放課後になると
長机にノートパソコンを広げ、キーボードを叩く俺の両脇から理世と応野が画面を覗き込んでいる。
「ここの修学旅行は北海道か」
「小学校の時も北海道だったから今度は沖縄が良かったな〜」
「あの時とは違って自由に動けるからいいじゃない。ショウは北海道ならどこに行きたい?」
「ホッキョクグマ館かな。あとはジンギスカンを食べに行きたい」
「金があればね。割り勘ならいけそうだけど」
「理世と応野は?」
「藻岩山でロープウェイに乗りたい」
「特にないかな〜」
資料は修学旅行のしおりと観光地マップだ。
とはいえ、しおりは基本的には去年ものを流用するし、表紙のイラストは美術部の生徒にお願いしている。喋りながらでも簡単に終わることができるレベル。変更点を挙げるなら目次の内容だったり宿でのタイムスケジュールぐらいだ。
主に観光地マップに時間を使っている。グループでの自由行動の参考のため、北海道の観光地や飯屋の資料で、その中には、季節の影響で風景が変わっている場所、工事中で観れない場所はどこかなどの資料も入っている。
せっかく楽しみにしてたのに、現地に着いたら観れないなんて肩透かしにも程があるからだ。
「いいなぁ。俺も早く修学旅行に行きたい」
ペンを回しながら呟いたのは後輩の北原だ。遊び好きの彼は修学旅行を楽しみにするタイプの人間だ。元気よく何でも楽しめるのは彼の良いところだ。
「修学旅行が終わったら年末年始。楽しいけど、その後からは一気に入試用に対策していかないとね」
「うげっ。やめてくれよ」
北原に釘を刺すのは宮内だ。
調子に乗って勉強を疎かにしやすい北原には良い薬なので口にはしないけれど、楽しい話をしている時に水を差すのはしっかり者の悪癖だろうか。
「楽しいことも面倒事も両方やってくるのは仕方ない。北原も宮内も修学旅行の後に直ぐに切り替えられるよう、受験なんて忘れて楽しめば良い」
「ですよね! 切り替えが大事ですから!」
「すぐ調子に乗る……」
「だから次のテストは練習のために勉強会は無しで行こうか」
「待ってください! それは不味いです!!」
「安心していい。次のテストまでには勉強のコツも含めて教える。後一年もしたら俺たちはいないんだから、自立できるようになれよ」
「……ぐぅっ。頑張ります」
「よろしい」
頷く北原を見て俺はパソコンに視線を移す。
「……」
視界の片隅で応野が顔を逸らして歯痒そうな雰囲気を醸し出している。
「………」
「応野?」
「俺もお願いする……」
「いいぞ」
そこでようやくマップ制作へと戻っていく。
個人的には夜も肩の力が抜けない修学旅行は億劫でしかないのだが、生徒会長である以上、キチンと立ち回る責務がある。風邪ひかねえかな。
宿の位置と修学旅行のタイムスケジュールを基に、移動距離や移動方法などを考慮しつつ観光パターンを何個か、三人であれこれ言いながら作っていく。
手持ち無沙汰な北原と宮内は課題をこなしている。プリントにシャーペンを北原は苦悩しながら止め、宮内はサラサラと走らせる。
「うゔぅ……」
北原の集中力が切れ出した。それを見かねたか、気分を変えるように「聞いた? 廃ビルで崩落事故があったみたい」と宮内が北原に話しかけた。
「ああ、確か2階が老朽化で突然崩れたんだっけ? 地域新聞の片隅に載ってたらしいな」
「市民体育館あたりにあったやつだな」
「怖いですよね」
「肝試しでそこを選んでたら危なかったな」
「アンタは何なってんのよ」
「肝試しか、いいな……」
「みんなそういうの好きよね」
ふたりの話に応野も軽く口を出していく。
自然体俺の背中にじんわりと汗が滲み出す。三人が話しているのは十中八九、士季たちと争っている時に俺が壊した廃ビルのことだろう。
内容を聞いている限りでは、人為的ではないと考えられているようだ。崩落直後誰も居なかったとされているのと、爆発物などの類が全く見つかっていないからだそうだ。
朝方で人通りが少ないとはいえ服だって木っ端微塵になったし、破片から人が居たくらいはバレそうなものだが、
––––カオリが裏で手を回したのか……?
半信半疑だった吸血鬼による情報操作や証拠の隠蔽が真実味を帯びてきた。
「嫌だねえ……」
星見キクの件とも合わせて肩の荷が増えた気がして、俺は呟かずにはいられなかった。ため息をつきたくなったが、代わりにノートパソコンを閉じることで気を晴らす。
「終わったー!」
「よぉし、今週も終わりだ」
「お疲れ様です」
応野が1週間分の学校の疲れを搾り出すように、大きくのけぞってストレッチを始める。土日の休みを迎える時は誰でも気が休まるものだ。それは俺も例外ではなく、水筒に入れていたお茶を飲んで眉を開く。
「そろそろストーブの準備をしろって教師から言われる時期だな。11月の半ばには出せるよう掃除するあの汚れに塗れるクソみたいな時期が……」
「10月も末ですからね。もう冬ですよ、雪ですよ」
「あと二ヶ月で冬休み……」
「北原は休みのことばっかりね」
「だってスキーとかスノボーとかやりたいじゃないか!」
スノボーか、やったことないな。
スケボーなら去年場当たり的にやる羽目になったことはあるけれど。
「そういえば思い出したけど、吼月」
「どうした?」
「明日みんなで遊ぶんだけどお前も来るか? 沙原さんの件も終わったんだろ?」
「奏斗先輩? 解決はしたけどよく知ってるな」
「前に言ってた女の人がまた来ててさ。一緒にバスケしてたから吼月がまた終わらせたんだろうなと」
「そうか」
応野の目にはもう悩みなどは晴れて、楽しそうにバスケをしてるように映ったらしい。ふたりがまた楽しく過ごせるようになって思わずくしゃっと頬が緩んだ。
「それで明日だったな。昼間なら予定は空いてるよ」
「なら、他の奴らにも伝えておくよ」
休みの日ぐらいゆっくりしていたい、というのが本心だ。いつものように昼間はゴロゴロと家で自堕落に過ごしたあと、夜にハツカと遊ぶというルーティンを繰り返したい。
しかし、せっかく新しい機会なのだ。
やってみて楽しければ今後も遊ぶし、乗り気じゃなければ上手くはぐらかしていけばいい。どちらにしろハツカが味わう血に変化が着く。アイツが美味しいと言ってくれたらそれでいい。
それに加えて、俺はもうひとつ動こうと思っていたのだ。
「理世も来れるか?」
「そうね。明日は予定もないし問題ないわよ」
「もう一人増えるけどいいか?」
「お、おう。俺は構わんけど」
自分でより仲良くなると誓ったのだから、コチラからアクションを起こす必要があった。
そうカッコつけた理由があるけれど、純粋にいえば理世と遊んでみたかっただけである。理世も嫌がる素振りもなくいつも通りの反応だけ返してくれて、俺はホッと胸を撫で下ろした。
「多分夜まで遊ぶことになると思うぞ」
「それは不味いかも」
「……蘿蔔さん?」
「ああ。遊んだあと、そのまま家に行くかな」
流石にハツカも家に帰るだろうし、事情を話して明日の夜は家で待っててもらうとしよう。
俺が予定を立てていると応野が尋ねてくる。
「お前さ、蘿蔔さんと遊んでること倉賀野には言ってあるのかよ?」
「なんでわざわざ言わなきゃいけないんだよ。てか、一応昨日会ってるし」
「会ってるの!?」
「色々あってな。遊んでた時にばったり出くわしたんだよ」
「……誤解されなかった?」
「お前が想像してるような誤解はな。昨日は普通に男の姿だったし」
「そうか……そうか……」
応野が安堵するのは、理世と俺が告白直後にギスギスした空気になったことを思い出しているからだ。あの時の居心地の悪さは、まるで地雷のすぐ傍で無理やり空気椅子をさせられているようなもの。俺だって二度と体験したくない。
幸いハツカとは意気投合していたから問題はない。
問題があるとしたら、ふたりの交わした話題が俺の女装姿ということだけ。
流石の理世も俺が女装癖があるなんて勘違いはしてない。
してないはずだ。
「……? ふふっ」
チラっと目を動かせば、理世が俺の視線に気がついて小さくほくそ笑む。ニヤついた顔は愉快なおもちゃでも手にした子供のようにも見える。
理世がパソコンから少し離れた部屋の隅でこちらを手招くので、腰を上げて理世へ近づくとガシッと肩を掴まれる。
「うおっ」
「はい」
思ってもみなかった力で引き寄せられて呻いてしまう。そんな俺のことは気にせずに–––それどころかニヤニヤと反応を楽しむ素振りすらみせながら、理世は俺にスマホを見せてきた。
映っていたのは猫耳カチューシャをつけてピースをしているメイド服姿の俺だった。
「また遊ぼうね、ショウちゃん」
耳元で囁かれると、ぞわりと背筋に何かが這い回った。不快感や嫌悪ではない。けれど、まるでつけられた首輪をリードで引っ張られるような感覚。
愉しげに笑う理世はどこか機嫌がいい時のハツカのようだ。それも女王様モードのハツカに似ていた。
視線の多さから心地悪さを感じて、「ああ」と素っ気なく答えながら拘束を解く。
俺は応野たちに帰りの支度を始めるよう促す。
「区切りもついたし今日は帰ろう」
「さんせー!」
三人の合意のもと本日の生徒会が終了し、各々生徒会室から出ていく。
ゆっくりと帰りの支度をしながら理世に話しかける。
「一緒に帰るか?」
「ええ、話もあるでしょうし」
俺と理世は相槌を打ち合うとドアを開け、潜り抜ける。職員室に鍵を返したあと、下駄箱で靴を履き替えて外に向かう。
「それで私は何を手伝えばいいの?」
陽が地平線に沈みかけ、辺りを赤く染めている。
赤く彩られた道を理世と足並みをそろえて下校していると、突然彼女が尋ねてきた。脈略が読めなかった俺は「なんのこと?」と素直に返してしまう。
「明日、マヒルくんの悪口言ってる奴らの成敗するんでしょ? 私はどう動けばいいのか教えて欲しいんだけど」
「あ。そういうこと……」
「なんでちょっと元気なさげなのよ」
疲れるのは分かるけどさ。と理世は言う。
理世からして見れば分かるはずがない。彼女が知り得るのは、アキラからマヒルが有象無象から悪口を言われてる相談を受けたところだけ。
その後、マヒルの様子を見て安心し、俺からの提案を彼らが断ったことは知らないのだ。
だから、勘違いさせてしまったのだろう。あの場で直接訊いてこなかったのは、マヒルの悪口を言っている応野がいたからだ。
分かってはいるんだけれども、やり場のない不満が身体の中に溜まっていく。
「ただ理世と遊びたかっただけだよ。今までしてこなかったし」
掃き溜めのような不満を吐き出した。
「え? それはどういう?」
ぽかんと口を開けて、理世が尋ねる。
「昨日とか理世ってメイド喫茶好きなんだ、とか……同じ趣味はあるけど、それ以外のことってあんまり知らないし。踏み込んでこなかったから、せっかくだし誘おうと思ってさ」
「本当の本当に?」と理世は疑いながら覗き込む。
「楽しいことに嘘は言わん」
マヒルやアキラと話したことをかい摘んで伝える。事情が分かっていくにつれて理世の顔がどんどん緩んでいく。まるでふんわりとしたクマのぬいぐるみのような笑顔だ。
喜んでいるのだろうか。そうだと嬉しいなと俺は思っている。
「だったらふたりっきりで遊ぼうよ。アイツらのことなんて放ってさ」
理世は弾ませた声で、さも当然のように約束を反故にしようとしていて驚いてしまう。第一約束したのは俺とだし、理世も思いの外頭に来ていたのかもしれない。
申し出はありがたいのだが「約束しちゃったからダメだ」と俺は首を横に振った。
「ちぇー、だったら今日は?」
「買い物ついでの買い食いぐらいなら」
「なら近くのスーパーにジェラートの店が入ってるところあるし、そこ行こうよ! いつもの八百屋や肉屋で買うつもりだったんでしょ? 偶には違うところで見ようよ」
「それはそうだが。あのショッピングセンターにそんなものが……」
「ショウは素通りして買い物だけ済ませるタイプだろうしね」
「ぐぅ……」
図星を突かれて俺は思わず口を固く結んでしまう。
理世は笑いながら歩調を早めると、前に躍り出て振り返る。軽やかな足取りに合わせて夕陽に照らされた綺麗な金色の髪がふわふわと揺れる。
「パルフェの店があったら狩ちゃんヒロミッち遊びできたのに」
「パフェパルフェ論争をやろうとするじゃない。どっちでもいいじゃないか」
「パルフェだけど」
「食いつくなよ。……理由は?」
「こっちの方が美味しそうだから」
「お前の好みじゃねえか」
「私の好みなんだから大切なのよ」
理世とは価値観自体は近いと思うのだが、目に見えて違うところが多々ある。主体的というか、自分のやる事や好きな事に誇りがある。
それは自分の気のままに生きているハツカの感性に近い気がした。
「このまま行くの?」
「その予定。バックは持ってきてるし」と俺は準備のよさを示すように学生鞄を軽く叩く。
「なら、早く行きましょう?」
「待って、ハツカに連絡を……」
「そんなことより早く行かないと、今日はおばさん達が買いあさりに来るかもしれないよ」
「そんな激戦区なの?」
「戦わなければ生き残れないわ」
「そんなに……!?」
俺たちは何気ない会話を繰り返しながら、ショッピングセンターへと歩いていく。理世に案内される形で団地への帰路から逸れた道のりを進んでいった。
☆
「つ、疲れた……」
「お疲れ様〜〜」
買い物が終わった俺たちは、ショッピングセンターに併設されたジェラート屋のテラス席に座り込んでいた。買い物袋を空いてる椅子に置いたあと腰を下ろすと、同時に身体中から疲れが溢れ出してテーブルに突っ伏してしまう。
「ひとが……人が多い……!」
「もみくちゃにされたわね。ほんとスポンジみたいだったわ」
「お前もだろ。卵のところですり身にされてたくせに」
「ははは……それは言っちゃいけないのよ?」
どうやら金曜日の夕方ということで、特売がやっていたらしくそのタイミングを狙った人たちと目当ての商品を取り合う事になったのだ。
買いたいものは死守できたので良いのだが、大勢の人の中に入るのが精神的にキツかった。士季と戦った時より肉体に負担がかかったかもしれない。
顔だけ上げながら理世を見ていると、店内からウェイトレスががこちらにやってきた。ウェイトレスは「こちらがメニューでございます」と腕に抱えていたメニュー表をこちらに差し出す。
それを理世が受け取ると、俺たちは席を寄せ合ってメニュー表を一緒に眺める。
「何する?」
「俺はキャラメルのジェラートとアメリカンコーヒー。理世は苺ミルク?」
「そうね。ダブルでティラミスも合わせようかな。それとレモンティー」
それぞれ注文する品が決まるとウェイトレスに伝えていく。再確認が済んだ所で理世はウェイトレスにメニュー表を返しながら、話を付け加える。
「あと、お会計はバラバラでお願いします」
「承知しました。少々お待ちください」
小さく礼をしたウェイトレスが離れていく。
俺は視線を理世に移すと何の話題を振ろうか考える事にした。いつもの趣味の話でもいいけれど、大型の娯楽施設に行くどころか大所帯で遊ぶ事自体してこなかったので、そちらの話をするのもいい。それと、ハツカ含めて理世は俺の女装のどこが好きなんだと問いただすのもありだろう。
悩んでいると理世から話しかけてきた。
「にしても平日に買い物なんて珍しいわね。いつもは土曜日に買ってるイメージだったけど」
「お前は俺の何を知ってるんだ」
当たってるのが怖い。
コイツの情報はいったいどこから来てるんだ。
「保たなかったんだよ。最近は外で食べたり、軽く済ませてて買う量が少ないし。今日はいつもより多く作ったんだ」
「メイドやってやけ食い?」
「昨日ハツカと話してただろ。アイツの分の朝飯も作ったから足りなかったんだよ」
「え!? 飯を食べたの!?」
「そんな驚くことか……?」
いやハツカは吸血鬼だし、人間の食事はエネルギーにもならないから驚くのは分かるが、それはあくまで事情を知っている俺だからだ。
なぜ理世が意外そうに声を張り上げるのか分からず、彼女を注意深く見つめる。
「私も食べたいな〜……それにお泊まりね。それも良いなあ」
「お前なぁ、ははは」
「なによ。ふたりだけいい関係になって、どうせ家でもメイド服着たんでしょ」
「なんだ? ハツカに嫉妬でもしてるのか?」
「偉そうに……ッ!」
「ま。機会があったら着せてみるんだな」
理世を見ていると杞憂に過ぎないと理解できる。
もし彼女が吸血鬼と夜を過ごしていたとしても、星見キクのような相手なら俺は止めなければいけない。できれば、ハツカのような相手の選択を尊重できる者が望ましい––––そう思うのは、俺の我儘だ。
しかし、大切な相手に安全に幸せに生きてて欲しいと願うのは間違ったことではないのだ。
「料理ぐらいなら作りに行ってもいいし」
俺がそう言うと、椅子を蹴り飛ばすような反応を理世は見せてくれるので無性に嬉しくなってしまう。自分が作ったものを美味しく食べてもらえるのは光栄だ。
「え!? ほんと!?」
「ああ、理世なら俺は全然いいよ」
料理を振る舞う相手が増えていく。
ハツカは気まぐれで焼き菓子などを頼んでくるし、理世は人間らしく好きなものと栄養のバランスを取れた食事にすればいい。あと、鶯さんだ。鶯さんの好みも知れたらいいのだけれど、あの人とは関わりが少なすぎる。
もう少しコンタクトを取れたらいいのだけれど。
「でも、蘿蔔さんが泊まってるならショウの機嫌が良かったのもわかる気がするわ」
「はっ……!?」
微笑みを浮かべる理世が突然口にした言葉に、思考がグイッと持っていかれる。
「お前も分かってたのか!?」
「ええ、当然じゃない。も、ってことは……マヒルくんやアサちゃん辺りにはバレたのかしら?」
理世は正確に事実を口にしてくる。俺と明らかな関わりがあるのは理世を除けばマヒルとアキラぐらいなので、予測は立てやすい。けれども、それ以前に理世にまで容易く見透かされてしまった事に俺はきょうが驚愕した。
「どんな風にわちゃわちゃしてたのかしら? 気になるわね」
「別になんでもないぞ」
平静を装いながら、俺は昨日からハツカとしたことを思い出す。
メイド服を着せられて実際にメイドとして働かされて恥ずかしさを感じ、家に帰ったらメイド服姿でハツカの椅子になったりアップルパイを食べさせて気ままな一時を過ごし、指から血を出して舐めさせた時は良くない興奮を覚えた。そして、偶然とはいえアクシデントが起きて、行ってらっしゃいも言ってもらえた。
一晩だけなのにとても濃厚な時間だった。
「か〜な〜り、充実した時間だっだみたいね」
「否定はしない」
たぶん、今の俺の顔はダラシなくなっていたのだろう。自分でも分かってしまうレベルで気が緩んでいた。
ここまで来ると「お帰り」まで期待してしまう自分がいる。
「なんか妬けちゃうな」
理世は怒り浸透と言いたげにぷくうと顔を膨らませる。
彼女に妬かれると困ってしまう。ハツカとの関係と、理世との関係が同一になることはない。行為的な意味も潜在的な意味も、友人と相方の違いでしかない。
理世とハツカが張り合うようなことはないのだ。
罰が悪くなって頬を掻いていると、理世が力を抜いてニヤッと笑う。
「けど、最後に理想を叶えるのは私だから」
「理想ってお前な……」
不敵に笑う理世の姿は強がりではないように思えた。
少なくとも俺にはそうとしか感じ取れなかったのだが、そうなるとどうしても分からない部分があるのだ。
「理世ってさ、一応俺のことは諦めてないんだよな?」
「好きなものは手中に収まるまで諦めるつもりはないわ」
「理世は俺をペットかなにかと誤解してないか?」
「人間相手でも好きな相手のことなら全部手にしたいと思うわよ。良いところでも悪いところでも欲しくなる。浮き沈みがあるのが生き物だもの」
自分の快や不快、都合ではなく、自分の成し遂げたいことのためにルールに沿って動くことができる。そのルールは信条と世間の良識だ。それに従い動けるのが理世の尊敬できるところだ。
人間の良識すべてを吸血鬼に当てはまるのは間違いなので、大きく首を縦には振らないが、この長所はハツカより立派だと思う。
「だったら聞きたいんだけど俺の良いところってなんだ?」
「自分で言えるようになったら答え合わせをしてあげる」
理世は以前『なんとなく好きになってしまった』と俺に告げた。俺には長所がないと言いたいのか、それとも本当は答えを持っているが口にしないだけなのだろうか。
教えてもらっても俺は信じられるのか分からないので、考えるのは不毛なことだと俺は気づいている。
「難しく考えずとも貴方は立派にやれてるわよ」
「だろうな」
「馬鹿にはなるべきだけどね」
「ひでぇけど間違いないな」
ふたりで「ふくく……」と笑い合う。
こうして外で理世と喋るのは初めてだったが、特に苦になることもなく時間を過ごすことができて俺はそこはかとなく満足していた。
あとはジェラートが来れば完璧なのだが……。
「で? 蘿蔔さんとは家でどんなことをしたの?」
「それは言えない事になっている」と俺は視線を店内に向ける形で、理世からの追求を逃れようとする。
「ほっほぉ〜言えないことなの。へえ、私にすら言えないことなの」
「卑しいことじゃないから気にするな」
「そこまで言われたら気になるじゃない」
「そうそう。ちゃんと話すべきだと思うよ」
「うるさいな、お前ら」
ら?
自分で口にしていて違和感が極まる。ひとつ、会話が多かった。そのことに理世も気づいたようで、彼女も口を閉じてしまっていた。
視線をテーブルに戻すとプリン頭の女子高生が興味深そうに俺たちの話を両頬杖をつきながら聞いていた。まるで好きな番組を見るために30分前からテレビの前で待機している子供のようだ。
「やっ、吼月くん」
勝手に空いていた椅子に座った女は、十年台の旧友に話しかけるような親しさで俺の名を呼んだ。
すると今度は少し離れた場所から不機嫌そうな声が矢の如く飛んでくる。その声の主である男にテラスの花壇付近に雑多に置かれたコーンバリケードを軽々と乗り越えてやってくる。
ピアスをつけた垢の抜けた男性に、女子高生が腰を捻って上半身だけ向けて手を振った。
「早く来なよ、あっくん!!」
「もぉう……セリちゃん」
もう、は俺たちが言いたいのだ。
––––誰なんだよ!!
ああ……よふかしのうたが完結してしまった……だがまだだ……まだ希望は残っている。47日後の発表で、新しい何かが、きっと……!!
sns覗いたら寄せ書き企画とかあって、驚いたけど面白かったです。
世の中には行動力がラブくんな人たち結構いるな……