倉賀野理世–––生徒会副会長であり、
学校では生徒会室を利用–––もとい私物化–––して、お互いに好きな番組やゲーム、本などを教え合って一緒に楽しんだりしている仲だ。学年問わず、教師なども含めていちばん一緒に過ごしているのは間違いなく彼女だ。
そんな彼女が今、俺の目の前にいる。
理世の浮かべる苦悶の表情は受け入れ難い真実を目の当たりにした時のもの。
俺はというと疑問でいっぱいだった。
あと頭の中で絶叫していた。赤子が何を思ったのか癇癪を起こして泣き出した時のような驚き。何気なく見ていた映画で前日のミスを想起させられたような居心地の悪さ。なによりめちゃくちゃ恥ずかしい。
「……」
「……」
お互いに見つめ合って数十秒、いや、数分経ったのかもしれない。
その間他の客の存在が消失したかのように音が無くなり俺たちだけの世界となっていた。認識できるのはお互いだけになってしまった、そんな感覚。
「……たく」
先に静寂を破ったのは理世の方だった。
微笑むような一声の後、理世は周囲を一瞥する。
俺の耳に他の彼女以外が発する音も自然と戻ってきて、後ろからミドリさんが首を傾げながら俺を突いているのが分かった。
「ほらしょうちゃん、接客」
「は、はい!」
ミドリさんの声に失われていた脳の回転が正常に戻り、慌てて理世の元に駆け寄る。
理世はこちらに向かって歩いてきていた。さっきは笑ったのに今はまるで自分のペースが乱されて不機嫌な時のハツカのような足取りだった。それがお嬢様として形になっている美しさなのだから余計にハツカを連想させる。
と同時に、やばい–––となんとなくだが悟った。
自分が楽しみにしていた憩いの場に学友が女装して働いているのだから腹を立てるのも当然だろう。
「お嬢様、お席にご案内致します」
俺は焦りを心の中に仕舞い込んで、今にも引き攣りそうな顔を力一杯口角を上げて接客する。
そんな俺に対して理世は、
「––––」
「え?」
なんの反応をすることなく脇を通り抜ける。と同時に俺の左手が彼女に掴まれてそのまま引き摺られていく。
理世は誰の目線を気に止めることなく、家主が自室に戻るように歩き続けた。
「みどりちゃん、スタッフルーム借りるね」
「え? は、はい」
「ほら行くよ。しょうちゃん」
何が起きてるのか呆然としているミドリさんは、余りにも自然な振る舞いで歩く理世に思わず頷いてしまう。俺も力を入れれば対抗できなくないが、下手に事を荒立てるよりも流れに身を流した方が良さそうだった。
理世はスタッフルームへ続く扉を惜しげもなく開いて、俺と一緒にその中へ入っていく。ガチャリと扉が閉まり、俺たちを見つめていた視線が切れる。
「はあああ〜〜〜!?」
そして、ホールから思考を取り戻したミドリさんの叫び声が耳を劈いたのだった。
叫びたくなるのも当たり前と言えばそうなのだが、ご主人様たちの前で大丈夫なのだろうか。割と汚い叫び声だったが……。
しかし、あの場で理世と話すのは問題だし、かといって一度帰すのも店としては憚れる。俺からは彼女に身を預けるしかなかったのだが、
「ねえ、そろそろ離してくれない?」
「離したらそのまま押し倒してメチャクチャにしていいの?」
「なんでだよ!?」
「そりゃ自分の好きな人がメイドになってたら襲うわよね」
「やめろよ!?」
突然の暴論に俺は思わず彼女の手の拘束から器用に離脱する。束縛を逃れた自分の手を眺めてため息をついた。まさかメイド以外立ち入り禁止の通路にズカズカと入ってくるとは思わなかったし、引き摺り込まれるなんて想像もしていなかったからだ。
「それでショウは大丈夫なの?」
「ん? バレてないからな、問題ないぞ」
「……そう」
理世は軽く頷いて平然とこの通路を歩いていく。
「そうなのね」
「んだよ。……?」
「よく胸に何もつけずにいてバレなかったわね」
「やめろや」
彼女の隣について歩けば、理世は俺の胸部に手を押し付けてくる。
俺はその手を払いながら訊ねる。
「で、理世はここで働いてたのか?」
「いいや。普通に客だけど」
「だったら大人しくお嬢様として接待されてな」
「男が手助けやってるよりは遥かに安心だと思うけど」
「グゥッ……」
「はい、ピース」
パシャリといつのまにか取り出していたスマホでメイド姿の俺を写真に納める。理世は写真を見てうっとりとしながら笑う。
「待ち受けにしよ」
「やめろ!!」
「は〜〜い」
俺の制止を聞きながら理世はスマホを弄り続ける。
どうするべきかとため息をつきたくなる。
少しして俺と理世はスタッフルームの扉の前まで来ていた。中に入られた以上、もうメイドとしてホールに出てもらった方が良いだろうと考えているが、それをミドリさんたちが許可するかどうかが問題だった。
ツタツタと小さな足音が聞こえてきた。それも2対の足音だった。
「ちょっと何してるのキミ!?」
声を張り、指を差すのはミドリさんだ。メイドの聖域でもあるこの場所を土足で踏み荒らそうとする不届者を睨みつける。
「まぁまぁ、面白いしいいじゃない」
「ハツカは呑気な事言ってー!」
その後ろを見ればハツカもいたが、ミドリさんとは対照的に面白いことが起きたと言わんばかりの愉快そうな笑みを浮かべる。
「なにってメイドになるのよ」
現れたふたりに興味を持たない理世は、湛えていた笑みを消してドアを開けて中に入る。
「ちょっと待ちなよ! キミがなんでメイドになるの!?」
「人手が足りないんでしょ? ならやるわよ」
続けて俺たち三人もスタッフルームに入る。
「丈合うのあるかしら」なんて呟きながら理世はドアのそばに置かれていたハンガーラックにかけられたメイド服を物色している。
俺はミドリさんとハツカに視線を移す。
「吼月く〜〜ん?」
「これはどうしようもないですよ」
ミドリさんは俺が事情を話したと思っているようだが、俺は一切語っていない。語っていないが、理世はどうしてここに俺がメイドをしているのか理解している。
「だとしても、ホールからこっちに入るのは駄目だろ」
「こうしなかったら手伝わせないでしょ? アソコから入れば否が応でも従業員として私を扱わないといけなくなる」
その辺りは首を横に振るか、縦に振るかは分からない。
現状、これ以上他人の手を借りる必要があるほどではないし、このタイミングで俺と入れ替わっても、バレる心配は余程のアクシデントがない限りないから意味はない。
しかし、残りの時間の心配をするなら入れ替わった方がいいだろう。
「わざわざショウにこんな事させる必要がなくなる」
理世はバレて店に負担がかかる心配をしているようだった。
「第一、ショウもショウよ! なんで私を呼ばなかったのよ!」
「その時、俺がメイドになる必要があったんだ。呼んで来るまでにも時間がかかるならそこに居る俺がやるべきだ」
「アンタねぇ……! ストーカー気質の奴だって居るかもしれないのに!」
「そんな奴に俺が負けると思うのか?」
「負けないでしょうね! でも、それとこれは話が別でしょ!?」
確かにストーカーになる客がいないとは言い切れない。しかし、ストーカーがいるとしても容姿はメイド服やウィッグで騙しているし、仕草はメイド用にミドリさんたちのものを使っているから問題はない。
強情な理世はそれを理解しながらも犬みたいに噛み付いてくる。
「ねぇ」
そんな様子を見続けるミドリさんは呆れたように割って入いる。
「こっちをそっちのけで喧嘩するのやめてくれない?」
「あ、ごめんなさい」
流石に申し訳なさに負けて俺と理世は頭を下げる。
「それにしてもふたりはなんなの? えっと……」
「理世。倉賀野理世ですよ」
「なんで理世ちゃんは吼月くんが手伝いでやるって分かってて、吼月くんは呼んだら理世ちゃんが来るって断定してるのよ」
ミドリさんの質問に俺たちは互いの顔を見合わせることもなく口にする。
「こいつだから」
それだけだ。
つまり––––まぁ、コイツならそうするだろう。という思考なのだ。
俺たちの言い分にミドリさんが不思議そうに見つめてくる。少し首を捻りたくなったのは、一歩引いた位置で俺たちを眺めていたハツカが訝しむような視線を向けてきたことだった。
まぁ、ハツカとしては一応落とそうとしている相手が、別の相手と合わせる事なく同じ言葉を重ねたのが面白くないのだろう。
「……キミらはどんな関係なの?」
「フラれた人です」
「フッた人です」
そう答えるとミドリさんはいよいよギョッとした目で俺たちを見つめるようになった。
「後味悪くないか? このネタ……」
「笑いの種にできる方がいいわよ。一度告白を断れたぐらいならね」
今後学校の奴らに聞かれたらどうするか。
それを考えてきたときに理世が「いっそのことネタにしよう」と言い放ってきた。俺も最初驚いたけれど、理世にとって善いならそれで良い。
口にした通り、釘を打たれるような罪悪感が心に宿るのだが。悲しさは理世も同じだろうかいいけれど。
「キミらってそういう関係なの……!?」
固まっていたミドリさんが再び動き出して、俺とハツカを見やる。その顔は確かに驚いているが、どうなるか分からない面白さに心が飛び跳ねているようでもだった。
「まぁ……そうっすね……」
「珍しい仲の良さだね」
告白を断った一般的な人たちの関係性がどうなのかは知らないが、学校の奴らの反応を見るに疎遠になることが殆どなのだろう。
そう思うとこの関係は俺として、やはり有難いものだ。
「でも、そうか–––」と呟くとミドリさんの視線が、俺たちの鼻の位置から下に向かう。
「勿体無い。色々と……勿体無い」
「うん。確かに勿体無いね」
残念そうにぼやくミドリさんの視線の跡を追うようにしてハツカも目だけを動かした。
俺は何を見ているのだろうかと首を捻る。首の付け根あたりを見ているのは確かなのだが–––
「ふたりはどこを見てるんです?」
「どこがって、そりゃ……大きいところ」
「……?」
「まあ何がとは言わないよ」
「そうよ。ショウにはまだ早い事だわ」
「腹立つな〜〜」
ハツカとミドリさん、挙句に理世までもが腕を組みながら大袈裟に頷き合っていた。理世が腕を組むとふたりは目と鼻を強く開いていたのが気になったが、それを訊ねる時間はなかった。
「吼月くん、一回ここを出ようか」
「え?」
「出るだけで良いから」
「え、はい」
いっそのこと理世にもメイドをやってもらうことにしたのだろう。
ミドリさんに促されて俺はスタッフルームの外に出ていくため、ドアノブに手をかける。
「……朴念仁」
「は?」
「もう少しこの人たちみたいに
「…………最初のはよく分からんが、馬鹿になるのは善処はしよう」
外に出て俺は三人の会話を待つことにした。
「……」
静かな通路に俺はひとりきりで立つ。
ここを出ていろ–––とだけ言われると、ホールに戻って仕事だけしていればいいのか、通路で待って理世と交代するべきなのか分からず手持ち無沙汰になる。
辛い。暇というのが辛い。
寝るということもでき–––
「立って寝ればいいのか」
いや、流石にそれは仕事をしている人達がいる中で手伝いの俺が寝るのはいけないだろう。
どう暇を潰したものかと考えながら唸る。
「あれ? でも着替えるならハツカも外に出ないといけないよな」
普段の姿ならバレないとしても今日は男の姿だし、なによりハツカがそこまでして理世の着替えを見たいと思うだろうか。吸血鬼である彼が手順を踏まず、欲望に身を任せて嫌われるようなことをするとは考えにくい。
やるなら眷属にしてからでも。
というか、女の着替えが見たいなら宇津木や時葉に頼めば良い。あのふたりだってスタイルいいし、なにより自分の眷属なのだから。
「気になるな」
ハツカが何をしでかすのかと思いながら、俺はドアにそっと耳を這わせる。中の声を聞き通ろうと集中する。
「……」
中で会話する三人の声がドアを伝って耳朶を打つ。
「倉賀野ちゃんってさぁ、大きいよね」
「何がです? ミドリちゃんも貴方もハッキリ言ってくださいよ」
「……それはねぇ、僕から言うのは憚れるよね」
「ふむ。おっぱい大きいよね」
「揉みます?」
「……!?」
「いいの……!!」
「いいよ、ふたりとも」
三人の雰囲気を悟り、俺は思わず顔を両手で覆った。一触即発という雰囲気ではないし、理世も楽しんでいる節があった。
「……」
それでも俺にとって何か大きなものが勢いよく叩かれた気がして、ホールへと覚束ない足取りで進み出す。
ホールへの扉を押し開いて、
辺りを見渡せば何事もなく仕事は進んでいるようで、彼女たちがうまく回してくれたのだと確信した。良かった。俺のせいで逆に運営が滞ったらいけないし。
「あ、しょうちゃん」
俺が戻ってきた事に気がついたアリサさんが駆け寄ってくる。
「大丈夫だった?」
「……」
「しょうちゃん?」
アリサさんが俺を覗き込んで来るので、俺は思わず彼女に告げてしまった。
「アリサさん……」
「どうしたの?」
「み、ミドリさんたちに穢されました」
彼女の両手を握り、訴えるようにしてそう話した。
アリサさんは俺の目と手を交互に見つめながら、それ以外動きが停止してしまっていた。
「は」
ついに動き出したと思えば彼女は口を大きく開いて叫ぶ。
「はいぃぃい!!!?!?」
ホールに激震が奔る。
☆
「いやぁ〜〜参ったね。まさかアリサちゃんが飛び込んで来るとは」
「しかも、何故か僕らが吼月くんを汚したみたいな話になってるし」
「『何やってるんですか!! ミドリちゃん!!』て、あそこまでの叫んでるアリサちゃん初めて見たよ」
吼月くんを外に出して倉賀野ちゃんの胸の話をしていると、突然アリサと呼ばれるメイドが飛び込んできた。
彼女は
「理世ちゃんの胸をガン見してた時に来るとはアリサちゃんも間が悪い」
飛び込んできたのがミドリちゃんが倉賀野ちゃんの目の前で触るか触らないか決めかねていた時だったので、こちらは大慌て。
「あはは、おっかしぃ〜〜」
騒ぎの中心であるはずの倉賀野ちゃんは騒動を気に留めることもなく、自分のスマホを見て笑っている。
突然の来訪者に驚いた僕らの写真を眺めているようだ。
吼月くんの親友なだけあってこの子も中々食えない子供だった。
「キミも食えない子だね……」とミドリちゃんも同意見らしく少し照れながら呟いた。
「それでミドリちゃん、私のは柔らかかった?」
「………はい、沈み込むほど良いモノでした」
「……」
「あ、蘿蔔さん。ちょっと羨ましがってるでしょ」
「ないよ」
ミドリちゃんが照れているのは、倉賀野ちゃんによって彼女の手が胸に押し当てられたことが原因だ。
突然の来訪のあと突如として手に伝わる感触に驚き続けたミドリちゃんの顔はそれはもう朱に染まるなんてレベルではなかった。その姿も倉賀野ちゃんのスマホの中に収められている。
本人は「後でチェキ代として払えばいい?」と口にしている。
「ま、嫌なら後で消しますよ」
「なら消して」
「はい」
恥ずかしそうに頬をかきながらお願いするミドリちゃんに見せるようにして、倉賀野ちゃんは迷いなく写真を消し去ってみせた。復元もできないようにしっかりと消すから、彼女にとっては執着などない遊びなんだ。
「キミって意外と破廉恥なの?」
「どうでしょう。女子だけだと触り合ったりもしますし、それが嫌いな子がいたら遠ざかるだけですから、破廉恥云々よりも純粋な遊びって感じですね。ウチのクラスにもおっきい子いるので」
「ふーん」
頷きながら僕は中々性格が違うなと思った。
もちろん相手は吼月くんとのわけだが、彼女は明るく気さくだ。
遊び心のある優等生だ。
人助けに邁進する吼月くんとは気質が違うというか、少なくとも表面上のタイプとしては彼女は夕くんの方が近いだろう。気質としては夕くんだけど、それでも噛み合っているのが吼月くんと倉賀野ちゃんなわけだ。
「ふたりって本当に仲良かったんだね」
「なんですかそれ? フラれた人に対する嫌味?」
「いいや。ふたりは『ベストマッチだから』って聞いてて、気になってたからさ」
「そう言うわけですか」と彼女は頷いた。
「キミも人助けとかするの?」
「必要ならしますよ。当然でしょう」
その返答だと、どのあたりが彼女の範疇なのか分からなくなってしまったのは吼月くんと過ごした弊害かもしれない。
それを見抜かれたのか彼女は続ける。
「ベストマッチですから。ショウと私は価値観が似てるので、大体やろうとすることは同じですよ。自分のやれることをやるだけです」
「……それは他の学校の子でも困ってても助けるってことだよね」
「ええ。安心してください。私たちはお互いにできることもできないことも自覚してますから」
「本当に?」
「もちろん。だってバッチがない人に弁護士は任せられないのは一目瞭然ですよね」
「……ああ」
その例えを言われてひとまず彼女の言い分を呑み込んだ。園田の件では下手に自分が動くのではなくキチンと知り合いの弁護士に話を持って行っているのだ。
分かってはいるのだろうけど、必要なら、出来ることなら突き進むという危うさを彼女は肯定していた。
「それで気が合って好きになったの?」
「いいえ。そこは普通にヒトとして当たり前のことですから。できないなら化け物ですよ」
「それは言い過ぎじゃない?」
そう言い返す僕らに彼女は少し驚きながら目を左右に動かす。
「なら吼月くんのどこが好きなの?」
「あ。それ僕も気になる」
容姿はともかく深くまで彼を知ろうとすると、彼のダメな部分も見えてくるから一度恋愛的な好意を抱いている子の声を聞きたかった。
「そうですね。ちゃんと善いところは良いって、悪い部分はいけないって言えるところ。しかも悪い部分は口だけで終わらせずに、バレーが苦手な子から頼まれれば教師に褒められるレベルになるまで一緒に練習しますし。
そんな最高最善を目指す姿が好きなんですよ」
「へえ〜〜」
中学生の恋バナにミドリちゃんは楽しそうに聴いている。
「女装を見破ったのも好きだからだったりして」
「当然でしょう。好きな相手の一挙手一投足を見破らないほど落ちぶれていませんよ」
「けっこう強火だな……」
彼女の口ぶりから本当に好きなんだと伝わってくる。吸血鬼だからより鮮明に理解できる。
吼月くんが吸血鬼になったら真っ先に眷属になるのは彼女だろう。
「本人には? 吼月くんには直接言ったの?」
「言って理解してくれると思います?」
「あぁ……」
しかし、倉賀野ちゃんの言い分にミドリちゃんが落胆する。当然僕も流石にため息をつきたくなる。
恋してくれてる相手の言葉すら信じられないもんな……吼月くんは。
「最高最善ね」
確かに間違いなく美点だし、優しい一面でもある。
学校生活で他にどんな事があるのか僕は知らないから深くまで言えなかったが、限度というものはある。
「そういえば教師からも頼まれごとするって言ってたっけ」
「あぁ……多分それはアレですね。部活へのクレームの」
「部活のクレーム?」
「最近よくあるじゃないですか。生徒の声が煩いってやつ」
「ニュースとかでたまに見るね」
確か公園でも騒音だって騒いでた奴らがいた記憶がある。
「その時に教師や生徒、保護者からの話とか、クレームを出した人が小森にいつから住んでるのかを調べて黙らせた事があるせいで、無駄に頼られるようになってしまって……」
「……え、それは自分からやったの?」
「いいえ。一年の時に教師から生徒会に流されてきたモノを押し付けられただけですよ」
「あの子はもぉ……」
「情報収集用のメールや集計、クレーマーへの説得もひとりでやったせいで去年の生徒会は教師の贔屓であの子一強になって、また押し付けられてるし」
「……えぇ」
頭が痛くなってくる。押し付けられたとしても、生徒がやるようなことではないと教師に戻すべきことだ。
「今も生徒会はやってるんだよね? それも押し付けられて?」
「あ、いやそれは……そのぉ……」
語尾が弱くなっていく彼女の姿を見て僕らは首を傾げる。
「私のせいなんです。生徒会に入ったのは」
「どういうこと……?」
「えっとですね。多分知ってると思うんですけどウチには夜守コウや夕マヒルって生徒がいるんですよ」
「あ、ああ、よく知ってるよ」
いきなり知っている名前がふたりも出てきて僕らの背筋が少し伸びる。なんせどちらも吸血鬼候補だから、変に気を張ってしまった。
「ショウは少なからず2人に憧れがあったので」
「そうだったの?」
「ショウが憧れてるって自覚してるかは分かりませんけどね。けど、あの子の人並みな笑顔は2人を見て覚えたものですよ」
「……へぇ」
吼月くんが夜守くんと夕くんに憧れているいうのは初耳だ。しかし、そう考えれば吼月くんが夜守くんと再開して一晩で名前呼びになったのも頷ける。
「……盗撮専門の探偵にそんな子がいるとは」
「待ってください。ウチの生徒はここで何をやってるんです?」
「倉賀野ちゃん。脱線するから後にしよう」
「そ、そうですね……」
倉賀野ちゃんは頷いて話し続ける。
「けど同時に違和感もあったようでして」
名前ではなくフルネームだったわけ。
尊敬もしているが、同時に異物感を覚えてしまった原因。
「その違和感っていうのが–––」
「なんで大して居たいと思えない相手と一緒にいるのか」
「その通りです」
僕の推論を彼女はおもむろに肯定した。
「人助けしてれば多かれ少なかれそれ以外の人にも囲まれるもんじゃないの?」
「いえ、ショウの場合は助けたら去っていくタイプなので、学年問わずに仲が進展しなくて悶々としてる人が多い感じですね」
「つくづく勿体無いことをするね」
「……自惚れないためっていうのもあるのですが、ふたりと違ってショウはコミニティーを作る理由が分からないんです。ある時、私に『なんでアイツらは態々興味もない奴らといるの?』と聞いてきたことがあったんです。
それで『なら部活か委員会にでも入れば分かるんじゃない?』って言った結果……」
「生徒会に入った、と……」
「ええ。元々優等生として見られていましたしすんなり入って」
クラスでコミニティーができないなら集いに参加するのは手だろう。学校じゃなくても沙原くんのようにクラブでも良い。
でも、今の吼月くんからの様子として理解はできなかったのだろう。
「ショウのことなので仕方ないことではあるのですが、ただ負担を増やすだけになってしまって……」
「罪悪感でキミも生徒会に入ったってこと?」
「学校では私が必要ですし」
遠回しな惚気か?というツッコミは胃の中に収めつつ、僕は理解する。少なくとも彼女は吼月くんにとって僕レベルで大切な存在なのだから、それを口にする権利がある。
少なくとも心配で、悪意があるわけではないのだからいい。
「色々心配なんですよ。しかも夜守コウが不登校になってからは自分から率先して助け出すようになってますし……」
「ん? なに。夜守くんの不登校にショウくんが絡んでるの?」
「いいえ、全く。仲良かったわけでもないですし」
「だったらなんで?」
「夜守コウが無理してるのを知ってたから」
「あぁ……」
彼女の口にする理由は吼月くんが考えそうなことだった。
同時に勿体無い生き方だなとつくづく思う。だって自分の関係のないところに深入りしすぎても、自分のためには決してならないのだから。
「だから、気になってるんだけど–––」
今度は倉賀野ちゃんが僕を見据えて話しかけてきた。
「なんでショウにあんなことやらせてるの」
「……?」
僕は思わず首を傾げた。
知らない人からすれば男である吼月くんをメイドにすることに違和感を持つ人もいるかもしれない。しかし、彼女が発するのはどこか怒りのようなものに思えてならなかった。
「わざわざショウに接客させるなんて。あの子がメイド喫茶なんて来るはずないんだから、貴方がやらせたんでしょう」
「合ってるけど……そっち……?」
「え?」
どうやら着眼点自体が違ったようで僕の反応を見て彼女は戸惑いながら、何かボソリと呟いた。
「なに?」
「いいえ。意地悪でやってないならいいんです」
「失礼だな。……」
僕は黙って倉賀野ちゃんの様子を観察し、思考する。
接客をさせるなんて–––というのは衝動のことを言ったいるのだろうか。
彼女の様子からして時折吼月くんが相談しているのは間違いないのだろう。価値観の違いはともかく明確な欠点を話すことはないだろう。だととしても、彼女は吼月くんの衝動のせいで目の前で告白を断られたのだ。
馬鹿みたいに仲が良いと言われる関係でフラれた。
なら、何かしら勘づいていても不思議ではないが。
––––それにしても他人を嫌っているって決めウチしてる言い方だな。
彼女の言い方はあまりにも断定的すぎる。
「あの子は子供ですから関わるならちゃんと面倒を見てあげてくださいね。5歳児……いや、6歳児を扱うつもりで」
「そのつもりだよ」
彼女の喩えに眉毛をピクリと動かしながら頷いた。
言われなくても眷属にするのだから当たり前だ。
『子供ですから』と念押しされるほどのことではない。脈略もなく百足伝説を例えとして使ったり、頭を撫でられて嬉しそうにしたりする。知恵も精神も子供だ。
僕の返答に彼女は肩の力を抜いた。
「……なんというかさ」
沈黙していたミドリちゃんが口を開いた。
「ふたりって気が合うっていうか……なんか保護者みたいだよね」
「ある意味親みたいなもんだし」
「私はまぁベストマッチですし」
当たらずも遠からず。
あの子に接しようとすると自然とこれが最適解かなと思って行動している。吸血鬼の本能か、血に左右されたのかは分からないが僕がやる事だから間違っているとは思わないし。
「ま、応援しましょうよ」
そこまで言われて倉賀野ちゃんは思い出したようにミドリちゃんに訊ねる。
「それで私ってメイドとしてそろそろ出ていいですよね?」
「あ、そんな話してたね」
「すっかり忘れてた」
「大事なのに……」
倉賀野さんが肩をすくめながらぼやく。
「だって、私の休憩が終わったら吼月くんと交代して終わりだし」
「マジですか……?」
「マジマジ」
「うっっわ、やらかした〜……! 最後に顔出ししてメイドのひとりですってやっていいです?」
「いいよ。今後呼んだら手を貸してくれる?」
「予定が合えば構いませんよ」
スマホを出し合って連絡先を交換するふたりのついでに僕も頂いた。
人騒がせな子だなと思いながらも、あの騒動も吼月くんのためなんだろうなと僕は思う。吼月くんがどう受け取ったかは分からないが、『わざわざショウにこんな事させる必要がなくなる』という言葉は間違いなく不安から来るものだろう。
こんな子がそばにいるのによくもまぁ……信頼できないなんて言えたものだ。
いや、倉賀野ちゃんでもダメだったから『できない』って思ったんだろう。
価値観だって合うし、好きなものだって似ている。
だというのに、それでも無理なのは根本的に人間のことが––––
「たく、世話が焼けるよ」
ちゃんと僕のモノにして、何もかも曝け出させてやる。
「そうだ。倉賀野ちゃん」
「はい? どうかしましたか?」
「さっきの答え、教えてあげる」
逸らしていた話の答えを僕は彼女に伝える。
「頭を撫でたらあの子がもっと笑えるようにするためだよ」
僕の答えに彼女は少し嬉しそうに笑った。