よふかしのあじ   作:フェイクライター

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第六十七夜「買い替えてもらうしかないし」

 俺は学校の校門前まで来ていた。

 ここまでの道のりはぼんやりとしか覚えていなかった。

 踏みしめているはずのアスファルトが燦々と降り注ぐ日差しを浴びて溶け出したような実感のなさ。地面が無くなり宙に浮くように覚束ず、気を抜けばすぐに転んでしまいそうだ。

 ハツカに初めてのことをされたのはこれまでにもある。今朝の唇の衝突もそうだが、頭を撫でられたり酒を一緒に飲んだりと様々なことがあった。

 

「いってらっしゃい、か……」

 

 どうしても脳に焼き付いてしまうのはやはりキスなわけだが、それすらも掻き消してしまうほどの衝撃。味わったことのない嬉しさが込み上げてくた。

 途方もない高揚感に身を任せつつ、表情を再確認して歩んでいた。

 

「おはよう会長」

「おはよう三藤さん」

「よぉ吼月、おはようさん!」 

「宇土くん、おはよう。今日も朝から元気がいいな」

 

 学校へ進んでいく生徒達の流れに逆らわず中に入っていけば、俺に気づいた生徒が声をかけてくる。気さくに挨拶を返せば彼らは笑顔のまま手を振って去っていく。

 

「ごめん会長! ウチのスコアボードが壊れて、今日見てくれない!?」

「それは構わないけど部顧問に通してからにしてほしい。最悪買い替えてもらうしかないし。あとバレー部の方に予備のお古のボードがあるから、問題なければ数日はそれを使えばいいんじゃないかな?」

「おしゃかになってたらどうしようもないしね……ウチとバレー部の顧問に話してみるね!」

 

 技術の先生に道具を借りないといけないので余計な仕事が増えて嫌になるが、それすら些末事になるぐらい俺は上機嫌だった。

 先輩後輩問わず、かけられた言葉に返答をしながら教室を目指す。下駄箱で上履きに履き替えたあと、階段を登る。自分の教室に辿り着く前に通りすがる他クラスの教室を覗きながら歩いていると、やはりというべきか、マヒルの姿は見当たらなかった。

 もうそろそろ8時を過ぎるが、登校していないのを見るにまた星見と過ごしていたのだろう。

 

「……アイツ、家はどうしてんだろうな」

 

 帰って寝ているのか、ネカフェなどで過ごしているのか、星見キクとの関係が進展して同じベッドで昼を過ごしているのか。

 昨日の会話からマヒルの異変の根本は家族にあるのだと思う。でなければ、わざわざ家族のことで俺に追撃をかけることもしないだろう。

 俺の家みたいに戸籍上は同じ家に住んでいるが、かんとう同然の扱いになっている。だから、学校に行っていなくても別に何も言われないことも考えられる。

 

「上手いこと星見キクを使えたらいいんだけど」

「キクさんがどうしたって?」

「おおぅっ!?」

 

 考え込んでいると背後から突然声をかけられて体が跳ね飛ぶ。ジャンプした勢いのまま後ろへぐるりと回れば、そこにいたのは遅刻だと思っていた(セキ)マヒルだった。

 訝しげに細めた瞳で俺を見つめ「そんな驚かなくていいだろ……」と呟く。

 

「め、珍しいな。マヒルが朝からいるなんて。それに……元気そう」

 

 今月では初めてじゃないだろうか。

 その理由はきっと星見だろう。

 側から見てもマヒルは嬉しそうで、俺と同じような高揚感のある幸せを隠すことなく雰囲気で纏っていた。顔もいつもより血色が良く、寝心地が良かったように思える。

 

「またキクさんに飯を作ってもらったんだ!」

「おお、それは良かったな! なにを食べさせてもらったの?」

「生姜焼きとか、極々一般的な家庭料理だよ」

 

 星見は食という娯楽にある程度価値を見出しているのか。吸血鬼は酒を嗜むと聞くし、そのつまみとして作れるよう腕を鍛えているのだろうか。

 見る限り、マヒルはガッチリ胃袋を掴まれているようだ。

 星見の悪い事実がなければ、このままマヒルの幸せが続けば良いのにと簡単に願うことができたのに。

 

「それでキクさんがどうかしたのか?」

「星見が、というよりはマヒルは星見と一緒に寝てるのかなと」

「あー……基本的には(ウチ)で寝てるな」

 

 間延びした声を漏らしながら、彼は少し驚いた様子で俺を一瞥した。その驚きはどこか羨望を交えたものだった。

 ぽりぽりと頭を軽く掻いたマヒルは首を縦に振った。

 

「てか普通さ、女性と一緒に寝るなんて簡単にできないだろ」

「そうなの? いや、そりゃそうだな。好きな人なら尚更しにくいか」

 

 友人関係であるハツカとは気軽に寝れるが、マヒルと星見は一応片想い中の間柄だ。気にしていない相手ならいい。しかし、マヒルにとってあまりに大胆な行動は、今後の関係に大きく響く。

 逆に言えばここ半月では、そこまで関係が進展していない。

 

「ショウは女の人と一緒に寝たことあるのかよ?」

「あるよ」

「あるの!? 誰!?」

「OLの人。まあ、その時は相手が熟睡するまで添い寝しただけだよ」

「えぇ……お前、蘿蔔さんがいるだろ」

「ハツカとも寝てるし」

「ずるい!!」

 

 ……いいよな、お前も。

 羨望を超えて嫉妬心が滲む言葉を自分が呟いたのを、マヒルは少し間を置いてから気づいた。

 

「あ、いや……悪い」

「なんのこと?」

 

 気づいているが俺には相手の妬みで優越感に浸る趣味も、マヒルから無意識の言葉に嫌悪するほどの情動もない。

 吸血鬼になるために血を吸われているコウや、ハツカとの勝負で吸血されている俺を見ていると、マヒルがやるせない気持ちになるのは仕方ない。

 マヒルはもう星見が好きで、変わる切符を掴んでいる彼は相手と満ち足りた生活を望んでいるのだ。

 にも関わらず自分たちの関係は変わらない。

 その隣で確実に仲良くなっている者たちがいたら悶々とした気持ちを抱くのは当然。昨日も手料理という喜ばしいことはあっても、星見から真新しいことは何も教えてもらえなかったのだろう。

 

「ふむ……いい策はあるぞ」

 

 俺は顎に手を当てながらマヒルに話しかける。

 

「え? マジ?」

「一緒に寝る。寝顔を見るって目的ならな。少なくとも目的を後者とするなら、簡単に達成できる」

「どんな方法?」

 

 マヒルは今すぐに教えろと言わんばかりにぐいっと顔を近づける。

 

「自分の家か相手の家、もしくはホテルとかの宿泊施設で一晩楽しんで、朝になるまで待つって方法。俺は早朝近くまで俺の家で遊んでたからハツカは帰ることもできず、ベッドもひとつだから一緒に寝ようと言ってくれたし、朝起きたら寝顔も見れた。

 マヒルも星見の家にはあがったんだろ? なら後は、どこで一緒にいるか、何時まで居ていいか、だ」

「時間はなんとかなるとしても……場所だな」

 

 吸血鬼という生態ゆえ、日が昇っている内は用意がなければ身動きできない弱点を利用する手段。

 本音では、ずいぶん年上な吸血鬼なんだから「一緒に寝よう」と甘えればいいだろと助言したいが、マヒルは星見を『自分をガキ扱いしない相手』として見ている以上、それは中々ハードルが高い。中学生が添い寝を頼む時点でそれなりにプライドを捨てないといけないし。

 マヒルだって大切な相手にはカッコつけたいのだ。

 もしそうだとしたら、俺にも少しは理解できる。

 

「……場所って、自分の家以外ならどこがいい?」

 

 この質問の意図が、星見に自分の家の事情を教えたくないということなのかは測ることはできなかった。

 それにしても、場所か。

 手軽に一泊できて、お小遣いを使えばなんとかなる範囲……

 

「小森湯の近くにあるラブホテルとか」

「ブフーーーーッッ!!!」

 

 俺の言葉にマヒルは顔を真っ赤にして、噴き出した。

 

「どうした?」

「い、いやだって! お前! そういう場所はさ!!」

 

 慌てて声を荒げ、俺を追求するマヒルの姿に俺は首を傾げる。キョトンとしていると、マヒルは顔を真っ赤にしながら眼を逸らしつつ、言葉の真偽を確かめようとする。

 

「お前、そ、そういう……えっ……なところとか入ったことがあるのかよ?」

「いんや。コウとナズナさんが休憩がてら入ったって言ってたからさ」

「!?!?」

「なんか手頃な価格で入れるし、ベッドも大きくていいぞって。あと、追加料金でゲームやカラオケできるとも」

「…………」

「マヒル?」

「コウぅ……お前ってやつは、そんなところに」

「ん???」

 

 遂に顔を両手で押さえながらぶつぶつと呟き始めた。

 先ほどのような嫉妬が含まれたものではなく、羞恥心にも似た声色をしている。以前、手の隙間から覗く彼の顔は、俺とハツカが一緒に寝たと聞いた時のカオリを思い出させるりんご飴のような色をしている。

 ありゃ、なんか間違えたかな。けど、カオリの時とは違って先に休憩って目的は伝えたし。

 俺は誤解された理由を探しながらマヒルが復帰するのを待つことにした。

 そして暫くして頬の赤みが落ち着いた頃、マヒルが俺に口を開く。

 

「でも、やり方はなんとなく掴んだよ。ありがとな」

「あくまで俺の経験だし、星見用に対策が必要なら言ってくれ。一緒に考えよう」

 

 俺の申し出にマヒルは快く「おう」と頷くと、続けて気になっていたことを尋ねてきた。

 

「それにしても、上機嫌だったのは蘿蔔さんと一緒に寝たからか?」

 

 え、と俺は一瞬表情を崩しかけてる。

 

「惚気てる時の俺みたいな顔してたからさ」

「そんな鼻歌を歌いそうな顔してたのか?」

「見えた。てか、惚気てる時の俺ってそんなのなんなのか」

「うん」

 

 廊下の磨き上げられた窓ガラスに近づけば、自分の顔がうっすらと映り込む。眺めてみても愉快な表情はしておらず、和かな笑みを湛えている顔が目の前にある。

 いつもと大差ない顔つきに首を傾げてしまう。

 確かに上機嫌なのは否定しようないが、だからと言ってバレるほど顔に出ているわけでもない。事実、ここに来るまで話した生徒達からは何も言われず、揶揄われたりもしなかった。

 

「マヒルって目聡いよな。正解だよ」

「ふっふん。褒め言葉として受け取っておく」

「ああ、褒めてるよ。流石の観察眼」

 

 世渡り上手なマヒルだ。もし俺の変化に気づくとしたら彼か、理世ぐらいだろう。

 マヒルは安堵した素振りをみせながら俺に言う。

 

「このまま吸血鬼に落ちちまえよ。そしたら、夜中に遊ぼうぜ」

「なら、賭けてみるか? 俺がハツカに落ちるか」

「いいぜ」

「だったらマヒルも頑張ることだな。星見のことを知れるように」

「ああ、負けねえよ」

 

 そこでチャイムが鳴り渡り、人混みに紛れながらお互い別々の教室に入る。

 今後のマヒルのことを今考えてもどうしようもない。

 彼の想いを知るまではどうしようもない。

 気持ちを切り替えて、担任が来るのを待つ。

 マヒルへの不安は脳の片隅に追いやられ、登校中の心地いい気分が全身を支配する。一日中寝ずに過ごせそうなほどの昂りに身を任せて、俺はチラリと青空を見上げる。

 

 

––––本当に喜ぶだけでいいのか?

 

 

「痛っ」

 

 絆創膏の上から撫でた噛み跡が痛んだ。今まではこんなことなかったのに、今日はどうして痛むのだろう。

 

「……水を差すなよ」

 

 分かってるんだから。

 不安はあるのだ。

 何度も血を吸われることの不安は、なにも吸血鬼になることだけではない。

 理解している。すでに起こっているかもしれない不安を、胸元を拳で小さく叩きながら払っていく。

 

 

 

 

「うーー……」

 

 ベッドに身体を預けながら僕は呻き声をあげていた。

 一度目が覚めてしまった身体をすぐに寝かしつけるのは中々難しい。昼夜逆転は美容に良くない。いつも通り9時間は熟睡したいので何度も枕に顔を沈み込ませるが、眠気は全然やってこない。

 

「何か読んで眠くなるのを待つか……なにか見るか」

 

 顔を上げて、体を放るようにベッドから抜け出す。

 勉強机に近寄れば片付けられたテーブルの上にタブレットが置かれていた。タブレットには付箋が貼られており『暇になったら使ってね』というメッセージのあとにパスワードが書かれている。

 

「不用心だなぁ」

 

 僕が悪さするとは考えなかったのだろうか。

 けれど手渡した段階でも僕が好き勝手弄ることは出来たわけで、このタブレットにはそこまで大事なデータは入っていないのだろう。僕が吸血している映像もここにはないかもしれない。

 

「それか僕のことを信頼して、かな」

 

 自分で口にしておいて根拠なく不安になってきたので、僕は手に取ったタブレットをテーブルに戻す。

 その時チラリと目に入ったのは本立ての中の一冊。

 ショウくんの日記だ。

 読もうと思っていたショウくんの過去が記された本。覗いた限りでは小森に越してきてから書き出したもので、過去を追求されたくない彼が父親との関係について言及してはいないだろう。

 あの父親はどうにもならない。何ヶ月も会っていないようなので一文でも書かれていたら奇跡と言っていい。

 それよりも気になるのは、最後に見たあの謎の老婆と神崎という男について。

 頭のイかれた老婆とショウくんは訳ありの関係のようだった。

 

「施設、捨てた」

 

 よぎった考えで顔がひしゃげたのが分かった。胸糞悪くなる予測を頭を振って払い、僕は日記から目を背ける。

 今のメンタルで日記を読んだら、また良からぬ発見をしたら耐えられる気がしない。ショウくんが帰ってきた時、マトモに会話すら出来なくなっていれば怪しまれてしまう。

 僕が彼の過去を知っていることは内密にすべきだ。

 あんな過去、触られたいなんて思うはずもない。

 

「はぁ……陰鬱になるな……ショウくんの性格がうつったかな」

 

 気分を変えるために寝室から離れることにした。

 ダイニングにある椅子に座ってテレビのリモコンに手を伸ばす。特に見たい番組があるわけではない。ましてや朝の番組なんて何年ぶりに見たか分からないぐらいだ。

 テレビをつけるとニュース番組が映し出された。芸能人のスキャンダルに対してアナウンサーや芸能人が持論を展開する様子を見ながら僕はあくびを出した。

 

「犯人だって決まってないのに、確定してる言いぐさで皆んな語ってるの面白いな」

 

 推定無罪の原則が打ち上げ花火になって消えちゃってる。

 知識だけあっても、それに沿って動ける人なんて稀だよな。

 

「ジンの兄貴じゃないんだからさ。ま、これも売り物だからなぁ」

 

 今時ニュース(他人事)は動画サイトやネットなどの電子記事で事足りる時代だが、テレビが無作為に投げてくる話題を見るのも楽しいものだ。自分と関わりのないニュースの中に、思わず耳を立てたくなる物が転がっていることもある。

 つまらなければ、そのままテーブルに突っ伏すだけだ。できれば今は寝てしまえるモノであって欲しい。

 そうして閉まり切った空間で朝か夜かの感覚を無くしながら、ボンヤリとテレビを眺めた。

 

『では次のニュースです』

「…………ん?」

 

 内容が切り替わった。

 より専門的で事件性の高いモノになり、アナウンサー達が場所を開けて専門家が用意された雛壇に上がった。

 そこに立ったのはなんと、

 

『先日起きた児童虐待について神崎 和法(かずのり)弁護士にお越しいただきました』

『神崎 和法です。よろしくお願いします』

「神崎……?」

 

 ショウくんの親代わりであり彼の身内で唯一マトモそうな男だ。

 外見はあまり変わらないが、仕事として表に出ているのもあって記憶の中でみせていた親しみやすさは引っ込んでいた。代わりにメリハリをつけ、堂々と喋る様は威厳すら感じさせる。

 

「道理で見覚えがあるわけだ」

 

 夜中に放送されているニュース番組でも彼の姿を見たことがあった。

 僕はやっと眠たくなってきた瞼を擦りながらケータイを取り出す。検索アプリで神崎のことを検索すると、すぐに出てきた。彼が所属するグループにも経歴が載っている。

 他のサイトで人柄などを調べてみた。

 やはり表立って話す時と、個々人と対面で喋るときでは雰囲気が異なっているようだった。それこそ、今の解説をしている様子とショウくんに寄り添った時ぐらいの違いだろう。

 そんな情報の中で驚いたことがある。

 

「この人、事故で家族を亡くしてるのか……」

 

 若い頃に父親や母親を亡くしていた。原因はショウくんと同じく交通事故だったようだが、流石に詳しい内容までは分からなかった。

 事故の経緯をショウくんに語る時に異様なほどに震えていたのは過去のトラウマからか。

 

「事故にあった後は苦学生として身を削り妹の学費も面倒ながら司法試験を突破か。就職後は金銭面も安定していて不自由はない。メディアへの露出が増えたのはここ数年から……そんなことやってる暇があるならショウくんを引き取りなよ」

 

 そう思うのは傲慢すぎたか。

 少なくとも親代わりという程には交流はある。しかも、弁護士である彼は、現状について人並み以上に適した動きができる知識を持ち合わせていることになる。

 だというのに、そのまま放置している。

 訳を思い浮かべるとしたら––––

 

「いやダメだダメだ。寝るつもりがどんどんのめり込んじゃう。はぁぁ……」

 

 しかし、その今があるから僕はショウくんを吸血鬼にできる。

 それも他の眷属とは違って時間は無限の少年。だからといって僕は悠長に時間を浪費するつもりはなく、機を見計らって動くつもりだ。

 

「考えたくなることが多すぎるんだよな〜〜」

 

 霞を掴もうとする試みに、悶々とした気持ちを抱えてクシャクシャと髪の中に手を突っ込んだ。

 何年経っても収まらない吸血鬼の力–––半吸血鬼。

 七草さんのように、胎児の段階で片方の親が吸血鬼というわけでもないのにも関わらず、力の一端を使いこなせる。

 しかし、少なくともショウくんが事故に遭った時には母親は確実に吸血鬼だった。

 どのタイミングで吸血鬼された? ショウくんもどんな経緯で半吸血鬼なんて特異な存在になってしまったんだ?

 

「……考えられるなら母親はショウくんを産んだ直後に吸血鬼になった。そして幼少の頃から常習的に吸血されていて、いつしか恋慕を抱くようになった。その時期に交通事故に遭って中途半端な転生になってしまった……とか?」

 

 あの母親なら僕と同じようにショウくんを洗脳、支配していてもおかしくない。それがわざとなのか、無意識なのかは分からないが、実際に僕がやれているのだから不可能ではない。ましてや、精神が育ち切っていない小学生相手なら刷り込むのも容易だ。

 強制マザーコンプレックスとは恐れ入る。

 神崎から聞いた事故の詳細から、ショウくんが話す半吸血鬼化のトリガーである【痛み】と【流血】はクリアしている。

 

「そうなってくると記憶喪失は半吸血鬼化の影響か? 生命の危機に瀕したことで無理やり使われた吸血鬼の力の反動によって記憶が消し飛んだ?」

 

 色々と推測するけれど、結局は根拠のない机上の空論。

 ただでさえ人伝でしか吸血鬼の知識を得たことがないのだ。弱点の存在だってここ最近分かったことなのだから、僕らが知らない吸血鬼の力や存在だって沢山あるだろう。

 しかも相手は半吸血鬼というイレギュラーだ。

 僕個人だけが考えたところで分かるわけがない。

 相談するとしたら、人間と吸血鬼の子である七草さんとその育ての親であるカブラさん。あと心当たりはもう一人。そう、探偵さんだ。ただ反応からして半吸血鬼のことなんて知らないだろう。

 

「ダメだな。また目的を見失ってる」

 

 寝付ける気がしない。ショウくんのことが気になって、眠る気力すら湧いてこない。

 僕は何気なく読んだ小説の言葉を思い出す。

『自分が一体何者で、どこから来て、どんなことがあったから、今の自分なのか? そのことに向き合い続ければ、そのうち未来は向こうからやってくる気がするけどね』

 ショウくんが大好きだと言った作品の、心に残っている台詞。

 

「……あの子も分かってないのかな」

 

 半吸血鬼という人ならざる力を持った自分は何なのか。

 どうやって自分は生まれてきたのか。

 生まれるまで何があったって、あの悲劇が起こったのか。

 彼の異様な向上心や知識欲は相手を理解したいという想いの裏返しで、その根源はあの時母親が自分に何を思っていたのか知りたいという欲求。

 

–––お前たちは何を求めている?

 だから、相手の心の隅から隅まで知ろうとしてしまう。

–––お前らに感謝されてもなんも価値ないだろ。

 けれど、愛情が容易く裏返ってしまうのを目の当たりにした以上、感謝も納得もどこまで行っても満足できない。

––– お前らもこんなことになんで時間を使うんだ、意味がないだろ。

 そんな自分にも、理解し得ない相手にも呆れてしまう。

 

 僕が初めてショウくんの血を吸った時、喜びの中にあった歪な想い。あの時の自分では二度口をつけても形容できず、ただ濃厚な感情としてしか見ることはできなかった。

 けれど、今なら分かる。

 母親に殺されかけた時から残っている傷だ。

 

「そう易々とは埋まらない傷で……無くすとしたら、彼の存在そのものを本当の吸血鬼にするしかない」

 

 片腕が欠け、片目が焼け落ちたショウくんの姿を思い出す。

 月日がかかり、少しずつしか記憶を捨てることができなかったとしても彼が幸せになるにはこれしかない。何度も記憶を失うなんて都合が良いことは起こりはしない。

 

「吸血鬼にするためにトラウマを無くすという方針が、トラウマを無くすために吸血鬼にするという逆転が起きてるなぁ〜〜……まあ、なんとかするか」

 

 僕とショウくんの関係は良くなっている。少なくとも一年間もの月日を使って、親睦を深めなかった倉賀野ちゃんよりも彼の奥へと入り込んでいる。

 

「……よし」

 

 僕は寝ることをやめ、その欲求に従って動くことにした。

 寝室に戻ってタブレットを手にすると、僕はベッドに座って操作を始めた。パスワードを解除して、タブレットに表示されたアイコンのひとつ。動画サイトのアプリをタップして開いたら、キーワードを入れて検索を開始。

 

「あった。ジオウ」

 

 心の比重をもっと僕で満たしたい。

 いつも僕と接している表の彼だけではなく、その裏でひとりぼっちのままの彼にも僕を。

 ただ今を知るためにその糧となった過去は知らないければ。辛い過去ではなく、それを超えるための過去を。これ以上の辛い過去は彼が自分から話してくれるのを待つとしよう。

 作品をタップすると、荘厳で重厚感のある曲と共に物語が再生された。




ああ!! 今週で夜更かしが終わるぅ!!!
しかもネットでネタバレ画像が出回ってる(発狂)!!
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