よふかしのあじ   作:フェイクライター

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オージャーとギーツの映画見に行ってきました。
総じて最高でしたが、一言つけるなら……
ミッチー推しは絶対に観ろ。





第四十三夜 ドープアップ

 何が起こったのかまるでわからなかった。

 吼月が腕時計に触れた途端、その身に纏う雰囲気がガラリと変わった。直後にその姿を見失い、背後から爆発に似た衝撃音が耳に雪崩こみビルを揺るがした。

 振り返れば壁面には大きな穴が開き、奥の部屋には。

 

「午鳥!! 白山!!」

 

 床に背をつけて動けなくなったふたりと、その顔を握る吼月がいた。

 

「なんで……お前……」

 

 意味が分からなかった。いや、警戒はしていたし、俺を殴り飛ばした時点でおかしな点はあったが、それでも理解できなかった。

 吼月から感じられる気配は間違いなく。

 

–––なんで……吸血鬼になってやがる……!?

 

 人間から吸血鬼になることはあっても逆はない。その変貌は不可逆のモノだからだ。

 にも関わらず、目の前の少年からは吸血鬼のような気配がする。

 それだけじゃない。人間の気配も残っている。

 

「なんなんだ……お前……」

「すごい、首へし折ってもちゃんと息してる。頑丈だ」

 

 俺の疑問に答えることはなく、酷く平坦な声音でふたりの状態を語る。午鳥の鼻や口を指で触ったり、白山の胸の動きを見て生きてることを確かめていた。

 死んでいないことにまずは安堵した。吸血鬼は暴力だけでは殺せない。しかし、心配はするんだ。

 吼月は壊した壁の瓦礫を乗り越えてこちらの部屋に戻ってくる。

 

「これで余計な手間をかけずに済みそう」

「てめぇ–––!!」

 

 自分がしたことを理解していないような物言いに声を荒げる。

 エマを惑わし、仲間に手を出されてはケジメを取らせなければ。ここで手を出さずに退いて、話に乗るわけにはいかない!!

 埃と塵が舞わせながら駆け出せば、吼月も合わせて走り出す。

 

「ハッ!!」

 

 俺たちの拳が正面から激突する。拳を中心に周囲に衝撃波が伝わり、漂う煙のようなゴミたちが一気に吹き飛んだ。

 拳を合わせ、近づいてみてよく分かった。

 

「このパワー……やっぱり、お前」

 

 吸血鬼になってるな。

 そう言いかける前にこちらの腕が押され始めた。吼月の方が拳速が速く、こちらが全力を出すより先に衝突したからだ。

 

「ちっ–––!?」

 

 即座に後ろに飛び退いて突きつけ合う拳を引いた。

 透過では俺の拳が奴の頬にめり込むより先に攻撃がやってくる。たとえ俺の方が速く拳を届かせたとしても、吼月も吸血鬼なら透過で回避できる。

 着地して吼月の姿を捉えようとすれば、瞬間、脇腹に強烈な痛みが走った。気がつけば俺の体が再び宙に浮いていた。

 

 なにが–––––

 

 

 

 

「はっや……」

 

 手にしたケータイを覗けば、吼月が予定通り、カオリ()が教えたビルの中で岡止と戦っている姿が映し出されていた。ビルの色んな箇所にカメラが仕掛けてあり、画面をスワイプすれば彼らを追うように別の視点の映像に切り替わる。

 しかし、戦闘と形容すると少し語弊がある。

 

『!!』

 

 蹴り飛ばされた岡止が体勢を整えて、着地し勢いを殺す。そして目の前の敵を捕捉しようと目線をあげる岡止だが、彼の視界にはもう吼月は居ない。

 

『どこだ……!』

「完全に頭に血が上ってるわね」

 

 視線を絶え間なく動かして捉えようとするが、見つけることもできず岡止がくぐもった声をあげる。

 吸血鬼の領域からも外れた速度は、相手を撹乱することで速やかな排除を可能とする。

 攻撃を加えた直後に地を蹴って、吼月は岡止の死角に陣取る。

 完全な防戦一方の状態になっていた。

 

 いっけん無法と思える吸血鬼のスリ抜けにも明確な弱点が存在する。

 正攻法は透過に透過をぶつけることだ。

 理屈としては数学の乗法・除法と同じ。

 通常時を(プラス)、透過時を(マイナス)と考え、片方が負であればそのままスリ抜けるが、負と負が衝突した時は両者とも正に反転しスリ抜けが無効化される。

 この事を理解している岡止や止岐花はスリ抜けに対処が可能だ。吼月くんが普通の吸血鬼で、ただ速く、スリ抜けを多用するだけであれば、軽くあしらわれていただろう。

 ただ、もうひとつだけ攻略法が存在する。

 

『ハッ!』

 

 スリ抜けを使われるより先にぶん殴ることだ。

 スリ抜けの発動はあくまで本人の意識によるもの。よほどの熟練者でない限り、無意識に使う事はできない。

 だから、相手の反応速度を上回るスピードで認識外から攻めることができれば対処もできる。

 

「けど、普通はできないわよね……」

 

 画面の中の少年はその普通はできないことを熟している。何度もそのチカラを使い、完全に修めている手練なのは明白だ。

 死角から迫る攻撃に岡止は後手に回り続けて反撃ができない。

 一つ、二つ、三つ。鋭い蹴撃がダメージを与えていく。

 しかし、それは致命傷にはならない。疲弊させることはできても、速さだけの一撃はすぐに治癒できるモノでしかない。

 加えて何度も死角から攻撃を繰り返せば、岡止も慣れてくる。

 

『ッ!……グッ!…………そこ!!』

 

 繰り返した果て、遂に岡止が側面から襲いかかった吼月の拳をいなした。軌道をズラされた拳は勢いのまま透かる。

 それでも吼月くんは表情を変えず、すぐさま離れて視界から消える。いま一度、岡止の側面、もしくはその後方からの奇襲を行うつもりだろう。

 

「無理ね」

『ッ!!』

『捉えた!』

 

 見切られた拳は岡止の手に握られて––––

 

「は?」

 

 岡止の頬を狙った拳を受け止めようとした手がスリ抜けた。

 透過か? いや、違う。

 側面に居たはずの彼の姿がいつのまにか宙に浮いていた。パルクールでもするかのようにぐるりと飛び越えて、ガラ空きになった岡止の正面に着地する。

 全て囮だったのだ。

 岡止の視界と意識を限定させ、懐を開かせるために。

 彼の狙いは––––初めから正面突破。

 考えを限定されたことによって、正面の防御が緩くなった。

 直後、高域の衝撃音が周囲の空間を(つんざ)いた。彼の膝蹴りが岡止の喉元を捉えて、その身体を吹き飛ばした。今度は体勢を立て直すこともできず、部屋の一角に突っ込む。大きな音を立てながら、敷き詰められたステンレス製の棚やテーブルワゴンがバラバラになって飛散していく。

 音を拾うマイクにノイズが混じり、つけていたイヤホンを反射的に外してしまう。

 

「あぁ、耳痛い……どうなってるのかしら」

 

 すぐさまスワイプして岡止の安否を確認しようと、画面に指を伸ばす。

 その時、私の目線が–––正しくは隠しカメラが–––吼月と目が合った。

 偶然か。いや、彼は分かっている。

 こちらから人が見ていると理解して、手を振ってきたのだから。表情を殺したまま手を振る彼にびくりと震えて、彼からは分からないのに手を振り返した。

 そして、スワイプして吼月と交わった目線を切った。彼が飛んでいったのは2階の西側に仕掛けたDのカメラがある場所。

 

()っわ」

 

 にしても理解ができない。

 吼月は間違いなく人間だった。けれど、今の力は間違いなく吸血鬼のものの同じだ。

 彼は一体なんなのだろうか。

 そして、もうひとつだけ違和感がある。

 

『アッ……痛ッてえな……』

 

 口元を拭って岡止が立ち上がる。

 ポケットに手を入れていることから、恐らく血を取り込んで喉を修復したのだろう。

 そこに吼月くんが徐に歩いてくる。

 

『頭は冷えた?』

『冷えるわけねぇだろ、ボケが』

 

 悪態をつくものの、すぐに飛びかからないところを見るに冷静さは戻りつつあるようだった。

 

『そうか』

『……気味の悪い声しやがって』

 

 私は岡止の意見に頷いた。

 

「やっぱり様子がおかしい」

 

 心を失ったかの如き少年を見つめる。

 

「……さっきまでのテンションとの差を考えると、精神が能力に関与? いや、だったら園田さんの時と食い違うし…………」

 

 以前、園田仁湖に対してこのチカラを使った彼の様子との比較でしかないが、今の彼は感情が死んでいるように思える。

 園田さんには夜を魅せるように快活な声をあげていたが、岡止と話している吼月はまるで機械が話しているかのようだ。口ぶりが同じだけの別人。

 なにより、顔に表情がない。まるで鉄仮面のように動かない。

 

『吼月、お前はなんなんだ?』

『なんだ、とは? この力のことでしたら答えられないぜ。この身体で使える力なだけだから』

『それだけじゃない。お前から吸血鬼の気配がするのは』

『アンタも吸血鬼だと思うんだ』

 

 も、というのは間違いなく私のことだ。

 

『残念ながらあり得ないことだよ』

『あくまではぐらかすつもりだな』

 

 せめて彼の犬歯を見ることができれば、吸血鬼になっているか分かるのだが。

 岡止が再び腰を低くして、戦闘体勢に入る。

 エマや午鳥たちの件も当然あるが、彼からしてみれば吸血鬼として自覚がない少年が、自分達と同等の力を持ったうえで敵対しているのだ。

 野放しにはできないだろう。

 

『戦いを続けるのは構わないが、本当に勝てるのか? 殺せるのか?』

『……馬鹿にするのも大概にしろ。殺してやる』

『でしたら、吐くだけで終わらせないでくださいね』

「吼月が吸血鬼なら殺せないけどね……」

 

 岡止の中にあるのは意気込みか、虚勢か。

 

『さて、最後にひとつだけ』

「……?」

 

 吼月が私を一瞥した。

 

『やるべきことを見誤るなよ』

 

 戦いの再開のスタートを切ったふたりから私は目を外す。

 俺の戦いを見るだけではなく、(お前)がやることもちゃんとしろよと釘を刺してきた。

 彼からの『鶯アンコを守れ』という命令。

 

「私が無視するとは思わないのかしらね」

 

 ケータイをコートのポケットにしまって立ち上がる。そして、ビルの真下を見下ろした。

 地上では吼月たちとは別の戦いを繰り広げている者たちがいた。

 ふたりの吸血鬼がひとりの人間を攻め立てている。

 吸血鬼側はロン毛の男と屈強な肉体を持った男。

 人間は鶯アンコだ。彼女は吼月とは違い特別な力を持った異常な人種ではない。

 しかし、10年間吸血鬼を追ってきた過去がある。

 その中で彼女は吸血鬼にある傾向を見つけていた。

 

「悪いが……これ以上吸血鬼(俺たち)に手を出すのであれば、倒させてもらうぞ!!」

 

 頑健な肉体を奮って男が鶯アンコに突撃した。吸血鬼のフィジカルを全力で使った攻撃は人の眼で追うことはできない。人間と比較すれば、やはり凄まじい瞬発力だ。

 動きを視ることは叶わない。

 けれども––––

 

「お前たちはいつもそうだな」

「!?」

 

 躱すことは容易だ。

 一般的な吸血鬼はあくまで力があるだけの存在に過ぎずしっかりと扱えるものは少ない。そのため殆どの吸血鬼は、()鹿()()()()()()()()のを好む。

 なら、吸血鬼が駆け出した進路からズレれば良いだけなのだ。

 だから、簡単に避けられてしまうし、攻撃パターンが割れていれば反撃も可能となる。

 

「力だけ持った愚者だな。吸血鬼は」

「え」

 

 グチャリ。

 茹で卵を握り潰したような生めかしい音が適切だろう。その音をかき消すように力自慢の男の苦悶の声があがる。

 鶯アンコの手にはナイフが握られていた。

 ナイフの刃先は……なんと、男の眼球を貫いていた。そのまま真一文字に横は振るうと両目ごと切り裂いた。

 

「アハハハハハ!!!」

 

 眼球を手で覆い崩れ落ちた吸血鬼を見下ろして狂い嗤う探偵。

 

「痛いか、吸血鬼? 痛いよな。お前たちは所詮は死なないだけの化け物だ。目を裂けば当然苦痛に感じるし、声を荒げる。考えることができなければスリ抜けも使えない」

 

 鶯アンコが倒れ伏す男の水月を足で蹴ると、抵抗もできずアスファルトを転がっていき建物にぶつかる。

 流石の私もひえっと思わず声を漏らしてしまう。

 

「探偵ィ–––!!」

「はぁ……」

 

 今度はロン毛の男が鶯アンコに突撃してきた。伸ばした爪で彼女の首を刎ねようとするが、結果は変わらない。

 嗤いを心に納めて、ため息をつく。

 身を翻してその攻撃を躱しながら、手に持っていたナイフを投げ捨てる。

 回避されるのは目に見えていた。

 目の前で同じことをしてやられた仲間がいるというのにそれを繰り返す。まるで威嚇するだけで殺す気がないように思える。

 

「よっ、と」

「グゥ!?」

 

 そんな腑抜けた者が吸血鬼殺しの相手にはならない。

 飛翔するナイフが突き刺さったのは倒れ伏す男のアキレス腱。深々と刺さったナイフを見る限り、もうあの男が立つことが出来るのは、日の出後になるだろう。

 ただ、その結果は私が予想していたものと少し異なった。

 

「なんでかしらね」

 

 吼月が鶯アンコに頼んだ内容は時間稼ぎのはず。

 撃退か撤退を前提にしているとはいえ、今のチャンスがあればロン毛のアキレス腱にナイフを刺して動きを封じたほうが得策だ。

 どちらも動けなくしてから確実に攻撃が命中するようにした方がいい。

 

()なよ、吸血鬼」

 

 煽るように手招いて、鶯アンコは吸血鬼の攻撃を促す。見え透いた挑発に乗っかってロン毛の男は追撃を開始する。

 それを身体を屈めたり逸らしたり、時には道端に開かれたゴミ箱などを使って巧みに躱して場所を変えていく。体力を切らさぬように自分は適度に足を止めて休憩し、スウェーで突撃を回避する。

 

「この道、もしかして」

 

 仕舞ったケータイを取り出して、マップを開く。彼女が背を向けて走っていく道筋の行き着くさきに私は覚えがあった。

 

『お前には鶯アンコを守ってもらう』

『やるべきことを見誤るなよ』

 

 今回の作戦の結末は沙原くんが人間のまま居てもいいと思わせるための時間作り。言わば立場上、自分と同じよう保護される存在に据え置くことだ。

 吼月もそう考えている。

 そのために探偵さんを使うのは不合理だが、私の予想通りだとするなら、これらの言葉の意味は恐らく。

 

「どちらにせよ、行かなきゃいけないわけね。協力するって返事しちゃったし」

 

 ポケットの中を漁り、口に赤いキャップの付いた金魚を取り出す。その中には満たされた血が入っている。

 吼月の思惑通りに動かされるのは少し癪だけど、このゲームの盤面に乗ることにしたのだった。

 

 

 ショウの脚と岡止の拳が交錯する。風を抜き去る速度でぶつかり合うそれらが起こす摩擦熱で辺りを漂う埃に火をつける。

 衝突すれば深追いせずに彼の脇の下を通り抜けるように離脱する。

 慣れられたとはいえ、ショウの戦法は変わらずヒットアンドアウェイによる撹乱だ。

 ハツカが午鳥の認識外から腕を斬り飛ばしたところから考えついた吸血鬼攻略法。透過が使えないショウにとって、吸血鬼と正面から戦うには他にない。

 

「フッ! ハッ!」

「フッ! ハアッ!」

 

 しかし、絶えずショウの流れが続くわけではない。距離を置く過程で接近されれば否が応でも対応せざる負えない。

 ショウは槍の如く鋭い拳を叩き捌き、瞬時に左拳をその胸部に叩きつける。

 

「ハアッ!」

「ンッ!! フンッ!」

 

 追い討ちとばかりに伸びた右拳を、岡止はショウの右脇に滑り込むようにして躱し、強烈な拳が撃ち込まれる。

 力を込めた一撃。その証か、床を見れば岡止の足元から放射線状に亀裂が入っている。

 

「!!」

 

 ショウはその一撃の衝撃を流すように、横は大きく跳ねて一気に距離を取る。

 

「ーーッ!?」

 

 更なる一手を繰り出そうとする岡止だが、次の瞬間には視界の端に脅威が映った。追撃を許さないショウは、息をつかせる暇もなく間合いを詰め直す。

 ビルの柱ごと砕きながら彼を蹴り飛ばす。岡止は咄嗟に頭部を両腕で庇い、ショックによる戦闘不能を防ぐ。

 地に伏せる岡止を今度はショウが追う。

 

「!?」

 

 その追い打ちは誘われたものだとすぐに気がつく。

 ピクリとも岡止が動いたと察した時には、一面を遮るほどの大質量の攻撃が目を覆う。

 

「オラッ!!」

 

 岡止はそばにあった人の背丈より一回りも大きい棚を、片手で軽々しく振って薙ぎ払う。まるで重機をそのまま叩きつけるような一撃。

 振り向きざまに放った面制圧での攻撃は、ショウも流石に()なせない。

 ガゴン!と金属が凹む音と共にショウは吹き飛ばされる。ステンレス製の棚には攻撃を防ごうとするショウの姿がくっきりと写っていた。

 地に何度も背を数回打ちつけて、ようやく止まった。

 

「効いてすらないのかよ」

 

 凄まじい衝撃であったはずなのに、ショウは血を流すことも骨が折れている様子もなく平然と立ち上がる。

 改めて、吸血鬼だと確信する。

 再び距離が開いた二者は、互いの様子を伺いながら構えを取り––––接敵する。

 ここまでの攻防は、言葉を交わして戦いを再開してからそれほど経っていない。一分にも満たない間に床には抉り取られ階下が見える所もあり、柱は蹴り砕かれて大きく欠けている。

 

「ッ!」

 

 足元には散乱した瓦礫がある。

 急発進と急停止で背後にいる岡止へと身体を向けると、すでにこちらへ詰めてきている。やはり、徐々にだが彼もショウの速度に対応し始めている。

 そのことを理解したショウは瓦礫を軽く蹴り上げた。

 絶妙な強さで弾き出された瓦礫たちは分裂して、無骨な凶器になって岡止へと飛翔していく。

 辺り一面に広がる弾幕に逃げ場はない。すでにショウヘと駆け出した彼に横へ回避する余裕もない。

 一番に向かう破片が彼の眉間に迫る。

 

「ふっ」

 

 岡止は迫る危機を鼻で笑う。

 スカッと擬音を付けたくなるほど、何物にも遮られることなく破片たちは岡止をすり抜けて奥の壁面に突き刺さる。

 石如き、吸血鬼の障壁にはならない。躊躇うことなく岡止は突き進む。

 それでいい。蹴り飛ばした破片はあくまで視線誘導にすぎない。

 目的は着地狩り。

 スリ抜けは発動した瞬間全身にかかるものではなく、意識して『ここに使う』というものである。ショウに指を触らせなかったハツカや今破片をスリ抜けた岡止が、透過を使った瞬間、強制的に全身に効果が現れれば、座ることも走ることもできない。

 だから、上半身だけに攻撃を集中させた。

 足元から注意を逸らすために。

 

「いただきます」

 

 後ろ脚が浮き、前脚が床に着こうとしたタイミングを狙い、転倒させて動きを封じる。

 地を踏み締めようとした右脚にショウは手をかける。

 

「……」

「お前も吸血鬼らしくズルいな」

 

 掴んだ、そう思ったのも束の間、手の中の感触が消失する。急いで振り向けば岡止の姿もない。

 ショウはすぐに首を振った。

 相手の姿がいないのはスリ抜けで一階に降りたからだ。吸血鬼ではない自分がここに止まるのは、屋根裏に潜んでいることがバレた忍者並みに不味い。槍責めのように見えない攻撃に追い込まれかねない。

 

––––1発目は不味い。

 

 1階に通じる階段に向かうための扉を見つける。

 そこへ走り出そうとすると足元に違和感がある。見てみれば、ズボンの左脚の裾を貫いて、床に突き刺さる破片。楔のようにショウの足を固定していた。

 破片はショウが蹴り飛ばしたもの。岡止はその中で長く床に突き刺さるほど鋭利なものを選び取ったのだ。

 その事実はショウの思考に暗雲を広げる。

 

「ッ!!」

 

 自分が岡止の立場ならどこを狙うか。

 敵を制圧するのに一番適した場所を考えついたのと、ショウの真後ろの床が波打つのは同時だった。

 

「ハッ!!」

 

 裂帛の一声とともに床から飛び出してきたのは岡止だ。目の前の敵の力を封じようと背骨を折らんと蹴り掛かった。

 

「フッ!!」

「!?」

 

 ショウも容易く喰らうわけではない。

 自分の左足ごと破片を蹴り飛ばして、宙に寝転がるような体勢で回転しながら間一髪で安全圏に離脱する。ついでとばかりに、蹴り上げた破片を掴み取って岡止へ投げつけた。

 クナイのように尖った破片は風を切る音を鳴らして、岡止の後頸部(こうけいぶ)をスリ抜けた。

 

「……」

 

 ショウが着地して、辺りを見渡した時にはすでに岡止の姿はない。

 ここからは吸血鬼(岡止)の独壇場だ。

 

「ッ……!」

 

 再び岡止が1階から2階へスリ抜けてきた。ショウは身を捩りながら髪の毛数本の差で回避する。

 下に逃げ込まれてしまえば、ショウは岡止を認識できないにも関わらず、岡止は床につけられた傷痕からショウを見上げることができる。

 更には、この建物は上がある。

 

「こっちだ!!」

「今度はうえ」

 

 下からの攻撃が当たらなければ、2階を突き抜けて3階までスリ抜けていく。そして体を反転させて、天蓋を蹴ってまた2階に戻ってくるのだ。

 それもかなりの速度で跳ね回っているため、回避に使える時間が少ない。反射だけで避けているようなものだ。

 

「1」

 

 せめてもの抵抗か、床に散乱している破片を拾いながらすぐに投げつける。それを岡止はスリ抜けか弾くことで捌く。

 

「1、2」

 

 変貌する前のショウと岡止との攻防関係より悪化している。

 ショウもなんとか岡止の考えと動きを読み解きながら、下から見えない場所へ移動しつつ最小限の動きで対応する。

 

「どうした! 動きが緩慢になってきてるぞ!!」

 

 この状況を終わらせるにはショウ自身も一階に陣取る必要があるのだが、1階へ降りるための階段に向かうのは斬ってください表明しているもの。

 岡止の指摘通り、序盤に比べて速度が安定しておらず、これでは辿り着くまでにやられてしまう。少ない動きで躱しているのもこのためだ。

 ジリジリと追い詰められているショウ。

 とはいえ、岡止の攻撃も長くは続けられない。

 攻撃を躱されるたびに一瞬だが、確かに唇を噛み締めている。

 

–––さっさと終わらせねぇと……

 

 時間もそうだが、体力的にも限界が近い。

 変貌したショウの速度に対応するためにいつも以上に集中力を使っているし、血を飲んでダメージ自体は回復できたものの蓄積されている疲労がすべて取れたわけではない。

 初撃が届かなかったこの戦法の意義は、ショウの焦りを生み、一撃で仕留めるためのものだ。

 

「1、2。……1、2。…ッ?」

 

 速度を増して真上から迫る岡止に、ショウがついに蹈鞴(たたら)を踏んで床に背をつけた。

 

「捕まえた!!」

 

 ショウへと鋭い爪を持つその手を伸ばした。

 そうすれば、いやでも気がつくだろう。

 なぜ、ショウの動きが鈍くなっていたのか。

 

「ッ」

 

–––吸血鬼の気配が弱まってる……?

 

 否、殆ど人間の気配だけだ。

 もし、このままショウへ手を振るえばどうなるか。

 腕を失った目の前の男は間違いなく死ぬ。その事実が岡止の脳裏に奔る。

 

 だとしても殺せ。

 吸血鬼の脅威となる存在(人間)は殺すのが掟だ。

 

 心に決めていても喉が詰まるような緊張感が生まれる。その一瞬の硬直を表すなら、迷い、躊躇い、慈悲。

 

––––本当に殺せるのか? いや、殺していいのか?

 

 それでも身体を進み続ける。

 進んでしまった以上、否が応でも決断する時が来る。

 

「……死ね!!」

 

 吐き捨てるだけの言葉が彼から飛び出した。

 返すようにショウも口を開く。

 

「やっぱりキミは俺には勝てない」

「ッ!?」

「捕まえた」

 

 奇しくも岡止と同じ言葉を呟いた。

 一瞬の迷いが誤差を生んだ。ショウは身体を転がすようにして、紙一重で岡止の手から逃れる。

 一瞬、ふたりの目線が交わった。

 追い込まれているというのに不動を貫くショウの顔が、岡止にはとてつもなく悍ましいモノに映った。そのまま岡止は床を通り抜けていく。

 

「くそ!!」

 

 スリ抜けを解除して受け身を取ると、すぐさま2階へと飛び立つ。

 その焦りで跳躍したのがいけなかった。

 

「1、2……ここ」

 

 膝立ちに体勢を取ったショウは、腕時計のスイッチをタップする。

 突き刺す痛みを起点に再燃する力を感じながら、(きつ)く握った拳を床へ振り下ろした!

 

 ドゴォォッッ!!

 

 まるで二階全体がプレス機に押し潰されたかと錯覚するほどの衝撃が奔る。

 

「マジかよ……!」

 

 2階を見上げる岡止にもその異変は降りかかる。眼前には驚きの声をあげるのも仕方がない現象が起きていた。

 文字通り、天井が岡止を押し潰さんとばかりに落ちてきたのだ。

 天井が動くなど誰が想像するだろうか。

 その下がり幅は大きく、岡止がスリ抜けを発動するよりも速く落ちてくるそれは彼の全身を強く(プレス)した。声にもならない潰された音を漏らした。

 

「俺の結論に揺らぎはない」

 

 破片を無闇矢鱈に投げていたわけではない。

 スリ抜けのオンオフの切り替えを行うタイミングを見計らうために絶えず攻撃していたのだ。

 

 岡止を呑み込むように崩落が始まる。

 

 ここで終わらせようと、徐々に崩壊し、粉々になっていく瓦礫の位置を全て把握し––––その時だけは、ショウには全てが止まって見えていた––––最短で岡止に飛び込むため、足場にできるモノを判別して肉薄する。

 岡止はもはや手も足も出せない状態。

 

「決着だ」

 

 睨みつけてくる岡止の胸ぐらを掴み、床に叩き伏せようとして

 

 

 

 コンマ数秒後、腕が弾け飛ぶ音と共に血飛沫が岡止を濡らした。




 拙いながらにやっと書けた吸血鬼の戦闘!!
 いや……【バトルシーン多め】とタグにしておきながら、初戦闘が40話越えてからってマジかよ自分……
 バトルシーンについてなにか感想やご意見がありましたら、今後の糧となりますのでして下さると嬉しいです。
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