よふかしのあじ   作:フェイクライター

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 今回の話チグハグな部分があり、修正しました。
 申し訳ございませんでした。


第八十夜「そう見えるだけ」

 陽が動いていくに合わせて、吼月ショウ()たちもどんどんゲームを入れ替えていく。バスケからテニス、バトミントン、バレーなどなど。チームスポーツを中心に遊んでいるが、遊べる人数から溢れてしまう人は、各々バッティングセンターやアーチェリーに行く。

 そして、今は絶賛サッカーの最中であった。

 

「吼月ッ!」

「よし」

 

 都雉から受け取ったボールを前へと蹴り出し進んでいく。

 

「通さないぞ!」

「無理だね!」

 

 ゴール目前で立ち塞がった鍋島に、俺はボールの前に足を踏み出す。そうすれば、今日の服装上彼の目からボールは一瞬消え去る––––ボールとの間にスカートがあるからだ。

 

「げ」

「よっと」

 

 見失った次の瞬間にはボールは鍋島の頭上を通り越していて、素早く裏をとった俺はふんわりと落ちてくるボールをトラップする。ヒールリフトだ。そのままキーパー応野の意表をついてシュートを放つ!

 応野が体重をかけた方向と正反対のスペースに直進するボールは何にも塞がれることなく––––

 

「せいい!」

「!?」

 

 突然脚がボールの行手を遮るように飛び出してきた。躍動する脚を掠めたボールは軌道がズレるが、ゴールネットに勢いよく突き刺さる。

 俺は「ふぅ……」と安堵の息を吐いて、都雉とハイタッチする。

 

「ナイスパス!」

「そっちこそナイスシュート!」

 

 対して悔しそうに苦悶の表情を浮かばせたのは岡村だ。

 

「ごめん応野!」

「いや、アレはフォローに入れるだけでもすげえよ」

「う〜ん、確かに。普通だったら間に合わなかったイメージなんだよねえ」

 

 チラリと岡村が俺に視線を向けてくる。

 なんだ、俺が手を抜いているとでも言いたいのか?––––そんな不服な想いを抱きながらコートの外に出る。時間制限がある都合上、点を取ったら出てない人と交代するのだ。

 

「お疲れ、危なかったわね。はい、スポドリ」

 

 先に交代していた理世が話しかけてくる。

 ベンチに座っている彼女が俺の鞄から自販機で買ったスポーツドリンクを投げ渡してくる。くるくると宙で回ったペットボトルを右手でキャッチする。

 

「サンキュー……ちょっと驚いたよ」

「仮にも蒼は陸上部のエースだしね。男女関係なく私たちを除いたら持久力や瞬発力は一番で、反射神経だってピカイチだし」

「アイツの種目、ハードルだったな」

「ハードルと走高跳び。どっちも今年の全国で上位。ビジュアルも王子様系で人気あるわよ」

「最後のいる?」

「いる。……」

「なんだよ?」

「別に」

 

 岡村に向けている理世の目には憐れみが含まれているような気がした。

 その視線を追ってフットサルコート大の戦場を忙しなく動く岡村たちを見ながら、俺は呟く。

 

「応野とかマヒルもそうだけど、ウチの学校運動できる奴ら多くね?」

「できる子たちで遊んでるからそう見えるだけよ」

 

 確かにわざわざ動きたくない子たちの休日を奪ってまで、やりたくないことをさせるのはおかしい。アイツらなりに棲み分けができているんだなと感心していた。

 

「森くんや(よろず)ちゃんはインドアの方が好きみたいだけど。森くんは格ゲー好きだし、萬ちゃんはカードゲーム廃人だし」

「萬って?」

「世木さんのこと」

「ああ……待って、森は鉄◯が好きなのか!」

「なんで◯拳固定なのよ」

「格ゲーだったら鉄◯だろ?」

「大多数はス◯ファイって答えると思うわよ……?」

「そうなのか……」

 

 世間とのギャップを感じながら、渋々納得する。

 しかしつまりは、学校とは違って平均値が上がっているから相対的に俺の腕が落ちたように見えただけということだろうか。

 

「そんな手抜きしてるように見えたか?」

「手抜きというか、パフォーマンスが落ちてるって感じはする。どうせ今日も夜更かししてたんでしょ?」

「あはは……その通りでございます」

 

 一晩中、ゲーム(賭け事)をしながらハツカを調教していたし、その前にも神崎のせいでゴタゴタがあった。原因としては前者よりも後者だ。今はあまり感じないが、風呂で溺れかけたし疲労が溜まっているのだろう。

 それに理世にも負担をかけることになってしまった。

 

––––言うべきか、言わないべきか。

 

 楽しい雰囲気をぶち壊さないか心配になる。

 俺は頭を振って雑念を外へと放り出して、元の路線に考えを戻す。

 ……今日のことを考えると早く寝ておくべきだったのかもしれないが、ハツカと遊ぶことを優先してしまう。

 あとは理世と遊べるだけの体力が残っていればいい––––あくまで心持ちの問題だ。だって俺は理世以外、応野も含めて大して関わりないし。優先したくなる順序が出来てしまうのは当然だと思うが、失礼なので口にすることはない。

 

「遊ぶって約束したならちゃんと全力でやれるようにはしておくべきよ。マヒルくんの穴埋め程度に思ってるなら吹っ飛ばすわ」

「今後気をつけるよ。でも、皆川や応野たちは穴埋めだと思ってる気がするけどな」

「そこらへんはね。私とかは別よ」

「……とか?」

 

 まるで理世以外いるような言いぐさに違和感がある。

 こちらを見ずに呟いた彼女はただコートを見ている。その視線を追うと、ちょうど岡村が蹴り出したボールがゴールネットを突き破るかの如く突き刺さった。

 

「よし!」

 

 ガッツポーズをした岡村が俺たちへと振り返り、ピースサインを向ける。俺たちもピースサインを返すと岡村がニコっと笑った。

 するとちょうどブザーが鳴る。

 コートの使用時間が終わったのだ。

 

「そろそろ飯にしようぜ」

 

 応野がポケットから取り出したスマホを見てから言った。

 

「もうそんな時間か。ほい、応野のカバン」

「サンキュー」

 

 遊んでいると時間は早く過ぎていくもので、ガラス張りの天井を見上げれば太陽が頂点を通り越そうとしていた。

 ベンチのそばに置かれていた荷物を持って歩き出す。

 

「はい、岡村と鍋島と森の分」

「ありがとう」

 

 持っていた3人分の荷物をそれぞれ渡して最上階を離れる。

 この施設は一階のクレーンゲームエリアの傍にフードコーナーが設けられていた。大所帯なのでスタッフに言ってからふたつのテーブルをくっつけると、各自で選んだ料理を買う。

 給食ではないし、料理が出来上がるタイミングもバラバラなので食い始めも違う。でも、ひとつのテーブルに纏っているからそれなりに会話は続く。学校のこと、ゲームのこと、服のこと、最近できた喫茶店のことなどなど……ひとつの話題で盛り上がれば、少人数で別々の話題で盛り上がったりもする。

 そうして、粗方の人数が食べ終えると、

 

「ね、ちょっとクレーゲームやってきていい?」

 

 と、世木さんが言い出した。

 特に全員、否定することもなく「いいぞ」と口にした。

 そういう訳で集合時間だけ決めて、各々散策することになった。

 

「私も行く!」

「……ならアタシも着いて行こうかな」

 

 世木さんの後に小野さんと岡村が続いて、テーブルを離れていく。

 

「俺はバッセンにでも」

「よし、都雉。勝負しようぜ」

 

 と、男子勢もふたりほど立ち上がる。

 

「なら、ショウ。私たちもなにかで遊びましょ」

「別にいいけどなにやるのさ」

「太鼓の◯人。ドンブラの曲も入ってるわ」

「なら行くか。じゃ、また後で」

「おう、行ってら」

 

 応野たちに手を振って俺と理世は喧騒の中へと溶け込んでいく。クレーンゲームなどが稼働する音がよく響き、会話するにもそれなりに声を張らないといけなくて一苦労だ。

 そう、歩きながら気になった物を訊ねる時には面倒だ。

 

「あれ、なに?」

「ごめんもう一回」

「あそこにあるのなに」

 

 指を指して、理世の視線を数年がさっぱり入りそうな機台に向かわせる。

 

「あれはプリクラって写真撮る物よ。写真にエフェクトを付けたり、文字を書いてデコレーションできるのよ」

「へえ。何があるの?」

「猫耳とか」

 

 パソコンの編集ソフトを使えば簡単にできそうだが、専用のソフトを用意したりする労力が要らないから受けるのだろうか。

 でも、そうか。猫耳を合法的につけられるのか。

 理世も似合うだろうな。

 

「そういえば今日のデッカー見た?」

 

 猫耳姿の理世やハツカを思い浮かべていると、今度は理世が訊ねてきた。

 

「見れてないんだよな。電車の中で見ようと思ったけど、想像以上に人が多くて……帰ったら配信のやつを見るつもり」

「カッコよかったわよダイナミック! 特に––––」

「ネタバレやめて」

「は! ごめんなさい、熱くなったわ」

 

 理世はショボンと肩を落とすと少し考えだして、すぐに手を叩いた。

 

「なら、今から一緒に見ましょう!」

「太鼓の◯人は?」

「後でもできるじゃない」

「優柔不断すぎるぞ……?」

「やりたい事は常に更新されるものよ。後回しにしても変わらないものの順位が下がるのは当然のこと」

 

 確かに新鮮味や未知と言うことであれば、ゲームよりも物語の方が興味がある。特に物語は後回しにすればするほど、思わぬ場所から情報が飛んできて面白みがなくなってしまう。

 だから、理世の意見には賛成できるのだが、

 

「どこで見るんだよ」

「とっておきの場所があるじゃない」

 

 理世が指差した場所に視線を向ける。そこには赤いスカートを履いた女性のマークが描かれたパネルが––––

 

「て、女子トイレじゃないか!?」

「うん!」

「うん、じゃねえよ!?」

「良いじゃない。貴方はもう見てくれは女子だし、後は私が心を女の子にするだけだから」

「女子というか中性的で、って私がってなに!? ちょっと!?」

 

 手を引かれて、人と人の合間を縫って女子トイレの前まで連行される。トイレの前まで行くと先ほどの喧騒と切り離されたように静かになっていて、声が通りやすくなっていた。

 禁止区に誘おうとする理世が掴む腕に力を込めて、ストップをかける。

 

「やっぱりダメだって!」

「ふむぅ……頑なね。なら、そこのベンチで見ましょうか」

 

 露骨に肩を落とした理世は、傍にあったベンチに腰をかける。それでも素直に従うあたり、俺の反応を楽しんでいただけかもしれない。

 安堵した俺は理世の隣に座り込む。

 理世は楽しそうにスマホを取り出して、動画サイトのアプリを開こうとしている。

 俺はどうするべきか迷って、結局言うことにした。

 

「そういえばさ」

「どうしたの?」

 

 壁に背を預けながら声を落ち着かせて理世に語りかける。話しておかなければいけないことがあるのだ。

 

「昨日家のことでゴタゴタがあってさ、その時、理世の名前を使わせてもらったんだ。迷惑をかけるかもしれないから……」

「いいわよ。名前だけでもあなたの役に立てるなら」

「……そっか」

「ごめんはナンセンスよ」

「ありがとう。あと、さ」

「まだ何があるの?」

 

 思わず視線を落としてしまう。少し過呼吸気味になっているのが自分でも分かってしまい、やっぱり言わない方がいいかなと足踏みしてしまう。

 けど聞いているのは、あの理世だけなのだ。

 そして、理世もこちらを覗くだけで急かすことはしなかった。

 深く息を吸って––––マヒルたちにも話たんだ、問題はない––––

 大きく息を吐いた–––何事もなかったんだ、理世だってきっと––––

 

「今まで理世に嘘をついてたんだ」

 

 そうして、俺が理世に対して不信感を抱いてしまったこと。それが原因で理世の告白を曖昧なまま断ってしまったことについてを告げる。

 これで自分から話したのは4人目になるのに、それでも弱みを話すというのは慣れないもので話し終えても唇が震えていた。

 理世を見れば、口元を抑えてなにかを堪えているようにも見えた。抑えた手の隙間から声が溢れてくる。

 

「ありがとう。話してくれて」

 

 優しい、そっと頬を撫でるような声だった。

 

「なら、付き合って。とは言わないし、そんなお情けで言わせないわ」

「……ああ、言わない」

 

 俺も誠意を示すようにおもむろに頷く。

 

「だから愛人にして」

「……うん」

 

 もう一度、相槌を打つ。

 すぐその言葉の意味を振り返る。

 

「……………え!? なんて!? なんで!?」

 

 驚きのあまり声を張り上げてしまう。

 

「蘿蔔さんに落ちても、愛人枠ならいつでも奪えるじゃない。それに蘿蔔さんへの罪悪感に苛まれながら、私に落ちていくのも悪くないと思うわよ」

「嫌だよ。俺そういうの嫌いだし」

「なら私が貴方と蘿蔔さんを落とせば問題ないわね」

「なんでそうなるんだよ……」

「だって、そしたら3人でずっと一緒にいられるでしょ? 2人とも飼うだけの余力ならあるし」

「お前の家、そんな金持ちのか……?」

「株でうまくいったわ」

「嘘だろお前」

 

 話の真偽はさておき、ニアニアと笑っている理世の様子から、また俺の反応を楽しんでいたんだ。そして、暗い気持ちにならないように気も遣われたんだ。

 

「理世も生きるのに自信満々だよな」

「当然。貴方はそういう方が好みでしょう?」

「自分に柱がある奴は素敵だからな。理世は特にそういう所は尊敬できるし」

「全部好きになりなさいよ」

「贅沢なやつだな」

「なによ? なにか他にも言いたいことがあるなら言いなさいよ」

 

 そう理世に促されるが、言っていいのか迷って視線を逸らすと追撃するかのように理世が擦り寄ってくる。

 

「公衆の面前で桔梗に犬のポーズをさせたりするのはどうかと思うんだよ」

「……はい?」

 

 弓形に曲がっていた口元が急に平坦になって、何度も目をぱちくりと瞬かせる。あり得ないとでも言いたげな理世の額には薄らと冷や汗が馴染んでいた。

 

「待って!? 待って!? いや……お、んんっ、見てたの!?」

 

 今度は理世が気が狂ったように驚き出した。ゲームコーナーの騒がしさにひとりで勝ててしまうのではないかと思えるほどの驚きように、俺は目を疑ってしまう。

 

「そりゃ見えるだろ。暗がりだったし流石に何から何までは見えなかったけどさ。犬のお座りとか、腹撫でたりしてたろ? あと顔も触ってたかな? 警察の人も見てたけどいきなり興味なくしたというか……」

「……」

 

 酷く動揺している理世は視線を泳がし続け、引き攣った愛想笑いを浮かべ始めた。痙攣する青ざめた顔はピクピクと死ぬ寸前の魚を思い出させる。

 理世の後ろめたさ全開の表情。桔梗は別に辱められるのが好きではないという話。ふたつをかみして考えると––––

 

「理世、なにやった?」

「……」

「俺だけに教えて?」

「……悪いこと。酷い変顔をさせた」

「そうか」

 

 観念して、ひっそりと呟く理世の顔は先ほどの俺と似た表情だったと思う。罰が悪いというか、相手に嫌われたくない、そんな顔。

 

「––––」

「しょ、ショウ……?」

 

 そんな顔が凄く魅力的に思えてしまって、心や背中や手のひらが凄くゾワゾワする。他に表現する言葉が見つからない。

 

「理世はどんな風に桔梗の顔を歪めたの?」

 

 自然と伸びた手が理世の両頬に触れる。強張った頬を覆うように掴んだ手で揉みしだいていくと、確かにハツカと似た餅のような感触だと分かって心地よい。歪んでいく顔を見ていると面白くなってくる。

 

「待って、まっ」

「自分勝手に桔梗の顔で遊んだんでしょ? 俺も好きな理世の顔で遊びたい」

「っ––––!?」

 

 耳まで真っ赤に染め、次第に鼻息を荒くする理世の顔を引き伸ばしたり、押し潰したりしていくのが何故か楽しく思える。

 流石に外なのでハツカにやったような鼻に指を入れたりはしないが、タイミングさえあればやりたくなってしまう。

 今はもっと近くで見たくて顔を寄せる。

 理世のさらに鼻息が激しくなる。拒んでいるようには思えなくて、彼女も楽しんですらいるように思えた。

 飽きても良さそうなのに、不思議と続けられる楽しさがある。

 顔が変形して普通の人ならしない表情をするという意外性があるのはそうだが、それが楽しく思える理由には感じられなかったからだ。

 背筋にサワサワサワと羽で触れるような感覚。孫の手で痒いところまで手が届くような感覚。それらしい言葉を探してみるが、しっくりと来ない。

 

「ま、待ちなさい!」

 

 正気に戻った理世が俺の手を払いのけた。

 

「あのね、女の顔を弄っていいのは女の子と……」

 

 言いかけて、俺の頭からスッと伸びる足先までゆっくりと眺める。

 

「女の子だけよ!!」

「さっき見てくれは女だって言ったじゃないか」

「それは屁理屈って言うのよ!!」

「自分で言ってて傷つかない?」

 

 理世は立ち上がって勢いよく背を向ける。

 

「トイレに行ってくる! 貴方はクレーンゲームでもやってなさい!!」

「出てきたら連絡してくれよー」

 

 さささ、とトイレへと駆け込んだ理世を見送るしかなかった。

 

––––流石に顔で遊ぶのはダメだったかな。

 

 反省しようとするが、心のざわつきを抑えるには足りなくて、両手が手持ち無沙汰になることを拒否している。

 手が求める欲を解消するため、ゲームエリアの中に戻ることにした。理世に言われた通り、整然と並んでいるクレーンゲームの筐体の中身を物色しながら歩く。

 

「ウルトラのぬいぐるみのゲームないかな。タイガとかメビウスとか欲しいけど」

 

 目当ての商品でなければ俺の手は満足しない。それにぬいぐるみなら理世とも遊べるし、便利だと思ったのだ。

 探し求めて歩き回るが、全然見つからずため息を吐く。

 

「ひ、広い……」

 

 しかし、欲しいと思ってしまった以上は、全ての筐体を確認するまで止まるわけにはいけない。

 再び動き出そうとした、その時、知っている声が耳に入ってきた。

 

「あぁ〜! また失敗か」

「アタシがやってみようか」

「このアーム弱いんじゃないの?」

 

 声がした場所に目を向けると、小野さんたち3人組がアクリルに額をくっつけるようにクレーンゲームの中を覗いている。操作しているのはやりたがっていた世木さんのようだが、中々苦戦しているようだった。アシスト機能も起動していない。

 歩み寄ってみれば、猫のような不思議な生き物のぬいぐるみがアクリルの中で何匹も押し詰められていた。

 

「や、世木さん」

「あれ吼月くん……理世ちゃんは?」

「お花摘み。それで世木さんはあの琥珀色の猫が欲しいの?」

「そう! あの垂れ目とムスッとした表情が可愛いの!」

「世木さんは自分の手で取りたい派?」

「欲しい!」

「分かった」

 

 メガネの奥の瞳が強く輝いて迫ってきた。

 世木が操作盤の前を開けるので、入れ替わって財布から取り出した2回分のコインを投入する。賽銭箱でなければいいが、こればっかりはやってみるしかない。

 ジョイコンを握って、狙った方向へ傾けていく。

 

––––滑り3ミリを念頭に置いて、尻尾にあるタグ紐にアームを通して………

 

 1度目で滑り口近くのぬいぐるみの上に落ち、2度目で頭のタグ紐を通ったアームによってゴールの真上にゆっくりと持ち上げられる。琥珀色の猫が無愛想な顔つきを俺たちに見せながらゆらゆらと揺れている。

 そして、アームが開いた瞬間、バタン!という落下音が鳴り渡る。

 

「よし、取れたよ」

「ありがとう!」

 

 世木さんにぬいぐるみを渡す。すると直ぐに両腕で抱きしめて、猫の顰めっ面が大きくなる。まるで猫好きなチンチクリンの飼い主に呆れている猫のように見えた。あまり仲は良くなさそうである。

 それでも世木さんはふやけるような笑顔をしていて、それが見れただけでも俺は満足だった。

 

「いい笑顔だ」

 

 世木さんは瞳をギュッと縮めて点にすると、顔を逸らす。

 

「そ、そうだ。お金、返すね」

「要らないよ。俺はゲームがしたかっただけだし」

 

 世木さんの笑顔を見たおかげで、欲求をある程度発散できた指たちが落ち着きを見せ始めていた。このまま何台かクリアしていけば完全に落ち着くだろう。

 

「いや、でも流石にお金は」

 

 とはいえ、お金の貸し借りはキッチリしておかなければいけない。食い下がる世木さんの姿を見て、別の取引を持ちかけようと考える。

 

「なら、3人に頼みがあるんだけどいいかな?」

「いいよ!」

 

 世木さんや岡村は首を捻り、小野さんだけは楽しそうに食いついてきた。小野さんが見ていたのは、ニヤリと歪んだ俺の口元だった。

 

 

 

 

 ようやく話してくれた。

 ショウが自分の不得手なことを自分から口にしてくれた事実に、身体が痺れるような幸福で微かに痙攣しているのが分かる。

 女子トイレの個室に篭り蓋をしたままの便座に座って、倉賀野理世()は天井を眺めていた。蘿蔔に感化された影響なのか、スキンシップがいつにも増して近くて焦って此処に逃げてきたのは正解だった。ひとりで頭を冷やせる。

 

「ふぅ……」

 

 自分の告白でショウを傷つけてしまったのは辛かった。“きっと”ではなく“やはり”だった。それ以上に弱みを損得なしに打ち明けてもらえたのは私にとって大きな出来事だった。

 蘿蔔との交流のおかげか、はたまたマヒル君あたりに喋って耐性でもつけたのか。理由はわからないけど、分かろうとする必要はなかった。

 帰ったらケーキでも食べよう。レアチーズ、イチゴとブルベリーを乗せたやつ。今の心にしっとりと染み込むだろう。

 ただひとつ、問題があるとしたら––––

 

「なんでショウは覚えてるの……?」

 

 あの場に居た人には全員、セリちゃんがやったことを忘れさせた。それは間違いない。警官が興味をなくしたのも効果がしっかりと効いている証拠だ。

 あの力に、人間相手か、吸血鬼相手かで効き目が変わるなんてことはない。私が可愛いからどんな相手にも通じるのだ。

 つまり––––私はショウに可愛いと思われていないってこと!?

 

「辛い……」

 

 さっきの嬉しさが糠喜びかもしれなくて、耐えきれずに項垂れてしまう。

 いや、でも私の顔で遊んでる時のショウはとても愛らしいモノを見ている眼をしていた。可愛いとは思われているが、今までの距離が近すぎて効き目が薄くなってるのかもしれない。

 1番は––––これは考えても仕方ない。

 どちらにしろ、ショウにあの力は通じないと考えた方が良さそうだ。

 

「そうなるとセリちゃんとあっくんさんにかけたのも意味なかったわけね……はぁ……」

 

 人差し指の腹で、取り出したスマホの角を支点にぐるぐる回す。このスマホの中にはセリちゃんのあられもない姿が残っている。

 面白いものが見れたと考えれば得だけど、罪悪感が今になって襲いかかってくる。

 

「ムカついたからって衝動で動くものじゃないわね」

 

 誰かを不幸にした訳でもないし、やるとしたら残りは星見ぐらいか。

 

「消しおくべきかしらね……でもなぁ……可愛いんだよねぇ〜」

 

 結局、私は消さずに個室を後にした。女性トイレから出て先ほどまでショウとイチャついていたベンチに目を向ければ、彼の姿はなかった。

 待ってなさいよ、と愚痴をつけてゲームコーナーまで戻る。

 台パンする中年男性、シュートの中に落ちた景品を見て喜ぶ子供、店員からアドバイスをもらっている女性などなど。ドキドキ感を買えるとはいえ、ただ欲しいだけの人なら普通に買った方が安いのではないだろうか。

 ここにある全てのゲームが必ず取れるようになっているとは限らないのだから。

 

「理世ちゃん!」

 

 喧騒を押し倒して濁流のような声がやってきた。小野 美依(みより)だ。いつもワチャワチャして楽しそうな彼女だけれど、今は数段楽しそうに笑っていた。

 人懐っこい笑みの裏には獰猛な欲望が隠されているように思えて、私は警戒心を読み取られないようにしながら訊ねる。

 

「どうしたの美依?」

「なにって、ほらプリクラ撮りに行こうよ!」

「え? プリクラ?」

「うん!」

 

 理世ちゃんはどんな顔が似合うかな。どんな風にデコってあげようかな。

 蒼たちはどうしたのよ、という疑問を踏みつけるように飛び跳ねてはしゃぐ美依の姿に私はとりあえず一歩、後ずさることにした。ポスっと背中に何かが当たった。

 何故か後ろに壁があって、後退できなかった。壁ではない。じんわりとした人肌の温もりが微かに感じられて、誰かの行手を阻んでいるのだと思った。アミューズメント施設だと、人が多くてぶつかることがある。

 

「あれ? ショウ……?」

 

 謝ろとして振り返ると、そこには意味深に笑うショウが私を阻むように立っていた。

 

「ふふ」

「………これはどういうことでしょうか?」

 

 チラリと小野さんをもう一度見ると、いつのまにか蒼や萬ちゃんも来ていた。愉しそうな美依とは対照的に戸惑っているのが見るだけで分かる。

 ふたりの様子を伺う私の顔の前に、にょきっとショウの顔が這い出てきた。闇っぽい仕草で、視線を遮りながら呟く。

 

「3人にお願いしたんだよ。理世とプリクラを取ってきてってね」

「そ、そういうこと……」

 

 ただそれだけなら問題ない。この手の施設に来るとプリクラを撮るよりも、身体を動かしたり歌をうたう方を選んでしまう。なので、3人とは撮ったことなかったなと今更になって思い出す。

 胸を撫で下ろして、安堵の息を吐く。

 

「だって、女の顔は女しか弄っちゃダメなんだろ?」

 

 前言撤回。人生終わりそう。

 もしさっきの話から罰として、3人に私の顔を好き勝手に玩具にして欲しいと頼んでいたのなら美依が愉しそうなのも、蒼たちが戸惑っているのも理解できる。

 

「ね、理世はさ。俺か他の人たちに弄られるならどっちが良い?」

 

 答えられずに押し黙る。

 答えはハッキリとしている。だからといって、セリちゃんにやらせたような顔を自分から進んでショウに見られたいと思わない。いや、セリちゃんにした事を知らない人達だからこそ、より酷い顔にされてしまう可能性すらある。

 

「俺は理世の顔を他の人に弄らせたくないな」

 

 甘くて澄んだ声が耳朶を打つ。

 美依たちに見られるぐらいなら–––––

 

「わ、笑わないなら……」

「それは自信ないな。でも、俺は理世の顔なら絶対に好きだと思うよ」

「……なら」

 

 私は1番信頼できる人にだけ、見せることにした。

 

 

 

 

 こうして理世の許可を得て、2人だけでプリクラの機台の中に入り十数分後––––

 

「ごめんね……ごめんね……セリちゃん……」

「セリちゃんって誰?」

「知らないよ。にしても、酷いな……理世は咽び泣いてるし、吼月はめっちゃ愉しそうにしてるし」

「プリクラ撮っただけだよね?」

 

 出てきた俺たちを不思議そうに見つめながら岡村たちが出迎えてくれた。困惑するのも無理はないだろう。

 

「なんで理世ちゃんはこの世の終わりみたいな顔してるの」

「いやぁ……だってぇ……あなた達だって言われたんでしょ? 私に変顔させろって」

「え?」

 

 小野さんが本当に知らない様子で首を傾げるので、理世の頭の上にもハテナが浮かび上がる。

 

「いや、私たちは理世ちゃんと一緒にプリクラしてきてって言われただけだよ?」

「……………はい?」

 

 追求しようと理世が、岡村と世木さんに視線をぶつかる。ふたりも小野さんに同意するように首を縦に振る。

 

「萬が欲しがってた景品を取ってもらってさ。その礼に四人でプリクラを取ってきて欲しいって言われたんだよ」

「私たちが猫耳とか犬耳とか? そういうデコした写真が見てみたいって」

「結局ふたりで言っちゃったからアレなんだけど。はい、吼月くん。お金」

「また欲しいものがあったら言ってくれ」

「……………」

 

 目を丸くする理世の隣を通り抜けながら、世木さんから使った分の金だけもらって財布に納める。もう一度理世を見れば、パカンと方が軽く開いていて––––覗き込めば奥に見える喉彦がグワンと大きく揺れる。

 

「化かしたわね!?」

「化かされちゃったな。俺としてはどっちでも可愛い理世が見れるから満足だよ」

「こんっっのぉ……!!」

 

 震える理世を横目に俺はスマホを取り出した。

 どちらに転んでも得しかなかったが、理世が俺に弄られることを選んだお陰で思わぬ特典までついてきた。俺は桔梗セリに変顔をさせたらしいので、同じことをさせてプリクラ写真に収めようと思った。そこでどんな風に変顔させたのかと聞いたら、おずおずとその時の写真を見せてくれた。桔梗セリの写真を俺のスマホに移し、参考にしながらプリクラをした。

 

「プリクラはいいな。撮った写真をスマホにも保存できるし」

 

 スマホのファイルの中に作ったふたつのフォルダ。それぞれ理世と桔梗セリの馬鹿みたいな写真が入っていて、俺は他人に見せてはいけない醜態を交互に見る。

 ここで言葉にすることは避けておこう。

 俺はただ可愛いなと思い、満足してスマホをしまった。今度ハツカとも撮りに来たいな。

 ねえ、––––前から小野さんが声をかけてきた。

 

「理世ちゃんに何をしたの?」

 

 小野さんだけでなく、伺えば岡村たちも気になって仕方ないようだ。説明が必要なのはすぐに分かったが、この場合、キッカケを含めて適切な理由とするなら………

 

「3人ともちょっと耳貸して」

「ん?」

 

 3人の耳を近寄らせて、ひっそりとした声で教える。

 

「お仕置きだよ」

 

 俺が楽しみながら、他人に酷いことをした仕返しをするならこの言葉が1番しっくり来た。

 三人は身体を震わせながら一気に飛び退いた。小野さんは驚きに顔を染め、岡村は顔を赤らめて、世木さんは理解が追いついていない。

 

「……吼月くんってさ」

「なに?」

「ドSなの?」

「Mってよく言われるけど」

「絶対嘘でしょ」

 

 更に驚く3人を無視しながら、理世に近寄ろうとする。

 しかし、「待って」という声で脚が止まる。岡村の声だったが、どこか迷いが感じられる色があった。

 

「あのさ……吼月」

「どうしんだ?」

 

 スゥと息を吸う音が聞こえて、数秒後。

 

「……私ともプリクラを撮らないか?」

 

 俺は、いいよ、と答えた。




 今日のライダー、さては重度のヲタクたちが作ってるな?
 めちゃカッコよかったです。


 もしかしたら、来週の日曜日は投稿できないかもしれないです。その時は再来週からよろしくお願いします。
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