よふかしのあじ   作:フェイクライター

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祝!よふかしのうたアニメ1周年!
……1周年? マジで?


第四十夜「メリット」

 探偵である鶯アンコ()の前にひとりの少年が現れた。

 吼月ショウ。蘿蔔ハツカの眷属候補。

 事務所を引き払い誰も知らないはずにも関わらず、少年は私がここにいると確信を持っていたように尋ねてきた。

 

「いい所に住んでますね。ところで、なんで俺の名前知ってたの?」

「……吸血鬼に関連する人脈にはひと通り探りを入れている。特に今のキミは夕マヒルと友好的な人物だからな」

 

 特に何も無い部屋を見渡す少年。

 家にあげる前に名乗られはしたが、それ以前から私は彼のことは調べている。短時間で知れる程度だが、彼が吸血鬼と共に過ごしているのは間違いない。

 

「流石は吸血鬼殺しの探偵だ」

 

 私の話を愉快そうに聞く彼の心情は理解し難い。

 

「殺される。そうは思わなかったのか?」

「吸血鬼なら弱点をつかなければ殺せない。人間なら殺したとしても隠滅が面倒でしょう。しかも借り物の部屋で即座に銃を撃つのもどうかと思いますし」

 

 振り向いた少年は、私が着ているコートの胸の内ポケットを指差す。無意識に空いている手を胸にやれば、そこには不自然な重い塊がある。

 指摘通り拳銃である。無論、偽物ではない。

 

「よく分かったな」

「一応ブラフのつもりだったんですけどね……」

 

 空の手を下ろして、渡された紙袋の中身を見つめる。上部に買った店のマークが描かれた手提げがある小さな長方形の白い箱は、おそらく彼の言葉を鑑みるにカットケーキが入っているのだろう。

 その箱を見下ろしていると、頭をキューと締め付けられるような痛みが私を襲い出す。息を整えながら、ほぐすように身体を動かす。

 

「……もしかしてケーキ、お嫌いでしたか?」

「いいや、そうじゃない」

 

 あまりいい思い出がないだけだ。いや、いい過去はあるはずなのだが、それ以上に嫌なことばかりを思い出してしまう。

 ケーキの上に刺さった18本の蝋燭が灯す火を一息で消して、そのことを祝福される日。私は––––いや、昔へ思いを馳せるのは今じゃない。

 備え付けの冷蔵庫の中に入れると、なぜケーキを持ってきたのかを尋ねた。

 

「お礼ですよ、吸血鬼を殺してくれた」

 

 その返答は彼の立場からすれば出るはずのないもので、私は警戒心を高める。部屋の空気が張り詰めたのは相手にも伝わった。

 彼は自身の行いにケチをつけられたのが気に食わないのか、ため息をつきながら頭をポリポリと掻いた。

 

「別に毒なんか入ってませんよ。それを分かっていただくために市販のものを買ってきたですから」

 

 彼は私の瞳に微笑を浮かべながら自身の目線を絡めると、返答の意味を答え始めた。

 

「以前、マヒルとコウ、朝井を襲った吸血鬼を殺してくれたんですよね? その時のお礼です。あなたのおかげで3人は助かりましたから」

 

 彼が指しているのは、10年前、小森第二中学校から姿を消した教師–––加納(カノウ)ミチヒサという男を私の手で灰に変えたことだ。失踪した秋山(あきやま)昭人(あきひと)と呼ばれる大学生の行方を追っていた時に、偶然出会った怨敵の被害者。

 その場に夜守くんたちが居合わせた。

 

「……その人についてどこまで知ってる?」

「その男については、マヒルと朝井からは、錯乱状態の襲われたこととなにか後悔していたこと……このふたつぐらいしか聞けませんでした。名前は一応ネットで調べて、加納とは知っています」

「そうか」

 

 夕マヒルには加納の件についても話してある。

 巻き込みすぎないように元凶の名前は告げなかったけれど、充分な知識を与えた。

 もし、目の前の少年が本当の事を言っているなら、夕マヒルは完全に吸血鬼側に立ったということ。そちら側に行ってほしくなかった。それ以上に教えたはずの吸血鬼の危険性をしっかりと人に伝えていないことが、とても悲しかった。

 

「加納は吸血鬼に騙されたんだ。何も知らされず、何も分からないまま10年の時を過ごして……死んだ。私が殺した」

 

 その憤りが表に出てしまう。

 彼を睨みつけて、感情が籠った声になる。

 

「吸血鬼たちには《魅了》と呼ばれる能力(チカラ)がある。相手を魅入らせて、人間のまま行動を操ることができる。意識的にしろ無意識的に使ってるにしろ、人間が吸血鬼に恋するのはこれが理由だろう」

「そんなチカラが……アイツは言ってなかった。でも……」

 

 私は釘を刺すように、あるんだよ、と力強く断言する。

《魅了》の力はあくまで一説によるものだ。創作上の吸血鬼の能力のひとつでしかない。しかし、彼が吸血鬼に抱いている感情を虚偽のものであると考えさせるのには充分だ。

 

「すみません。俺は生徒会長として、マヒルたちを助けてくれたことに感謝したかっただけで……吸血鬼の被害者である加納さんの介錯をした探偵さんには、後味の悪いことだったでしょうけど……」

 

 少年は交えた視線を解いて頭を下げる。

 

「いや、頭を上げてくれ。私も睨みつけて悪かった」

「……はい」

「そこにある椅子に座りたまえ。話は別にあるんだろ?」

「そうです」

 

 ただ感謝を告げるだけなら、これで帰ってもらうつもりだった。

 しかし、彼とやり取りをしていると私が想像していたものとは違う立場なのかもしれないと思わされた。

 顔を私に向けた彼は、促されるままそばにあった黒縁の椅子に座る。

 

「タバコは大丈夫かい?」

「構わないですけど、先をこっちに向けないでくださいね」

「そんな行儀の悪いことはしないよ」

 

 手庇を作るようにして目から鼻までを覆ってみせる彼の了解を得て、私は使い古したジッポライターをコートから取り出した。燃やした紐に咥えたタバコの先を当てて火をつけると、私もソファに腰を下ろして彼と向き合う。

 

「ふぅ……吼月くんでいいかな?」

「はい」

「それで吼月くん、まずは確かめたいことがある。手首を出してくれ」

「……? あぁ……どうぞ」

 

 差し出された手首を掴むと、ドクンドクンと脈打つ人間の命の振動がしっかり私の手に伝わってくる。

 吼月くんは人間であることは間違いなかった。

 

「脈で吸血鬼かそうじゃないか分かるのか」

「奴らには血が流れていないからな」

「流れてる吸血鬼もいたりはしないんですか?」

「少なくともここ数年見てきた限りではいなかった」

 

 奴らが私の居場所を知っているなら直接襲ってくるはずだ。罠だとしても、人の居ない場所に連れ出す方が奴らの考え方としては合っている。

 人間に人間を殺させるなんて余計な足跡を残すことはそうしないだろう。

 

「でも、マヒルと一緒にいる所を見てるんですよね? なら、学校に行ってるのも–––」

「知ってる。だが、吸血鬼はしっかりとした服装や用具さえあれば日中でもある程度活動できる。確証が欲しかったんだ」

「……血を吸う必要は?」

 

 彼の質問に私は瞬きほどの間だけ、思考を回した。

 アイツはどうだったか–––––

 

『まぶしいし、すごくだるい』

 

 ふと小生意気な声が脳に児玉した。

 吼月くんの問いに、私は正しい答えを出せなかった。

 

「分からない。個体差にもよるだろうが、血を吸わずとも全身を覆うような服で日傘さえあれば陽が高くても問題ない。それがなければ気絶するレベルだろう」

「なんか、見たことがある感じですね」

「……何体も殺してきたからな」

 

 濁した答えに彼は頷いて本題について語り出す。

 

「それで話なのですが、探偵さんの力をお借りしたくて」

「私の力?」

「今の吸血鬼を倒すために力を貸してください」

「待て。なぜキミがそんなことをする? もしかして、吸血鬼になるつもりがないのかい?」

「信じてもらえないでしょうけど。俺は今の状況とは相容れない」

 

 吸血鬼と関わっている人間は基本的に奴らに恋をしていることが殆どだ。例外も恋愛感情が死んでいそうな夜守くんぐらい。

 そんな夜守くんだって相手が吸血鬼と知っても肯定的だ。

 そんな相手の腹の中にこちら側の思想も持った人間がいるなんて。

 思わず口を噤んで、目だけで先を促す。

 

「俺の友人が偶然吸血鬼の存在を知ってしまいまして。吸血鬼にされるか、死ぬかを迫られているんです」

「奴ら……」

「彼には人間としてやりたいことがあるのに、身勝手な吸血鬼たちに無理やり奪われるかもしれない! ……はぁっ……俺は、それを食い止めたい」

 

 吼月くんがズボンを強く掴む。よほど切羽詰まっているのか苦しそうに呼吸を繰り返す。

 

「はぁ……ふぅ……その為に力をお借りしたいんです。悪い吸血鬼を倒すために」

「そうか、友達のために」

「友達だからだけではありません。……彼は家族と離れ離れになるのも嫌がってましたし」

 

 吸血鬼は人を騙し欺き食糧とするもの。人の恋心を利用して近づき、破滅に追いやる悪しき存在だ。夜守くんと同年代である吼月くんの友人ならば中学生か、高校生ぐらいだろう。

 そんな若い子の将来を奪うことは許されない。

 

「その通りだ。吸血鬼に関われば、不幸になるのは恋した人間だけじゃない。その家族だって悲しい想いをすることになる」

「探偵さんもその苦しみを–––」

 

 言葉を遮る形で私は頷いてみせれば、吼月くんがそれ以上迫ることはなかった。

 

「職業柄、人探しは多くてね。依頼された行方不明者が吸血鬼に関係していたケースは少なからずある」

 

 そして、それは《星見キク》と呼ばれる吸血鬼に行きたくことが殆どだ。加納もあの女の被害者のひとりだった。

 私も吸血鬼によって苦しめられる者の気持ちはよく理解できる。それは探偵としても、一個人としても見てきたからだ。

 

「吸血鬼は存在自体が悪だ。人の不和を起こし、崩壊させる」

 

 恋愛は容易く人の関係を壊すことができる。それが家族という枠組みに住む人ならそう簡単に後戻りできなくなる。

 私の言葉を聞いて、吼月くんは再び頭を下げた。

 

「そのお友達と話すことはできるかい?」

「出来ません。探偵さんと話すな、と吸血鬼たちに脅されてしまっているので」

 

 聞けば、吸血鬼によって人の腕が飛ばされる現場を目撃してしまったらしい。それにより吸血鬼に対する恐怖が根強く、逆らう気が起きていなかったそうだ。

 

「もしかしたら、電話やメールだってバレてしまうかもしれません。仮にかけても、こんな時間ですから出れないでしょう」

「こんなこと御家族にも相談できないしな」

「……だから、ここにも俺が来ました」

 

 吼月くんが絡んでいるとなれば、蘿蔔ハツカもこの件に関わっているとみるべきだろう。

 あの女のような男は吸血鬼の中でも聡い部類に入る。以前、秋山を襲った時に吸血鬼の弱点を看破したのも蘿蔔だ。そして、頭の回転だけでなく、戦闘での立ち回りも他の吸血鬼より手慣れている様子だった。

 相手の初動を潰すことぐらい視野に入れているかもしれない。

 

「しかし、吼月くん。キミだって眷属候補だろう? 蘿蔔ハツカの。なのにここへ来れたいのかい?」

「ハツカの眷属候補だからこそですよ。面白いですよね。話をした限り、ハツカのならまあ大丈夫だろうと、他の吸血鬼たちは俺への警戒は薄くしているんです。立場として、今後吸血鬼になるが俺なので」

 

 不敵に笑ってみせるの彼だが、本当に大丈夫なのだろうかと思えてしまう。

 

「俺が探偵さんにお願いしたいのは、撃退または撤退を前提とした時間稼ぎです」

「時間稼ぎ? 殺すではなくか?」

「はい。殺すべきなら殺した方がいいですが、明日の夜明け頃……日の出前にはこの街の外へ動き出す手筈になっていますので、弱点を見つける時間はないでしょうし」

「……え? 明日?」

 

 肯首する彼を見て、私は目を瞬かせた。

 明日の夜明けということは–––––時間を確認しようと壁面に視線を這わせるが、事務所を引き払った時に捨てたのを思い出した。ため息をついて、この部屋の時計はどこだったかと目を動かす。それに気づいた吼月くんは左腕につけたGショックのような腕時計をこちらに見せてくる。

 

「23時……56分。もう殆ど今日じゃないか!?」

「仕方ないじゃないですか、今日決まったんですよ」

「だからってね……昼間からではダメなのかい?」

「先ほども鶯アンコさんが仰っていたじゃないですか。準備さえすれば日中でも見張ることができると。それに明日は平日です。普通であれば学校があって、普段とずれた行動をするとなれば目が厳しくなります。

 それに吸血鬼が出なくても、吸血鬼側にいる人間だって使われるでしょうし。すぐに動いた方が……効率がいい」

 

《魅了》の存在を信じているのに今さら否定すれば、こちらの言葉が彼に届かなくなる恐れがある。

 だから、私はその形で受け入れるしかなかった。

 吼月くんは姿勢を正してこちらを見直す。

 

「無理にとは言いません。下手に関われば殺される危険性だってありますから、俺がひとりでなんとかします」

「やらないとは言っていないだろ」

「いいんですか?」

 

 ああ、と私は頷き返す。

 吸血鬼は殺す、必ず。

 

「ありがとうございます。でしたら––––」

 

 吼月くんが私に礼を言うと、さっそく作戦について話し合う。できれば彼にも吸血鬼が如何に恐ろしい存在か理解できるよう努めよう。

 

 

 

 

「今日の日の出前に会う?」

 

 月明かりだけが照らす夜道で男–––岡止士季がポツリと安堵した呟きをする。街灯もない暗がりでその声を聞く者は私たち以外いない。

 情報屋としてカオリ()は岡止と午鳥に会っている。先日渡した紙に書いた場所、日時がこのタイミングだったからだ。

 

「ええ、ふたりは沙原くんの自宅のそばにある広場で会う。掴めたのはその情報だけよ」

「……そうか、よかった」

「探しても見つけられなかったものね」

「ほんとに……はぁ……」

 

 エマと沙原くんが出会うことを伝えに来たのだが、その事を知っただけで彼は嬉しそうにしている。大方、エマがようやく血を吸うのだと考えているようだ。

 隣にいる午鳥もホッとして少し気を緩めていた。

 おめでたい頭だこと。毒付くように私は肩を落とした。

 

「本当に大丈夫だと思っているの?」

「……流石にもう大丈夫でしょう」

 

 岡止の代わりに午鳥が口を開いた。

 私は即座にそれを否定する。

 

「身内に甘いのは自警団としてどうなの? 血を吸うとは限らないのは、あなた達が一番分かっているじゃない」

 

 ムっと口を尖らせた岡止もそれはキチンと理解している。

 自発的とはいえ吸血鬼を諌める立場に居ようとする存在が、自分の知り合いには融通を効かせたらもう話は聞いてもらえなくなる。道理とはそういうものだ。共通しているからこそ、道として成り立つ。

 

「今日の日の出のことを考えれば、5時20分にはいるべきでしょうね」

「分かっている。やるべきことは最後までやる」

「ええ、貴方ならそうするでしょうね。集められるだけ仲間を呼んでおくこともオススメするわ」

 

 責任感のある彼ならやってくるのは想像できるが、強いることで行動を確定させておきたかったのだ。

 話を終えて私は背を向けた。

 

「待て、血は?」

「いらないわよ。予定より二日も待たせたんだもの。取引に使える分があるなら、なにかあった時のために備えなさい」

 

 情報の対価として血を貰う。それがこの取引の最初の在り方だったが、それは反故にすべきだ。

 

「そうそう。もし、彼女が貴方たちに逆らうようなことがあれば……目を潰しなさい」

 

 私の忠告に岡止の顔が引き攣った。どうせ吸血鬼なんだからすぐ治るのに、どうしてそんな顔をするのかしら。

 私は背を向けたまま空へ舞い上がり、彼らの視界から姿を消した。

 

 さて、見せてもらうわよ吼月ショウ。

 

 

 

 

「沙原奏斗。にしても、よりにもよって小森工業か」

「ええ。あの学校にも吸血鬼がいる」

「平田ニコ、10年前から夜学で勤めている教師。はぁ……面倒だな。止岐花エマというこれまた吸血鬼を知ってしまった女性が、彼を街の外まで運んでくれるんだな?」

「ええ、その通りです。探偵さんには吸血鬼が追ってきた時に所定の位置で対応をしていただきます」

 

 吼月くんからひと通りの話を聞き終えた私は首を傾げた。

 急拵えの作戦のため大きな粗があるのもそうなのだが、

 

「本当にこの作戦でいいのか? 私の役割が本当に時間稼ぎだけだが」

「問題ありません。それだけ時間を作ってくだされば、残りはこちらでなんとかします」

「だが––––」

「大丈夫です」

 

 二の句を継ごうとする私を一言で制する。突き放すような口調の少年は自信に満ちているが、危険なことに変わりはない。

 本来なら私が全てやるべきだ。

 こんな子供が吸血鬼と関わって欲しくない。

 しかし、私が表立ってその場に出向けば余計に対立が激しくなるだろう。

 

「こんな時のために吸血鬼たちを見てきたんですよ。俺がここに来れたように、使えるモノも増えましたから」

 

 だが、言っても止まらない。仮に代わると提言してもそれを彼は認めなかった。ひとりで突き進みそうな危うさがこの子にはあった。

 ここに助けを求める時点で、彼は吸血鬼に殺されても仕方ないと判断されるだろう。

 そんな危険な立場にいることをまるで自覚していないように。

 

「それに本当の事を言えば、吸血鬼たちが来るかもわからないんです。来なければ、そのままこの街を抜け出す。現れれば時間を稼せぐ。なので……もしかしたら、鶯アンコさんの出番もないかもしれません」

「そうなる事を願っているよ。弱点がなければ殺せないしな」

 

 奴らに話が通じるとも私には思えないが。

 話を一度区切り、彼に尋ねた。

 

「なら、キミはどうする?」

 

 今度は彼が首を傾げた。

 

「俺の吸血鬼の対処であれば先ほども話した通り大丈夫です。切札もあります」

「そうじゃない」

 

 その切り札について気になるのは確かだが、今はこの少年の安否も大事だと私は思う。

 

「でしたら、なにを?」

「その切札が機能したとしても、それを持っている君が今まで以上に危険に晒される恐れがある。キミはこの街に残らなければならないし、一年後にはキミは殺されることになる。それではキミが救われない」

 

 そう告げた瞬間、吼月くんの瞳から光が消えた。

 

「……? どうした、大丈夫か?」

「あ、え、? あ、あぁ、単純に言われ慣れない言葉だったので、つい……吸血鬼のことですよね!まあ、そうっすね眷属候補ですし。でも沙原や止岐花は高校生ぐらいなんで稼げますけど俺はまだ中学なので最終学歴が中卒もないは不味いですからまだあと一年ありますしなんとかアイツとはチグハグな関係を」

「もっとゆっくり喋りなさい。聞き取れないから」

「すみません……」

 

 私が声をかけ直せば瞳に明かりは灯ったが、浮かべる愛想笑いはどんな心が籠っているのだろうか。本当は吸血鬼側の人間で、脅威を感じていないのかもしれない。

 だけど、なんだ? 別の意図が含まれているような気がしてならない。

 深呼吸をして落ち着きを取り戻した彼は、私に問う。

 

「俺も吸血鬼から救うとして、どうするんですか?」

 

 そんなもの決まっているだろう。

 

「吸血鬼を私が皆殺しにする。これでキミは救われる」

 

 その発言で部屋の空気が凍りつき、吼月くんが唾を飲み込む音が聞こえるほど静かさが極まった。

 さぁ、どう思う?

 以前、夜守コウにこの話をした時は『俺はあんたの考えを肯定できない』と手を払い除けられてしまった。吼月くんが敵なら夜守くんと同じ道を通るだろう。

 できれば、私の手を取って欲しい。

 

「……本当に、吸血鬼を全て殺すことができるんですか?」

 

 望んだ答えではないが、彼にとっては当然の疑問。

 

「ああ。キミが人間と生きるならそのために私はなんでもする。だから、安心したまえ」

「なんでも」

「命をかけて成し遂げるよ」

 

 彼は言葉の意味を噛み砕こうと少し黙考してから口にした。

 

「鶯さん……ありがとうございます」

 

 子供らしいあどけない笑顔を浮かべるのだった。

 彼は十中八九、私側の人間だ。

 

 

 

 

 では、また後で。

 それだけ鶯アンコに言い残して、吼月ショウ()は彼女の家を後にする。

 生活感が殆ど無い綺麗なだけの部屋から俺が通路に現れると照明に灯りがつき、ひりつく人肌まで温まったようなに思える。それは精神的な温度差であった。

 ひとりでいる方が好きな俺ではあるけれど、人といてここまで辛くなるようなことは初めてだった。いや、この衝動すら正しいのか分からない。

 理由が分からない。

 原因も知らない。

 でも–––––彼女の望みが叶うとしたら方法はひとつだろう。ポケットにしまっていたスマホを強く握る。

 照明の数を数えながら通路を歩き、エレベーターを使って一階まで降りる。

 ビジネスホテルの自動ドアを潜り外へ出る。

 辺りを囲う木々の壁を通り過ぎると、視界の上部で何かが動いた。

 

「ハツカ?」

「残念、私よ」

 

 目の前に降り立った彼女は、今日も般若の仮面をつけた奇抜な面で俺を見る。

 

「どこに行っていた?」

「岡止のところよ。貴方は……上手くいったのかしら?」

「まあ、大体な。カオリは早々にここから出て行ったな」

「望みのものは見れそうになかったし」

 

 その言い草はまるでゲームを視聴する観客のような気楽さを含んでいる。

 探偵さんと会う前の『殺されるかもしれない』というくだりで、俺を関わらせた理由の一つは分かった。あの吸血鬼紛いの能力をその目でもう一度観たいのだろう。

 けれども、ホテルに入ってすぐ視線を感じなくなった。すぐに見切りをつけて岡止達の下に向かったのだろう。

 それは俺にとって朗報だった。

 

「どちらにしろ、貴方は後戻りはできないわ。もう始めるしかないもの」

「そうだな。だが、それはお前も同じだ」

「言っておくけど私は情報屋よ。貴方に話を流そうが、岡止に情報を渡そうが仕事でしかないもの」

「いいや。高みの見物なんてさせやしない。お前には鶯アンコを守ってもらう」

 

 俺の言葉を理解しながらも彼女は仮面の奥にある目を瞬かせていた。

 

「あの探偵を守って私になにかメリットがあるの?」

「あるに決まってるだろ」

 

 この女が俺と初めて出会った時に示した生き方。

 

「『吸血鬼の行いによって人の世が乱れることはあってはならない』––––その主義が守れるんだ。自分を大切にする以上のメリットかあるか?」

 

 仮面で表情を確認することはできないが、足元を掬われたような苛立ちが覗く瞳から伺える。

 暫し、視線を交えているとズボンに入れていたスマホが震えた。寝静まっていた時に唐突に跳ね起きたような振動は、集中してる時の心臓には負担が大きいなと思いながらスマホを取り出した。

 

「お前が自分で敷いたルールなんだろ? 実現してみせろよ」

「……ホント、貴方は」

 

 俺はカオリの横を通り過ぎて別れた。

 そして、スマホの画面に表示された名前を見て、なぜかニヤリと笑ってしまった。

 

「もしもし、ハツカか?」

「久しぶりだね」

 

 聞こえてくる声は二日ぶりだと言うのにとても久しく感じられた。耳を委ねたくなるような綺麗な声だ。

 

「いま、なにをしているのかな?」

「……分かってるだろ」

「やっぱり、まだ関わってたんだ」

 

 子供の無茶な行動に呆れる親のような声でハツカはそう言った。俺の主観だがとても面倒で、やって欲しくない否定の声音でもだった。

 

「ハツカは岡止たちの状況をどこまで把握してる?」

「……探偵さんによって吸血鬼の被害が増えているから、エマちゃんを危険から遠ざけるために士季くんが躍起になってる。吸血鬼化はふたりで長く一緒に居させるためでもあるし、身を守る手段でもある。調べられるところまでは聞いたよ」

「……鶯アンコに人間が殺せるのか?」

「好きな人が襲われていて、止めに入れないほど恋心は死んでないよ沙原くんは。探偵さんは実際、夜守くんや夕くんにも手を出していたし。吸血鬼とはいえ、相手の体を嗤いながら何度も刺すような女だ。なにをしたって不思議じゃない。はずみで殺してしまうかもしれない」

「いいや、彼女に人間は殺せない」

 

 本当にそう思っているのか?

 自身の疑惑が喉元に迫り上がってくるのを押さえつけながら、俺は断言してみせた。理世やハツカへの衝動じゃないんだ。まだ耐えることが出来た。

 彼女は善人だ。

 マヒルから聞いた話と解釈が合っているか確認するために化かしてみたが、彼女の中にあるのは憎悪だけじゃない。他者に向ける優しさと後悔があると思えた。

 こちらがわざと語らなかった部分もあるけれど、彼女はきっと俺との会話で悲観的なことを考えていたと思う。

 

『吸血鬼は恐ろしい存在』–––鶯アンコさんとカオリの証言。

 

 存在を語られず吸血鬼にされる人間は一体限りだという思考も確かに俺の中にはあったのだろう。

 余りにも能天気な考えだ。決めつけて、動かずに後回しにしていた。

 きっと想像よりも多くの人が嘆いてる。

 やはりこの状況は変えなければいけない。

 

「あの人も正しいよ」

 

 俺の衝動はハツカからの不信感を買うには充分だった。

 

「今どこにいるの?」

「さあな。少なくとも必要な場所に来ているよ」

 

 電話の向こうの彼は、俺が鶯アンコに会ったのではないかと想像できたのだろう。明らかに声量が大きくなり、背筋まで凍えるような女王様の声になっていた。

 

「……ひとつ、訊かせて」

「なんだ?」

「スタンスは変わらない。その言葉に偽りはない?」

 

 その問いにまたニヤリと微笑んで、肯定した。

 

「俺の生き方は変わらない」

「そっか。ならキミの作戦、聞かせてもらいたいな」

「ダメだな」

「僕が吸血鬼側だから?」

「それだけじゃないさ」

 

 時計を回して、明日の1秒に進めるために必要なトリガー。前に歩くためのトリガーは誰にも教えちゃダメなモノだから。

 

「俺のゲームに乗るなら、ヒントぐらいはやるぜ」

「……いいよ。乗ってあげる」

 

 ゲームに参加する意思をハツカが見せてくれて俺はホッとしていた。カオリが岡止たちに流したであろう情報をハツカにも渡してから、ヒントを語る。

 

俵藤太(たわらのとうた)百足(ムカデ)退治。知ってるかい?」

「滋賀県の民謡だった気がするけど。それが?」

 

 簡単に整理すると––––

 

 瀬田の唐橋に大蛇が横たわっていた。

 人々は怯えて渡ることが出来ず困り果てていた時、そこに俵藤太が通りかかった。彼は臆することなくとぐろを巻く大蛇を踏みつけて、橋の向こう側に渡った。

 大蛇はその勇気を認めて、人の姿を借りながら、俵藤太に巨大百足の退治を依頼をすることになる。

 

––––これが、この物語の始まりだ。

 

「弓が得意な俵藤太が矢に唾をつけて念じ、それを放ってムカデという災いを葬るのが結末だ。そう、唾をつけてね」

「そこが–––」

「おおっと、質問は受け付けないぜ。吸血鬼ならここから答えを出してくれよ?」

「そう。なら、いいよ」

 

 電話からハツカが鼻を鳴らした音が聞こえてきた。なんだかとても楽しそうな雰囲気な彼には余裕があるのが分かる。

 まるで玉座と錯覚させるほど、いつもの赤いソファ––––もしくは久利原–––に悠然と腰かけ、大層な頬杖をつく彼の姿が容易く想像できた。

 もう話すことはなく、俺たちは電話を切った。

 

「さあ、今宵も化かし合おう」




 
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