新刊は6月16日頃らしいですね。
小森の街は夜空を跳んでいたら分かるのだが、光が密集している場所とそうでないところがかなりハッキリとしている。
未だ人が寝付く時間帯には少し早い深夜前。
小森団地やオフィス街、居酒屋などがある場所は敷き詰められるように明りが灯っているが、少しそこから外れてしまえばほぼ闇だ。
理由をひとつ挙げるとしたら、空き家や廃工場があること。
特に空き家が目立つ。
昭和30年頃にはブームを起こしていた団地住まいも移ろい、バブルの全盛期による地価高騰や家賃の上昇によって郊外の一戸建ての住居に住もうとする動きが小森でもあった。その時に建てられた住宅や別荘が沢山残っている。それもバブル崩壊によって今では殆ど人はいなくなってしまった。
もちろん、その中には明かりがついている家もある。作った年代もあってか和風な趣の家が多い–––興味本位で入ってみると畳張りの床が殆ど–––なのと、底地の所有権付きでただ同然から数百万円で購入できることから、最近は外国人が度々購入しに来るそうだ。
「って、久利原さんが言ってた」
「あのヒト、仕事柄その手の話に詳しいものね。だから、こんな
「なんでわざわざついてきた」と午鳥に尋ねる。
「アイツらと先に飲んでても良かったんだぞ」
「良いじゃない、沙原くん捕まえ損ねたんだから」
「別にその為だけに集まったわけじゃないんだが」
元々、沙原くんを連れ出した後、俺たちのグループで策を練るつもりだった。もし、エマが見つからなかった時には他の誰かが彼を眷属にしなければならない。
そのため、仲間にも集まってもらっていたのだが––––
「あのバカ人間め……」
「面白かったわねあの坊や」
「なんも面白くねえだろ」
この辺りにある数少ない街灯が心許ない光で午鳥を照らす。薄く色づく唇を楽しそうに歪めるのを見て、俺は呆れ果てていた。悪い状況になってきているというのに、それも含めて愉快に感じているのがこのヒトだ。
たく、蘿蔔さんの眷属候補が邪魔さえしなければ事は上手く運んだというのに。
「まあ、良いじゃない。探偵に駆け込むようなことはしないだろうから」
「忠告もしたとはいえ、大丈夫だろうか」
「問題ないわよ、まったくシっくんは心配性ね。ハーちゃんのお陰で吸血鬼に対する畏怖とエマちゃんへの憂いがあの子には宿った。落ちた腕も嬉しがってるわ」
「……もしかして、わざと腕を落とさせたのか?」
「まっさかぁ〜、完全に死角だったもの。無理よ。む、り」
落とされた腕を撫でながらのらりと答えを返す午鳥だが、どこまでが本当なのか分からない。
「でもまさか、あのハーちゃんが私の腕を落としてくるなんてね。それだけ大事な子なのかしら」
「本田さんみたいな事をするなよ。面倒だから」
「はーい。分かってる」
軽薄な物言いに深く俺はため息をついた。でも確かに蘿蔔さんが派手に力で解決するとは思わなかった。
自分の眷属候補が他の吸血鬼に狙われたのだから怒るのは当たり前ではあるのだが、蘿蔔さんのイメージに合わなかった。
俺が思い返していると午鳥が話題を変えた。
「それでシっくんの言う
俺は午鳥の質問にポケットの中に入っていた紙を取り出してから肯首する。その紙は情報の受け渡し場所が書かれたものだった。
「期日と場所はあっちが指定してくるからな。……たまに箱の中に情報だけ入れてあったりするけど」
「箱ね。どんな?」
「片手で持てるぐらいの段ボール箱だな」
軽く首を振ってみても辺りにそれらしい箱は置かれていない。午鳥も身体を左右に捻りながら見渡している。
そんな時、わざとらしく足音が鳴った。
「ん?」
存在を知らせる呼び鈴のような足音が闇の中に響いた。
暫くするとうっすらとシルエットが浮かび上がってきた。俺たちを照らす街灯の光の縁に入らないギリギリの位置で、そのシルエット立ち止まった。
そのせいで相手の顔までは見ることができない。
「貴方が情報屋さん?」
「そうよ」
午鳥が尋ねると情報屋は頭をこくりと動かす。
彼女の名前は分からない。なので便宜上、情報屋という呼び名で会話をしている。彼女としているのも、シルエットと声での判断でしかない。
「そちらの目的は果たせなかったようね」
そう口にするということはこちらの現状も把握しているということだろう。先ほどの現場を見ていたのか、それとも俺たちの会話を聞いていたのか。
どちらでも構わない。ひとまず要件だけ済ませよう。
「エマの居場所は見つかったのか?」
「いいえ。中々うまく逃げ回っているみたいね、彼女」
「……ちっ。情報屋というのに集め方が下手なんだな」
「いえいえ、目の前でエマから逃げられた貴方たちほどでは」
煽り返してくる情報屋の態度に俺は顔を顰めた。この女性はいつからどこまで知っているんだと問いただしたくなる。
だが、昨日の今日で見つけろというのは酷な話だったかもしれない。
「で、殺すの?」
情報屋は淡々と口にする。沙原くんへの対応のことだろう。
「……殺すよ。必要なら」
「そう、私には関係ないけれど」
口調そのままに俺の返答に興味なさそうに応えた。
「あら」
しばらく目を細めて対峙していると、情報屋の興味が午鳥の殆ど治りかけた右腕に移ったのが雰囲気で察せられた。
「どうしたの、その腕?」
「ちょっと腕を切り落とされてね」
「ふぅん」
彼女は簡素に応えて相槌を打つ。考え込むようにして黙り込んだと思ったら、すぐに別の質問をしてきた。
それも意外なヤツの名前が彼女の口から飛び出したのだ。
「吼月ショウがやったの?」
「吼月……?」
「蘿蔔ハツカの新しい眷属候補」
「沙原くんがそんな名前で呼んでたな」
目的に全く関係ないから気に留めていなかったが、あのガキ、そんな名前だったんだな。
しかし、吼月が沙原くんと遊び出したのは昨日の段階から分かっていたことだが、なぜ午鳥の腕を飛ばしたのがあのガキという発想になる?
「あの坊やと会ったことがあるの?」
「あるわ。私的な都合で調べてる」
「私的、ね……けど残念。ワタシの腕を飛ばしたのはその子の親(仮)よ」
午鳥の答えに情報屋は落胆したように、そう、とだけ返事をした。
「その子のことで何か変わったことは?」
「随分とご執心のようね。といっても変わったところなんて……」
「やけに足が速いこと、とか?」
「確かに子供なのによく跳ねてたわね。それにハーちゃんに抱かれて喜んでたのと、異様に吸血鬼の匂いが濃いことかしら」
俺たちの話を聞く情報屋は、まるで自分の持ち得る情報と俺たちの体験を照らし合わせているようだった。
「あとは俺たちの事情に首を突っ込もうとしてることぐらいか」
「エマの件に?」
「ん? そうだ。沙原くんに人のままでとか抜かしてるバカな子供だ」
「分かったわ。ありがとう」
元々朧げだった輪郭が薄くなっていくのと同時に彼女の気配が遠のいていく。
「はい」
「っ。これは」
闇の中から折り畳まれた紙が俺の元に飛び込んでくる。少し驚きながら片手でそれを掴んでみせた。
「定期連絡は終わり。今度はその紙に書いてある日に来て。エマの場所はその時には教えてあげるから」
「嘘じゃないだろうな」
「これでも情報屋だもの。相手との信用は守るのがポリシーだわ」
「そうかよ」
だったら、さっさと見つけてこいとは言わなかった。ここで反感を買って情報を貰えなくなっては面倒だからな。
「最後に––––」
消えかけた彼女の気配が言葉を残す。
「狐に化かされないように気をつけなさい」
私からのささやかなプレゼント。
そう評して彼女は俺たちに忠告してきたが、全くもって意味が分からない俺たちは首を傾げていた。
「どういうことだ?」
「…………さぁ、なにかのヒントかしらね」
「キツネ、ね」
俺は情報屋が残した言葉を理解できずに夜を過ごした。
☆
分かってはいたが市民公園に沙原の姿はなかった。ラインで送ったメッセージも既読にならず、完全に無視されているようだ。
今は吸血鬼のことなど考えたくない、いや考えられないのだろう。
俺が血を吸われかけた時に声を荒げなければダメージも減ったかもしれないが……。
そこで俺は元々の方針にあったカオリの捜索に移った。
しかし、日の出まで町中を駆け回ったが彼女も見つからない。俺は今は諦めて学校へと向かうしかなかった。
「このAOとCOが同じ長さであるため–––」
(ね、眠い……!)
疲労感と睡魔に襲われながら教室の席に着き、授業を受けている。
数学の教師が黒板に横に寝かせた砂時計のような図形を描いていた。説明も併せて行ってくれているが、今の俺には霞がかって聞こえる。
今までの夜更かしでは歩くかハツカに連れて行ってもらっていたので疲弊することも少なかったが、今回は走り続けたこともありいつも以上に眠たいのだ。
(授業中に居眠りしたいと思ったのは初めてだぜ。……マヒルもこんな感じなのかな……)
眉間を指で摘み、目を細めるながら思う。
これが最後の授業だ、頑張ろうと意気込んだそのとき教師と目が合った。
「吼月くん、答えてくれるかな」
「はい」
タイムラグなく返事をして、黒板の前までやってくる。
お題は先ほどの図形で辺の長さが等しいことを証明してくれ、とのこと。俺は話に沿って、書き上げ読み上げる。
「正解だ。キミはサクッと解いてくれるから助かるよ」
説明を聞いた教師が頷く。
「ありがとうございます」
立ち上がってから着席するまでいつも通りの表情でやり通す。
席に腰を下ろすと、内心ため息を溢した。
そして暫くすると授業も終わり、終業の号令も済んだ後、俺は応野の下に足を運んだ。
応野はクラス内外の奴らと集まってどこで遊ぶか話しているようで、周りには男子が纏まった数でいた。「よっ、応野」と俺が声をかけると、応野だけでなく他の同級生まで視線を向けてきた。
「ちょうど良かった。吼月、一緒にゲーセン行かね?」
「ああ……悪い。今週いっぱい? ぐらいは無理そうだわ」
優先すべきことがあるため応野の申し出を断る。応野は少し残念そうにして、そっかと頷いた。
「で、どうしたんだ?」
「確認なんだけどさ、沙原って小森工業生?」
「えっと……そう。そのはず。兄貴の後輩だし」
「サンキュー!」
「あ、ちょっ……」
応野の言葉を聞いて、礼だけ告げて俺は鞄を持って全力で走り始めた。
腕時計を見ると、今は4時過ぎだ。工業高校なら部活動ないし課題活動ぐらいはしているだろうが、沙原を逃がさないためには急いで突入する必要があるんだ。
☆
「またアイツ人助けやってんのかな……」
沙原さんのこと聞いてきたけど……変なことに首突っ込んでなきゃいいけど。吼月なら大丈夫か。
そんなことを考えていると、俺の机に尻を乗せているデコを広く出した男友達–––ではあるはず–––の
「なんで吼月のやつ誘ったんだよ?」
「え、なんでって……この間遊んだ時も楽しかったし、アイツも誘ってくれって言ってくれたし」
「お前ら、そんな遊ぶような関係だっけ?」
「ちょっとな」
アレも俺から誘ったものの、理由が告白騒動の引け目だったので濁した言い方になってしまう。
そこから話が吼月のことに逸れていく。
「吼月なら誘っていいんじゃないか?」
「やめとこうぜ。アイツが絶対勝つじゃん。……ガンゲーやらせるか」
「鉄拳ならなんとか」
「吼月が来るならチーム戦だと引き込んだもん勝ちってことだしな」
「賭けとかやるんだったら同じチームになりたいよなぁ〜……誰かさんみたいにズルしようとかしないし」
「うるせぇ〜〜! あの時は手が滑っただけだよ!」
勝手な印象で俺たちは吼月について有る事無い事言いやっていく。吼月の話は割と男女関係なく盛り上がる。男子からはなにをやらせたらどこまで出来るのだろうと、女子からは容姿も整っていて性格も悪くないので恋バナ的にも話がいく。家庭科の授業で家事もひと通りできるのは分かっているので、普通に優良物件だ。
けれども、倉賀野の存在によって実際に告白まで行く者は誰も居ない。
それにどちらかというと、吼月は外から見ていたいタイプだから。
「ま、少なくともマヒルよりは良いわな」
すると、皆川が突然そう言った。コイツの言葉に俺はまだ根に持っているのか、と頭を抑えたくなる。
皆川はマヒルに対して、ちょっとした恨みのようなものがある。
恨みといっても完全な逆恨み。
「マヒルみたいに嘘ついてまで人気者になるやつじゃないしな」と皆川の隣にいた真鍋が口を合わせる。
「アレがアイツの素なんだろうな。じゃなかったらあんな人助けとかしないだろ、普通。マヒルとは元が違う」
マヒルへ対する棘。
皆川と真鍋は、マヒルから直接『一緒にいて楽しくない』と言われたそうだ。
それ以来、コイツらのマヒル嫌いは著しい。それはふたりだけではなく、他にもいるため、この話が火蓋となって吼月を使ってにマヒルに対する愚痴が始まった。
「マヒルのカッコつけしいも大概にしろってんだよな」
「必死に人気者やってたと思うと笑えてくるよな」
「そうそう。馬鹿みたい」
俺はそうだなと喋るが、さっきより周りに見苦しい雰囲気が流れていた。基本的にみんな、こうした奴らの態度には辟易しているのだ。
しかし、口だけは同じにする。
「今度、小野ちゃんたちと遊ぶ時にマハルの代わりに誘ってみるか」
「いいかもな!」
「……そうだな」
そこで一度会話を終わらせて、机から腰を上げる。他の面々も話しを途切らせて荷物を持つ。
そうして、俺たちは教室をあとにした。
「この間さぁ、夜に理世っち見てさ–––」
※ハツカ様の眷属のひとりの名前と職種が判明したそうです。
そのため、西園寺から久利原に変更になりました。