よふかしのあじ   作:フェイクライター

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第五十七夜「夢中にならないでください」

–––あはは……

 

 メイドとして働いている限り表には出さないが、俺の心の中に乾いた感情があることを自覚していた。

 発端は理世たちの会話にあるのだが、何故か分からないが強いショックを受けていたのだ。それがひとつのワードに衝撃を受けたのか、それとも会話全体に対して衝撃を受けたのか自分でも判然としない。

 

「まさかミドリちゃんが顔を真っ赤にして驚くとは……」

「先ほどはお騒がせしました……アリサさんには本当に頭が上がりません」

 

 数分で何度も口にした謝罪をして、会話をしていたことを思い出す。

 ホール作業に復帰すると、俺はご主人様やお嬢様たちに軽く会釈して回っていた。その流れでアリサさんとチェキをすることになった。お嬢様とアリサさんとチェキを撮り終えた所で、軽く会話することになったのだ。

 

「状況が悪かったよ。みどりちゃんもアレ言ってたし、触ってたし」

「……」

「なに、アレを具体的に言って欲しそうな目をしてるんです?」

「してないですよ。あと触らせたのは理世ですよ」

 

 流石に客の前で場をわきまえたのか、アリサさんは少し頬を赤らめながら言葉を濁す。潜めた声が余計に恥じらった様子を際立たせる。

 何を指すのか。率直に言ってしまえばミドリさんの『おっぱい大きいよね』発言のことだ。

 

「もしかしてしょうちゃんってあまり免疫ないタイプ?」

「別にそういうわけでは……その手の話題をしたこともありますし」

 

 体育で一緒になる飯井垣から理世の容姿が良いという話題を振られたことがある。その時には『いい脚だよな』なんて言われていた。

 もしかしたらアイツとは趣味が合うのかも–––などと余計な考えは捨てておくとして、特別変な感情を抱くことはなかった。少なくとも心に大木を叩きつけられるような感覚には襲われていない。

 

「その辺りの感性が最近になって育ってきた節はありますけど」

 

 人の部位に対する好感を性欲と一纏めにするのは憚れるかもしれないが、個人的にはそうした話題に対して自分が反応するようになったのはハツカと会ってからだ。詳しく言えば、ハツカと銭湯に入ってからだと思う。

 俺は顎を引いて、自分の胸を見る。

 なんら恥じることのない男らしい胸筋の凹凸のみがある、なだらかな胸だ。けれども、この場において正しい物なのだろうか。

 視線を上げて目の前にいるアリサさんの胸を見る。

 

「アリサさんの大きいですよね」

「言葉だけならセクハラなのに全く不純を感じない……なんか納得いかないですね」

「いまは欲の話はしてないですから」

 

 理解さえしていれば特に慌てることない。

 アリサさんの胸は女性らしい豊かな膨らみがメイド服という特殊な装いの影響で更に強調されている。思い出してみればミドリさんの胸も突き出ていた。

 メイド服というのは女性の特色を強く出せるように設計されているのかもしれない。

 

「嘆く訳ではないですけど、やっぱり詰め物とかした方が良かったですか……?」

「今更じゃないかな」

 

 ミドリさんの口ぶりからして頼めば貰えたかもしれない。

 自分で断ったこととはいえ、やはり付けておいた方が良かったかなと今更後悔してしまっている。

 

–––いいや! 俺は男だ! 何も間違っていない!!

 

 俺の意思を後押しするように近くの席から待ったをかける声が飛ぶ。

 声の主は先ほどチェキを撮ったお嬢様だった。どうやら耳を立てて潜めていた会話を盗み聞きしていたようだった。

 

「しょうちゃん、待ちなさい。まな板にはまな板の良さがあるんです!」

「……?」

 

 俺は意味がわからず、すぐにアリサさんに耳打ちで訊ねる。

 

「まな板ってどういうことですか?」

「えっ……とねえ、胸が小さい人のことかな」

「僕はそのタイプの需要がある人に人気なのか」

「需要……需要だけど、しょうちゃんの場合はちょっと違う気がする……」

「どういうことです?」

 

 俺は首を傾げていると、またお嬢様から進言が来る。

 

「背が伸びたらスレンダーになってしょうちゃん平野も見栄え良くなって……そうだ! ふたりとも、猫耳カチューシャつけてもう一枚チェキお願いして良いですか?」

「ええ、構いませんよ」

 

 アリサさんが笑顔で頷くとすぐにこちらに振り返る。

 

「つまりね、猫や犬を愛でる時に雌でも普通、胸とか気にしないでしょ? それとおんなじだと思う」

「待ってください。自分、本当に愛玩動物として見られてるってことですか!?」

「それは目元が原因かなあ」

 

 自覚はしていないが媚びるような目線をしているのだろうか。

 ……そう思うと自分が情けなく感じてしまうが、ここでは良い働きをしているので良しとしよう。

 

「胸、ね……」

 

 衝撃を受けたのは今まで理世を性欲が混じった目線で見たことがなかったからだろうか。胸が大きいなんて目に止めたこともなかったから、ハツカたちに言われて初めて気がついた。

 俺は今まで理世のことを女子として見ていなかったのだろう。

 これは男として見ている訳ではなく、男女を差し引いて理世という個体で見ていたからだと思う。個人的にそれが悪いことだと思えないが、今後は女子だということも意識して関係を作った方がいいかもしれない。

 そしてハツカのことだが、いつもは見た目が女なだけでアイツの軸は割と男だ。女性の大きな胸が好きでも当然だろう。

 

 宇津木も時葉も胸大きいもんな……。

 

 俺が胸のことを気にするなんて阿呆らしいと思うが、ハツカはよく俺に女装をさせる。男ではなくハツカと同じ女装側に立たせるつもりでいるならば、俺は自分の身体を見直した方がいいのかもしれない。

 そう頭の中で考えを巡らせるが、どうにも納得できない。俺自身が男だという主張もそうだが、きっと他にもある。

 理世がハツカに気を許すのも、ハツカが理世に興味を持つのも理解できる。しかし、なぜか釈然としない。それが何故なのか分からない。乾いた感情に水をやれども、逆に中の水分が奪われるような感覚に陥る。

 

「はい、ピース!」

 

 猫耳カチューシャをつけて再度アリサさんと一緒にチェキし終えると、別の客からの呼び出しベルが鳴る。お嬢様に別れの挨拶をしてからそちらへと向かう。

 呼び出したのはハツカのようだった。

 

–––ハツカのところか……てか、アイツ普通にスタッフルームの方に来てたけどバレなかったのかな……?

 

 今更疑問に思うが、吸血鬼だし人に見つからないよう壁をすり抜けてきたのだろう。

 柵で姿を隠す席に座るハツカの下に歩み寄る。

 

「お待たせしました、ご主人様」

「おかえり」

「やっほ〜しょうちゃん」

「……ひぅ?」

 

 ハツカだけが座っていたはずの席にもう1人、珍客がいた。理世がハツカの対面に座っていたのだ。

 いつの間にか戻ってきたのだろうか。

 理世はケラケラと笑いながら俺に手を振る。

 そんな彼女はメイド服を着ていた。

 

「お嬢様のメイド姿、僕、とても好きですよ。大変似合っております」

「そう? ありがとう」

 

 どうやらメイドの仕事をやるつもりのようだが、彼女の前には既に半分ほど飲み干されたミックスジュースが置かれている。食い尽くされたオレンジがジュースに浸かっている。

 

「お聞きしたいのですが、仕事するのかしないのかどっちなのでしょうか。お嬢様?」

「そう急くんじゃないの。呼んだのは蘿蔔さんだし、私だって元々客として来たのよ? 代金も払うし、これくらい良いじゃない」

「しょうちゃんのお友達ってマイペースだよね」

「……お嬢様。この方に言われるのは相当だと思いますよ。ご主人様もかなりマイペースですので」

 

 俺がそう言うと、二人揃って「え?」という驚きがそのまま顔になったかのような表情になる。コイツら、自覚ないんか。

 

「それではご主人様、ご注文をお聞きします」

「コーヒーのホットのお代わり。ところでしょうちゃんよ。語尾にニャはつけないの?」

「なんでだニャ?……あ」

 

 ハツカを訝しむ俺は、自分の頭に猫耳をつけていたことを思い出す。

 友人に猫耳姿を見られるのは恥ずかしい。

 チェキ用ということもありすぐに取り外そうとするが、頭へ伸ばそうとした手を理世に掴まれた。

 

「なんでしょうか、お嬢様」

「待ちなさい。そのままの姿で魔法をかけなさい」

「既に魔法はかかっていると思われますが」

「魔法をかけてるしょうちゃんの姿が見たいのよ。あとぎゅんじゃなくてニャでお願い」

 

 俺のその姿にどんな魅力があるのか分からないがして欲しいなら仕方がない。すっ、と胸の前に手でハートを作る。

 

「萌え萌えぎゅ〜〜〜〜ん!!♡」

「んんーーっ!!」

 

 ハートを突き出して魔法をかける。

 ジュースに向けてではなく半ば理世にかける意識で魅せるように魔法を使うと、理世はスッと片手で自分の口元を覆う。

 なんやコイツ……。

 

「ふぅ……すぅ……」

 

 深呼吸を数回繰り返してから落ち着いた理世がジュースに口をつける。

 一口飲み下して、息を吐く。ジュースに目線を落とし満足そうに笑みを溢す理世に、俺は微笑んだ。

 老若男女問わず嬉しさのあまり不意にこぼす笑みは美しいものだが、理世のこうした何気ない笑みは本当に綺麗だと思う。なにか不純なものが混じっている様子がないのだ。

 その見つめた綺麗な三日月を描く唇を見て、俺はある事に気がつく。

 

「お嬢様、口元」

「え?」

「果皮が付いていますよ」

 

 オレンジの白い繊維が口端についていたのでメイド服のポケットからハンカチで取り出した。

 ハンカチで口元を拭う時、確認のため自身の顔を理世の横顔に寄せる。

 彼女の荒い鼻息が聞こえてくるが、気にせず果皮を取り除く。果皮は微かに唾液で濡れていて、ハンカチ越しに俺の指に染み込むが理世の唾液なので問題ない。すぐに乾くだろう。

 

「これでお綺麗な顔がもっと美しくなりましたね」

「……」

 

 赤くした顔のまま理世はジュースから視線を外すと、チラリと俺を視界に収めたあとハツカを強く見据えた。そしてハツカに見せつけるようにメイド服でより強調された胸を張る。

 妖しい笑みを浮かべる理世は手に持っていたジュースをその胸の上に置いた。

 

「……!?」

 

 ハツカの目線が理世の胸元に釘付けになった。

 紳士的で欲望に忠実な瞳だ。ナズナさんのような初々しさがあれば少しは可愛く見えたかもしれないが、照れなど見せず堂々と瞳に理世の胸を入れる。

 ホントこういう所は男だなって思う。

 傍から見ればかなり失礼かもしれないが、理世はハツカと同じく自分の容姿に自信がある。胸を見せつけられるのもそれ故で、男女問わず露骨でも見られるのは悪い気がしないのだ。勿論、ある程度のパーソナルスペースに入れた相手にしかやらない分別はある。

 けれど、どちらにもいい気分がしない俺がいる。

 別にハツカが理世に興味を持ち果てには眷属にしようと久利原たちと同じだけだし、理世が未知(ハツカ)に興味を持って揶揄ってるのもいつものことだ。自分が口を出すことではない。

 

「はしたないですよお嬢様。ご主人様も胸にばかり夢中にならないでください」

 

 俺はそう思いつつも腕で抱えていたトレイを理世の胸の前に出し、ハツカの視線を切った。そして俺は理世の大きな胸に目下ろす。下品だが、触ったらどんな感触がするのだろうと思った。

 してやったりとニヤケ顔をする理世が俺に訊ねてくる。

 

「蘿蔔さんとはどんな関係なの?」

「どんな関係って理世と同じくらい特別仲のいいと思ってる相手だよ」

 

 俺がそういうとふたりとも面白くなさそうな顔をする。

 

「友達ってこと?」

「今はそうですね。今後はダチになりたいと思ってますよ」

「なるほど。いいポジションじゃない」

 

 訝しむ理世が俺の答えに理解を示して頷いた。

 一方ハツカは「君たちだけで分かる言葉使うのやめてよ」と最もな反論をしてきた。

 

「蘿蔔さんは分からなくていいのよ」

「そう。僕らだけ分かればいいのさ」

 

 別に興味ないことにわざわざ共感してもらおうとするつもりはない。

 俺の趣味や価値観に共感など必要ことなどなく、そのままのハツカでいいのだ。

 

「それではご注文をお聞きしますね、ご主人様」

「今度は僕もミックスジュースを頼もうかな」

「でしたら、こちらのオムライスとのセットであればお得になりますよ」

「へえ、そんなに僕に魔法をかけたいんだ」

「ご主人様は自意識過剰すぎますよ」

 

 そうも思うけれど、俺はそっとハツカの耳に口を近づけて、もうひとつ本心を付け加える。

 

「……ハツカ様にならいつでもかけますし」

 

 ひっそりとした声。トレイを使って理世や他の客に口を読まれないようにしながら伝えた。俺の息が耳にかかり背筋を震わせるハツカは可愛らしい。

 何故か頬が熱くなる。いま鏡を見たら顔が赤々と熱を帯びているに違いなかった。顔はトレイで隠したままだ。それでも目線を逸らすのは嫌だったので目元だけは露わにして、真っ直ぐハツカを見つめ続けた。

 

「やばい」

 

 ハツカはそんな俺の姿に目を見開く。理世の胸を見ていた時よりも大きく瞼を開けていた、と思う。

 

「ベロチューしたい」

「分かる」

「いきなりなに戯言をほざいてやがりますか」

「ねえ、倉賀野ちゃん。このメイドちゃん口悪いよー」

 

 せせら笑いながらぼやくハツカは俺の文句なんか気にしている様子はない。言葉を返す理世も「素直になれないもんね」と言い出したのだから、実に困る。

 まるで俺がハツカたちに玩具にされたいみたいじゃないか。

 恥ずかしさに耐えかねて俺は話を元の路線に戻す。

 

「ご注文は以上でしょうか」

「うん、ミックスジュースとオムライスをお願い」

「承りました」

 

 オムライスも頼んでくれるんだ。僅かな達成感を抱きながら一礼して去っていくことにした。

 

 

 

 

 吼月くんが去ったあと、蘿蔔ハツカ()は倉賀野ちゃんと女装談義に交わしていた。

 

「ショウってやっぱり女装似合うわね……鼻血でかけちゃった」

「学校でもショウくんを女装させたら……て、話をするの?」

「しますね。上級生とは特に。私がいるから恋人は無理でも、て。その時考えてたのもAラインの服でしたね」

「メイド服ってAだから男の子特有の脚の線を誤魔化してくれるけど、ショウくんは太すぎる訳じゃないし、Iでもいけそうだよね」

「チュールスカートとか良さそうですね」

「それも良いかも。あとは黒のタイトスカートにこの間着てたコートを合わせるか、今ならメンズスカートもあるし」

 

 女装をすることに理不尽な嫌悪感を持つ相手ではなかったため、気軽に話すことができた。それどころか、異性装–––あくまでさせる側だが–––にも元々興味があったようでとても話が合う。

 こうして異性装の話ができる相手が増えるのは喜ばしい限りだ。

 

「学校とかでもショウくんの話で盛り上がったりするんだ」

「盛り上がりますけど、楽しくはないですね」

「なんで?」

「だって、ショウのこと分かってない人と話してても楽しめないでしょ。今のメイドの姿しか知らない相手と話してて盛り上がる訳がない」

 

 つまり、彼女だけが楽しめていない、ということか。

 

「なら、僕とは楽しいんだ」

「蘿蔔さんは本当にいいヒトですから」

 

 返事としては嬉しいモノだが、吼月くんを落とす相手として舐められている気がする。吼月くんからの好感度が倉賀野(人間)と同じという時点で易々と喜べないし、納得もできないけれど。

 

 さっきも仕事だからか分からないけれど、口についた食べカスを取るときのやり方が僕と違うのも腹が立つ。

 僕の時よりもずっと紳士的な対応だった。

 

 ムカつきはするけれど、見方を変えれば自分を好いている相手には紳士的な男の子が、僕の前だけでは女の子っぽくなる。目の前の少女が知らない一面を作り上げていることに快感を覚える。

 現状ふたりはとても仲がいいし、周りからは付き合っているようにも見えていたのだから、僕がやっていることは略奪愛とも言える。

 カブラさんが歪みを自覚しながらも、少なからず楽しめてる理由が分かる気がした。

 

「さっきショウにベロチューしたいって言ってましたけど」

「唐突に話題振るね」

「どんな風にするつもりですか? かなり下品な言い回しですけど」

「下品は余計だよ」

 

 そう聞かれるとどんなシチュエーションが良いかと改めて考えてしまう。

 無理やり押し倒してでもあの子はきっといい反応するだろうから楽しめるだろうけど、あの子にとっては大切なモノになるだろうから、もっと丁寧に印象付けたい。

 

「あの子の記憶がぶっ飛ぶタイミングで入れるよ」

 

 吼月くんが僕に完全に心を開いた時にやる。あの子が望みそうな劇的なタイミングでやるのが適切だろう。

 

「そういえば、キミは嫌じゃないの?」

「嫌じゃないですよ。ショウにベロチューとかしてみたいですし」

「そうじゃないよ。キミってそう簡単にショウくんを諦めるタイプでもないだろう? 僕があの子の唇を奪うの嫌だったりしないの?」

「ショウがしたいと言ってくれるなら、私の唇なんて何番目でもいいですよ。私が最高のキスをすればいい」

 

 中学生という若さならもっと駄々を捏ねてもよさそうなものにも関わらず、達観した口ぶりの彼女は、やはり吼月くんと似た少女だと僕に思わせる。

 その理性があるからこそ、そんな風に思ってる相手と一度も遊んでないっていうのはやっぱりおかしく思えてならない。

 

「ホントはショウが蘿蔔さんを尻に敷いてアタシと一緒に取ってくれると嬉しいんですけどね」

「二人同時になんてそんな甲斐性があの子にあるとは思えないけど」

「でも、蘿蔔さんって全身を縛られてる姿もお似合いだと思いますよ」

「はい?」

 

 彼女の感想に素っ頓狂な声をあげる。

 僕が吼月くんに縛られるのがお似合い?

 

「メイドにリードを引かれるご主人様とかいいじゃないですか!」

 

 結構アブノーマルな性癖をしている子だった。

 

「いい趣味をしてるねキミも。ショウくんを取っちゃう僕への意地悪かい?」

「はい意地悪です!」

「遠慮なく言うね」

「好きな人にベロチューするなんて惜しげもなく言うからですよ。愛人許可証代わりですよ」

 

 ここまで笑顔でハッキリ言われる清々しくある。人間から言われるやっかみなんて慣れたものだが。

 

「でも、やる気があればショウだってできると思いますよ」

「ありえないね」

 

 なぜ倉賀野ちゃんはどうしてあの子を評価しているのだろう。

 人の為に動けるというヒトとして大事な柱は持っている。運動もできるし、家事もできる。なにより僕が認める顔だ。一見しただけなら好きにはなるだろう。

 けれども、彼には精神面で難がありすぎる。俺口調でカッコつけなければ人助けどころか、普通学校生活ですらできていないのだ。

 プライベートで遊んだこともない彼女が、気を張っている時の人助けノンストップの吼月くんの子供らしい内面を僕以上に知ることは出来ない。

 その筈なのに、子供のように扱えと言ったり、人と合わせるなと過保護な事を言ったりする。彼女は吼月くんのなんなのだろうか。

 

「さっきは僕に人に関わらせるなって言ってたけどさ、もっと前からキミが人助けをやめさせれば良かったんじゃない?」

「止まると思っているんですか? 止まらないから善いのに」

「心配なのに?」

「心配することと好きでいることは同時にできますよ。迷わず考えて動けるからこそ、善いんですよ」

 

 もちろん、私の力が必要なんだと言われたら迷わず手をかす。

 そう口にして、惚けるように顔を緩ませる彼女に僕は見覚えがある。久利原たちだ。彼女はいま保護者ではなく久利原たちと同じく崇拝の相手に溺れるような雰囲気に包まれていた。

 僕は彼女が吼月くんに向ける想い不思議で不思議で仕方なかった。

 

「なによりショウが生きてるだけで、私は好きですもの」

 

 その言葉に僕は眉を微かに動かした。

 

「……ショウくんに昔なにかあったのか聞いたことある?」

「私はなにも聞いていませんよ」

 

 吼月くんの過去を知っているのかと思ったが、微かに首を傾げる彼女からは全く嘘の気配がしなかった。

 

「蘿蔔さんこそショウのこと知ってるんですか?」

「知ってるよ。……キミ以上に知っているかもね」

 

 なにを子供相手に熱くなっているのか、と自分でも言いたくなるほどに喧嘩腰になりかけた口調を一回深呼吸して整える。

 相手は探偵さんでもないのに、吸血鬼が人間を敵視するなんて馬鹿らしい。そう思うと一気に気が楽になってくる。

 肩の力を抜く僕は心底愉しそうな倉賀野ちゃんを見つめる。

 

「そうですか、楽しいですね。ショウのことを知ろうとする相手と話すのは。ははっ、はははーっ」

 

 彼女はそう言いと、スマホの時計を見る。そしてスッと立ち上がる。そろそろメイドとしての仕事を始める時間のようだった。

 ならば最後にひとつだけ言っておこう。

 

「倉賀野ちゃん」

「はい、なんでしょう?」

「僕が居る限りショウくんが死ぬことなんてないよ」

 

 僕がそう言うと彼女はまた笑って、

 

「ショウの救世主になれるといいですね。応援していますよ」

 

 そう言ってひらひらと手を振りながら去って行った。彼女の背が見えなくなった後、僕は軽くため息をつく。

 

 救世主ってなんなんだよ……

 

 

 

 そろそろ交代の時間か。

 店内の壁にかけられた時計を見ると、ミドリさんから指示された時間になっていた。辺りを見るとミドリさんもホールに戻ってきている。

 吼月ショウ()は手持ちの仕事を捌ききることにした。

 

「しょうちゃん、残りの仕事預かるわ」

「理、りよちゃん」

 

 その前に理世が俺の肩を軽く叩いた。

 どうやら残りの時間は理世も入るようだった。しかし、俺の仕事のためこれだけは俺が片付けようとするが、すでに休憩時間に入ったためさっさと休めた持っていたトレイを華麗に奪われてしまった。

 

「文句すら挟めなかった」

「ふっふ〜。私ですから」

 

 仕方がない。俺は肩をすくめスタッフルームに続く扉まで歩き出すと、理世が小声で俺に告げる。

 

「蘿蔔さん、いい人ね。ショウのことをちゃんと見ようとしている」

「……うん」

 

 ありきたりな言葉だったけど、仄かに嬉しさが身体に広がった。

 嬉しい。そう、嬉しかった。

 

「これからも頑張りなさい」

「なんの応援だよ」

「進化の応援。ちゃんとダチになりなさいよ」

「応えてやるよ」

 

 じんわりと感じる心地よい感情のまま扉を開けて中に入る。

 ちょうどその時だった。

 スマホが震え、ピコリンと聞き覚えのある電子音が鳴る。俺だけがポツリと立つ通路に軽快な音がよく響く。

 

「ん?」

 

 スマホを取り出して画面を見れば、そこにはメッセージが表示されていた。主を確認すると、意外な人物から送られてきていた。

 

「……ハツカに連絡だけしておくか」

 

 俺は戸惑いながらもその内容に従うことにした。

 さて、もうひと頑張りといきますか!

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