よふかしのあじ   作:フェイクライター

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 祝え!
【よふかしのうた】ジャパンエキスポ最優秀新作漫画賞の受賞を!!
もはや言葉は不要!!
ただこの事実を噛み締めるがいい!!(ウォズボイス)


第四十二夜「お見せしよう」

 待て、と叫ぶ声が俺たちに追い縋る。今にも強張りそうな顔を取り繕うエマからは、張り詰めた緊張の糸が見え隠れしていた。

 声を遠ざけるように俺を抱えながら、建物と建物の合間を壁面を使って飛び跳ねていく。

 ビルの窓ガラスが溶け出して流れているかと思えるほどの速度だ。

 

「脚、大丈夫?」

「大丈夫」

 

 本当は痛むけれど、頑張っているエマの前で弱音を吐きたくなかった。

 

「戻ってこい!!」

 

 吸血鬼の声がまた聞こえた。

 

「飛ぶよ!」

「あ、ああ!」

 

 未だ日が顔を出し切る前の時間に人の姿は見つけられない。

 代わりに、後ろからは三人ほど吸血鬼の姿がある–––いま、人影が別れた。それに建物の陰に隠れて見えないが、他にも吸血鬼が俺たちを取り囲むように動いている。

 あくまで俺の土地勘–––散歩してた時に覚えた–––と建物に遮られる前の動きからの推察だ。

 

「何分!!」

「43分!」

「まだ3分しか経ってないの!? こんなに走ってるのに!?」

 

 1クォーターは10分。

 広場からキロメートル単位で動いているのに3分ほどしかかかっていないのは、さすが吸血鬼と言うべきなのだろうか?

 俺は漠然とすごいなと思っている。

 なぜなら、やることがないからな!

 動いているのはエマだし、かといってなにか手伝えるようなことは–––––

 

 自分にできることを模索するように辺りに集中する。

 

––––すると、建物の壁面が波打った。

 

「なんだあれ」

「まっずい」

 

 俺の視線に沿うように目を動かしたエマがはしゃげた苦笑いを浮かべる。

 理由が分からず俺はその一点を見つめていると、腕が生えてきた。

 

「は?」

「見つけたぞ!」

 

 瞬きを終えると腕だけでなく全身がその壁面から飛沫を伴って飛び出し、男性の吸血鬼が姿を現した。

 迫る追っ手の爪がエマへ伸びる。

 そのとき、喉がキュッと絞められるような恐怖を覚えた。

 

「このぉ!!」

「ぐはっ!?」

 

 声を荒げながらも、エマは慣れた体捌きで跳んでくる吸血鬼へと体勢を合わせて、タイミングよく蹴りを叩き込んだ。

 出直してらっしゃい、とその吸血鬼を踏み台にしてさらに跳ぶ。

 

「ありがとう、奏斗くん」

「エマが助かったならいいんだ」

 

 顔に一発蹴りを入れられた相手は再び建物の中へ消えていく。少し不憫に思いながらも、エマに問いかける。

 

「それよりもいまのなに!?」

「吸血鬼はね、色んなところをすり抜けられるの」

「反則だろ! どこから来ても不思議じゃないってことじゃんか!?」

「うん……日の出前だけど、この時間なら人も出てきそうだから、使わないと踏んでたけど……今の子を見る限り、何人かはマジでアタシたちを殺しにきてるかも」

 

 喉を締め付けられる感覚が強くなる。

 吸血鬼は人ならざる力を持っている。蘿蔔ハツカという容易く相手の腕を切り落とすような奴だっているんだ。

 エマとは違って、本気で殺しにくる吸血鬼だって居てもおかしくない。

 

「あんな吸血鬼が沢山いるのか?」

「今は怖いけど、いい人たちだよ」

「あれで?」

「吸血鬼としての戦闘力?ならまだ下の下だし、自警団として何度か会ってるけど、普段なら優しい人たちだから」

「……エマが言うなら本当なんだろうな」

 

 一瞬、エマの顔が暗くなる。

 ……元々仲のいいグループと喧嘩しているんだもんな。俺のせいで。吸血鬼でも誰かとか関わりを壊したくはないんだ。

 もし。

 

「違うから安心して」

 

 暗いと思っていた彼女の顔は笑顔だった。

 まるで錯覚していたかのようだ。

 いや、確かにそうなのだろう。俺の罪悪感が見せた彼女の辛い一面。

 

「アタシがアタシの願いのためにやってることなんだよ」

「……強いな」

 

 俺が惚れた女は本当に強い。そんなヒトの想いが自分に向いていると思うと、頬が緩んでしまいそうになる。

 俺が吸血されれば終わるなんて考えは捨てなければならない。

 緩みかけた気を瞬時に引き締める。

 

「8時の方向から来る!」

「ッ–––!!」

 

 俺の指示に素早く合わせて身を翻したエマ。宙に浮きながら寝転がるような体勢になると、彼女の鼻頭の少し上を吸血鬼の爪が掠めていく。

 飛んできた吸血鬼が対面のビルの中に溶け込んだ。

 

「多いわね」

 

 俺の視界の端にビルから別のビルへ溶け込んだ吸血鬼の姿が映る。彼が出てきたビルは、先ほどエマが蹴りを入れた吸血鬼が姿を消した建物だった。

 

「さっきの吸血鬼……追ってきてるな。それに後ろにいた吸血鬼も減ってるから、建物の中に入ったひとが多そうだ」

「……よく見えるね」

「目は良いから。それより、10人くらい追いかけてくるけど大丈夫か?」

「う〜ん……ずっと後ろに張り付いてるふたりくらいは撒きたいな」

 

 チラリと背後に目をやるエマ。俺も首だけ動かして同じ場所を見つめた。

 そこには俺たちが使ったのと全く同じ建物屋上や電柱を足場にして進んでくる存在の姿があった。遠目で見にくいが、ひとりは耳に何かを当てている。

 

「電話でアタシたちの場所を他のヒトに知らせてるね、あれ」

「さっきの吸血鬼がピンポイントで出てきたのは、あの吸血鬼たちのせいか……」

 

 散開していたのも考えると別の場所からも俺たちを監視しているのかもしれない。

 指示している人の動きを止めるべきか。

 

「なら、ちょっと頼ってみようかな」

 

 エマが俺の体勢を保ちながらスマホを取り出す。

 画面に映っているのは地図の写真だ。この付近の地図のようで、赤丸がうたれた場所がある。

 走れば5分。いや、吸血鬼なら1分と経たずに辿り着くことができるだろう。

 

「そこに誰かいるのか?」

「少なくともアタシたちの助っ人であることは確かだと思う。吼月くんは『俺を信じられるなら、頼れ』ってラインしてきた」

 

 不安になる言い回しだった。

 けれど、エマはその言葉を信じたのだろう。着地した飲食店の屋根を強く蹴って、地図が示す場所へ跳躍していく。それは高さのある跳躍ではなく、殆ど横への動きに力を使った疾走だ。

 それに合わせて後方のふたりも速度を上げた。

 足場になるところは全て使って目的の付近にやってくると、エマは手前の裏路地に着地した。

 建物が密集した中にある裏路地は、空の明かりがなければ不安になるほど暗い。近づいてようやく分かった曲がり角を一気に駆ける。

 

「あらら、ほんとに来ちゃった」

 

 足音から俺たちの存在に気が付いた待ち人が残念そうにつぶやいた。

 暗い路地に人魂のような赤い火がダラリと垂れる。辺りに霧散していく香ばしい臭いはタバコのもので、待ち人が息を吐けば口からも白いモヤが昇る。

 

「いきなり場所は変わるし、走るのも一苦労したよ」

 

 もう一度タバコを咥えようとして火の灯りが待ち人の顔の前に来る。火に照らされたのは感情が引いたような冷笑を浮かべる女性だ。

 彼女が協力者なのだろうが、それよりも印象的だったのは、待ち人を見た時のエマの表情だった。

 

「……なんで?」

 

 動揺が隠しきれないエマがその瞬間だけ足を止めかける。けれども、後ろから聞こえてくる二対の足音を聞いて、唇を噛み締めながら遅くなった脚で地面を強く蹴り抜いた。

 事情が分からない俺はただエマを見つめるだけ。それはとても嫌なことだった。

 

「沙原くんと止岐花ちゃんだね。吼月くんから話は聞いてるよ、ここは私に任せて––––」

 

 距離が近づいたことで協力者も俺たちを闇の中で認識した。励ます態度を取っていた彼女は、俺たちの姿を見るや否や口を閉ざしてしまった。

 

「吸け」

「探偵さん、お願いします!!」

 

 衝撃から解放された彼女の一言目に被せるようにして、頭を下げたエマが協力者の隣を一気に過ぎ去った。

 

 探偵–––たしか岡止が……

 

 通り過ぎる瞬間、探偵と目が合った。まるで怨念が宿った瞳は、見開いているのに喉元に突き刺してくる鋭さがある。

 思わず目を逸らしてしまう。

 無言の威圧に耐えられなかったのだ。

 エマは奥にあるT字路を左に曲がるとすぐに宙へ舞い上がった。

 

「いまの人……もしかして……」

「吸血鬼殺しの……探偵」

 

 思考が止まってしまうほどの衝撃が脳に叩きつけられ、絶句するしか俺には無かった。

 

 

 何がいったいどうなってるの!?

 

 アタシはそう思わずにはいられなかった。

 吼月くんが呼んだ協力者は(ウグイス)アンコ。吸血鬼を全滅させるために、この街へやってきたとされる吸血鬼殺しだ。

 そんな彼女がアタシたちに素直に手を貸すとは思えない。

 恐らく吼月くんは、彼女にアタシが吸血鬼であることを伝えていないのだろう。探偵さんが沙原くんを抱えて走っている姿を見て、驚いていたのがなによりの証拠だ。

 

「吸血鬼殺しってエマのことを知ったら殺しにくる人だろ!? アイツ、なに考えて––––!!」

 

 アタシの身を案じて、奏斗くんが不安を腹の底から吐き出した。そんな彼を見て、吼月くんの考えが脳裏をよぎる。

 

「大丈夫。あの子は悪いことを考えるわけじゃないと思う」

 

 きっと、アタシにこの場を降りることをさせないためだ。

 

 もし、吸血鬼に対する憎悪を抱けばどうなるか?

 奏斗くんも探偵さんのようになるぞ、と吼月くんはアタシに示しているのだ。

 

 鶯アンコは吸血鬼によって()()()()()()()()()のだから。

 

 吸血鬼に不幸にされた人間がどうなるか。それを彼女の存在を見せることで印象付けているんだ。

 探偵さんのことを思うと、胸が強く締め付けられて息苦しい。

 

「なあ、エマ。ひとついいか?」

「……なに?」

「俺にも手伝わせてくれ」

「え?」

 

 張り裂けそうな緊張感の中、彼がアタシに手を差し出してくる。

 

「守られてばかりは嫌だからな。エマは動くことだけに集中してくれ、吸血鬼センサーになってやるから」

「でも……」

「安心してくれ、眼は昔から良いんだ」

 

 確かに奏斗くんは目が良い。

 バスケで全体を見ることに慣れているからなのか、先ほどの吸血鬼の攻撃もアタシが把握する前に教えてくれた。

 

「分かった。お願いするね」

「ああ、一緒に頑張ろう」

「うん」

 

 思わず笑ってしまう。こうして笑い合える関係でアタシはずっと居ていたい。

 だから、発破なんてなくても、後戻りするつもりなんてないよ!

 また一段と高く空へと跳びあがる。

 

 

 吼月くんからふたりの逃走経路が変わったと電話が届いて、この裏路地までやってきた。走るの苦手だったけど頑張った。チョー頑張った。

 せっかく機材とか設置したのにな。

 いまから設置する時間もないし……と少し落胆していると、彼らがやって来た。せめてエールぐらい送ってあげようとしたが。

 

「……なにがどうなってる?」

 

 ようやく彼らの姿が見えた時、私はどう形にして良いか分からない想いが生まれた。

 この10年間、私は吸血鬼を追い続けて来た。その中で吸血鬼かどうかは雰囲気で目星がつけられるようになった。それに華奢な女の子が高校男子ひとりを抱えて走ってくるのだ。人間を上回るフィジカルがある吸血鬼を想像するのは自然なこと。

 

『高い!! すごく高い!!』

『そうだろう高いだろう!! どうだ目代(メジロ)先輩!!』

 

 二人を見て、昔の繋がりを思い出してしまう。タバコを吸って、吐いた煙がその過去を覆い隠す。

 

「移動手段なのは違いないが……吼月くんは吸血鬼を無料タクシーとでも思ってるのか?」

 

 もし、吸血鬼が来ただけなら私は迷わず牙を向く。残念極まりないが、罠に嵌められたならため息だけ吐いて利用するつもりだった。

 あの笑顔が嘘だとは思いたくないが。

 けれども今は事情が違う。

 男子を抱えながら走る彼女の姿は必死そのものだった。止岐花は私のことを探偵だと知っていながら、頭を垂れて頼って来た。

 

「彼女も吸血鬼の中にいる––––」

 

 呟きかけた言葉を首を振って遮った。彼女たちを追いかけてきた足音がここに近づいてきたのが分かったからだ。

 やって来たのは垢のない精悍な顔立ちの男たち。キリッとした真剣な眼差しを向けてくる彼らに、

 ああ……吸血鬼だなこいつら。

 と本能的に理解する。

 

「お姉さん、ここに高校生ぐらいの男と女通らなかったですか?」

 

 そう気易く問いかけてくるが、目が合えば彼らも驚いた様子で足を止めた。

 

「アンタは吸血鬼殺しの……」

「おお、私も有名になったみたいで嬉しいよ」

 

 飄々と言ってみせるが、内心では混乱している。

 仲間割れだろうか。もしかしたら、彼女もこちら側の名誉人間。

 その考えを首を左右に振って否定する。

 

 吸血鬼は人間の敵だ。

 

 己を鼓舞する呪いを唱える。

 

「アイツら、まさか……」

 

 私が止岐花エマの協力者であることを悟った男–––ロン毛を後ろで束ねた男性–––は手に持ったいたスマホを耳に当てようとする。

 そうはさせまいと私は腕を振るう。

 ロン毛男がスマホ越しにいる仲間に話しかける前に、ガシャンとひび割れる音が裏路地に響いた。ロン毛男の呻き声があがる。

 

「え–––!?」

 

 驚いた彼の視線の先にあるのは壊れたスマホだ。ナイフが画面に突き刺さり、完全にお釈迦になっている。

 そのナイフを投げたのは私だ。

 ハワイではないが、とある場所で習ってきたのだ。

 

「さて、キミたちには私と遊んでもらおう」

「……とっと片付けて、エマさんたちを追いかけましょう」

「ああ、仕方ない」

 

 腰を下げて襲いかかる構えをとる吸血鬼たちに、私は呆れるしかなかった。

 なぜなら––––

 

「ハッ!!」

 

 

 

 

 無人のビルの中にシュッ、と空気を裂く音が鳴る。硬く握られた拳が吼月ショウ()の真横を通り過ぎていく。

 少し動くだけで床に積もった塵や埃が舞う。

 

「フンッ!」

「おっと!!」

 

 汚れた霧を突き抜けて襲いくる輪郭だけの拳を反射的に回避して、半身ほど距離を置く。

 

 俺がいるのはとある雑居ビルの中、ここは誰にも使われていない上に壊れている箇所も少ないため、日除けにはもってこいの場所だ。

 ここを戦う場所に選んだのはカオリだ。

 吸血鬼が暴れるにはもってこいのフィールドだ。

 

 チッと舌打ちが古びた一室に反響する。

 攻撃を躱された岡止が苛立ちを吐き出したのだ。

 

「やっぱり()えてるな」

「力に任せた単調な動きだったら避けれるさ。人間を下に見てる証拠だな」

「よく回る舌だ」

 

 彼の苛立ちは俺に対する殺意ではなく、エマを追いかけられない焦ったさが含まれている。

 俺は着地と共に重心を整えて、すぐに押し飛ばすような前蹴りを岡止へと見舞う。

 しかし、彼がありふれた攻撃を容易く受けるはずがない。

 

「効くわけないだろ」

 

 突き出した右脚が岡止の身体をすり抜けた。

 

 吸血鬼が持つ透過のチカラだ。

 彼らと対峙する時、一番厄介なのは超人的な身体能力ではなく、この透過だ。攻撃をすれば今のように身体を突き抜けて無効化される。逆に彼らの攻撃を防ごうとすれば、盾にした壁や腕を通り抜けて鋭い爪が首を切りつけてくる。

 透過に慣れている相手と戦えば、こちらの攻撃は通じず、ただ回避に専念して体力を消耗していくことになる。一言で言い表せば、面倒なことになったというのが正しい。

 

「けど、これでいい」

「は?」

 

 俺は軸足で地面を蹴った。透過したままの岡止の身体を通って、その向こうにいる午鳥と白山に狙いを定める。

 回避するために透過を使えば、後ろを守る盾としての役割が果たされなくなる。その隙をついて駆け抜ける。

 彼女らは岡止が俺を引きつけている内に止岐花のもとへ向かおうとしていた。

 

「アイツ!」

 

 その声に午鳥たちも俺が接近していることに気がついた。

 ふたりの間に割って入る形で飛び込んで右の拳を突き出す。表情が一瞬歪んだのが見えた。広場で岡止を殴り飛ばした一撃を想像したのだろう。

 跳躍を断念したふたりは左右に散開して攻撃を避ける。

 俺の拳は虚しく空を切る。ただ、それだけだ。

 

「普通のパンチね」

「ええ、人間らしい一撃ですね。……さっきのはまぐれか?」

 

 警戒しすぎた彼女らは尚も訝しむ視線を俺に向けてくる。

 

「いい加減にしろよ」

 

 岡止だけは同時に怒りが籠った瞳をしている。

 

「なぜ吸血鬼の輪を乱そうとする? 吼月も吸血鬼になるんだろ?」

「吸血鬼の決め事を守ることは大事だ。でも人間の輪を不要に乱すのも違うだろ」

「あくまで俺たちは別種族だ。守るべきルールは吸血鬼としてのものだ」

「人間社会に住み着く側である吸血鬼が相手のルールを尊重しないなんて横暴じゃないか? 少なくともエマは吸血鬼も人間も大切にしてる」

 

 岡止が顔を顰めて俺を睨む。

 互いの立場からモノを言うだけで、全く実にならないやり取りを続ける。自分でやっていてなんだが、売り言葉に買い言葉とはこんな状況なんだろう。

 (じれ)ったさに耐えかねて岡止と白山が構えて、俺に勢いよく迫った。

 

(のろ)いな」

 

 その速度に俺は思わず落胆する。駆け出したとわかってしまう速度であることが残念だった。

 先ほどの攻撃はマグレで俺はまだ人間であると認識してるため、手加減してしまうのは理解できるが、彼らの中ではもう敵と考えていいはずだ。

 それこそ鶯アンコさんと同じとしてもいい。

 だと言うのに、殺意のような圧迫感で身が震えない。反射的に彼らの攻撃が避けれてしまう。吸血鬼の力なら目に止まらない速度を出せるだろうに。

 

「どうした? そんな単調な攻撃じゃ俺には当てられないぞ?」

「このォ–––!」

 

 白山が風を切って左の手刀を伸ばしてくる。

 首を傾けることでそれを回避すると、動かしたタイミングに合わせて岡止も手刀を突き出してくる。これは首だけの回避では間に合わない。最小限で回避するため、上半身を右後ろに退け反らせる。

 

「ッ–––」

「おっ」

 

 が、岡止は白山とは少し違うらしい。

 通常の手刀であれば躱せたものだったが、突然、少しだけ間合いが伸びてきた。

 爪だ。

 吸血鬼は任意で爪を伸ばすことができる。鋭さを増した小さな凶器が俺の首を撫でる。直接、俺の拳を受けた岡止は白山とは異なり必要な手を打ってくる。

 

「あっぶね〜」

「お前に構ってる暇はない」

 

 しかし、奇襲とも言える小細工だが、それでも俺に攻撃は当たらない。

 それは岡止も分かっているのか、大して驚いていない。当てることよりも牽制としての価値を見出している。

 先ほどと変わらず、午鳥をエマの下に行かせようとしているようだ。

 

「それに蘿蔔さんの眷属になるお前をあまり傷つけるつもりもない。手を引いて、エマたちがどこに向かうか教えれば見逃す」

「断る。約束は果たす」

 

 このままお喋りして時間稼ぎをしてもいいが、無駄に時間を過ごしても目的が果たせない。

 ならば、手数を減らした上で俺に引きつけて戦うのが最善だ。

 

「かまう理由を出してあげようか」

 

 岡止は俺から目を逸らさずに軽く首を傾げた。

 

「お前らはどうしてか俺が吸血鬼になると思い込んでいるようだが、望んで吸血鬼になるつもりなんてないぞ」

「……は?」

 

 ふたりの攻撃の手を止めてしまった。それほどまでに驚きだったようだ。彼らだけでなく午鳥も間抜けな声を漏らした。

 これまで幾度となくしてきた話だが、やはり皆同じ反応をする。

 

「だったらなんで」

「事故。一緒にいるのは俺の成長のためにハツカが利用できるから。ただそれだけ」

「いや、だが」

「信じてない顔だな。おめでたい、おめでたいね〜……俺がアンタらになにをしたかぐらい覚えてるだろ?」

 

 抑揚をつけた声で煽るように言ってみせる。

 事実、彼らには思い当たる節があるだろう。

 沙原を連れ去ろうとしたのを妨害したこと。吸血鬼の考え方を否定するような物言い。今回の作戦を考えて止岐花と岡止が対立する形に仕向けたこと。

 しかし、一番の決め手は吸血を拒絶したことだろう。

 

「だから、あんなに嫌がってたのね」

「いきなり血を吸われるなんて普通は嫌がる」

 

 初めに俺の言い分を真実と受け止めたのは、俺から血を吸おうとした張本人。

 

「残念ね。ハーちゃんはキミのことを結構気に入ってそうなのに」

「ん? 好んでるのは血だけだろう? 吸血鬼にするのだってそちらの勝手なルールがあるからだ。アイツだってわざわざ俺を眷属にしたいとは思ってないよ」

 

 俺はハツカが手が出せないコウの代わりでしかない。別に俺だから欲しいというわけではないし、吸血鬼のルールを除けば、アイツからすれば血を吸うだけの関係だ。

 

「お前、本当にそう思ってるのか?」

「ハツカが俺と一緒にいる理由なんて吸血鬼としての義務感と美味しい血を吸う利益ぐらいだろ」

 

 岡止が呆れたようにため息をつく。

 

「なら、ちょうどいいかも。ねぇシッくん、この子もらってもいいわよね」

「……やめておけ。蘿蔔さんがどれだけ魅力的でも、こんな考え方のやつは一生恋愛なんてできない。なら、午鳥でも無理だ」

「捻じ曲がった部分は私好みに曲げ直すだけよ」

「午鳥さんも大概捻じ曲がった性癖してますけどね」

「褒め言葉として受け取っておくわよ、和樹くん」

 

 サラリと酷いことを言われた気がする。

 不信感のことがあるので今のままでは恋愛ができないのは、事実なので、まぁいいでしょうとしておく。

 

「……どうするの?」

「蘿蔔さんには悪いが……コイツにはここで消えてもらう」

「いいね。そうこなくっちゃ」

 

 少しぐらいは本気になってくれると嬉しいのだが。

 

「さっきのこともあるからな。すぐに終わらせてやる」

 

 その時、ほんの少しばかり身が震えた。捉えきれない速度で彼らの姿が消えたからだ。

 考えるより先に身体を投げ捨てるかのように横へ弾き出す。完全な回避には至らない。数本の髪の毛と袖の布を裂かれ宙を舞う。

 背を地面に打ちつけて埃を身体中に纏う。

 今日は黒いジャージを着ているから余計に汚れが目立つな。

 

「ははっ、やる気になったな」

 

 もっとあげろ。もっと俺を危険視しろ!

 その上でお前たちがどう出るかが重要なんだ!

 吸血鬼の中にある根底に辿り着こうとしている俺はとても胸が高鳴っていた。とめどない衝動が溢れている。

 

「もう一度だけ言うぞ」

「ん?」

「真面目に蘿蔔さんに恋をしろ。お前はまだ吸血鬼になれる。例え男でも、あの人なら十二分に恋することができるだろ」

「……はぁ」

 

 その一言に俺は熱を奪われる。

 なぜ岡止がハツカをそこまで買っているのかは理由は知らない。平田ニコが言うのと同じく、ハツカに実績があるからだろうか。もしかしたら眷属なのかもしれない。

 普段の俺なら尊敬する相手として良いものと感じられるだろう。

 だが、今回はそのせいで欲しいところまでいかないのがなんとも歯痒い。

 

「そうじゃないなぁ……」

「だったら、死ね」

 

 その言葉に思わず、薄いと呟いた。

 殺気が薄い。薄寒さを感じない。迫力が足りない。

 ハツカならもっと俺の心を締め付けられたぞ。

 ハツカならもっと俺を竦ませることができたぞ。

 ハツカなら俺を殺すことができるぞ。

 

「だったら、はこっちのセリフだ」

 

 殺すしかないと分からせてやる。

 5時44分––––残り時間まで6分を示していた。俺は時計の額縁(ベゼル)を回して、別の時を進める。

 

「ハッ!!」

 

 岡止が爪を伸ばしてこちらへ駆け出した。

 

「お見せしよう。これが––––」

 

 そして、俺は腕時計に備えられたスイッチを押した。

 

 グサリと時計から音がした。

 仕込まれた針が皮膚を裂き、血流に触れ(タップ)すれば、それは身体に奥深くに潜むチカラを起爆させる合図となる。

 

 するとどうだろうか、先ほどまで影しか捉えられなかった彼らの姿が視界の中でハッキリと象られる。彼らの驚いた表情から、指の細かな動き、隙間風でひらめく髪の流れまでもが、どんよりとした速度に囚われる。

 まるで人のレベルにまで落ちたかのような、否、俺が上げたのだ。

 人間としてあるべき均衡を崩し、彼らと同等の力に。

 

 

「え?」

 

 

 午鳥と白山の困惑を掻き消すように、微かに陽が差し出したビルに轟音を響かせた。




17巻凄かったですね……
マヒルくん……マヒルくん……キミの覚悟、見せてもらったよ。
しかもナズナちゃんもヤバいことになってきたし、今後も楽しみすぎて心の中のジーンが騒ぎ出してる。

にしても、今後の展開どうしようかな!?

そして、今日の創世の神 英寿様、吸血鬼並みにカッコ良かったですね……現実で白髪碧眼が似合う男がいようとは……
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