よふかしのあじ   作:フェイクライター

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第五十夜「特別なヒト」

––––目代(めじろ)キョウコに、死んだ母親を重ねてるのだと思っていたのだけど

 

 カオリはそう言った。

 

「俺が……(ウグイス)さんとオバさんを重ねてる……?」

 

 繰り返した言葉が脳の中で反響し記憶の奥底にその姿を、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、分かんねえわ」

「あっれ〜……?」

 

 蛇口から流れる水を止めてのっそりと後ろを振り返れば、微妙に首を傾げてカオリは困惑していた。

 俺は構わずもう一度回顧(かいこ)する。

 清潔にされた白いベッドから上半身だけ起こして、人生に疲れ果てた彼女の姿は、鶯さんに重なりそうで重ならない。

 オバさんの顔を思い出そうとして––––対峙する真っ暗な瞳が僕を睨みつけていて–––俺はカオリが分からない程度に頭を振った。

 

「眼……とかは、似てたかもしれないけど、似てるか? 似てるかなぁ……?」

 

 4年も前のことだから、どうしても細かな表情や雰囲気までは覚えていない。

 

「死んだ時点で年齢は一回り違うし、オバさんは鶯さんと違って自分の力だけで動こうとする気概なんてないしなぁ」

 

 個人的な好意としては鶯さんに傾く。

 理由は生きてるからだと思う。可能性を含めた好意の総量の話だけど。

 しかし、カオリがオバさんまで知っているとは思わなかった。

 

「カオリはオバさんの死因なんて聞いてる?」

「……? 病死って聞いてるけど」

「合ってるよ」

 

 最悪の経緯を辿っていないことに俺は酷く安堵していた。

 

「貴方さ……さっきからなんなの?」

 

 ん?と反応してみれば、カオリが肩を怒らせる。語尾が心なしか強気で俺を恫喝するかのようだ。

 

「自分の母親でしょ? 事情があるのはわかるけど……なんでそこまで他人みたいに言えるのよ」

「言っただろ。大切な他人だって」

「大切のハードルが低すぎるわよ。マトモな人間関係作ったことある?」

 

 嫌味を返すように俺が視線を下ろしてみれば、彼女が無意識に踏み出していた一歩を引き戻した。その一歩を戻せるだけ彼女はとても理性的だ。

 とはいえ––––

 

「こっちの地雷を踏んでおいて、勝手に自分の地雷で爆発しかけるのやめてくれない?」

「その割には落ち着いてるじゃない」

「内心ハラハラだよ。俺は乗り越えたことを周りからブツブツ言われるのが大嫌いなんだ」

 

 オバさんについて触れたことが問題なのではない。

 こっちでは終わったことなのにちょっかいをかけられるのはとても苦手で、関わらないで欲しい。もう終わったことなのだから。

 

「けど、俺の心の内なんて知りようないし。一度目だからな。まぁいいでしょう、としておこう」

 

 何事もゆとりを持つことは大切だ。

 わざわざ怒ることでもないし、目先に囚われずに色々考えることができる。

 

「だったらなんであんなに取り乱していたのよ」

 

 理由がなくなれば話題が振り出しに戻るのは必然で、カオリは再び問いかけてくる。

 

「あの人といるのが嫌だったんだよ」

「……嫌なのに、大切なの?」

「嫌い嫌いも好きのうちってね。ひとりで何年も抱え込んで無理やり進んできた人が、今にも自棄(やけ)になって破裂しかかってる人が居たら、誰だって息苦しくなってなんとかようと動くだろ」

 

 10年間、ひとりで頑張って吸血鬼を殺そうとしてきた。

 多分それ以外にあの人の中身には何もない。培ってきた経験や積み上げた結果などの話ではない。過去に依存せず、これから先を進む理由のようなもの。俺で言えば謎の不信感を克服してより良い自分になりたいといった精神的な支柱だ。

 きっとあの人にはそれがない。

 

「それが目代キョウコを助けたい理由?」

「俺の理想はあの人も笑っていられる世界だからな」

 

 なんでコイツらは揃って理由を求めるのか。

 しかし正直に、関わったなら助けるべきだ、と口にしても士季たちと同じく納得されないだろうから俺は頷くことにした。

 

「また大袈裟なことを……で、今後はどうするつもり? まだ探偵と関わるの?」

 

 相槌を打ちつつ、彼女はこれからについて尋ねてきた。

 

「色々進めるよ。代替案を考えるのと、ナズナさんに協力をあおぐ。あとは鶯さんが無敵の人にならないよう楔を打つ」

「前二つはともかく、無敵化はどうするのよ。もう半身ぐらい浸かってるわよアレは。子供にやろうとしたこと否定されて、意固地になってるもの」

「ナズナさんがうまく作用してくれたらなと思ってる」

「七草も吸血鬼なの忘れてない?」

「でも、友達なんだろ? 俺やハツカが行くよりは可能性が高いし、結局は鶯さんが【吸血鬼 七草ナズナ】と見るか、【友達 七草ナズナ】と見るかだ。性格的にも精神的ストッパーついでに、復讐相手を一緒に殴りに行きそうだし」

 

 ナズナさんへの認識についてカオリとブレが少なく、彼女も肯首した。

 

「それにあの人が笑顔になるのに必要なことだよ。ナズナさんって居場所は」

 

 鶯さんがナズナさんやコウと一緒に笑っている姿を、勝手だが想像するととても微笑ましい。そんな未来になって欲しいと俺は強く願う。

 ただひとつ、問題があった。

 ふたりを会わせたとして、余計に関係拗れると厄介だ。俺だけの責任で終われるならいいけど、失敗したらナズナさんとハツカの信頼も無くなる。ナズナさんとコウもハツカの弱点消しの手伝いをするくらい仲が良い。その仲を俺のせいで裂かれるのは間違ってる。

 ハツカからも了承を取らないと。

 

「これで満足か?」

 

 聞けば彼女は鼻を鳴らす。

 

「血液の配布のこともそうだけど貴方、子供なのにホントよく頭回すわよね」

「子供だからって言い訳できないしな。あと資料まで用意してもらったのに、役立てれなくてごめんなさい」

「いいわよ。印刷すればいいだけだったし」

 

 当然のことといわんばかりに語る彼女はとても好ましい。

 

「カオリの用意周到なところ好きだよ」

「当たり前よ。これでも情報屋よ」

「それだけじゃない。頼まれたことは私情を挟まず動けることも尊敬できるし、ちゃんと人間を守るって信念に身を遵守できるところも大好き。人間から吸血はしないのもそのためだよね。自分の信念に合わせて行動を取れるのもちゃんと頭を動かしてるって分かる。他にも俺とハツカが一緒に寝てるって誤解した時の反応も可愛かったよ。それにそれに––––」

「待って! 分かった! ごめん。そんなに褒めないで……」

 

 もっと良いところがあるにも拘らず、カオリは照れたように組んだ両腕を伸ばしてストップをかける。

 彼女が話題を逸らすように咳払いするので俺も合わせて別のことを訊ねる。

 

「なんで目代家で起きた事件を名前伏せて話したんだよ」

「吸血鬼だって言っても信じなかったじゃない」

「ムッ……」

 

 そこを言われると痛い。

 彼女からの情報は半信半疑で聞いている。出所も証拠もない口伝えなのだから信じすぎるのは可笑しい。

 

「私としてはよく繋げれたわねと感心したわ」

「個人名、事件の概要まで教えてもらったからな。そこに小森のワードさえ入れたら見つかった」

 

 裏付けの意味もあるのだけれど調べていて良かったと思う。

 そして、実際に彼女に名を突きつけて鶯アンコの本名が目代キョウコであることは確定した。

 カオリがゆっくりと頷いた。

 

「さて、カオリの話はそれだけか?」

「これだけなわけないでしょ。もう少し付き合ってもらうわよ。……貴方だと面倒だから吼月でいいよね」

「ああ」

 

 俺は彼女の話に付き合うことにした。

 

 

 

「救世主ね……」

 

 あの子なら言いそうね、と呟きながら萩凛さんが蘿蔔ハツカ()に訝しむ目を向ける。

 理由は僕がその言葉の意味をはぐらかしたからだ。

 僕が【救世主】と発したタイミングが二度目の自殺直前。アレが本気だったのか化かしだったのかは僕の知るところでは無いが、伝えて良いのか決められなかった。

 話の流れからすると、助けてくれてありがとう、だけどやはり勘繰ってしまう。自殺なんて不用意に広められたくない。

 

「吼月くんの中を知ってるのはハーちゃんと士季くんだけ。片方しか知らないことだってあるだろうけど……実際にどんなのを見たの?」

「俺の時は……吼月がテレビだった」

「え? テレビ?」

「アイツを媒体にして沙原くんやエマの感情を見てるというか……自分の感情が殆どない代わりに二人の感情を使ってるというか。僅かにあったのが、午鳥から助けられた時の救世主って想いで……」

 

 自殺のことを知らないことにホッとしながら、よく吼月くんの血を飲んでいる僕からすると、士季くんの言葉には信じにくいものだった。

 萩凛さんが士季くんの話に頷きつつ、今度は僕に話を振る。

 

「僕の時は感情しかないんだよね」

 

 楽しい、嬉しい、羞恥、困惑。

 士季くんの時とは違いダムを決壊させる程の洪水のようにあの子の感情が押し寄せてくる。当然他人の感情ではなく、彼自身のモノだ。記憶や思考が薄く代わりに、今の感情が僕の胸を滾らせる。

 相反する主張に首を傾げる僕らだが、要因は全員が察していた。

 

「血を吸ったらしいけどそれは吸血鬼化した時なの?」

「そうですね」

「どんな風に?」

 

 僕は少し不満気に訊ねる。

 

「どうと言われると……すり抜けでアイツの腕を胸に通した後、解除してバキンと砕いた弾みに……」

「えっ!? そんな乱暴に!?」

「仕方ないでしょう!? 一瞬マジで殺されると思ったんですよ!!」

「吸血鬼……」

 

 その時のことを思い出して、冷や汗を流し身震いする士季くん。本当に怖かったんだね……。

 

「でも……そうか。吸血鬼化してる時に血を吸えば、あの子の古い記憶も見えるのかもしれないわけだ。試してみる価値はあるね」

 

 そうしたら、あの子の吸血鬼化の原因も自殺の原因も分かるかもしれない。

 

「…………」

「もしかして躊躇ってるの?」

「あの子は過去を探られるのも嫌いだから、なるべくバレないようにしないとって」

「そうね。そのままにしていいのか、触らないといけないのか、合わせていけば良いわね。あわよくば、ハーちゃんが首輪をつけれるといいわね」

「首輪って、午鳥……」

「比喩に決まってるでしょ。彼も子供よ。危ない橋を渡りかけたら大人が手綱を引いてあげないと。それが吸血鬼(私たち)のためにもなるしね」

 

 沙原くんを探すと飛び出した時は身の危険ぐらいは回避するだろうと思っていたが、チカラを持っているなら事情が異なる。

 士季くんたちを納得させるには必要なことだっただろうし、探偵さんを仲間に引き込めたら吸血鬼の被害は少なくなる。実際に必要なことならば、彼は容赦なくやり遂げようとする。

 探偵さんのことだって諦めてない。

 だから、萩凛さんが口にしたように吼月くんに無茶させないためにも手懐ける必要がある。

 ただ吸血鬼のためになる。それは違うと僕は思う。

 

「……でも普通に似合いそうね」

「女装なら尚更ね」

 

 反論はせず、萩凛さんの想像に頷いた。

 

「それと蘿蔔さん」

 

 慎重な面持ちで僕と視線を交える士季くんは、僕らの仲間であり、1番の問題児の名を出した。

 

「星見キクには関わらせないでくださいね」

「知られるのもアウトな気がするわ。私たちが口を塞いでもダメでしょうけど、知られたら本当に眷属にできないかもしれないわよ」

「でも、避けては通れないよ」

 

 七草さんは探偵さんの友達だった。だとすれば、キクちゃんに向けた怒りは間違いなく復讐の根源だろう。

 もし吼月くんがキクちゃんのやってきたことを知れば必ずアクションを起こす。良い方向に向くか悪い方向に向くかは分からない。夕くんのこともあるからと甘く考える訳にもいかない。

 

「士季くんはさ、キクちゃんのことどう思ってる?」

「……殺すべきだとは思います。けど、やれるかも分からないし、全部が吸血鬼として間違ってるわけではないですし、アソコには単独で処理をやってくれる人もいますし」

 

 とはいえ、現状無視できないのも事実。

 さてどうしたものかと唸りながら酒を煽る。

 

「あのさ、ひとついい?」

「……どうぞ」

 

 萩凛さんが一度階段の入り口を見てから僕らに尋ねる。

 

「吼月くん、遅くない?」

 

 つられて僕と士季くんも入り口に視線を移した。

 話に気を取られて疎かにしていたが、お手洗いにいっただけにしては時間がかかりすぎている。

 嫌な予感が過ったのか士季くんの頬が少し引き攣っていた。

 

「まさか抜け出して七草さんのところに行ったのか……?」

「それはないと思うよ」

 

 立ち上がり、ふたりに軽く手を振ってから階段を下っていく。

 月明かりから遠ざかり、ひとりになると思わず考えてしまう。

 探偵さんの人間がして良いモノでないドス黒い憎しみや怒りがに詰まった瞳が生まれてしまった理由。自身を制御できないほどの過去。

 キクちゃんのせいなのだろうか。

 いや、言い直そう。キクちゃんだけのせいなのか。

 

「……どう説明するべきかな」

 

 階段を降り終え、辺りを見渡してそばにあった手洗い場へと歩いていく。

 

「ん?」

 

 男性トイレの傍まで行くと声が聞こえてきた。

 

「––––」

「〜……–––」

 

 最初は吼月くんが失敗に頭を抱えて独りごちているのかと思ったが、そうではなく、どうやら誰かと話し合っているようだった。

 反射的に聞き耳を立て会話を捉える。

 

「––––奏斗先輩とエマをどう思うか? ……一般的には両想い? そんな感じにも見えたけど」

 

 片方は当然、吼月くんの声だ。

 

「やっぱりそう見えるわよね」

 

 ホッと安堵するのは女性の声。

 般若の仮面をつけた吸血鬼のモノに酷似していた。

 ここ男性トイレなのにな……。

 

「これで私が聞きたいことは終わりよ。で、吼月が聞きたいのは?」

「キクさんについてだ」

 

 吼月くんの言葉に、思わず意識を尖らせる。

 

「元凶が星見キクなの知ってたの?」

「鶯さんは俺をハツカの眷属じゃなく、マヒルの新しい友達として認識してたからな」

「夕マヒル……あの可哀想な子ね。で、友達の想い人を殺すのを手伝うの?」

「前にも言っただろ。必要とあらば、て。鶯さんの事情は理解してるとはいえ、マヒルからは星見キクのいい所しか聞いたことないからな。もっと知る必要がある」

 

 友達の好きな人を殺す作戦を立てるなよ。そうツッコミを入れたいが、先の話を聞きたいがために口を閉じた。

 話の内容通りに彼はまだ決めかねている。必要な制御をするのはもう少し待ってからでもいいだろう。般若から聞かなくても、いずれ僕やエマちゃんに訊くだろうから。

 

「アレは最低よ」

 

 般若はそう言い切って、話を進める。

 

「星見キク。いつの時代から生きてるのか分からない。何十年、何百年前なのか。眷属の数すら把握できない。50人なのか、100人なのか。なにより問題なのが……吸血鬼という正体を語らず、自身に恋をした人間に全てを捨てさせた上で血を吸うこと」

 

 星見キクは吸血鬼であることを眷属候補に伝えない。そのくせ、眷属化させた人数は他の追随を許さない。それが彼女の性質。だから、夕くんに自身が吸血鬼と知られた上で眷属候補としている現状はとても異例だ。

 しかし、それよりも意味がわからないのは。

 

「眷属にした相手を見てアレはこう溢すわ。『また眷属にしちゃった。こんなはずじゃなかったのに……』と涙を流して、眷属とはそれ以降会うことはない」

 

 キクちゃんは本当に不可解な吸血鬼だ。

 同じ吸血鬼である僕からすれば、『分かってて吸血してるのになに言ってるの?』としか言えない。その話を聞いた僕やニコちゃん、セリちゃんといった吸血鬼たちも扱いに困っているし、なんだったら怖いと思っている。

 

「結果として、彼女がヤリ捨て放置された眷属たちによって事件が起きる。探偵の父親もそのひとり」

 

 探偵は鶯アンコのことでいいだろう。

 やはりそうなのか–––と唇を噛みかけたとき、般若はもうひとつ付け加えた。

 

「因みに吼月が戦った白山も奴の眷属よ」

「……そうなのか?」

「奴に恋して家まで飛び出したのに星見に捨てられて、けれど吸血鬼だから家にも帰らず何年も孤独のなか浮浪者として生きていたわ。そんなの時にエマが彼を見つけて自警団に連れてきた」

「白山もエマへの執着が強かったが……それが理由か」

 

 犬歯が唇に食い込み鋭い痛みが奔るを感じながら、僕は吼月くんの反応を待った。

 暫く無言の時が続いた。

 ふたりにバレないようにしながらトイレの中を覗く。

 

「……」

 

 吼月くんは目を伏せて、いま得た知識を噛み砕き正しく捉えようと頭を回す。その様は子供とは思えないほど–––ましてや素の子供らしさの欠片などない–––知的に見える。

 般若も無言のまま吼月くんの次の言葉を待つ。

 

「……いくつか質問してもいいか」

「どうぞ」

 

 目を開けたのか分からないほど薄らと瞼をあげると、うわ言のように疑問を並べていく。

 

「鶯さんが星見キクを殺しにいけないのは人間だった頃が昔すぎて弱点がないからか?」

「そうね。人間だった頃は本人すら覚えてないわ」

「眷属が推定100人近くいると言ったな。仮定だが、星見キクが800年前から生きてるとしてその人数は妥当か?」

「妥当じゃないわね。基本的に吸血鬼は眷属作りをそれほど求めない」

「そうなのか?」

「人間でも一人の女性だけでそこまで産もうとはしないでしょ? それと同じ。ひとりで満足という吸血鬼が殆どで、多くても……吼月も知ってる平田は五人くらいだし、上にいる血酔いの午鳥でも十人ほどよ」

 

 そこからも次々と質疑が続く。

 事態に対して俯瞰するように知識を得ていく。

 加納ミチヒサという男はキクちゃんの眷属か。イエス、被害者のひとりで十年間血を吸わずに生きてきた。探偵さんの他にもキクちゃんを恨む人間はいるか。……ノー、吸血鬼の存在を知らない人間たちからは恨みようがない。キクちゃんはハツカ()の仲間か。イエス。

 傍から聞いているだけのはずなのに、まるで自分の首を締め上げられているような錯覚に陥る。

 

「被害の種類は加納のパターンと白山のパターンだけか?」

「……というと?」

「加納は普通の被害者、白山はマシな結末。ならあるだろ、三つ目の最悪のパターンが」

 

 般若は少し答え辛そうにしながらもゆっくりと語る。

 

「私が知る限り一番酷いのは……昔、キクに眷属にされた子が同じ事をしていたの。人間を惚れさせ眷属にしてから捨てるってことをね。その子はキクと違って純粋な悪意だけで行動してたけど」

 

 聞いているとまた唇が痛んだ。無意識のうちに唇を噛んでいたようだった。

 僕ら吸血鬼は【恋愛】によって誕生し、未来に種を繁栄させ続けている。だからこそ、人間(ヒト)の恋心を愚弄する行為は許せない。

 一番酷いと枕をつけるのに違わない醜さがあった。

 

「他の吸血鬼は知らなかったのか?」

「少なくとも日本にいる吸血鬼は噂レベルでも殆どが知ってるわ。ただ吸血鬼として眷属を作るのは間違ってないという言い訳で見逃してる」

「自業自得か。……探偵さんが吸血鬼全体を恨む理由が分かったよ」

 

 肺の中に酸素がなくなったような息苦しさが僕を襲う。吼月くんの瞼の奥を覗けば、そこにあるのはとても冷えた心のない瞳。

 きっとあの子は–––僕に嘘をつかれたと思っている。

 僕と初めて会ったとき吼月くんは『探偵の大切な奴を目の前で消したんじゃないか』と言った。100点ではない。それでも80点は取れる指摘に、僕は『そんな悪趣味な奴はいない』と反論した。

 しかし、騒動の原因は僕の仲間で、その原因を僕らはずっと容認していたことになる。キクちゃんは吸血鬼として極々自然な眷属作りをしているだけと、甘く見ていたのがいけなかった。

 もう少し想像力を働かせていればキクちゃんに忠告のひとつぐらいはできたかもしれない。

 そこまで聞いて漸く吼月くんはしっかりと目を開けた。その瞳に般若の鋭い視線が刺さる。

 

「……待てよ。これ今一番やばいのマヒルか?」

 

 どういうことだろうかと耳を澄ませる。

 

「眷属にされた奴が星見キクへの愛憎に取り憑かれたら……愛情があるだけマシか。もし吸血鬼化の影響で星見キクへの愛だけ失われたら、いま星見キクと楽しく生きてるマヒルへの嫉妬や憎悪が火種になって–––」

「夕マヒルが殺される可能性がある。だって吸血鬼は殺せないのだから。自分よりも別の誰かを愛してるなんて許せないから。そんな理不尽に晒されるかもしれない」

「死ぬギリギリで眷属にしてもらえたらいいが、星見キクがいない所で襲われたら救えない」

「自警団の連中もキクのお付きの奴らも対処しない。普通に夕マヒルを殺そうとする奴らもいるでしょうね。吸血鬼、人間を問わず」

「マジかよ……」

 

 ふたりの話を聞いて息が荒くなってしまう。

 キクちゃんという吸血鬼が産み落とした禍根の数々。そして、禍根を見て見ぬふりしてきた僕らの過去に重責を感じる。

 

「吼月ショウ。ひとつ訊くわ」

「……なんだ」

「この事を知ってもまだ吸血鬼に味方できる? 蘿蔔ハツカと一緒にいられる?」

 

 ああ、なるほど。彼女が吼月くんにキクちゃんのことを話したのはそのためか。なぜ彼女が吸血鬼(僕ら)から吼月くんを引き剥がしたいのかは分からないが、敵対させるには都合のいい事実だ。

 どうしようか迷った。

 割って入って全部出鱈目だと否定するべきか。無駄な事だと割り切ってこのまま聞き続けるか。黙考する彼が作る無言の時間で、僕は後者を選択した。

 

「ふっ」

 

 だって、意味がないのだから。

 般若も吼月くんの本質を理解していない。

 

「居るに決まってるだろ」

「は?」

 

 その返答が思い描いていた通りで僕は笑みを溢してしまう。

 

「吸血鬼が人間を不幸にすることもあるのは分かってるんだ。やることが増えるだけ。償いはさせる。現状(いま)誤謬(ごびゅう)も正す。それだけだ」

 

 吼月くんは吸血鬼を知った以上、眷属か死かのルールを是正するためにも僕と一緒にいる。吸血鬼による人間の不利益があるなんて最初から分かっている。その上で『人間と吸血鬼が一緒に笑っていられる世界』と口にするのだ。

 萩凛さんは吼月くんが人間と吸血鬼の境目にいると評したが違う。彼にとってはぐるっと円をひくように全部守る対象なのだ。

 

「それにハツカは身を投げ出してしまうような俺だって助ける良い奴なんだ。仲間のことを馬鹿にされたら真っ直ぐ怒りをぶつけてくる凄い奴なんだ。今までは見て見ぬふりをしていたかもしれないけど、今からでも変わって償っていける」

「……蘿蔔はまだ吸血鬼のルールの中にしかいないわ」

「だとしたら、俺が変えてやる」

 

 真偽は分からない。でも、憧憬が強く混じった彼の声色に僕は照れ臭くなって頬を掻いてしまう。なんでキミはそう思ってくれてるのに、僕からの想いはちゃんと伝わらないかな。吼月くんは僕の眷属候補なのに。

 

「だとしても、簡単に変わる訳ないじゃない」

「少しでも世界をより良くしたいなら積み上げていくしかない。ヒトも当たり前だって全部そうだ。もちろん、星見キクには即効策も打つ必要がある」

「どんな手段よ。探偵さんみたいに殺すの?」

「何百年と生きてきて普通のヒトみたいに死にたくないと思う感性があるなら殺してもいいが、でも、肉体的を止めるだけが殺しじゃない。

 何より奴を殺したところで吸血鬼にされた者たちは戻らない。なら、眷属にした人たちの情報を吐かせて、ケアやフォローに回らせるのもひとつの手だ。土下座廻りってやつだな」

 

 価値観の塗り替えは予定通り鶯さんの血を使ってな。

 見せかけの自信を纏って不敵に笑ってみせる吼月くんは、思わず背を預けたくなるような頼もしさがあった。

 

「よくそんな簡単に吸血鬼を信じられるわね」

「俺は信じてなんていない。ただ知ってるだけだ。吸血鬼の中にも、人間を殺したくないと、一緒に上手くやっていきたいと願っているヒトの心があると。ならば、奴らにも償いはできる。もし、その心がないなら吸血鬼を利用して、最後には殺す。それだけだ。俺は俺のルールで動く」

 

 自身の思い描いた結末にならず般若は舌打ちをして、仮面の奥の瞳で吼月くんを忌々しそうに睨みつける。

 

「この実年齢五歳児め……!」

「やっぱりそのことまで知ってたか……」

 

 嫌味を吐く般若は力を込めていた瞳を緩めてため息をつく。

 僕っ子状態バレてんじゃん……!

 

「まあいいわ、話はこれだけだから。くれぐれも眷属になろうなんて考えないようにね」

「なる気なんてねえーよ」

 

 僕の眷属になることを否定しつつ、吼月くんは般若を見送るための言葉をかける。

 

「もし困ったことがあったら言えよ。手を貸すからさ」

「……あっそ」

 

 驚きと困惑を混ぜた呟きを吐き捨てて、般若は上へと舞い上がり天井をすり抜けていった。

 その姿を見届けたあと、僕は踵を返す。

 少し離れて彼を待つことにした。階段の途中まで上がる僕は小さく鼻歌を歌った。

 

 

 

 

 マヒルのフォローや星見キクの目的の調査、吸血鬼の価値観の是正。ナズナさんに協力を仰ぐのはもちろん、その為にハツカに責任が行かないよう対処する。ハツカに話の裏どりをする。探偵さんにも会いに行く。

 やることが……やることが多い……!!

 計画を進め方を考えつつ階段を登っていく。

 

「やあ、ショウくん」

 

 階段を一歩一歩登っていると、その途中で声をかけられる。

 投げかけてきたのはハツカだった。

 

「ハツカ? どうかしたのか?」

 

 薄暗いからハッキリとしないが、真剣な顔つきに思えたので俺は足を止める。

 

「星見キクのこと知ってる?」

「うん、知ったよ。俺がやることに変わりはない」

 

 先ほど聞いたばかりの存在のことを尋ねられ胸が跳ねるが、臆せず俺は頷き、自分の立場を示した。

 ハツカは、そう……と呟くと俺の下にゆっくりと降りてくる。

 

「やめろといっても無駄だぞ」

「分かってるよ。僕がしたいのはそんな話じゃない」

「……どういうことだ?」

 

 俺より一段高い場所で足を止めると、ハツカは想定外のことを口にした。

 

「僕と協力してキクちゃんの対策を練ろうか」

「……本気か?」

 

 治っていた吐き気や眩暈が再発し、何もない胃から込み上げてくるのを感じつつ、立ち眩みを起こす。けれども、なんとか足腰を踏ん張り立ち続ける。

 

「探偵さんの言葉は信じられるのに、僕の言葉は信じられないの?」

「こっちはお前らの不始末だって知ってるんだ。そう簡単に信じられない」

「……そうだね」

 

 ハツカもそれを自覚しているのか、指摘すると唇を強く噛んでいる。

 

「それに鶯さんはハツカとは違うから」

「……? 何が違うの?」

 

 不思議に思ったハツカはキョトンとした目で俺を見る。

 

「鶯さんは大切だけど他人だ。仕方ないで割り切れる。他のみんなもそうだ。……でも、ハツカや理世は違う。その枠に押し込めていたくない」

 

 だから、俺はこの不信感をちゃんと受け止められるようになりたいのだ。

 

「つまり、僕はキミにとって特別な吸血鬼(ヒト)なわけだ」

 

 ハツカの物言いに少し疑問を持った。

 特別。ハツカと理世は俺にとって特別––––考えてみて、確かにそうだと思った。ハツカと理世は俺を助けてくれるし、一緒にいてくれた。なら、俺にとって特別だ。

 

「キミは言ったよね。『未来の自分を信じるよ』って。なら、今の自分だって信じてみなよ」

 

 できたら苦労しない。

 訳の分からないモヤモヤも理解できずに消えて、自分の意思がなんなのか分からない。この不信感という衝動も同じだ。

 でも、頑張らないと変わらない。

 

「ハツカ様。僕の血を飲んでください」

 

 俺は襟をガッと引っ張り首筋を露出させた。

 ハツカが本当のことを言ってくれるかは分からない。血を飲んだとして本心かは分からない。でも、不信感を抑える薬にはなると思ったから。

 ハツカだって最近飲んでいないだろうからと考えた。

 しかし、その狙いは弾かれる。

 

「ダメだよ。ちゃんとキミの口で言うんだ」

「でも–––」

「でもじゃない」

 

 ハツカは子供を叱りつける親のような口調で俺を躾ける。

 

「無理だと思うなら僕の言葉を復唱するんだ。もちろん吐いちゃダメだよ」

 

 ハツカの言う通り吸血鬼の力を使っていては、本当に必要な時に役立つ証には辿り着けない。それにハツカと組む明確なメリットがあるんだ。

 口にしている俺がやれないでどうする……!

 

「……わかった」

「それじゃあ行くよ」

 

 いつもならニヤニヤとイタズラ好きな子供のような笑みを浮かべていただろうが、今のハツカにそんな不純物はない。真剣に俺と向き合ってくれている。そう願いたい。

 

「僕はハツカ様の言葉を信じます」

「ぼくは、はつかさまの、ことばを、しんじます」

「ハツカ様の言葉を信じた僕を信じます」

「はつかさまを、しんじたぼくを、しんじます」

 

 まるであやされる赤子のようだった。

 吐き気や眩暈に襲われ、精神的に弱っていたからか発する言葉がすべて平仮名に聞こえるような声になってしまう。

 それでもなんとかハツカの言葉を繰り返して信じようと進めていく。

 何度もその二つの言葉を繰り返していく内に、まるで面白い小説を読み進めていく感覚で言葉を発せられるようになる。

 

「僕はハツカ様の言葉を信じます」

「僕はハツカ様の言葉を信じます」

「ハツカ様の言葉を信じた僕を信じます」

「ハツカ様の言葉を信じた僕を信じます」

 

 良い感じだねとハツカが頭を撫でてくれる。

 嬉しい。

 そして、ハツカは「最後に–––」と呟いて、僕に目を閉じさせた。

 

「僕はハツカ様の眷属候補(ペット)です」

「僕はハツカ様の眷属候補(ペット)です」

 

 僕はハツカのペット……。

 ……ん? なにか今おかしくなかったか?

 しかし、俺が抗議の声をあげることはなかった。なぜなら、困惑の最中にハツカが俺の首筋に、

 

「ご褒美だよ」

 

 人間のソレよりも大きな犬歯を突き立て、皮膚を裂いて血を飲み始めたからだ。

 強烈な快感と痛みが一気に身体中を駆け巡る。ふたつの感覚を声に変えて逃がそうとするが、即座に鼻と口がハツカの手で塞がれて逃げ場を失う。

 さっきまで感じていた吐き気や眩暈なんて消し飛んでしまっていた。

 

「ぷは〜〜……やっぱりショウくんの血は格別だなぁ。特に恥ずかしがってる時のは」

「ハツカァ……!!」

「遊び心だよ。遊び心」

 

 牙を覗かせるイタズラ好きの猫のように笑うハツカはとても愉しそうだった。

 文句のひとつぐらい言ってやりたかったが、その遊び心のお陰で鬱屈とした感情はどこかへ霧散したのだから噤むことにした。

 

「ほら、一緒に行こう」

 

 ハツカが俺に手を差し伸べてくれた。

 

「利害一致だぞ。よろしく頼むぜ、ハツカ」

「素直になりなよ。僕と居たいんでしょ?」

「ちげぇーよ、バーカ!」

 

 俺は躊躇わずその手を取り、一緒に階段を上がっていく。

 

「てか俺、吸血鬼になってないよな?」

「……なってないね」

 

 納得できずに前を向いたまま顔を顰めるハツカ。

 羞恥心や戸惑いで頭がしっかりと回っていないけれど、そんなハツカの仕草すら美しいと僕は思った。

 

 

 二階に戻ると、なんとも不思議そうな目で俺たちを見る士季達がいるのだった。




 今回のキングオージャーでヒルビルの声、聞いたことあるな……と思ったら、探偵さんのCVの沢城みゆきさんだったことに今更気づいた者です。
 なんというか、周りが洗脳されることに説得力がありすぎる声だなとすごく思いました。
 あのボイスがほぼ毎週聴けるのやばいなぁ……。
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