よふかしのあじ   作:フェイクライター

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第三十六夜「山の事は樵夫に問え」

 一度帰宅して、食事などの用事を済ませた俺は落ち着くために寝室の扉を開けた。倒れるようにベッドへと飛び込んだ。

 窓の外を見てみるともう黒い傘に空は覆われていた。

 真っ暗だ。何も見えなくてザ・夜って感じ。

 腹も満たされ、徹夜の疲れもあって眠気は凄まじいにも関わらず寝付ける実感が湧いてこない。

 胸の奥でモヤモヤっとした気持ち悪さが根付いている。

 

「やることは変わらない」

 

 こびりつくような沙原の言葉は今はいらない。

 考えるべきなのは他にある。

 

止岐花(ときは)の行方なんて知るわけねえよ」

 

 足で見つけるにしても目星を付けないとダメだ。

 ポケットにしまったスマホを取り出して、地図アプリを起動する。

 可能性があるとしたら、市民公園や沙原と出会った広場、あとは八雲が勤めている病院。この三つは沙原との会話で提示された場所。市民公園はないとして、残りのふたつ。

 このふたつも名前が出た場所でしかない。他にも思い出深い場所はあるだろう。

 

「いるか分からない点は実際に確認してからでいい。逆にアレだな。自警団なら吸血鬼間での情報網は広そうだし、吸血鬼が行かない、行きづらい場所に隠れてる可能性もあるか」

 

 まずバーやカラオケ、映画館がある場所。いわゆるデートスポットや出会い系スポットに分類される箇所は除くべきだろう。

 小森の街にある調べたキーワードにヒットする場所から大雑把に半径100メートル以内にはいないものとして、捜索範囲を絞っていく。少なくともハツカと出向いたことのある場所は消す。もちろん、ハツカと行った高台もだ。あそこはカオリに見られたという実績がある。

 そこから少し離れた住宅地などに潜んでいる可能性の方があるな。山の近くとかにある……。

 

「情報が足りない。マヒルとコウに連絡してみるか」

 

 俺とハツカの状態を悟られないまま知識を得られるかもしれない。

 

「しかし–––」

 

 これだって岡止たちが既に探している可能性がある。相手の規模や思考が読めないと対応のしようがない。

 それに前提で止岐花がこの街にいると仮定しているが、自警団から逃れるために離れてしまっているかもしれない。

 自分で吸血鬼にしなかった女が対象を残したまま出ていくのは考えづらくはあるが。自分が吸血鬼にしなければ罪悪感が芽生えない性格なら、そうとも言えない。

 

「考えても埒が開かないな。……よしっ」

 

 寝そべっていてもどうしようもないなら、動くしかない。

 俺はベッドから起き上がって地図を一瞥してから寝室を出ると、玄関へと向かう。

 行く先は広場。沙原と止岐花が初めて話した場所。

 電話は走りながらすれば良い。行くぞ!と、探す準備を整えた俺は玄関のドアノブへと手をかけて、ガチャリと一気に回して押し開いた。

 

「おおおぉ!?」

 

 俺は走り出そうとした足が失速する。

 驚愕の声が夜に響いた。

 大声だって出るさ。

 なんせ目の前には––––般若の仮面をつけた誰かが立っていたのだから!

 

「いってぇ……」

 

 ぶつからないよう背中へ体重をかけたことで尻もちをついてしまう。ズキンとした痛みを感じた患部を手でさする。

 

「……大丈夫?」

「ああぁ……って、え? その声は」

 

 般若が伸ばしてきた手を掴む。

 手の感触に力加減。それにこの声は間違いない。

 

「お前、カオリか?」

 

 俺を立ち上がらせた般若はこくりと頷いてみせた。

 以前会った時は暗闇でハッキリしなかったが、思いの外背が高い。身の丈としては平田ニコより少し小さいぐらいだろうか。それもナズナさんのようなオーバーサイズのパーカーのフードを被っているため正確ではないだろうが。

 

「なんで般若なんてつけてるんだよ」

「いいでしょ。これが私だもの」

「構わんが次やったらツノ折って福笑いにしてやるからな」

「やったらキミを顔の下地にしてあげる」

 

 結構したんだから、これと仮面を手で庇いながら続けた。

 

「キミ、エマのことに関わってるの?」

「っ……! 止岐花のこと知ってるのか!!」

「声大きいわよ」

「わ、悪い」

 

 隣人たちに気づかれていないか首を動かす。出てくる様子もないため気にされていないようだった。

 改めて俺はカオリに尋ねた。

 

「止岐花の居場所、知らないか?」

「私の忠告忘れたの」

「覚えてるよ」

 

 人前で吸血鬼の力を使えば粛清される。

 カオリと初めて出会った夜に告げられたことだ。

 

「前の件も、今回の件も全て延長線上にある。突き詰めれば吸血鬼の存在を露呈させないためだもの。キミが目指していることは吸血鬼にとっては邪魔なのこと」

「どうでもいい。その問答はもうやった」

 

 吸血鬼側だけの都合など俺の知ったことではない。

 忠告に来てくれたのはありがとうとしておくが、俺にとってはハツカに言われただけで十分だ。

 カオリは諦めるようにため息をついた。

 

「知ってるわよ」

「そうか。さす……え?」

 

 面を食らった。思わぬ返答に暫く瞼をパチパチと動かしている。

 

「ホントに?」

「本当よ。昨日だってここで待ってたのに、夜明けまでに帰ってこないもの」

 

 確かめるようにもう一度尋ねたが、カオリは鬱陶しそうな態度で再びため息を漏らした。

 ため息をつきたいのは俺もだ。

 自宅に直行すれば会えたなんて思うわけがない。そもそもカオリが俺の家を知っていること自体驚きなのだ。

 けれどもそんなこと気にしていられない。

 

「なんだよ。首突っ込ませる気満々じゃねえか」

「キミは訊かなくてもやってくるでしょ」

「知ったようなことを」

 

 面白い。俺のことをさも分かってますというような口ぶり。

 誰に聞いたのかはまた今度教えてもらうとしよう。

 

「行くわよ」

 

 俺は頷いてカオリに抱かれ、夜空に飛び立った。

 

 

 

 

 夜空をハツカ以外と跳ぶことになろうとは思いもやらなかった。

 

「ホントに吸血鬼なんだな」

「疑ってたの?」

「ぼんやりとは信じてたよ。でも、人間から血も吸わないって言うし」

「血液パックを貰ってそれを飲んでるのよ」

「へえ〜〜……ええ?」

 

 どうやって入手してるんだそんなもの……。

 

「夜風に当たるのは頭がスッキリするな」

 

 冷たい風を全身に浴びながら、話を切り替えて街を見下ろす。

 眼下には闇に支配されてた街が広がっていた。所々に光が灯っているのは分かるが、オフィス街のような群れた光ではない点在する個々の光。繋げば星座になりそうだ。

 

「いるか座みたいだな」

「なにやってるのよ……」

 

 光と光を指でなぞるとひし形に尻尾が一本生えたような像が生まれる。

 そんな遊びをしている俺を仮面の奥から呆れた瞳が覗いていた。

 

「エマに会ってどうするつもりなの?」

「話を聞く」

「そう。キミに任せるけど」

「任せろ。会わせてくれるだけでいい」

 

 相手の言葉を聞かなければ大切な土台を作れない。

 だから俺は止岐花に会わなければいけない。

 

「そろそろ降りるわよ」

 

 噴き上げるような風が背中を押す。身体が宙に浮きかけて落ちてしまうのではないかと背筋が凍った。

 ドゴンッと大きな衝撃音を鳴らして俺たちは目的の場所へと辿り着いた。

 

 心の中で下手くそ……!と呟いた。

 

「運んでもらえるだけありがたいと思いなさい」

 

 胸の内で文句をつける俺を睨みつける般若の眼は変わらず怒っている。

 カオリからすれば俺は自分の力で跳べばいいのだ。そうさせないで連れて行ってくれているのだから愚痴を言うのは悪いだろう。

 足をつけた俺の前にあったのは空き家だった。

 小森の街には空き家が多いことは知っていたが、まさかこんな所に住んでいたとは。

 

「ここが止岐花の棲家?」

「違うわ、ここは私が押し込んだだけよ」

「ええ……そうなの」

「だって吸血鬼やたらと大きくて高い場所で暮らすんだもの。こんなところには住まないわよ、人も招けないし」

「家もモテやすい特徴のひとつってか」

 

 思い返せばハツカの家があるマンションも、ナズナさんが借りている雑居ビルも高くて広い場所だった。

 カオリの言葉通り、殆どの吸血鬼がそうした部屋を選んでいるなら習性というべきか。

 

「さあ、入りなさいな」

「お邪魔します」

 

 俺はポツリと建った日本家屋へ足を進める。引き戸を動かして中へ入ると土間があり、そこには女性の物と思われる白いレースアップブーツが置かれていた。

 ひとり、女性が住んでいることは一目瞭然だった。

 奥を見ると通路に光が差し込んでいる。南側へと伸びるそれは月明かりのような自然光ではなく照明によるものだ。

 

「電気通ってるんだ」

「一応ね。電力会社や水道局の知り合いに通してもらってるのよ」

「ほへぇーー……」

 

 色んなところにいるんだな吸血鬼。

 靴を脱いで照明がついている部屋の前までやってくる。部屋の中には丸まったようなひとつの人影がある。

 

––––よし!

 

 思いっきり開いた襖が端に当たって音を鳴らす。

 

「ふええ!?」

 

 突然全開になった襖に銀白色の畳が敷かれた和室にいた女性がビクリと跳ねた。その部屋の中央に置かれたローテーブルに腕を置いていたのを見るに、今までそこで突っ伏していたことが分かる。

 

「…………あ、あれ? キミは」

 

 顔にかかった紫のグラデーションが入った金色の髪をどけて俺を見た。目を丸くして女性は間違いなく日曜日の夜に出会った相手。

 止岐花エマで間違いなかった。

 

「おい、お前から事情を……? お〜い……ええ?」

 

 カオリを呼んでも一向に般若の顔はやって来ない。

 不自然に思って廊下を顔を出すとそこには誰もいなかった。

 

 なんで?

 

 開いた口が塞がらないまま和室に顔を戻すと、止岐花が俺を訝しむ瞳で見つめていた。

 

「とりあえず……座る?」

「……お言葉に甘えて」

「正座じゃなくていいよ、楽に座りなよ。私の家じゃないけど」

 

 ローテーブルを挟んで止岐花の対面に座り、胡座をかく。

 

「紹介されたらしいな」

「場所だけ教えられた形だけどね」

 

 聞くところ日曜日の夜、沙原と別れた後どうするか途方に暮れていたところに女性が現れてここの住所が書かれたメモを渡されたらしい。そしてたどり着いた先にあったのがこの家屋で、昨日から使わせてもらっているらしい。

 その女性とは間違いなくカオリのことなのだが、俺と会った時同様に闇に紛れていたらしく素顔も見ていないし名前も知らないそうだ。

 

「俺もその女にここを教えられた」

 

 わざわざはぐらかす必要はないが、止岐花と俺の情報量の差を考えるとカオリは相手に応じて出している情報に違いがあるようだ。ならば俺もそれに合わせるとしよう。

 

「そっか……そうだ! お茶! 喉乾いたよね!」

「お構いなく」

「いいのいいの!」

 

 止岐花はお茶を淹れるため、和室を出ていく。

 完全に意識を整えるために離れられたな。

 

「お待たせ〜」

 

 少ししてお盆にふたつの湯呑みを乗せて戻ってきた。ひとつずつ俺と自分の前に置くと、畳に腰を下ろした。

 

「ありがとう」

「いえいえ」

 

 目の前に置かれた白い湯気の立つ湯呑みを持って一度口をつける。夜風で冷えた体に暖かくてスッキリした味わいのお茶が染み渡る。

 

「ほうじ茶おいしい」

「ふぅ〜……ふうぅ〜……」

 

 止岐花は手にした湯呑みに息を吹きかける。

 

「……猫舌か?」

「ダメなの」

「いいや。リアルで見るのは初めてだったから」

「そんな珍しいことでもないでしょ」

 

 自分で淹れるんだから冷たいのを持ってくれば良かったのに。

 白い湯気が殆ど昇らなくなるほど冷やした所で止岐花はお茶を飲んだ。

 

「自己紹介がまだだったな。俺は吼月ショウ」

「私の名前は、知ってるんだよね」

「聞いてるよ」

 

 俺が頷くと明るく振る舞っていた彼女の顔に陰が生まれる。

 

「吸血鬼のことも分かってるんだもんね」

「匂いか?」

「うん、初めて会った時に。……ここには士季くんに言われて来たの?」

 

 俺はため息をつく代わりに小さく鼻から息を吐き出した。手に持った湯呑みの湯気が不規則に曲がる。

 あの時、から元気で沙原の元へ向かったのは、俺が岡止から監視として送られた存在だと思っていたからか。

 

「安心しろ、岡止と俺は仲間じゃない。アンタの居場所を知っていたら自分で確保に向かうタイプだろ」

「だったらどうしてここに?」

「それはアンタがよく分かってるだろ」

 

 止岐花は顔を伏せて、言葉が喉に詰まっているかのように喘ぐ。

 今の状況から沙原関連であることを察するのは容易いだろう。

 

「どうしたい?」

「……どう、したいんだろうね」

 

 頑張って絞り出した彼女の声はとても弱々しかった。

 

「アタシは吸血鬼だから奏斗くんを眷属にしないといけない。……でも、したくない」

 

 頭の中に使命感とは別の感情が混ざり合って、自分のやりたいことがはっきりとしない。その中にはきっと、眷属にする、しない以外の想いだって含まれている。

 それこそ、一度は吸血をやめてしまうほどに。

 俺には想像しきれない。

 まず相手の感情を自分の尺度に落とし込もうとすること自体–––

 

「アンタは、バスケをしてる沙原が好きか?」

「好きだよ。あんなに輝いているモノ、見たことなかった。これから先も応援していたい」

「アンタも沙原のシュートを見た時、綺麗だと感じたそうだな。俺も同意だよ」

「奏斗くんのバスケやってる時の所作って激しいんだけど丁寧で、早いはずなのにスローに見えるの。なんていうかな、初めて目を開けた時に見た星空の優しい光みたいな美しさがあるっていうか」

 

 俯いたままだが、それでも口は重たくない。

 この変化はつくづく似ている。

 

「そんなにバスケをしている姿を見たいのなら吸血鬼にすればいいじゃないか。今よりも永遠に見ていられるぞ」

 

 俺の言葉に彼女の晴れた顔が再び曇りだす。

 

「もし、今から沙原に会いに行け、と言ったら立てるか? アンタは」

 

 止岐花は小さく頭を横に振った。

 

「今度会ったらどうなるか、自分でも分からないの」

 

 感情が分からず整理すらままならない岐花。

 それでも、彼女の心の軸の拠り所は大体分かった。

 

「人間と吸血鬼が友達でいるのは異例。普通なら許されないこと」

 

 故に俺はありえる可能性を語ろう。

 

「本当にそうか?」

「……なにが言いたいの」

「俺はとある都合からひとりの吸血鬼と友達をやっている。それに俺の尊敬する男も吸血鬼とは友達だ」

 

 初めて吸血鬼としてハツカと話した時から不思議で不思議でしたかなかったこと。

 

「名目上はあくまで俺やその男を惚れさせるための時間として他の吸血鬼には認められている。だけど、友達は友達だ。それには変わりない。なのに、なぜアンタと沙原はダメなんだ?」

 

 止岐花は喉元に溜まっていた言葉と共に唾を呑み込んだ。

 吸血鬼として立場であるために。

 

「アタシたち吸血鬼は人間にその存在を知られるわけにはいかない。多くの人間にバレれば、対策されて殺されることだってある。だから、アタシたちについて詳しくなりかねない沙原くんは」

「そんな能書はどうでもいい。アンタにとって沙原は『大切なヒトの秘密』を守ることすらできない人間なのか?」

「でもこのままだと奏斗くんも危なく」

「それと友達でいることは無関係だ。沙原の身が危なくなることはまた別で対策を取ればいい。なにより、相手のことを吸血鬼と友達(レッテル)だけで見て魔女狩りじみたことをやっている時点で正常じゃない。そんな悪意に満ちただけ人間こそ殺すべきだ」

 

 怯えるように沙原を吸血鬼にする理由を並び立てる止岐花。

 それが俺には自分の意思から目を背けるための言い訳にしか聞こえなかった。自分の価値観や捉え方が歪んでいるのだろうか。

 止岐花の思いはわからない。

 

「明日には俺の手によって吸血鬼の存在がバレるかもしれない。だというのに彼らはその可能性を放置している。

 だったら、アンタらがその道を歩んだって良いはずだ」

「そんな我儘は許しちゃダメだから」

「大切な相手とそのままの関係じゃダメだなんて、とんだディストピアだったんだな。この世界は」

「アタシだって自警団のひとりなわけでさ」

「自分の立場を理解しているのはいいことだ。けれど、別の吸血鬼が今のアンタと同じような境遇になった時、自警団としての使命感と吸血鬼への奉仕だけで相手を律することができるのか?」

「そ、れは…………」

 

 沙原が吸血鬼になったとして、人間から吸血鬼への生まれ変わり作用による記憶の損失でアイツの悲しい過去が無くなったとしても止岐花はそうは行かない。

 もし、もし……止岐花が心に思っている事が俺と似ているのなら、それは彼女にとっては最悪な顛末だ。

 俺の目の前にいる吸血鬼(ヒト)は浅く呼吸を繰り返す。肩を何度も上下させる。

 

「過去に置いたままの未練はいずれその先にとって正しい生き方を惑わすカスになる。私は出来なかったのだからという行き場のない恨み、お前ばかり都合のいい生き方になるなという妬み。そんなカスを払うにはふたりで乗り超えるしかない」

 

 心を押し殺して生きた道に価値はないのだから。

 

「だったらなによ……!」

「–––––!」

 

 急に伸びて来た手が俺の服の襟を掴む。

 引っ張られて強制的に伸ばされた脚がテーブルにぶつかり、俺の顔は止岐花の真前に来た。

 鋭い瞳に確かに燃えているものがある。

 溜まっていた鬱憤を吐き出すように口を開いた。

 

「さっきから綺麗な言葉ばっかり並び立てて! 自警団や奏斗くんへの想いがアンタなんかに分かるわけない!! ご立派な道徳だけでなんとかなるわけないよ!!」

「なるさ」

「なんでそう言えるのよ!!」

「アンタが願っているから」

 

 きっぱりそう言い切ってみせると、止岐花は信号を体に走らせるのを辞めたように停止してから、馬鹿にするように笑い始めた。

 

「ハハハっ。若気の至りここに極まれり。……とんだ阿呆ね」

 

 襟から離した手は自分の紫がかった金髪に伸びて、指を絡めて弄りだす。

 憂いを浴びた瞳を合わせて拗ねた子供のような弱さを感じさせる。

 

「だったら答えてよ。正しい生き方ってなに? どんなもの?」

「悪意を知り、夢とヒトを見る善意だ」

 

 俺は3つの指を立ててみせる。

 

「正しく生きるためには三つの善意が必要になる。

 相手の心に耳を傾けて隣に立つ優しさ。相手や状況に対して正しい知識を仕入れ吟味して実践し続ける誠実さ。そして、ここだけは譲れないと誇りを持つ自分への正直さ。

 これが未来を正しく生きる方法だ」

 

 数えおろして握った拳を見る。

 それこそが俺の歩んでいきたい道で流儀だ。

 

「キミ……よくエゴイストや偽善者って言われない?」

「あいにく俺にはそんなこと言ってくれる相手はキミが初めてだよ」

「だったらアタシの心にも耳を傾けてみなよ」

「そのためにキミの想いを示してくれ。止岐花エマはどうしたいんだい?」

 

 俺はまだ完璧ではない。

 だから、聞かせてくれ。

 だから、見せてくれ。

 

「言葉でも分からないことがあるのに、口を交わさなかったら余計に拗れるだけだよ」

 

 せめて沙原にだけでも。

 俺の問いに止岐花は再び押し黙る。

 でも、答えを出さないといけない時は迫っている。

 

「今回のようなことはこれからも起こり続ける。親と眷属()としての友人関係ではなく、吸血鬼と人間としての共生関係。それが表面化している今こそが、変えるチャンスだ」

 

 だからこそ、もし、キミが望んでいるなら。

 

「会いに行ってやれよ。アイツは聞きたがってるよ、アンタの真意を」

 

 飲み干した湯呑みを置いて、俺は立ち上がる。

 そして、沙原と同じく俺のアドレスを書かれた紙を渡す。俺と紙の間で視線を動かし続ける止岐花に、俺は意味ありげに笑ってみせる。

 

 

–––––「キミたちが望むなら俺は力を貸す」

 

 

 

 

 音を立てないように引き戸を動かして、この日本家屋を跡にする。

 すると横から声がかかった。

 

「余り進展なかったようだけど」

 

 横にいたのはいつのまにか消えていたカオリだった。

 般若の睨みが俺を射る。

 

「おおっと。外にいるならいるって言いなさいよ」

「見張りぐらい必要でしょ。隠れてるんだもの」

「気を遣ってくれてたのか? ありがとう」

「素直に礼は言えるのね」

「過剰分には礼儀を出すさ。聞きたいんだが、カオリは知ってるのか? 岡止たちがなんで沙原を吸血鬼にするためにあんなに躍起になってるのか」

 

 俺の質問にカオリは迷わず答えた。

 

「吸血鬼が殺される数が増えてるのよ。その影響でしょうね」

(ウグイス)アンコの仕業か?」

「目代キョウコのこと? さぁね、そこまでは。私だって彼女を丸裸に剥いたわけじゃないもの」

「キョウコ……杏子……餡子」

 

 調べたわけじゃないと軽々しく言う割には、相手の本名と思われるモノを口にするあたり恐ろしい諜報力だなと認識せざるおえない。

 

「その女はまだ事務所に?」

「いいえ。もう引き払ってるわ」

「当然か、マヒルやコウが知ってるんだもんな。でも誘い出すことぐらいはできるよな? 吸血鬼の弱点を餌にして」

「……なに? その探偵殺したいの?」

「必要とあらば。俺が言っているのは場所を変えた程度で潰せないモノなのかということだ。自警団なんてものがいるなら、弱点を餌にして誘い出して殺すという策だって行えるはずだ。そうしない理由が分からなくてな」

「万が一殺されたらたまらないでしょ」

「吸血鬼にも名前がバレてないカオリみたいな奴らを奇襲に使えばいいだろ」

 

 カオリの反応を見るに吸血鬼たちは騙し討ちは行っていないようだった。

 相手の手札が分からないとはいえ、やりようは沢山あると思う。

 考え出すと、吸血鬼が鶯アンコのことを知った正確なタイミングが分からない。ひとりの吸血鬼が知ってることを他の誰も知らないなんてあるのか。俺と違って既に行動を二回以上起こしてバレやすい。

 

「……とりあえずは置いておこう」

 

 情報を噛み砕くのを止めた俺にカオリは「それで彼女の説得は失敗したのかしら?」と尋ねる。

 

「問題ないよ」

「あれじゃあ吸血鬼にすることなんて出来ないわよ。キミにとっては良いのかもしれないけど」

「それはカオリの方じゃないのか?」

「……どういうこと」

 

 腕を後ろ手に組みながら俺は星を見上げて歩き出す。

 そんな俺が異様に思えたのだろう。

 カオリが歩幅を合わせて隣にやってくる。

 

「余裕そうね。どうなるか分からないっていうのに」

「俺は行ける気がするけど」

「その根拠はどこから来るのよ」

「態度かな」

 

 吸血鬼を恐れているのに吸血鬼を殺せる探偵について俺に何も聞かない沙原。

 吸血鬼なのに人間を眷属にしようとしない止岐花。

 似たモノ同士かもしれないね、あの子たちは。

 

「でも、これからどうするのよ」

「海の事は舟子(しゅうし)に問え、山の事は樵夫(しょうふ)に問え。昔からの習わしだが、今でも充分通じる言葉だ」

 

 俺は立ち止まって、カオリを見つめた。

 

「手を貸してくれるかな、カオリ」

 

 俺の顔は般若の奥の瞳はどう映ったのだろうか。

 カオリはゆっくりと頷いた。

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