よふかしのあじ   作:フェイクライター

56 / 146
第4話のスタートです。
対戦、よろしくお願いします。


第4話 ブラックブックス
第四十九夜「赤の他人で大切な」


 鶯アンコは逃げ帰った。

 というには余りにも悲痛な姿で、とても見ていられるものではなかった。自暴自棄と大雑把な括りをするが、殺されかけた身からすれば妥当だ。

 できればもう関わりたくはない。けれどそうもいかない。

 

「吼月くんはさ、あの探偵ちゃんと仲良いの?」

 

 口をつけたワイングラスをテーブルに置いた萩凛さんが、頬を赤くする吼月くんに探偵との関係を訊ねていた。

 

「友達の恩人ってぐらいだから〜……つまり、友達だな!!」

「友達の括り雑すぎるだろ」

 

 ツッコミを入れた士季くんに蘿蔔ハツカ()は次いで肯首した。

 

「にしては随分と肩入れしてたじゃない。まぁあの子も整えれば綺麗になりそうだもんね。勿体無いわよね〜」

「鶯さんが聴いたら発狂しそう……けど美人枠というか、ポテンシャルはあるよな。人間のまま吸血鬼を捕まえるには相応の容姿や態度が必要になってくるわけで、あの人は実際にやってきた。凄い人ですよ」

「ニヒルな感じと爛れた雰囲気が刺さる吸血鬼は居そうだしな。吸血鬼殺しじゃなければ……」

「思ってた反応と違うわねぇ……」

 

 目を細めてチラリと僕を見る萩凛さんの眼は確かな()いがあった。

 どうやら萩凛さんは吸血鬼への被害軽減の他、探偵さんが吼月くんの好みだからあそこまで手助けしようとしているのでは? と、勘繰っているようだった。

 それは的外れだ。出会って数十分程度の彼女には分からないだろう。

 

「なんで助けようとしてるのよ? ハーちゃんだって殺されかけないのよ?」

 

 僕を気にした言い回しをやめて直接訊ねることにした萩凛さんに吼月くんは首を傾げながら答える。

 

「縁ができたからですけど」

 

 対面に座る萩凛さんと士季くんの表情筋が死んだかのように固まった。下心という利己など何もない純粋な良心だけが乗った声音が彼らを停止させた。

 彼には【出会ったらヒトを助けるのは当然】という原理があり、【辛い時は助けてほしいと願ってる】という思い込みがあり、【信頼を守り、ソレを理解したい】という動機がある。

 結果はどうであれ、どうしようもなくヒトの為に動いてしまう。

 原理を聞いたふたりが固まっているのを見て、吼月くんは一瞬寂しそうな目をした。

 それだけならまだいいのだが–––––

 

 

「で、本当なの? あの話」

 

 

 

 

「それでは皆さん、また今度」

「吼月くんと士季くんも一緒にバスケやろうね!」

 

 探偵の後ろ姿が見えなくなると、沙原くんとエマちゃんはバスケの続きをすると言って体育館へ向かう。

 手を振ってエマちゃんたちと別れる。

 僕は焦げ跡がついたシャツを見下ろしている吼月くんに話の続きを求めた。

 

「ねえ、吼月くん。士季くんたちから聞いたんだけどさ、吸血鬼になれるってなに?」

「あぁ、士季たちの勘違いじゃないのか?」

「はぐらかすなよ。ちゃんと応えろ」

 

 その力の体験者であるふたりも納得のいく説明を望んでいた。

 自分の意思で吸血鬼になれる。そんな話、僕は愚か、きっとニコちゃんやカブラさんだって聞いたことないはずだ。

 前代未聞とはこの事だと僕は頭の片隅で思っていたのだが、吼月くんは「違うと思うけどな……」溢しながら義務的に答えた。

 

「身体能力を引き上げる力は使えるぞ。吼月ショウが()()()()()()()だけど」

「は?」

 

 その返事に士季くんたちの声が重なった。

 僕は直接見ていないため半信半疑だが、ふたりの反応からすると本当に吸血鬼の臭いや気配がしたんだろうと思えた。

 そうなれば、余計に話がこんがらがる。

 

「吸血鬼は血を吸われてから一年以内に眷属にならないといけないんだろ? だから違うと思う」

「い、いや……はぁ!?」

「本当なの……? それ?」

「嘘ついても仕方ないだろ」

 

 彼は今、中学2年の14歳だったはず。

 つまり生まれた時から使えるなら、とっくに眷属候補から外れていているはず。ただでさえ人間から吸血鬼になれるだけでも特殊なのに、生まれた頃から使えるだって?

 ダメだ、頭が痛くなってきた……。

 

「へぇ、ますます興味が出てきちゃった」

 

 しかし、その理外の存在が面白く感じた萩凛さんは、吼月くんの首筋と顎先を繊細さが宿る白魚の指でなぞった。その眼は捕食者のソレで、吼月くんの血を今すぐにでも吸ってしまおうかと言わんばかりの雰囲気だ。

 吼月くんはその指を心底嫌そうに手で弾く。

 

「あらあら、フラれっちゃったか。なら、もっと責めにしないとね」

 

 良いところを知ってるの。

 萩凛さんは微笑みを湛えながら歩き出し、僕らをその背で案内し始めた。夜の街を闊歩して、やって来たのは––––

 

「なんで『CLEAR(クリア)』……?」

 

 優しいネオンライトの光で存在を現すその店は、僕が吼月くんを連れてきたことのあるバーだった。吼月くんと同じように僕も小首を傾げていると、萩凛さん裏手に僕らを誘ってこう言った。

 

「だってここも私の土地だもの」

 

––––そうだったんだ……

 

「この裏路地で吼月くんの血を美味しそうに飲んでたものね、ハーちゃん」

「あれ見られてたの……!?」

「……気づかなかった」

 

 萩凛さんが愉快そうに笑いながらポケットから取り出した鍵を使って中に入っていくのに続いて僕らもドアを潜る。

 

「お待ちしてました午鳥さん」

「あらアズマネくん、こんばんは」

 

 声をかけてきたのはこのバーのマスターである東根龍一だ。いつものバーテンダーの服を着て清潔な佇まいで僕らを待っていた。

 どうぞおくつろぎください、と彼の言葉に促され階段を登っていく。吼月くんは登り出すまでマスターを目線をくべていた。

 

「ささ、座って」

 

 辿り着いた部屋には大きなテーブルとソファが対面にひとつずつ。そこだけ見れば簡素な作りになっているが、そんな印象を掻き消すほどに妖艶さがこの部屋を包み込んでいる。明朗快活な雰囲気に満ちた一階とは違う人の婀娜(あだ)な魅力を思わせる空間だ。

 その理由は色と香り。

 

「スカイライトなんてあったんだ」

「あとこれは……花の匂い?」

「ふふ、良い香りでしょ」

 

 ドーム型の天井に設けられたステンドグラス製のスカイライトが月の光を受けて部屋を様々な色に彩る。そして花の香りが鼻につく訳ではない丁度いい塩梅で漂っている。人間の鼻ではただ甘ったる匂いにしかならないかもしれないけど。

 僕や士季くんとしては好みな雰囲気だったから気にすることもなくソファに座る。萩凛さんは暗闇へと姿を消していく。

 

「……」

 

 吼月くんだけは何度も僕に目を向けてムズムズと身体を震わせながら居心地の悪さを感じていた。

 初めてだもんね。慣れてないと驚いちゃうよね。

 

「あの……場所……変えないか?」

「ダメだよ、今日はここで過ごす。それに吸血鬼の話をするのにピッタリな場所そうそうないし」

 

 キミの望み通りになんてしてあげない。

 そのまま嫌なことを忘れて、夜の色に当てられながら恥辱と高揚感で血を熟成しろ。そして、僕に美味しい血をたっぷり飲ませろ。

『そうか、分かった』と割り切った吼月くんは僕の隣に腰を下ろした。もぞもぞと居心地が悪そうなのはそのままだ。

 

「飲みながら話しましょうか。吼月くんにはオレンジジュース」

「ありがとう」

「ハーちゃんはマンハッタン。士季くんはジンソーダね」

「サンキュー」

 

 脚色された月明かりの外から戻ってきた萩凛さんが僕たちの前にグラスを置いてから士季くんの隣に座る。

 その時、刺激の強い臭いが僕の鼻腔を微かにくすぐる。この色香の中、吸血鬼だからこそ分かったが、吼月くんのオレンジジュースから唐辛子の臭いがした。

 萩凛さんを見れば今にも口をつけようとしている吼月くんをニヤニヤと楽しそうに見つめている。

 

 この人、酒を飲ませる気だ……!

 

 恐らく香りやクセの少ないウォッカと唐辛子を使ったインフュージョン。それをオレンジジュースと合わせたカクテルがあのジュースの正体だろう。

 酔わせて正常は判断能力を失わせて話を聞き出す算段だ。テーブル周り以外に明かりがないのは、何を入れてきたか誤魔化すためか。

 つまりここは萩凛さんの狩場のひとつ。

 

–––今度からここを吼月くんに使わせるのはやめよう……

 

「これ本当にジュースか? なんか辛いけど」

「ええオレンジジュースよ」

「……ハツカ、飲んでくれ」

 

 一口飲んで違和感を覚えた吼月くんが僕に判断を委ねてきた。断っても良かったがあえて僕は了承し、ジュースという名のカクテルを飲んだ。

 彼が口をつけた場所を使う。

 吼月くんは僕の口元を見て少し恥ずかしそうにしていた。こうした所は思春期らしいんだけどなぁ。

 一口飲み下してグラスを吼月くんに返す。

「オレンジジュースだったよ」と僕は嘘をついた。

 今回の件も含め、口を割らせるには丁度良かった。

 

「士季も……いや、やめとく」

「なんだよ」

「同じ答えが返ってきそうだし」

 

 ご明察。

 普通にカクテルだった。しかも結構度数が高めのウォッカを使ってる。元の酒の度数は50度ぐらいかな。割っているとはいえ子供に強すぎるんじゃないかな。

 そんな心配などされることなく「それじゃあ–––」と話し始める。

 吼月くんは恐る恐る二度、三度とカクテルを飲んでいく。本人は首を捻って疑い続けるが、その間にも頬が赤くなり良い感じに出来上がってきた。

 僕らはその様を暖かく見守っていた。

 

 そうして探偵さんを助ける理由など軽く話を挟んでから、僕らは本題に入る。

 

「で、本当なの? 生まれた頃から使えるって話」

「ホントだよ。よく覚えてる」

「小さい頃の話なのによく覚えてるね」

「俺だからな。あーーあ、あとなんか、首に視線感じるだけど」

「気のせいよ、気のせい」

「そうだ気のせいだ」

 

 萩凛さんだけじゃなく士季くん、キミもか。

 アルコールが入ったからか声が間抜けに伸び出した。酒で緩くなった頭を小刻みに左右へ動かす吼月くんに士季くんが訊ねた。

 

「どうやって使ってるんだよ。なんか時計いじってたのは見えたけど」

「ふふふ〜……それはなぁ〜……」

 

 ズボンのポケットから取り出したのは吼月くんがいつも付けている腕時計。それの赤いスイッチを僕らに一度見せた後、腕時計の底面を地面と水平になるようにしてスイッチを押し込む。

 すると、シュッと軽い音を立てながら針が飛び出した。スイッチから指を離すと針が引っ込む。

 何気なく見ていた僕らは思わずギョッと背を震わせた。ニヤニヤしていた萩凛さんの顔も青ざめている。

 

「凄いでしょぉ。この針が皮膚を裂いて血管にたどり着くとあの力が使えるようにしたんだ。あ、こっちはスイッチを離すとすぐ引っ込むけど、士季たちに使ったのは別パターンでね。元だと馬鹿みたいにパワーアップするけど、発動時間は一瞬。ベゼルを一周回して押すとゆっくり戻ってくんだぁ。これだと長い間使えるんだ。まぁ動いたりして血流が激しいと大体5分ぐらいになる。どっちにしろ凄いでしょ! 俺の発明品!」

「う、うん……そうだね……」

 

 無垢な同意を求められるが僕らからすれば、怖い以外の何物でもない。

 

「……傷つけないと使えないのか?」

「必要なのは痛みと血だから。制御には感情? 自己暗示?……もあるけど。それ以外だと発動しないんだよ。深ければ深いほど、激しければ激しいほど力が出る」

 

 変なテンションで語られる話に耳を離そうとしてしまう。中学生が嬉々として自分への自傷を語るなんて、彼と僕の耳に間にどれだけフィルターを挟んでもこの悍ましさは薄まらないだろう。

 

「時計なのは?」

 

 萩凛さんはなんとか話を逸らそうと試みる。

 

「俺のルーツだから、あとはカッコいいのと持ってても不思議じゃないから。ナイフやピアッサーって手もあったけどいつも携帯できないし、爪だと浅いんだよね」

「そう……」

 

 ダメだった。話の肝に自傷があるせいで必ずそこへ辿り着いてしまう。

 しかし、聞かなければその全容は把握できない。

 

 昔からそのやり方なの?

 –––そうだよ。

 身体能力があがる以外になにか変化はある?

 –––う〜ん……感覚が敏感になるのと目の色が黒から葡萄になる。鏡で確認したからこれも吸血鬼との相違だね。

 力の使い方は誰かに教えてもらったの?

 –––独学だよ。自分の知恵でこの制御不能の力を手なづけたのさ。

 会得にはどれくらいかかったの?

 –––半年から一年の間くらいかな。

 本当に人間なの?

 ––––人間だよ。病院でも肉体に異常があるとは言われたことがない。

 

 酔っているという理由があるおかげでスラスラと話が出てくる。

 この流れなら、と僕は話を切り出した。

 

「だったらここで使ってよ」

「嫌だ。俺のルールに反する」

「勝手なルールを……」

「お前らのと違って他人に影響しないだろ。必要な時以外使いたくないんだよ」

 

 ルールと言うが吸血鬼を知った者は眷属にするという僕らの掟とは違う彼なりの矜持と言えるモノ。落とすと決めたら必ず恋させるという僕のプライドの方が近い。

 僕が思慮していると首を傾げながら士季くんが『その必要もないですよ』と呟いた。

 その理由を僕は尋ねた。

 

「どういうこと?」

 

 士季くんは一呼吸置いてから確かめるように言い放つ。

 

「……最後にエマや沙原くんを襲ったのお前だろ」

「そうだよ」

「は!?」

 

 真っ直ぐ見据えられた言の葉に特に感じるモノもなく吼月くんは軽々と答えた。他人事にも思える反応をされたので、僕の方が大きな声を出してしまう。

 

「ふたりを襲ったのがショウくん……?」

「うん、最後だったしね。俺がやらないと〜って」

 

 ふたりとあの鉄仮面の間に割って入った時のことを思い出す。焦っていたこともあって確かとは言えないが、あの鉄仮面からは吸血鬼の気配がしていた。

 それを吼月くんが肯定しているなら本当に吸血鬼になったのか?

 

「なんであんなことをした?」

「え、タラレバにしかならな」

「いいから答えろ」

 

 語気を強めた士季くんに詰め寄られ、彼は仕方なく答える。

 

「演出だよ」

「は? 演出だ?」

「元々士季に攫われかけるわ、無理矢理俺の血を飲もうとする午鳥を見せられるわ、その午鳥の腕を吹っ飛ばしてハツカが登場するわ。奏斗先輩の頭の中で【吸血鬼=化け物】ってなってたのを変えないといけなかった。だったら、いっそのこと吸血鬼に救わせようと思ってね」

 

 沙原くんの中で吸血鬼は危ない生物だと思われていたのは僕に怯えていたことからも明らか。エマちゃんは1年間の付き合いがあるから例外的に信用されただけ。

 そして、終わってみれば彼の目論見通りになった。茶番と知らないふたりが命の危機になって、それを僕が助けた。僕の姿を見て沙原くんの中の吸血鬼像が逆転した。

 彼の言い分は正しくもあるが、それでも危険すぎるし結果論とも言えるのだ。

 

「必ず僕が来るとは限らないじゃん」

「だから士季にも追いかけろって言ったし、最悪2人が来なくても俺がやるなら腕を止めてやればいいだけだからね」

「他の吸血鬼たちが手を出すかもしれないじゃない」

「邪魔になりそうなのは先に倒した」

 

 淀みなく答える彼に僕らは半ば呆れるような感心を抱いた。

 下手をすれば友達との関係を壊してしまいかねないことを、必要だからと容易く出来る姿勢は歪みでしかない。

 

「あとは釘を刺すのもあるかな。こんな吸血鬼もいるから好き勝手やってたら殺されるぞ〜って。予測通り奏斗先輩たちは俺を怖がって吸血鬼に害すること出来なさそうになったし」

「必要ないだろ。あそこまでふたりはやったんだぞ」

 

 血に感化された影響か、元々親吸血鬼だから、訳を探せば色々あるがエマちゃんたち寄りの士季くんが吼月くんを睨みつける。

 突き刺すような眼光を受けても吼月くんはふたりに向けられた想いが嬉しいのか口角をあげて笑う。そして、僕と萩凛さんを一瞥する。

 

「ふたりもそう思う?」

「そうね、吸血鬼に悪いことするってことはエマちゃんの立場が悪くなるってことだし」

「ふたりの結果としては?」

「悪くはないんじゃないかしら」

 

 僕も萩凛さんの意見に同意なので頷いた。

 肯首する僕らを見て「そっか」と呟いた吼月はスマホを取り出してコール音を鳴らし出した。チラリと見えた画面には【奏斗先輩】の文字。

 その姿を見てなんとなく嫌な予感がしたので、僕は彼のスマホに手を伸ばしすぐに終了ボタンを押した。

 

「え、なに?」

 

 困惑する吼月くんよりも僕は戸惑っていたんだと思う。僕に顔を向けた途端、首を大きく傾げたからそう思った。

 

「なんで沙原くんに電話したの?」

「ストッパーとして役割が必要ないならバラしても問題ないじゃん」

「いやいや! キミら友達でしょ!?」

「友達だよ。でも、エマが戻ってきたから別いいだろ。これからは士季たちも居るんだし」

 

 ここまで薄っぺらい友達を僕は知らない。

 こんな事を言う人は大体『キミも友達だよ』と承認欲求を満たすのが理由だが、彼からはその意図が全く感じられない。

 僕らが呆れを通り越して唖然としていると、折り返しの着信音が鳴った。

 

「なるほど」

 

 勝手に自己完結した吼月くんが電話に出るのを止めることは出来なかった。

 

「あーもしもし、吼月だ。……はい、ちょっと話したい事があったんだけど、明日会って伝えたいんだ。ほら、結局ニコ先生にも御礼に行きたいし。

 –––––明日の放課後に来い? いいのか? なら一緒に御礼に行こうか」

 

 僕らが止めた理由を、友達なら直接会って伝えるべきと湾曲した吼月くんがスマホをポケットにしまった。

 その姿がとても怖かった。士季くんと萩凛さんも目を逸らしてしまっている。

 

「お前、ホントそういうとこだぞ」

「なにが?」

「『なにが?』じゃねえよ。自分勝手に行動するところだよ! 今回は丸く収まったけど、お前のせいで蘿蔔さんが責任を負う可能性だってあったんだからな!」

「なんでハツカのせいになるんだ? 俺だけが起こした事なのに」

「お前なぁ……」

 

 指をさしてお叱りする士季くんだったが、いまいちピンと来ていない吼月くんの態度を見て唇を噛み締める。

 見かねた萩凛さんが割り込んで彼に助け舟を出す。

 

「ハーちゃんがキミの親だからよ。仮とはいえ自分の眷属候補が騒ぎを起こしたんだもの。ケジメを取るとしたらキミではなく、身内であるハーちゃんに向く」

「俺を殺せばいいだろ。なんでハツカに」

「吼月くんが死んでも監督責任がある。結局ハーちゃんも危険に晒されるのよ。子供が問題起こしたら、だいたいの大人は責任取って動くでしょ?」

 

 それでも理解できず、萩凛さんの言葉をなんとか咀嚼して飲み込もうとする吼月くん。

 

「ああ、だからあの時」

 

 数秒唸ると、理解に至る節があったのか僕を向いて頭を下げた。

 

「ごめんなさい、ハツカ。もっと上手く責任が俺だけに向くようにしておくべきだった」

「まず動くなよ」

 

 やっぱり捻じ曲げちゃうか……。いや、そこが吼月くんの美徳でもあるんだけどね。

 

「あの……」

 

 吼月くんが口を手で押さえ始めた。

 

「すみません、お手洗い……どこですか?」

「え、えっと……お手洗いはさっきの階段を降りて右手側にあるわよ………」

「お借りします」

 

 一礼してから立ち上がった吼月くんがぽっかりと開いた階段の口に入っていった。

 3人揃ってため息をついて、

 

「おかしいだろ」

 

 士季くんが端的に答えた。

 

「お節介な所とかは感心するが……アイツが吸血鬼になれることもあの考え方もどうにかしないと不味い」

 

 探偵さんを助けたい理由を【関わったなら助けるのは当たり前】とするように、日常の中に人助け–––人によってはお節介–––がある。そして、その為に出来る限り頭を回すし、その為なら手段を問わない。

 

「今は『人間も吸血鬼も』って境目に立ってるけど、いつ探偵ちゃん側に傾くか分からないもの。チェンソーで吸血鬼の首を斬ればいいって、普通思ってても口にしないわよ」

「実際に殺せると思う?」

「胸を貫いても血さえあれば死なないのが俺たちですからね……」

 

 頭を抱えながら喘ぎ声を漏らして僕らは呻く。

 

「対立もだけど他人への意識もだよな。鈍いっていうか。蘿蔔さんへの迷惑もそうですけど、沙原くんのためにあそこまでやった癖に終わったらすぐバイバイって。沙原くんも嫌だろ」

「ついさっきまでパン食べながら仲良く話してたのにね」

「自分のことは例外って考えてる節があるわよね。ハーちゃんへの想いもそうだけど」

 

 なぜ僕の名前が出てくるのか分からず僕は首を傾げる。

 

「ハーちゃんが気に入ってるのは自分の血だけで、自分に対してなにも思ってない。吸血鬼としての義務があるから眷属にするだけ……自分なんかを眷属にしないといけないハーちゃんが可哀想って感じだったわね」

 

 その言葉に僕は頭の中を金槌で勢いよく殴られたようなショックを受けた。僕なりにしっかり彼を見ていたのだが、やっぱり伝わっていなかった。

 同時に納得がいくモノだった。

 

「バカじゃねーのって。蘿蔔さんが奇襲してまで助けてくれるなんてそうそうないのに。嘘でもついていいのと悪いのがあるわ」

「ハーちゃんが初手で暴力振るうってまず無いからね。それを言ってもあの様子じゃ血を守るためって考えそうだけど。あれは嘘って感じはしなかったもの」

 

 彼は以前人の顔色を伺って表情を変えると言っていた。実際僕も見ているから嘘ではないだろう。

 けれど、その機微は場を取り持つよりも、自分と周りの価値観のギャップを隠す側面の方が大きいのではないだろうか。人助けをする時の大言壮語な振る舞いは、価値観の違いを理想に変えて他者を魅せるためのもの。

 それらを取っ払うと露出するのは、あの子の自己肯定感の無さだ。

 応野くんが女装について僕に聞いたあと吼月くんが取り乱して謝ったり、必ず会う必要のない沙原くんには自分と居たいわけじゃないと惜しげもなく言う。

 さらに情報というフィルターが邪魔をしてこちらの真意が伝わらない。

 

「信じるのに根拠なんて要らないのにな。てか、自分が嘘をつく生き方してるから他人の言葉も信じられないじゃないのか?」

「そうあって欲しいと願うだけでいいのにね。あの子みたいに予防線を張っておくのも正しいけど、なにか出来ない理由でもあるのかしら」

 

 萩凛さんが忠告するように深刻な面持ちで僕を見つめる。

 

「真剣に考えた方がいいわよ。いくら対人経験が未成熟とはいえ、意志が硬くて容易く人との関係を捨てられるメンタルだと、今までみたいな洗脳やお仕置きが通じるとは思えない。真っ当に恋させないと」

「う〜〜ん……」

「無理なら私が代わるわよ」

「血が飲みたいだけですよね?」

「それもあるわ。でも、それ以上に不得手でしょ? ハーちゃんの恋愛観であの子を落とすのは」

「そんなことないですけど」

 

 しかし、有効打がないのも事実だ。

 あの生理的不信感について殆ど分かっていないのだ。殆ど、としたのは探偵さんの姿を見てなんとなく察するものがあったからだが、それが正しいかはわからない。

 

「貴方はちゃんとあの子のこと知ってるの?」

「互いのことはあまり話さないから」

 

 結局、こっちから信じさせるしかなくて、萩凛さんの言う通りあの子の根底を知る必要がある。

 思い返せば僕はあの子のことなにも知らない。

 いま知っている情報は偶然が重なったから手に入ったものだし、夕くんや応野くんから聞いた話は外行きの姿だ。

 更に血を飲んでも感情ばっかりであの子の考えは見えてこない。

 

 萩凛さんが戸惑いながら士季くんを見る。応じるように口を開く彼は、意外にも僕の援護をしてくれた。

 

「蘿蔔さんに対する想いはひとしおなんですけどね。さっきも蘿蔔さんに危害が向くなら俺を殺してくれって言ってるようなモノですし」

 

 そして、血で吼月くんの中を見た彼は言う。

 

「蘿蔔さん、救世主ってなんですか……?」

 

 以前、僕が戯れで放った一言。

 けれど、それが吼月くんにとっての闇に触れると悟った僕は。

 

「さあ? なんだろう?」

 

 あの子の核心に至るモノを伝えられなかった。

 

 

 

 

 ツマミを捻れば、ジョージョーと蛇口から水が流れ出す。冷たい水に手を入れれば、体全体に神経を伝ってその冷気が巡り出す。外気に晒されてここまで冷たくなったと思うと、冬に近づいているのがよくわかる。

 熱った体を冷ますにはちょうどよく、吼月ショウ()は考え事をしたくなった。

 

「みんな、俺のこと気味悪がってたな……」

 

 自傷して使う狐の力は仕方ない。

 しかし、鶯さんの力になりたいと願うことや、奏斗先輩がエマと一緒に楽しく居られることに侮蔑の眼を向けられたのは本当に寂しい。まるで誰かが幸せになることを否定するあの目を向けられるのは価値観の違いを突きつけられたようで寂しかった。

 

「……そんなこと考えないよな」

 

 あの眼は学校の奴らと同じだと思う。

 俺が遊びに誘われない理由が人助けなのも分かっている。まぁ気味が悪いよな、ヒトはこんなことはしない。だから俺から誘うこともない。

 自分を曲げるつもりもないし、貫いて迷惑をかけるつもりもないのだ。

 けど、ハツカに迷惑がかかるならもっとやり方を考えなくてはならない。

 

「うえぇ……うえっ」

 

 唐突にぶり返した吐き気が俺を襲う。

 

「うっ、ぐぼ……気持ち悪い……」

 

 吐き出しそうになった胃の中のものを押さえ込んで言葉だけを漏らした。

 とにかく最優先は士季に血を飲まれたのを謝ることだ。謝ってハツカから罰を受けないと吐き気も収まらない。

 約束は破ってはならないのに。

 

 一通り話を終えたところでハツカに頭を下げよう。

 

「よし……」

 

 手を洗い終え蛇口を閉めたその時、背後からゴソっと何かが擦れる音がした。

 顔を上げて目の前にある鏡を見てみても、後ろにはなにも映っていない。

 それでも確かにわかる。俺の背後に誰かがいる。

 

「……カオリか」

「ええ、そうよ」

 

 またゴソゴソと音が立つと、それが布と紙が擦れる音だと分かった。

 

「回収させてもらったわよ」

「そうか。服と仮面、ありがとな」

「いいわよ。仮面は前より綺麗になってるし」

 

 服と仮面。俺が奏斗先輩たちを襲った時の装いはカオリから借りたものだ。

 しかし、回収したことを告げる為だけにここに来たなんてことはないだろう。

 

「……目代キョウコのこと、残念だったわね」

 

 重くなった声色に俺はゆっくりと頷いた。

 

「本当に残念だ。……やっぱり俺だったのが悪いのか? なにが足りなかった?」

 

 そう問い掛けてみれば、見定めるような間を取って彼女は答えた。

 

「強いていうなら遅すぎたのよ、貴方が彼女と出会うのが」

「……『アレはもうボクらの手ではどうしようもない』か。でも、復讐ぐらいハツカたちを利用すればいいのに。あの人の生きるための宿願だろ」

「やめろ、とは言わないのね」

「間違ってないことをやめろとは言わんだろ。やり方を考えろとは言うけど」

 

 あの人がやろうとしてることは、人生を狂わされた人たちが沢山いるのに、吸血鬼だから裁けない。なら、私が殺しますだからな。

 この考え方も普通の人からすれば悪と捉えられんだろうな。私刑と同じだし。人間らしく考えるとめんどくさいなと思う。

「他人事みたいな言い草」とカオリが言う。

 

「みんな、赤の他人で大切な愛すべきモノだよ」

 

 なんとなく、なんとなくだが……人間を醜いなと思ったりもする。こんな俺が醜いなんていうのは厚顔無恥にも程があるが、それをひっくるめて俺の目の前にいる生き物にはそう感じている。

 その言葉に鎌をかけるかの如く彼女は疑問を浮かべた。

 

「本当にそうなの? てっきり私は––––」

 

 映らない彼女の表情は訳知り顔で微笑んでいるのか、無表情で憐れんでいるのか分からない。

 ただ、俺の首に言の刃を添えて彼女は口にする。

 

「目代キョウコに、死んだ母親を重ねてるのだと思っていたのだけど」

 

 俺の手にザラザラとした違和感が蘇る。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。