あと80夜はないと嫌なのだ!!
完結してもちょくちょくよふかしのうたのアフターを描いて欲しい!!
供給して欲しい!!
夜道を独りでぶらつくのは好きだ。
真夜中を更に過ぎた丑三つ時なんてもう最高だ。そう考えると時間が早くて靄ってしまうが、それでもいいものだ。
俺を知る者たち。朝を主体とする者たちなんていやしない。いるのはそう……夜の住民だけだ。人間でも外をぶらつく者なんて稀で、基本的には
なんせ、さっき理世に出会ってしまったばかりなのだから。
「何の用があるんだろう?」
夜風が服の下から入り込み、スゥと全身を撫で回るような感触を感じて身体を震わせる。
俺は送られてきたメッセージに従い目的地へと歩いていた。
手伝いも終わったのでハツカと一緒に向かっても良かったのだが、相手がそれを拒んだため俺は独りきりだ。独断専行ではハツカに迷惑がかかるかもしれないし、現状着ている物も彼が所有物なのだから連絡だけはしている。
「さて、もうそろそろだな」
目的地の近道となる裏路地を見つけて、俺はその道へと歩み寄る。
すると、背後から声が俺に向かって投げかけられる。
「ねえ、そこのメイドちゃん」
軽薄な声が耳障りで顔を顰めてしまうが、気づかないふりをして俺は歩き続ける。知らない人に声をかけられても振り返ってはいけないのだ。
しかし、それを妨害するように横からサッと人影が現れる。
「ねっ、無視しないでよ」
「俺たちの声だって聞こえてるでしょ? そこの店、いい酒があるんだけどさ」
俺の目の前に一人、背後にもう1人。
どちらも大学生くらいの男だったが、メイド喫茶で相手をした客とは違いシルバーやピアスを幾つか身につけチャラチャラした服装だった。
酒を飲んだあと特有の息の臭さがあって酔いって怖いなと思いながら彼らを見つめる。
「あの邪魔なんですけど」
「そんな冷たいこと言わないでさ。メイド服、着てるのは今度のハロウィンの予行演習?」
「それならいいコスプレ屋知ってるんだ。一緒に行かない?」
「これは友達の趣味で着せられている物です」
いかにもな竿師崩れの男たちは俺の行手を阻み続ける。
彼らが薄らと浮かべる笑みには下卑たものだった。俺を物として見ているような不快な視線だが、それは彼らが俺を女子として見ているからだろう。
よくもまあハツカや理世はこんな視線を受けて平然としていられるなと尊敬してしまう。
「友人と待ち合わせをしていますので失礼します」
「釣れないな〜。そんなんじゃせっかくの可愛い顔が台無しだよ」
「はい?」
訳を話してから脇を通り抜けようとすると、目の前の男が俺の手首を掴み上げて俺を連れて行こうとする。思わず力を入れて逆らうと、男は若干苛つきながら俺の手首を裏路地を挟む建物の壁面に押し付けてきた。
狭い裏路地を使おうとしたのが失敗だった。俺を囲うようにして男たちが立ち塞がると前の進路は閉ざされ、背後は壁になってしまい普通の手段では抜け出せそうになかった。
メイド喫茶に来てくれたらお話ししますよ–––別の話題を誘導してみてと、おそらくこの男たちは自分たちの要求を無理にでも通すだろう。
力づくで欲を満たそうとするのはある意味ハツカと同じ–––俺に女装させるし–––だが、ハツカはやる事も理由も透明だ。理解ができるし俺の意思に無理強いはさせない。
しかしこの男たちは何をしたいのか分からない。
少なくとも、このまま流れに身を任せるのは不味い。
––––どうしたものか
俺がそう頭を悩ませると、
「キミたち。なにをやっているのかね」
来訪を告げる一声が俺たちに飛び込んできた。
突然のことで手首を掴んでいた男の力が緩み、ここぞとばかりに俺はその手を振り払った。その機会を作ってくれた本人へと視線を向ける。男たちもすでに彼女に目を向けている。
「女の子に無理強いさせるナンパなんてダメじゃないか」
おもむろにコチラに歩み寄ってきたのは探偵 鶯アンコであった。左手の人差し指と中指で持っているタバコから白煙がもくもくと夜の空へと昇っている。
「……!」
「あ」
彼女は慣れた動きで男たちの間に割って入る。左手を胸に添えて、右手で俺の手首を掴んで優しく引いてくれる。男たちとは違う力ではなく気持ちで道を歩かせるような心地よさがあり、俺は自然と従った。
「ほら、行くよ」
俺たちは手を引かれて歩き出す。
鶯さんは後ろ手で男たちに手を振る。
「キミたちもシャンとしたエスコートをしたまえ。あ、練習相手なら私がしてあげてもいいぞ」
顔だけ振り返り、ニヒルに笑って彼女は言う。
「愛煙家の女が嫌じゃなければ、ね」
タバコを咥えて駆け足でこの場を煙に巻く。
男たちの目線はすでに俺ではなく鶯さんに向けられていて、酔いが深まったように呆然と立ち尽くしていた。
見返り美人とは正しくこのことだと思った。
裏路地へ深くまで入り込むと、男たちの姿どころか俺と鶯さん以外の気配は感じられなかった。
「助けてくださいありがとうございます。カッコよかったです」
「どうということはないよ。私も知人と会うのにあの道を通りたかったのもあるしね」
仕事柄あの手の輩とはよくやり合うしな、と探偵を生業としている彼女らしい一言も添えられた。
「しかし、キミもキミだ。メイド服なんて着て夜道を歩いていたら誘ってくださいと言っているようなものだ。ハロウィンはすぐそこなのだから、それまでは家で着ていなさい」
優しく諭すように言う彼女と眼が合う。空の天辺に居座る月の明かりで彼女の眼が照らされる。
「……?」
そうして、ようやく彼女の顔が引き攣りはじめた。
「もしかしてキミ……吼月くん、かい?」
「ええ、そうですよ」
「ついにそこまで行ったのか!?」
思考が一旦停止した彼女の叫びが夜を劈いた。
建物が密集する裏路地の中だからか声がとても響く。児玉し、重複する驚きが彼女の驚きをより鮮明にする。
俺としてはドッキリ大成功!というわけだ。
「まったく。なにをやっているんだね、キミは……それにその声に髪は……」
「メイドさん?」
「それは見れば分かる!!」
鶯さんはリアクションが大きいので話していて楽しいなと思う。
そんな感想はさておき、俺は彼女の問いに答える。
「ほら、『ゔぁんぷ』ってメイド喫茶があるじゃないですか。あそこの人手が足りないし代わりも見つからないから頼まれたんです。メイドやって!て」
「小繁縷ミドリのところか。……だが、女装は違うだろ。ましてや外で着るなんて、蘿蔔に感化されたのか?」
「女装は嫌ですよ。仕事なだけですし、知り合いには見られたくない……見られたくなかった。ただ俺は今日、家に帰っていなくて制服しかないんですよ。それよりはマシかな、と」
「ふうん。制服で来てたら速攻でお巡りさんのお世話だな」
吸血鬼と会うのをやめさせる口実になる、彼女はそう言いたげに鼻で笑う。そのまま俺を見下ろし、頭から足先までじっくり眺める。
警察に連絡されるのは俺としても大問題だからご勘弁。
「それにお嬢様相手なら見せてもいいかなって。どうですか? 似合ってます?」
俺はミニスカートを広げるようにして、くるくると回る。彼女に褒められたらどう思うかと考えての行動だった。
傘のように開くスカートから太腿が露出するのを、触れてくる乾いた風で感じ取る。そしてもうひとつ、太腿を突き刺すのが鶯さんの視線だ。膝を抱えてしゃがみ込むと広がったスカートの中の脚を嗜めるように見つめてくる。
「ふむ……男なのが惜しいくらいの美脚だな。中学生らしい綺麗で健康的だ」
「あ、あれ? これ、まだ回ってたほうが良いやつですか?」
「回れ」
「はい」
「どれどれ」
鶯さんの願いに従い回り続けていると、彼女がスカートの中に手を入れた。
何をするんだ。俺は首を捻りながら彼女が満足するのを待ち続ける。
すると、サワっと両の太腿に何かが触れてくすぐったさと驚き、なにより羞恥で俺は飛び跳ねて後退る。
「は!? ええー!?」
スカートを裾を押さえて距離を置いた相手の顔を見る。月明かりが差し込み、満足げな彼女の顔がよく見える。
嗜虐心に満たされたかなり悪い表情だった。タバコから昇る煙が彼女の顔半分を隠すので余計に口角が吊り上がって見えた。
「ようやくそのしたり顔を歪ませられたよ」
「〜〜〜!!」
「なにを照れているんだい? 自分から見せつける淫売男のくせに」
そんな顔のまま鶯さんが俺に迫る。
「キミのソレはただの現実逃避なのかい? それとも何もかも無かった事にしたのかい? いや、ホントは私にこうされたかったんじゃないか?」
騙された腹いせなのか唇を噛み締める俺を見てご満悦の鶯さんは捲し立てるように続けた。近づいてきた彼女が俺の太腿から右の腹までを手のひらで撫で上げる。
「吸血鬼になるのをやめたまえ。そしたら、蘿蔔の代わりに私が爛れた関係となってキミを助けてあげよう」
迫る彼女の妖艶な顔を見て俺はどうするか迷ってから、
「さあ、どうなんだい?」
「はい、鶯さんがお望みならばどんな関係でも」
「んっ」
彼女は真っ当に返されるとは思っていなかったようだ。妖艶に笑ってみせていた顔が一気に崩れ、照れ出して顔を背ける。
タバコを咥えてその先から昇る煙で俺からの視線を遮った。
自分から仕掛けておいて誘いになられたら照れ出すなんて、まるで恋バナになった時のナズナさんのような反応だ。
「したり顔、崩れましたね」
「このぉ……! ……はあぁ」
ムカッと青筋を立てる彼女だが、煙と共に苛立ちを大きく吐き出せば一気に落ち着いた。
「ちっ。化かし合いだと敵わないにないな」
鶯さんはそう吐き捨てると、静かに俺を鋭い眼で睨みつける。しかし、その瞳には昨日別れた時のような完全に俺を敵と見做す澱んだものではなかった。
「……蘿蔔は来てないだろうな」
鶯さんが一瞥するのは俺の服装。恐らく目立つ服装をしてハツカに分かりやすくしているのでは、と疑っているのだろう。
彼女の問いに俺は迷いなく肯首する。
「ええ。探偵さんが、独りで来てって言うから待っててと伝えてあります」
「言ったのか!?」
「いきなり居なくなったら騒動になりますよ」
「言ったら確実に探すだろ!!」
「その点は大丈夫ですよ」
「何が大丈夫なんだね……」
理由、そんなものは簡単だ。
俺はメイド服から取り出した物を頭を抱える鶯さんに見せた。
☆
「はあぁぁぁ〜………」
僕の近くに立ち寄っていたミドリちゃんが首を傾げてきた。
「どうしたの、ハツカ? 顔色悪いよ」
「いや、ちょっとね……」
僕が歯切れ悪く応えるとミドリちゃんの疑問は更に大きくなったようで、心配そうに僕を見つめる。
「そういえば吼月くんはまだこっちに来ないの?」
手伝いが終わったためミドリちゃんの呼び方がしょうちゃんから吼月くんに変わっている。
彼女の疑問に僕は尚も歯切れが悪く言い淀む。
「それがね–––あぁ……まぁ……いいか」
「え? なに? どうしたの?」
身体を前に突き出すほど怪訝そうにミドリちゃんは僕に問いかける。
躊躇いながらも僕は彼女にコッソリと話し出す。
「実を言うとショウくんが探偵さんに会いに行っちゃっててね……」
「は……? 誰って?」
「吸血鬼殺しの探偵」
「はぁ!?」
飛び跳ねるように驚くミドリちゃん。着地の衝撃でテーブルや椅子がガタッと揺れ動いた。
気が動転したようすの彼女が重ねて問いかける。
「え? なんでなんで?」
「なんか呼び出されたらしくてさ。それで『探偵さんに会ってくるけどいいよね?』って友達に会いに行くような感じで言われてね……」
「止めなかったの!?」
「止めたよ。けど『誰の弱点を持ってるか確認するのにちょうど良くない?』って言うし、一緒に行くって言ったら探偵さんの条件で『ダメ待ってて』って言うし……」
「それを呑むハツカじゃないでしょ」
「なんだけど……」
僕はそっと席をずらしてホールを見渡し、倉賀野ちゃんを視界に収める。
彼女はいま二人の男性客と
「あの子に監視されてるんだよね……」
さっきからずっと僕は彼女の眼に晒されている。唯一外れるのはシャッターが切られるその瞬間だけだ。
「吼月くんの指示なわけか。あの子、理世ちゃんが自分のこと好きだって知ってて良いように利用してるとかは……」
「多分、利用されてたとしても彼女は分かった上で従う子だよ」
実際のところは利用なんて考えもしないだろうけど。
写真を撮り終えた彼女がスマホを取り出すと、ニヤッと笑ってからそれをこちらに向けてきた。スマホを持つ手を振るようにして、ちゃんと見ているから、と僕に釘を刺す。
「……たく、諦めが悪い子だよ」
思わず愚痴をこぼす。あそこまで拒絶されたのに会いに行ける神経はどうかしている。
でも唯一安心していることがある。それは吸血鬼になれる彼が殺されることは無いということだった
僕はスマホを眺めて、またため息をついた。
☆
理世とのビデオ通話でのやり取りを彼女に確認してもらったのだ。その映像では、メイド喫茶の中で理世を恨めしそうに見つめるハツカの姿が映し出されていた。
鶯さんは見ている途中、『画面を揺らすな、酔うだろ』とツッコんだいた。やはりノリがいい人である。
「お嬢様」
「お嬢様言うな」
「なら、鶯さま? アンコ様? 鶯エンプレス?」
「……お嬢様にしろ。あと、最後のはおちょくってるだろ」
「はい。それでは今宵、お供させていただきます。お嬢様」
俺は立ち止まって手に持っていたスマホをポケットに仕舞う。
そしてスカートの端を持って鶯さんにお辞儀する。大衆が想像するメイドのお辞儀といえばコレだと、学校の人達から聞いたことがあった。
「そのハイはどっちなんだね……」とボヤきながら、鶯さんは髪の中に手を入れて頭を掻く。
「にしても良く俺を呼び出しましたね。てっきり俺の顔なんて見たくないものだと思っていました」
「ああ。見たくはなかったよ、色んな意味でね」
俺たち二人は裏路地をあてもなくぶらついていた。
「しかしキミのせいで会わなければいけなくなってしまった」
「……?」
鶯さんがコートの左の胸ポケットに手をやった。
彼女が俺を呼んだ理由はなんだろうか、と考えながらハツカやミドリさんたちの弱点を所持しているのか知るためにどう誘導しようか彼女の様子を見ながら図る。
「それよりも……キミはいったいどちら側なんだね?」
よく意味のわからない質問だったから続きを待った。
「裏切り者で吸血鬼に肩入れして私と敵対しているのかと思えばこちらの条件はキチンと呑む。だからと言って吸血鬼と敵対している訳でもない。なんなのだね、キミは」
「別に吸血鬼の味方だと人間の味方でもないだけですよ。自分の理想の邪魔は倒す」
「一番信用ならないタイプだな」
「どっちつかずだからですか?」
彼女はゆっくりと深々と頷いた。
「そうだ。つまりキミは考え方が合わなければどっちにでも着く風見鶏という訳だろう? いつ背中を刺されるか分かったもんじゃない」
鶯さんの考え方は真っ当だ。
守りたいものは守る、狩りたいものは狩るは個人の裁量に準じたスタンドプレーだ。当人に芯があっても他者から理解を得るには時間がかかる。
なにより鶯さんのように相手全てを敵視している人からしたら、敵の仲間としても映るのだ。
「それは蘿蔔からも言える事だ。キミは自分の立場を分かっているのかい? キミの考え方や行動は今すぐにでも吸い殺されて仕方がないものなんだよ」
「だから吸血鬼と一緒にいるのはやめて、お嬢様側につけと?」
「そうだ。私は奴らの戯言を信じちゃいない。キミはまだ吸血鬼になっていない。まだ引き返せる場所にいる」
俺は自身の手首に視線を移す。
「さっき俺を男たちから引き離すとき手首を掴んだのは吸血鬼か確認するためですか?」
「そうだ。夜に目立ち、綺麗な容姿で異性を釣るのも吸血鬼がよく使う手口だからな」
「俺、お嬢様のそんな強かな所も大好きですよ」
もし、吸血鬼だったら手を掴まれて人気が無い場所で目を抉られ、口の中で銃を咥えさせられていたかもしれない。殺しはできないだろうが、男たちが吸血鬼に犠牲になる可能性をゼロにできる。
感想を語る俺を鶯さんは蔑むような視線で射抜いた。
「残念だが、私はキミみたいな日和見が嫌いだ。アイツらが見せている優しさは人をたらし込むための罠でしかないし、殺さなきゃいけない化け物だ。それを人の
「理解じゃなくて洗脳ですよ」
「なんだって?」
「思想の変革なんて理解では生優しい。洗脳だと言った方が適切です」
通常の感情では成し得ない、奏斗先輩たちのような極まった感情が相手の意識に深々と突き刺さったそれは、味わうなどという工程を飛び越えて、強制的に当人の意識を芽吹かせると表現したほうが良いと俺は思う。
「殺す術が吸血鬼が人間だった頃の私物なんて手に入るか賭けになるものしかないのなら、確実に手に入る血という精神干渉剤を使って考え方を植え付ける手も合わせて打った方がいい」
「それで変わらない奴がいるのだよ」
「ええ。士季のように仲間への想いを感じて考えを改める吸血鬼も居れば、星見キクのように自分に向けられた恋心を直に感じられるにもかかわらず他者のことも思慮に入れない吸血鬼もいる。そう……お嬢様のお父様の血を吸ったにも関わらず」
「……!」
星見キクという名前が出た途端、鶯さんの顔つきが険しくなる。その輪郭はカオリが身につけている仮面のように敵意に満ちたものだった。
口にするのも憚れるような静かな殺意が彼女の周りを漂っている。
「だからこそ、俺はお嬢様の血の力をお借りしたかったんですけどね」
「被害者の血だからか?」
「自分のせいで起こった事件です。暴行と組み合わせて使えば、少なくとも脳裡に引っ掛かりはするでしょう」
「……どうだか」
鶯さんは立ち尽くして、夜の中に諦めを吐き出した。渦巻いていた敵意や殺意が一気に霧散していき、代わりにドロリとした重たいものが彼女の中に溜め込まれているのを感じる。
「奴は多くの男を眷属してきたが、その後に付き合いがあったものを私は知らない。アイツにとっては誰もが有象無象にひとりにすぎないのかもしれない。……私の父も」
悲しくて辛い声色だった。
幸せだった家族を壊したキッカケの吸血鬼が眷属にした自分の大切な父親をポイ捨てしたとなれば、どんな想いが内に渦巻くのか俺には全くもって想像できない。
「クソビッチですね」としか俺は言えなかった。
鶯さんは乾いた笑みを浮かべながら、ああと肯定の意を溢した。
「だけど、わたしの感情が本当に怒りに満ちているかわからない」
「それはどういう?」
「……きみはあのヘンテコな吸血鬼に私の事情を聞いたんじゃないのかい?」
ヘンテコ吸血鬼……カオリのことだろう。
俺は「あらましだけは」と彼女に答えた。
「なら分かるだろう。結果がどうであれ……私の父にも問題はあったんだ」
「……??」
突然、鶯さんが被害に遭った自身の父親に謎の罪を着せてるので俺は思わず首を捻るしかなかった。
そんな俺を見かねて鶯さんは「子供にはまだ早かったかな」とあやすように呟いた。
「星見キクと一緒に居られなかったとはいえ、父は吸血鬼になった。間違いなく奴に恋をしていたんだ」
「ええ、そこは分かります」
「そのあと父は……私と母に浮気を認めて、『大事なものを思い出したんだ』と謝ってきた。やり直そうって言ったんだ」
「……」
「その言葉が真実なのか私には分からない。フラれて傷心し自分の立場を守り為についたホラじゃないのか? 私たちのことなんて微塵も省みてなかったんじゃないのか。
そんなことを考えると問題の全ては父にあったんじゃないかとすら思えてくる」
俺は鶯さんの吐露を黙して聞いていた。
その間、ジッと彼女の瞳だけを見つめて。
「本来、不貞行為は第三者にあたる星見キクには問題がないとされ、全面的に悪いのは妻子が居ながら浮気をした父にある」
だから、と浅く呼吸を繰り返しながら彼女は紡ぐ。
「だから、私がやっていることは父を取られたただの腹いせにすぎなくて……本当に吸血鬼に怒っているのか分からなくなるんだ」
「つまり八つ当たりをしてるに過ぎない……?」
俺の言葉に鶯さんは「ああ」と肯定するわけでも、相槌を打つわけでもなくただ自嘲するように笑ってみせた。
彼女の想いは本心だろうか。
––––違うな。悲しい演技で間違っていないって言って欲しいだけだ。
鶯さんの願いがどうであれ、俺の意思には全くもって響かない。
響く必要なんてないのだから。
俺は一度、大きく……大きく息を吸ってから言い放つ。
「鶯さんって案外間抜けなんですね」
彼女の顔が一瞬で文字通り間の抜けたものになり、それが見る見るうちに怒りへと染まっていく。踏み抜かれた地雷が爆発するように怒りが広がる。
「このォッ……!!」
当然だ。家族を奪われた悲しみも、過ごせたはずの幸せな時間を無くした者にかける言葉として、聞き流すことは出来ない言葉なのだから。
「ふざけるなよ! 家族を奪われたことなんてないくせに! 無理やり幸せを壊されたことだって無いくせに!! ノコノコと吸血鬼と一緒にいるくせに!!」
臨界点に達した彼女は、遂に俺の胸ぐらを掴んで怒鳴り始めた。
聞いていて心が痛くなるような叫びで、俺は思わず目を瞑りかけたがそれはダメだと鞭打って彼女の顔を、色の消え失せた瞳を見据え続けた。
泣き袋が膨れ上がって今にも溢れそうだった。
こぼせ、吐き出せ。俺は心の中で叫ぶ。
「わたしは、私は嬉しかったんだよ! 久しぶりに家族が揃って……誕生日を祝ってもらえて! これからまた幸せに過ごすんだなって! 七草との約束を破ってでも家族と居たかった!」
十年間溜め込まれてきた感情が噴き出される。
弾けるような怒りのまま彼女は右の手で拳を作り、構えた。ググッと引き絞られる拳も震えている。
今にすぐに一撃が放たれても不思議ではない。
「なのに……なのに……!」
「それでいいんだよ」
「は?」
「キョウコ様も正しいんだよ」
俺は鶯さんの身体に腕を回して抱きしめる。自分の熱が伝わるようにギュッと力を込めて。
一瞬、彼女の力が抜けて……穴が空いた風船のように怒りが萎んでいく。
「キョウコ様、落ち着いて聞いてください。まず貴女の父が恋をしたことと、貴女の家族が壊れてしまったことは無関係だ」
「なにを馬鹿のこと言って……」
「恋をしてしまうのは仕方のないこと。人の心に歯止めをかけること自体が間違いだ。そしてお話を聞く限り、父親がキョウコ様や母に恨みがあったようにも思えない。なにより、貴女のご両親は事実を受け止めた上でもう一度やり直すことを決意したように感じた。
本人たちが一緒にいると覚悟を決めた以上、分からない心に文句をつけても仕方がない。貴女のご両親が選んだ道に間違いなんてないんですよ」
「……っ」
今度は彼女が俺の言葉を静かに聞いていた。
いや、彼女の面食らった表情を見る限り、呆気に取られていたと言った方がいいかもしれない。
「もし、問題があるとしたら星見キクがキョウコ様の父に吸血鬼にしたことを……吸血鬼とはなにかを伝えなかった事に他ならない!!」
そうだ。唯一問題があるとしたらそこなのだ。
「もし貴女の父が吸血鬼を知っていたら母親の血を吸い尽くすことなんてなかった! 夜にしか活動できなくなったとしても仕事を変えながら一緒に暮らして行けた! 吸血鬼として不都合があればキョウコ様はナズナさんを頼る選択肢だって使えた!!
そう! 全ては星見キクが吸血鬼にしたという事実を教えなかったからだ!!」
この世に絶対悪があるとしたら、知る術を奪う事。そして語る義務を放棄する事だ。
だからこそ、断言しよう。
「貴女は正しい!」
そこまで言い切れば鶯さんは自然と胸ぐらを掴んでいた手の力を緩めた。引っ張り上げられ、爪先立ちになっていた足がピタリと地面を捉える。
地に足をつけ、俺はそのままの勢いで語りつづける。
「この世の中、判断基準なんて道理が通ってるかいないか! そして自分が気に食うか食わないか! このふたつなんです! 星見キクがキョウコ様の家族にしたことは道理も通っていませんし、貴女はムカついている! なら星見キクに関しては問題ないじゃないですか!!」
「………」
言いたい事を言い切った俺は絶えず鶯さんの眼を見据える。
「ふっ……ふふふ……」
アハハハハハーーー!と夜を裂く笑い声をあげ始める。
笑顔になることを想定していなかった俺はどうしたらいいのか戸惑ってしまう。間違いなく泣き出し沈んでいる顔よりはマシだからいいのだが。
なにより破顔した彼女の顔は素晴らしいと思えた。
「はぁ〜〜……」
ひとりしき笑いきった彼女は抱えていた腹から手を退けて俺を見る。
「まさか子供に鼓舞されるとは思わなかったよ。仮にも蘿蔔の仲間である星見キクを殺す事を肯定するなんて頭がおかしいのか」
「そうですかね? コウとか少なくとも星見キクは殺した方がいいんじゃないかなって言うタイプですよ」
「親友の親になるかもしれない奴に言うとは思えないがな」
「まあ……アイツ、マヒルのことになるとちょっとキモいからな……」
学校で少し関わった時にマヒルの話になったコウの顔を思い出す。
マヒルの話題になるとアイツグイグイ来るんだよな……。
そんなことを思い出していると、鶯さんは再び色の灯った瞳で俺を見据えた。
「だけど–––」
「皆まで言うな。俺は鶯さんが笑ってくれたらそれでいい」
「……そうか」
彼女は小さく微笑んでいた。
内心俺はホッとしている。明確に地雷を踏んでこれでもダメなら、もう俺には手が負えなかったからだ。
しかし、これで鶯さんがハツカの敵に回ることはなくなったということだ。
良かった……良かった……。
☆
「なら、コレからも私は吸血鬼を皆殺しにするために動く事にしよう」
「はい? 俺が認めたのは星見キクのことだけですよ」
表道に出て歩いていると、不意に鶯さんがそういうので俺は思わず目を剥いた。
「私の行動は何も間違っていないのだろう?」
「過大解釈!?」
「それに吸血鬼を野放しにしておけば同じことが起きるかもしれない。なにより星見キクを放置してきた奴らを許せない」
「……それを言われちゃ何も言い返せないっすね…………」
俺もその点についてはアイツらの問題点だと認識しているのでただ頷くしかなかった。
ここまで意志を固められると尊敬の域に達してしまう。
片棒を担いだのは俺なのが悔しい。
「やっぱり鶯さんの考え方は俺の邪魔ですね〜」
「ハッ、言ってろ」
ニヤッと笑う彼女を俺は睨みつける。
「蘿蔔ハツカや昨日のメンツに手を出されたくなかったらキミがしっかりするんだな」
「……チッ、この……!」
温情をもらったというところだろうか。
しかし、それでは安心しない。昨日存在を知ったらしい士季やエマたちはともかく、ハツカは以前から知られている。現時点で弱点を保有しているか知らなければならないし、本題を聞いていない。
なによりニヤケ顔がムカつく。
どうしたものかと夜空を見上げて考え事をしていると、自分の半身が明るく照らされていることに気がついた。
「にしてもさっきは悪かったな。キミに家族を–––ん? どうした?」
「ファミレスか」
身体を照らす光源を求めて首を動かせば、そこにあったのチェーン店のファミレスだった。掲げられた看板も真夜中でも目立つように明かりが灯っており、そこには【24時間営業】とも書かれていた。
「……」
看板を見つめながら俺は腹をさする。
「うん、ここで話をしましょうか」
「は?」
「要件はさっきのことだけじゃないでしょう?」
気ままに店内へ足を進めようとすると鶯さんが止めに入ってきた。
「待て待て。その格好で店に入るつもりか!?」
「え、いけないんですか?」
「恥ずかしくないのかい……?」
「でも、制服に着替えに行くのも面倒ですし。ここのファミレスの規約にコスプレ禁止の項目はありませんから」
規約にもなく、なにより仕事である以上、店員達は普通に接客してくれるはずだ。気にしないといけないのは俺の方だと思う。男だとバレるわけにはいかないからな。
「しかしだな–––」と反論を続けようとする鶯さんに俺は待ったをかける。
「実を言うと俺、今日は昼からなにも食べてないんですよ」
腕時計が示す時間を見ればすでに22時半を回っていた。
昼食も眠気が影響して少ない量をゆっくりと食べていた。噛む回数が多いから満足感は作れているのだが、やはり量が足りない。……足りない、量が!
そう自覚すると、グゥと腹の虫が鳴り始めた。
「……」
「お願いします」
「……仕方がない。分かったよ」
懇願するように鶯さんを見上げれば、良心の呵責からかしばらく黙ったあと渋々頷いた。
彼女の返答に俺はグッと拳を握った。
「イエス! なら、行きましょう!」
「押すな押すな……全く、大きな弟を持ったみたいだな……妹か?」
「店ではしょう呼びでお願いします。色々問題があるので……」
「注文が多い子だな。……むむ」
俺は彼女の背を軽く押して入店しようとする。彼女の顔は意を決して覚悟のあるものだった。
「いらっしゃいませ〜」
店に入れば深夜でも通常運転の店員の声が聞こえてきた。
「何名様でしょうか?」
「ふたりです」
奥から出てきた女性店員と鶯さんが話し始めたので、俺は彼女の陰を踏まない位置で待機している。
話しながら店員は俺のことをチラチラと見ている。彼女だけではなく他の店員たちもだった。
幼いメイドがコートを着た女性に付き添いながらファミレスにやって来たら否が応でも目につくだろう。
「……し、ショウ、喫煙席でもいいか」
鶯さんが振り向き、俺に尋ねる。
平静を装っているが言葉の節々に照れ臭さが滲み出ている。
「はい、お嬢様のお好きな席で構いません」
「……お嬢様?」
一言でザワっと喧騒が店内に広がって、突き刺す視線が鶯さんに注がれる。それが彼女の羞恥を決壊させる最後の一押しとなって、
「ああ!! もうその呼び方やめろ!!」
「はーい、鶯さん」
「店員さんお願いします!!」
「あ、分かりました〜〜!」
顔を真っ赤にした鶯さんに手を開かれて、俺は店内を歩いていた。