よふかしのあじ   作:フェイクライター

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第6話 ダウン
第七十七夜「住んでる」


「お邪魔します」

 

 ハツカが開いたドアを潜って、彼の家に入っていく。ここ一ヶ月、入り浸っている部屋なのだが今日は一段と緊張して、いつものハツカの家じゃないみたいだ。

 妙にソワソワして顔があっちこっち動いて落ち着かない。

 どうしてかというと––––

 

 

 

 

 

 

「ショウくんさ、もう僕の家に住みなよ」

「はい?」

 

 彼が言い出した一言から始まった。

 それはビルの上でハツカと和解して、コンビニで仕入れてきた饅頭をキョウコさんも含めた三人で食べていた時だった。餅は売り切れて置いてなかった。

 ポカンとしている俺に対して、キョウコさんが反論する。

 

「わざわざ神崎に狙われる貴様の家に住まわせる必要はないだろ。蘿蔔よりも私の家の方が良いし、生活費ならこの子から貰ってる」

「こればかりはキョウコさんに賛成かな。俺がハツカの家に住んでるってバレたら突撃してくるだろうし」

 

 今は誤魔化せてるし、ハツカとミドリさんを警戒はしても早急に殺しにかかる可能性はないはずだ。しかもハツカが一人でいる時は少ない。ハツカの弱点を持っていたとしても、俺がそばにいるし、久利原たちだっている。流石にあの三人の弱点まで全て持ち歩くことはできないだろう。

 どちらかというとミドリさんの方が心配だ。

 

「わざわざ餌をやって引き寄せる意味がないのはそうだ。けど、探偵さんに預けても結果は変わらないと思うよ」

「というと?」

「あの人はショウくんと吸血鬼が接点を持つこと自体が嫌なんだ。ゔぁんぷの写真は積極的にミドリちゃんの傍にいるわけじゃない。現にキミの隣に映っているのは倉賀野ちゃんだ。だから、探偵さんも排除の対象になるかもしれない。

 なら、基本的に死ぬことのない僕の方が安全だろ?」

 

 その物言いにキョウコさんが少し驚いた様子を見せる。

 

「貴様が私の身代わりになる……と言いたいのか?」

「僕がショウくんを飼い殺しにしたいだけだよ」

「なあ、吼月くん。やっぱりコイツはやめておきなよ。怖いぞ……?」

「ハハハ。でも、ハツカは会った時からこういう奴なのは知ってますし。ハツカにも一理あります。それに盗聴器のことを考えれば、所長に話して行動を制限してもらうこともできるかな」

 

 驚きもすぐに呆れに変わってしまうのだが、率直なハツカらしくて良い。ただ親の一面も見せる自信があるとはいえ、ハツカにとっては眷属は基本的に従者とかペットでしかないんだなと、少し寂しく思う。やはり眷属になることはないな。

 

「もし危なく思ったらキョウコさんが俺を引き止めてくださいね」

「分かった。その時は私が一生ペットとしてキミを飼ってやろう」

「なんでアブノーマルな方に行きたがるんですか。別にキョウコさんになら飼われてもいいですけど」

「僕のだぞ」

「分かってるよ。もう揃って首輪でもつけてくれ」

 

 約束を守りつつ、神崎を縛れる。

 それにハツカが望んでると口にするなら、彼の言葉を信じよう。

 

「よし、ハツカの家に住むよ」

 

 

 

 ––––そう、腹を括ったのだが。

 

「芋虫の行進みたい」

「モジモジするのは仕方ないじゃん」

 

 一ヶ月前までは友達の家に泊まることすらなかったのに、今ではその家に住むことになった。浮き足立つとは少し違う、喜びと不安が混じった空気に包まれるようだ。

 

「生活費は気にしなくていいよ。探偵さんからコレ預かってるし」

 

 ハツカが懐から取り出したのは茶封筒だ。以前、僕が契約金としてキョウコさんに渡した50万が入っている封筒で、チラリと中にある金額を確かめる彼は驚愕していた。

 ハツカに渡した張本人は、押し付けるようにして『やることがあるから』と饅頭を食べたあと屋上を去った。引き止めたのだが、『イチャイチャを見せるな』と突っぱねられてしまった。

 

「これなら食費とか賄えるだろうし、問題ないでしょ」

「そっか、よかった」

 

 少し肩の荷が降りた気がして、体が軽くなる。

 

「久利原たちは?」

「少し出てもらってる」

「話しておかないと大変なことになりそうだな……」

「わざわざ言う必要あるの?」

「ハツカの眷属だってこと忘れてる?」

 

 三和土で靴を脱ぐとふたりで通路を歩いていくと、ハツカが訊ねてくる。

 

「あの盗聴器だけで神崎に釘を刺せるの?」

「そこはご心配なく。もっと重大な物を打ち込むから」

 

 僕がズボンのポケットから取り出したのは、お馴染み便利アイテムのスマホだ。アプリを開いて、再生ボタンを押せば––––

 

『ねえ、なんでキミが奴らと一緒にいるの?」

「待って! やめ!』

 

 僕が殴りつけられる音ともに、神崎との一部始終が収められた音声が流れ始める。

 

「一応テレビに出れるくらいには身分がある弁護士なんだ。事務所としてもそんな人物が子供を虐待してるなんて公にしたくないだろうし、交渉はできると思うよ」

「抜かりないな」

「ふふ。殴られたのも今日だけじゃないしね」

 

 家で殴られた時の映像を晒すことだって僕には可能だ。オジサンも鬱陶しくしているだろうし、そこに付け込めば社会的な立場を無くすなんて簡単にできる。

 

「だから、大丈夫だよ。無償にしてくれるだろうし」

「もうお家芸だね」

 

 関心しながらも呆れた口調で言うハツカは、リビングのそばにある脱衣所の前に通りかかると立ち止まった。

 

「ショウくん、まだ風呂に入ってないでしょ」

「そりゃ入ってないけど……」

「温まってきなよ。もう入ってるから」

「いつの間に……」

「今の世の中は便利だよね。スマホひとつで風呂が沸かせるんだもの。それに走ったのか、キミ、少し汗臭いしさ。ほら入った入った」

「え、ちょっと」

 

 半ば強引に脱衣所に押し込められる。

 汗臭いと言われたら疑問符を浮かべるが、吸血鬼になると臭いにも敏感になる。ハツカに不快な思いはさせたくないので渋々服を脱ぎ始める。

 服を畳んで浴室に入ると、ほんわかとした暖かい空気に身体中がうっとりする。

 シャワーで汗や汚れを流してから、人ひとりが入るにしては大きい湯船に浸かる。

 

「はあ……はあ……」

 

 1日の疲れによって汚れた空気が温度を上げながら体内から這い上がってくる。吐き出す回数が多くて、今日の疲労が並々ならないものだったとおもい知る。

 ひったくり犯にであった。神崎に殴られた。

 心が跳ねるように嬉しいこともあったけれど、疲れの密度があまりにも大きく疲弊はもう隠せなかった。いや、ハツカから『そばに居ていいよ』と言われた時点ですでに破綻してたものが倒壊しただけだ。

 

「力が出ないな……蘇生しなきゃ……」

 

 人間 温かい風呂に入れば復活できる、と言うしな。

 身体が更に湯船の中に沈んでいき、水面でブクブクと泡が割れ始める。次第に溺れ始めて呼吸ができない。でも暖かくて、羽化前のサナギが繭にくるまる時のような心地よさ。

 

I'll be back(ぶくぶくぶく)……」

 

 おっとりとした気持ちのまま、親指を立た右手だけ突き上げる––––と、

 

「なにやってるの!?」

 

 勢いよく引き上げられて、そう叱られた。

 

「……? あれ、ハツカ。どうしたの?」

 

 目の前には浅い呼吸を繰り返すハツカがいる。

 

「それはこっちの台詞……! なに!? もうのぼせちゃったの!?」

「いや風呂が気持ちよくて……」

「だからって寝ちゃだめだよ……心臓に悪いな……動いてないけど」

 

 掴んだ手をゆっくりと下ろしてハツカは安堵の吐息をはくと、そのまま湯船に脚を入れ始める。

 彼の姿を見直せば、なぜか裸だった。

 気がつけば僕は背を向けて、また口許が沈むぐらいまで湯船に浸かる。

 

「どうしたの?」

「それはこっちのセリフなんだけど。なんで裸なんだよ……!」

「風呂に入るからに決まってるじゃん」

「いや出てけよ!!」

「入っていいか聞く前に君が溺れてたから入ってきたんだけど」

「うぐっ」

 

 痛いところをつかれて押し黙るしかない。

 ぽちゃんと微かに水飛沫が飛び、僕の後頭部に降りかかる。水面の波の動きからハツカが近づいてくるのが分かるが、端によっていたため離れることはできないし、立ち上がって風呂から出る気力もなかった。

 

「よっと」

 

 ハツカの腕が僕の両肩から伸びてきて、背中に密着するように抱きついてきた。鼓動が強く高鳴って、異様な表情になったら顔を覗かれないように湯船の隅に身体を寄せる。

 

「ふぅ……ん、僕から逃げれると思ってるんだ」

 

 耳元でハツカの声が聞こえる。よく響く浴室なのも相まって、いつにも増して魅惑的な声色をして、耳が蕩けそうになる。

 久利原たちには知られてはいけない。

 贅沢すぎる。

 

「ねえ、ショウくん」

「なに」

「この間銭湯に行った時も本当は嫌だった? さっきの尻を触った時もさ」

「……どういうこと?」

 

 彼と向き合ってから首を傾げている。

 ハツカは、爺婆に引き取られていた頃を血濡れの日記帳で垣間見た、と打ち明けた。あの日記の細部については今や曖々たるものだが、確か似たような場面もあった気がする。言うまでもなく快不快は真逆だ。

 

「キミは僕が思ってるより無理やり隠すのが得意みたいだから、気になってさ」

「もう終わったことじゃん。それにほぼ裸な相手に近づくのを怖がってたら、水泳の授業は受けられないし」

 

 ハツカが胸を撫で下ろす。僕の胸と擦りあってハツカの体温が伝わってきた。湯船の中にも関わらず、はっきりと彼の温もりだと分かる。凄く不思議な気分に晒されて、僕は彼にされるがままだ。

 

「ハツカはなんで僕に優しくするの?」

「理由いるの?」

「……いるっていうか、違和感があるんだよ。ここに来るまでなに言っても聞く耳持たない人たちばっかりで、今さら優しくされても分かんないっていうか」

 

 余りにも差がありすぎるのだ。しかも理由が不透明で、納得ができない。ありがとう、も同じだ。

 

「話してくれてありがとね。これから慣れていけばいいよ」

 

 でも、ハツカの『ありがとう』は少し嬉しかった。殺される危険を背負ってでも僕の傍に居てくれる覚悟と矜持が感じられて、彼の意思が愛おしく感じられた。

 

「どうせこれから一緒に暮らすんだからね」

「うん。これからよろしくお願いします」

「よろしい」

 

 ニタっとした微笑みを浮かべながら濡れた髪の上に手を置いて、頭を撫でてくれる。気持ちよくて再び沈んでしまいそうになる身体を、ハツカに抱きつくことで耐える。

 その流れで彼の顔を意図して近づけた。

 

「ちょっ……!? ショウくん!?」

 

 引き寄せたハツカが耳まで真っ赤にして目を泳がす。さっきまで悠然と僕の首に腕を回していた人物と同じとは思えない動揺した声が、浴室に響いて全身に染み渡る。ワントーン上がった声が可愛らしい。

 

「あの……顔が近いです……」

「は! 珍しい……ハツカが敬語になった」

 

 ス、スマホが欲しい。

 僕の願望にハツカは呆れたように口を開く。

 

「あのね、僕らの状況わかってる?」

「……? 風呂場で裸のまま抱き合ってる」

「そう。普通だったら真っ赤になるんだよ」

 

 口調は元に戻しているが、やはり鼻と鼻が触れ合う先にある彼の顔はリンゴが真っ青に見えるほど赤々としている。嬉々として脚を触らせているハツカが今さら動揺するのか。

 

「男の身体に興奮するのかって言ったのはハツカだろ」

「僕の身体なんだから興奮して当然だろ」

「本当お前は……」

 

 否定はしないけどさ。

 銭湯に入った時は見た目とのギャップもあり、ハツカのアレも目に入ってしまい異様に意識しすぎていた。ハツカにドギマギしたのは事実だが、すでに克服した。

 

「キミさ……タブレットにもそのての本や写真とかなかったけど……したりしないの?」

「なんのこと?」

 

 尋ね返せば、ハツカは言いにくそうに唸り声をあげながら顔を上下左右に動かして悶え続ける。見たことないハツカの照れ顔を保存できない今の状況が妬ましい。

 

「保健の授業で習うやつ」

「オリンピック……?」

「自家発電」

「筋トレ?」

「……わざとやってる?」

「いや分かんないよ。何の話なのさ」

 

 本当に何か分からないのだが、肝心のハツカは唇をモゴモゴと動かしているだけだ。そんなに恥ずかしいことなのかと訝しんだ表情で彼を見る。

 するとハツカの瞳が羞恥の色から嫉みの色に変わっていく。

 

「僕ばっかり恥ずかしい思いをしてる気がする」

「自爆だと思われるが」

「なら、死なば諸共よ」

 

 そう言って、ハツカは口元を僕の首筋に添えた。次の瞬間、快感が突き抜けて、強張った身体がより強くハツカを抱きしめる。

 言葉にならない声が耳朶を打つ。「温かくて美味しい」と満足気に呟いている。

 風呂の中で吸われているから血の減り方が早い気がする。本当にのぼせてしまいそうだ。

 のぼせているからか、ふと僕はふしだらなことを考えてしまう。

 彼ら吸血鬼にとって、吸血は食事と同時に子孫繁栄を行うもの。つまり人間にとって性交としての役割も担う行為であり、それはハツカも認めている。

 僕とハツカは、食事として見れば餌と捕食者だが、まぐわいの観点からすると対等なパートナーということである。もしハツカがまぐわい相手として僕の血を選び続けてくれたら、どれだけ嬉しいだろうか。それだけで自信が持てる気がする。

 親子という関係だけでなく、歪んだ欲望にも手をつけようとしている僕は、やはり欲張りだろうか。

 でも、『二兎追うものは二兎とも取れ』とも言う。

 ハツカが望んだらいつでも血も体も差し出すのにな––––

 

「––––ッ!?」

 

 バジャン!!

 

 水柱でも立ったかと誤解してしまうほど豪快に水面が弾ける。反射的に顔を腕で覆って降り注ぐ湯の粒を防ぎ切り、ほっと息を吐く。

 腕をどかしてハツカに視線を向ける。

 勢いよく立ち上がったハツカは天を仰いでいて、僕は思わずギョッとしてしまう。脳が雷に打たれてしまったような感覚で、釘付けになってしまう。

 

「……………え、……どうしたの?」

 

 彼の異様な反応から吸血鬼になってしまったかと思って首筋に手を当てるが、噛み跡からはまだ血がプクゥーと小さな風船を作りながら垂れている。

 血のついた指を見ていると、ハツカが頭上から声をかけてくる。

 

「流しっこしようか。今日は洗ってあげよう」

「ん? 普通逆じゃね? それに僕の体って穢れてるし」

「いいじゃないか。親が子の身体を洗うほうが普通だし、生きてたら穢れるよ」

 

 ハツカは早急に、速やかに、波を立たせながら後ろを向いて湯船から出ていく。絶対に様子が変だったが、拒んでも無駄なのは分かりきっているので僕も湯船から出る。

 少しひんやりとした空気に身を震わせる。

 冷たい空気に当てられて頭が落ち着くと、僕は自然とハツカに目を向ける。視線が下がり腰のあたりに動いた。

 先ほど見上げた時に映ったアレを思い返す。

 

 

––––もしかして、読まれたか?

 

 

 口を手で覆って、緩んだ頬を整える。

 

 

 

 

「ふぅ……じゃあ洗ってくよ」

「はーい」

 

 蘿蔔ハツカ()の宣言にショウくんが間延びした声で返す。

 石鹸で泡立てた両手で艶めかな体を包んでいく。泡を立たせるならタオルを使うのが手っ取り早いが、手の方が肌に合う合わないを考慮する心配がない。僕の場合は関節が柔らかいので背中も手でしっかりと洗える。これは自慢だ。

 

「あがったら何する?」

「外に出るってわけでもないよね」

「今日は家でゆっくり過ごそうか」

「だね。ゲームとか? ……そうだ、◯リカーある?」

「あるよ」

「あるんだ……ミドリさんとでもやるの?」

「ミドリちゃんもそうだし、セリちゃんともやるよ。七草さん以外とは集まること多いし」

「女子会じゃん」

「ひとり男だけどね」

 

 茹ってしまった頭が、程よく温かい空気に馴染み自分の思考が落ち着いていくのが分かる。さっきは突然のことで飛び起きてしまった。血を飲んでいると相手の感情を直に取り込むから、心が揺れ動きやすいのかな。

 冷静に分析していると完全に心が平静を取り戻した。

 さて、手で洗うことにはもうひとつ良いことがある。

 

「なんか……すごい不思議な気分」

 

 背を向けて風呂イスに腰を下ろすショウくんが独りごちる。

 

「どうしたの?」

「新鮮……というか、感動なのかな……不思議な感じ」

「手で洗うとマッサージにもなるからね。好きかい?」

「大好き。ハツカに触れられるのは気持ちいい」

 

 彼の過去を考えると経験がなくて当然だが、悲壮感すらない戸惑いだけの声色で口にされるとやはり労しい。あの過去でキッパリと他人との関係を断絶せず、ましてや積極的に他人と関わって助けようとするのは狂気すら感じられる。

 心の支えになったのがヒーロー物だからだろうか。

 愛おしく思うのと同時に、好意を薪にして燃え出すふしだらな欲求が僕の中にはあった。

 

「でも、良かったの? 僕が洗ってもらっちゃって」

「構わないよ。探偵さんにやった以上のことを僕にしてもらうだけだから」

「そこから聞いてたの……」

 

 ショウくんがチラリと顔だけ後ろに動かす。彼の口はまごついて、言葉を出さないでいる。

 いったい僕に何をされる想像をしているのだろうか。

 その可憐な唇はなにを戸惑っているのだろうか。

 抑えないといければ身体が震え出すほど凄くゾクゾクしている。

 

「どうしたの? 身体が震えてるよ?」

「いや……これは……恥ずかしくて」

「ふぅん……恥ずかしいことを考えてたんだ。ヤっても良いって考えてたくせに今更恥ずかしがるんだ」

「〜〜〜!!」

 

 恥ずかしそうに顔を赤く染まるが、同時に嬉しそうだった。

 自慰の知識はないのにこの言い回しは分かるのか、と心でボヤきながら、以前僕は七草さんに話した言葉を思い出す。『見た目が好みで毎日一緒に居たらそういう気(・・・・・)に全くならない方が不自然じゃない?』という実直な願いを肯定するものだが、僕らは正にこの言葉に沿っている。

 

「前は自分で洗うからいいよ」

 

 ショウくんはまだ僕のことを恋愛としては好きではないけど、身体を委ねていいと思えるほどには特別な好意を持っている。

 僕は顔も体も好みなショウくんのことを意地でも僕のモノにしたい。穢された身体なら、僕が穢して上塗りしてやりたい。最後には崇高な心さえも僕で穢してやりたい。

 つまり、僕らは互いにそういう気分になっているのだ。

 キスを含めて。

 

「ハツカだって恥ずかしがってたくせに」

「いきなり脳に流し込まれたら驚くよ」

「意外と純情だよな……ハツカって……童貞?」

「ノーコメント」

「ええ……」

「分からない方が面白いだろ? それじゃシャワーかけてくよ」

「うぃ」

 

 シャワーヘッドから噴き出す水流が1日の汚れを洗い流していく。呻き声のような、浮かれたような声も一緒に漏れ出して水に溶けて排水溝へと落ちていく。

 せっかく綺麗にした身体。

 様々な理不尽に遭ってなお傷ひとつない身体を、僕色に穢すことができたらどれだけ嬉しいだろうか。そして、彼も喜んでくれたらどれだけ嬉しいだろうか。

 

「次は僕だね」

 

 ショウくんは風呂イスから立ち上がる。立場交代。今度は僕が風呂イスに座って、彼が手に泡をつける。

 泡が僕らの身体にまとわりついて、繋がる。

 

「ハツカ……」

 

 彼が背後でボソっと言う。

 

「僕……眷属にはなりたくないけど、ハツカの隣にはずっと居たいよ」

「隣、だなんて欲張りだね」

 

 背中から伝わる彼の柔らかくも力強い感触が心地よい。

 ようやく……僕が彼の心に居座った。

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