来月にも新刊出るのメチャクチャ嬉しいですね!
「なんなの、いったい……」
あの吼月ショウと名乗った少年が帰った後、
敷き布団に横になって膝を抱えながら丸くなる。
呻き声を押し殺しながら、ひたすら頭の中に蠢く可能性を否定する。
『なぜアンタと沙原はダメなんだ?』
彼の言葉を聞いた時、一瞬「アタシが聞きたいよ」と言いたくなってしまった。呑み込むことが出来なかったら、さっきよりも吸血鬼としてダメな想いまで吐き出してしまいそうで、怖かった。
彼と話して分かったことがひとつある。
アレは無垢な化け物だ。
何も知らない子供が理想論だけを振りかざして、他者を堕としていく。しかも、その理想論が間違っていないと信じてる。
「奏斗くん大丈夫かな……」
もしあの子供の言葉に惑わされて、吸血鬼に歯向かうなんてことを選んだりしたら。
奏斗くんが傷ついてしまうのではと思うと自分のことのように怖い。
もし、奏斗くんが
そんな都合のいい妄想をするけれども、それは奏斗くんに人間としての生活を全て投げ出させること。彼が馳せていた想いも捨ててもらう必要がある。
それも嫌だった。
「なんでこうなっちゃったかな……」
アタシ、なんで奏斗くんと会うようになったんだっけ。
偶々バスケをしていた時に奏斗くんと出会って、それでよく一緒にいるようになって……その理由は。
そろそろ1人ぐらい眷属にするため?
気楽に会える相手が欲しかったから?
人間だった頃の記憶もある程度覚えているというのに、一年前の想いは思い出せない。
漠然と、ただ––––
「あぁ〜〜〜……!」
堪らず声が漏れ出した。
ダメなはずなのに少年の言葉はアタシにとっては魅力的で、彼の立場はアタシにとっては許せなくて。
仕方ないことだと分かっていても、人間のまま吸血鬼と友達でいられるあの子供のことが許せない。
「あぁ……ダメだ」
少年の言った通りになっている。
これから同じ立場の吸血鬼たちが現れたら、アタシは許さないと思ってしまう。嫉妬して、恨んでしまうだろう。
始まりだって、アタシのせいなのに。
けれども、どうしろと言うんだ。
奏斗くんはいい子だから吸血鬼の敵にならない。そんな楽観論をいくら優しい士季くんでも認めてくれるはずがない。
なにより自分が原因なんだから、ケジメをつけないといけない。
奏斗くん、アタシはどうしたらいいの?
士季くん、アタシはなにをしていいの?
『会いに行ってやれよ。
あの少年の言葉がまた脳内で再生させる。
アタシは掛け布団を勢いよく被った。
「会いに行く……会いにいく……」
真っ暗な布団の中で手にしたスマホの光だけが輝いている。
連日続いていたメッセージの着信も日曜日を最後に止まっている。
約一ヶ月ぶりにアタシはラインを開く。きっと見ていけば自分が考えていたことを思い出せる気がしたから。
『いまどうしてる? 最近、顔見せてくれないけど、体調でも悪いのか?』
『ねえ、どうしたの?』
『お〜い返事くれよ』
『今日は遊べる?』
今まで貯めていたメッセージをゆっくりと見ていく。
言葉自体は見たけれど、こうして遡るようにじっくりと彼の言葉を読んでいくのは初めてだ。
改めてみると不在着信の多さに驚いた。
『時間ができたら会いに来てよ。いつもの場所でバスケしてるから』
会いに来て欲しい。
この言葉を覚えていたから、アタシは市民公園に出向いて奏斗くんと会った。
けど、逃げた。
抱きついて、血を吸おうとして、逃げた。
何も伝えることもせずに。
「なにやってんだろ、アタシ……」
一度夢を無理矢理奪われて、また傷つくことになってしまったら。
それもアタシのせいで。
嫌だ。
嫌だ。
「違うよね。とっくに」
アタシはとっくに奏斗くんを傷つけている。
あの時、久しぶりに会った時に吸血鬼であることをしっかりと伝えていたらこんな風に悩まなくても良かったのかもしれない。
唇に痛みが走る。
無意識に吸血鬼特有の鋭い犬歯で唇を噛んでいたようだ。
『今日も楽しかったね』
『また遊ぼうね』
「結構少ない……」
貯まっているのは僅かな量で、数十回スクロールするとそれより前のコメントは出てこなくなった。
なんでこんなに少ないんだろう。
アタシは奏斗くんに自分の家を教えたことはなかった。逆に言えばアタシも奏斗くんの家は知らない。市民公園で待ち合わせて、そこからバスケを一緒にしたり食事に行ったりしていたから。
どこで会うかは決まっていた。
何をするかはその時ふたりで決めた。
なにか会った時はいつも食べながら、遊びながら話していた。
だから特にいつ会うかぐらいで、特にラインで済ませることがなかった。
確かに、そう考えればこの少なさも納得だ。
一番上に表示されたコメントを見る。
驚いたことに一番最初にメッセージを送ったのは奏斗くんからではなくアタシからだった。
『今日もシュート綺麗だったよ! ギラギラしててカッコよかった!』
自身の過去の呟きを見て思い出す。
「そうだよね。そうだったね……」
アタシが奏斗くんと会えた理由。
奏斗くんを吸血鬼にしたくなかった理由。
ただバスケをしているだけじゃなくて、ギラギラしてる奏斗くんが好きなんだ。
「アタシが会わなきゃいけない。でも––––」
怖いよ。
会うのは、いきなり抱きついて、噛みつこうとした相手に会おうなんて彼は思ってくれるだろうか。
それに士季くんが奏斗くんにあってなにかしているかも知れない。吸血鬼そのものに恐怖を覚えているかもしれない。
そうなれば吸血鬼にすることはできない。
アタシがやれることはない。
また逃げてしまう。
スマホの電気を切って枕の傍に置いた。
夜に寝るなんて人間みたいな事、久しぶりだ。
ここにきて二回目の横臥の姿勢だが、不快でしかない。
☆
吼月と話したあとのことは朧げだ。
部活に戻った記憶もあるけど大して手を動かさなかったから作業はできていない。家に帰った後も吼月に言われたことばかりが頭に渦を巻いている。
「奏斗、大丈夫?」
「どうしたの、急に」
「昨日も今日も暗い顔してたから……なにか悩み事でもあるの? お母さんじゃだめなら、お父さんにでも……」
「ううん。ないよ、大丈夫」
「あのね、お父さんが今度の休みにバスケの––––」
「それはいいや。じゃ、おやすみ」
俺は首を横に振って、母さんの返す言葉を聞く前に部屋に入った。明かりをつけずに車椅子から降りて布団に横になる。
「ーーーー」
眠れない。夜が怖い。これも全て吸血鬼のせいだ。
もしかしたら突然家に攻め込まれて殺されるかもしれない。吸血鬼になる気概さえあれば見逃してくれるとは言っていたが、気分が変わって殺されるかもしれない。
親に相談することすらできないのも心苦しい。
––––今のうちに謝っておいた方がいいかな……
さようなら、とだけ告げて離れた方がいいかもしれない。
いきなり帰ってこなくなったら父さんたち悲しむかな。
––––俺が悪いのか? いや、悪くないだろ……?
なんで俺ばっかりこんな目に。
そう吐き捨てなければやっていられなかった。
だけどきっと俺だけじゃない。この街にだって俺以外にも吸血鬼になるように迫られている人がいるかもしれない。納得してやり過ごすしかない。
どうしようもない偶然なんだから、文句を言ったって仕方ないんだ。
それでも俺だけの偶然がある。
『さっさと認めろよ。なんでエマが血を吸わなかったのか』
吸血鬼曰く、人を吸血鬼にするためには、人を惚れさせてから血を吸わないといけないらしい。
なぜ吸血鬼にすることができたのに血を吸わなかったのか。
なぜエマは俺に話してくれなかったのか。
純粋な優しさか、単なる悪意か。
せめて吸血鬼になるしかないなら、それだけは聞きたい。
その答えが優しさであってくれたらと願っている。
接してくれたこと全部が俺を騙すためだったなんて思いたくなかったし、思えなかった。
エマと出会ったことは偶然だ。
俺がたまたま広場で会って、車椅子バスケの存在を教えてもらって、それからずっと一緒に遊んでいた。
話して、初めから吸血鬼にするつもりでした、ならそれはもう俺が馬鹿だっただけだ。
その時はもう全部諦めよう。
失望するだろうから。
話を聞くのは最後がいい。
嫌いになってしまっては吸血鬼になることは出来ない。
––––会えるかな……
暗い一室の中で俺はスマホを見つめる。
電話をかけたら出てくれるだろうか、メッセージをうてば読んでくれるだろうか。
聞きたいことが沢山ある。
知りたいことは多いというのに指はスマホの電源ボタンすら押すことができない。
『色々ありすぎて見て見ぬふりをしているだけだ』
やらなきゃいけないことだと分かっていても、怖いものは怖いんだ。
心に楔を打たれたように動けないから指も止まってしまう。
どうせ見られないんだからと、俺はスマホを布団の外に放り投げた。
今までも見てくれなかった。
どうせエマは気づかない。
見てくれない。気づいてくれないなら、どうすればいい……?
吼月、俺はどうしたらいい?
頭の中が不安と恐怖と疲れでいっぱいになると自然と瞼が下がっていく。
☆
「––––仲良さげだと思ったらそんな関係だったんだ」
「だから岡止士季は必死なのよ」
「そういう感情って普通なのか?」
「人間に当てはまれば、そうでしょうね」
カオリの返答に俺は「それはよかった」と呟いた。
俺とカオリは帰り際に情報を交換していた。交換といっても俺の考えと彼女が持っている知識なためかなり不釣り合いだが。
「止岐花と沙原の関係がバレたのはなぜだ? 逐一見張っていたのか?」
「流石にそこまでしないわ。キッカケはそうね、小森第3病院は分かる?」
「いい感じの街病院みたいなところだな」
「……小森第3病院は吸血鬼が運営しててね。自警団はそこと協力しながら人間から血を吸うことに慣れていない新人の吸血鬼に血液パックを配布していたのよ」
「カオリが飲んでる血液パックもその類か。その血、献血時にでも抜いてたのか?」
「残念。採血時よ」
「常習犯……!?」
なんか今日だけでグッと吸血鬼の生活状況についてしれてる気がする。情報源が多い事に越したことはないからいいけど。
しかし、抜き取った量と違いがあれば問題になりそうなものだ。採血した量は記録されていたかな。
「非常用にその採血から抜いた血を自警団の吸血鬼たちは何かしらの形で携帯してることが多い。例えば……あの自警団だと、ススキって吸血鬼の発案で金魚の醤油差しに入れたりね」
「理由は?」
「可愛いし持ち運びやすいし」
「かわいい……かわいいかな……?」
–––アレを可愛いと思う着眼点はなかったな……
「もちろん血は無限にあるわけじゃないし、非常用の血の量なんて微々たるものよ。使い切ってもすぐにもらえない。
だけど、それをエマはせがんで余分に非常用の血を受け取っていたのよ」
「話が見えてきたぞ。極少量なのもあって初めはバレなかったが、この一年の間で足がついた?」
俺が言葉の先を予測すると、カオリは首を縦に振って予測を正しいと認めた。
「病院から連絡があり、士季たちが調べてみたら昼間に人間と会ってると分かって自警団数名の中でそれが問題になった」
用途はすぐに分かった。沙原がリハビリという名目で利用している病院のジムで、止岐花が一緒にいた話のことだろう。
陽の光を苦手とする吸血鬼がどうやって長時間活動していたのかわからなかったが、止岐花は非常用の血を吸って体力を回復させてたのだろう。
「もし気を失って倒れて、検査のためと肉体を調べられでもしたら、人間とは違う存在がいることが露呈する危険性があった。……飛躍してるかもしれないが、大体こんな感じか?」
「吸血鬼憎しの人間に痕跡を見つけられると厄介だからね。加えて明らかに恋している相手を眷属にせず会い続けてるものだから、反感を買っちゃったのよ」
「そこで士季が止岐花に血を吸うように命令した。発覚から一ヶ月なのか、命令から一ヶ月なのか知らないが、吸血チャレンジしに行ったのがこの間の日曜日」
「失敗から逃走。士季もエマも焦ったでしょうね。まさかこんな事になるなんて」
「…………」
鼻で笑うカオリの話を聞いて、俺はふたりとも今の状況は想定していなかったのだろうと理解した。
止岐花が【綺麗な言葉】に異様に反応を示した原因は自身の過ち。
「いま渡せる情報はこれくらいね。他に聞きたいことある?」
「ならひとつ。岡止たちは最悪沙原を殺すつもりではいるわけだろ?」
「私が聞いた限りではね」
「本当に沙原を殺してしまった時、もしくは障害である探偵を殺したとしてその死体はどうするんだよ。存在がバレたくない吸血鬼にとって自分達が殺した死体なんて目の上のたんこぶだろ」
しかし、カオリは俺の考えを否定する。
「危険なのは間違いないわ。けれども、そう簡単にバレはしないわ」
「なんでだ?」
「後処理をやってくれる吸血鬼たちがいるのよ」
「……マジかよ」
「ホントよ。吸血鬼の中には『ヤ』から始まる職についてる者もいるから」
「ヤクザまでいるのか……」
俺が丸っと口にすると横から視線が飛んでくる。わざわざ含みを持たせたのに……という不満の目だ。
含みを持たせて伝わらなかったら意味がないだろ。伝えたくないのなら別だけど。
カオリは具体例を挙げるようにひとつの事件を語り始めた。
「10年前、この街にとある家族が居たわ。父親に母親、そして1人の娘。当時高校三年生だった。事件の発端が始まる前は仲睦まじい家族だったのだけれど、不幸が重なり父親は吸血鬼になってしまい、母親を吸血して殺害、娘も殺そうとした」
「その吸血鬼はどうなったんだ」
「死んだわ」
「……殺害現場は自宅か? 人間だった頃の」
「吸血鬼を殺せる環境で、母親と高校生の娘が一緒にいるならそれくらいだもの。そして母親は死に、父と娘は行方不明……吸血された母親は不審死として扱われたものの内々に処理されたわ。広まったとしても近所の与太話程度。それもすぐに消えたわ」
「誰かが指示したのか?」
「いいえ。この事件は原因が特別だったから自ら動いてくれる吸血鬼もいたのよ」
この話が事実だと仮定すれば確かに問題はないだろうし、俺の意見に首を横に振っても不自然ではない。
「…………あれ」
だとすると、どうしてという疑問が当然生まれる。
「? どうかしたの?」
「ああ、いや。気になるんだけどさ、もし、吸血鬼の棲家のそばで人間が自殺したらさ騒ぎが起きるわけじゃん。死んでも死ななくても」
「自殺の名所じゃない限りは騒動になるでしょうね」
「それも隠蔽などはできるものなのか?」
「可能でしょうね」
「このことって吸血鬼なら把握してることか? ハツカとか?」
「なんで名指しなのか分からないけど、蘿蔔ハツカなら知っていそうではあるわね。平田ニコや本田カブラとも親しいし」
「人間が死んでもある程度は対応できるのか」
心の奥のモヤモヤがまた大きくなる。不信感による自己の意思否定が惹起したときとは異なる不快な異物に胸をギュと握りしめる。
ハツカは知らずに助けた?–––モヤモヤは薄まるが釈然としない自分がいる。
それとも知っていて助けた?–––モヤモヤは強くなるが安堵する自分がいる。
「……」
「どうしたの、さっきから黙りだして」
「
「吸血鬼にも面倒事が多いわ」
そこで一度会話が無くなるとカオリは「それじゃ–––」と言って地面を蹴った。
「また明日。みんなが寝った頃に会いにくるわ」
別れの言葉を残してカオリは夜空の中へと消えていった。
「俺も帰ろう」
住宅が点在しているここら一帯は街灯が少ない。そんな道を歩くのは星明かりもないから目を瞑っているようなモノだ。もしかしたら目の前に穴があって足を踏み外すのではないかと漠然とした恐怖がある。
しかし、一歩足を鳴らすたび安心感が恐怖を上回る。
「お家、あっちだったかな……」
感情の乱高下も静かで暗いひとりの夜の楽しさだ。
「帰りも送って欲しかったなッ!!」
心なしか一人である事に感謝しながら俺は闇に溶けていく。