よふかしのあじ   作:フェイクライター

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第五十一夜「いつ始めても、いつ終わってもいい」

 彩られた月光の下。

 対面に座る士季は吼月ショウ()たちを見て「やっぱりか」と溢した。

 

「––––で、結局」

 

 俺とハツカを交互に見ながら士季が肩を落とす。

 星見キクをどうにかしよう同盟–––仮称だ––として動くことを士季たちに伝えた。

 そして、星見キクに関するカオリからの情報にズレがないか確認もした。星見キクの動向や白山が眷属である事実に間違いはなかった。ただ、眷属が悪意を持って星見キクの真似をした事件については知らないらしい。

 

「ふたりで星見に殴り込みに行くことになったですか? どういう成り行きで……?」

「お前らが疑わしきは確認後実刑を行わないからだぞ」

「身から出た錆だしね。あとショウくん、それを言うなら『疑わしきは罰せよ』じゃない?」

「それだと冤罪の可能性もあるから……」

「探偵さんの前では殺すぞって息巻いてたのに?」

「だって鶯さんは肉体を殺すことしか考えてないし」

 

 星見キクの現状をどうにかしようとする理由は沢山あっても、しない理由は一つもなかった。

 ハツカと会話を続けると視界の端では士季が、悩みなど一杯詰まった頭を抑えてなんとか顔を下げないようにする。

 彼の隣に座っている午鳥も気怠げにため息をついた。

 

「吼月くんは遅いし、呼びに行ったハーちゃんも中々戻ってこないから何事かと思ったら……まさかハーちゃんが落とされて帰ってくるなんて……お母さんは悲しいわ」

「誰がお母さんだ」

 

 ハツカから寸分のズレのない綺麗なツッコミが入る。

 よよよ、と見れば分かる泣き真似をするあたり午鳥は察していたようだった。士季が溢した言葉も同じこと。

 

「ハーちゃんはまだ良いとして……吼月くん」

「はい?」

「キクに関わるならキミは十分気をつけないとダメよ」

「……どういったことを…………?」

「あの子は不機嫌になると、相手の首にナイフを突き立てながら礼儀説くような事をするから」

 

 午鳥から視線をズラすと今度は士季が俺と目を合わせる。

 

「アイツに関わると碌なことならないからな。動くなら十分に注意しろよ」

 

 話を聞く限り星見キクは弱点のない不死身。透過を含めて厄介なことに変わりはないが、倒せないわけではないだろう。やり合う必要があるならだが。

「それよりなんでお前らは手を出しに行かなかったんだよ」と俺が訊ねれば、士季は「色々有ったんだよ」とはぐらかすように答えた。

 曰く、吸血鬼の繁殖としては間違いではない–––肯定もしきれないようだが。

 曰く、星見キク専門で防止・隠蔽などを行う吸血鬼がいるとのこと–––カオリが言っていたヤクザ吸血鬼のことだろう。

 

「なにより白山との約束で星見キクには手を出さず、吸血鬼にされた相手の対処に動くことにしてるんだよ。自警団(ウチ)はな。

 当たり前だが、いま吸血鬼にされる人数よりされた人数の方が多いからな。世帯が多い自警団だからできる道を選んだ」

「なるほどな」

 

 根本を枯らさない限りまた生えてくると思うが、そこはヤクザ吸血鬼に任せてるという訳か。

 

「随分前に外部の子からは『殴り潰しに行こう!』って言われたけどね」

「野蛮な子だね……」

「誰かがストッパーにならないと、新幹線の最高速度でヒトに突っ込みかねないから」

「ススキさん、めちゃくちゃ強いけど、なにもかも腕っぷしで片付けようとするところあるからな……」

 

 ススキ……血を入れた金魚の醤油差しを考えた吸血鬼だったか。

 結構好戦的な性格なんだな。

 

「俺たちの方でなにか手伝えることがあったら言ってくれ。……蘿蔔さんの言う通り、白山や探偵の件は吸血鬼側の不祥事だからな」

「僕ら全員、キクちゃんの行動の不自然さは知ってた訳だし」

「しかも、今はこの町にいることが分かっていて、さらに眷属候補も分かってる。これほどキクに接触しやすい機会はないわ。あの子に文句の一つや二つ言うには今しかないくらい」

(せき) マヒルだったか。あの子が最後に花を配達するバーによくいるんだったな」

「自警団の吸血鬼(ヒト)から交代で見張りをやってくれると助かる」

「マヒルの今の安否は俺が聞いておく」

「けど、それだと昼間はカバーできないですから–––」

 

 3人の話を聞いていると–––母数が少ないとはいえ–––分かり合えない存在とは到底思えない。

 他に知っている吸血鬼はニコ先生やナズナさん、エマぐらいだが、全て滅ぼさなければいけないほど価値観が遠いわけでもない。

 当然だ。吸血鬼はあくまで人間から地続きで変貌して、少しずつ人間の頃の記憶を失っていき吸血鬼になる。人間の記憶がある間に感覚や習慣を覚え込ませれば、基本的には社会から外れた行動を取ることもない。

 

「……」

 

 その過程が俺には羨ましかった。

 ぼんやりと3人の様子を眺めていると、俺が口を挟まなくても話は進んでいき一区切りとなった。士季が疲れを取るように伸びをした。

 

「さて、吼月に聞いて答えられそうなことも、星見のこともある程度話し終えたし……これからどうする?」

「一度解散でいいんじゃないかしら。私も下のバーで餌を漁りたいし」

「そうするかー……蘿蔔さんや吼月もそれでいいか?」

「僕はそれで構わないよ」

「………俺は」

 

 どうするか、と思ったが午鳥のやりたいことで聞くべきことがあったと脳が再び活動を再開した。

 すでに立ち上がっていた午鳥に目を向ける。視線に気づいた午鳥は柔和な笑みを浮かべながら目線を交えてくる。

 

「午鳥はよくここに来るんだよな?」

「一年ごとに新しい客も来るし、目が飽きないわ」

「前にマスターがハツカのことが好きだって反応してたんだよ。午鳥の方が先に会ったはずなのになんでハツカなんだ?」

 

 バスケクラブでのハツカや、エマが初対面の俺に取った対応。そして星見キクの存在。吸血鬼には人間を惚れさせる本能があり、それが無意識レベルで出てしまうのだと思っていた。

 そうなれば、マスターが午鳥に惚れてないとおかしい。

 ハツカの「……マスターが僕に惚れてるのが変なの?」という視線を受け流しながら午鳥の返事を待つ。

 彼女の口が開いた。

 

「そんなの簡単よ。長年吸血鬼をやっていれば、どうすれば相手を惚れる一歩手前のままにできるか分かるのよ。人の心の揺れ動きを楽しむのも吸血鬼の醍醐味だもの」

 

 因みにアズマネくんの血も堪能済みよ。

 おっとりとした雰囲気でふふふ、と淫靡に微笑む彼女はとても吸血鬼らしい妖しさがあった。

 チラリとハツカを見れば、本当だ、と頷いていた。

 

「そうですか。凄いですね、萩凛さん」

「んっ?」

 

 つまり、彼女の言葉はそれだけ相手の信頼を勝ち取ってきた証左である。なにより無闇に他者の人生を壊さない線引きが出来ているヒトなのだと思った。

 

「なら一度体験してみる?」

「ハツカに許可取ったからにしてください……」

「もぉ〜……キミは本当に固いわね」

「あとこのジュース、酒ですよね?」

「あれ、バレちゃった?」

「分かりますよ……」

 

 やはり吸血鬼という種族は凄いな、と俺は思った。

 

 

 

 

 少しスマホを弄ってからバーを出て、ふたりに「またね」とハツカと一緒に小さく手を振れば、彼らも「またな」と返してくる。

 ハツカと二人きりになって表通りをゆっくりと歩き出す。

 話し込んでいたのもあって、すっかり夜も深くなり辺りを見渡せば、殆ど人の姿はなかった。

 人間よりも夜を我が物顔で徘徊する野良猫やカラスの方が目につく。そんな動物たちも僕らの前は歩かない。僕が手を振れば、ニャーニャー、カーカーと返事をする。可愛い。

 ハツカも野良猫に手を振った。

『フシャーーー!!』と鳴いて野良猫は消えた。

 

「「……」」

 

 離れていく猫にハツカは「なんで……」と不満気にボヤき、頬を小さく膨らませた。振った手は宙ぶらりんで行き場を求めている。

 彼の丸めた背中がちょっと猫に似ていて背をさすりたくなった。

 

「いまの猫ちゃん、威嚇してきたよね?」

「ハツカが可愛いから嫉妬したんじゃない? 猫は自分の可愛さを自覚してるって言うし本能的に負けを悟ったんだよ。ほら」

 

 消えたと思った猫は路地の陰に隠れたままハツカを見ていた。ハツカはなんとも言えぬ表情で「猫と比べられても困るよ」と呟いた。

 僕は希少な一面だなと思いながら横から眺める。

 

「なんか凄く久しぶりな感じがする」

「まだ4日ぐらいだよ?」

「十分だよ。ハツカと歩くのが好きだから余計にそう思う」

「……」

 

 数日しか経っていないはずなのに、夜の街をぶらつくのが懐かしく感じる。正確にいえば奏斗先輩やカオリを探して走り回ってはいたが、じっくりと夜を眺めることはできなかったし、考える暇すらなかった。

 

「この後どうする? キクちゃんのところに突撃する?」

「流石にそれはないよ。マヒルの心の支えは星見キクだし、攻め方を考えないと」

 

 もう少しマヒルにはやるべきことがある。

 本格的に動くのはそれが終わってからでも遅くはない。

 

「さっき連絡したら『楽しいよ』って返ってきた。あと、学校に遅れるとも来た」

 

 だから『身の回りだけは気をつけろよ、お前が狙われるかもしれないから』とだけメッセージを送り、用心するようにだけ伝えた。

 

「そっか。なら……ショウくんはやりたいことある?」

「ハツカとブラつければいいかな。その方が僕は気楽だし。やるとしても他の飯屋にハシゴするとか? 近くにおでんの屋台あるし。あ、でも店主には俺状態でしか会ってないからなぁ……」

「ショウくんって本当食べるの好きだよね」

「美味しいのを食べれるだけで幸せになるんだよね」

「分かるよ。僕もショウくんの血を飲むと幸せになる」

「僕を辱めて味わう血はそんなに美味しいか」

「おいしいッッ!」

「ああもう純粋な欲望!!」

 

 僕なりに彼を幸せにできることがあるのは嬉しいことだった。

 

「なら今度、その店に行ってみようか」

「夏にでも行くか〜」

「おでんなのに!?」

「夏のおでんも良い。らしい」

「食べたことないんかい」

 

 他愛のない話をしながら夜の町を歩けば、まばらに歩いていたら人の姿は無くなっていた。

 

「ねえ、ハツカ」

「なに?」

 

 最後の一人が視界から消えた所でハツカの前に立ち、頭を下げる。

「ごめんなさい、約束を破って」と僕が言えば、当の本人はよく分かっていないのか僅かな間ができた。

 

「えっと……なんのこと?」

「ハツカ以外に僕の血は吸わせないって約束したのに士季に吸われた」

 

 今思い出したように、ああ……と何度か頷いた。

 

「化かされたなって言ってたよね?」

「作戦として立ててはあったけど、あくまでアドリブだよ。最初は奏斗先輩の血をハツカと士季に飲ませる予定だった。まさか腕を砕かれるとは思わなくてさ……」

 

 代わりになる物があるのに、何故ハツカとの約束を破る作戦を軸にして考えなければいけないのか。本当に不注意だった。透過を解除すれば、元々そこにあった物体と今そこにある物体が同じ空間に重なって、互いの形を維持できないなんて、考えればすぐ分かるのに。

 しかし、ハツカは気にも止めず話を続ける。

 

「僕に沙原くんを助けさせたのも血を吸わせやすくするためでもあるんだよね?」

「そこを拒絶されると話が成り立たないから」

「結果的に良かったんじゃない? 男に血を吸われる趣味は沙原くんには無いだろうし」

「ハツカも男だろ……」

「キミが言えることかい? 僕はこんなに綺麗なのに」

 

 ハツカは白と黒のブラウスを弄ってから、自身の美しさを示すようにヒラリと回る。脹脛の半分が隠れる白藍のワンピースの裾が広がり、彼の白くて健康的な太ももが露出する。身体を回す中で顔にかかりかけた髪の毛をきめ細やかな指で払う仕草も綺麗だ。

 外身だけでなく、内面にまで気を遣っている彼は、教えてもらわなければ、触ってみなければ男とは分からないだろう。

 ……そうじゃない。

 ハツカの意図としては合っているが、そこではない。

 

「あれ? なんかあまり気にして……ない……?」

「うん」

「なんで……?」

 

 意味が分からなかった。

 約束を破ったのに、ふらーっとどこ吹く風で気にしていないハツカに僕は心底驚いていた。

 

「いや、キミが事故で士季くんに血を浴びせたのは聞いたし、吸血させた訳じゃないなら別にいいよ」

「でもさ–––」

 

 そう言いかける前にハツカから待ったがかかる。

 

「僕が気にしてないって言ってるんだから、それ以上なにが必要なの?」

「いや、悪いのは」

「だから良いの。一度謝ったんだし。何度もやったら自己満足にしかならないよ? 謝って不快にさせるなんてショウくんも嫌でしょ?」

「……うん」

「なら、よし。もう忘れよう」

 

 自己満足か。たしかにそうなったらおしまいだ。

 謝罪は相手が納得するために必要なのだから、いらないと言われてしまえばこちらからは何も言えない。

 僕の中で割り切れないモノがあるけれど、ハツカはサッパリしていて気にかけるべきモノの判断がすぐにできる。凄いところだと思う。

 

「せっかく楽しい時間を濁すようなことしてごめんね」

「そう思うなら、なにかしてもおっかな〜」

「できるやつで頼むよ……」

 

 そうだな……と歩くハツカの後に続いていく僕は。

 

「ん?」

 

 ふとハツカの足が止まる。

 目線がそばにある建物に向いた。その店の札を見れば、そこが団地のそばにある『スポーツ山口』という小さなスポーツ用品店だと分かる。

 僕もハツカの視線を追ってガラス張りで中が丸見えの店内を覗いてみる。

 彼が何を見ていたのか判別する前に横から声をかけられる。

 

「アレ、やろうか」

 

 大きく振りかぶって、ハツカは虚空のボールを僕に投げた。

 

 

 

 

 小森団地のそばにある小さな公園。寂れたブランコは風が吹けばギィと甲高い音を鳴らし、滑り台は月を霞んだ星として映し出す。

 そんな公園の真ん中で蘿蔔ハツカ()らは向かい合うようにして立っていた。

 

「よっ」

 

 僕が軽く声を出しながら腕を振えば、ボールが綺麗な放物線を描いて飛んでいく。夜でもハッキリと見える真っ白なボールは十数メートル離れた吼月くんのもとに辿り着く。

 

「っ……よっ!」

 

 ポスンと小気味良い音を立てながらグローブの中心でボールを受けると、ボールを右手に持ち替えて僕へ投げ返してくる。

 ズレなく飛んでくるボールを取って、また投げる。

 

「驚いたな。ハツカがキャッチボールをしたいだなんて」

「こう見えてもアウトドア派なんだよ」

「この間のこと根に持ってる……?」

「さあ、どうだろう」

 

 いわゆるキャッチボールで、遊びとしては素朴なものだが気が向いた時にやると楽しかったりする。体を動かすのは嫌いではないし、ちょうど良い汗をかきたい時には持ってこいだ。

 

「男の子の遊びって吸血鬼になってからはしてないからさ」

「この間だってバスケしたじゃん」

「アレはスポーツでしょ? もっと緩い感じの……いつ始めても、いつ終わってもいい気楽な遊びの範疇がしたいのさ。ほら!」

 

 さっきより勢いをつけて投げてみる。

 ボールが風を切る音がした。

 

「–––おっ!? 強く投げるな吸血鬼!」

 

 速度が上がったボールに驚く吼月くんだが、しっかり反応して受け止めた。

 キャッチボールは–––というよりも、勝負ではない遊びもとても良い。ゆったり話しながら体を動かせるし、勝利という一つの目的だけを考えて動かなくて気疲れしない。

「いつでも終われるのは楽だよな」と吼月くんも共感しながら、ボールを投げ返してくる。それを僕は気楽に受け取る。

 

「ねぇ、士季とエマってさ。異様にハツカのこと買ってるけどなんでなの?」

 

 吼月くんが訊ねてきたことに僕は「あれ、気づいてないの」と少し呆けて返してしまう。彼のことだから、てっきり知っているのかと思っていたからだ。

 

「え、なにが」

「エマちゃんの苗字。聞き覚えあるでしょ」

 

 吼月くんは考え込むようにエマちゃんの苗字を呟く。

 

「止岐花……ときは……ときは…………? あれ、そういえば時葉と同じ音か」

 

 そう、僕の眷属である時葉 香澄と同じ音の苗字である。

 

「偶然の–––」

「一致じゃないんだな、これが。士季くんは時葉の眷属だからね」

 

 吼月くんは驚きの声をあげる。

 そりゃそうだ。普段僕にばっかり惚けている時葉が–––いや、僕の眷属たちが自分の子供を作るだなんて吼月くんからすれば想像できないだろう。

 

「えっ、えぇ……待って、でも文字が違うのはなんで? しかもなんでエマなの……?」

「エマちゃんが吸血鬼になったころ、『新しいお母さん』って時葉にベタベタだったからね。士季くんは父っていうより兄って感じだし。それではじめは時葉と話した時には同じ苗字にする予定だったけど、あくまで士季くんの眷属()だから文字だけずらしてるんだ」

「そっか……そういう……」

 

 僕らの感覚に戸惑ったのか、一瞬視線を落とした吼月くんだったが、すぐ投げる構えに移る。手慣れた様子の綺麗なフォームで僕に向かってボールを投げる。

 

「士季くんの音が違うのは、好きな人を自分に振り向かせてから同じ苗字にしたいそうだよ」

「頑張れ、士季」

「ふふ。キミ的には二万年早ぜってやつかな」

 

 破顔した笑みを浮かべる吼月くん。

 その顔は純粋に本心から応援しているものだった。

 そこから少し間、雑談を交えながらボールが行き交う音を僕らの間で響かせる。

 

「最近学校はどうなの? 応野くんとかさ」

「応野? 普通だよ。今度遊びに誘われた」

「僕のことでてっきり避けてるのかと思ったよ」

「引き合わせたのは僕のせいだし、応野を恨むのは筋違いだよ」

「じゃあ、遊びに行くの?」

「そうだね。必要なことだから」

 

 違和感を覚える返しに疑問を持ちつつも、先に優先したいことがあったので聞き逃す。

 さて、そろそろ切り出すか–––

 

「そういえばさ。吸血鬼がキミを殺すのを『正しい』って言ってたけど、アレは本心?」

 

 普通ならばかなり気を遣う話題ではあるけれど、吼月くんにとってはさほど毒にならないボールを投げる。

 

「本心も何も、いまの吸血鬼のルールで考えれば僕がはみ出してるのは事実だし、殺されても仕方ないよ。やったことには責任が付くし。僕とハツカの契約だって、ハツカが見切りをつけたら自由に僕を殺すってものだし」

 

 やはり意にもかえさず自然とそう答えた。

 自分の生死に関する話だというのにとてもフランクだった。

 

「……いつもそんなこと考えてるの?」

「頭の片隅にはね」

「血を吸われた時とか怖くないの?」

「怖くはないかな。ハツカが見限るってことは僕に落ち度があったからだろうし。それに––––うん」

 

 ボールを投げ返して、吼月くんが受け取るとグローブで顔が見えなくなる。それでも口元だけは見えていて、愉快そうにニカッと歪んでいる。

 

「ドキドキするじゃん。ハツカに心臓をしゃぶられてるような感覚って」

 

 吼月くんの笑みを見て、僕はジトーと目を細める。

 

「……キミって変態だよね」

「ハハッ! ハツカにドMって言われた時点で自覚しとるわ! 銭湯での奴もそういうことだろ! 社会的な死での背徳感!! オラ!!」

「オッ–––と!? 開き直った!?」

 

 豪速球が吼月くんから飛んでくる。仰け反るようにして勢いを殺しキャッチする。

 萩凛さんは、この子には洗脳や調教は効かないと言ったけれど、想定外の意味で効かなくなってるな。これはホント予想外だ。久利原だって僕の尻に敷かれることが好きになるのはもう少しかかったのに。慣れるの早いなぁ。けれど、いい感じに照れてくれるから遊びがいもあるんだよなぁ。

 

「でも、僕はショウくんにも死なれたくないよ」

 

 僕も一般的な価値観を把握はしているわけで、何日も一緒に過ごしている相手を–––ましてや、子供の死を容易く受け入れるほど性根は腐っていない。

 しかし、吼月くんは理解できていないのか首を傾げる。

 

「僕の眷属になる子は等しく愛情を注ぐに決まってるでしょ」

「いや、そうじゃなくて。僕は別にハツカが好きこのんで眷属にしたい相手ではないでしょ?」

「いったいいつ僕がそう言ったのさ」

「だってハツカが眷属にしたいのってコウでしょ?」

「え???」

 

 なんともまぁ的外れな言葉に、投げようとしたボールが手から滑って天高く飛翔する。

 

「あちゃ……」

「あ〜〜……僕、取ってくる」

 

 公園の外へと飛び出したボールを追って走り出す吼月くん。その背中を呆然と見つめながら、どうして僕が夜守くんを眷属にしたいという構図が彼の中で生み出されているのかを考える。

 

「なんで? どうしてこうなってる?」

 

 夜守くんを眷属にできたら嬉しいのは事実だ。男の子同士だから話しも合うだろう。相談に乗ったりもするから仲がいいのも事実だ。

 しかし、それは吼月くんも同じ。

 心当たりがあるのは、初めて血を吸った時に夜守くんの存在を仄めかす話をした時と、夜守くんと七草さんが僕の弱点燃やしの手伝いをしにきた時ぐらい。

 

「それだって血と手助けってだけで特別僕が意識しているようなことは……」

 

 頭を抱えていると、何食わぬ顔で吼月くんが戻ってきた。片手にはボールが収まっており、問題なく回収できたのが分かった。

 そのボールを投げようとしたので、その前に「ストップ!」と吼月くんを制止した。

 

「どうしたんだよ?」

「それはこっちの台詞。なんで僕が夜守くんを眷属にしたくて、キミの事を見てないって構図になってるの?」

「いや、だってハツカ。『ジャージは上まで閉めろ』って言っただろ?」

「そうだっけ」

「その時ジャージじゃねえけどって考えてたら、コウのことだって聞いてさ」

「……うん」

「コウが久利原たちみたいにハツカに鼻息荒くしてなかったことに安堵しつつ、七草さんに遠慮してコウに手を出さないのか……可哀想、って思って……どうした」

「……」

 

 僕は硬直したまま、脳内で叫びを上げる。

 

 えええええええーーーーーーーーーー!!!!

 そこぉーーーーーーーーー!?!?

 

 それはもう大絶叫で、お化け屋敷に行ったときのような断末魔に似たナニカだった。きっとお化け屋敷の中なら建物ごと揺れていたに違いない。仕方ないだろ。確かに僕の失言ではあるけど、でも、普通そこを気にするとは思わないじゃん!

 

「違う違う! そんな昼ドラみたいな三角関係じゃないよ!!」

「違うの?」

「僕は健全にふたりを応援してるから!!」

「そうなんだ。良かった……コウのことを思って、枕を抱いて夜な夜な咽び泣いてるハツカはいなかったのか」

「キミは僕のことをなんだと思ってるのさ!?」

「無自覚なコウに知らず知らずの内に落とされた哀れなコウモリちゃん」

「逆でしょふつう!!」

 

 鋭く刺すような声を出す。

 吼月くんの中の僕が悲しい負けヒロインみたいになってることも、僕が落とされたみたいになってるのも納得できない。

 しかも、僕が知ってる夜守くんとイメージが合致しない。

 

「キミにとって夜守くんはなんなの? たらしなの?」

「はい」

「はいッ!?」

「だってコウは大事な括りに居ない相手に、男女問わず「〜〜さんのこと好きだよ」って言っちゃうから、てっきりハツカも誑かされたのかと」

「えぇ……」

「そこがコウの怖くも善いところではあるんだけどね」

 

 僕は夜守くんにまさかの一面に驚きながらも、脳をしっかり働かせて話をまとめる。

 

「僕が眷属にしたいのはショウくん! 夜守くんは関係ない! 以上!!」

「そうなのか」

 

 夜守くんへの嫉妬が抜けて安堵するわけでも、僕がちゃんと見ていたことに衝撃を受けるわけでもない。

 ただ首を傾げるだけだ。

 

「気になってるなら僕に言って欲しかったんだけど」

「言う必要あったか?」

「あるでしょ。秘密主義もいい加減にしなさい。困ったことがあるならちゃんと聞け」

「はーい」

 

 またジト目で吼月くんを見つめる。

 自分が大切にされていると理解してもらいたいのだが、黒い紙に鉛筆で想いを記すような愚行に思えてくる。

 この反応や、沙原くんとエマちゃんへの対応を見ている限り、根本的に他人から大切にされる意味や感謝される嬉しさを知らないんじゃなかろうか。

 そんな当たり前のことすら分からないはずは––––と思うが、そんなあり得ないことが起きてしまうのかもしれないと想定しておくべきだろう。

 ヒトならざる力を幼い頃から持っている。

 生理的に吐き気を催すような感覚を患っている。

 それだけでも人間の中で生きていくには難しい。人が言う当たり前の人生を送れていたのか甚だ疑問だ。

 

––––それにまだ吼月くんは僕に隠し事しているはずだ。

 

 僕には『僕っ子状態は内緒にして』と言う癖に、般若には『やっぱり知っていたか……』とぼやく。妬いているわけではない。さっきの様子から約束を破ることに強い抵抗があるのが分かる。そんな吼月くんが、容易く流せるモノだろうか。

 違うことなのではと、思ってしまう。

 それに般若はあくまで『実年齢五歳児』といった。おかしい。吼月くんは14歳だ。

 きっと、まだ隠し事がある。

 攻めたい。暴きたい。隠してること全てを詳らかにしてやりたい。

 嗜虐心にも似た探究心が動き出す。いけないのは分かるが、人間誰しもダメだと言われたことをやりたがるモノだ。

 そうでもしないと吼月くんは教えてくれない。

 

「さて、そろそろ準備運動も終わりかな」

 

 両肩を一回、二回と回してほぐすと僕は今度は両脚に力を入れる。

 

「……?」

「よっ!––––––と」

「!?」

 

 勢いをつけて飛び上がれば、次の瞬間には公園のそばにある電柱の上に僕は立っていた。

 驚いた吼月くんが電柱の真下まで駆け寄ってくる。

 

「なにやってんだよ。それじゃあキャッチボールできないよ!?」

「できるでしょ? その腕時計を使えば」

「……!!」

 

 彼がつけた腕時計。それを使えば吼月くんは吸血鬼になれる。

 もう一度、僕の目で確かめたかった。

 しかし、吼月くんは嫌だと首を左右に振る。

 

「別に普通のキャッチボールでいいじゃん! どうせ見たいだけでしょ!」

「地上にいるだけじゃ夜を活かしきれないよ。せっかくの自由な時間だ。その力を使うことを咎める人なんて誰もいないよ」

「でも、ダメだよ!」

 

 一瞬交えた視線に憧憬が混じっているのを感じた僕は、どうしてダメなのか訊ねてみた。

 すると、彼はルールがあるから、と答えた。

 そういえば以前、俺の決めた理屈で行動するって言っていたっけ。

 

「どんなルールがあるの?」

 

 まるで発表会かのように胸を張って応える。

 

「ひとつ、みだりに力を使わず、周りを笑顔にするために使いましょう。

 ふたつ、キチンと我を持って自分の考えで動きましょう。

 みっつ、色んなヒトの話を聞いて正しい知識で行動しましょう。

 よっつ、子供だからと言い訳せずにできる限りのことをしましょう。

 いつつ、ただ一つのことに縛られた化け物の思考にはならないようにしましょう。

 以上!!」

「……」

「だから、遊びに使うのはだめだ。例外を一度でも作ると甘えができちゃう」

 

 中学生で生きる為の指針を明確に答えられる子はどれほどいるのだろうか。

 そんな彼が頑張って作ったルールの中に確かな隙を見つける。

 

「だったら、問題ないじゃん」

「え?」

「他人を助けるために使うことだけが、笑顔にすることじゃないでしょ?」

 

 常々思うが、力を振るうのは持った者の特権。持っているなら有意義に使うべきだ。責任はあくまで力の有無ではなく、行動によって生まれるのだから。

 

「それは……そうかもだけど……」

「ここにいるのは僕たちだけだ。だったら、僕らが楽しむために使うのだって正しいはずだよ」

「……」

 

 吼月くんが唇を強く閉じて、黙考する。

 もう少しで倒れそうだと察した僕は追い込むように続ける。

 

「何かあったとしてもまた助けてあげるよ。僕はキミの救世主だからね」

 

 驚いたのは一瞬、彼の目が潤んだことだった。

 すぐ平常の眼に戻った吼月くんは、間を置いてから「分かった」と口にして腕時計をつけた左腕を胸の前に持ってくる。

 

「楽しくなくなっても後悔しないでよ」

 

 そして、ベゼルを回転させ腕時計に右手を翳す。

 

「……!」

 

 途端、彼が纏う雰囲気が一転する。彼の中の感情が抜け落ちたような表情になり、瞳は黒から葡萄色へと変化した。

 

「マジで吸血鬼じゃん……」

 

 そして顕になる吸血鬼のような気配。

 膨れ上がるように大きくなったそれは彼が本来持つ人間の気配を塗りつぶした。確かにこれは吸血鬼だ。しかし、人間の気配もするから【半吸血鬼】といった所だろう。

 ホントなんなんだろうな、この子……。

 

「シャッ」

 

 吼月くんは抑揚のない掛け声を出して、僕の隣の電柱へと飛び乗った。身体能力も吸血鬼と遜色ないものだ。

 

「顔や声のこと気になってる?」

「え? まぁ、そうだね」

「ごめんね。力を使う時は感情を無くすようにしてるんだ。でも–––」

 

 吼月くんは精一杯の感情で儚げな美しい冷笑を浮かべ、僕にボールを投げてきた。

 それが彼なりの僕への想いだと受け取った。

 いつか見た作り笑いのような微笑みだけど、僕と楽しみたいのだろう。

 でも、どうして心を殺す必要があるのだろうか。

 知らないことだらけだ。

 

「うん。さあ、夜を楽しもう」

 

 今はまだだ。

 それよりも打ち解けよう。楽しもう。

 

 夜空の中に僕らは飛び立つ。

 

 

 吼月ショウの身体が空へと昇る。あるいは落ちる。

 目の前には遠くから光を放つ星々が瞬く。翻って見れば、まばらに光を放つ街並みが、闇にその輪郭を侵食され夜空を模した絶景を生み出している。

 双璧をなす夜空はまるで宇宙のようだ。僕は宇宙に放り出されたような感覚を味わいながら、僕はボールを投げる。

 空間を裂くように飛ぶボールはすんなりとハツカのグローブの中に収まった。

 

「ナイス!」

「ハツカもナイスキャッチ」

 

 心配だった。

 狐の力を使っている時の僕は感情を消し去らないといけない。

 さっきのように声を張り上げながらワイワイと楽しむことができない。ただ薄く唇を歪めることしかできない。

 ハツカが本当に遊びたいのであれば申し訳なかった。

 しかし、ハツカは残念そうな様子を全く見せず、楽しんでいるように遊んでくれる。

 だからせめて言葉で伝えよう。

 

「ハツカ、楽しいね」

「そうだね。吸血鬼だからこそできる遊びだ」

 

 夜を縦横無尽に駆け回り、ボールが夜空に閃を描いていく。

 もし、この力を感情を出しながら手なづけられたなら僕はキチンと楽しめただろうか。

 分からない。そうであって欲しいと僕は願う。

 

「ねえ、パスしながら星座を描いていこうよ」

「いいね。だったら最初はうお座にしようか」

「肩慣らしだね」

 

 でも、必要ないかもしれない。

 だって、僕はきっと満足すると思うから。

 頭がグラグラする。血を吸われすぎたかもしれない。

 でも、もっとこの時間を楽しみたいと思うだろうから。

 

 

 だから、悟られないように頑張ろう。




 僕っ子状態の主人公書くの久しぶりだなと思ったら、5ヶ月ぶりだった。鬼ビックリですわ……
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