よふかしのあじ   作:フェイクライター

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第五十二夜「折り合い」

 眠っている。

 意識の全てを呑み込む黒の中に俺は浸り、心地よく眠りについている。

 

 にも関わらず、なぜ意識があるのかわからない。

 

 分からないなりに現状へ知識を持って応対すれば、これは夢であると結論づけられた。

 真っ暗だった景色がまるで目を開くように光が灯り色がつく。

 明かりがついたそこは劇場で、僕は舞台の上で横になっていた。視界の右端に巨大なスクリーンがあり、左端には何段もの続いていく座席が並んでいてまるで映画館のようでもあった。

 けれど、一番目について、その眼を離せないのは内装ではなく––––

 

『……っ』

 

 目の前の女性の姿であった。首から下はしっかり浮かび上がっているのに、顔は口元以外影に覆われたように黒ずんでいる。

 思わず抜け出そうともがくが、仰向けのまま両手脚を女性に抑えつけられた僕では叶わなかった。

 

『しょ……ぅ……しょう……』

 

 女性は僕の名前と共に『ありがとう』『信じてたわよ』『私だけの息子だもの』『愛してる』と呟き続ける。呪詛のように降り注ぐ譫言が僕の身体と精神を蝕んでいく。

 乗り越えたはずの恐怖で身体が動かなくなる。

 

『悪い子には罰を与えないとね』

 

 その言葉に僕は咄嗟に身構える。

 

『ッッッ–––!?!?』

 

 その甲斐もなく全身が断末魔の叫びをあげるような悲鳴を出す。まずは右脚、左脚。続いて左腕、右腕。痛みが連鎖する。

 苦痛で視界が歪み、頬が何かに濡れた感触がした。叫び声は上げることはできなかった。口を顎ごと押さえつけられていたから。

 

『ふふっ……』

 

 もがいていた四肢が動かなくなる。まるで達磨になった気分で、身じろぎしても全く身体が動いてくれない。些細な服の擦れる音すら聞こえない。

 

『本当のショウは私の言う通りにしてくれるいい子。だって私の息子だもの。だから、謝りなさい。私に。ほら、ごめんなさい』

 

 まるであやすような優しさ声色が恐ろしくて僕は彼女に従うしかなかった。

 彼女が僕の口から手を離すと、空気を求めて浅く呼吸を繰り返してからごめんなさい、と涙ながらに謝った。

 

「ごめんなさい」

『愛してるわショウ』

「ごめんなさい」

『信じてたわショウ」

 

 僕の顔が涙でドロドロになった頃、繰り返した謝罪の果てに彼女の顔の全てが映し出された。

 そのタイミングで彼女は笑いながら指で僕の瞼を無理やり大きく開かせる。

 

『昔みたいに私の目を見て』

 

 完全に恐怖に支配されていた僕は言われた通り彼女の目を見た。

 目が落ち窪んだ骸のような目つきの中に生気を取り戻した確かな光が渦を巻くそれは、異様な禍々しさを持っていた。生気はあったとしても正気とは言えない瞳が僕を見る。

 

『……』

 

 何時間、何日とも言えるほど長く感じる見つめ合いの中、次第に女性が笑顔から虚無へ、虚無から邪気に満ちた形相へと変わっていく。

 そして、彼女はこう言い放った。

 

『誰よアンタは!!』

 

 その後も続く言葉は殆ど解読できない罵声で、まるで全ての文字が伏せ字になっていてる。

 愛している、と言う言葉は容易く反転し、信じているという言葉は簡単に殺意へと様変わりする。

 

『⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎ーーーーーー!!!』

 

 その全てが僕の存在を否定するものであることだけは……確かだった。

 

『⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎ーーー!! ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎!!』

 

 それでも彼女が何を求めているのか分からなかった。

 彼女が何を欲しているのか分からなかった。

 何にを考えているのか分からなかった。

 

『⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎……⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎……⬛︎⬛︎!』

 

 何かが顔に落ちてきた。

 それは女性の口元から滴る涎で、ボト、ボトと次々に顔に垂れてくる。醜く歪んだ唇も、流れ出す唾液も、まるで餌を目の前にした肉食動物そのもので理性のある存在がしていい風体ではなかった。

 また彼女の舌が伸びて、先ほどよりも大粒の涎が降りかかる。

 

『⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎』

 

 咥内に鈍色の光が鋭く煌めくと––––

 

「いやぁ!!!」

 

 僕は泣きじゃくりながら生存本能に突き動かされるようにして、動かないはずの腕で彼女を突き飛ばした。

 重なる衝撃音。

 それに隠れるように、けれどハッキリと後ろから声が聞こえた。

 

『化け物––––』

 

 

 

 

 目を醒ませば目の前にはテーブル。ネジや配線、ドライバーなどの道具が散乱しており、その中央に手のひらサイズの箱のようなものが鎮座している。その様を見て僕は寝落ちしたのだと分かった。

 そうだ。ハツカと遊んだ後、マヒルに渡せるものはないかと思い作業していたのだ。

 

「あったまいたぃ……」

 

 昨日飲まされた酒の影響なのか頭痛がする。

 それに体中がジメッとした不快さに襲われたので上半身を起こしてみれば、服が汗まみれになっていた。

 僕はため息をついてから、着ていた服全て脱ぎ去って全裸になると、服を脱衣所の洗濯カゴに叩き込んでから浴室に入る。

 

–––さっさと洗い流して、支度をしよう。

 

 ノズルを捻ってシャワーを出す。

 顔を重点的に水をぶっかける。

 さっさと、速やかに、至急、消え去れ。

 

–––そうだ、封筒の準備もしないと。

 

 風邪を引いてしまうのではと思うほど、冷たい水流に身をさらしながら僕は今日やるべきことを考える。

 そうして、ようやくノズルを締めて浴室の外に出た時には8時過ぎ。

 

「やっば……」

 

 急がなければ遅刻になる時間だった。

 

 

 急いで学校に駆け出した俺は遅刻ギリギリで教室に駆け込んだ。一ヶ月前まで二番目には教室に入っていた俺が、チャイムが鳴る寸前に登校するようになるとは夢に思っていなかった。

 その変化に不思議がっている人も教師含めて沢山いるようで最近は視線が多い。応野からは「蘿蔔さんと一緒にいるのも程々にしろよ」と言われるし、吸血鬼事情を知っている朝井からは「ちゃんと寝ろよ」と意志が詰まった視線を半開きで細めた眼から送られてきた。

 マヒルやコウと同じくただ優等生をやっている朝井が人に気づかれていないとはいえ、気怠げな目を向けてくるのは驚いた。

 更に驚いたのは––––

 

「マヒルもだけどさ、会長もちゃんと寝なよ」

 

 朝井が直接それを言いに来たことだった。

 

「……気をつける」

 

 面食らっている俺は軽く口を開けたまま。蔑みのつもりか、身を案じてくれているのか判断がつかず、曖昧で無難に応える。

 数少ない教室に残っている面子も少し驚いた様子で俺たちを眺めていた。遠目からなので会話はろくすっぽ聞こえていないだろう。

 

「とりあえず、場所変えよっか」

「ん、分かった」

 

 いつもの優等生風じゃないぶっきらぼうな返答を受け取って俺と朝井は教室をあとにする。俺の背を追うようにして朝井がついてくる。

 

「生徒会室でいいか?」

「いいけど、またマヒルと喋るの」

「正解、マヒルから誘われてな。俺は教師の手伝いがあったから先に待っててもらってる」

 

 俺は朝井の疑問に頷きと共に応える。

 ツンとした物言いの朝井ではあるが、この間の惚気話で懲りて会いたくないわけではないらしく俺の少し後ろを歩き続ける。

 先ほどよりも足の回りが早い気がする。

 

「マヒルの惚気話がそんなに好き?」

「好きだよ。でも、それ以上にマヒルがちゃんと笑ってるのを見るが大好きかな」

「ちゃんと笑ってる?」

 

 朝井は見定めるように俺の顔に視線を移す。彼女はなにか思い当たる節があるのか、こちらの言い分を咀嚼している。

 

「マヒルって作り笑いとかスッと出てくるじゃん? でも、星見キクの話をしてる時のマヒルはその人のことに没頭してるから、素の笑みが溢れるというか」

 

 これはあくまで俺の考えでしかない。

 友達以上の友達である朝井はどう思うのだろうか。その反応を見て、自分と他者の意見を擦り合わせよう––––そう考えて、彼女を見ればどこか虚をつかれたような驚きの顔になっている。

 

「……違ってた?」

「あ、いや……『ふへへ』なんて惚けるマヒルが作り笑いをしてない間違いないんだけどさ……」

 

 言うか言わないか悩むように瞼を下ろした朝井が目を開けるのを待ち数秒後、言うことに決めたようで俺に視線を戻した。

 肩に力が入っていて緊張しているようだった。

 

「会長はいつからマヒルがフリをしてるって分かってたの?」

「一年の六月ごろ」

「はや……!? え、そんな頃に?」

「反則ありだけどな。二ヶ月ぐらい観察してたら、なんか全員に同じ対応してるなー怖いなー……て。それで理世と話してたら、マヒルとコウは元は物静かで大人しい子。朝井は男勝りな元気っ子って聞いてな」

 

 俺の思い過ごしかと思ったが、理世のおかげで確信できた。

 しかし、どうして変わったのかまでは分からない。

 

「よく覚えてるね理世ちゃん。マヒルが物静かだったのなんて、随分昔のことなのに」

「アイツも頑張ってる人達のことは好きだからな。他の人より覚えておこうとしたんだろ」

「頑張ってる?」

「だって君たち三人とも周りの人たちと上手くやるために……なのかは定かじゃないけど、頑張って優等生やってるんだろ? 好きになるさ」

 

 やりたい事のために頑張ること自体はやって当然だと考えがある俺だが、その意思に従って歩いている人たちのことは当然とは思わず好きと言う括りに入る。

 理世も同じ考え方を共有しているので、アイツが好きなのも断言できる。

 

「でも結局嘘だし」

「頑張って相手と上手くやろうとしてることは褒められるべきだ。調和できることは才能と言ってもいい。どこかの誰かさんたちみたいに、嘘をつかれる価値がなくなったことにすら気付ず攻撃する奴らよりは数倍マトモ。

 見栄張ってない自分や嫌なことなんて見せたい相手にだけ見せればいいし。だから、俺はマヒルもコウも朝井も大好きだよ」

「…………」

「……朝井?」

 

 長々と喋りすぎただろうか。

 返答がないので朝井に目を移せば気の抜けたように肩の力を緩め、唇は弓形になっていた。薄いけど、どこか機嫌の良さげな笑いかたに見えた。

 

「はぁ〜〜〜〜……」

 

 朝井がすごく長いため息をつく。

 吐き出し切った息をもう一度吸い込むと、完全に力が抜けたようだった。

 

「なんか悩んでたのが馬鹿みたいに思えてくるじゃん」

「悩んでたのか? 別にいいと思うぞ、悩むのも。何かあれば手伝うから」

「たとえば?」

「親友との引き合わせ役、とか」

「え、そんなにマヒルに会いたいって感じに見えたの? いやまぁ確かに中学になってからは疎遠になってたけどさ」

「見えたぞ。マヒルの話をしてから足の回り早くなったし」

 

 ふたりして足元を見れば、朝井の方が三歩ほど早く歩いている。

 先ほどまで後ろを歩いていたはずなのにこれは凄い。よほどマヒルと喋る機会があるのが嬉しいと見える。

 けれども朝井が「これは誤差でしょ」と反論するので、やはり心の僅かな部分で動いているのだと思い、そうかもなと笑って返した。朝井はあまり納得いっていないようだった。

 

「お、やっと来たか!」

 

 生徒会室前までやってきた。すでにマヒルがドアの前で待っていた。

 

「やぁマヒル」

「おう。て今日も来たんだな、アキラ」

「なぁに? 私が来たら不味い話でもするつもりだったの?」

「そ……そんなことは、ないよ……?」

「おもっきりあるって顔じゃんか!」

「はいはいおふたりさん。喧嘩なら中でやりましょうね」

 

 出会い頭さっそく喋り始めるふたりの間に割って入る形でドアの鍵を開ける。

 

「ほら、どうぞ」

「お邪魔しまーす」

 

 促せばマヒルは慣れた雰囲気で中へ入っていく。

 ただ朝井だけは立ち止まったままで俺を見ている。彼女の眼は絆創膏で隠された吸血痕がある俺の首筋に向けられている。昨日遊び終えたあと、また吸われたのだ。

 彼女はその痕跡があることが不思議に思っているようだった。

 

「失礼します」

 

 俺が訊ねる前に視線を切った朝井が一礼して生徒会室に入っていく。

 職員室でもないのに律儀に断りを入れるのはなんなんだろうなと思いながら続いて俺も中に入る。

 以前と同様に俺の対面にマヒルと朝井が座る。

 そうして、彼らと話をしていくと時間が過ぎていく。

 

「マヒルってなんで吸血鬼になりたいの?」

 

 惚気話を聞き終わった所で俺はそう切り出した。

 

「急にどうした?」

「いつも星見キクが好きだってことは聞いてるんだけどさ。好きだったり一緒にいたいだけなら別に人間のままでもよくない?」

 

 その話しは–––これに限定はしないが–––必要な情報収集。

 マヒルがどこまで星見キクに対して考えているのか、どこまで彼女のことを知っているのかコチラは詳細を知らない。

 まずはマヒルが眷属になるとしてどう考えているかだ。

 

「最悪人間でもいいんだ。ずっと一緒に居られれば」

 

 本質的な願いは傍に居られることなのだと捉えてよさそうだ。

 しかし、星見キクの客観的な情報だけを持つ俺からすると、人間のままにしろ、眷属になるにしろ、近くに居られる確証があまりにもない。

 

「けど、なんていえばいいかな……うーーーん……」

 

 どう伝えればいいか言葉を探すマヒルが唸る。

 

「吸血鬼になった方がキクさんに受け入れてもらえる気がするんだよね。寿命の問題とか関係なく、やっぱり生物的に同種族の方が安心するというか」

 

 見つけた言葉でふんわりと形にする。

 気がするということは、あくまでマヒルの価値観。それ自体は否定しないが、星見キクの言葉ではないし、俺自身が実感できなかったので「そういうものか」と曖昧に返した。

 もしかしたら、吸血鬼たちが同族にしようとするのはこの考え方があるのかもしれない。

 

「ただなぁ……キクさんのことを忘れちゃうのが嫌だな……」

「結構そこがネックだよな。記憶が欠けていくスパンがわからないけど、好きになったこともその理由も忘れちゃうんだよな」

 

 俺もそこに関しては同意見で吸血鬼化のデメリットだと思っている。

 しかし、そこで反対意見を言うものがひとり。

 

「なんで? 別に良くない忘れても?」

 

 朝井アキラだ。

 

「良くはないだろ……」

 

 彼女の言葉を否定するように目を細めて訝しむマヒルに、首を傾げながら彼女は口にする。

 

「たとえば友達から贈り物を貰って凄く嬉しかったとしても、幾つか時が過ぎれば、嬉しかったよな……ってぼやける。だったら、人間でいても吸血鬼になっても大して変わらないでしょ。生きてれば大半のことは忘れるわけだし。好きだった事実が残っていればいい」

 

 さらっとしているが、凄く腑に落ちる言葉に俺は納得してしまう。事実ということは証だ。俺が求めているものでもあったからか、容易く理解できた。

 マヒルも何度も頷いて「なるほど……」と感嘆の想いを零した。

 

「なんというか、朝井って子供っぽくないこと言うよな……カッコいい……」

「コレで子どもらしくないは会長だけには言われたくないよ」

 

 呆れた様子の朝井からすると、もしかしたら他人から見た俺はこんななのかと思ってしまう。

 それはない。俺は子どもでこんな頼りになる言葉は言えない。

 軽い自己否定を首を振ることで振り払っていると、目の前でマヒルが証となるモノを想像してきた。

 

「好きだった事実か。手紙とか?」

「恋文とか古典的だな……写真がいいんじゃないか?」

「吸血鬼って写真映るの? 鏡には映らないってよく言うけど」

「鏡には映らない。けど動画になら映るから多分行ける」

 

 とはいえ、人間の頃の物では弱点になって触ることすらままならない。眷属になってから、記憶のあるうちに作った方がいいだろう。

 俺が吸血鬼志望のマヒルに告げていると彼の眼が俺たちからズレた。

 

「どうしたマヒル?」

「やっぱり俺、あんまり吸血鬼について知らないんだよな」

「……星見キクには教えてもらってないのか?」

「キクさんといて吸血鬼の話になることがまず無いし、タイミングもな。一年ルールだってコウから教えてもらったし」

 

 そうなれば、彼女がやってきたことも知らないだろう。

 失礼すぎるだろ–––と思ってしまう。

 

「親睦を深めるためにお互いのこと話し合ったら?」

「ふむ……やっぱり踏み込むべきかな」

「それがいいんじゃないか? もっと互いを知れば楽しいことも広がるだろうし」

「だよな〜……キクさんの好きな事は俺も好きになりたいし。自分から聞かなきゃダメか」

 

 それしかない。相手が話さないのならば、話せる用意をしつつそれまで待つか、無理やりにでも吐かせるしかない。

 頭を掻いて悩むマヒルが一番に聞いてみたいことがあるそうで、俺たちに相談したいと言ってきた。

 

「……年齢って聞くのありかな?」

「なし」

「吸血鬼相手に意味ないだろ」

「そっか……」

 

 多分相手が女性だったからと言うのもあるが、残念そうにしているのは吸血鬼相手という前提のドキドキもあるのだろう。マヒルも「百歳とかなのかな……」と呟いている辺り楽しみだったようだ。

 隣にいる朝井は呆れた様子の目を向けていて、モノローグが出るとするなら『人間相手ならクソ失礼な奴だな……』というような瞳。

 その視線を切って、彼女は俺に視線を移す。

 

「そういえば会長はなんで吸血鬼と一緒にいるの?」

「え?」

「吸血鬼にならなきゃ殺されるって言うのは知ってるけどさ。会長を見る限り嫌々ってわけじゃなさそうだし、吸血鬼になる気はないのにここ半月ぐらいずっと絆創膏つけてるじゃん。殆ど毎日血を吸われてるってことだよね?」

 

 そこまで訊ねられて、ドアの前で朝井が俺の首筋を見ていたことを思い出す。

 

「それ、俺も気になってた。前は目的があるって言ってたけど何なんだ?」

 

 マヒルも便乗して前のめりに聞いてくる。

 はぐらかして答えずにいたいのが本音だ。

 ハツカが例外なだけで話したとは思えないし、話しても聞いてても気分のいいモノじゃない。酒場(バー)のマスターのように今後、会わなくてもいい相手でもない。

 雰囲気で察してくれと言いたいが彼らはずっと俺を見つめているし、なにより俺は『空気を読め』が嫌いで、本音を漏らさぬよう取り繕っているのもある。

 しかし、ここで弱味を少しくらい見せておいた方が、相手に深く入り込めるというのも分かっている。マヒルと今後、円滑な関係が必要になってくるかもしれない。

 

「お前らが隠してることを話してくれたら、言ってもいいぜ」

 

 心の中の折衷案は、取引をすることだった。

 後ろめたさと怖さで、今すぐにでも背もたれに身を預けてため息を漏らしたいほどの憂鬱に苛まれながらも、普段通りの戯けた表情で彼らを見る。

 

「なんだよそれ〜〜」

「いいだろ。先に言っておくがコレは俺の弱味なんだ。おいそれとどうでもいい相手には話さない」

 

 それだけ口にして、今後の利と害を考えるなら––––

 

「俺は人をどうしても信頼できないんだよ」

 

 理世にも口にしたことのないことを彼らに話すことにした。

 

「だから、恋という信頼を生業にしてるハツカからそれを学びたい」

 

 他人の言動に対して拒絶するような衝動のようなものが湧いてしまうこと。不信感としか言えない感情があることから始まり、その対処法として、周りにいる理世とハツカ以外からはどう思われてもいいとしていたこと。

 気になりはするし、何を考えてるだと思いはするけど、無視して進むことにした。ありのままを彼らに伝えた。

 幻滅するかな。聞いててよく感じないよな。

 そう思いながらふたりを見れば、

 

「まあ、そういうのもあるんじゃない?」

 

 まず朝井がそう言い切った。

 

「……」

 

 俺の考え方のように、どうでもいい、と思っても少しくらい腹立つかと思った。しかし、その予測を裏切って、朝井は特になにも感じていない。それどころか頬杖をついて事もなげに口した。

 

「なんで驚いてるの?」

「いや、一発叩かれるぐらいは考えてたので」

「『嘘でも頑張ってるなら褒められるべきだ』って言ってるのに、なんで自分は例外にするのさ……もしかして会長の座右の銘は『自分には厳しく、他人には甘く』なの? ダブスタはカッコ悪いぞ」

「そういうわけでは……」

「だったらいいじゃん。別に私は気にしないしさ」

 

 断言する彼女の姿は心身ともに育っていて、健やかなる戦士のようだ。普通に生きてる人間を戦士とたとえるのは些か悪い表現かもしれないが、その表現がしっくりきた。

 そして、ハツカが俺の悩みを聞いた時、こんな心境だったのかなと思い耽た。

 

「マヒルだって––––」

 

 彼女が言いかけながらマヒルを見れば、彼の視線は強く俺に向かっていた。

 

「ショウもさ、無理して周りと一緒にいるのか? それなのに人助けしてるのか?」

 

 鬼気迫る雰囲気を滲ませながら彼は問いかける。距離は詰められていないのにも関わらず、ズズっと這い寄ってくるような圧迫感があった。

 マヒルの問いにアキラも納得したようで視線を俺に戻した。

 

「無理というか自分勝手な悩みは多いけど、それはそれ、コレはコレで集団でいなきゃいけないときは割り切ってるしな。距離感も明確にしてるし。それに他人に笑顔になってて欲しいのは俺の理想だから苦はないよ」

「…………そっか」

 

 張り裂けそうな風船から空気が抜けたように気が抜けたマヒル。まるで仲間を見つけたと思ったら、知らない人に声をかけてしまったようなしょぼくれ具合。

 その姿を見て、疑問が生まれる。

 ––––なんでマヒル、優等生やってたんだ?という謎。

 

「それより良いの? 私、隠してるとしたら嘘ついて優等生やってることぐらいしかないのに話しても」

「いいよ、先払いだ。この話をどう使うかはふたりに任せるし、必要な時に腹割って話してくれればいいよ。アキラも、マヒルもな」

 

 今聞いたところで答えてくれないだろうから、この場では流すことにした。話せるようになるまで待つとしますか。

 

「そうするよ」

 

 マヒルが小さく微笑みを浮かべる。

 これは作り笑いだ。俺が知ってる笑みに比べて拙いものだったからすぐに分かった。

 

「うん。……ん? なんで名前呼びになってるの……?」

「俺、プライベートだと尊敬してる人以外名前で呼ばないし、苗字でさん付けは心底どうでもいい相手にやるから」

「そっちの方が割とショックなんだけど–––!?」

「ショウって善悪どっちも人間性に問題あるよな……」

 

 中々酷い言われようだが、事実なので仕方ない。

 と話しを区切りマヒルが話題を変える。

 

「ショウは蘿蔔さんのどこが好き?」

 

 聞かれればどう答えればいいのだろうか。

 ふむ。純粋にクールだったり猫みたいな可愛げがあったり、コロコロと雰囲気が変わる様が凄く好きだ。なんて言ってしまうのもいいが、コレだと話が広がらない。

 

「脚。というか下半身」

 

 俺は漠然と答えることにした。

 

「男の脚が好きとはニッチな奴だ。俺は全身」

「マヒルの方こそ欲張りな奴。しかしその欲望、素晴らしいッ!」

「変態どもめ……て、待って男の脚!?」

「ショウの吸血鬼は男だからな」

「会長ってそっち系なの!?」

 

 飯井垣との会話でこの手の会話で盛り上がられるのは把握済み。一度試してみたかったのだ。この場には各々の相手もいないしな。

 ただ、アキラよ。もう俺にとってハツカは性別ハツカだから意味がないのだ。

 

「因みにコウはひっそりガッツリ胸見てるムッツリだからな〜……多分アイツ、尻も好きだけど」

「マヒルはなんでそんなこと知ってんの!?」

「コウと一緒に花屋の手伝いしてたときがあってさ、その時にお客の胸をガン見してたんだ」

「サイッッッテーーー!!」

「でもアキラも好きなのあるだろ?」

「は!? なんで!?」

「だって、うなじの話してたとき照れてただろ?」

 

 顔を赤らめて目を逸らしているアキラへマヒルが一言告げれば、矢が突き刺さるような音がした。

 変なところで目ざといなコイツ……。

 

「ショウは何か知ってる?」

「知ってる」

「マジか!!」

「な!? それは違うし、言うな––––

 

「詳しく教えろよショウ!」

「ジャンケンで俺に勝てたらな」

「よし! Vamos(バモス)!!」

 

 やめろこのやろーー!! それが尊敬してる人に対する態度か!!」

 

 勝つのは俺だがなと思っていると、アキラが恥ずかしさからか、いつもとは違うテンションと高すぎる声を張る。右拳を握ってマヒルに襲いかかる。

 とはいえ、マヒルはかなり動ける。避けることなど––––

 

 勢いよく立ち上がった拍子にスカートが広がる。

 

 一瞬、マヒルが目移りし立ち止まる。

 その硬直は致命的で、

 

 バコンッ!!

 

「思春期の敗北だぁねえ……」

 

 大きな音を立てて、マヒルの頭から湯気を立たせた。痛みで湯気が出るの初めて見た……と思っていると、アキラの目線が俺に向く。

 

「ちょっと待て–––」

「成敗!!」

 

 流れに巻き込まれて、当然俺にも矛先は向くのだった。

 

 

 

 殴られた頭を癒すように摩るマヒル。

 

「いいじゃんかよ別に……」

「女子をそう容易く弄るな」

「こういう時の女性の盾って狡いよな……」

「全くだ。俺が負けるはずないのに」

「そういうことじゃない!!」

 

 アキラの拳骨をくらった俺とマヒルの頭から登っていた湯気が消えた頃、俺たちは小腹が空いたので備蓄してある煎餅を出して食べていた。

 

「マヒル、今日はキミに渡したいものがある」

うんぅんん(なんだ)?」

 

 マヒルが出されていた煎餅を齧りながら俺を見る。

 俺はポケットから取り出したAirPodsのケースような物体をテーブルの上を滑らせて、彼の前に差し出した。

 

「ライト……か?」

「それに歯車?」

 

 マヒルはそれを手に取り眺める。隣にいたアキラも物体を覗き込む。一部が透明になっているそれは謂わば防犯グッズ。

 

「マヒル用に改造した護身用のアイテムさ。今の状態ではライトだが、その透明になっているカバーを外して横のボタンを押してみてくれ」

「これか」

 

 促した通りにマヒルがカバーを外して、ボタンを押す。

 

「ん?」

 

 すると––––バチバチ! と強い音と共に閃光が散った。

 突然の聞き慣れない異音と光にふたりは目を丸くする。

 マヒルが無意識レベルでそれをアキラに向けるものだから、マヒルより先に彼女が声を上げた。

 

「え、なにこれ……!? スタンガン!?」

「その通り、ハンドメイドのスタンガンだ」

「……なんでこんなものを俺に?」

 

 アキラの声に反応して思考力が戻ってきたマヒルが首を傾げた。

 

「身も守れる手段が増えるだろ。いつ狙われるか分からないんだから」

「そっか……また探偵に襲われる可能性もあるのか」

 

 図るようにしてもう一度スタンガンに目を落としたマヒル。その目にはスタンガンの閃光にも負けない強い光のようなものが宿っているように思えた。

 そうして、ゆっくりと頷いた。

 

「ありがとう。今度探偵さんがキクさんを襲ってきたらこれで返り討ちにしてみる」

「素直に礼を言われると複雑だけどな……」

 

 実際、渡してるのは凶器なわけだから、拒絶ぐらいされると考えていたので俺が驚いている。

 それほどまでにキクさんのことが大切なんだろう。

 

「吼月、反対側についてる歯車はなに?」

 

 さっきの一件からかアキラは俺を会長ではなく吼月と呼び捨てするようになった。コウと同じ呼び方な辺り似たもの同士だなと思ったりしてる。

 

「それは電力調整用のギアだ。緑色ドッキリに使えるほどだが、回すと黄色、赤色に変わっていく。赤になると3秒当てれば成人男性が尿垂らして失神する。無論、赤の時は長押しでは3秒しか動かない」

「……なんでこんな物持ってるんだよ」

「親代わりの奴に無理矢理渡されたんだ。仕方ないだろ」

 

 しかし機能や仕組みぐらいは理解しておいた方がいいと思い、春樹さんのツテで詳しい人に教えてもらったり、本を読んだりした結果、簡単な改造ならできるようになった。

 

「……親代わり?」

「時折ウチに見に来る人がいるんだよ。最近は弁護や出演で忙しくて来ないからせいせいしてるけど」

 

 マヒルが視線を落とした。

 彼の声はいつも通りだけれど、その目はどこか俺に同情しているような憂いを帯びたものだった。隣にいるアキラからは前髪で隠れて見えないだろう。

 なんだろう。今の話に同情されるような所はなかったと思うけど。

 気になりはするけれど、追求しても受け流される気配があったので口にせず、代わりに生徒会室に備え付けられた時計を見た。時刻は16時半。

 もうそろそろ出る準備するか、と話が変わる。それぞれが立ち上がる中で、俺は彼らに訊ねる。

 

「マヒル、最後に一ついいか?」

「なんだ?」

「これに関してはアキラにも聞きたいことだ」

「私にも……?」

 

 ふたりの視線が俺に集まる。

 

「最近マヒルの悪口を言う生徒がいるのは、分かってるよな」

「この間アキラが来たのもそれが理由だろ」

「うん」

「で、その悪口を言ってる連中と遊ぶ機会が近いうちに来る」

「……そういえば、マヒルの代わりに会長をどうこう言ってたね。あの人たち」

 

 察しはついていたので別に構わないけれど、マヒルは納得いかずに不愉快そうに顔を歪ませて俺に言う。

 

「あんな奴らとわざわざ付き合う必要はないって。そんな時間があるなら蘿蔔さんと遊んだ方がよっぽど有意義だぞ」

「否定はしない。が、利用はできる」

 

 アイツらと遊ぶだけなら特別理由がない。

 しかし、現状はとても都合が良かった。

 

「もし今後アイツらがマヒルに手を出した時、悪口の録音データでも有ればマヒルが有利になる。あと親代わりに伝えれば、絶対にアイツらを他の学校に移せる。余分な手続きは必要だけど」

 

 好きな人と楽しむ時間を作るために、アイツらから危害を加えられるのはおかしいと思っている。

 星見キクに吸われるまでという区切りがあるとはいえ、期限が不透明では危険の方が大きく見えてしまう。

 

「どうする? 俺は三人には幸せでいて欲しい。マヒルとアキラが望むなら俺はできる限りのことをする」

 

 余計なことはしてはいけない。望まれないことはしてはいけない。だからこそ、ふたりの判断で動かなければならない。

 ふたりは互いを見合わせた後、どうするか戸惑うような顔する。

 そしてアキラがマヒルに託すように鞄を持って生徒会室を出ていった。

 

「いいよ、あんなモノ気にしなくて」

 

 マヒルが雑草を踏むような気兼ねなさで言い切った。

 彼の顔は笑顔とは程遠い切実に真っ直ぐな表情で俺を見ていた。迷いはないようで、俺は「そうか」とだけ返した。

 カバンを手に取ってドアに向かって歩いていく。

 

「なあ、ショウ」

 

 後ろから声がかかる。

 もちろんマハルなわけだが、先ほどとは一転して陰のある声で俺を呼ぶ。

 

「両親は生きてるのか?」

「母にあたるオバさんは死んでる。父にあたるオジさんは健在」

 

 母親が死んでると言われ立ち退くような衝撃を受けるマヒル。

 

「……ショウはその父親とはうまくやってるのか?」

 

 申し訳なさが顔色に現れたが、それでも止まらずに彼は訊ねてくる。

 答えにくい質問であることに変わりはないが構わない。

 

「上手いかは分からないけど、お互い、ちゃんと折り合いつけて生きてるよ」

 

 俺たちの結論はもう覆らないのだからありのまま答えればいい。

 

「やっぱり、お前もすげぇよ」

 

 悔しさが滲んだような声色に自然と首を傾げる。

 お前は何を隠してるんだ。本当はなにを思ってるんだ。

 尽きない疑問。

 それ以上に、マヒルの言葉は嫌なものだった。

 

 

 

 

 学校から出れば、マヒルは星見キクの下、アキラは団地で各々が別の道を歩くものだから校門の前で別れることになった。

 そして、俺が今いるのは、

 

「これだけ入れてくるか」

 

 人気(ひとけ)のないホテルへ、それなりに厚みのある封筒を持って入っていった。要件はそれだけだった。




 18巻って来週なのか来月なのか分からん!!
 どっちなんだ! ◯mazon!!

 今日の蔵出しデザグラ見て、原作よふかしにも尺調でカットした場面とかあるのかなと思ったりしてる。あったら見てみたいな〜。
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