とある呪術の禁書目録   作:エゴイヒト

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呪術と魔術が交差する時(物語は始まる)

 結局、インデックスが虎杖と顔を合わすことは無かった。五条はあの後一年生達と会う予定だったようだが、そこに大勢引き連れていくのは色々ややこしいからだろう。完全な無駄足であったがマリー達護衛は不満などなく、寧ろ安堵したようだ。

 

 それから数日。7月に入り初夏の日差しが暑さを齎す。

 インデックスは諸々の魔術で修道服姿でも暑くはない。しかし、護衛の彼女達はどうなのだろうか。汗一つ流さず涼しげな顔をしているのは呪力による防護があるのか、単なる痩せ我慢か。

 

 五条は出張中。生徒達も任務で忙しいということもあって、インデックスには現在仕事がない。非常時の予備戦力として自宅待機中である。つまるところ休みだった。平時も五条について回るだけの仕事だが。

 

 日中、暇があればインデックスは魔術の研究をしている。最近のテーマは、専ら呪術に対する強制詠唱(スペルインターセプト)についてだった。護衛の呪術師という丁度いい実験体が手に入ったことによって、兼ねてより興味のあった呪術と魔術の学際的研究にも手を出し始めた。

 

「では」

 

 マリーが鉄の釘を差し出す。そこに呪力が流し込まれるのを眺める。

 

流入を停止、帰還せよ(S I, R T T S)

 

 ノタリコンにより省略された詠唱で呪力操作に割り込みをかけようとするが、何も起こらない。

 それを見届けたマリーは、次の工程に移る。

 

聖別呪法(Consecration)

 

 マリーが術式を行使する。活性化した呪力の奔流が鉄釘の内部を巡るのが分かる。

 これが彼女の生得術式。

 

 元より反転術式こそ至高としてきた民族。練度は粗末で止血等の応急処置しかできない者が大半とはいえ、切れた血管さえ即座に繋げられるのは現代医学の外科手術を超えている。まして戦場で行えると考えれば、その価値は推して知るべし。

 他人を治癒できる者は更に限られるが、誰もが習得すべきと掲げ信徒・弟子・子孫にもそうさせていった結果、力を外に放出、あるいは何かに付与するという技術は世代を超えて磨かれていく。

 するとその傾向は、反転術式に限らず通常の呪術の進化にも影響を及ぼす。故に彼ら聖職者は、物体の強化や呪具の製作に長ける。

 日本の呪術師と比べて平均的に呪力総量が劣り、強い呪霊との実戦の機会にも恵まれない彼らが力を手にする方法としては、この上なく最適である。事実、長い年月をかけて予め用意できる呪具を用いれば、本人の術式が弱くとも格上相手に健闘できる事をミゲルの黒縄が証明している。

 

 マリーが今見せたものは、単に呪力を物体に籠め保存するだけではない。聖別は物品に対して使用用途を限定する縛りを課すことで、その性能を格段に強化する。

 大抵の場合、呪霊を祓うためにだけ使う、という風に。聖別された鉄釘は、今後他の用途には使用できない。それこそ、本来の使用目的である木材には刺さらなくなる。

 

強化配分を変更、内から弾けよ(C R D, B O F W)

 

 呪力が一点に集中し、内部加圧により増加する応力。耐え切れなくなった金属が、弾性変形を経て降伏点を超え、塑性変形。遂には破断に至る。

 

 パキン、という音と共に釘が中心から切断された。

 

「何となく、分かってきたかも」

 

 先の呪力を籠めた時と、術式を行使した時の違い。

 それは、インデックスが魔術として解釈できる余地があるかどうかである。

 

 『聖別』。

 

 とある魔術の禁書目録においては、儀式魔術における儀礼剣などの道具の準備段階で実行される基本的な工程である。これ単体が魔術というよりは、宗教概念の側面が強い。

 他にも物に力を宿すという点に着目すれば、『象徴武器(シンボリックウェポン)』など似たような魔術は存在する。

 

 強制詠唱(スペルインターセプト)は術式を操る魔術師の頭に割り込みを掛け、暴走や発動のキャンセルなど誤作動を起こさせる技術。

 素数を数えている人の耳元で出鱈目な数を言って混乱させるような物。あるいは、コンピュータが処理に夢中になっている隙を突いて、こっそり悪意あるプログラムを混ぜ込むような物か。

 

 術師をプログラマー、術式をコードだとすると。術師は自らの術式をよく理解している。

 しかし実行する時には、素粒子レベルで世界にどのような影響を及ぼすのか、全粒子を事細かに追えるはずもない。一度自分の手から離して"機械(世界)"に演算を任せている。

 ちょうど、コードを機械言語にコンパイルしなければならないように。

 0と1だけの羅列を見て、それが何を意味しているか――どのような術が実行されるのかは発動するまで分からない。その術者本人にもブラックボックスとなる瞬間。0と1の羅列を悪意ある侵入者がいくら書き換えたところで、気づけるプログラマーはまずいない。

 

 呪術と魔術の原理が異なっていても、結局のところ術者が頭で考えてそれを現実に作用させるという点は変わらない。前述の例えで考えれば、使っているプログラミング言語が異なるだけ。解読はまず不可能だが、逆に言えば術式の内容から言語を予測できれば強制詠唱(スペルインターセプト)が呪術に効く可能性はあながち0とは言えない。

 

「実際のところ、都合良く上手くいっただけだけど」

 

 殆ど当てずっぽうに近い。パスワードで誕生日を試したようなもの。偶然とセキュリティの甘さがなければまず効かなかっただろう。

 

「しかし、最初に呪力を籠めた時に上手くいかなかったのは何故なのでしょう?」

強制詠唱(スペルインターセプト)は魔力そのものの制御権を乗っ取るわけじゃない。なら、同じように単なる呪力操作を妨害することもできない」

 

 マリーが行った聖別は一つの術だった。

 妨害するにはそこにコードが必要になる。すなわちその術に潜む法則や理。これを解析し逆手に取る技術だからこそ、インデックスのような豊富な知識を持たなければ扱えないのだ。

 

「今の所、原理が単純かつ魔術に似ているものにしか通用しなさそうだね」

 

 インデックスの携帯が鳴る。流石に原作と違って機械音痴ではない。即座に応答する。

 発信元は伊地知だった。

 

「インデックスさん。今、少しよろしいでしょうか」

 

 

 


 

 

 

 不平等な現実のみが平等に与えられている。

 伏黒恵は、それを痛感していた。

 

 少年院での特級呪霊との遭遇。宿儺に体を代わる虎杖を置いて、釘崎を探して逃走するしかなかった。

 伊地知に釘崎を預けた後、彼は虎杖を待つために少年院に残ることにした。

 生得領域が消えたことで特級呪霊は祓われたと分かった。だが伏黒の元に帰ってきたのは、虎杖の体を乗っ取った宿儺。しかも奴は体から心臓を取り出して、虎杖を人質にとったのだ。

 虎杖を助ける方法は只一つ。

 

「(心臓を欠いた体では俺に勝てないと思わせるんだ。できるか、俺に?)」

 

 宿儺は両手をズボンのポケットに突っ込んで余裕綽々だ。

 できるかではない、やるしかないのだ。

 決意を固めた伏黒が影から式神を呼ぼうとしたその瞬間、彼女は現れた。

 

「本当に汚らわしいですね。だからさっさと殺しておけばよかったのです」

 

 現れたのは黒い修道服に身を包んだ金髪美女。異様なのは、身の丈より大きなハルバードを担いでいることだ。

 

「誰だ、あんた」

 

 呪術師のようだが、伏黒には見覚えが無い。いや、思い返してみれば何度か見かけたことがあった。

 呪術高専には五条の教師補佐として雇われている白い修道服の少女がいる。補佐とはいえ伏黒よりも若いのに教師をやっているのかと驚いたものだ。

 滅多に学校に姿を現さない彼女が時折学校にやってくる時、いつも彼女の傍にいる女性。顔をよく見ていたわけではないし、こんな大きなハルバードは持っていなかったから思い出すのに時間がかかった。

 その時は保護者か何かだと思っていたが……。

 

「聖人様に代わって、宿儺を祓いにきたのです。危険な目に遭わせるわけにはいかないので」

「おお! 俺を祓うときたか。随分と威勢の良い奴だ」

 

 本来であれば思い上がったその態度を赦す宿儺ではなかったが、今の彼は機嫌が良い。運動がてら相手をするならより強い方が歯ごたえがあって楽しいだろう。

 

「祓うって、虎杖はどうするんです」

「あれはどのみち助かりませんよ。諦めるのです」

「なっ」

 

 残念ながら救援は伏黒の完全な味方というわけではないようだった。マリーは虎杖の命のことを何とも思っていない。寧ろ虎杖の死亡がほぼ確定し宿儺が暴走したことで、今までは手出しできなかった宿儺を祓える大義名分を得てしまった。主の周囲の危険因子を取り除く絶好の機会を見逃すはずがない。

 

「待て、待ってくれ。まだ虎杖は助けられる」

「私に言われましても。頼む相手が違いますよ」

 

 両手でハルバードを構えたマリーは、伏黒の懇願を無視して宿儺と対峙する。

 

「女の方が楽しめそうだ。だがまあどっちが先でもいいぞ。かかってこい、どのみち鏖だからな」

 

 マリーは槍斧の重さを感じさせないほどの速さで宿儺に肉薄する。

 二人の戦闘は舗装された地面を砕くほどに激しく、伏黒は自身の力不足を悟る。

 動きを追いきれない。割って入れる力は彼には無い。

 

「くそ、俺は……」

 

 彼女が宿儺を追い込むことができれば、心臓を治すかもしれない。そうなったところでマリーは止まらないだろう。だが追い込めなければそもそも意味がない。伏黒がいても足手纏いなだけだ。

 彼は立ち尽くすことしかできなかった。

 

 マリーの攻撃を躱し続ける宿儺。今の所どちらが劣勢というわけでもない。

 攻撃に転じようとした宿儺がハルバードを掴む。

 

「何?」

 

 熱のようなものを感じて、すぐさま手を離す。

 右手から煙が出ていた。皮が剥がれ、肉が溶けている。

 

「退魔の力? いいや、呪霊ではない俺に効くはずがない」

「退魔ではなく、対宿儺の力ですよ」

 

 そう言って、マリーは術式を開示する。

 

聖別呪法(Consecration)。物体の使用用途を限定し、それだけに特化することで強化する呪術。このハルバードは宿儺に纏わるものに対する特攻を得ています」

 

 マリーはハルバードを思い切り地面に叩きつける。

 

「この通り、それ以外には傷一つ付けられません」

 

 先程から地面を砕いていたのは、足による踏み込みによるもの。空振りして地面を叩いた時、ハルバードは地面に傷一つ付けることは無かった。

 

 宿儺は右手を握りしめて感触を確かめる。

 反転術式による再生が鈍い。ほんの少しのダメージにも拘らず、治すのに十数秒かかってしまった。再生阻害効果まであるようだ。

 

「呪力による防御力を過信すると命取りか。だがこの程度、触れなければどうとでもなる」

 

 近接攻撃では分が悪い。遠距離攻撃を主体に切り替えた方が良さそうだ。

 しかし呪力弾による射撃は軌道が直線的すぎて宿儺特化ハルバードで簡単に切り伏せられてしまう。

 術による遠隔攻撃。これを使わざるを得ないというだけで、相手としては上等。

 

「これは本当に、心臓を治す必要があるかもしれんなぁ?」

 

 くくく、と笑う宿儺。

 だが、実のところマリーも苦しかった。純粋な身体能力では宿儺の方が上。今までだって一撃も浴びせられていないのに、回避に専念して距離を取られれば攻撃手段を失う。

 

「さて、どこまで耐えられるか」

「ちっ、これはできれば使いたくなかったのですが」

 

 気付けば、最初の少年院の門から随分離れている。伏黒の姿も見当たらない。彼女の切り札の使いどころとしては絶好だった。

 

 教会随一の武闘派であるマリー=ウェーバーは、権力闘争から爪弾きにされている。現場でいくら実績を積んだところで、ある程度までしか地位は上がらない。極端な話、キャリアルートを歩みたいのなら呪霊と戦闘をしてはいけないのだ。穢れがどうとかいうよりは、警察・官僚しかり管理職の常だろう。どれだけ戦えるかより、反転術式を磨いた方がよっぽどマシだ。

 本来であれば、彼女が教会の至宝にして最重要存在である聖人に近づけるはずもない。たとえ護衛であったとしても、世襲の貴族呪術師や次期主教クラスでなければ務まらない。

 

 そんな彼女が最側近で護衛を務めている唯一にして最大の理由。

 それは、現代呪術師の奥義。

 日本呪術界に練度で劣るイギリス呪術界において、確認されている限り使用者は彼女一人。

 

 

領域展開(Domain Expansion)

 

 

 十字を切ると、体内を巡る呪力が生得領域を喚起する。

 

 

無謬無相聖域(Invisible Sanctuary)

 

 

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