よふかしのあじ   作:フェイクライター

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二次創作《パラレル》なので、サブタイは原作と違い漢数字にしています。


第ニ夜「美味しかったです」

 吼月ショウ()を抱えた性別不明らしき人物は、数秒夜空に浮遊すると、ゆっくりと高度を下げて雑居ビルの屋上に着地した。

 

「––––」

「降りないの?」

「あ、ああ……すみません!」

 

 突然のことに呆けていた僕は、目の前の相手の言葉に自我を取り戻し、慌てて腕から降りる。

 気が動転していたからか、思わず顔から地面に落ちてしまった。

 

「痛っい……!」

「……ほんと、大丈夫?」

「うん……」

 

 ずるっと床に擦った頬をさすりながら僕は相手の方を向く。

 第一印象に違わず、ジェンダーフリーなその姿は人を惑わす妖しさがある。前髪をパッツンと切り落としたボブヘアスタイルはとても似合っていた。

 彼なのか彼女なのかは分からないが、服装が女物なのできっと趣向が女なんだろう。

 呼び名が固定できるならしたほうが良い。

 彼女ということにしておこう。

 

「えっと……ありがとうございます?」

「どういたしまして」

 

 さて、と思考が復帰した途端。

 

––––誰だこの人?

––––なんであそこに居た?

––––というかなんだあのジャンプ力?

––––てか浮いてたよね?

––––どう接するべきなんだ?

 

 湯水のように湧き出る疑問が頭に充満する。

 そんな僕の脳の整理を待たず、彼女が見下ろしてくる。

 

「なんで飛び降りてたの?」

「……あぁ、えっと、それは」

なんと言うべきだろうか。

 闇を見ていたらなんとなく、そうしたかった(・・・・・)としか個人的には言えない。

 

「漠然と街を見ていたら……」

 

 どういう意味があったか分からない行動なため、どうしても歯切れの悪い返答になってしまう。

 怒られるだろうか、怒られるだろうなと。

 

「まあ、人はそれぞれ思い詰めたくなる時もあるさ。ましてや、君みたいに多感な時期だもの、変な衝動に駆られることもあるさ」

 

 そう思ったが、女性は数度頷くだけ。咎めるようなこともせず、詮索することもなくただ首を縦に振るだけで受け流した。

 

「ただ、ここは不味いんだよね」

「ここは?」

 

 なんでだ? というか、場所の問題なのか。

 

「ここはね、僕の友達が住んでる所だからさ。厄介ごとを起こして欲しくないんだよね」

「すみませんでした」

 

 迷惑をかけるのはいけない。

 しかし、疑問が湧いてきた。

 

「マジで住んでるんすかここ」

「知ってて来たんじゃないの?」

「いや、別に……ああ、でもそうか、だからあんな噂が立つのか」

 

 流石に人が住んでるところで自殺するほど愚かではないと言いたい。

 それよりも火のない所に煙は立たないとはこのこと。噂が本当のことだったとは。

 小綺麗なところがあったのもそれが理由か。

 ボソッと呟いた言葉に彼女は耳をピクピクと動かした。

 

「噂?」

「えっと……知りません? 最近、ここで怪しいパーカーを着た女性が子供を誑かしてるって話」

「––––––……」

 

 彼女はどこか納得した様子で、首を動かすと手で顔を覆っていた。

 

「なるほど……仕方ないか」

 

 その声はどこか諦めような感情が含まれていた。

 

「……ところで」

 

 顔を覆った手の内から、ジロリと向けられた彼女の瞳が僕の身体中を捉える。

 見つめられること数秒、落ち着いた綺麗な表情のまま満月が照らす彼女の口元だけがニヤリと綻ぶ。

 

「君……いくつ? 出歩いてちゃいけないくらいの歳に見えるけど」

 

 やばい––––

 

 血の気が引き、胸が跳ねる。

 忘れていた訳ではないが、俺は中学生。夜間の外出は原則禁止の年齢で、即ち23時から5時までは要補導対象なのだ。

 

 思わず顔を背け、後退りしながら……

 

二十(はたち)……デス、ヨ–––?」

 

–––––ッ!

 

 カタコトになりながら答えた直後に、クラウチングスタートの要領で走り出す!

 警察に突き出される訳には行かないのだ!

 

 ダッ!と駆け出す!

 

「ふふっ、安心しなよ青少年」

 

 ガッ!と捕まる!

 

––––いや、力つよ!?

 

 いくらスイッチ(・・・・)が入っていないとはいえ、一応体力測定に置いても学内では良い成績を持つ僕が、さっと捕まり微動だに出来なくなるなんて……

 僕を抱えたまま飛び上がった相手に今更だが、なんて馬鹿げた動体視力と握力!?

 

「エエっと、違うんですよ! お、親にツマミを買ってこいって言われて……!」

「なら逃げる必要はないだろう? それに子1人に買い物に行かせる親はどうかと思うけど?」

 

 正論でしかない彼女の言に反論できずに口を窄めてしまう。

 

「くぅっ……ふ、普段は! 今日はたまたまで……ッ! 決して不良なんてものではなく!」

 

 なら事実で取り繕うのみ。

 

「別に警察に連れて行こうなんて大人気(おとなげ)ないことは言わないさ。夜は束縛なんて求めないからね」

「は?」

「さて、理由を言えないのなら当ててあげるよ」

「えっ……!?」

 

 彼女が腕に力を入れた途端、反抗する僕の力は容易く破られる。

 

「眠れないんじゃないかい?」

 

 スッと引き寄せられた身体が強張る。

 近づいたその綺麗な顔に息を呑んで、次の言葉を待つ。

 

「僕が寝かせてあげるよ、君をね」

 

「––––––」

 

 彼女は掴んだ腕を離して、僕の横を通り過ぎていく。

 

「……?」

「ほら、行くよ〜」

「はぇ?」

 

 手招きをして、彼女はビルの下へと姿を隠していく。

 理解し得ぬまま、のそのそとアヒルの子のようについて行き。

 

「………帽子ッ!?」

 

 雑居ビルを抜けた時に、落としたハットの存在に気づいたのだった。

 

 

 

 

 そうして、彼女に連れられたまま歩いた先にあったのは。

 

「コン、ビニ……?」

 

 唯一稼働していることを示すように漏れ出す店内の灯りは、まるでこちらを中へと手招いているようだ。

 人が(たむろ)している日中や晩などのなんとも言えない汚らしさは感じられず、夜夜中(よるよなか)のコンビニは綺麗だ。清潔だった。

 そんな事を思い浮かべながら、僕はここに連れてきた張本人に顔を向ける。

 

「なんでここに来たんです……?」

「僕が食べたいものがあるからだけど?」

「マイペース……!?」

 

 物凄く自己中心的な答えが返ってきて仰け反ってしまう。

 しかも【当たり前でしょ、文句あるの】って顔で言われてしまった。

 返す言葉が見つけられぬ内に、彼女はステステとコンビニに入っていってしまう。僕も追いかけるようにして入っていく。

 

「さて……何にしようかな……」

 

 彼女はスイーツコーナーを眺めながら物色し始める。

 

––––……どうすればいいんだ?

 

 僕はこのまましどろもどろに溶けてしまえばいいのか?

 

「何してるの? 君も選びなよ」

「いや、ええ……」

「ああ、もしかしてお金持ってない?」

「そういう訳では……」

 

 ズボンの後ろポケットに手を回して、少し厚みのある財布の存在を確認する。

 買うといっても……なにを買うやら。

 腕時計を見ると、既に4時半を回っている。という事はかれこれ2時間は歩き続けた事になる。

 そう思うとどことなくお腹が空いてくる。

 しかし、もう【朝】の4時半。

 

「良いですよ、後3時間も経てば朝食ですし」

 

 作る予定の物もあるし、わざわざ買わなくても。

 

–––––ググヴウぅゥ〜〜……

 

 突然、何か軋むような音が聞こえてきた。

 いや、違う。この音が伝ってきたのは耳からではない。体内の骨から伝播してきたのだ。

 

「…………」

「…………」

 

 僕と彼女の目線が一点に集まる。

 そう、僕の胃袋へと。

 

「ね、食べよう?」

「……はい」

 

 観念したように、僕も店内を物色し始める。

 

「というか僕のこと、寝かせてあげるよって言ってたじゃないですか。あれなんなんです?」

「そのままの意味だよ」

「それがコンビニとなんの関係が……」

 

 こんな明るい場所に来たら余計に醒めるだけではないだろうか。

 

「安眠というのはね、今日が良かった、満喫したなっていう心地よさに成り立っているのさ。だから、やりきれなかったことをやろうじゃないか」

「はぁ……」

 

 よく分からないが、取り敢えず買いたいものを買って食べようといっているのだけは分かった。

 僕は、彼女のような甘い物を、という気分でもないので別の場所へと足を動かす。

 

「喉も乾いたし、水でも……」

 

 買おうかとした時にスマホの羅列が脳裏に走る。

 

『酒飲まないと寝れねー』

『ドカ食いして酒飲兵衛して倒れましょう!』

『不眠にも悩みにも酒ッス!』

 

 まるでその他全てに当たっていたはずの光を、そこだけへと向けたように視界にはそれしか映らなかった。

 そして十数分前の自分の言葉を反芻する。

 

『……飲んでみたいな』

 

 唾の塊が喉を通る感触がする。もう一度腹の鳴った音が聞こえた。

 誘惑と空腹というものは余程心を乱すらしい。乱された心と身体に正確な時間経過を求めてはいけない。

 すぐに離れれば良かったものの足を止めたのが悪かった。

 

「ふ〜〜ん♪」

「………」

 

 僕の身体を見つめていた時よりももっと頬を吊り上げた笑みでこちらを見ている女性の顔が真横にあった。

 

「やっぱり不良少年じゃん」

「ち、ちがっ!! こ、これは気の迷いです! まだ、買ってない…! 買っていない!」

「ほらほら、そんな大声を出さないで」

 

 シッと指を立てて、横目を使う彼女の視線を追う。

 深夜だった事が幸いしたのかレジのカウンターには誰もいない。もし聞かれていたら、間違いなく店外に連れ出されていただろう。

 

「それじゃあ、買おうか」

「え!? いや、え……っ?」

 

 彼女は酒がズラッと並べられた棚の扉を開けると、おもむろに一本取り出す。その姿を見て大人なんだなぁ……と場違いなことを考えてしまう。

 

「ほら選びなよ。買ってあげるからさ」

 

 彼女は、止まっているこちらを見てどれを選ぶか促してくる。

 

「でも、僕未成年ですし……」

 

 拒否しようとするがぞぞっと顔が寄ってくる。

 

「飲みたいんでしょ?」

 

 その言葉がまるで見えない壁になったかのように追い詰められた感覚を覚える。躙り寄る彼女を前に僕は––––

 

「飲みたい、そうだよね?」

 

 喉元を指で抑えられる。

 しかし良いのか?

 いやでも飲まずに帰れるのか?

 美味しいのあるの?

 というか本当にバレない? 

 巡るような思考内の問答が始まり。

 

「––––………………せめて……度数が低いやつにしてください……」

「よろしい!」

 

 思考の戦いのもと、欲望に負けたのであった。

 

 

 そうして、彼女に酒代を渡して自分は骨つき肉を選ぶ。久しぶりに来たが、プレミアムチキンが期間限定で復活していたので買ってみた。

 深夜のため、作り置きがされておらず待つこととなる。

 数分後、出来立ての肉を持ってコンビニを出る。

 周囲を見渡すと女性が『こっちこっち』と呼んでいる。

 そこは驚いた事にコンビニの前のベンチだった。それもしっかり防犯カメラに映らない位置であった。

 

「……え? ここで飲むんですか?」

「そうだよ?」

 

 また【当たり前でしょ】という顔で見られた。

 というか逆に驚いた様子だ。

 

 なんでだ………

 

 さっきもそうだがこの人、極度にマイペースだし未成年に酒を飲ませようとしたり、かなりヤバい側の存在だな。

 まあ、こっちは寝れればいいので試すだけでだ。試して結果が出ればいいので、相手の危険度や信頼などを推し量る必要はない。

 脅す目的ならわざわざ防犯カメラに映らない場所で飲ませないだろう。

 

「この時間帯なら人通りなんてないし、あったとしても知り合いぐらいだから」

「……よく知ってるんですね。夜のこと」

「もちろん、夜のことなら、ね」

「へえ……」

 

 割と飲ませる事に対して気を遣ってくれているようだ。実際、そうでなければ飲まないが。

 にしても、自分も大人になったらこんな風に夜も出歩かなきゃいけない事になるのかな。と、勝手な夢想をしながらベンチに腰を下ろす。

 

「はい」

「あ、ありがとうございます……」

 

 彼女は片手に持っていたスマホをポケットに入れると、袋から酒にを取り出して僕の掌に置く。

 手渡された酒缶をまじまじと見つめる。

 第一印象はなんか、普通のジュースと変わらない。強いて言えばより冷たく感じたぐらいだろうか。

 

「–––––ハッ!」

 

 何を思ったのか、僕は辺りを見渡して………

 

 

「キンキンに冷えてやがる……っ!」

 

 

 

「どうしたの?」

「…………言うべきかなって、つい」

 

 たまらずポッと頬が熱くなる。

 それを隠すように、冷やすようにして開けた缶に口をつける。飲みながら人がいないかを確認するように目を動かす。

 

「あっ、飲みやすい」

 

 ラベルを見てみるとどうやら梨系のサワーと呼ばれるものらしく、酸味もあるけれども甘くて、スッキリしていて瑞々しい。喉につっかえるような感覚もなく、スルスルと通っていく。

 

「酒ってこんなに飲みやすいんですね」

「物によるけどねえ〜……特にフルーツものは会社によっては酷いから」

「へえ……」

 

 胸が暖かくなる感覚を味わいながら、女性と一緒に食べ進めていく。こんな深夜に肉を食べながら、酒を飲むなんてことを憚らずにやれてしまう背徳感を強く感じる。彼女もティラミスを美味しそうに頬張っている様子を見て安心感も湧く。

 なにより、星が綺麗だ。

 夜風に当たりながら、星を見て食べ歩くようなことをしたことがなかったので、最高に気持ちが良い。

 口の中と眼が美味しい。

 

「あぁ……そっか」

 

 分かった。夜から感じるあの不自然な多幸感の原因。

 昼間なら必ずある物。ある事が当然のものがないのだ。

 【人の目】が、【他人(ヒト)がいる】という規則が、この夜の世界からは取り払われているんだ。

 その事実が自らの束縛を緩くする。

 今度は憚らずに缶に口をつける。

 

「そういえば、貴女はよくこうやって食べ歩くんですか?」

「うんん、今日は君と同じく偶々。いつもは買いに行ってもらうし、こうやって物を食べることは少ないね」

「その割には慣れてましたけど……」

「君よりは長く生きてるからね。こういうことも多くなるさ」

「なるほど……」

 

 行ってもらうってことは家族と暮らしてるのかな。

 

––––……そういえば、こんな風に誰かと喋りながら食べるのっていつぶりだろう?

 

 夜空を見上げる。

 黙々と夜の環境(在り方)と背徳感を味わう。

 酒って冷たいのに、暖かくなるんだな……アルコール度数が低いやつって言ってたし、スピリタスみたいに高いの飲んだらどうなってしまうんだろうか。

 

「人体燃えそう……あ、飲み終えちゃった」

 

 缶を揺するともうピチャピチャと音を立てることもない。

 

「僕も飲み終えちゃった」

 

 彼女のティラミスの容器と僕の酒缶を交換しあって一緒にゴミ箱に捨てると、こちらにぐるりと向き直る。

 

「どう? 満足した?」

 

 そう聞かれてどう返答するか。

 僕が迷うことは無かった。

 

「……はい、美味しかったです」

 

 僕がそう答えると、彼女はきょとんした顔をして『ふふっ』と笑みを零した。

 

「美味しいか……ハハハっ君、結構独特な感性してるね」

「笑わないでくださいよぉ……だって胸がポワぁポワして、美味しいもの食べて背徳感も味わって、星空も見れたんですよ? 多分、こんなの満足した(美味しかった)としか言えないですよ。

 ありがとうございます」

 

 心からそう思っているのか。

 それは分からないが、少なくとも舌は美味しいと唸っていた。味覚も触覚も視覚も、肉体が流した信号であり判断基準の一つ。

 特別変な病気も患っていない僕ならば、この言葉に偽りはないはすだ。

 拙いながらに感謝の意を述べると、僕のことを見ながら彼女は嬉しそうに頷く。

 

「そっか、じゃあ寝れそう?」

「はい、心地よく」

 

 といっても、数時間なのだが。

 それでもその数時間は、きっと彼女が言った通り安眠だ。

 

「それじゃあ、行こうか」

 

「………ふぇ?」

 

 

 

 暫くして––––––

 

 

 

「ハツカ様、お待たせしました」

 

 コンビニの前に車が止まり、ひとりの若い女性が降りてきた。

 やはり驚いたのは、

 

「様呼びなんだ……」

 

 なんとなく世界観の違いを見せられた気がする。

 

「それじゃあ行こうか」

 

 高そうな車には見えない一般的な車のようだが、様って呼ばれてる辺り、良いところの御息女なんだろうか。

 運転手に耳打ちしてから再び近寄ってきた彼女に従い––––なんか、ガッツポーズをしている運転手のことを疑問に思いながら–––車の後部座席に乗る。

 奥に座った僕に続いて彼女も車内に入ってくる。

 

 はて、どこへ向かうのだろうか?

 

––––用心だけはしておかないとな。

 

 今日会ったばかりの人の車に乗るなんて、いったいどんな防犯意識してるんだと思うが、誘拐ならビルを出たタイミングにでも出来てるはずだし、わざわざ僕を攫う理由がない。

 

 ひとまず寝ないようにだけしておこう。気を抜いて何をされるか分からないのも事実だ。

 

「君、家どこ?」

「小森団地です」

「この辺りならやっぱりそこになるよね。じゃあ、向かおうか。お願い」

「分かりました」

 

 エンジンを蒸し、ゆっくりと走り出す。

 

「すみません、送ってもらって」

「良いんだよ、それより眠たいんでしょ? いいよ、寝ちゃっても。着いたら起こしてあげるよ」

 

 流石にそれはいかんだろ。

 

「起きたらまた歩かなきゃですし、寝るなら一気に……」

「問題ないよ。次に起きたら、二度寝なんて必要ないくらいスッキリしてるから。ほらほら、君は目を瞑って、夢心地に身を任せればいいんだ」

 

 誘われるままにシートに背を預けて、目を瞑る。

 彼女の言っていた満足する事が安眠にも繋がるなら、それで良い。

 けれども彼女の『必要ないくらいスッキリする』という言葉の意味が気になって仕方がない。

 この眠りになにがあるのか気になる。

 彼女が何をするのか気になる。

 気になると眠れない。

 

「……まぁ良いですけど」

 

 ならば、家に帰って心地よく寝るために彼女の言に片足ぐらいは乗ってやろう。

 息を殺し、顔をハットで隠して寝たフリをする。

 寝たフリは僕の0753番目の技の一つだ。

 

「…………」

 

 しかしまぁ、何をやっているんだと、自分のことながらに呆れてしまう。警戒はしてるとはいえ、知らない人の前で眠りかけようとするのは不用心の極み、ただの阿呆––––もしくは自暴自棄。

 

「どうだい?」

「––––」

 

 彼女は僕が寝たかを顔を近づけて確認してくる。

 余程寝て欲しいようだ。

 

「スゥ……」

 

 怪しまれないように寝息を立てる。

 僕は運動もした。腹も満たされた。酒も飲んでいる。多少のことがあっても怪しまれないだろう。

 いや、本当に寝ちゃいそうだな。

 寝落ち要素が多すぎる。対向車線から走ってくる車でも数えていれば完璧に寝れそうだ。

 

「どう? 寝れてる?」

「…………」

「お〜〜い」

 

 ……人の側で寝るの初めてだから、なんかソワソワする!

 逆にそれがあるお陰で寝ないで済みそうだ。

 

「寝てるかい?」

 

 視線がより強く掛かる。

 

「心地よいかい?」

 

 頬を突かれた。

 なんか凄く気にしてくるじゃん……

 

「……」

 

 幾許かの時間、車が走り続けると突然彼女の口が綻ぶ。

 

「…………ふふ、ふふふ」

 

 どことなく彼女の雰囲気が変わる。

 重い嗤い声。

 目的の獲物が罠に掛かったのを喜ぶマタギのような笑い声。

 

「……下拵え完了♪」

 

 ……下拵え?

 

「ハツカ様もいい趣味してますね、こんな純朴そうな子を。七草様のところの少年にでも影響を受けましたか?」

「そうかもね……このぐらいの歳の子はあまり食べないし」

 

 歳の子……って僕のことか。

 食べるってなんだ?

 

「いやぁ……こんな子供にイケナイことをさせるのは背徳感が凄いなぁ……あんなに幸せそうに顔だったんだ。どんな味か楽しみだなぁ……♪」

 

 彼女の吐息が耳元で聞こえる。

 少しずつ、少しずつそれでも確実に近づいてくる。

 

「ハァ、ハア……それじゃあ……」

 

 鬼気迫ったような息遣いが僕の胸を圧迫する。

 怖いとか畏れといった感情とはまた別の理解し得ない、体験したことのない心理。

 そして––––

 

「いただきます……♪」

 

 

 僕は彼女に口にされた。

 

 

 初めに首に鋭い痛みを感じる。

 『ちぅ……』という吸い付く音が耳朶を打つと共に、痛みと同等の快感が脳を刺激する。

 次に身体の中からナニかが抜けていく。抜けていくに合わせて心臓が高鳴りどんどんと脈を打つ。どれほど時間が経ったか分かりなくなる。

 数秒か、数十秒か、はたまた数分か。

 警戒していたが、これはあまりにも予想外。【想定外は想定内】の範疇を越えており頭が働かない。

 

「…………ッ!?」

 

 彼女は驚いたように口を離す。

 

「–––––––」

 

 くちゅ

 

 離したと思ったら、また首筋に口をつけてナニかを吸い上げていく。

 痛みと快感という相反する信号に僕の脳が蕩けていく。それでも起きているのが悟られないように賢明に黙す。

 程なくして再び、僕の首から顔を離す彼女から嬉しそうな声が漏れる。

 

「すっごい……めちゃくちゃ美味しい……!」

 

 何が起こったのだろうか。

 

 少なくとも、ビルから飛び降りたときのような原因不明の衝動ではない。

 答えは目の前にある。

 

 僕はたまらず振り返る。

 

「なんなんです……今の……」

 

 

 僕と彼女の眼が合い––––

 

 

 

 

 

「え……っ?」

 

 

 

 

–––その美しい顔が固まっていた。




この作品は未成年の飲酒を勧めるものではございません……!

ハツカ様が寝込みを襲うか襲わないかといったら、面白そうって理由でやるだろうなと思っております。

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