よふかしのあじ   作:フェイクライター

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第六十三夜「かけた」

 まず意識を覆ったのは擦り切れたテープを再生したような砂嵐(ノイズ)。耳朶を抑えたくなるほどの異音と共に現れたそれは、一種の拒絶反応にも思えた。

 耳を塞いでも無駄だ。

 これはあくまで意識の中で共有する記憶の断片。脳に直接語りかけているものなのだから、肉体の外側を塞いでも意味がない。

 吼月くんの血を吸っても–––それどころか久利原たちを含めても–––これまで、こんな砂嵐に苛まれたことはない。

 士季くんも血を浴びた時に軋むような脳の痛みを感じたのだろうか?

 僕はじっと耐えながら、次の場面が流れ込んでくるのを待つ。

 

 そして––––視界が真っ暗になった。

 

 顔に微かな温もりと羽のような肌ざわを感じると、身体を起こした。否、これは記憶だ。僕の意思で上体を起こしたわけではなく、記憶の保持者である吼月くんがその時していたを追体験しているのだ。

 真っ暗な視界がずり落ちて、瞳に燦々とした光が突き刺さった。

 それは窓の外から差した陽の光。吸血鬼になってから拝む機会が消えた太陽。他の星の明かりをかき消して、青空は俺のものだと言わんばかりに天辺から熱線を吐きつけられて、喉がひどく乾かいた。

 視線を落とすと、綺麗に磨かれたガラスに今よりもずっと幼い吼月くんらしき顔が映っている。小学校低学年ぐらいだろうか。

 僕が……いや、これだと間違えてしまいそうだ。僕の意識だけが吼月くんの身体に憑依してしまったかのようで、とても変な感じだ。

 吼月くんが辺りを見渡すと、そこは汚れひとつ許さない真っ白な一面で構築された病室だった。身につけている物もガウタタイプの患者衣で入院していたのだと察しがついた。

 ただ不思議だったのは吼月くんの視界を覆っていた物。

 右腹部に引っ掛かるようにしてギリギリ病床から落ちずに留まっている白い布は、人が亡くなった時にかけられるものではなかっただろうか?

 

「……え?」

 

 突如耳朶を打った声に顔を上げて、声の発生源を見つめる。

 開いたドアの先に幽霊を見たかのような顔で佇んでいるナース姿の看護師さん。

 女性と吼月くんの視線がかち合い、吼月くんはただ首を捻りながら見つめ、看護師さんの顔は困惑から次第に驚愕、そして恐怖に変わっていき……遂には悲鳴をあげた。

 窓が震え、外の青々と茂った木々の葉さえ彼女の叫びが揺らしていると思わせるほどの絶叫に、ハイエナの如く他の看護師たちもぞろぞろと集まってくる。出遅れた人たちはまるで物見遊山のように面白そうにぴょんぴょん飛び跳ねて病室を覗く。

 吼月くんはパンダじゃないんだぞ。あと、病院だ跳ねるな。

 僕はそんな事を考えていたが、当の本人は何も感じていないし考えてもいない。吼月くんはとにかく今の状態が分かっていないように感じられた。

 耐えず野次馬たちを見つめれば、最初に現れた女性に話しかけるように別の看護師がぽろりと溢した。

 

「ねえ、あの子……死んだんじゃなかったの……?」

 

 今のは聞き間違えか? 吼月くんが死んだ?

 記憶を辿り始めたばかりだと言うのに僕の心の中には暗雲が立ち込めた。

 暫くして、白い病室に響く黒い声は霧散していた。吼月くんの担当医らしき人の一声で騒がしかった野次馬たちは三々五々散っていったからだ。

 姦しかった人たちを追い払ってくれた担当医はいま、ベッドのそばに丸椅子を置いて問診を行っている。

 

「……じゃあ、コレは分かるかな?」

 

 担当医は胸ポケットに挿さっていたボールペンを差し出した。

 しかし、吼月くんはボールペンを受け取る訳でもなく、返答もしない。それどころか担当医の言葉すら分かっていないのか、うんともすんとも言わない。

 彼を取り巻くのはハテナだけ。その疑問には言葉すらない。

 困った様子の担当医はボールペンのノックカバーを頭に押し当てて考え込む。そして次に取った手段は、持っていたバインダーに挟んでいた白紙にボールペンを走らせる事だった。

 

「なら、これは読めるかな?」

 

 筆を止めた担当医が見せてきたのは『これはりんごです』という簡素な文だ。吼月くんのイメージを引っ張りだすためなのか、担当医の遊び心なのか、文の尾にはリンゴの絵が描かれていた。

 

「……?」

「ならこっちはどうだい? キミの名前だよ」

 

 再びボールペンを動かして、吼月くんに見せる。

 そして僕はそこに書かれた名前を見てギョッとして、少し背筋が凍るような感覚に襲われた。

 名前は、しょう。吼月くんの名前だった。

 けれど、その苗字は僕の知らない––––葛樹(くずき)ショウと書かれていたのだ。『吼える月とかいて吼月』と彼は口にしていたはずなのに。

 

「分からないかぁ……声が出ないだけなら数ヶ月意識が無かった影響だと納得できたが……」

 

 変わらず言葉を発さない吼月くんを見つめながら途方に暮れた様子の担当医は、堪らず出そうになった溜息を呑み込んだ。

 苗字もそうだが、この記憶の吼月くんは狂っている。頭がおかしいわけではない–––ある意味ではそうかもしれない––が、まるで今の僕のように、何も持たない無垢な赤ん坊が、彼の身体に憑依したようなズレがあった。

 

 精神年齢が一気に下がったような…………

 

 そうか。そういうことか。

 僕がどんよりと重苦しくなった思考を引き摺るように動かしていると、担当医にひとりの看護師が駆け寄った。

 

「先生、葛樹さんと神崎さんがお見えになっています」

「……そうか、分かった」

 

 担当医は丸椅子から腰をあげると、そこにいる相手の機嫌を伺うようにしながら振り返った。

 個室のドアの前。呆然としながら、やはり亡霊でも見つけてしまったかのような顔をしている男が立っていた。パキッと筋の通った真っ黒な背広を着た清潔な男で、顔立ちに吼月くんの面影が微かに見てとれた。

 葛樹は傍に知人と思われる男を控えさせながら吼月くんを見ていた。

 奥に控えている男–––神崎は他の人達と違い安堵の色も浮かべてはいたが、やはり見てはならない物を見てしまったように顔を引き攣らせていた。

 どうしてだろうか。神崎という男の顔には見覚えがあった。

 

「葛樹さん、今日はお見えになったんですね」

「すぐに仕事に戻らないといけない。アレの状況を手短に説明してくれ」

 

 葛樹と呼ばれる–––––恐らく葛樹くんの父親は、薄気味悪そうに吼月くんに一瞥した後は時計ばかりを気にしていた。

 その態度で僕は完全に認めた。彼は吼月くんに対して何の思い入れもないのだと、そして吼月くんの言葉が真実であると悟った。そして何かしらのキッカケで関係を断つことになったのだと。

 着ている服と同じくらい腹の中まで黒そうだ。

 

「……分かりました」

 

 渋々来たことを理解しろと言わんばかりの態度の父親に、担当医から全身から針の山が飛び出さんばかりの不快感が出ているのを僕は感じ取った。あくまで吸血鬼()だからこそ感じ取れたものなわけで、当の本人は全く気づいている様子はなかった。

 担当医は一度肩の力を抜いてから、口からこぼすように答える。

 

「詳しいことは精密検査を行ってからしか言えませんが、記憶障害の類いでしょう。それも赤子に戻ったような状態です。しかし、あの事故で五体満足なだけでも奇跡です」

「そうか」

 

 父親と僕は同じタイミングで頷いた。

 この肯首に含んだ感情が正反対なのは言うまでもなかった。

 

 

 一通りの検査を終えた後、吼月くんは再びベッドで休んでいた。

 検査には長い時間を要した。もう一度、吼月くんが窓の外を見上げてみれば、傲岸不遜に輝いていた太陽は地の底へ沈み、空の玉座は月に奪われていた。

 

「やっぱりこれまでのこと、覚えてないんだよね?」

 

 投げかけられた声に頭を動かして反応を示す。コクコクと小刻みに首を振ってみせるその姿は、不慣れなのもあってかボブルヘッド人形のように感じた。

 吼月くんの検査結果だが、やはり記憶障害に間違いなかった。

 吼月くん自身は周りの言葉を理解できなかったが、彼を通して見ている僕は理解していた。専門用語も話の流れから察することもできた。

 どうやら今の彼は中々珍しい状態のようだった。

 なんせ生まれてからの全ての記憶を喪失しているのに加えて、言葉の意味や、生きる為に習慣になっていたはずの読み書きすらできなくなってしまったのだから。

 

「先生が『赤子に戻った』『まるで生まれ変わったようだ』って言ってたけど……本当かもね……髪色も黒になってるし」

 

 穴でも開けるかの如く訝しい視線でこちらを射るのは、神崎と呼ばれた男性だ。吼月くんが言っていた親代わりというのはこの人のことだろう。

 グレーのスーツに赤いネクタイを身につけ、落ち着きのある大人の雰囲気を醸し出している。そんな身なりと対照的に口調はフランクで、ゆったりとした話しかけやすさも兼ね備えている。

 神崎はムムムと唸ると「記憶喪失なら当時のことを伝えたら何か思い出すかもな」と独りごちた。

 

「ショウくん。私は琢磨の、いや君の父親……さっきの感じの悪い男の人とは学生の頃からの親友でね。神崎って言うんだ。よろしくね」

 

 人の良さげな微笑みを受けながらも吼月くんは何か言うこともなく頷くだけ。差し伸べた手が宙ぶらりんになったような少し寂しさを滲ませる神崎はコホンと咳払いをして話を続ける。

 

「キミは数ヶ月前に事故に遭ったんだ。交通事故、覚えて……ない方がいいかな。火傷もないみたいだし」

 

 神崎は吼月くんに注意を払いながら言葉を選んで会話を続ける。

 

「居眠り運転をしてたトラックが歩道を歩くキミに突撃してきて、何メートルも引き摺られて……トラックのっ、爆発にも……巻き込まれて……」

 

 余程悲惨な事故だったのだろう。

 当時の出来事を追走していくに連れて、神崎の顔色が次第に暗く澱んだものになっていく。息も絶え絶えになって周りから見ても思い出したくない光景が、僕の意識の中で形作られる。

 吼月くんが流す血を轢き潰すかの如くアスファルトに色濃く残っているタイヤ痕。事故の影響で漏れ出したガソリンに火が引火して周囲を巻き込む爆発を起こした。その炎に吼月くんは焼かれた。

 神崎の言葉から想像できるのはそんな風景。

 担当医が口にしていた五体満足などでも奇跡と言う言葉が現実味を帯びてくる。

 きっと吼月くんが助かったのは吸血鬼の力があったからだろう。

 しかし、記憶がないとなると、吼月くんはどのタイミングで力の存在に気づいたのだろうか?

 

「––––だから、生きてて本当に良かったよ。亡くなったと聞いていたから」

 

 神崎は事情を説明し終えると、焦燥に駆られた顔色に隠された安堵の色が表に出てくる。

 実父の有り様を見た後だと、吼月くんが神崎を親代わりだと言うのも納得が行く。それどころか、面倒な人扱いをしている吼月くんの方が無礼ではないかと思ってしまう。

 無礼なのはいつものことか。

 僕が頷いていると、ガッと胸の辺りが鷲掴みされるような違和感が毒を吐いていた心を侵した。それは吼月くんが感じた衝動。

 彼は不快感に従って俯く事を選んだ。

 

「でも死亡届って訂正できるのか? アイツはこっちでやっておくって言ってたけど……今回は認定死亡にも当てはまらないだろうし」

 

 吼月くんの内心を推し量る事もなく神崎は首を捻りながら今後のことを考えている。

 死亡届が受理されるには、医師が書いた死亡診断書が必要になる。

 それが出ているということは吼月くんは一度本当に死んでいたのだ。医師すら死亡と判断してしまうほどに終わりに近づいた。

 思い出そうとするだけで僕の肌が粟立つ……これはきっと吼月くんが感じていた恐怖に違いなかった。妙に悪寒を感じる僕らに気付かぬまま、神崎は丸椅子から腰を上げた。

 

「それじゃあ、そろそろ私も帰るとするよ。お医者さんもリハビリを頑張れば数週間で退院できるって言っていたから、よく寝てよく動くんだよ。元気になったらお母さんにも顔を見せてあげるんだよ」

 

 神崎は微笑んでから、さも良いことを思いついたと言わんばかりに左の掌に右拳をポンっと下ろした。

 

「アイツの代わりにまたお見舞いに来るからさ、その時に何か欲しいものがあったら教えてね。もちろん今日みたいに琢磨も引っ張ってくるよ」

 

 警察庁のお偉いさんは自分の子供のことも顧みなくなるのかね。

 吼月くんが理解できない今だからこそ吐き出すことができた愚痴には、しっかりと不快感が刻まれていた。

 神崎は所在なさげに手を振りながら病室のドアを閉めた。

 そうして––––吼月くんは独りになった。

 月が登り、そして下がり出すまでひとりぼっちで虚空を見つめていた。何をするわけでもない、ましてや何かできるわけでもない。ただがらんどうになった病室をぼんやりと見つめて、実際の広さよりも遠くに感じ寂しさが際立つ。

 

「…………ぁ」

 

 漏らした声は産声のように病室内で鮮明に響き、耳朶を打った。

 意識の覚醒の合図だったのかはまだ分からなかったが、声は死んでいなかった。そして、意識がまとまり出した頃、僕の自我の中に浮かんだのは先ほどの神崎の言葉––––『アイツ』。

 

「あ……ぃ……っ……ノ……」

 

 まるで赤ん坊が親の言葉を真似して音を覚えるように、今日耳にした音を断片的に繰り返し始めた。

 意味はわからない。けれど、音は出せる。

 喋れなかったのは知識がないからだ。

 

「あ……い……つ……の……か……わ……」

 

 ものは試しと言わんばかりに何回も、何回も反復練習を行う。数ヶ月間マトモに使っていなかった喉はガラガラで、声帯が振動するたびに痛みを感じる。

 喉を裂くような痛みは直接脳へと突き抜けていくように伝播する。

 辛くて、休んでしまおうと何度も思いながらも口を動かし続けた。しかし、せっかく音が出せるのなら使うべきだとして彼は酷使する。水の存在を知るわけもなく喉を潤すこともしない。

 理由は至極単純でそちらの方が良いと判断したからだ。

 言葉が通じず不満気な医者の姿や言葉のない返事に寂しそうな顔を浮かべる神崎。生物的な本能なのか、自身に非があると無意識に感じてしまったようだ。

 

「あいつ……の……かわり……にま……た……おみま……いに……」

 

 音を操る稽古は彼が倒れて視界が暗転するまで続いた。

 

 

 気絶するまで発音の練習をした夜から数日が経った。

 

「今日のリハビリは終わり」

「はい」

 

 午前中の日課になっていたリハビリを終えて、吼月くんは松葉杖を脇に抱えた。

 あれから声の再生のため、吼月くんのお経じみた練習は継続していた。その甲斐もあって想像してたよりも早く喋れるようになり、時折問診に来る担当医や、目の前に居る看護師とも声で意思疎通ができるようになった。

 音や言葉は分かっても意味はピンと来ない物もあるので、それらは問診に来る担当医に尋ねたりしていた。

 

「じゃ、病室で大人しくしていてね」

 

 あまりにも事務的すぎる言葉だけを告げる看護師に違和感を覚えるのは僕だけだった。

 吼月くんは足早に背中を消した看護師を見送ったあと、松葉杖をついて病室に戻り始めた。

 午後の予定は特になかった。

 薄味の病院食を平らげる以外にあるとしたら、言葉の勉強のために図書ルームから借りている辞書を引いて意味を覚えるくらいだ。最近覚えたのは『父親』『母親』『ボールペン』『松葉杖』『本』といった身の回りで触れられる単語。それらを率先して覚えているのは興味があるわけではなく、自分に対して使われた物だから優先度が高くなっているだけだった。

 そうでなくても、恐らく1週間もすれば辞書の言葉を丸々覚えてしまいそうな勢いがある彼なら、数日後には脳に叩き込んでいただろう。

 ひとりで俯きながら歩いていると、

 

「……」

「……」

「…………」

 

 ひそひそ。

 周りにいる誰かが呟いているのが聞こえた。

 それだけなら赤の他人の世間話で済むのだが、この身体を突き刺す奇異の視線が否応なく自分を話題にしているのだと悟らせてくる。

 本人もキチンと感じ取っていて、流石にむず痒くなったの彼は足を止めて視線を放つ場所へと顔を向ける。

 

「……あの」

 

 声をかけると通路で輪を作りながら吼月くんを見ていた看護師たちが、そそくさと立ち去っていく。まるでオタマジャクシの大群が戯れる水面に石を投げ込んだ時のような逃げ足の速さだ。

 吼月くんは思わずため息をついた。すると彼の頭の中に文章が浮かんでくる。

 ため息––––気苦労や失望などから、また、感動したときや緊張がとけたときに、思わず出る大きな吐息。

 

「つまりぼくはあのひとたちにかんどうした……? なんで?」

 

 いや普通は失望だろ。

 心の中のツッコミが伝わったのか、吼月くんは「ないな」とひとり納得する。

 ぐるりと首を回して辺りを見渡す。

 声をかけたことで周囲の人々は散り散りになり、突き刺すような視線はもうなくなっていた。そのおかげで随分と気が楽になった。

 

「ん?」

 

 動かしていた首が突然止まる。

 

「ナースさん! ナースさん! 見てみて描けたよ!」

「あら、上手ね! タヌキ……?」

「犬!!」

 

 彼が見つめた先にあったのは小児科にある児童用のスペース。

 様々な色のマットやクッションが置かれた憩いの場では、患者衣を着た子供たちと看護師ふたりが一緒にクレヨンを持って絵を描いていた。

 

「俺も描く!」

「私も私も!」

 

 後ろから現れた子供たちが飛び入り参加して、憩いの場は慌ただしさを増していく。喧騒が広がるが、静まり返って気を落ち込ませるよりはずっと健全だ。

 

「……」

 

 好奇心に突き動かされたのか、人の輪に入りたかったのか。はたまた、第3の理由があったのかは僕にすら分からなかったが、自然と吼月くんの脚が子供たちが笑顔で集う場所に向けられた。

 スリッパを脱いでマットの上に乗る。松葉杖は近くの壁に立てかける。身体はまだ痛みはするが、それでも短時間なら問題なく歩くことができた。

 

「かりていい?」

「いいよ! クレヨンどうぞ!」

「くれよんどうも」

 

 マットに置かれた画用紙とクレヨンを拝借し、絵を描こうと画用紙と向き合う。

 

「……かけない」

 

 まず何を描いていいのか分からなかった。

 なので、参考に周りの子たちの絵を見て考えることにした。モチーフは決まっていなかった。思い思いに描いているらしく、中でも動物や果物、車、ゲームやアニメのキャラクターなどが人気だった。

 吼月くんが選んだのは、太陽が輝く病院の外。

 描くものが決まると自分の感性や認識に従って白紙の画用紙に色をつけていく。

 眩しい太陽は黄色と白で輪郭がはっきりとしない輪っか。青空と雲はまるで太陽が纏う二色のマントのように靡かせて、流動的な姿をしっかりと表している。その下には病院の前にある木々が青々とした葉をつけて並び立っている。

 初めてだから拙い部分は数多くあるけれど、上出来だと褒めてあげれるレベルに仕上がった。

 

「うん……かけた」

 

 吼月くんも納得したのかクレヨンを戻した後、画用紙を持って近くにいた看護師に声をかけに行く。

 

「ナースさん、みてください。ぼくもかけた」

 

 声に気づいて振り返った看護師に絵を胸元に掲げて見せる。

 吼月くんの頭の中には「どうだろう?」「うまくかけたのかな?」「このひともすきになるかな?」と期待と不安が入り混じっていて、その想いがふんだんに乗った瞳で彼女を見る。

 変な物を描いているわけでもないし、看護師も酷評するようなこともないだろう。

 しかし、彼女の顔は予想外のもので、

 

「あはは……」

 

 苦笑いを浮かべるだけで何も口にしない。良いとも悪いとも言わない、まるで腫れ物に触るような態度で、吼月くんがいること自体を嫌がっているようだ。

 確かに父親は子を顧みないダメ親だ。それでも吼月くんまで腫れ物扱いするのはいかがなものだろうか。

 

「……?」

 

 対人経験が皆無な吼月くんが気づくはずもなく、ダメだったんだと受け取って新しい画用紙を手にした。

 今度は周りの子たちと同じく果物や動物の絵を描いて、看護師に見せに行くのを何度も書き直した。吼月くんはうまく描けるようになりたいと思いながらクレヨンを動かしていた。彼の中には、上手いとは自他が認めるものだという認識があったからだった。

 

「これはどうですか?」

「どう……だろうね……」

「……」

 

 玉虫色の答えばかりが続いて腕が疲れてきた頃、

 

「貰い!」

「あ。……」

 

 近くに居た子供に握っていたクレヨンを奪われたことで心が折れた。

 使った画用紙などをゴミ箱に捨てて、松葉杖を抱え直して憩いの場を離れていく。

 

「かんごしさん! かけたよ!」

「わー! すごい上手だね!」

「僕のも見て!」

「いいよ!」

 

 クレヨンを奪った子は叱られることもなく、それどころかよくやったと言わんばかりに描いた絵を褒められていた。

 自分が居なくなり再び賑やかになった背後の光景に吼月くんは視線を落とす。何故とは問いただしには行かない。これが普通だと思っていたからだ。

 僕の中に彼の孤独感を強く流れ込んでくる。それは本能的な衝動で、吼月くんはその強い揺らぎに言葉を付けられない。

 しかし、分かってしまう。いくら世間をしないとはいえ、ここまで露骨に煙たがられてしまえば誰だって分からされる。そして、精神的に幼い彼はとても無防備だ。そして、傷を傷と認知出来るほどでもなかった。

 吼月くんに声をかけられないのが心苦しかった。

 

「ねよう」

 

 そうして病室の前まで戻ると、いつまでも表札がつかないドアを開く。

 

「……」

 

 ベッドで横になるとサイドテーブルに置かれていた辞書をひき始めた。

 気を紛らわせるように……今日のことを忘れるように……気を失うまで読み続ける。

 思いの外すぐに視界は闇に落ちた。

 

 

 今度は数週間が経過した。

 アレから吼月くんはリハビリを除いて病室から出ていない。自分から傷つく場所に出向こうとは考えない–––もう一度だけ挑戦したが結果は同じ–––し、お見舞いには誰も来ない。来ても自分のことを目障りに思っている病院関係者だけだった。

 だからといって、横になってばかりではリハビリの意味がなくなってしまうから、今では日中はサイドテーブルに手を置きながら立って読書やストレッチをして、夜には自然に眠っていた。

 

「外か……」

 

 ストレッチの本を読みながら身体を動かしている彼は窓の外に目をやった。窓は微かに開いていて、入っていく隙間風が心地よい。風が前髪を撫でて目にかかることを除けば、彼に取っていま一番の娯楽だった。

 早くことを出ていきたい。窮屈な場所から解放されたいという強い願いを秘めた瞳が、曇りのないガラスに映し出されている。

 

 

 そして、ある日––––

 

 

「おい、帰るぞ」

 

 

 前触れもなく現れた父親、琢磨が嫌そうな顔を隠しもせずに現れた。




新年のガッチャードのキービジュアル出ましたね。
半分以上以外知らないライダーだ……

そして爆上戦隊ブンブンジャーも発表!
すごい名前だな……近年の戦隊こればっかり言ってる気がするけど。
顔面のタイヤが変わることで性能が違うとかかな。オールテレーンタイヤはバランスタイプ、スポーツタイヤはスピードタイプみたいな感じで。

なにより、来年の最序盤で遂によふかしのうたは完結。
最後まで見届けたい……全身全霊で見届けよう。
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