よふかしのあじ   作:フェイクライター

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 今回は箸休めの回です。
 時系列的には少し前後するのですが、その所よろしくお願いします。
 


第五十一・五夜「早さが命」

 ある日のこと。

 授業が終わり、先輩の頼みで一緒に猫探しをしたあと、吼月ショウ()は学校から団地にある家に帰宅した。宿題を終え、干していた服を取り込んだり明日のゴミ捨ての準備を行ってから風呂に入る。

 軽く湯船に浸かってから浴室を出て、新しい服に袖を通しながら見た時間はまだ19時半過ぎ。

 今からハツカを尋ねても問題はないだろうが腹が空いている。普段なら自炊するのだが、せっかくならハツカの家に行く前に外で食べに寄っていくのも悪くない。

 

「あそこに行くか」

 

 玄関へ向かい躊躇わずにドアを開ける。こんな時間帯ならばそこまで周りを気にする必要がなく躊躇いなく外に出れた。

 とはいえ、ここ数日は夜中にハツカに会いにいくのが殆どなので躊躇いなんてものはとうの昔に捨て去ったのだが。

 街を逍遥し始めてはや十数分。

 冬に向かう気配を感じさせる外気で温まったはずの身体が冷え始める。ぶらっと体を震えるので、両腕で身体を包むようにして体温を逃さないようにする。見渡す傍にいる辺りにいる人たちも同様で、先月よりも厚着をしている者たちが増えている。

 見つめた中には、団地のそばにある八百屋さんやマヒルの実家がやっている花屋があった。花屋はまだ営業していて、明かりが灯っている。

 花屋の中を覗いてみるがマヒルの姿はなかった。視線を落とせば土を掻き分けるようにして付いた真新しい細いタイヤ痕がある。自転車を使ってキクさんに会いに行くついでに手伝いをしているのだろう。

 

「入れ違いになっちゃったかな」

 

 両親の手伝いをするってどんな感じなのかな。

 目当ての相手に会うこと以外、作り笑いをするロボット作業になっているのだろうか。歩を進めながらマヒルの心の内を想像しようとしてみる。しかし、情報が不足していて満足にはできなかった。

 頭を振って思考を切り替える。

 団地を抜けたあと数分歩けば駅のロータリーに出るところまで来た。

 

「さてさて……」

 

 空を見上げれば一面に広がる星々はそのすべてが強い輝きを放っている。この光景ひとつ取っても、自分の心持ち次第で変わってしまうのだから面白いものだ。

 これもまた自分の心を知るための指針と言える。

 気持ちが沈んでる時にはわざわざ顔を上げるなんて面倒くさいことしないしな。地を見ながら平凡に歩けばいいだけだ。そうしないのはハツカと会いたい、楽しい事をしたいと前向きなことを考えているからかもしれない。

 明言できない感情に悩む。

 

「う〜〜ん……」

 

 未来に期待をしているから信頼と呼べるのかもしれないが、あの不信感としか言えない衝動を抑え込めるかと言われたら別だ。

 いけない。楽しくないことを考えてしまった。

 飯を食べる前に食欲が下がることを考えるべきじゃない。

 

「あ」

 

 唸っていると目的の場所に辿り着いていたことに数秒経って気づいた。

 目の前にあるのは屋台だ。店先に垂れる暖簾には『おでん』の文字が書かれている。

 ここを知ったのはつい最近。

 ハツカを見つけるために街を歩き回っている最中、サラリーマン3人組の後を追って見つけたのがこの屋台であった。

 

「よし」

 

 初めてのことに若干胸の高鳴りを感じつつ近づいて、暖簾をかき分けて屋台の中へ入る。そこでは具材ごとに仕切られた鍋から店主である男性がちょうど蒟蒻を掬い上げていた。

 どうやら先客が居たようだ。

 注文された品を客の前のカウンターに置いたあと、店主が僕を見る。

 

「いらっしゃい。おや、坊やひとりかい?」

「はい」

「なら、そこに座っておくれ」

 

 促されたのは先客の左隣の椅子だ。右隣の椅子には鞄が置かれており、中には青い半透明のバインダーが見え隠れしている。

 

「お隣失礼します」

「どうぞ」

 

 僕は示された席に座り込むと、隣の客を見て軽く会釈を––––

 

「ん?」

「あ」

 

 顔を見合わせて数秒、ジィっと互いの顔を確認する。

 

「吼月くんじゃないか」

 

 先客の正体はハツカの眷属のひとりである久利原(くりはら)さんだった。

 

「久利原……?」

 

 ワイドカラーのシャツを着ているのは変わらない。しかし、ネクタイを締め、スクエア型の黒縁メガネをかけたその姿は、不惑に至った外見年齢も相まってより思慮深い知性に溢れた姿をしている。

 俺が知るハツカ狂いとのギャップによって久利原であると認識するのに数秒要してしまった。

 

「なんだい、久利原くんの……息子さんの友達かい?」

「いえ、私に息子はいませんので。そうですね、私の主が新しく目をつけた子供、といったところでしょうか。その縁で」

「そうなのかい? にしても副業までやっているなんて、キミは本当にバイタリティに溢れるね」

「ありがとうございます」

 

 軽く唇の端を持ち上げた笑みは余裕のある男性の顔だった。

 凄い。脳が違和感に塗れて「誰?」と言いまくっている。

 

「何にするんだい?」

 

 店主が優しい声で問いかけてくる。

 目の前に広がる幾つもの具材をゆっくりと見渡す。大根、タコ、ゲソ、卵、牛筋、巾着などなど種類は豊富だ。ぱっと見ただけでも十数種類はある。

 困る。出汁が染み込んで照明の光を反射する大根の肌も、肉厚たっぷりなタコやゲソの姿も、丸々として可愛げすら覚える卵も–––沢山の具材たちが俺を虜にしてくる。

 目移りばかりして本当に困ってしまう。

 

「ここは牛筋がオススメだよ」

 

 そんな俺に久利原が助け舟を出してくれる。

 店主が苗字を知っているぐらい入り浸っているのならば、その言葉に間違いはないだろう。

 

「でしたら牛筋をふたつ」

 

 舟に乗ることにした俺は牛筋を注文した。

 店主は慣れた手際で牛筋を二本取り出すと皿に乗せて俺に差し出した。目の前で白い湯気が立ち昇る。

 

「いただきます」

 

 手を合わせたあと、すぐに一口齧る。

 料理は出てきた瞬間が一番美味しいのだ。一口目は早さ勝負だ。

 齧った瞬間、しっかり煮込まれた肉が不快感のないコリコリとした食感を楽しませてくれる。崩れ出した肉から飛び出した肉の甘さを内包した肉汁やそれをより強調させる出汁が舌に触れれば、『美味しい』という純然たる暴力を伴って幸福感が押し寄せてくる。

 牛筋を取り込んだ身体が芯から温まるのを感じる。最高だ。

 

「昔からこの味ですか?」

「何年もかけて育ててきたここだけの味だよ」

「ここの出汁は完成された味だからね」

 

 どんどん味わいながら食べ進める。

 長年続いている店なのだろうか。考え込まれた具材や出汁。

 俺はぜんぜん料理に造詣が深いわけではないから深くまで突っ込んだ言葉は出さないが、それでもこの店が凄いことは分かる。

 自然と顔が緩む。多分、情けないぐらい緩む。

 

「美味しいのだ〜……」

 

 さて、空いた串を皿に戻してもう一本を取ろうとして––––もう、なかった。代わりにあるのは肉の消えた串が一本だけ。

 

「ん……ない!?」

「もう食べたよ……?」

「!? …………!?!?」

 

 気付かぬうちに2本目を平らげていた事実に驚愕する。

 これが無我の境地か、などとのたまいながら次の注文をした。頼んだのは卵としらたきのふたつ。店主が注文に従い出汁で満たされた鍋からそれぞれ取り出して、皿に乗せる。

 

「ほい」

「ありがとうございます。……あれ?」

 

 差し出された皿を受け取った後、よく見てみれば頼んでいないものまで乗せられていた。それは先ほど美味しくいただいていた牛筋。

 

「おかわりは頼んでいませんけど」

「いいのいいの。あんな美味しそうに食べてくれたんだから。サービスだよ」

 

 断ろうと思うがこの流れでは無駄な応酬が続くだけの並行線。

 俺は美味しいものにはキチンと金を払いたいタイプだ。だからサービスと言われてもあまり納得はしないのだけれど、会計の時にサービスされた分も払ってしまえばいいと考えて、礼を言って身を引いた。

 牛筋は最後として、先に白滝に箸をつける。

 

「そういえば、久利原って仕事してたの?」

 

 白滝を一息で啜り終えた俺は久利原にそう訊ねた。

 

「昔から不動産の仕事をね。今は特定の客専門にやっているよ」

「つまり鞄に入っているのは」

「そう。物件の資料だね」

 

 特定の客というのは恐らく吸血鬼相手ということだろう。

 

「これから仕事?」

「いいや、丁度契約を取り付けてきたところだ」

「おお! 凄い!」

 

 久利原が胸を張って答える。

 十分な成果があったようで、やり手なんだなと感心する。

 

「なんというか。意外です」

「そうかい?」

「ええ。失礼を承知で言えばちゃんと自立して働けてること自体驚きだ」

「流石にそれは酷くないか……?」

 

 俺は「すみません」と苦笑いを浮かべる。

 

「ハツカへの態度しか見れていなかったので余計に思った。てっきりハツカに会えないことに呻いて、仕事に手がつかないものだとばっかり……依存せず自立してるんだな。誤解をしていてすみません」

 

 頭を下げて謝罪する。

 そんな俺を見下ろしながら久利原が口を開く。

 

「依存して何が悪いんだ?」

「ツッコむところそこなの……」

 

 まさかそこに訂正が入るとは思わず顔を上げてしまう。

 

「依存してる人はあまり印象が良くないんだよ。ハツカがいなくなった時に、支えがなくなって大変だろ」

「そうならないためにも、私たちはハツカ様を日夜お支えしようと努力しているのだ。なにより私の生活の基軸はどこまでいってもハツカ様なのだから当然だ。あの人が求めるならなんでも差し出すし、手に入れて見せよう。あの人のそばに居るためなら天国にだって追いかけて行くさ」

「極まった推し活みたいな感じだな」

「これは推し活どころか、恋活だがな」

 

 目の前の湯立つ鍋の熱量を軽く超える意思の炎が久利原の全身から燃えている。普段の態度から本当に出来てしまうのではないだろうかと疑う。

 それ以上に凄いなと思ったのは、ハツカが地獄に行くことはないと確信しているからだ。

 なぜそう思うのか問えば「ハツカ様だから」と即答された。

 

「吼月くんはハツカ様が地獄に落ちるような吸血鬼(ヒト)だと思うのかい?」

「思わないけど……さらっと断言できる久利原が凄いというか」

「好きな人に地獄に落ちて欲しいなんて思うのは中々稀と思うけど」

「それもそうですね」

 

 だとしても、知らない一面があるというのは大前提にあって、もしかしたら地獄に落ちるようなことをしているのかもしれない。

 それを想像できないような人ではないだろう。

 その上で、ハツカだから、と彼の全てを肯定できるのだから凄い。

 

「……」

 

 いや、ハツカは以前、洗脳してるとか言ってたから、想像しないようになっているのかもしれない。

 こうした想像を反射的に行うから人を信じられないんじゃないかと思てしまうが、リスク管理としては……妥当な行動だろう。

 

「なによりハツカ様の笑顔は良いものだからな! そのために惜しむものなどなにもない!」

 

 箸ごとバキっと握った拳を胸に当て、上を向く久利原。

 

「元気いいねぇ、久利原くん。それはそうと、箸、折れてるよ」

「あ、いかん」

「はい。新しいの」

「ありがとうございます」

 

 彼の姿を見て俺は再認識する。

 彼らはやはりハツカという存在に依存している。

 しかし、それは共生を伴った依存だ。

 たとえ初めはハツカによって【自分がいなければ生きていけない精神状態】に追い込まれた結果、恋をしたとしても、久利原を含めて今の彼らはひとりでもやっていけるだけの自力がある。

 なにより吸血鬼になった以前の記憶–––つまり、調教されたことも自分の中から抜け落ちていくのだから、抜け出そうと思えばできるのかもしれない。

 その上でハツカがいるという土壌に望んで立っているのだ。

 ハツカが居るから彼らは頑張る気力が湧いてくるし、彼らが居るからハツカは安定した生活を過ごしていける。だからこそ、ハツカは彼らの願いに応える。

 ハツカに叱られて慄いていたのも、自分の立つ場所が崩れ出したと考えれば当然怖くなる。いつ奈落に落ちるか分からないような状態なのだから。

 

 そんな依存だったなら、僕にも違った可能性だって––––

 

 俺は食事の時に考える事じゃないと首振って卵を箸で挟む。少し焦って掴んだ卵はツルンと滑って皿へ舞い戻る。何度も掴もうとして悪戦苦闘する。

 ようやく掴んだ卵を頬張って噛んでみれば、卵の中に封印されていた熱気が黄身と共に飛び出して咥内を襲う。突然の熱さに驚いた口が何度とぱくぱくと動く。

 

「お、おお……大丈夫かい?」

 

 久利原が心配そうに俺に訊ねてくるので、口に手を当てながら頷いた。

 美味しい熱さだったのでよし!

 

「にしても不動産か……」

 

 卵を飲み込み、牛筋をまた一瞬で溶かしてしまった俺は呟く。

 

「ここら辺の物件だけですか? それともこの街以外の……ずっと遠くの物件もあったりするんですか?」

「もしかして引越しするつもりなのかい」

「ええ、まあ。高校に行くにしろ行かないにしろ……街は出たいと思ってる。ハツカにも会える距離がベストだけど」

 

 早く高校生になりたいなと思っている。

 バイトもできるし、金を稼げばバイクの免許だって取れる。更に歳を重ねればやれることも増えていく。

 この街を出て自由に暮らしたい。

 

「なるほど。今は基本的にこの街の付近のものばかりだけど、紹介はできるぞ。ただ、あまりに遠いと実際の景観や治安が見れないからそこは注意してね。いまはオンライン内見もあるからそれを使うのもありだ」

「オンラインですか。今風ですね」

「昔はこんな便利なものなかったからね。お客様とのやり取りもチャットとかでできるからテンポよく話が進んで助かってるよ」

 

 スマホを片手に感慨深そうに呟く久利原。

 

「実際に見てもらうでも映像でも、ちゃんと確認してもらえるとおとり物件だと疑われるのも少ないし」

「ここまで聞いちゃうとどんな風にやってるのか知りたくなるな」

「だったら、一度見てみるかい?」

「良いんですか!?」

「ハツカ様の家に向かう途中にある物件だけどね」

「お願いします!!」

 

 楽しくなってきた俺は勢いよく頭を垂らした。

 久利原は嬉しそうに小さく笑い声を漏らすと、うん、と頷いてくれた。

 

「いまはゆっくり食べるとしようか」

「なら、俺はゲソと油揚げをお願いします」

「私はがんもをひとつ」

「あいよ」

 

 差し出されたふたつの皿を取って、俺たちは飯にありつく。

 

 

 

 

「おぉ〜……! 高っけぇ……!!」

「街を一望できる40階。周囲に遮れる建物もなく、部屋全体に光を取り込むように広げられた窓による絶景を楽しめるよ」

 

 晩飯を食べ終えた俺と久利原はとあるマンションに居た。

 約束通り、道すがらにあった物件を見せてもらっているのだ。仕事という訳ではないから、久利原も少しネクタイを緩めてラフな格好をしている。

 

「ハツカの家でも思ったけど、吸血鬼って高くてデカい家に住んでいるんですか?」

「高さはそうだね。みんな最上階を望むことが多いかな。大きさに関しては……これでも小さな方だよ」

「これで、小さい……?」

 

 周囲を見渡してみるが、数人で同居しても持て余しそうな広さをした室内で、小さいと言われるべきものではなかった。

 

「ハツカ様の部屋って下もあるだろ?」

「ええ。マンションなのに部屋の中に階段がありますもんね」

「あれ元々別の部屋だったんだけど、ハツカ様が購入するにあたってぶち抜いたんだよ」

「は? ぶち抜いた?」

「吸血鬼のみなさんは、隣の部屋なり下の部屋なりをぶち抜いて使うことが多いからね。一部屋だけなら小さなものだよ」

「スケールが違え……」

 

 吸血鬼だからできる事なのだろうか。それとも人間、吸血鬼問わずによくある事なのだろうか。

 どちらにしろ自身が持つスケールの上の話に変わりはなくて、俺は驚きを隠せずにいた。

 

「そろそろハツカさまの下に向かおうか」

 

 俺は頷いてから久利原と共に一階へと下り、夜の街に戻る。ひんやりとした空気が体にまとわりついてきた。

 

「それにしても、よく付き合ってくれましたね」

「なにがだい?」

 

 歩きながら訪ねてみれば、前を見ていた久利原が俺に視線を移した。

 何も気づいていないようなその眼と目線を合わせる。

 

「俺は久利原たちからはよく思われてないものだと」

「敬語のことかい? キミなりの考えがあるんだろ。呼びたくなったら呼べばいい」

「そこではないのですが……ありがとうございます」

 

 器量の大きさは大人としてか、吸血鬼としてか。

 長い年月を生きる彼らからすれば年齢など超越しているからか、気にするほどのことではない些末事なのだろう。

 

「ハツカ様には言ってあるのか?」

「はい。まぁ、ハツカは尊敬してるけど、敵でもあるから使ってないですが」

「……? ……私たちは尊敬されてないってことか!?」

 

 ハッとした久利原が俺を強く見つめた。

 

「吸血鬼ってだけで人間よりは尊敬してますよ。形はどうであれ、俺にできてないことを成し遂げてる訳だから。ただ、色々印象が強すぎるのと、俺はあまり三人のこと知らないので。

 だからこそ、ハツカのことが好きな久利原たちは、眷属になる気がない俺のことをよく思ってないと考えてました」

 

 すでに久利原と宇津木、時葉の三人にはハツカの関係を話している。二回目にあったのもハツカの家なのだが、ハツカとふたりで口にした。

 話していて驚いたのは、三人の狂信っぷりに反して俺に対する罵声等がなかったことだった。

 その時はてっきりハツカの手前、客として呼ばれている俺に汚い言葉を浴びせる訳にはいかなかったからだと思っていたのだが––––

 

「そうは言っても、キミは私たちの話をよく聞いてくれたしねえ」

「話……?」

「ほら、最初に会った時にハツカ様のここ好きポイント話しただろ? そのことは流石に覚えてるよね」

「もちろんです」

 

 信頼に至るための知識を得ることはできなかったが、ハツカのこんな所が好きという話を聞けたのは良かった。

 それだけでハツカへの視点が広がったのだ。

 

「あれだけ真剣にハツカ様の話を聞くような子を悪く思うなんて、私たちはそこまで落ちぶれてないよ」

「久利原たちが俺以上に真剣だったからだよ。あそこまで熱心に話すヒトから耳を逸らすなんて普通できないし」

「ふふっ」

 

 返した言葉に久利原は微笑みながら頷いた。

 

「キミって根っこから善い子だよね」

「学校のやつからもよく言われます」

 

 よくわからないけれど。

 

「それにハツカ様との時間を奪う訳でもなければ、貶めようとしてる訳でもないしな」

「……? でも、俺を落とすためにハツカが時間を使えばその分遊ぶ機会は減りますよね?」

「そこはもう慣れっこさ。吸血鬼の眷属()というのは、同じ人を好きになる者の集まりでもあるから。そこに文句をつけ出したら、ハツカ様の足を踏むようなマネになる」

 

 眷属の中にも上手くやっていくための線引きがあるようだった。そうでなければ、俺が来た段階でちょっとした騒動になっていただろう。

 そう考えた所で、俺はありえない仮定を久利原に訊ねてみた。

 

「もし、久利原なのか、宇津木なのか、時葉になるのかは分からないけれど、ハツカが3人のうち誰かと付き合うって言い出したらどうする?」

「殺す」

 

 物凄い威圧感を伴った語気に思わず体を振るわせる。自分の含めて殺すと発言する辺り、他ふたりの意思を含めたものだろう。つまり三人揃っての殺意だ。

 しかし、その力の入り方には納得がいく。

 

「今の形で大満足とはいえ、それでも私は何十年もハツカ様に恋をしている。もし他の誰かに掠め取られると考えたら、悔しいし受け入れられない」

「何十年も片思いか。すごいな、三人とも」

 

 膨大な時間を抱えている吸血鬼とはいえ、親を振り向かせるのは大変だと感じた。

 しかし、それ以上に何十年も好きだと言える気持ちを持ち続けていることに敬意を持ってしまう。

 

「ハツカに恋した時の記憶はあるのか?」

「覚えてない。けど、好きなことに変わりはない」

 

 吸血鬼は片思いで成り立つ生き物。

 身体能力も高く、不老不死とされる吸血鬼が、なぜ子をなす意味があるのかは分からないが、吸血鬼が眷属()を作るなら親からの感情は恋ではなく親愛であるべきだ。この相手を子にしたいという感情。

 ひとりで満足する吸血鬼なら良いが、ハツカのように複数人を眷属にするものにとって、たった一人に固執する感情は、引け目など後ろめたさを生み、ふたりめの眷属作りの妨げになる。

 俺の憶測でしかないが、吸血鬼になった者が記憶を失っていくのは、相手に恋をさせる上でこうした精神的な妨げを無くすためだと思う。

 そう考えると、今もこうして恋心を持っている彼らは少し不憫なのかもしれない。

 

「恋敵としての有力候補はキミなんだがな」

 

 久利原がわざとらしく嫌味を含んだ言い方をして、俺を睨みつけてきた。

 

「どうしてだ? 何年も一緒にいる久利原達の方が有利に思うけど」

「何年もいるからだよ」

 

 その言葉に俺は首を傾げていると、久利原が夜空を見上げる。星ではなく当てのない闇を眺めるような遠い眼をした久利原からは哀愁が漂っている。

 

「私も最初は長い時間を使ってでも振り向かせたいと思っていたよ。ハツカさまは私に取っての命であり、恋をした相手だからね。

 しかし、たとえ自分から攻めたとしても何年も変わらずにいると、その形で関係が固まって動けなくなる。私たちの関係は変わらないかもしれん」

「……何事も有限というわけか」

「この世に無限も、いくらでもは存在しない」

 

 悠久と呼べる時間を過ごすことになる彼らだからこそ時間の在り方に重みが増していくのだろう。結局、短命だろうが長命だろうが、やるべきことは変わらない。

 

「もし、ハツカ様を落としたいという願いを叶えるなら……関係を変えられるキミが一番可能性が高いんだよ。ほら、【恋愛は早さが命】とも言うだろう?」

「なるほどな」

 

 使い方次第で物事は変わっていく。

 それがこの世の摂理だ。なんて大層なことを分かったように考える。

 

「とはいえ! 私もまだ諦めた訳ではないからな! これからも、いや今まで以上にハツカさまに尽くす!!」

「頑張ってくださいね」

 

 寂しげな口元がニカっとした笑みに変わって、これならの在り方を誓う久利原を見て俺もまた笑ってしまう。くしゃっと曲がる自分の口元で、彼の姿を良いものだと心底感じているのだと分かった。

 

「なんだ、そこは『俺も負けませんからね』じゃないのか?」

「恋愛する気はないって言ってるじゃないですか。俺がしたいのは信頼という恋です」

「恋愛って言うのはいつのまにかしてるものだよ、若人よ」

「そうですか」

 

 しかし、それを望んでいないかといえば嘘になる。

 人間として居たいのは、あくまで昼間にある楽しい娯楽を捨てたくないのと、吸血鬼側の勝手なルールで無理やり吸血鬼になる一択を選ばされているからだ。

 ただ、前提として俺が自分も相手も信頼できるようにならなければ意味がないし、ハツカを信頼させなければ生きられない。

 吸血鬼になるのも悪いことじゃない。

 

「でも、俺はならないですよ」

 

 笑いながらそう口にすれば、不服そうに「どうして?」と久利原が訊ねてくる。

 そんなこと決まっている。

 揺るがない意思が形となって口から自然と飛び出した。

 

「俺が恋をしなければ、ハツカは血に困らず生きていけるじゃないですか」

 

 ハツカには笑って生きてほしい。

 その為に俺の身が必要ならいつでも差し出そう。

 久利原は少し立ち止まった後に「そうか」とだけ呟いた。

 彼の顔はどこか意外そうで、なにより親近感を覚えたような顔つきをしていた。

 

「……やはり、同志だ。今日の椅子係はキミに譲ろう」

「ご褒美にならないだろ。やってみますけど」

「それでこそ」

 

 そんな話をしながら、俺たちはハツカの住むマンションまで歩いていく。

 当然、道中の話題はハツカのこと。

 ハツカのことが好きな人と話すのは楽しい。

 そして、恋敵というなら敬語を使うのは随分と先になりそうだと思う俺だった。




 久利原の設定が開示された辺りで書きたかったのでやりました。
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