よふかしのあじ   作:フェイクライター

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第五十四夜「初めてのご帰宅」

 校舎を出て正門まで駆けると、外灯の黄色がかった光に照らされたふたりの人影があった。ひとりは奏斗先輩であり、もうひとりは止岐花エマである。エマが車椅子の手押しハンドルに手を置きながら辺りを見渡しており、その時俺と目があった。

 

「お〜〜い、こっちこっち」

 

 手招きされる俺は徐々に走る速度を緩めながら彼らの目の前で止まる。

 

「悪い、結構話し込んじゃった」

「構わんけど、それで俺たちに話したいことってなんだ?」

「そうそう、なに?」

 

 俺が奏斗先輩へ告げたいことがあったのが今日の本題なのだ。エマも気になっているようで微笑みを浮かべながら耳を傾けてくる。

 奏斗先輩だけでなくエマも関係してることなので構わない。

 

「この間の鬼ごっこでさ、最後にふたりを追いかけてきた奴いるじゃん?」

「なんか凄い淡々としてた不気味なやつか」

「あのヘンテコな吸血鬼のこと知ってるの?」

「知ってるよ」

 

 断言してみせればふたりと更にこちらへ意識を向けてくる。殺しにきた相手だから余計に知りたいのだろうか。

 

「だって俺だもん」

「「はい?」」

 

 答えてもふたりが即座に理解できない、腑に落ちないのは分かっていた。

 まず首筋の絆創膏を引き剥がす。そして腕時計のスイッチを彼らに見せるようにし、ベゼルを回転させてからスイッチを押した。

 全身が爆発するように一気に熱くなるにつれて、自分の内側にある情を急速に冷めていく。

 

「……ッ!?」

 

 先に気づいたのはやはりエマだ。

 吸血鬼である彼女ならばハツカたちと同じく俺に起こった変化をいち早く理解できるだろう。

 

「え、え……? ええええ〜〜〜〜!?」

「どうしたんだエマ……?」

「いや、だって。ええ……吼月くん、ほんとに吸血鬼になってる……!? というか混じってる? マジであの時の意味わかんない怖い吸血鬼なんですけど……」

 

 相手が吸血鬼かどうかを匂いを含めた気配でも判別できるようだが俺にはイマイチピンとこない。

 一応今の俺ならエマから心地のよい匂いするのは分かる。けれど、これが香水なのか吸血鬼としての香りなのかは分からないからだ。

 

「もしかして吸血鬼と人間が混じってるから怖かったの?」

「意味わかんないものは怖いでしょ……」

「ヒトにとって一番恐ろしいのはわからないことだって言うからな」

「でもそう言われれば、士季くんを殴り飛ばしたり、三人とやりあって無事なのも納得がいくよ」

 

 繋がることを放棄していた点と点が線で繋がりエマは頷いている。

 すると彼女の視線が俺の首筋で止まる。

 

「噛み跡なくなってる……昨日血を吸われたんだよね?」

「ハツカにな」

「……変な体質のせいなのかな?」

 

 どういうことか分からず、大きく首を傾げてみる。

 

「だって吼月くん、ハツカさんのこと好きじゃん? 昨日だって奏斗くんにハツカさんのこと褒められて嬉しがってたじゃん」

 

 エマは取り出したスマホを取り出して、俺に突き出した。スマホには写真が表示されていて、それは俺が両手で顔を覆っているものだった。頬が朱を差したように赤くなっていて、嬉しそうに照れているのが俺にも分かる。

 あのモヤモヤが晴れた時、自分がこんな顔をしているとは知らなかった。

 こんなの撮ってたのか……いつの間に……。

 

「けど、恋心じゃなくて友愛とかの可能性もあるじゃ」

「まあね。実際眷属になってないわけだしね」

「えっと、つまり吼月は眷属になってないけど、パチモン吸血鬼にはなれるってことだな……?」

 

 傍らでエマの驚愕と慄きを感じ取った奏斗先輩も俺が人間から外れた存在になっている事実を呑み込んだ。

 

「けど––––」

 

 漠然と俺の変異を受け入れた奏斗先輩の目つきがナイフよりも鋭利なモノとなって俺を突き刺す。

 

「なんで俺たちを殺そうとしたんだよ。俺もそうだけど、エマだって怖かったんだ。返答によっては……ぶん殴るぞ」

「答えるよ。ふたりにとって必要ならね」

 

 吸血鬼の様々な一面を知ってもらうために俺が吸血鬼に扮してふたりを襲ったことも、その影響で吸血鬼と和解し血を吸われる土台を作ったことなど俺は士季たちにも話したあの時の作戦の道筋をふたりに明かした。

 そして役割を終えた俺はもうふたりには必要ないだろうとも口にした。

 

「なるほど。動機も話そうとした理由も分かった」

 

 話し終えると奏斗先輩はコホンと一度咳払いをする。

 

「やっぱり殴っていい?」

「どうぞ」

「オラッッ!」

 

 恨めしそうに俺を見るのでとりあえず殴ることを許可すると、躊躇いなく奏斗先輩は俺の水月の部分に拳を叩き込む。

 

「…………」

「痛がれや!」

「痛くないからな」

「そこじゃなくない……?」

 

 椅子に座った状態で足腰の力も入っていない拳に呻き声をあげるはずもなく、俺はただ彼を見つめるだけだ。

 

「殴られた理由を訊いていい?」

「普通逆じゃない!? 殴られるより先に訊くよね!?」

「いいんだよそんなもん」

 

 口を挟むエマを脇目に捨て置いて、俺は奏斗先輩へ目をやる。

 奏斗先輩は吐き捨てるように俺に問う。

 

「お前さ、バスケしにきた理由なんだよ」

「やりたかったから。あとはまあ心配もあったかな」

「ならいいじゃねえかよ。別に俺たちに気を遣って来なくなる必要ねえよ」

「だけど、奏斗先輩が居たいのはエマだろ? 別の日に独りでやるよ」

 

 奏斗先輩は「そのとおり」と大袈裟に頷いてみせる。

 

「けどな、もう一度言っとくぞ。俺はエンジョイ勢が嫌いだ」

「はい」

「で、お前は好奇心からでも真面目に練習するし、テンション高いけど上手くなろうとして楽しんでる。実際のところクラブのメンバーよりお前のほうがやってて楽しい」

「ゲームはレベルが近い方が楽しいしな」

「だからエマと復縁したとはいえ、別に吼月が来ることのが嫌になるわけない」

 

 奏斗先輩にとってエマとは別枠で俺には居てもらう必要があるわけだ。エマも士季も吸血鬼だから練習相手としては使うには些か分が悪い。

 道理は理解できたので「なるほど」と相槌を打った。

 そこに割り込むようにしてエマがまた話に入ってくる。訝しんでいますと言わんばかりの顔つきで突き刺すような視線を彼女が向けてくる。

 

「アタシたち、吼月くんにありがとうって言ったじゃん。そんな人間(ひと)に『用済みだからもう来ないで』なんて薄情なこと言うわけないじゃん。それともアタシたちと遊ぶの嫌い?」

「いいや、嬉しいよ。でも本当に居たい人だけ居る方が楽しいじゃん」

 

 わざわざ付き合いが面倒な相手とプライベートまで一緒にいる必要なんてないよ。学校じゃあるまいし。

 

「一緒に遊ぼうよ」

「だったら今日も一緒にバスケするか?」

 

 それができるのであればハツカに連絡するのもやぶさかではない。よりバスケが上手くなる。

 しかし、今日は予定が合わない。

 

「悪いけど今日は車椅子取ってないんだわ」

「ちぇっ、だったら今度予定が合う時にでもまたやろうぜ」

「次は俺が勝つ」

「は? 負けないが?」

 

 こうした時、普段の俺は寂しかったりする。

 理由があるとはいえ、本能的に捉え方がズレているんだなと感じてしまうのは少し寂しいものだと俺は考えている。

 

「できれば連絡は2日前に頼むぞ」

「わーってるよ」

 

 そこから少し軽く話をして、区切りがついたところで俺たちは別れる。

 やりたいことも別だからだ。

 

「じゃあな〜〜!」

「今度は一緒に遊ぼうね!!」

「またな」

 

 去りながらも手を振り続ける彼らが地平線と闇に呑み込まれたのを認めてから俺は夜空を見上げる。

 普通の夜空。暗すぎず、眩しすぎず程度に星々が輝いている。空気が乾いてきたのもあってか、一日過ぎるごとに星が見やすくなっている。

 感情の上下もないフラットな今に沿った夜空であった。

 

「……あ」

 

 見上げていた夜空に星がひとつ瞬いた。

 

「こんばんはショウくん」

「よ、ハツカ」

 

 空から現れたのはハツカだ。今日もいつも通り綺麗な姿だなと思いながら、いつもと異なる姿をしている彼は新鮮だった。なぜなら彼はいま男装をしていたからだ。

 男なのに男装というのは少し変かもしれないが、ハツカである以上女装もするし男装もするだろう。

 

「今日も綺麗だね。男装は初めて見たけどとても似合ってるよ」

「久しぶりに着たけどやっぱり僕は全部似合うよね」

「冬になったら革ジャンとか着てみない? カッコいいと思う」

「いいよ。魅せてあげる」

 

 ニコ先生もそうだが、吸血鬼というのは口にした通り似合ってしまうので下げることは何も言えない。褒めることしかできない。あくまで自分を磨いているヒトだけだろうけど。

 

「それでふたりと話してどうだった?」

「また遊びに誘われたけどよくわかんなかったよ」

「どうして?」

「居たい人居ればいいのにわざわざ不純物を入れる意味とか、ありがとうって言われても」

 

 俺ならハツカと理世、マヒルならばコウやアキラ、そしてキクさんが居ればいいと思うように本当に必要な相手とだけ居ればいい。

 そして『ありがとう』という社交辞令は知っているが、俺が勝手に動いたことにその言葉は必要ないし、契約したことなら基準に達してれば問題ないわけだから意味がよく分からない。

 

「ふたりと俺の考え方が違うからっていうのは分かるけど、どうしても腑に落ちないというか」

「キミだって『ありがとう』ぐらい言うだろ?」

「会話の流れが変になるからね」

 

 そう口にすればハツカが悩むように顎に手をやる。

 別にいい。ここら辺も他人とのギャップだ。

 理解し難いと同時に、俺にとって『ありがとう』は疑うべきモノでもある。その裏まで読まないと気が済まなくなる、そんな不安だ。

 

「相手から伝えられた嬉しさを純粋に受け入れることが苦手なんだよ。というわけで、ショウくん」

「はい」

「今日は働こうか」

「はい?」

 

 ニヤリと愉しそうに微笑むハツカを見て、僕の背中に悪寒が駆け巡るのだった。

 

 

 力を使い終えて十数分。

 

 

「…………ほえ?」

 

 

 僕が立つのは小森の町の一角にある店。見上げれば可愛らしいフォントで『ゔぁんぷ』と書かれた看板が飾られている。そしてその看板にはもうひとつ……メイド喫茶とも書かれていた。

 いや、そこまではいい。

 ハツカだってメイドに癒されたいと思うこともあるのだろう。学校の先輩と話しているとここは活力を得るための場所と聞いた。

 問題はさっき彼が『働こうか』と僕に言ったことだ。

 

「……ええ、と………あ〜……その、これは?」

「分からないの?」

 

 潤滑油の足りず動きの悪い機械のようにガチガチと顔をハツカの方に向ければ、彼は理解できていない俺に不満気な顔を見せてくる。

 いや、ハツカの考えそうなことはなんとなくだが分かるので、僕は「まさか–––」と詰め寄るが、

 

「あ、ハツカ! こっちこっち!」

 

 背後からハツカを呼ぶ声がして追及を断念。

 振り返ればミニスカタイプのメイド服を着た女性が立っていた。その女性はハツカとは違いふわっとした印象で女子が好きそうな可愛いぬいぐるみを人に変えたようなヒトだった。

 そして吸血鬼特有の雰囲気を感じる相手でもあった。

 

「メイドだ……」

 

 見たモノに感銘と困惑を同時に覚えたのは初めてだった。

 そんな俺を袖にしてハツカがその女性の下へ歩いていくので、後を追うように俺も脚を動かす。

 

「やあミドリちゃん」

「やほ。その子が例の吼月くん? 私は小繁縷(こはこべ)ミドリっていうんだ。よろしくね」

「あ、はい。吼月ショウです。……えっと、今日はよろしくお願いします?」

 

 メイドさんこと小繁縷さんは俺の歯切れの悪い言い方を受けて、ハツカを眼を軽く細めて訝しむ。

 しばらく眺められると、小繁縷さんは徐に頷いてから俺の肩に手を置いた。

 

「とりあえず吼月くん、話は中でしようか」

「逃す気はないんですね……」

 

 小繁縷さんに案内されるまま店内に通され、脚を運んだのはバックヤード。

 

「とりあえずテキトーに座ってくれればいいよ」

 

 部屋の中央に置かれた長机を挟むようにして小繁縷さんの対面にあるパイプ椅子に腰を下ろした。

 小繁縷さんとハツカも腰を下ろしたところで俺は話を切り出した。

 

「初めに確認なのですが、ここで働くというのはあくまで事務作業であって接客というわけではないですよね?」

「ホールだよ。キッチンスタッフが足りないならまだやりようは幾らでもあったんだけど」

「もちろんメイド服を着てね」

「っ……」

 

 ミドリさんの話を聞いていくと、急用で本日入る予定だった人が出れなくなってしまったため、人手が必要になったらしい。

 しかし、他に出れる人間が見当たらない。どうしたものかと唸っているとハツカ(吸血鬼)たちのグループラインで俺が女装をした写真が流れていたことを思い出し、ハツカに連絡をしたそうだ。

 男の娘ならハツカでいいじゃないかと訊けば、『吸血鬼同士になると人気の取り合いになると嫌じゃん』と言われた。そのため知り合いに高校生ぐらいの吸血鬼(ヒト)もいるそうだが、対象外となっていた。

 因みに以前暇つぶしでチラシ配りをするときにハツカはメイドになったことがあるらしい。見たい。

 

「ホントはナズナちゃんに頼めたらよかったんだけど、ほらナズナちゃんってスマホ持ってないでしょ? だから連絡もできないし家にもいないし」

「……いや、そういうわけにはいかないです」

 

 小繁縷さんの話に少しばかり納得しかけるが、俺がやるには些か問題が多すぎるので首を強く横に振る。

 

「ここメイド喫茶で女性が求められてるのに男がやってるなんて知れたら大事だ」

 

 至極真っ当–––だよね?–––な疑問をぶつける。

 俺はスマホを取り出して小繁縷さんに頭を下げる。

 

「大丈夫。私たちがフォローしてあげるし、バレたらバレたでマニア受けするかもだし」

「マニア受け……!? いや、他の店員も嫌じゃないんですか? 男が店でメイド服を着てるなんて」

「その辺りはみんなに写真見せたらオッケーしてくれたから」

 

 次は代打を立てることで店の損を最小にしようと試みるが、結局その相手が来るまでの間は俺が入ることになるから意味がない。

 もっと安全な策はないかと悩んでいると、ハツカが頬杖をつきながら口を挟む。

 

「いいじゃん手伝ってあげなよ」

「呑気なこというなよ! で、ハツカの狙いはなんだ?」

 

 彼の意図が読めない。ただ俺に女装させたいだけかもしれないが、あの話の流れでそれはない。肯定力の向上あたりだろうか。

 ハツカは不服そうに僕に語りかける。

 

「ここは異空間だ。一般人をアイドルのように扱いもて囃す。普通の常識からは離れた場所。つまり、自分への好意や感謝を浴びてちはほやし合うこの場では、一挙手一投足が自分にとっても特別になる。あとは自分で考えなよ」

「自分にとっても特別?」

 

 ハツカなりの考えで俺をここで働かせようしている。自分が変わるための思わぬきっかけがあるかもしれないが––––

 店側が認めている以上、結局は俺の意思次第だ。

 ならば……答えはひとつ。

 

「分かりました、手伝います」

「お! ありがとう! そこのロッカーを使ってくれればいいから。じゃ、私は外で待ってるから着替え終わったら教えてねー!」

 

 問題が解決した小繁縷さんは嬉しそうにバックヤードから出ていく。

 残されたのは僕とハツカのふたりだけ。

 

「この際着るのはいいとして、僕に合う丈のやつってあんの?」

「事前に持ってきたから問題ないよ。ロッカー開けてみて」

 

 恐る恐る僕は小繁縷さんに指されたロッカーを開けてみる。

 

「………マジであんじゃん」

 

 ハツカのいう通りメイド服がかけられていた。取り出して自分の身体に当ててみれば確かに僕の丈にピッタリ嵌っている。

 肩をすくめながらハツカを見ればとても愉快そうに晴れやかな笑みを浮かべている。

 

「それじゃあおめかしを始めようか。ショウちゃん」

「……はい」

 

 ワキワキと両手を蠢かせなから近づいてくるハツカを受け入れるのだった。

 

 

「イヤー……写真でも思ったけど吼月くんって女装いけるよね。詰め物とかしないの?」

「これで女性に見えるなら余分は要らんでしょう」

 

 小繁縷さんがメイド姿の俺を足先から頭まで撫で回すように見つめてくる。

 自覚はないが俺はそこまで女顔なのだろうか。服装はミニスカタイプのメイド服で、いつものズボンよりは束縛感がなく動きやすくはあるが、なにぶん風の通りと視線が気になる。

 ハツカと理世はいつもこんなモノを履いているのかと思うと尊敬する。

 

「ま、とにかくマナーとかはさっき説明した通りね」

「分かりました」

 

 着替え終えた俺は小繁縷さんにメイドとしてのマナーや挨拶を教わった。客とは触れ合わないこと、記念撮影はオプション、連絡先を訊かれても流すか無理なら頼ってとのこと。

 特に疲れを癒すために来ている人もいるため、常に笑顔で寄り添うことを忘れずに。

 ようは学校と変わらない。その場で良い選択をするだけだ。

 

「呼び方はみどりさんで良いんですよね」

「基本的に下の名前がフルネームになるから」

(あざな)みたいなモノですか」

「そんな感じだね。吼月くんも今日は『しょうちゃん』だからね。よろしくね、しょうちゃん」

「茶化さないでください」

 

 わざとらしくちゃんを強調する小繁縷さんから俺は逃げるように顔を背けながら喉元を触る。喉仏の確認ではない。幸い俺の仏はまだ輪郭を表してすらない。

 ではなにか。単純だ、声を変える。それだけだ。

 

「あーー……ああー……こんなもんか」

 

 すると俺の声がいつもよりも気持ち高めの爽やかで愛らしい声色に変化する。隣で俺の声を聞いていた小繁縷さんはその変化に素直な驚きを見せる。

 

「え、なにそれ……めっちゃ女声じゃん」

「ハツカとみどりさんの声を合わせてみました。変声は得意なんですよ」

「日常生活で全く役立たなそうな特技だねえ」

 

 間違いないと頷きつつ俺は、案内を始める小繁縷さん。

 

「最初は私について流れを見てみよっか。その次は自分でやってみよう」

「粗相しそうで怖いですね。マトモな接客はやったことないので」

「そこは仕方ないね。でもミスしても、周りがフォローするからなんとかなるって思えばいいよ」

 

 そうして話しているうちにホールにたどり着く。

 ホールの間取りを脳に叩き込むことため、周囲を一瞥する。

 

『お帰りなさいませ! ご主人さま♡!』

『萌え萌えぎゅ〜〜〜〜〜ん』

『いってらっしゃいませお嬢様!』

 

 ホール全体が赤やピンクなどの明るい色を基調にしているのに加えて、メイドたちやそれに触発されたお客たちによって部屋が丸ごと淡く甘い空間に染め上げられている。

 

「なんかすげぇ……」

 

 今まで感じたことのない雰囲気に圧倒される。異世界感と言えばいいのか。しかし、怖くはない異世界感だ。

 

「それじゃ行くよ」

「は、はい……!」

 

 小繁縷さんに背を叩かれて平常心を取り戻した俺は彼女の後についていく。すると、そこには赤と白のチェック柄のシャツを着た男性がテーブル席に座っていた。

 

「お待たせしましたご主人さまぁ〜〜」

 

 甘い声色でご主人様()へ呼びかければ、彼は慣れた様子でこちらに顔を向ける。気恥ずかしさなど微塵もない堂々とした態度のご主人様は相当場慣れをしている。常連のようだ。

 

「本日ご案内をさせていただきます『ゔぁんぷ』メイドの『みどり』と、こちらが新人メイドの『しょう』ちゃんです。しょうちゃん、ご挨拶して」

「はい。それではご挨拶させていただきますね」

 

 打ち合わせ通り小繁縷さんからバトンを渡された俺はご主人様に会釈する。彼はこちらを試すような眼で見つめてくる。

 しかし、俺は想定通りやればいいだけだ。

 

「『ゔぁんぷ』メイド、『しょう』です! 僕の好きな食べ物はチョコとイチゴのパフェ。休日はニチアサを見るのと色んな国の料理を作ることが大好きです! よろしくお願いしますご主人さま!」

 

 臆することなく胸の前で両手を使いハートを作って弾けるような笑みを浮かべる。しかし、それでは新人感があまりないので内にある気恥ずかしさも微かに出す。

 引っ掛かりを覚えながらもこれが今の俺にできる全力全開。

 ダメなら自分だけではどうしようもないが––––ご主人様を見れば「僕っ子、かあ……!!」と感嘆している。

 

「あどけなさがミルクのような愛らしさを引き出しているのと同時に、メイド特有のミントのような可憐な凛々しさもある。まるでメイドさんたちがかける魔法のような心地よい甘さだ。キミは将来有望だよ」

「ほんとですかあ!? しょうもご主人様に甘々に褒めてもらえて嬉しいです!」

「そのあっまい評価に叶う未来になってくれよ」

「はい!」

 

『僕』に感銘を受ける理由は分からなかったが、ご主人様は満足そうにしているので良しとしよう。

 それにしても褒め方がすごい。一眼あっただけでここまで相手を褒める材料を揃える洞察力もさることながら、言語化できる頭の回転がすごい。当たり前のことをこうも褒めれるとは。しかもすごい甘い言葉で。

 

「それではご主人様。今日はお久しぶりのご帰宅ですよね?」

「ええ」

「でしたらメニューを忘れちゃってると思うので私たちが少し説明をしたいと思います!」

「お願いしちゃおうかな」

「分かりましたご主人さま♡」

 

 小繁縷さんがメニューの説明から受付まで主導してくれる。その流れを見ながら自分の中に落とし込んでいく。

 言葉運びから相手への目の配り方まで丁寧で、彼女と話しているご主人様はとても楽しそうに話す。彼女に取り繕っている気配はなく何事も澱みない。

 経験もあるのだろうがきっとそれだけではない。

 ご主人様の意識が小繁縷さんに向いているうちに視界に映る範囲で他のメイドを眺める。

 

『ありがとうございます! ありさ嬉しい!』

『お呼びくださればすぐに駆けつけますので♡』

 

 小繁縷さんに限った話ではない。この場にいるメイド全員に言えることだ。

 これを身に付けたい。しかし、本当にそれがハツカの言ったことか?

 

「ご注文、承ります!」

 

 注文を一通り受けた小繁縷さんと共にご主人様の元から離れる。そして身体中に張っていた緊張を少し緩める。

 

「ふぅ……」

「結構上手くやれたじゃん。キャラ付けもいいし、自己紹介が詰まることなくできれば他のことも大体やっていけるよ」

「ありがとうございます」

 

 小繁縷さんから及第点は貰えたようなので胸を撫で下ろす。

 

「なら、次はちょっと大変だろうけど案内から注文までやってみようか」

 

 もうすぐ次のお客が来ると予言するような口ぶりの小繁縷さんが店の出入り口へ俺を向かわせる。

 するとカランカランと来客を告げる鈴の音が鳴った。

 あと数回は反復練習で口を慣れさせるとしよう。意気込んで新たに来店したお客の下へ行く。

 

「お帰りなさいませ! ご主人さま♡」

 

–––お帰りなさいって初めて言ったな……

 

「ただいま。しょうちゃん」

「………」

 

 で、その初めての『お帰りなさい』を告げた相手はハツカだった。理解した途端に面映さで顔が赤くなってしまう。

 俺をメイド服に着替えさせた後、どこに行ったのかと思ったら客として来やがった。

 

「そ、それでは案内いたしますハ、ご主人様」

「ふふっ。お願いね」

 

 思わずいつもの流れでハツカと口にしてしまうのを止め、呼び直す。

 俺はハツカを一番角の席に連れていく。柵があって他の人の目が届かず、しかしハツカが身を乗り出せば店内全域を見渡せるテーブル席だ。

 ハツカが席につくと俺は柵に隠れるようにして傍に立つ。

 

「お前まさかこのために男装してきたのか!?」

「今日はキミが女の子で僕の推しとして愉しみたかったからね」

「お前な……!」

 

 ひっそりと、それでいて確かな抗議の意思を伝える。やらせたいなら家で言ってくれれば着るのに。

 けれどハツカは俺の反抗を気にも止めず笑みを浮かべながら俺に告げる。

 

「そんな口を利いていいのかな。いま僕はキミのご主人様、なんだけどなあ〜」

「っ……!」

他人(ひと)に隠れて罵るなんて酷いメイドさんだな」

「もっ……申し訳ございませんご主人さま……」

 

 俺はいまメイドなのだ。

 ハツカの愉しみとして俺の恥辱が消費されるのは我慢ならないが、それはそれとして役割をこなさなければいけない。

 いつかはハツカにやらせてやる。

 

「ご、ご主人様は初めてのご帰宅でしょうか?」

「うん。初めて帰って来たよ」

 

 初めてご帰宅という中々の不思議なワードではあるが、そこはもうメイド喫茶の世界として受け入れる。

 

「でしたら、ご挨拶させていただきますね」

 

 浅く息を何度か繰り返してから胸の前でハートを作り、自分の名を語る。

 

「『ゔぁんぷ』メイドの『しょう』でっ、つぅ……!」

 

 先ほどはすんなりと言えた名乗りだが、ハツカの前で容易く口にできるほど図太い神経をしていない俺は恥ずかしさから噛んでしまう。

 

「……」

 

 その姿を見たハツカは何を言うでもなくただ俺を見つめている。叱るわけでも慰めるでもない。まるで「それで終わり?」とまるで挑戦状を叩きつけられた気分だ。

 いいだろう。必ず最後まで名乗ってやる!

 

「『ゔぁんぷ』メイド、『しょう』です。僕のしゅ、好きな……く!」

「アタシ」

「『ゔぁんぷ』メイド、『しょう』です。アタシの好きな食べ物はチョコとイチゴのパフェでつ」

「もっと感情を込めて」

「アタシは––––」

 

 しかし、羞恥が消えることはなく何度も失敗し言い直す。その度にハツカから名乗りの注文をつけられて、合わせて改変していく。ハツカに弄られるのは慣れたはずだったのだが、所詮はつもりだったか。

 ハツカの文句は悪質クレーマー極まりないが、俺とハツカなのでそこはご愛嬌だ。

 

「アタシはご主人様専属の『ゔぁんぷ』メイド『しょう』です♡! 好きな食べ物はチョコとイチゴのパフェで、休日はニチアサを見るのと色んな国の料理を作ること、そしてご主人様に奉仕することが大大大好きです! よろしくお願いしますご主人さま!」

 

 十回近くリテイクを繰り返してようやく仕事になるレベルになった。口調も感情も女性になってしまいそうで恥ずかしさで胸が張り裂けそうだった。

 仕事ならやれて当然なのに。

 しかし、まあ……柵があるからいいが他の人に見られていたら憤死ものだ。

 

「あはは、キミと遊んでると癒されるな〜〜」

「もう何やらせるんですかご主人様!」

「楽しくてつい。ふふ、でもよくできたね」

 

 褒められると余計に恥ずかしさで顔がより熱くなって目を泳がせてしまう。しかし、ここまで出来れば悪い気は全くしないし、もう怖いものはないだろう。

 

「でも、アタシってホントは僕っ子なんですよ。受けもいいですし。ご主人様は『アタシ』じゃないと嫌ですか?」

「いいや、僕っ子もいいと思うよ。でも僕の前では身も心も女の子で居て欲しいな」

「分かりました。ご主人様の仰せの通りに! それではメニューをご説明させていただきますね」

 

 ハツカがどこまで本気なのか分からない。

 もし、いつもそんな欲求を(アタシ)–––一応約束なので–––に抱いてるとしたら結構おっかないというか、狼というか。少し身の危険を感じ恐ろしく思う俺であった。

 

「–––と、ゔぁんぶメイド特製トロピカルミックスジュースですね。承りました!」

 

 そこからハツカの注文を確認し終えると、ハツカがまた俺に訊ねてくる。

 

「それで、しょうちゃん。目標は達成できそう?」

 

 メイドとしてではなく吼月ショウとしてのものだ。

 

「……どうでしょう。五分五分といった感じです」

「とっかかりは見つけたんだ」

「一応は。ここの人たちは人を見る眼も話す時の自信も凄いですから、色々学びたいです。けど、ご主人様の言っていた『一挙手一投足が自分にとっても特別になる』が噛み合わないというか」

 

 メイドがお客を褒めるのは商売だ。理解できる。

 だが、メイドとして普通のことをやっているだけなのにあそこまで持ち上げる理由はなんだ? メイドたちはなんで嬉しそうなんだ?

 

「それが分かれば一皮剥けてもっと可愛い子になれるよ」

 

 ハツカがそっと俺に微笑みかけたと思うと、下げていた手に温もりを感じた。目線を下げれば、彼が俺の手の甲を撫でていた。

 ビクリの背が跳ねる。

 

「頑張ってね」

「……あ、うん」

 

 メイドへのお触りは厳禁だと口にすることなく僅かに距離を取るだけで、俺は頷きを返す。

 俺の視点は間違っていないということなのだろう。だったらこの機会に学べることは学びたい。

 ハツカに会釈して、場を離れようとする。

 その去り際、

 

「そうだ。『ありがとう』が好きになったらご褒美をあげる」

「……?」

 

––––ご褒美、か………なんでだろう……?

 

 でも出来たとしたらハツカに何か命令できるのだろうか?

 微かだが想像が膨らむ俺は足取りを速め、明るく次の客の下に進む。

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