よふかしのあじ   作:フェイクライター

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第六十九夜「私にとっては素晴らしいもの」

 陽が傾き、吸血鬼が過ごせる夜に近づいた頃で桔梗セリ(アタシ)は、自分の眷属であり友達の秋山昭人(あっくん)と合流した。

 住宅街から少し離れた場所にある大通りをふたりで歩く。

 退勤ラッシュで混み合っている車が背後に流れていく様や、制服姿の学生たちがわいわいとゲームセンターで楽しんでいる光景を見ると夜が迫っている感じがしてアタシは好きだ。

 

「今日は何して遊ぶ?」

「どうしようか。前みたいに近場の喫茶店に入ってゲームでもする?」

「いいね! 新しく配信されたクエストがうまくいかなくてさ」

 

 スマートフォンの地図アプリを開いて喫茶店を検索すると6個の赤マーカーが立つ。遠くにも四つ、近くにふたつ喫茶店があるのだが、人の目がある内は遠くに行くのも一苦労なので近場を選ぶ。その中で立ち寄ったことがなく、人気の店は……。

 

「下木通りにある店だね」

「ジェラートが美味しいお店なんだ。最近はあんまり食べてないな」

「僕も。買う機会ってあんまりないよね」

「専門店って中々無いしね」

「なら、さっそく行こうか」

 

 行く先を決めたアタシたちの足取りはワンテンポ早くなる。

 

「セリちゃんはアイスを食べるなら夏冬どっちが好み?」

「うーん……冬かな」

「セリちゃんも冬派なんだ。理由は?」

吸血鬼(アタシ)らってあんまり暑い寒いに堪えないからどっちでも良いし好きなんだけど、冬だとアイスが溶けにくいから慌てなくて済むじゃん? それに溶けたアイスで服が汚れるのも少なくなるし」

「かき氷。冬に食べる人いるみたいだしね。じっくり味わうなら今ぐらいがちょうど良いのかな」

「そうそう。特にジェラートはアイスと比べても味がしっかりしてるしね。肌寒くなってきた冬前が一番美味しい」

 

 入り組んだ細い路地を出ると、大竹通りと言われる片側二車線の通りを歩く事になる。歩道を右方面に向かって進むと一分と少しで下木通りと交わる交差点に行きたく。

 横断歩道を渡って、左に曲がってすぐの場所。この位置からでも見えるが、大きめのショッピングセンターの傍に目的の喫茶店がある。

 残念な事にアタシたちが渡るまえに信号が赤になり、足を止める事になってしまう。待ち時間が苦痛になるなんてことはない。あっくんと話すだけで時間は溶けていくのだから。

 

「何にするか今のうちに決めておく?」

 

 あっくんがスマホで店のホームページを開いてアタシにも見えるように近づけてくれる。

 

「そうだね。アタシは……あれ?」

「どうしたの?」

 

 一緒にメニューを見ようと目線を動かした時、横断歩道の先に見覚えのある顔が視界に入ってきて、そちらに意識が向く。するとあっくんも顎を持ち上げてアタシの視線をなぞる。

 向かいの歩道を歩く顔立ちの良い1組の男女。ちょうど夜守くんと同じぐらいの歳に見えて、実際に彼らが着ているのは小森第二中の制服だった。

 そこまではいい。よくある事だ。

 ただ、そのアベックの片割れである男の子の方に妙に見覚えがあったのだ。

 

「ん〜……?」

「セリちゃん、知り合い?」と声を低くしてあっくんが訊いてくる。

「違う。待って、どこかで見たことがあるんだよね」

 

 最近の記憶の断片を拾い集めるようにして、どこで見たかを思い出す。頭を働かせて数秒後、手にしていたスマホで別のアプリを開いた。ニコやミドリたち吸血鬼のコミニティーで作ったグループのつぶやきを遡る。

 その中で見つけた写真をタップして拡大した。黒と青を基調にしたフリルスカートのゴスロリ衣装を着た少年だ。

 

「女の子? あっちの金髪の子?」

 

 覗き込んでいたあっくんが言って、アタシは「あ、間違えた」と首を横に振る。この写真だと誤解を招いてしまう。すぐさま別の写真をスクロールして探すと最近のコメントに添付されていた。

 それを開くと、ちょうど歩いて行った男子の制服姿が映っていた。確か名前は吼月ショウだ。

 写真と目の前を歩いた少年と見比べる。

 

「あの子、ハツカの新しい眷属候補だ!」

「へえ、蘿蔔さんの。なんでちょっと楽しそうなの?」

「いや、だって! 身内の子が男女で和気藹々としてたら気になるじゃん!」

 

 そこでちょうど信号が青になり、横断歩道を渡ってふたりの背後を取る。

 吼月ショウの右の首筋には絆創膏が貼られていて、その下にはハツカの吸血痕があるはずだ。美味しいって言ってたんだよな。隠されてるからか、余計に吸いたくなってくる。

 

「ショウはさ、休みの日とか何してるの?」

「いつもの見る以外だと料理かな。気晴らしに散歩して、あったらバッティングセンターに入ったりするけど。理世はどうなのさ?」

「昨日見た通りよ。喫茶店で美味しいもの食べたり友人と遊んだり、やれる事やりたいことは沢山あるわ」

「理世がおすすめする店か……今度一緒に行くか?」

「イエス! その答えを待ってたわ!」

 

 吼月くんの隣を歩く金髪の女子、理世という子が嬉しそうに指を弾く。

 その様子を後をつけながら見ているアタシたちは、目の前の現場に内包される意味について思考を巡らせる。

 

「どう思う? あのふたり」

「蘿蔔さんも隣の子も美人系だから、普通に吼月くん?にとっての眷属候補が隣の女の子なんじゃないかな。そういえば、吼月くんは蘿蔔さんが男なのは知ってるの?」

「知ってる。ハツカも言ってたし」

「中学生で両刀とはストライクゾーンが広いな」

「実際、ハツカは男もひとり眷属にしてるから男の子にもモテパワーは通じると思うんだけど、問題はあの子はハツカの眷属になる気がないんだよね」

「ないの!?」

「しーーっ」

「あ、ごめん」

 

 驚愕のあまり声を張り上げてしまうあっくんの口を手で塞ぐ。気づかれていないか目線を向けるが、彼らは振り返ることもなく楽しげに会話している。

 あっくんの叫び声はそばを走る車の走行音にかき消されたようだ。あるいはただ夢中になって話しているからアタシたちの声が耳に入らなかったのか。

 

「吼月くんにとっての本命があの子だとしたら、つまりこの状況はハツカの略奪愛! 自分には大切な相手がもういるのに、いつのまにかハツカに……ってちょっと興奮しない?」

「中学生が体験するには早すぎる経験な気がするけど、まあ、分からなくもないよ」

「だよね!」

 

 男の子同士ってだけでもワクワクするのに、両片思いしながら眷属持ちのハツカに岡恋するかもなんてあーー! たまんねえ!! 夜守くんと歳はおんなじみたいだし、ウブな恋心が揺れまどってたりするのかなあ! 徐々に気持ちがハツカに傾いて狼狽えたりするのかな!?

 

「はぁ……はぁ……」

「汗すごいことになってるよ」

「ちょっとたぎりすぎたかな」

「あと興奮しすぎて息遣いも大変な事に……」

 

 あっくんの忠告を聞き流しながら額に滲んだ汗を裾で拭う。

 やることは決まった。風の吹くまま気の向くまま、この状況を楽しめとアタシの心は言っている!

 

「ごめん、あっくん。ジェラート食べるの後でいい?」

「いいよ。蘿蔔さんの眷属がどんな子か僕も気になるし」

 

 アタシたちは吼月くんたちとの距離をギリギリ気配をさとられない所まで詰める。

 そこからは中々の難易度だった。

 

「やっぱり人が多いな」

 

 てっきりアタシたちと同じく喫茶店に入るのかと思ったふたりは、スーパーの方へ入っていた。吼月くんがカートにカゴを乗せると、主婦たちでごった返し始めている店内を進んでいく。

 子供なのに自分で買い物するんだ。

 ふたりに注意を払いながら、あっくんとはぐれないよう彼の左袖を小さく掴む。

 

「人多いから手、繋ごうか」

「本当はあっくんが繋ぎたいだけでしょ」

「そうだよ。セリちゃんは?」

「当然」

 

 笑い合ってからお互いに手を取り合う。

 アタシたちは友達として仲良くやっている。いや、あっくんはまだアタシのことが好きだから片想い中なんだけど、その辺りの感情や考えは吸血鬼だから、と納得しているんだ。

 なにより現在進行形で彼の中の恋慕は友情に変わっている。

 吼月くんの後を追いかけるのは偶々都合が良かっただけ。

 今後あっくんは人間だった頃にアタシと居た記憶がどんどん無くなっていく。少しずつ変化していく想い。この関係はきっと長くは持たないから、記憶が残っている内に思い出は増やしておくに限る。今の想いが解けたとしても、いつかはまた友達として巡り合うことができる時のために。

 

「なんか大変そうだね」

 

 視線の先にいる吼月くんたちを再度見つめてからアタシは言った。

 どうやらこの店では今セールスをやっているらしく、ごった煮の現状の原因がそれだ。その中でも卵や油がかなり値下げされていて、人がより集中している。その中にふたりは突っ込んで、めみくちゃにされていた。

 

「……食品売り場だと、どうしても人が密集するからね」

「ピアスとか買う時とかはあんまり多くないのに」

「そっちはあくまで高級品とかだしね」

「やっぱり楽だなって思うわ」

「食事のためだけに金と労力をかける必要がないのは僕らの特権だよね」

 

 吸血鬼は人間ひとりを誑かして、隙をついて血を吸えばそれで終わり。人間と違って毎日栄養を摂り続けなくてもいいし、吸血のために人を魅了することに特化しているから現地調達も簡単だ。

 しかし、

 

「つ、潰される……! ちょっと手貸して!」

「ほら引っ張り出してあげるから」

「よっ。サンキュー」

 

 人混みをかき分けて戻ろうとした吼月くんを外側で待機していた女子が引っ張りあげた。

 こうして、しっちゃかめっちゃかした生き方も日常を彩るものとしては大切なのかもしれない。苦労は買ってでもしろ、ってやつかな。

 

「いや、やっぱり苦手だわ」

「はははっ、セリちゃんって思ったより人が多い所苦手だもんね」

 

 暫くすると二人の買い物が終わり、ショッピングセンターを出る。このまま帰りなのかと思えば、私たちが目的地としていた喫茶店に脚を進めた。テラス席に座って、ウェイトレスに注文するのをアタシたちは近くの花壇の影から見守っていた。

 

「肩を触れ合わせてメニュー見てるし……アレで付き合ってない方が無理ないかい?」

「女子もこれくらい普通って感じで受け入れてるし、なんか距離感が兄妹みたいだな」

「兄妹でも流石にここまで……あ、普通に席戻した」

 

 二人の様子を見て、アタシはひとつの結論を見出す。

 

「これは元の距離が近すぎて進展しないタイプだ」

「セリちゃんの読みが外れたかもね」

「残念。吼月くんの方も恋心って感じじゃないし」

「これからを考えると相手の子がちょっと不憫に思えるな。仕方ないことだけどさ」

 

 ひっそりと呟いたあっくんの言葉を「ねー」と肯定した。

 立ち上がって花壇の影から一歩踏み出す。

 

「そろそろ隠れるのも限界だし、いっそのこと相席にしちゃおっか!」

「あっ、ちょっと!?」

 

 

 

「て、感じなわけ」とセリちゃんは注文したラムレーズンのジェラートをスプーンで掬いながら言う。

 吸血鬼やストーカー紛いの行動の話を抜いて、大まかに流れを説明した。つまり、殆ど嘘をついたのである。仕方ない、仕方ないのだ。

 事情を説明し終えた頃には辺りは夜に沈んでおり、テラスを包み込む光は夕陽ではなく、軒先に吊るされた多角形のペンダントライト。忘れちゃいけないのが月明かり。

 ガーデンライトもあるようだけど、壊れていて点灯しない。赤コーンが立っていたのはそれが理由でもあるようだ。

 夕方より少ないとはいえ、ショッピングセンターに併設されていることもあって人気はそれなりにある。買い物ついでの女性が多い印象だ。

 セリちゃんが食べているので分かると思うが、各々が頼んだ食べ物も囲っているテーブルに置かれていた。

 とはいっても、話を聞いている間に吼月くんとその友達である倉賀野さんはジェラートを食べ終えてしまっている。

 

「本当に相席で良かったのかい?」

 

 テーブルを中心に車座になっている秋山昭人()は、隣の椅子に腰を下ろす吼月くんに訊ねる。

 

「構わないですよ。理世も良いと言いましたし」

 

 せっかく楽しいひと時に割って入ってしまった僕の申し訳なさを爪弾きにするように彼はキッパリと否定した。

 そして倉賀野さんも同様に首を縦に振る。

 

「嫌だったら、軽い自己紹介だけで済ませてますよ。ね、桔梗(ききょう)さん」

「そうじゃなかったら声かけないし」

「私としては目に良いものが二つも増えたのでプラマイゼロ、よりもプラス寄りです」

 

 そう言って僕とセリちゃんを見て愉快な笑みを浮かべる。指で作った輪を虫眼鏡に見立てて僕らを覗き込む様は、自分の欲に見合ったコレクションを目の前にした好事家のようだ。

 彼女の瞳は好みの相手を選別する吸血鬼のようにも思え、いつもと逆の立場になった事と女性である自分もコレクションの一部として見られたセリちゃんが「え?」と声を漏らす。

 女子から慣れない興味を受けてセリちゃんの顔色が照れの赤に変わる。

 

「あら先輩、かなり可愛い反応。そうだ、私も貴方のことセリちゃんって呼びたいです」

「それは構わないけど」

「ありがとうセリちゃん。私のことは理世でいいですよ」

「おう。で、もしかして理世もどっちもいける口なのか?」

「好きな物は好きですよ。分け隔てなく良いな!って思ったら私にとっては素晴らしいものですから」

 

 胸を張って堂々と語る倉賀野さんの見た目の歳よりもずっと大人びて見えた。纏っている雰囲気が身体よりも大きく、自分の指針が形となってハッキリとしている。

 中学生ぐらいの歳なら、好きな人といる時間を潰されたら駄々をこねても良さそうなものだが、嫌悪感はないし額面通り楽しんですらいる。

 不思議だ。この子は吼月くんのことが好きなんだと思っていたけれど、本人を目の前にして他の男のことを好きと言えるなんて。

 僕は、吼月くんはどう思ってるんだろう?と怪訝な眼差しで覗き込むが、彼も特に気にはしていない。

「にしてもハツカの知り合いか」と吼月くんが口を開いた。

 

「友達が気にかけてる子だからね。ついつい声をかけてみたくなったんだ」

「それは構わないが、好みは人間(一般)的なんだな」

「普通にいい男って感じで、お手付きもまだ多くなさそうだし」

「ニコやカブラ達みたいな特殊な癖はアタシには無いからね」

「制服姿なのは十分癖だと思うぞ」

 

 吼月くんの一言に、セリちゃんが持つスプーンの手が一瞬だけ震える。

 

「似合ってるから良いじゃない」

「土台が良いうえでの癖だろう。ハツカの女装と同じだ」

 

 いやセリちゃんの女子高校生姿はコスプレの一言で片付けられるものでは決してないのだが!?

 

「そうそう。アタシは一番可愛いからさ」

「可愛いのは知ってるよ。アンタは一眼でそう思う」

 

 なんとも噛み締める味のない好感に、セリちゃんはジェラートをその綺麗で魅惑的な口の中に運んでいく。なんとも言えない敗北感をジェラートの味で誤魔化している。

 声のトーンも表情もお世辞を言っているようには思えない。もし僕が人間のままなら、素直に同意していただろう。

 ただ、【可愛い】と自分が【好き】であるかは別なように、自分の意思ではなく世間一般から見た可愛さの基準で語っている。可愛い、とだけ口にしたのは、セリちゃんの『一番可愛い』という自信を遠回しに否定しているのだ。

 蘿蔔さんや倉賀野さんの方が可愛いぞ、と。

 セリちゃんは絶対に気に食わないのだろう。自分にだけ敬語じゃないし。ムスゥとした顔で彼を見つめているが、吼月くんは不平を不思議そうな表情で受け止めながらコーヒーを飲んでいる。

 ここまでセリちゃんに興味を抱かないとかえって安心するのだが、それはそれとして『セリちゃんは一番可愛いだろ!!』と言ってやりたくなる。

 

「どうしたんです? 兄貴さん」

「キミにひとつ言っておきたいことが……え、兄貴さん?」

「マヒルがそう言っていましたから。それともメンヘラさんの方が良かったですか?」

「なぜそれを……!」

 

 僕がセリちゃんに対してヘラってたのは本当だ。セリちゃんが知らない少年–––夜守くんのことだけど–––と一緒にいた時、何を思ったのか二人が入ったカラオケまで後をつけ、カラオケボックスのドアを叩いた。

 それはもうバンバン、バンバンと。

 セリちゃんには苦労をかけたし夜守くんは怖がらせてしまった。心から反省しているのだが、ここまでメンヘラ呼びが広がっているのちょっと心配になる。蘿蔔さん経由で夜守くんの呼び方が伝わっちゃったのかな。

 どう呼ばれたいかと訊かれたらひとつなんだが、

 

「兄貴のほうで……あーいや、そっちもむず痒いからあっくんと呼んでおくれ」

「分かりました、あっくんさん」

「私もあっくんさんって呼んでいいです?」

「いいよ」

「あっくんはすぐ誰にでもあだ名で呼ばせるよね」

「言われ慣れてるからね」

 

 人間の頃から呼ばれていたあだ名だから、馴染みがあるだけだが、セリちゃんは気安く納得できないようだ。不服そうに目を細めて僕を見てくる。

 僕としてはその反応が嬉しかったりもする。

 倉賀野さんは僕らを交互に見ながら楽しそうに「昔から仲が良いんですね」と口にする。

 

「まあね。それで吼月くんはハツカとは趣味で繋がったの?」

「どの趣味?」

「ほらゴスロリ服着てたじゃん」

「グホッ、げぼっぇっあっ」

 

 セリちゃんの言葉に驚いてコーヒーが肺に侵入したのか、吼月くんはえづいてしまう。

 

「だ、大丈夫かい?」

「はい……大丈夫です」

 

 僕が背中をさすると、次第に調子を取り戻していく。

 

「ゴスロリ服ってなんの」

「ほら、コレ」

 

 そう言ってセリちゃんが見せたスマホには、僕に一番最初見せた写真が表示されている。

 吼月くんは黒と青のゴスロリ姿の自分を見て、呻き声をあげながら頭を抱える。グループラインに載った写真を表示されている。彼は他の吸血鬼たちにも女装姿が広がっていることに悶絶しているのだ。

 同時に同級生にもそれが見られたことも羞恥を倍増している。

 

「そうか……あの時、ミドリさんが職場の見せたのってこれかぁ? いやいやいやいやマジかぁ……」

 

 様子を見る限り、蘿蔔さんと違って他人に見られていいほど女装が好きというわけではないのか。初見だと女子にしか見えないのでレベルは高いとは思うが、好きじゃないなら何故こんな服装をしたんだ。

 

「ショウ、貴方やっぱり女装も好きになってくれたのね」

「待て。お前が期待してるようなことはない。単純に仕事に使う服をハツカに見繕ってもらっていたら、その流れで着せられたんだよ」

「その歳で仕事してるの?」

「仕事っていうのは……」

 

 彼が続きを言おうとした、その時だった。

 ピキッと何かが割れた音がして、続け様に人が倒れる音がした。

 

「え"っ、ああ!」

 

 それは転倒したのは女性のようで、酷く驚いた声を張り上げた。

 僕ら全員、反射的に顔を悲鳴がした方向へ動かすと、喫茶店の照明が灯す光の外へ、右脇に何かを抱えた人影が飛び込んだのが見えた。月明かりにだけ薄く照らされた暗闇を誰かが駆け抜けている。

 女性の周囲にはビニール袋から飛び出した食品や日用品が散乱している。割れたヒールが足元に転がっている。

 これはもしかして––––「ひったくり」

 女性の声より先に僕らのすぐそばで物が倒れる音がした。

 それもふたつ。

 

「理世!!」

「分かってるわよ!!」

 

 椅子を押し倒す勢いで吼月くんと倉賀野さんが飛び出した。

 しかし、向かっているのはふたりとも別の方向。吼月くんは犯人らしき人影を追って駐車場へ走り出し、倉賀野さんはスマートファンを耳に当てながら女性の下に駆け寄った。

 ショッピングセンターの端にある喫茶店のそばで起きたから、駐車場にはあまり車が停まっておらず、いま追いかけなければ逃げられてしまう。すぐに追跡し出した吼月くんの選択は正しいと思う。

 突然発生した事件と中学生の手慣れた動きに僕らは呆気に取られてしまう。

 

「セリちゃん」

「あ、ああ!」

 

 僕らも慌てて女性の下へ駆け寄った。その女性は倉賀野さんの肩を借りて、そばにあった椅子に腰を下ろしていた。

「大丈夫ですか」と声をかけた僕に、倉賀野さんは気づいて『よし』と言いたげなニヤリ顔になって応える。

 

「セリちゃん、あっくん、その人を頼みます!」

「え?」

「いや、警察に」

「連絡してある!!」

 

 まさか追うつもりか。

 駆け出そうとする彼女を見て、僕は不安が脳裏をよぎる。すぐに駐車場の方へと視線を向ければシルエットだけで人相は見えないが、へっぴり越しのまま何かを突き出す人物と、悠然と立つ少年の姿があった。

 吼月くんの前に立つ人物が握っている物に月明かりが反射して、薄く鈍い光が宿っている。人肌を容易く引き裂くナイフだ。

 

 

 いや、待って、

 

 

 人間で、しかも中学生でしかないのに。

 

「このぉ!」

 

 犯人が吼月くんに襲いかかった。

 僕らが行けば問題は解決する。吸血鬼の力なら二人の間にすぐさま割って入ることもできるし、鎮圧だって簡単だ。

 辺りを見渡すと、女性の悲鳴のせいで買い物に来ていた客や喫茶店の人達の目がこちらに集まっている。

 この場で吸血鬼の力を使うのは、無理だ。

 僕は人並みの速さ、その中の最高速度で吼月くんとひったくり犯の間に割って入ろうと走り出す。

 

「邪魔!!」

「はい!?」

 

 倉賀野さんの叱責と共に、ガコン!!とプラスチックが強い衝撃で凹むような音が背後から鳴る。振り返ってみれば、花壇の周りを囲っていた赤コーンを片手に掴んで夜空に掲げている。

 何をするつもりだ。

 そう問えるわけがなかった。

 思わず僕はセリちゃんと目を合わせる。彼女も舌を巻くように黙り込んだまま僕の方を見つめていた。

 

「ロォォォォォオオオイイイ!!」

 

 獣じみた叫びをあげた彼女の手から、オーバースローで赤コーンが放たれる。投げ槍の如く投擲された赤コーンは、僕の髪の毛を数本散らしながら通り抜けていく。風切音を立てながら突き進む。

 豪快な一撃と共に靡く金色の髪を持つ少女は異質な美しさを持っていた。

 

「……」

 

 倉賀野さんはその場にある物を容易く凶器へと変貌させた。

 それはまさしく、吸血鬼の力そのものであった。

 

 

 好きな人を奪われる。

 この想像は撤回した方がいいかもしれない。

 

 

 暗闇を飛翔する赤コーンという黙するしかない絵面を見て、そう思った。

 

 

 

 

 女性に駆け寄る間も私はショウを見つめていた。

 人目なんて気にせず初速から全てを振り切るハイスピードで犯人に追いついた彼は、横に回り込んで犯人の右の腹部にタックルをかます。肘がしっかりと犯人の内臓を抉る完璧な一撃だった。

 

「ふんっ!!」

「グッ……!?」

 

 右腹部を襲った衝撃に耐えられず転倒する犯人の行手を阻むようにショウは立ち、向かい合っていた。

 

「ガキぃ? クソが!」

 

 ベタベタな三下台詞。いいわ、小物らしい。

 犯人は小物のくせに一丁前にナイフを懐から取り出すが、そんな物をチラつかせただけで彼が怯えるわけがない。

 犯人が左手で構えたナイフを見てただ微笑む。どこか気配がいつもと違う。

 

「金欲しさにひったくりかい? せっかくの夜なんだ。他人の目を気にするような刻にして欲しくないんだがな」とショウは自信満々に左手を掲げる。

 その手に握られていたのは、犯人が奪ったであろう女物のバックだった。

 ようやく失態に気づいた犯人の顔色は赤鬼のようになっているだろう。赤鬼に失礼だったわ。

 

「このぉ!」

「甘いな」

 

 子供に馬鹿にされたことに腹を立てた犯人が激情に駆られたままナイフを振り回す。型なんてない上下左右、無差別に振るう刃がショウを襲う。

 しかし、ショウは天性の瞳からその攻撃をすべて見切る。

 身を引いたり、スウェーで回避したり、最後には回し蹴りで左手首を弾いてナイフを夜空に捨て去った。

 その瞬間、私の手に力が籠って、握っていた赤コーンが音を立てる。

 

「はぁ!?」

 

 鈍い光を追って犯人の視界からショウの姿がなくなった。

 いやぁ、もう好き。

 頑張ってカッコつけてるショウのこと、私は大好きだよ。

 叫んじゃう。

 構えていた赤コーンを感情の昂りのまま投げつける。

 叫んじゃった。

 

「クソ!! なんなん」

 

 狙いは犯人の頭部上空だ。そこが最高のポイント。

 犯人が視線を戻した時には、もうショウはそこには居ない。

 

「終わりだよ」

「は?」

 

 犯人の背後に回っていたショウはおおよそ中学生とは思えないジャンプ力で、犯人の上空を制すると飛んできた赤コーンを右手で掴み取る。

 その赤コーンを犯人の頭をぶち込むように叩きつける。コーンの空洞に犯人の頭がすっぽりと収まった。

 

「うぐぅーー!?」

 

 パーティグッズの帽子を被ったような間抜けな姿を晒す犯人は、空からやってきた一撃にくぐもった声を漏らす。

 頭部に強い一撃を喰らった犯人はそのまま倒れ伏すのだった。

 振り返ったショウを私に言う。

 

「ナイスパス」

 

 良かった。何事もなくて。




 私用で来週、再来週は投稿できないかもしれません。
 申し訳ございませんが、よろしくお願いします。
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