物体とは、ものとして認知しうる対象物である。すなわち、実物または実体として宇宙空間において存在するものが物体である。
ある一説によれば、人間は『物理的物体』であるらしい。
人間は宇宙でたまたま確率的に生まれた原子の集合体であり、あなたの書いた質問など宇宙の1つの現象に過ぎないのだ、と。
人間を投げれば物理法則に従って落体運動をするし、深海に沈めば圧力を受ける。電流も流れる。このように現象の一部であり、人間を特別視するのはナンセンスである、と。
それ故に消す事が出来た。園儀迫という“物体の存在”を『無いもの』にする事が出来たのだ。
まぁ、閑話休題。
「そ、ソラ! 大丈夫だったか!? 怪我は!?」
「…してない。だからそう慌てるな、優利」
部屋に入って顔を見た直後、すぐに駆け寄られて体を触れてくるのは、彼の唯一の幼馴染である「
一人の男として、唯一の幼馴染である天翔優利の素晴らしい肉体は正直言って毒である。
だからこそ、慌てるなと言って落ち着かせ、少し離れさせようと肩を掴んで後ろへと下がらせる。
四人の男と一人の少女…何ともまぁ犯罪臭がする構成である。
「あー…感動の再会の所、悪いんだけどさ。自己紹介してもらっても良いか? 次はチーム戦だし、チームの能力とかも分かっておきたい」
学生服の上にコートのようなものを着ている少年が、申し訳なさそうに言ってくる。
そんな少年の言葉に、「…そうだな。」と天は同意し、壁に凭れ掛かるように座り込んだ。そんな隣に彼女は座る。
…距離感バグってるね。
「…俺は
「…幼馴染の距離感って、そんなモンなのか?」
「こんなもんだろ?」
「違う。優利がおかしいだけだ」
「だよなぁ…」
そんな雑材のようなものを交して、本題へと移る。
ヤンキーのような少年の名前を
大男の名前を
そして―――恐らくはこの中で最も頭が良いであろう少年の名前を、
互いに、能力の事は詳しくは話さない。なぜなら、その白柳啓という少年が、能力の話しにならないように話しが雑談に向くようにしているからだ。
本来居る筈の存在が居ない以上、彼はそうしなければならない。
…まぁ、優利の能力を確かめるべくジャンプをさせて、それが原因で少々いざこざのようなものが起きてしまったけれど。
「…この中じゃ、ユーリと基山の能力が鍵になるかもな」
「身体能力を5倍にする能力と物体の存在を無いものにする能力…明らか化け物だろ」
そんな事を言った直後、時間は経った。
チーム戦―――5人VS5人ではなく、それぞれのチームから一人を出して戦わせる一対一の勝負。
相手の気絶、降参宣言、敗北―――殺害。そのどちらかが勝利条件。
□ □
香椎鈴VS基山天。
結論から言ってしまうと、この勝負は―――香椎に、不利過ぎるものであった。
「…」
「リタイアしてもらえると、嬉しいんだけど…」
香椎はそう言うが、しかし香椎から見ても、他者から見ても、天がリタイアするなどとは思えなかった。
無表情故に分かりにくいが、しかし彼は敵意と殺意を一切隠していない。
「―――悪いが、お断りだ」
その言葉が、トリガーだった。
香椎はその言葉を聞いて、笑みを浮かべた。
まるで最初から、それを理解していたかのように。
香椎は「そう…残念ね」と、言って。
その瞬間―――空間から、複数の剣が出現し、天へと突き刺さる―――
筈、だった。
フッ、と。確かに出現し、天の体を突き刺そうとした筈の複数の剣が消え失せた。
全員が驚愕する。香椎の顔から笑みが消え去った。
「物体の存在を無いものにする能力」―――天がその能力を見て最初に考えたのは、『この能力の発動範囲』である。
自分の手で触れるという小さな範囲なのか、自分の間合いが範囲なのか。
間合いの範囲はどの程度なのか。まずはそこから、天は考えた。
初めての検証は園儀迫との戦い。手で触れての範囲。『触れる』の定義は『掴む』ではなく文字通り『触る』。つまり、添えるようなものであろうと『触れる』に当てはまり、結果としては無いものに出来た。
そして、その次に間合いといい範囲の検証。自分は何もせず棒立ちで、敵の攻撃が自分の間合いに“入った”その瞬間に能力を発動させる。
そしてその結果、刃が無いものになった。
この検証は、下手すれば死んでいたかもしれないリスクが高いものだと誰もが思うだろう。
しかし、そもそもこの『検証』という行為は、天からしてみれば“三度目”のものであり、成功するという確信があった。
彼は園儀迫を消した後に、彼は職員室に有った『机と椅子』を全て無いものにする事が出来ていたのだ。
戦いで“何もかもが無くなった職員室”というのは、彼女が暴れ回ったからそうなったという訳ではない。
彼が消したから、そうなったのだ。
半径10m。それが、今判明してる彼の能力の発動出来る範囲、もとい間合いである。
即ち、彼女が能力を発動したその時から既に能力は発動出来たという事。
それはつまり―――いつでも、香椎鈴という存在を消す事が出来るという事で。
「…試す価値はあるな」
「試すって、何を」
「俺の能力は、どこまで操れるのかをだ」
右腕を水平に上げれば、彼の手のひらに香椎が当てはまる。
彼は、香椎を握り潰すように―――ぎゅっ、と空を握った。
その瞬間、フッと。
香椎鈴という物体の存在が、この世界から無くなった。
天は周りの観戦者達の表情を見て、幾つかの事実を確認する。
まず一つとして、全員は存在が消えた彼女、もとい香椎鈴のことを今も認識している。
事実として、彼女が居たチームの少女の一人が「か、香椎さん…?」と名を呟いていた。
それは、存在が無いものとなってしまった彼女を認識出来ているから。
自チームである啓が、深く思考している。恐らくは、天の能力を考察を交えて思考しているのだろう。
恐らくは、敵になる事を恐れているのだろう。
そして、もう一つ。彼女を消したその瞬間、『相手を倒すことが出来た』という実感が得られた事。
この時点で既に、勝利を手にする事は出来ている。しかし“未だ検証は終わっていない”。
「…? どうした、基山。もう勝負は終わっただろ」
ずっと降りてこない天に、啓が勝負が終わったのにどうして降りてこないのかを問う。
その問に対し、天は「まだ検証が終わってないからだ」と、返した。
その言葉に、全員が疑問を抱いた。
相手が消えれば検証云々など出来ない筈なのに。
一体、何を検証しようと言うのだろうか、と。
天は先程とは違い、左手を水平まで上げた。
その手は拳を形作っている。まるで、何かを握り締めているかのように、閉じ込めるように、拳を作っている。
ぱっ、と。閉じ込めていた何かをを開放するように、握り締めていた何かを手放すように手を開いた瞬間。
ポンッ、と。ステージの上に、香椎鈴と刃物が、出現した。
「…あれ…私は…」
「…意識は無かったか。園儀は…消えたか。…まぁ良い。どちらにせよ、俺の勝ちである事に変わりはない」
勝敗は既に決まっている。
香椎も天も、両者共に階段を降りて、自チームの下へと戻った。
天が何をしたのか。何を検証したのか。
天が検証したのは、『自分の能力はオンオフが効くのか』という事と『能力を発動して無いものにしたものは能力を切れば再び現れるのか』という事の二つ。
結果、オンオフが効く事と、“無いものにしたものは時間経過で消えるが、大して時間が経っていないものは能力を切れば存在するものとなる”事がわかった。
上手く利用すれば、人質への条件にも扱える。中々に強い能力を手に入れたな、と天は内心で思う。
「まだまだ検証の余地有り、だな。」
笑うこともなく、静かに呟く。
勝つ為に。自分の手を汚さずに、進む為に。