よふかしのあじ   作:フェイクライター

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第五十五夜「叩いて出る埃」

 メイドとして働き始めてから数時間が経過した。

 男であるとバレずに仕事に支障があるわけでもなく俺は明朗快活なメイドとして店内を忙しなく動き回っていた。俺も流石にミニスカートを履いて歩く経験は無い。周りから脚へと刺さる視線が多く見破られないか心配だったが、そばで働くミドリさんたちの歩き方を模倣してやり過ごしていた。

 

「お帰りなさいませ、ご主人様! お席へご案内致します」

 

 ハツカのある種調教もとい特訓のおかげでメイドとしての言葉遣いも板についた。出迎えから案内、自己紹介に注文。そして雑談と滞りなく笑顔で熟せる。

 それもあってか時間が経つと多くの指名を貰えるようになった。指名というのはインスタントカメラによる撮影–––通称チェキなどを言う。

 

「しょうちゃん。犬……いや、猫の方がいいかな。猫のポーズでお願い!」

「分かりましたご主人様」

 

 例えば、現在進行形で俺が頼まれているようなことだ。

 ポーズの指定や、メイドだけ(ピン)かツーショットといったオーダーがあるのだが、前者は客の好みに応えるだけだし、後者に関してはチェキの種類による。ツーショットなら記念撮影のチェキ、ピンならコレクション用のチェキといった具合だ。値段は異なるが基本的にツーショットだ。

 

––––また猫か。犬猫多いな……

 

 俺はご主人様()へ身体を向けて、右手を頭より高く左手を顎の辺りまで持ってきて軽く握る。イメージはナーゴの変身ポーズ。

 ご主人様は俺の喉元に指を当てて撫で始める。喉仏が出る前で良かったと心底思った。あとウィッグを被っているので頭を撫でられずに済んだのも大きい。

 

 そばにいたメイドに持ってもらったカメラに視線を向けて、フラッシュを細めながらも優しい目で受ける。口元は少し開く。

 ジィーという音と共にインスタントカメラからフィルムが排出される。

 現像が終わったそれを俺が受け取ってからご主人様に手渡す。

 

「うわぁ……すげぇ、うっとりしたような緩んだ顔も、細めた瞳も本当に猫みたいで可愛い。もしかしてしょうちゃんって猫の生まれ変わり?」

「そうですにゃ〜、て言ったらご主人様は信じますか?」

「信じます!!」

 

 サービスを加えながら相手をする。

 俺の喉元に指を向けてきた時点で、ご主人様がメイドから気を許された存在でありたいと考えていたのは理解できたので、要望通りにすればかなり満足してくれたようだった。

 

 こうしたサービスを行うには理由は幾つかあるが、分かりやすいのはふたつ。

 

 ひとつはインセンティブ制度。

 これは時給や残業手当とは別枠で本人の行動や成果が評価の対象になりそれに応じた報酬が与えられる制度で、ここでいえば、先ほどのチェキなどが多いと給料が増えるのだ。

 

 もうひとつがメイド喫茶にはランキングというものが存在する。

 この店のホームページで月毎の人気ランキング投票というものがあるらしく、自分をよく見せる手法として今のようなサービス会話があるようだった。

 

 手伝いである俺がサービスをする必要はないのだが、働いている以上その場に準じた感情で対応すべきだ。でなければ不自然に浮いてしまう。

 やることは学校と変わらない。いつも通り勝てばいいだけだ。

 

 区切りをつけるとそのテーブルを離れる。

 個人的に先ほどのご主人様は良い方なのだろう。大学生ぐらいの歳に見えるが聖域–––所謂メイドとの距離感–––は守るし、清潔感もある。

 ミドリさんから聞いた話では、メイド喫茶には冷やかし目的で来る人もいるそうだ。

 できれば出逢いたくないな––––

 

 

 

 

「え〜〜どうしよっかな。やっぱりしょうちゃんに浮気しちゃおうかな〜」

 

 当たってしまった。

 仕事終わりのサラリーマンなのかYシャツ姿の男性をテーブル席に案内し終えたあと、注文を聞きながら軽く雑談を交わしていると突然そんな事を言われた。

 どうやらこのご主人様は他に推しのメイドがいるようで俺と比較しながら会話を続ける。ご主人様は所謂推し変を話題にしてきたのだ。

 ニタリと下品な笑いを浮かべる男の顔は醜悪で、俺に会話を振り続ける様に既視感を覚える。

 

「最近そっけないんだよな〜〜あの子」

 

 俺はその先輩メイドについて知らないし、実感も湧かないから面白くない。この手の会話をしたことがない俺はどう返していいのか分からず、テンションを変えながら相槌を打つだけだ。

 俺はミドリさんが口にした冷やかし客への想いを思い出す。

 

『アレはクソだよ。引っ叩きたくなる』

 

 心の底で力強く頷く。

 本音で言えばこの客とは関わりたくなかったが、別の視点では興味深い材料でもある。

 

「うわっ」

 

 誰かがひっそりと呟いた。目の前のご主人様に聞こえなかったのは幸いだ。

 この手の話はメイド全員を傷つける可能性だってあるし、下手をすれば裏方で陰口を叩かれる問題なりかねない。どちらかを下げるような話題は論外だ。

 普通のファミレスなどの接客業にはない、ランキングというシステムがあるメイド喫茶だからこその問題。

 メイドって大変なんだなと身に染みてきた。

 辺りを見れば、近くで話を聞くメイドや客もあまりいい気分ではなさそうだった。

 そうしたメイド喫茶への理解を深める材料であるご主人様だが、同時に俺の目的に使える材料でもあった。

 話を続けるご主人様に、俺は時に「はい」と満面の笑顔で、時には「はい」と少しトーンを下げた暗い口調で返す。どんなリアクションだとどうした反応をするのか見ていた。笑顔ならよりテンション高めに、無表情ならムスッとした顔になる。

 そして分かったことが一つあった。

 

「どう? 俺に推されてみない? 俺さ–––」

「ダメですよご主人様。自分の大切なメイドの気を引くためにそんなこと言っちゃ」

「……!」

 

 俺はご主人様を黙らせるようにシッと人差し指を唇に当てる。小蝿のように煩かった彼は面食らったように押し黙った。

 沈黙は後退。ご主人様の後退は俺の好機。

 

「それほど容易くご主人様が捧げてきたメイドへの熱は変わらないでしょう?」

「え? は、はい……」

「なら素直でいないと。素直なご主人様の方が素敵ですよ」

「そうかな」

「ええ。間違いなく」

 

 俺がおもむろに頷けばご主人様は少し嬉しそうに口元を緩める。

 このご主人様の傾向は【構ってちゃん】という奴だ。

【構ってちゃん】と言われると俺がパッと思い出すのは獣電鬼と呼ばれる怪人だ。ざっくり説明すると攻撃的な言動とは裏腹に夫や息子がいなくなって淋しい気持ちを抱いた迷惑クレーマーが変貌した怪物。

 すなわち承認欲求モンスターである。

 ご主人様はそれと似たようなもので自分には価値があると見せるために大袈裟な振る舞いをするし、こっちが離れるとしょぼんと顔を暗くする。

 なら、その欲求をうまく叶えてやればいい。

 

「だからこそ勝ち取る価値がある」

 

 叩かれ落ちていく蝿を逃さぬため追撃をかけるかの如くズイッとご主人様に顔を近づける。

 ハツカ評の鼻筋のよい端正な俺の顔が突然近づいてきた男は顔を赤く染める。と同時に、男は心臓を両手で包み込まれるような雰囲気に呑み込まれたかのように、微かに出していた吐息すら漏れなくなる。

 

「安心してください。先輩はそう簡単に(おく)れをとるメイドではございませんし、ご主人様がぼくに浮気する時は()()()()()()()()ので」

 

 嘘偽りを感じさせない胸を張った宣戦布告。先輩メイドへの尊敬の念もあるが、同等の負けず嫌いが遺憾無く発揮された物言いは客を圧倒するには十分。

 

「……」

「それではご主人様。ご注文をお聞きしますね」

「お願いします」

 

 数秒間互いに見つめ合うと、俺はメイドとは思えない含み笑いを一度浮かべてから顔が離す。それを惜しむご主人様は縮こまりながら何も言わずに俺を見上げる。

 その後のご主人様はさっきの冷やかしが嘘のように俺と目を合わせながら頷くだけでめっきり静かになった。周りの空気が良くなったのも感じる。

 

「ご注文承りました!」

「あ、あの……」

「どうしましたか? ご主人様?」

「……食事の後、チェキをお願いしてもいいですか?」

「もちろん、ご主人様が宜しければ!」

「お願いします!」

 

 問題を解決して、一定の収穫も得た俺はとても晴れやかだった。

 なぜご主人様たちは仕事で褒めているのにも関わらずあそこまで喜んでいるのか––––自分の承認欲求が満たされるからだ。

 なぜメイドたちはご主人様たちに褒められて嬉しいのか–––店内ランキング、つまり仕事の評価に直結するからだ。

 ご主人様たちは注文通りの奉仕が来て満足するし、メイドたちは仕事に応じた報酬が貰える。実力社会だが、よい相互関係だ。

 だがハツカから言われた『一挙手一投足が自分にとっても特別になる』がランキングに関係することとしたら、それが適用されない奏斗先輩たちとの一件とどう噛み合うのかが分からない。

 

 もしかしたら俺の認識が間違っているのかもしれない。

 

「基本的に合ってると思うんだけどな」

「やあ、しょうちゃん」

 

 キッチンにオーダーを伝え終えて考え込んでいると、後ろから声をかけられた。

 

「アリサさん、お疲れ様です。どうかしましたか?」

 

 声をかけてきた主はアリサさん。

 彼女もメイドであり、みどりさんと並ぶ『ゔぁんぷ』の人気メイドだ。実際、彼女を指名する人たちはみどりさんに次いで多く、とても優秀なメイドさんだ。

 彼女が浮かべるおおらかな笑みは人気メイドと称されて当然の物のように思えた。

 

「さっきのご主人様のこと。上手くやってくれてありがとね」

「仕事ですから当然ですよ」

 

 ハツカからは『ありがとう』が好きになると良いなと言われている。

 だから俺は無碍にはせず、似たような笑みを浮かべながら答えれば、彼女は僅かに驚いたような表情を浮かべるのだった。

 また俺は解釈違いを起こしたのだろうか。

 

 

 あれはニアミスしてるな–––同僚と話している吼月くんの姿を見て蘿蔔ハツカ()はそう思った。

 そんな僕の視界の端で人が近づいてくるを認めた。

 

「ありゃもしかして取られちゃったかな。凄いね、あの子の営業スマイル」

「ミドリちゃんじゃん」

「はい、お待たせしましたご主人様。ご注文のブラックコーヒーのホットになります」

「ありがとう」

 

 追加で注文したコーヒーカップを持ってみどりちゃんが僕の下へとやって来た。ご主人様と口にはするが、あくまで友人間でのじゃれ合いのようなフランクさだ。

 

「ミドリちゃんのご主人様だったの?」

「いんや、別の子のだよ。でも、簡単に落とされるとこっちもやる気出てくるよね」

「ヒートアップしすぎてボロ出さないでね」

「ボロ? わたしに叩いて出る埃なんて一切ないよ〜」

 

 ミドリちゃんは身を隠すように柵を背にして僕の前に立つ。流石にホールで表立っていつものような会話をする訳にはいかないようだ。

 僕はコーヒーを一口味わった後、彼女に礼をする。

 

「今日はありがとうね。助かったよ」

「こっちのセリフだよ。服だってハツカ(そっち)で用意してくれたわけだし」

「それは良かった。で、メイドさんはこんな所にお喋りに来ていいのかな?」

「はい、ご主人様と話したくて! な〜んて。ま、忙しい時間も過ぎてったから気が抜けるし」

 

 ふむ、友達だからなのか、彼女にご主人様って言われるのも中々どうして悪くない。いや、とてもいい……。

 絶えずにこやかなミドリちゃんは続けて僕に訊ねる。

 

「吼月くんをここで働かせたのはあの理屈っぽい性格を直すため?」

「やっぱり違和感あった?」

「そりゃもうビシビシと。特に私がご主人様()と笑ってる時なんかホントすごい。アレって私が褒められて嬉しそうにしてるのがわからなかったタイプでしょ? 割り切って仕事が出来るすぎるのも考えものだね」

「大正解だよ。さすがミドリちゃん」

 

 小繁縷ミドリという少女の観察眼は素晴らしいの一言だ。彼女本来の鋭いセンスが吸血鬼になりより先鋭化された賜物なのだろう。

 

「自分の理屈を捏ねて基準がバグっちゃってるやつだね」

「あの子がやってることは当然じゃなくて、褒められたり感謝されていいものなんだよね」

「そりゃね。さっきの件とかまさにそれだし。手伝いの相談をした時も、女装をやるのを嫌がるより先にバレたらゔぁんぷ(ウチ)がどうなるかって心配ばっかりしてたし」

 

 さっきの男にしたあの対応は褒められて然るべきだ。逆に言えば、探偵さんの件のようにやりすぎて叱らないといけないこともあるけれど。

 厄介なのは全ての返礼に違和感、或いは気持ち悪さを覚えていることだ。

 

「まぁ……あの子の場合、感謝される前にどっかに消えているっていうのもあるんだろうけど」

 

 別に俺はいらないだろ?–––彼は昨日そう口にした。問題を解決して自立した相手とは接点を断つことが彼の中で常習化しているのだろう。

 つまり感謝や賛美に対する器が出来上がっていない可能性すらある。これもまた厄介だ。

 

「それでも知識としてその価値観は持ってる。チヤホヤされるの好きじゃないのかな?」

「今回で好きになってほしいよねえ」

 

 ヒトは結局他人に認められるのが好きな生き物だ。それが自分を好きになるために必要な要素だし、無くしてはいけないモノだ。

 少なくとも僕の信頼を欲している彼にもあるはずだ。

 僕の悩みを察したミドリちゃんが浅くため息をついた。

 

「夜守くんより面倒かもね。でも直さなきゃいけないことなの? 上手く付き合ってるのに」

「ショウくんが自分を好きになるには必要なことだよ」

「ふぅん」

 

 現状がダメな所があるから吼月くんは変わろうとしているわけで、その欠点を直していくことは最終的に吼月くんの障害の解決に繋がると僕は睨んでいる。

 一年以内に障害を排除しつつ堕とすという場合によっては過密スケジュールになりそうだが、僕だし問題はないだろう。

 腑に落ちたミドリちゃんは頷きつつ僕を見据える。

 

「……で、メイドをさせたかったもうひとつの理由は?」

「男も女も味わえた方がいいからに決まってるでしょ。せっかくあの顔であの歳なのにもったいない」

「若干キレ気味なのはなんなの?」

「自分の想いが伝わらないとムカつくじゃん」

「他の人に好き勝手やられてますがそれはいいの?」

 

 ジトっとした目がホールの中央へと向かう。

 

「萌え萌えギュ〜〜〜〜ン!!」

 

 先ほど問題が起こしていた客の食事へ吼月くんが魔法をかけているところだった。甘い声を響かせながら唱える彼の姿を見ていると、とてもムカついてきた。

 

「……家に帰ったらもう一度全部やらせるから」

「強欲だねえ」

 

 人気が出始めているのは想定外だ。まあ、僕が好む顔で学校でも優等生で通ってる彼なら必然だったかもしれない。

 ミドリちゃんは「ハツカらしいな」と言ってからトレイを抱えて歩き出す。

 

「じゃあ、彼を強奪をしてこようかな」

「ミドリちゃん」

「こういうのは早い者勝ち、でしょ?」

 

 顔だけ振り返る彼女は獰猛な笑みを浮かべて僕を挑発する。

 

「吼月くんってニチアサ好きなんでしょ? あの界隈って厄介ファンというか変だったり凄かったりでオタクが結構多いからさ。しかも童貞。夜守君と同じで私の守備範囲なんだよね」

「まあ、頑張って理屈を捏ねるタイプが『好き〜!』って頭いっぱいになったら可愛いだろうしね」

「てなわけで少しちょっかいかけてみようかな」

「いいよ。ちょうどいい刺激になりそうだし」

「む、余裕だね。じゃあご主人様。ごゆっくり〜」

 

 ひらひらと手を振って離れていくミドリちゃんは面白おかしそうな笑みに面を変えて、吼月くんの下へと歩み寄っていく。

 ま、どうであれ上手く作用してくれれば問題はない。

 けれどもう少し大きな刺激が欲しい。

 

「僕が与えるべきかな、やっぱり」

 

 眉をハの字に折りながら、ミドリちゃんの背についていく吼月くんの姿を追うことにした。

 

 

 

 

 アリサさんから驚かれた後、自分と他のメイドたちとのギャップについて考えていた。本当は話を続けられれば良かったのだけれど、アリサさんも俺も別々の客から指名を受けてしまっていた。

 やっぱり間違っているのだろうか–––そんな悩みを見透かされたのかミドリさんから声をかけられた。

 

「私と少しお話ししようよ」

「え?」

「しょうちゃんの話が聞きたいな」

 

 流石にホールのど真ん中で話をするわけにも行かず別の場所へと移る–––

 

「て、ここカウンターの中じゃないですか!?」

「そう。ウチはお酒も提供してるからその整理も兼ねてね」

 

 ゔぁんぷにはカウンター席があるのだが、そこにはビールから日本酒、ワインといったアルコール類の瓶が、まるでメニュー表の代わりのように並べられている。

 実際、客の前でカクテルを作ることもあるそうで、その用具はここから取り出しているそうだ。

 

「仕事しながらの方がしょうちゃんも安心するでしょ?」

「……流石ですね」

 

 俺があんじていたことを見透かしていた彼女は気を遣いこの場での会話を選んだようだった。

 軽くカウンターの拭き掃除や整頓を行いながら話し始める。

 

「しょうちゃんはニチアサが好きなんだよね。色々あるけど何が好きなの?」

「基本的には箱推しですけど、強いて言うなら自分はジオウですね。なかったら自分がいないレベルに思い入れがあります」

「お、そこまで言う。私は戦隊ものが好きかな、キョウリュウジャーとか。ライダーなら電王」

 

 彼女が弾ませる声は不快感を感じさせないとても優しい。贔屓目で見ても特撮関連やプリキュアなどのニチアサ関連の作品はどうしても色眼鏡で見られることが多いのだが、彼女はそんな素振りは一切見せない。

 

「ミドリさんも好きなんですか?」

「好きっていうのもあるけど、ほらニチアサ出てた人が声優になることって結構あるじゃん? m・a・◯さんとか。だからチェックしてる。それに戦隊って殆どロボットアニメみたいなもんだし。今はふたつともプリキュアの後にやるからね」

「ああ、シンケンブルーの相◯さんも声優でマジェプリのイズル役もやってますもんね」

 

 ミドリさんはアニメ好きなのだろう。

 

「そうそう! しょうちゃんもロボ系好きな感じ?」

「自分はスパロボ30をやって知りました」

「スパロボやってるの!? 好きなキャラは? やっぱりグリッドマンかULTRAMAN?」

「よく使うのはデヴォゲのゲッター1ですね。三人版のストナーサンシャイン撃ってくれますし。流石にゲッターアースのシャインスパークは出てこなかったですけど」

「デヴォリューション読破してるんだ!?」

「ええ。それでミドリさんの好きな機体や作品は?」

「私はね–––」

 

 思わぬ繋がりを見つけたミドリさんは嬉しそうに破顔する。

 

「私たち意外と気が合うかもね〜」

「そうですね」

「……」

 

 そこからほんの少しだけ雑談を交えると、彼女はスッと俺の方に視線を向ける。

 

「さてさて、本題に入ろうか。しょうちゃんにとっては大切なことだしね」

「……!」

「大方キミの悩みについては聞いてるよ」

「答えを教えきてくれたんですか? 優しいですね」

「答えにはならないと思うな。キミがどう捉えるかの問題だし。ひとまずキミの口からも悩みを聞きたいな」

 

 彼女の言葉には頷くしかなかった。

 俺の実感の問題である以上、言葉で教えられても分かるものではないからだ。

 

「ミドリさんってご主人様たちに褒められるとよく笑ってますけど、アレはなんでですか?」

「チヤホヤされて嬉しいからだけど?」

「ランキングや給料にも直結しますもんね」

 

 ミドリさんの眷属関係は知り得ないが、ハツカのような関係性でなければ吸血鬼とはいえ自分で稼がなければならない。

 この店の仕組みを考えるとミドリさんがここで働くのは最高に相性がいい。なんたって人を惚れさせるのに特化した吸血鬼なのだから、他の仕事に就くよりも自分を活かしてより簡単に稼げるのだから。

 

「そうじゃないそうーじゃない。いや、間違ってるわけでもないだけどさ」

 

 しかし、ミドリさんの真意はそこではないようで首を左右に振る。

 

「自分を褒められるとさ、まず純粋に嬉しくなるんだよね。そこから私のこと『好き〜』ってなってるご主人様を見ると愛おしくなって、そんな人たちと話してると楽しくなる。しょうちゃんにはそんな経験ない?」

「ないですね。……というより褒められる理由が分からない」

「キミにとって普通のことをしてるから?」

「自分が周りと気質が違うのは一応理解はしてるんですけど、契約上の仕事を熟すことも、人助けをするのも……生きてるなら普通じゃありませんか?」

「私は普通じゃないと思うけどな。さっきだって面倒なご主人様()に絡まれても上手く対処してくれたでしょ? 新人には酷な相手なわけで、1日目の子ができることじゃないよ。ましてやキミ接客とか初めてなわけでしょ? アレだけやれたら普通じゃないよ」

「そんなことないですよ」

「……一応理由を聞こうか」

 

 彼女の賛美を頑なに受け入れられない俺は顔を歪ませるしかない。紡ぐ持論も結局は俺の価値観でしかないから意味があるとは思えなかったが、求められたので口にした。

 

「ふざけた話ですが、教師から関係ない上の学年のいざこざの仲介を押し付けられることも多々ありました。そんな経験もあった僕のだったから偶々上手く行ったというのは分かります。でも、それがなくてもやりようはあります」

「たとえば?」

「フォロー、してくださるんでしょ?」

「……」

「自分で対処できなくても慣れたミドリさんに……手が空いていなければアリサさんに話を持っていって場を納めていただくことは出来ます。使える物は全部使ってより善い決断をする。仕事ですから」

 

 返答はなく、口を噤む彼女を見て少し悲しくなる。

 やっぱり俺がおかしいんだよな。人間(ヒト)らしく、吸血鬼(ヒト)らしくいるってやっぱり難しいな。

 でも、褒められるのって分かんないし、嫌なんだよな。

 

『愛してるわショウ』

 

 いきなり頭の中に覚えのない言葉が黒いシミのように広がった。反芻する声に思わず身体が震えてしまう。その震えは微弱なものだったが、隣で俺を訝しむように見つめる彼女にはバレていませんようにと祈るしかない。

 

「なあ、しょうくん……」

「はい」

 

 ミドリさんは感情が抜けた顔で俺に告げる。

 

「私、キミのこと嫌いかもしれない」

「そっすか」

「ちょっとは嫌がりなよ! そういうとこだよ!!」

「理不尽!!」

 

 真顔で嫌いと言われてしまったら仕方ないのだが、受け入れたら怒られるのは納得いかずに大声を張り上げてしまう。ふたりの声が響き、俺たちへ客の視線が一瞬集まる。慌てながらカウンターの下に屈み込んで視界から外れる。

 ミドリさんは不服そうにため息をつく。

 

「はあ……まあしょうくんよ。私はハツカと同じで人間の頃の記憶も抜け出してるし、昔のことなんて覚えておこうとは思わないけどさ。確かに私にも承認欲求が歪んだキッカケ自体はあるわけ。他の子たちもそう」

 

 彼女はメイド服のポケットからスマホを取り出す。

 ささっと手早く弄ったスマホの画面をコチラに見えるように向けてくるので、顔を寄せるようにして覗き込む。そこにはラインのトーク画面が表示されており、相手はアリサさんで、彼女の自撮り写真が送られてきていた。

 

「アリサちゃんとはある時を境によくラインするようになってさ、話してくれたことがあるんだけど、小さい頃に友達から『可愛い!』って言われてのが嬉しくて忘れられないんだって」

 

 それがアリサさんが褒められることが好きになったキッカケ。些細なことだし、極々ありふれた会話の一幕にありそうな言葉。それでも自分の支柱になる大切なものなのだろう。

 

他人(ヒト)から送られた言葉が核になるなんてザラにあるんじゃないですか?」

「うん。そして誰でも10年近く生きてれば言葉なり行動なりで承認欲求を育む機会はあるはずなんだよ。逆に芽を潰す機会があるかもしれない。でも、キミを見てると芽が出てすらいないように思える」

「仕方ないじゃないですか。チヤホヤされるとか分かんないですもん」

 

 まるで先ほどの迷惑客に振られた話のように、全く知らない話題について話さないといけないような居心地の悪さも感じるのだ。

 なんで当たり前のことに感謝するの?

 キミは一体なにを求めているの?

 賞賛や感謝の裏にあるものはなに?

 

 分からないよ。

 

「キ–––」と言いかけたミドリさんは一度呑み込んで言い直す。

 

「ねえ、本当に直さなきゃいけないことなのそれ?」

「はい?」

「今だってその癖と上手く付き合えてるんでしょ? 無理やり直す必要ないと思うんだけど」

 

 彼女の言うことも一理ある。

 けれど、俺が今まで生活に問題ナシとしてきたことがハツカからすると問題に見えたということ。そして俺の事情を知る彼が考えたことならば、試してみる価値はある。

 

「……俺が俺であるためには必要なことです。変わらなきゃいけない」

 

 僕を超えることこそが本懐なのだから。

 納得したのか、不服だが呑み込んだのか判断はつかなかったが彼女は頷きながら俺に問い続ける。

 

「だったら……本当に誰かの言葉で嬉しかったことはないの?」

「僕が嬉しいと思ったこと……」

 

 なんだろう? 

 目を閉じて、意識の中に一冊の本を取り出すような夢想に浸る。何ページもある本。もし他人の本があればより明らかに少ないであろうページ数の本。その前半部分は論外として、後半の中学校に上がってからのことを振り返る。

 しかし、嬉しいと思ったことか。

 理世と一緒にいると居心地が良かったことだろうか。けれどもそれは褒められたわけではない。そもそも俺は告白されたことで不信感が肥大化してるのだ。賞賛を受けること自体が俺に出来ることではないのではなかろうか。

 鉛のように重い感情が自分の中で蠢く。

 

「ハツカと居て嬉しかったこととかさ」

「……」

 

 ハツカに言われてこと––––

 

「あ」

 

 俺は自然と首筋を撫でていた。

 山の中で血を吸われた時のこと。あの時は確かに嬉しいと感じていたはずだ。自分の血でハツカの口元が濡れているのが、見てはイケナイ物を見ているようで凄く興奮したし、美味しいと言われて嬉しかった。

 てっきり今後の関係を見越しての喜びだと思っていたのだが、もしかすると褒められて喜んだのかもしれない。

 そう考えると種はある?

 

「もうひとつお聞きしたいのですがいいですか?」

「いいよ」

「少し前に友人からハツカのことを悪く言われて、理由も納得できる事だったんですけどなんかモヤモヤして……紆余曲折を経て誤解が解けたのですが、突然モヤモヤが消えたんです」

「へえ……」

「人に悪く言われて変な気持ちになることが初めてでよく分からなくて」

 

 彼女にそう告げるとホッとしたように顰めていた顔を緩ませる。まるで家出をした猫が帰ってきたことを喜ぶ少女のようだった。

 

「つまり安心したってことだね」

「安心、ですか?」

「好きなもの悪く言われて苛立ったけど、今は好きだって言ってくれて嬉しかった。てことは安心したってことでしょ? そう首を捻ることでもないよ。ヒトらしい普通の感性だよ」

「……」

 

 彼女が言うことは分からなくはない。

 俺が好きなニチアサなんてその最たる例だろう。中学生にもなれば弟や妹がいない限り自然と見なくなっていくし、色々指さされることがある。理世も「なんでそんなモノ見てんの?」と言われたことがあるらしくムカついていた覚えがある。

 

「……」

「ありゃ、あんまり実感ないタイプ?」

 

 対して俺はどうでも良かった。

 自分が楽しければそれでいいからだ。誰にだって自分にとって大切なものがあるのだから、客観的に見てその人と同じその良さを理解できるはずがない。できるのは考えぬくことまで。

 だからこそ、大切なモノなわけだし。

 

「あーキミ、自分が好きなら別いいじゃんって思ってるでしょ」

「むっ……! はい」

「好きを通せるのは良いこと。でもなにも知らない奴から悪く言われたら素直に納得できないじゃん。他人の考えに嫌だと思うのも大事なことだよ。悪くない嫌悪だ」

 

 達観した視点での彼女の言葉に、ああ–––この人もちゃんと長く生きてきた存在なんだなとしみじみ思う。

 

「良かったよ。キミにもちゃんと欲求があって。初めてのことだったからちゃんと湧いたのかな」

「流石に欲求がなくなることはないですよ」

「何を言う。嫌いって言われてもどうでも良さげな態度を取られたらそう思うわ。自分にすら興味ないのかと思ったぞ。……」

 

 先ほどの会話がよほど気になったのか、安堵の表情がドンドンと険しい顔になっていき俺を睨みつけてくる。

 

「なんかムカついてきたな」

「ええ……」

「さっき私を袖にしたこと忘れんぞ……!」

「え、いつの事です?」

「嫌いって言われてそっけなく返した時だよ!? あれ、女としても人としてもナシって言われてようなもんだからね!? これで2回目だよ!」

「いやミドリさんにはぬいぐるみのような愛らしさもありますし、仕事もできるじゃないですか。女性としても人としても尊敬してますよ。僕の好みじゃないだけで」

「グフッ–––」

「え!? ミドリさん! ミドリさん!?」

「追い討ち……このクソ野郎……!」

「ああ、口が悪くなってる……」

 

 突然膝から崩れ落ちたミドリさんを抱きかかえれば、その頭の上に幻影が見えているのか目がぐるぐると回っている。

 

「なんか天使が……天使がミドリさんの頭の周りを……」

「ラブ君が、天使に……ガッ……」

 

 彼女は目を閉じた。

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 数秒経つとミドリさんは目を覚ました。

 俺を見る厳しい視線に変わりはないけれどひとまずは落ち着いたようだった。

 

「まあ、良かったんじゃない? 芽は出始めてるわけだし、あとはちゃんと育てていくんだよ」

「頑張ります」

「それと自分のやってることを役割で括り過ぎないようにね。ちゃんと偉いことやってるんだから」

「偉いこと……」

 

 視線の鋭さとは真逆の優しく俺に声をかけるミドリさんはパチンと手を叩いた。

 

「それじゃあそろそろご給仕に戻りますか」

「はい!!」

 

 同時にカランカランと店のドアが開く音がした。彼女に「自分が行きます」と言ってホールへと足早に戻る。

 彼女の時間を奪ったことも含めてちゃんと仕事もしなければ。

 

「お帰りなさいませ! お嬢様!」

 

 勇むように足を進めれば、ドアの前に立っていたのは女性、というよりは女子。俺と同年代に違いないお嬢様()

 顔にかかった金髪を弄びながら店員を待つ女子と目が合った。

 

「え?」

「……」

 

 視線が混ざり合い、お互いがそれぞれの顔を認め合うと彼女の方が先に驚きの声を漏らした。

 何故ここにいるのか分からないと言った引き攣った顔のまま彼女は続ける。

 

「……なにやってるの?」

 

 来店してきたのは誰あろう、倉賀野理世に間違いはなかった。

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