三者が、吼月をその両腕の中で抱えていた。

 

 

 

 俺を掻っ攫うように吹いた突風に気を取られ口を閉じる。

 

「やあ、大丈夫? ショウくん」

「は、ハツカ……?」

 

 抱きかかえた僕に微笑むハツカ。夜空を飛び回る時よりも強く僕を抱えてくれる腕の力にはとてつもない安心感がある。

 こんな状況だが、綺麗な夜空も相まっていつにも増してハツカが美しく見える。

 

「人間のくせに吸血鬼に抵抗しようとした心意気は買ってあげるよ」

「……うん……ありがとう。……」

 

 俺が口にした「ありがとう」はどちらに対するものだったのだろうか。

 ハツカは僕を立たせた後、午鳥を厳しい視線で見据えた。

 

「僕の獲物に手を出すなんてどういう了見かな? 萩凛(しゅり)さん」

「カブラにも言ってあげなさいよ。その言葉」

 

 午鳥は俺の血を吸おうとしたことにも、腕を切り落とされことにも執着せず飄々としている。右上腕の半分から下がなくなった腕を見ても狼狽えることすらない。

 

「池に落ちなくて良かったわ。もし落ちてたら探すのに時間がかかるもの」

 

 断面から血すら滴ることのない不気味な腕を持ち上げると、欠損部に押し付けると腕が繋がり始める。

 凄まじい回復速度だ。

 ……これなら不死身と評されても不思議ではない。

 

「キミたち、自警団だろう?」

 

 腕を断ち切った本人であるハツカはそのことに負い目を感じている様子はなく、口を開くと警告として使う。

 

「立派だけど、その為に僕のモノに手を出すならタダじゃおかないよ」

 

 顔色ひとつ怒気に染まることなく淡々と言い放つハツカ。しかし、言葉の端々に明らかな殺意があることを感じた。

 躾をするときに見せるものとはまた別の意思。完全な敵意だった。

 

「流石ハーちゃん。お姉さん怖くて泣いちゃいそう」

 

 午鳥は泣きマネをしながらハツカの敵意をサラリと受け流す。

「自警団……?」と俺が戸惑いながら問う。

 

「俺や午鳥、それにエマは、所謂『吸血鬼の平穏を護りましょう』という理念で自警団をしている。そのためには、吸血鬼が大勢の人間にバレないようにする必要がある」

「目立ち過ぎると厄介だからね。たとえば……吸血鬼がカラオケ店で壊したドアを秘密裏に修理したり、悪目立ちする吸血鬼を懲らしめたり、とか」

「最近は吸血鬼界隈も物騒でな。何事も早急に手を打つ必要があるんだ」

 

 口ぶりからすると、彼らも鶯アンコの件に携わっているのだろう。

 

「沙原に会いに来たのもそのためか?」

「吸血鬼の存在を知った以上、人間のまま生かしておくわけにはいかない」

「だから……俺を殺しにきた、のか……?」

 

 青白い顔になった沙原が焦点の合わない眼で俺たちを見る。

 吸血鬼の腕とはいえ、それが切り飛ばされた瞬間を目撃したんだ。普通の人ならば恐怖するだろう。

 容易に人体を切断できる存在が自分の狙いに来ている。自身が午鳥のようになっても不思議ではない、と想像してしまったのかもしれない。

 

「安心しろ。俺たちだってそんな無慈悲じゃない」

 

 岡止は口を沙原の耳元に寄せて囁いた。

 

「キミが取れる道はふたつある。ひとつは、このまま死ぬこと。もうひとつは、君が恋してるエマを探して血を吸ってもらうことだ。あぁ一応説明しておくと、恋をしないといけないのはキミの《恋心》が吸血鬼化のトリガーだから。

 眷属を増やすために俺たちは人に恋させる」

「……」

「確認だけど、キミ、今まで血は吸われたことないよね」

 

 沙原はその問いに苦々しく頷く。

 

「なら、決まりだ。キミだって死にたくないだろう?」

「おい、ふざけるな」

 

 話しを聞いているうちに、俺の口は勝手に動き出していた。厳しい視線が自分に移っていることを理解する。

 

「選択肢は3つだろ。人間のままエマやアンタらと過ごすって道が残ってる」

「っ……」

「はぁ……お前なあ……」

 

 俺の提示した道に岡止は頭を掻きながら呆れ果てていた。

 

「お前も吸血鬼(こっち)側なら割り切れよ。それに沙原くんが人間であり続ける理由なんてない」

「は?」

「今の生活を捨てなきゃいけないが……それを差し引いてもメリットが大きい。人間にできて吸血鬼に出来ないことなんて、昼間の陽を浴び続けることと、日中の仕事ぐらいだ。対して変わらない」

 

 十分変わると思う。

 吸血鬼になると価値観すら変化するのだろうか。

 

「それに吸血鬼になれば……この脚も……治る」

「……!」

 

 そこで初めて縮こまっていた沙原がピクリと動いた。

 

「吸血鬼化というのは人から吸血鬼への転生で、肉体も相応のものに生まれ変わる。だから吸血鬼になれば見えなかった眼も治るし、脚だって治って、前みたいに自分の脚で動き回ってバスケだって出来る。怪我をしてもすぐに治るし、病気にも罹らない。人間の頃よりもずっと気楽に暮らせる」

 

 俺は沙原の脚を見る。

 そういえば、この脚はどうして壊れたんだ……?

 

「だったら治して、趣味として楽しくバスケを嗜みながら自分が好きな女と一緒にいた方がずっと良い」

「……」

 

 口を閉ざし続ける沙原の顔は俯いていて伺うことができない。ただ、ズボンをキツく握り締めている。

 岡止は優しい声で沙原に呼びかける。

 

「沙原くん、少し時間をあげよう。俺たちがエマを見つけるまでに、覚悟を決めておいてくれ。くれぐれも探偵の所に駆け込むマネなんてしないでくれよ? 易々殺される俺たちじゃないし、あの探偵が真っ先に殺すとしたら、キミを吸血鬼に出来るエマだろうから」

 

 そして、睨みつけるように俺を見てからハツカに告げる。

 

「蘿蔔さん。その喋りすぎのバカ、ちゃんと躾けておいてくださいよ」

 

「それでは」と岡止が短く別れを告げてから、ふたりは夜空に飛び立った。

 すぐさま俺は沙原に駆け寄った。

 

「おい、沙原。……どうする?」

 

 沙原はそれを無視して車椅子を漕ぎ始め、俺の横を通り過ぎていく。

 

「ひっ」

 

 俺の後に続いていたハツカが視界に入ったのだろうか。沙原はまた悲鳴をあげた。その声はハツカに強く恐怖しているように俺には感じられた。

 

「おい……。っ!」

 

 振り返って沙原を追いかけようとする俺の腕が掴まれる。ハツカがやはり厳しい視線で俺を見つめている。

 

「邪魔だ、ハツ」

 

 カ、と俺が言い切ることはなく、突然意識が闇に沈んでいく。

 

 

 

 

「……ここは」

 

 次に眼を覚ました時、目の前にはいつか見た天井が広がっていた。清潔感のある白い天井、ハツカの寝室だった。

 どうやら、あの橋からここまで連れてこられたみたいだった。

 しかし、どうして俺は気絶した?

 

「目が覚めたかい?」

「ハツカ……」

「まったく、キミというやつは」

 

 ベッドに横になっていた身体を起こすと、壁に背を預けたハツカがいた。

 なぜ邪魔をしたか–––そんな答えが分かりきった質問を投げかけはしなかった。

 俺はすぐにスマホを取り出す。もし、沙原が俺のアドレスを登録してくれていたら連絡自体はできる。返信が来る確率は低いが、それでもかけないよりはマシだ。

 

「人の話はちゃんと聴きなよ」

「なっ」

 

 ハツカは俺が操作していたスマホ取り上げると、冷たい瞳を向けてくる。これも初めてハツカの家に来た時に、西園寺たちが受けていた強烈な雰囲気。

 

「また人助けでもするつもり?」

「……」

「やめておいた方が賢明だよ。吸血鬼を知った以上」

「眷属になるしかない、だろ」

 

 ハツカの言葉を遮って、俺が答える。

 吸血鬼側の意見はコレに尽きる。

 

「分かっているなら、なんでさっき士季くんに食ってかかったのさ。キミだって聞いただろう? 吸血鬼になることにデメリットはあまりないんだよ?」

「らしいな」

「変に人のままで居られる希望を持たせられると困るんだよ。今の僕とキミや七草さんと夜守くんは例外なんだよ」

「俺は俺に不似合いなことはしない。やるべきことは今が教えてくれる。それだけだ」

「自分勝手なこと言ってるの分かってるの? キミが嫌っていたことだろう?」

 

 確かにそうだ。

 自分の感情に折り合いをつけるために、心を快の方に寄せようと自分のことばかりを見ている時のもの。

 

「『人助けだって自分には無意味だし、時間の無駄』。そう打ち明けてくれたのはキミじゃないか」

「ああ。だから、あの時までの俺はなんでもいいから理由を探して、どんな結果でも納得できるようにしていた。でも、今は違うよ」

「……?」

仁湖(ニコ)さんの時と同じさ」

 

 スッと息を吸って、小さく吐く。

 どこか発表会の時、人前に立つ時の緊張感に近い。相手はたった一人だというのに、全校生徒を相手に壇上で話すときよりも胸が高鳴る。

 そして、俺は今の心情をとある存在に見立てて話す。

 

「ある所に、幸せがわからない王者がいます。故にその王者は人を幸せにして、幸せを学んでいます」

「は?」

 

 突然の虚構話(フィクション)にハツカは素っ頓狂な声を溢す。

 

「それと同じだよ。俺は信頼が分からないし、受け付けられない。だから、俺は人の心と信頼を守って……信頼を学ぶ」

 

 自分で言っていて、妙にしっくり来る。とても納得がいく。きっと仁湖さんが苦しさを吐き出した時に、嬉しい、良かったと思えたのはそういうことだろう。

 俺の言葉を聞いて納得してしまったのか、ハツカもなにも言わない。

 

「あの時と同じようで変わってる。けれど、ハツカとはスタンスが違うのは変わらない」

 

 俺はハツカからスマホを奪い返すと、打ち終えていたメッセージを沙原に送信する。

 

「待ちなよ。……次、邪魔したら殺すことになる」

「正しいことだろ? 吸血鬼としては間違ってない」

 

 さも殺せるような物言いを肯定しながら、俺は思わず鼻で笑う。

 

 可能か?–––可能だ。

 できるのか?––––分からない。

 

 だって、彼らは。

 

「そうだ。ひとつだけ聞いて良いか?」

「……なに?」

「さっき、わざわざ午鳥の腕を落としたのは、そうじゃなきゃ俺を助けられなかったから……か?」

 

 ハツカは何も言わなかった。

 吸血鬼側であるハツカの場合、その行為すら付加価値をつけれるように行動していそうなんだ。

 帰ってこない返事をずっと待っていても仕方がない。

 足早に寝室を出ると、ショートカットに切った金髪の女性でハツカの眷属である時葉がこちらに向かってきていた。

 

「あら、吼月くん。ハツカ様いる?」

「ええ、居ますよ」

「そっか。そうだ、久利原さんがキミと話したいって–––」

「すみません、これから用事があるので。それでは!」

 

 俺は沙原を探しに向かった。

 

「……せめて、嘘でも『そうだよ』って言って欲しかったな」

 

 俺は人がいなくなった所で、ふと想いを言葉にしていた。

 

 

 

 

 吼月くんが外へ駆け出していった。

 どんどん足音が遠ざかって、小さくなっていく。

 

「……黙って信じてて欲しかったな」

 

 あの状況で腕を切り落とさずに助けられるほど僕も万能ではない。しかし、事情は離れた所から聞いていたから立場上岡止くんたちに寄っている。肯定することもできない。

 

「高望みがすぎるよ」

 

 僕はそのままベッドに身を投げ出して、部屋の隅に置かれた観葉植物を見つめる。

 流石に吼月くんも相手が吸血鬼と分かっていて、下手な真似はできないだろう。人間が吸血鬼に正攻法で勝つのは一部を除いて難しい。

 

「でも、何しでかすか分からないんだよね……」

 

 少し前までの人助けを使命感でやっていたであろう吼月くんなら言いくるめられた。けれど、明確に求めるものが出来てしまった彼を止めることは出来ない。

 応野くんにズレた答えを返してしまったのは、こうした時に必ず動いてしまうと分かっていたから。

 それに自分を殺すと言われても鼻で笑いながら正しいと肯定した上で動き出すんだ。

 

「なんなんだよ……アイツ……」

 

 どうしようか。眠るには、まだ早い。

 ガチャリ。寝室のドアが開く。

 

「ハツカ様、今日は–––」

 

 やってきたのは時葉だった。ちょうど良い。

 僕は身体を起こしてから、時葉を手招きながら話しかける。

 

「時葉、少し良いかな」

「なんでしょうかハツカ様!」

「頼み事があるんだけど––––」

 

 時葉は嬉しそうに僕の話を聞いてくれるのだった。




よふかしのうたよ、広まれ。

なので、とりあえずこれだけ爆撃しておく。
https://twitter.com/cot_510/status/1659463048778903553?s=46&t=KZ3etvIizK4aUPbdIDnA-Q
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