よふかしのあじ   作:フェイクライター

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お久しぶりです。
対戦よろしくお願いします。


第八十八夜「露出」

「いただきまーす」

 

 具合の悪さが嘘のように、喜色全開の掛け声とともにスプーンを手に取ったのはショウくんだ。具合が悪いこの子を屋上に移動させた訳ではないが、かと言って僕らが借りた部屋に持ってきてもらうように連絡した訳ではない。神楽さんの計らいに違いない。

 それよりも、当たり前のようにテーブルに並んだ皿たちを楽しそうに目を一巡させるショウくんの姿に少しイライラしてしまう。横から覗き込んでも見向きもせずに広東風のお粥、レバニラ、焼売など量は少ないが、食べ応えのある食事が並んでいる。

 ルームサービスとして運ばれてきた食事だ。

 ショウくんの視線がお粥で止まる。レンゲを手に取って粥と豚ヒレ肉、薄く刻まれた生姜を掬うと、嗅ぐだけで身体が暖まるような香りが宙を漂う。柔らかな肉を米と一緒に口に頬張ろうと––––

 

「いや待って、なんで普通に食べようとしてるのさ」

「飯は出てきた瞬間が1番美味しいからに決まってるじゃん」

 

 それだけ言って、ショウくんはレンゲを口の中に含んだ。ニヤけた口からレンゲを引っ張り出すと、美味しそうに口角をあげて、綻んだ笑みを浮かべる。

 そこまで美味しそうに食べられると追求しずらいが、僕だって悶々とした気持ちを抱えたままにはしたくない。

 

「飯もね! 飯もだけどさ、さっきの『腹違いの弟がいるんだよ』から他になにも聞いてないんだけど!? もっとこぅ……あるじゃん、重たい話をするときの雰囲気が!」

「病人に気が滅入る話をさせたいのか」

「させたいわけじゃないけど……」

 

 さわりだけ聞かされて僕が黙っているはずがない。僕たちの二人の安全に関わってくる事柄。でも【腹違いの弟】と耳を疑いたくなる–––彼の過去を体験した自分には、それが本当だと分かる––––僕から見ても嫌な不幸だ。

 進むべきか止まるべきか。

 目を閉じて心のゆとりを取り戻そうとする。そうして、数秒経つと膝に置いていた手が持ち上げられるのを感じて、ふと瞼を開けてみればショウくんが手を取って僕にレンゲを握らせる。

 そして軽く口を開けて、綺麗な桃色の舌を見せる。

 

「……食べさせろって?」

「嫌なの? なら言わなーい」

 

 だるま落としの如く、精神年齢の幾分かをポンポンとハンマーで落として強請るショウくんは、愛らしさの塊のような顔つきでこちらを見つめる。僕はこれ見よがしに肩落す。言わないと口にした以上、僕が条件を飲まないと進まない。

 お粥を掬ってから、この子の喉を指先で撫でる。すると嬉しそうに口を開けて、しっとりと風味が染み込んだお米を咀嚼しだした。

 ある程度味わってから飲み込むと、ショウくんが話し始めたのでレンゲを皿の上に置いた。

 

「オジサンの再婚相手との子供だよ。その子がネグレクト受けてるみたいだから、親元から引き離して問題なく暮らせるようにしたいんのが僕の目的」

 

 写真も何も見ていない。そんなものを見なくても、僕の眉間に皺が寄ったことぐらい分かってしまう。微かな頭痛と鬱屈した気分が僕の周囲を取り巻く。

 

「またやってるの……」

 

 吐いて捨ててみれば、ショウくんは呆れた調子で無理やり口角を上げて笑う。きっと時葉がやらかした時の僕もこんな顔だったのだろう。

 

「罰されたわけでもない、反省もしないオジサンは言わずもがな。再婚相手はハツカと違って悪い意味でマイペースだからね」

「でもネグレクトされてるって分かってるんでしょ」

「俺が受けたような虐待と違ってネグレクトって証明しづらいんだよ。暴力を振るわれるほど2人のそばに居るわけじゃないし、あっても生活の中で着いた傷だと誤魔化せる程度。飯だって必要最低限の金だけは渡される。いっそのこと家から閉め出してくれればいいんだけど、身の守り方だけはしっかりしててバレるようなことはしない。愛情遮断ならなんとか行けるけど、これも分かりにくいしな……俺が知ったのも、オンラインゲームで遊んでたら、偶然切り忘れてた電話で偶々怒鳴り声が聞こえてきたからだし……」

 

 話す内に上げていた口角が沈没していく。声量もトーンも泥沼に落ちていき、どろっとした暗いものになる。その姿が僕にとってはあまりにも意外だった。

 いや、今までの無鉄砲に人助けをしてきたショウくんとしての輪郭にズレはないが……独りの子供として、意外に思えてしまった。

 

「でももうすぐ終わるって言ってたよね?」

「知り合いの探偵に頼んで4月から張り込んでもらってるから証拠はもう十分ある」

「知り合いの探偵? 探偵さんじゃ……」

「糞爺共の時に力を貸してもらった人たちだよ。ある程度は俺の事情を知ってるから、また力を使わせてもらったんだ」

 

 頼れている場所があるなら安心はできる。しかし、任せられる人たちがいるならば、なぜ厄介ごとの渦中に居続けるのだろうか……という当然の疑問も湧いて出てくる。

 

「だったら、その人たちに任せてこの街から離れたって」

「親元から引き離すだけじゃ意味がない。その先の生活も保証しないと」

 

 きっぱりと言ってのけるこの子の意思に、グッと唇を噛んで反論するのを堪える。だから何故、良縁で繋がっているわけでもない相手と仲良く接することができるのか。

 一度ため息を吐いて、嫌な予測を立てる。

 

「……もしかして神崎の下で暮らさせようとしてる?」

「正解」

 

 ショウくんは心許なげに頷くと、箸で焼売を口に運ぶ。

 

「んっん…………一緒に暮らせてたら、自分に矛先向けられるんだけど………オジサンも俺の顔は見たくないし、再婚相手も別の女との子供と暮らしたくないと思ってるから入ることもできないんだよね。女の方は俺とマリカーやってるってバレただけで怨念染み染みとした脅迫レターを送りつけるようになったし、あの子も殴られたみたいだし」

「あの『死ね』って紙って………再婚相手からなの?」

「金食い虫だって言われてね。それに俺がなんの反応もしないからつけあがっちゃってね。だから、俺は行きたくても行けないかな。神崎の反応を見ても、俺を家に居候させる話がうまく進んでるとは思えないし……」

 

 ショウくんは無念そうに頭を掻きながら愚痴る。

 現状への鬱陶しさを秘めている瞳を見つめながら『家に戻りたいってキミが頼んだわけじゃないでしょ?』と尋ねると、ショウくんは迷いなく『戻りたくないよ』と断言した。

 

「虐待されるって分かってるのに、なんで無理にでもキミを実家に戻そうとするのさ」

「あの人の中だと、両親と一緒にいることが幸せって方程式になってるからな……実情を問わずに一緒に居させようとする」

「価値観古くない?」

「古臭いよな。まぁ……離婚とかの相談を受けて、金銭的にも時間的にも余裕がなくなった人達を見てるからっていうのもありそうだけど」

 

 ただ1番厄介なのは他人の経験ではない–––そう言って、忌々しげな様子のショウくんはまるで耳にできたタコを潰すように抓り出す。

 

「神崎の妹が行方不明になってることは知ってる?」

「知らない」

「なら、事故のことは?」

「ネットで見た」

 

 それだけ知っていれば問題ない、と耳たぶを弾いてから話を再開する。

 

「その後は保険金でなんとか暮らしてて、それじゃ足りないから神崎は進学を諦めて就職。妹には大学行かせたかったってのもあって死ぬほど働いた。けど、妹が突然失踪した事で崩壊。それが20年くらい前」

「……」

 

––––今は弁護士として再起はしてるけど、本当の意味で満たされることはないんだろうな……。

 僕の思案と同一のモノをショウくんは滔々と語りながら、再びレンゲを手に取って、料理を少しずつ口の中に運んでいく。食事を摂るショウくんを眺めて、口を閉じる。レンゲと皿が擦れ合う甲高い音と擦り潰すような咀嚼音だけが、ジンワリと嫌な空気と共に波紋を広げていく。

 気分悪そうにレンゲを動かし続ける彼を見ながら、ある程度食べ終えたところで尋ねる。針の穴に糸を通すような神経質な声色がショウくんへまっすぐ向かう。

 

「その妹さんの失踪が吸血鬼のせいかもしれないってこと?」

 

 矢のように真っ直ぐ進む言葉の代わりに返ってきたのは、曖昧に首を傾げる返答だ。

 

「分からん。そうかもしれないし、弁護士として関わった案件で吸血鬼の被害者がいたのかもしれない。ただ、基本的に眷属になったら他の誰にも告げずに居なくなることを考えると、神崎の地雷を踏むのは間違いないな」

 

 仮にそうだったとしても、僕ら吸血鬼の存在は秘匿されなければいけないことには変わらない。でなければ、不要な軋轢を産んで吸血すらままならなくなる。最悪迫害されることも……。

 それに家族や友人に伝えたとしても冗談半分にしか聞き入れてもらえないだろう。

 だから、いつかやってくる親離れとしか言いようがない。

 僕が気になるのは別のこと。

 

「……やっぱり分からないんだけどさ。神崎じゃないと駄目なの? 別に知り合いの探偵さんとかでもいいでしょ?」

「春樹さんも無理。少しの間だけ居候するぐらいならできたけど……神崎と違って完全な独り身だし、あの人達も頻繁に家を開けるから今と大差ないんだよな」

「なんで?」

「以前聞いたのは、宗教団体への潜入捜査だったかな」

 

 この子はどうして変な繋がりを持ってしまうのだろう。いつか悪い人間に関わって……今も関わってるわ。憂いがどっぷりと混ざったため息をつく。

 

「そういえば神崎って結婚してるの?」

「いいや。してないけど、朝霧という異様に親しい女はいる。だから神崎と朝霧で面倒みてくれたらいいなって考えてる。……まぁ、本当にダメだったらキチンと俺が確認した相手の養子に出すのも案のひとつけど」

「今からでも」

 

 そうするべきだ––––断言して、この子を早急に神崎から遠ざけようとするより早く食器同士が擦れる音が鳴る。ショウくんは一呼吸置くと、お粥の皿を手で持ち上げて一気に腹の中へと流し込んでいく。呑み込む音だけがただ鳴る。息をつかぬまま皿が空くまで食べ進めるショウくんを見ていると、まるでこの場に居てはいけない場違い感がねっとりと僕の中に溜まってくる。レンガを箸に持ち替え、レバニラや焼売などの副菜も食べ終えていく。

 そうして、箸を戻して自然な動作手を合わせる。手と手を合わせる小さな音。その音に伴って広がる軽い衝撃が僅かに僕とショウくんの距離を作る。

 ご馳走様でした。会釈するこの子の先にあるテーブルに視線をやると、並べられていた皿がすっかりと空けられていた。米粒ひとつ、汁一滴すら残さず完食する気持ちのいい食い終わり。

 けれど、それが自分のと会話を強制的に幕引きにされてしまう合図のように思えた。

 

「はぁ、疲れてると食欲減るね。でも美味しかったからよし」

 

 ソファに勢いよく両手をついて、ピョンっと跳ね飛んだ。軽々と立ち上がってみせるその姿は、さっきと変わらず強がりでしかない。テキパキと皿をワゴンに片付けて、部屋の隅に取り付けられた受話器の下に歩み寄る。

 

「夜分遅くにすみません。–––ええ、2018号室の吼月です。ワゴンの回収をお願いします」

 

 フロントとの電話を終えたショウくんはそのまま出口へ。

 

「ほらハツカ、行こ?」

 

 僕は小さく頷いて、彼の後に続いて通路に出た。足音は全て毛足の長いカーペットに吸い取られ、なかったものにされて周りから一切聞こえてこない。視線をあげても誰の姿も見つからない。

 夜だし、こんなものか。きっと他人が居たら今の状況がはっきりと分かる。僕とショウくんの空気が分厚い壁になって広がっているのかどうか。頼らなくても分かってはいる。

 けれど、前だって時間を置いたら話してくれたし、今回も。様子を伺うがショウくんは瞼を微かに落として、進むのに最低限必要なだけの光のみ入れようとしていた。

 頭の中が甘い汁に浸かっているような感覚になっているのを自覚した時、目の前にある曲がり角––––確か、エレベーターがある場所––––から甲高い電子音が耳朶を打った。

 それはちょうどその角をショウくんが曲がろうとする数秒前で–––––僕が手を引くより先に紙袋が現れてふたつの呻き声が響いた。続いてドサドサと物が落ちる音が連なった。

 

「ううぐっ……」

「痛った! どこまで歩いてんのよ!」

「大丈夫ですか?」

 

 まるで番犬のようにギャンギャン吠えたてる女性を気遣いながら近寄る。通路の照明を反射して下品な光を放つ服からすぐに眼を逸らして、落ちている物を見る。辺りにはは両腕を使ってやっと待ち切れる大量の袋。まるでドミノ倒しにでもされたように重なる袋から溢れるのは煌びやかな服やアクセサリー。近くの店で大量買いしたものだろう。

 独りで買うにしては量が多い。視界を隠すほど買って、先を注意することなく曲がってきたらぶつかるのも納得だった。

 ただそれよりも気になるのは匂いだ。

 

「何よその顔」

「いえ、いい香りですね。柑橘系の香水ですか?」

「あ、分かる? 昔から柑橘系のものが好きでね。特にバニラの香りも合わさったやつが。いいもの使ってるのよ」

 

 そうなんですね、と気の良い相槌を返すと手のひらを返すように、でしょでしょ、と立ち上がって和かに笑う。そして、僕に向かって手を突き出してくる。

 一瞬意味がわからなかったが、拾えということだろう。

 カチンと頭の中でゴングが鳴りかけたが、必死に抑えて立ち去ることを選んだ。選ばないといけないほどに、目の前の女性が撒き散らす香水の香りはキツく毳毳しかった。優しく甘いはずの香りが酷く歪んでいる。それも、どこかで嗅いだことがあるような気がして嫌だった。

 けれど、先にやることがある。

 ショウくんに手を伸ばす。

 

「ほら、ショ」

 

 動かした口が停止する。まるで存在しないはずのモノが目の前に現れたしまったかのような驚愕に目の色が染まっていた。瞳だけにしか感情が伺えなかった。精一杯押し殺した結果だ。

 嫌な予感が一気に大きくなる。

 

「ええ、すみません」

 

 ショウくんは立ち上がって、テキパキと袋を拾って女性に押し付ける。口調も態度と冷静を通り越して、平坦さが表れている。いつもの彼とは違うまた別の––––

 

「でも、大変でしょう。こんな時間まで出歩くなんて、お子さんへの心配も大きいでしょう」

「いえいえ。我が子は将来私を支えるために必死に努力しないといけませんから」

 

 噛み合っていない会話が、対峙している二人の距離をハッキリと見せてくれる。ショウくんは、それでは、と僕の手を引いて女性から離れる。すぐにエレベーターを呼び直して––––待っている間は冷え切った眼差しでスマホを触り––––ドアが開いた瞬間、駆け込んだ。

 僕はエレベーターの扉が閉まるまで、先ほどまで女性の紙袋が転がっていた場所を見つめた。

 

「……」

 

 鉛と灰で出来たような重く苦しい沈黙がエレベーターの中を支配していた。目的地は神楽さんたちがいる屋上。2階上がるだけで着くはずなのに……長い。時計の進みがどんよりとしているかのようだ。

 

「ねぇ……」

 

 耐えかねた僕は口を開く。

 

「あの人、再婚相手?」

 

 なんとなく、僕は思ったことを口にした。

 するとショウくんは髪の中に手を突っ込んでグチャグチャと掻き乱し始めた。それだけでイエスだと分かる。諦めたように彼は話始める。

 

「……やっぱり知ってたの? 僕の記憶から見た?」

「いいや。あの人のことは見たことないよ。けど、君が驚いてたし……それに引っかかってたんだ。退院した時、どうしてキミのいうオジサンの車の助手席から女物の香水の匂いがしたのかなって」

 

 ショウくんが事故で入院しかけて体調を崩したはずの母親が、香水をつけるなど周りの目を気にして出かけるなどするだろうか。小汚い格好で部屋の中で閉じこもっていた母親がするとは僕には到底思えなかった。

 

「その香水を使う第三者が居たと仮定したほうが」

「話がスッキリ通っちゃうよね」

 

 ショウくんは肩を落としながら応えた。

 

「不倫相手……なの?」

「そうだよ。今はオバサンが死んでるから不倫じゃないけど」

 

 座席に染みついた残り香だったから優しい香りに思えたのか、まだ不倫だったから誘惑する為に香りを抑えついたのか。どちらにしろ、ショウくんも母親も昔から捨てられていたのだ。

 追求したいことはまだひとつあった。

 けれど、流石に酷だ。それに話の流れからして、年齢も

 

「12歳だよ。中学校一年生」

 

 僕はなんとか前を見れていた眼を保つことが出来なくなっていた。中学一年。つまり、ショウくんが生まれてほぼ時を待たずして、彼の父親は嫁と子を捨てることを選んだのだ。

 

「家族がいるお偉いさんがあまり行くべきじゃないところで知り合ったらしくてね。オバサンが仕事の関係であっちこっち転勤してるのをいいことに、普通に不倫していたらしい」

「よく抜き撮られなかったね」

「オバサンがメディアに露出するのを実家が嫌がってたらしいからね。だから、さっきの人が相手だと思われてのかも」

 

 なんとか眼を持ち上げて彼を見ると、微かに肩が震えていた。怒りなどではなく、自嘲をたっぷりと馴染ませている虚しい笑い方だ。

 

「そうだ。さっきの回答もしてなかったね」

 

 馬鹿にするような笑みを浮かべながら彼は言う。

 

「多分、僕が今のやり方を通そうとしているのは、ムカついてるのもあるんじゃないかな。神崎や……あの子を幸せにしたいだけじゃなくてさ、あの人だけを不幸のまま置き去りにしたいんだよ」

「それぐらいは当然の権利だよ」

 

 響く電子音が遠く、軽く、とても虚しいものに聞こえた。

 もっと他にかけられる言葉はあったはずなのに。

 

 

⭐︎

 

 

「なんというか、後味悪いな〜」

「そうね。せっかく美味しくても倒れられたら誰だって嫌だものね」

「やっぱりもう一度吸わせてもらわないとダメだな」

 

 首を縦に振り合っているのは、同じ椅子に座り合っている神楽さんと午鳥だ。吼月の血を飲んだふたりは、飲んだ気分を害されたとプラカード掲げて訴えかねないほど真剣な顔つきだった。美味しいのは分かっているが、大元の原因はアンタらだろうに……と考えてしまうのは、岡止士季()が蘿蔔さんの眷属から繋がりを得ているからだろうか。

 

「にしても、ずっと美味しく飲める血か。欲しがりそうな奴がひとりいるな」

「そうね」

「……」

 

 ふたりのそばにいる甘凪さんもじとついた冷たい目でふたりを見ている。エマは大丈夫かな……?と首を傾げ、白山に関してはスマホに目を通していて何か悩んでいるが、こちらには一切触れないようにしている。白山の態度が正しい気がする。

 

「それで吼月が言ってた神崎って別の吸血鬼殺しの件さ、日中はアタシが飼ってる人間を使って監視、夜は萩凛の人間と眷属で見張るって形でいいよな。リーダー?」

 

 神楽さんが俺に問いかけてくる。

 

「それが妥当でしょうね。俺の眷属たちも出しますし。ある程度ローテを組んでバレても殺されないようにしておきましょう」

「殺せるなら楽なんだけどね」

「流石にテレビの常連を殺して隠すとなると、結構難しいでしょう」

「はいはーい。本当に探偵さん以上にヤバい奴だったら、吸血鬼にして速攻で灰にしちゃえばいいんじゃない?」

「エマお前……敵に対しては容赦ないな……」

「それはやめておいた方が良さそうですね」

 

 エマの提案を一言で断ち切ったのは白山だ。

 

「マイナーとはいえ有名人相手だと落とす最中も他者(ヒト)の目が多くなる。そこから辿られることだってありますし」

「そっか……白山くんの言う通りかも」

「相手の友好関係も面倒くさそうですしね」

「友好関係? ……つまりお友達?」

 

 先ほどよりも大きく首を傾げながらエマが白山に尋ねる。白山はおもむろに頷いて、手に持っていたスマホをこちらに向けてくる。そこには神崎和也と書かれたプロフィールデータが顔写真と共に表示されていた。いつのまに調達したのか。

 

「俺の吸血鬼仲間にネットで探れるだけ探ってまとめてもらいました」

 

 絶対にハッキングとかの類いだろ、と心の中でツッコむ。

 メガネの位置を直した白山はPDFデータのある一点を拡大させる。俺たちは近寄ってそれを見つめる。そこには主な友好関係が書かれており––––大未栄弁護士事務所の所員や、付き合いのある探偵事務所のメンバーの名前。そして、驚いたことに警察官(警視監)と職業欄に書かれた男性がひとり。名前は葛樹琢磨。

 

––––くずき?

 

 俺の中に疑問が生まれるが、都合が良すぎると判断して心のゴミ箱の中に放り投げた。俺は胃の中に貯まるキリキリとした痛みを吐き出そうと、深く息を吸って、ゆっくり吐き出した。

 

「変な動きをして、面倒な警察を動かすことになっても問題だ。直接的に攻撃するのは最終手段としておこう」

「最悪アタシが出るから安心して」

 

 俺と神楽さんの言葉に他全員が一斉に肯首した。

 

「で––––」

 

 ひとまず話を終えた俺は、鋭く睨みを利かせつつ神楽さんと午鳥を見る。ふたりは不思議そうな顔で俺を見つめ返す。奇異そうな面持ちのふたりに俺は唾を吐きかけてやりたくなるが、グッと堪えてふたりの下にいる人物に見やる。

 

「いつまでふたりは俺の親の上に座ってるんですか?」

 

 神楽さんたちが座っているのは四つん這い姿の俺の親吸血鬼。時葉香澄だ。目隠しをされ、口を封じられ、鼻には吼月の血がついたガーゼをつけられた哀れな姿を晒していた。可哀想な姿だ。なら、蘿蔔さんか俺がせめて慰めとして座るべきだ。

 ふたりは今更俺の意図に気がついたようで、ゆっくりと首を縦に動かしながらニヤついた笑みを浮かべる。口の端だけを持ち上げたピエロのような顔で午鳥が言う。

 

「そんなこと気にしてたの?」

「そんなことじゃないんだよ!!」

「吼月くんだって座ってたわよ?」

「……––––」

「あ、士季くんが固まった」

 

–––アイツ許さん! 俺だってやったことないのに!

 

 途方もない怒りを身に宿しながら、ふたりに言う。スラっとしていて、吸血鬼の中でも容姿としてとても整っているふたりだが、性格に難がありすぎる。ナチュラルに他人を椅子にできるんだから、本当に凄いと思う。俺の周りにはそうした吸血鬼が多い気がする!

 

「どうせもうすぐ蘿蔔さんたちも上がってくるんだから、さっさと降りておいた方が身のためですよ」

 

 あと俺の心身が保たないからやめて欲しかった。自分の親吸血鬼が他の人に好き勝手されてるのはとてつもなく嫌だし、俺がやりたいという棘ついた感情が破裂してしまいそうだ。

 しかし、午鳥も神楽さんも笑ったまま。

 それが命取りだった。

 

「まだワゴンがあの部屋に言って十分も経ってないんだから、慌てなくても––––ギャァっ!?」

「ワァ!?」

 

 突然神楽さんと午鳥が顔が床に突っ込む形で倒れた。元の運動神経のよい神楽さんはスムーズに手をついて、そのまま立ち上がる。しかし、油断し切っていた午鳥には予期できないことだったからか、手をつくことも出来ずにそのまま床にキスをする。腰を折って尻を突き上げるような馬鹿みたいな姿。

 

「あっぶなー」

「あれ?」

 

 哀れな午鳥に気を取られていたからか、原因がこの場から姿を消したことに気づくのが少し遅れた。

 首を左右に動かして辺りを見渡すとすでに時葉さんの姿は消失していた。雲隠れとは正しくこのことだ。

 

「あれ? 時葉は?」

 

 背後から声がして、俺たちはそちらに意識を向ける。

 

「蘿蔔さん!」

 

 代わりにやってきたのは蘿蔔さんと吼月のふたりだ。蘿蔔さんはともかく、吼月の方も先ほどより足取りがしっかりしていて、多少は体力が回復しているようだった。

 

「時葉さんならどこかに行かれましたよ」

「……ふん。そう」

 

 一瞬、蘿蔔さんの目線が吼月に当てられた。

 きっとまた吼月が何か考えているのだと俺は察したから、余計な事を言うつもりにはならなかった。

 眼をコチラに向け直した蘿蔔さんが言う。

 

「その椅子使っていい?」

「椅子?」

 

 そして俺を通り過ぎた視線は、ソファではなく尻を突き上げたままの午鳥に注がれていた。彼が何をしたいのか理解した。だから俺は首をゆっくりと振る。

 

「どうぞ」

「ありがと。ほら、ショウくん」

「……え?」

 

 断片的に話を聞いていたであろう午鳥の尻の上に、蘿蔔さんに促されるまま吼月は腰を下ろした。顔を床に押し付けながら突き上げた尻を椅子にされるというなんとも情けない姿。

 

「ちょっと!?」

「ぷっ……」

 

 申し訳ないがさっきの苛立ちが、まるで赤く腫れた風船から空気が抜けるような感じに急速に心身から消え去った。神楽さんも座られていたら満点だったが、これでもサムズアップを両手で送ってやりたい気分になった。

 

「ねえ白山くん、夏月さん! これなんて言うか知ってる?」

「なんですか?」

「因果応報って言うんだよ!」

「エマさんは物知りですね」

「えっへん!」

「ちょっとは助けようとして!?」

「僕の眷属を勝手に椅子にした罰だよ」

「バレてる!?」

 

 午鳥さんが慌てて助けを求める。しかし全員が、ダメよダメダメと否定するので、あえなく吼月の靴の下に頭を収めるのだった。南無三。蘿蔔さんは午鳥だけじゃなくそばにいた神楽さんも見ていたが、どこ吹く風の神楽さんは全く気にしていない。

 

「そうだ」

 

 吼月がようやく口を開いた。

 奴が見ているのは俺でもないし、蘿蔔さんでもない。エマでもなければ診てくれた夏月さんでもない。真摯な瞳が今の姿と全くマッチしない吼月は、怪訝な俺の様子など気にすることなく言い放った。

 

 

 

 

 

「白山、星見キクに会えるとしたら……会う気はあるか?」

 

 

 本気で言ってるのか?




申し訳ございませんが、この不定期投稿が仕事の都合で長引き、八月頭までだったものが、九月の頭までもしくは末までに延長しそうです……。
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