やったー! 願いが叶ってよ!!
てなわけで、急遽作りました。お楽しんでもらえたら幸いです。
今日もいつもの如く、自分の眷属候補である夜守コウを迎えに行こうと街をぶらつきながら、夜空を飛翔しながら進んでいく。街中の喧騒は誰かの夜の解放感をより一層高め、逆に月に溶けるほど舞い上がれば辺りは静寂に包まれ夜という時間を独占しているようにすら思える。
感じるのは、街の音と風の冷たさと寂寥感。
足元に広がる宝石が散りばめられた空も、見上げた先で樹海のように建ち並ぶビルたちも、全て自分のものにした爽快感がナズナの心に染み渡る。
「さてさて……」
進み続けて、樹海の中に見慣れた建物を見つけると
そうして、脚を地面に向けると––––カタっと小さな足音だけを鳴らして完全に勢いを殺して着地する。
吸血鬼であるナズナだからこそ成せる技である。人間では5点着地……いや、男で6点着地でも安全な着地は無理だろうとナズナは自負している。
–––え、6点目はどこで衝撃を殺すのかって? ……生えてるものがあるじゃないか。
バカみたいな下ネタボケツッコミを脳内で披露しつつ、ナズナは顔を上げて辺りを見渡す。
やってきたのは小森団地。
夜守コウが住んでいる場所だ。
「部屋の場所は覚えているから、スリ抜けを使ってコウくんの部屋へダイナミックジャンプ! ってしても良かったけど、流石にぶつかると危ないしな」
中を見ずに突入してコウに激突したら、多分……いや、十中八九彼は命を落とす。最近流行りの異世界行きのトラックではないが、あの世に送る悪質ミサイルが炸裂するのだから。
夜の道をゆっくりと歩いてコウの自宅へと向かう。
「あれ?」
その途中に寂れた公園がある。
空虚な風だけが渦巻く遊び場には、当然子供の姿などあるはずがない。本来なら––––
「コウくん?」
しかし、今回はどういうわけか来訪者がいた。
遠目だが東屋の木製の長椅子に座っている少年がいた。目的の人物だとすぐに分かった。黒いジャージに黒の短パンを履いて、首筋には絆創膏を張っている少年なんて、この街を探しても彼ぐらいだ。
身なりを見るともうすぐ10月の半ばを過ぎるというのに、思いの外元気小僧のようだ。
ナズナは昔、一度だけ通った学校で出来た唯一の友達との会話で『時々いるよな〜……冬なのに短パン履いてる馬鹿なやつ』とその存在を聞いたことがある。
対人経験があまりにも少ない自分では判断が付かなかったが、コウはその馬鹿なのか。
「フッ!? 誰か俺を見てる!?」
ナズナが公園の外から訝しんで見ていると、身体を震わせたコウが首を四方八方に振って辺りを見渡した。残念ながら遠くから見ていたナズナを発見することはできなかったようで、「気のせいか」とまた視線を落とした。
コウが公園で待っているのは、自分に見つけてもらうためだろう。
「ふふっ、驚かせてやろ」
ニヤッと笑ったナズナは、公園を囲うフェンスや木々をスリ抜けてコウの背後に迫る。樹木の足元を覆う落ち葉を音を鳴らさないように気をつけながら歩く。
一歩、また一歩と着実にコウの背中に近づいて、肩を叩ける場所まで来た。彼はまだ気づいていない。
ヨシ!と意気込んでナズナは息を大きく吸い、
「ワアッ!!」
大声と共に吐き出した。
突然の声にコウは驚きに身体を震わせて立ち上が–––らなかった。
「……ナズナちゃん遅いな」
「あれ?」
想定外の反応にナズナは目を丸くする。驚いてビクッと身体を震わせるのが1番面白い展開だったが、すでに気づいていてジト目でナズナに呆れるでもまだ良かった。まさか無反応とは思わず、ナズナはショボンと肩を落とす。
コウに気づいてもらえないことが無性に淋しく思えた。
「おおい、コウくん? ねえコウくんってば」
後ろから声をかけ続けても全く気づかない。
こうなったら耳に息を吹きかけてやる。そう考えたナズナが、そっとコウの視界に入らないように耳元に口を近づける。
すると、ナズナはあることに気がついた。
「イヤホン……」
耳に嵌った黒い物体。
イヤホンの存在に気がついたのだ。
これだ。これが耳栓がわりになったのせいで、自分の声は届かなかったのだとナズナは確信した。自分が街の喧騒から離れ夜空の静寂という自分だけの世界に浸ったように、コウもまた外界からの音を遮断して自分の世界に入り込んでいた。
それがなんとなく……本当になんとなくムカついた。
自然とイヤホンに手が伸びて、耳から蓋を外して間髪入れずに、ふぅ……と息を吐く。
「ふあわっ!?」
「あははは!!」
顔を真っ赤にして驚いたコウは飛び跳ねると、耳を抑えながらナズナの方へと振り返った。今度こそ想定通りの反応が返ってきて、ご満悦なナズナは大笑い。
笑い声が夜空へと天高く飛んでいく。
「ナズナちゃん!? え、なに!?」
「コウくんが全く気づかないもんだから、ちょ〜〜っと意地悪をね」
待ち侘びていた来訪者が今日1番に見せた顔はニヤニヤとした笑顔で、コウは肩から力を抜いて『はぁ〜〜びっくりしたぁ』とため息を吐く。
そして、ビシッと指を力強く伸ばしてナズナに文句をつける。
「いや、普通に正面から来ればいいじゃん!!」
「それじゃ面白くないじゃん」
「登場に面白みを求めて何になるの!?」
「登場こそド派手にだろ! 背後で爆発ドカーン!て 敵も味方もドッカンだよ!」
「昔懐かしの子供向け番組じゃないんだよ!? てか味方を巻き込んじゃダメでしょ……!?」
「そりゃおまえ、ドッキリなんてガキの好きの定番だろ!! なんだったら大人だって好きだぞ!」
「子供だからって誰もが好きではないよ!? それに急にやられても困るんだよ!?」
「急にやらなきゃドッキリじゃなくてヤラセだろ!!」
コウは的確にツッコミを入れ自分の意地を曲げず、ナズナはオーバーパーカーをマントのように靡かせて仰々しいポーズを取る。
両者共に延々とツッコミ合って、肩で息をするまで戦い続けた。
「……ひぁ」
「はぁ、はぁ……」
二人とも言いたいことが出切って、満足そうにベンチへと腰を下ろした。
「それで今日はなにする? また自分探し?」
「自分探しはまた今度でいいかな」
「そっか、ナズナちゃんには弱点がないしね」
「そうそう。アタシは無敵の吸血鬼なのだ」
ふすんっ、と鼻を鳴らして腕を組むナズナに対して、コウは少し心許ない心境の中に居た。
コウの頭の中に揺らめく亡霊のようにこびりつく存在。
以前、コウが友達の
それにコウとっての先輩吸血鬼である
探偵としての実力、吸血鬼と対峙しても恐れない胆力、ある程度–––恐らく1対1ならば吸血鬼の対処が可能な戦闘力。どれをとっても脅威にしかならないが、何より厄介なのは飄々とした彼女の態度だ。
切羽詰まっているように見えるのに、どこか不敵で余裕さえ感じる。
一度鶯アンコから吸血鬼の情報を奪おうとしたコウだが、あっさり返り討ちに遭って警察を呼ばれるという、夜を奪われる一歩手前まで追い詰められた。しかも後日、本人から『警察には私から話を取り下げておいた、良かったね』とケータイに電話がかかってきた。
どこから電話番号を仕入れたのだろう……頭を悩ませるコウ。
人間でありながら、吸血鬼の立場に立つコウにとって目下の悩みは彼女の取る行動だった。
「まあ、いいじゃん」
コウの頭で渦を巻く不安を断ち切るようにバッサリとナズナは言う。
「最近は弱点消しに躍起になってゆっくりしてなかったし、偶には息抜きも必要だぜ」
ナズナの言うことはもっともだ。
いつも糸を張り詰めていたら、糸は傷んで本来張るべきときに力を発揮できなくなる。ただでさえ、相手の出方も分からないのだから必要以上に注意してもこっちの気力が薄れるだけだ。
少なくとも、ナズナは死なないのだから。
「うん、そうだね。ゲームでもしよっか」
「すまないねぇ。よし! ゲーセンに行くか!」
ナズナも自分のことを気にして、コウが不安に駆られているのは重々承知している。
だからこそ、自分が荷物を下ろしてやる必要がある。
もしかしたら自分のせいでもあるかもしれないから––––––
「どうしたのナズナちゃん?」
「ん? 嫌、なんでもないよ」
一瞬、ナズナの目元に影から出来た気がしてコウは声をかける。
返事をするナズナはいつも通りで自分の思い違いだとコウは湧いた懸念を腹の中へと呑み込んだ。
「そうだ。さっきは何聴いてたの?」
話を切り替えるようにナズナが訊ねる。
視線の先にはイヤホンのコードが繋がったケータイがある。何が再生されているのか気になって、ナズナは顔を近づけて画面を見ようとする。
そこに映ったタイトルと同じものをコウが先に口にする。
「
「え、なんて?」
ナズナは目を丸くして聞き返す。
「archetype engine」
「めっちゃ流暢になるじゃん。え、なんだっけ? 前カラオケで歌ってたやつ?」
「そうそう」
秋山の眷属化祝いということで秋山とセリ、ナズナ、そしてコウの四人でカラオケをしたことがあった。その時にコウが歌っていたことを思い出す。
いつの時代の人間なんだ、とセリ達と目線を交えて頷きあったのを覚えている。
「いいじゃん別に。古くてもいい曲だから残ってるわけだしさ」
「否定はしないよ。ただ、やっぱりコウくんはらしくないなって」
「なんだよ。らしくないって」
「いい意味で子供らしくないってこと」
ムスッと唇を尖らせるコウに対して、ナズナは優しく微笑みかける。本当に侮辱している訳ではなく、ただ驚いただけだとコウも察することができた。
「にしてもね……ふぅ〜ん」
片耳で音楽を聴きながら、ナズナの相手をしていたことを思い出してコウは右耳に残ったイアホンを外そうとしていた。
しかし、会話に邪魔なそれを仕舞おうとする指にナズナのジロジロとした視線を受けたコウは、彼女とイヤホンを交互に見てからおもろに口を開く。
「……聞く?」
「聞く」
恐る恐る訊ねるコウにナズナは頷いた。
興味を持ったのは偶々で、いわゆる興が乗ったという奴だ。
ナズナは足を放り出すようにして立ち上がると、くるりと右足を軸にして半回転。コウに笑いかけると、『stand up!』と言わんばかりに手招きする。
「せっかくだし、跳びながら聴きますかね。ささっ、コウくん立った立った」
「あ、うん」
「よっ、と!」
「おわっ!?」
そして、立ち上がったコウの足を払う。バランスを崩し背中から地面に落ちそうになるところをナズナがすかさずお姫様抱っこ。男子相手なので王子様抱っこか?なんて思いながらも、右腕だけでコウを持ち上げる。
さすがは吸血鬼と言うべき腕力をコウは感じながら、ナズナが空けたもう片方の腕をどこに持っていくか視線を追う。
ナズナは綺麗で線の細い指で、月の光を受けて艶めかな雰囲気を放つ銀髪を耳にかける。仄かにいい香りがコウの鼻腔をくすぐる。その所作が余りにも綺麗でコウは少し目線をあたりに彷徨わせる。いつもの賑やかなナズナとは違う、色気やセクシーさを感じてしまって鼓動が強く高鳴ってしまう。
意図した行為ではないだろう––––こちらもまた、人の心を射止めることを生業とした吸血鬼らしい美しさだ。
「ほら、コウくん。イヤホンをつ〜けて」
「え」
「え、じゃないよ。つけてもらわなきゃ聞けないでしょーが」
「そりゃまあ、そうだけどね」
コウは両耳ともナズナが着けるものだとばかり思っていた。
自分のイヤホンは有線なのでナズナと共有するにはいつも以上に接近する必要があって……彼女の耳にイヤホンを宛てがった時にはほんの少しばかり照れてしまった。
頬を微かに赤らめる少年に目をやりつつ、ナズナは耳に入ってくる異物を受け入れる。聞き覚えのある音圧が強い音楽が流れ込んでくる。曲そのものに奥行きがあるというか、壮大な楽曲だなと思いながらナズナも歌に浸る。
コウの
より強くコウと同じ時間を共有している–––そんな錯覚をナズナは覚える。
嬉しい錯覚に身が悶えた。
しかし、どうしてだろうと首を捻ってしまう。
「へへ、恋人みたいだね」
「ッ……」
こっちの心情など知らないコウは、和かに笑いながら小っ恥ずかしいことを口にするので、ナズナは慌てて今の自分たちの姿を振り返る。確かに恋人のような、普通の人とは違う近づいた距離にいる。
それを自分でやったという事実にナズナは、機関車のような排気音を立てながら顔から淡い湯気を立ち上らせる。
「うるせっ」
自分でやったことなので、文句はもう言えないナズナだった。いずれは落とさないといけない相手なのだから、恥ずかしがっても損でしかない。コウが惚れる女になる為にも、照れてしまう癖は直さないと、そう考えるナズナ。
「自分からやらせたのに……ふふっ」
コウにとって、恋には初心な所もナズナへの好感に触れているのだが、本人には黙っておくことにした。ナズナが男と親密になる行為は自分だけで慣れて欲しいと思って、その過程を見ることがコウの独占欲のようなモノを刺激するからだ。
『さて、行きますかね』と溢したナズナは力を込めて、夜空へと舞い上がる。一瞬、押さえつける風がふたりの全身を叩く。でも本当に一瞬だけで、すぐに全身は風船に包まれたような心地よい浮遊感と共に、夜空の中にいた。
「ああ〜……気持ちいい……」
手を伸ばせば、月さえ掴めそうな高さ。
普通の人間には味わえない夜空の楽しさ。
静寂に包まれた夜空では、彼女・彼と同じ音楽がより鮮明に聞こえて、少し冷えた風がより相手の体温をハッキリと伝えてくる。
まるで自分達だけがこの世界にいて、確かな繋がりを持った存在の証拠に思えてならなかった。
共に夜の中を進んでいく。
ゆっくりと、ゆっくりと落ちたり、登ったりを繰り返しながら目的地へと進んでいく。
ナズナを感じたくて彼女の腕を持った。
コウをそばに抱きたくて腕に力を込めた。
これからも末永く、一緒に喜怒哀楽を過ごしていきたい。
叶うかは分からないけれど、叶えてみせると誓った自分に嘘はない。
今日も夜を楽しもう。
ふたりは同時にそう言って、街の中へと堕ちて紛れていく。
降り立ったはずの街の喧騒を感じない。
感じるのは、ふたりの音楽と、熱と、優しい想いと–––––
さてさて、問題はアニメで探偵さん編が放送し終えるまでに、こっちもハロウィンまで終わらせられるかだな……